Rap Rip Love
第1章
「ごめん。俺、大会とかももっと出たいし、東京に行くよ」
シンガーソングライターの彼の口からその言葉を聞いたのは、セミも鳴かないほど暑い夏のことだった。何てことのない言葉のはずなのに、鳩がわあっと飛び去って行ったことを覚えている。私はその音にしばらく言葉を失っていたから、彼にすぐ答えを言うことができなかった。
暑すぎて持っていた日傘が、手から滑り落ちるのを他人事のように感じていた。
「そっか」
やっと言えた一言の最中にも、私の中で幾多もの思い出が入道雲のように立ち上っていた。
付き合い始めてすぐ、駅を二人で歩いたことが思い起こされる。彼の大きなコートのポケットの中、手を繋いだ。彼は凍える冬から私を守って…
もくじ (1章)
作品情報
彼には夢があった。その夢の中に、私はいなかった。
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