せめて祈るくらいは(あるいはM-BOX提案書)
第1章
「サワ!時間!」
下階から母親に呼ばれた女性は「わかってる!」と大声で返事を返しながら、まだ自室に留まったままだ。
すっかり片付けが済んで静まり返った部屋を一瞥した彼女は薄くほほ笑むと、茶色いボストンバックを手にして階段を駆け下りた。
駅のホームに電車が滑り込んでくる。
家族はそれぞれに仕事や学校があるので、ここからは一人だ。
むしろそのほうが良かったかもしれない。育った地と覚悟を決めて決別できる。
いつも遠出する時に乗っていた銀色の鈍行が今日ばかりは見知らぬ乗り物に見えた。
電車と駅のホームのほんの数センチの隙間がまるで境界線のようだ。
佐知は小さな、大いなる一歩を踏み出してついにその境界を踏み越えた。
…
もくじ (1章)
作品情報
おめでとう、ありがとう、さようなら、そういった気持ちとともに音楽を贈るのが主流の世の中だったら。
何もできないから、せめて祈る。
この曲を、餞にして。
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