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ふとーこーぶ! ぼくらの不燃系な青春録 完結

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平凡な男子中学生の俺には、突発的に学校をサボる癖があった。
いつものように理由も目的もなく町を歩いていたその日、俺は魔女と名乗る見慣れないセーラー服の少女に出会う。一体全体どこか魔女だっていうのかちっともわからないけど、ひとつだけ確かなことがある。こいつも学校をサボるようなロクデナシだってことだ。

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目次

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 第一章 世迷魔女   一話 

 その出会いは運命でも偶然でもなく、ただほんの些細な、時間と試行回数を重ねればいずれ辿り着くに違いない、そんな味気のない必然。

 平日の晴れ空の下で。

 涼やかな風が木々をざわめかせる中で。

 夏が終わったことを知らない蝉がか細く鳴く残暑の中で。

 黒猫に横切られるように。

 俺は、魔女に出会った。

 ◇

 教室の窓から顔を出して、下を覗き見たことはあるだろうか。

 生ぬるい風と横でばさつく埃っぽい薄黄のカーテンの気配を感じながら、手の届かないほど遠く、けれどすぐ近くにあるようにも錯覚する真下を覗き見たこと、このまま落ちたらどうなるんだろうと空想したことはあるだろうか。

 この感覚と『落ちる』ということは少し違うかもしれない。破滅的な結末がわかりきっている薄ら暗い好奇心とは。

 よく似ているけど強いていうならば、道路の模様を踏んで歩くという一人遊びの最中やめ時を見失って「このまま足を踏み外してみたらどうなるんだろう」と夢想するような、そんな些細でつまらない感覚だ。

 つまりなんだっていうと大事なことはひとつだけ。「別にどうということもない」だ。

 死にもしないし怪我もしない、あるのは一瞬心に渦巻くもやだけだ。

 俺にとって学校をさぼるということは、それと同じようなものだった。

 ほんの少し道を踏み外してみたくなった。別にそれで世界が変わるわけでもないことを知りながら。

 そんな感じで俺は今日もひと気のない町を歩き回っていた。

 俺──乙浦珠海(おとうらたまみ)は都会とも田舎とも言えない半端な町に住む、ごく一般的な中学生だ。

 平均身長平均体重、勉強も運動も可もなく不可もなく、友人も多い方ではないだろうが困るほどではなく、家庭環境も今時珍しくもない母子家庭というだけで特記するような問題はない。平均なんて知らないから適当だけど。

 自覚する不自由もなく、ぬくぬくとのびのびと育ったつもりなのだが、どうしてだかこうやってさしたる理由もなく時折学校をサボる非優良児と化してしまった。

 学校に行った方が楽しいのは理屈では理解している。

 夏休みの最後の方なんて、やることがなさすぎて早く学校が始まらないかとまで思ったものだし、何度かこういうことを繰り返して、皆が教室で授業を受けている間に本来いるべきところでないところにいるのはひどく息苦しく退屈なだけだと身に沁みているというのに。

 どうしてだか、やめられずにいた。

 要するに、中学二年特有のアレなのだ。そう俺自身は解釈している。

 だからといって治す気もあまりない。治し方を知らないし、名前からして期間限定かつ自然治癒性の病なのだろう、中二病なんてものは。

 でもって大人はご大層に何か悩みがあるんだろうなんて慮ってくれるわけだから外部ブレーキもないわけであった。ザ・駄学生。

 当て所なくさまよい歩いて誕生日に貰った腕時計で時刻を確認し、まだ二限目の時間だということに軽く絶望しながら暫定目的地に辿りつく。

 坂道の先にある寂れた小さな公園だった。閑古鳥の鳴き声が今にも聞こえてきそうだ。

 辺りをぐるりと見回した。幼い頃にここを使った覚えなどないのでノスタルジーなんて微塵もないはずなのに妙にしっくりとくる。ブランコ、滑り台、ジャングルジム、どれもうっすらと錆が浮いていた。

 さて今日はどれにしようか、と三秒ほど悩んで低いジャングルジムの中腹に腰掛ける。

 ベンチよりは見晴らしがよく、滑り台よりも開放感があり、ブランコは漕ぐ気力がない。そんな理由だ。

 馬鹿は高いところがほどほどに好きなのだった。

 一息をついた辺りでケータイを取り出し、通知を確認する。

『休みかい?』

 友人からのメッセージだった。送られた時刻は明らかに授業中。相変わらず真面目そうな雰囲気をしているくせにほどほどに不真面目なやつだ。

『休みだ』

 そう、いつものように返信をし、電源ボタンを軽く押した。

 その時だった。

「わるい子ね!」

 笑い声を混ぜ込んだような軽やかな声が、背後で、頭上でした。

 俺のスマホの電源ボタンはいつの間にミサイルの発射ボタンになったんだ、とでも言いたくなるような衝撃だった。

 俺が座っているのはジャングルジムの上だぞ、それも、朝っぱらの人の気配なんて微塵もなかった公園のだ。

 背後から声って、そんなわけあるか、と後ろに首を回し……

 ジャングルジムのてっぺんに仁王立つ、得意げな笑みを浮かべる女と、目があった。

 言葉が出ない。

 こいついつのまに登ってきたんだ、とか然程高くはないとはいえてっぺんに立つとかバカじゃないのか、というかスカートの中身この角度からだと見えそうだからやめろよはしたない、とか色々あって、ありすぎて、とりあえず後ろを見続けた首が痛くなったので俺はジャングルジムから飛び降りる。

 下に置いていたリュックに蹴っ躓きそうになったりもしながらだ。

 まったく、格好悪ぃなあとしかめ面。

 そうして未だ上に立つ、異様な女を凝視する。

 ここいらでは見られない、古臭い黒いセーラー服を着た女の子だった。物珍しい青色のスカーフがふわりとなびく。

 年は同じくらいか、それとも少し上か。長い髪は景色に沈むほど黒く、制服と相まって陰鬱で寒々しい。

 だが、相反するようにその顔立ちは華やかなものだった。焼けることを知らないような白い肌に嗜虐的に歪む赤い唇、ぱっちりとした猫のようなつり目。

 化粧なんてしてるはずがないのに、どことなく作られたような雰囲気のある美人だった。

 いやいやいや、見とれている場合じゃない。

「誰……いや、何だお前」

「今、何で言い直したのかしら? 『誰』でよくなかった?」

 彼女はほんのりと、不愉快そうに眉を寄せる。

「得体の知れない奴は『誰』よりも『何』の方がしっくりくるだろ」

「なるほど、三分の二理くらいはあるわね」

 そう言って軽やかに速やかに、彼女はジャングルジムから跳ぶように降りて、崩れた膝丈のスカートを優雅に払った。

 そして、彼女の靴がローファーやスニーカーではなく赤いよそ行き靴だということに気がつく。高いヒールは透明で、まるで数センチ宙に浮いているかのようだった。

 お前、なんて格好で遊具に登っていたんだ、信じられないと顔いっぱいに主張してみるが、彼女はこっちのことなんか微塵も気にしちゃいなかった。

「その理屈に免じて、答えてあげましょう。自己紹介というやつね」

 名前も得体も知れない少女は、小説のような話し方、演劇のような動き方のまま、俺の前へと詰め寄った。

 どう考えたって初めましてのはずなのに、なんとなくデジャヴ感を引き起こす。

「夜迷硝子(よまよいしょうこ)。魔女よ」

 現実にそぐわない単語が、聞こえた気がした。気のせいだろうか。気のせいだろう。そういうことに、しておこう。

 それよりも大事な問題があった。距離があまりに近すぎるのだ。

 ふわりと香る花のような匂いに一歩後ずさり、その後「よろしく」とにこやかに差し出された手をまじまじと見つめる。

 別に穴あきグローブの着けられているわけでもない、白くて細い普通の女の子の手だった。

 握れるか、んなもん。

 目を逸らす。まじまじと見てしまった途端に照れくさい。

「……乙浦珠海」

 握手は無視した形になったが、彼女──夜迷は特に気にしたそぶりも見せず手を下げた。

「タマ、ね。覚えたわ」

「……もしかしてそう呼ぶつもりなのか」

「そうよ? 覚えた、と言ったじゃない」

 抗議される謂れはないとでもいうような、とぼけた顔だった。

 俺は猫かよ。なんとなく癪に障る。

「俺、犬派なんだけど」

「そう、魔女は太古の昔から猫派と決まっているわ」

 二度目の魔女発言は流石に空耳扱いができなかった。

 でもってこいつは俺の抗議を受け入れる気がなかった。

 双方向から目眩がやってくる。

 が、ここで折れるのは我が校を代表する突発的不登校児の名が廃る。聞き分けが良くてはやってられないのだ。

「……マヨ」

「はい?」

「夜迷。だからマヨ」

「……」

 夜迷の笑みが消えた。

「こほん。乙浦クン、それじゃあ本題に入りましょうか」

 さいわい、彼女はそれなりに聞き分けが良いらしかった。

 

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とじる

 第一章 世迷魔女   二話

 

「本題って、なんだよ。俺とお前は初対面だろ?」

 考えてみればこんなインパクトのあるやつ忘れるはずがない。

 いや……普通の格好で普通の出会い方をしていたら、忘れているかもしれないけど。

 見てくれはいい。どこぞの芸能人などには劣るだろうが、現実の補正とはかくも力強いものだ。

 別に見とれてなどはいない。ないったらないのだ。

 ただ、誰もが振り返るほどというのは少し違う。真正面から見つめて、そして初めて驚きまじりに気がつくような感じだ。

 クラスで一番、ただし学年では五番、実際は人格的に選外、そんな感じの美人だった。

 夜迷は意味深に目を細め、口角を上げた。十代にふさわしくない、背伸びしすぎてふくらはぎを攣りそうな笑みだ。

 こういうのが様になるから美人はずるい。

「そうね、初めましてだわ。だけど、私は前からあなたを知っていたの」

「つまり……ストーカー?」

「なんでそうなるのよ!」

 よし、笑みが崩れた。あれはなんというか健康に悪そうな笑みだった。長時間見ていたら高確率で酔う。

 夜迷が目をそらした。

「ちょっと、後ろから、たまに、時々、見てただけよ……」

「ストーカーじゃねえか」

 何も間違ってなかったじゃないか。

「ええい、脱線はそこまで! いい? 私は魔女なの、わかる? わかって。つまりね、もうちょっと敬意が、というか畏敬が必要なのよ! 頭が! 高い!」

 やけくそ気味に喚いて、夜迷はびしり、と人差し指を突きつけた。

「本気で言ってんのかそれ」

「……ちょっと恥ずかしい」

 夜迷はのろのろと指を下ろした。

 そのざまで羞恥心がまだ機能しているとはなんと不幸なことだろう。

「こほん、つまりね。あなたを見定めていたの。我が契約者にふさわしいか否か……あ、これ声に出すととても中二病っぽい。ナシ、今のナシ。ええとどう言えばいいんだろう……」

 まさか、今の今まで自分が中二病っぽくないと思い込んでいたのだろうか。

 重症だ。

 初対面の女の子にこうまで憐れみを抱かせるとは大したものだ。

「はぁ、わかったよ。魔女サマ。それで、あんたはどんな魔法が使えるっていうんだ?」

 仕方なしにのってやると、夜迷はぱぁっと顔を輝かせた

 変なやつだ。だけど鳩に豆鉄砲みたいな第一印象とは違って、第二第三印象は随分と分かりやすく安っぽい。

 そういうのは、嫌いじゃない。

「聞きたい? ええ、いいわ。教えて上げましょう──」

 ◇

「それで? そのあとどうしたの」

 夜迷硝子に出会った翌日の放課後。普通に登校して居眠りもせず授業を受け終わり、俺は度々そうするように保健室を訪ねた。

 正確には、保健室の先生を、だ。

「どうしたって……そのあと何故かアイスを奢らされただけだよ。栞姉」

「タカられてんじゃん、アンタ」

 栞姉──養護教諭、乙浦栞(おとうらしおり)は小馬鹿にしたように鼻で笑った。

 纏め上げた黒髪に白衣、鋭い印象を受ける若い女性だ。

 栞姉は俺の母さんの歳の離れた従姉妹、まあつまり親戚のお姉さんだ。学校に勤めているとは聞いていたがまさかこの中学とは知らず、偶然の再会を果たすというやつである。

 久々に会う上にいつの間にか顔面工事レベルの化粧スキルを身につけていて、声をかけられるまで気がつかなかったのだが。

 まあそれは置いといて。

 知り合いとなると顔を合わせないように避けるのが(なんだか気まずいし)普通なのだろうが、栞姉とはなんとなく馬が合うためこうしてたまに顔を出している。

「で、その魔女って子、結局何者だったわけ?」

 世間話の流れでぽろりと昨日のことを漏らしたのだ。

 栞姉は俺のサボり癖を知っているが特に何も言うわけでもない。いや、むしろ面白がっている節がある。「大人に向いてないのさ」とボールペンをくるりと回してすかした感じに言っちゃったりするダメな大人だった。

「わからん。名前しか聞いてない。見慣れない制服着てたからどっかの私立の子だと思うんだけど、中学生なのか高校生なのかも知らない」

「はぁん。つまり、クラスの女子よりはなんだか大人っぽく見えたってことね」

「言動は小学生の方がマシだったけどな」

 別に背が高いわけでも、大人びた顔立ちをしているわけでもないのに、どうしてだかそんな風に感じる。高校生は行き過ぎでも、中三と言われた方がしっくりとくる。

 不思議だった。自称魔女というあからさまに不可思議でいっそ型に嵌まってるような言動よりも、そちらの方がずっと。

 まあ何者っていったって、平日の朝っぱらにあんなところにいるのだ。俺と同類なのは確かだ。

「いいじゃないか」

「何が?」

 栞姉はなんだかご機嫌だった。

「だってほら、見知らぬ女の子と出会うってなんだかひと夏の冒険って感じがするじゃない?」

「しないしない。夏とかもう終わってる。肌寒いくらいだぞ」

「つれないなあ。青春じゃないの」

 そう、栞姉には厄介な病がひっついていた。

 青春病だ。しかも自分のではなく、他人のに反応する。青春っぽい風景を眺めるのが何よりも楽しみなのだそうだ。

 保健室の先生を目指したのも、青春の象徴『学校』に居座りたいが教鞭を執るのは嫌だという理由からとか。冗談なのか本気なのかは知らないが。

 まあそういうのとは無縁の俺には関係のない話だ。栞姉にはどうぞ勝手にやっていただきたい。

「っと、もうこんな時間か」

「何か用事?」

「ああ、帰りに買い物に行かなきゃ」

 当然のように帰宅部だから自堕落な放課後を謳歌するのが常だけど、今日の夕飯は俺の担当だ。

「じゃ、また。そのうち」

「ああ、また聞かせて」

 お互い三秒で忘れそうな約束だった。

 人気のない住宅街を歩く。

 建物の合間から覗く地平際の空は赤くほんのりと色付いていた。

 思えば学校に行かなかった日のことを話すのは、栞姉だけだった。

 同学年の友達にも何があったかなんて話すことはない。

 そんなことよりも話すことはたくさんあるのだ。日常は忙しい。

 だけど薄暗い廊下の奥にある保健室は、校庭から遠くはないはずなのに切り離されているようなあの場所は、まるで非日常だから。

 先生でも家族でも友達でも大人でもない栞姉だから、口が滑るのかもしれない。

『また聞かせて』というのは、きっと夜迷のことをまた聞かせて欲しいという意味なんだろう。

 特に考えずに返した言葉に違いないから、真面目に受け取る必要なんてないんだけど。

 果たして、その『また』はあるのだろうか。

 基本的に真面目であるよう努力はしているので、そう頻繁に学校をサボったりはしない。いや、サボる前提になっている時点でもう逆立ちしたって真面目にはなれないんだけど。

 でも次の発作まで、おそらく二週間はもつだろう。つまりただでさえ機会はなく、夜迷と顔を合わせる可能性はさらに低い。

 俺はあいつと連絡先を交換したわけでもないし、互いをよく知れるほどの一日を過ごしたわけでもない。

 あの後夜迷はどこかに行ってしまって、なんとなく俺も家に帰ってしまった。

 自堕落な休日と同じような過ごし方をするのは不本意だったけど、あの後の時間の過ごし方がいつもに増してわからなくなってしまったから。

 栞姉にすべてを話したわけじゃなかった。

 ふと、俺は立ち止まる。

 視界の端で何かがちらついた。

 目線を横に向ければ、排水溝から飛び上がった黒猫の光る瞳がこちらを見ていた。

『私はね、未来が分かるの』

 あの自称魔女の言葉を思い起こす。

 青空に浮かぶ三日月のような笑みと、対価として支払わされた溶けかけの青い棒突きアイスと、アスファルトに転がる蝉の死体を一緒に混ぜ込んだ、どろりと冷たいあの声を。

『──あなたは、ろくなオトナにはなれないわ』

 黒猫は塀に飛び上がり、振り返りもせずに去っていく。

 どこへ向かうかなんて確かめることなく、俺は首を前へ戻した。

「知ってる」

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とじる

 第一章 世迷魔女   三話

 再会は意外と、というかめちゃくちゃ早かった。

 今週は午前中授業の日が一度あり、それが今日だった。

 帰る前に少し校内で用事を済ましていた俺は皆より遅れて校門に向かった。

 人気の少なくなった門を横切ろうとし、そのまま真正面の駐車場に目が釘付けになる。

「なんでお前、いるんだ」

 足を止めた。

 塀にもたれかかるセーラー服の女の子がこちらを見て待ち人を見つけた時特有の笑顔を見せる。どこからどう見たって夜迷硝子だった。

 一人でよかった。他のやつと帰っている時に遭遇したら気まずいにもほどがある。

「なんでって、会いに来たの。今日午前授業でしょ?」

「ストーカーめ」

 制服的に学校はともかく、なんで時間割まで知ってるんだよ。

 夜迷はにこにこと、悪びれる様子がない。

「で、何か用でもあんの?」

「ないわ!」

 すっぱりと言い切った。

 なんだこいつ。

 駐車場前で立ち尽くしてるのも馬鹿らしくなって歩き出す。当然のように夜迷はついてきた。

 道はいつもに増して人気のない路地を選ぶ。学校の付近で違う制服を着た夜迷は恐ろしく浮くのだ。気遣いというよりは俺の保身だ。

「てか、何も用がないのに会うほど交流を深めた覚えはないんですけど」

 一方的にアイスを奢らされて暴言を吐かれた程度の仲だ。ひどい。友達ですらない。

 なのにこいつの纏う空気感は、旧知の仲であるかのような馴れ馴れしくてそぐわなくて、なのにガラス一枚隔てているみたいだった。

 クラスの真ん中の方にいる友達百人いますみたいな奴の雰囲気の中に、セミの抜け殻とか油粘土とか欠けたおはじきとか、そういう得体の知れないものを混ぜ込んだような。

 何がなんだかわからない。

「じゃあ今日、これから深めましょう。この前言いそびれたけど、私、あなたと話がしてみたかったの」

「なあ、それ、初めに会った時に言えなかったの?」

「魔女ですもの」

 澄ました顔だった。それが免罪符になると本気で信じているような。

 こういうの電波系っていうんだったか、と思い出す。なぜか今の今までその単語かすっぽりと抜け落ちていた。

 何か違う気がするのだ。

 本気で妄想を信じているというよりは、思い出したように『魔女』と言っているだけのような……。

 まあいいや。

 黙りこくっていた俺の顔を夜迷が覗き込む。

 ふと、綺麗な顔をしているなとぼんやりとした感想を抱く。

 ああ、なるほど。あまりこいつに不快感を抱いてないのはこの顔のせいか。

 嘘だろ俺、人は見た目じゃないって価値観じゃなかったのかよ。軽く絶望する。

「ね、いいでしょ。どうせ暇でしょ」

「お生憎様。今日に限ってはそうでもない」

 俺は下校前に取ってきた、木製のカバンを見せつけるように持ち上げた。

 ◇

 公園の屋根付き休憩所のテーブルに、ノートサイズの小さな画用紙を広げる。

 用事とは、美術の授業課題のことだ。宿題ではない。ただ、周りはもう完成間近という中、俺は未だに絵の具を一色も塗っていないだけだ。

 美術は苦手だ。下手以上に描くのがものすごく遅い。

 美術は月曜にあって、俺が学校をサボるのもやはり月曜が多い。そんなわけでただでさえよくない進捗は悪化の一途を辿る。

 こうして時々取り戻しておかないといけないくらいに。

 本当は学校に残ってやりたかったのだが今日は居残り禁止だった。

「水、汲んできたけど」

「おう、ありがと」

 結局夜迷は普通についてきた。『じゃあそれ、見てる』とか言いながら。

 飯はどうするのかと聞けば『私、今日ブランチだったから』と答えが返ってきたので自分だけ買っていたパンをもちゃもちゃと食べた。奢らされなくてよかった。中学生の財布は基本的に寒い。

「ねえ、どうして外で描くの」

「昔、家で絵の具やってたら盛大に水をぶちまけたのがトラウマだから」

 どす黒くなった水を吸収したカーペットを見た途端にすべての気力は吹き飛んで、絵の具嫌いに拍車がかかった。

 嫌いなのにこうして持ち帰ってまでやってしまうあたりが、俺の小者たる所以だと思う。不良にも無気力系にもなる気力がない。

 まあクラスの不良も美術の授業にはちゃんと参加していた気がするしそれでいいのだ。何が?

 やたらと重たいだけのスカスカの木箱の中からほとんど使われていない絵の具を取り出し、雑に並べる。

 今回の課題は遠近法がどうたらこうたらで、定規を使ってひたすら箱を描くというやつだった。

 なんだ定規を使っていいのか、楽だなと思ったんだがこういうシンプルなものほどセンスが浮き彫りになるらしい。制作途中のみんなの作品を見てそう思った。

 諦めよう。うちの先生は丁寧にさえ塗れば評価をくれる。

 無心で筆を動かしてしばらく、夜迷はそれをじっと見たまま身動きひとつしなかったようだ。

 ふと存在を思い出して顔を上げると、最初と同じように頬杖をついたまま画用紙を眺めていた。

 マジで何しに来たんだこいつ。

 話がしたいと言って一言も発していない。いや、邪魔しないでくれるのはありがたいんだけど、そんなのなんだか良識人みたいじゃないか。

 どうせ良識人やるなら手伝ってくれたりアドバイスくれたらいいのに。

 胡乱な視線に気がついたのか夜迷も顔を上げた。

「絵の具、出し過ぎよね」

「あ、まあそうだな」

 ほとんど手付かずのままパレット上で乾きそうなのが何色か。もったいないけどどうせさして使わないから問題ない。

 夜迷は手のひらを差し出した。

「紙と鉛筆と筆、貸して。あとその余った絵の具、ちょうだい」

「紙、プリントの裏しかないけど」

「いいわそれで」

 退屈そうに(実際退屈だったに違いない)そう言った。

 何を描くつもりなのか気になるところだけど、俺も作業に戻らねば。

 そんなこんなで多分一時間程度。いつの間にか、あの絶望的な白紙が半分ほど絵の具で埋まった。

 絶望的にサイケデリックな配色だ。出し過ぎた紫を多用したのがまずかったか。

 なお、反省を次回に生かす気は毛頭ない。

「終わり?」

 あくびをしながら夜迷が聞く。

「ああ、疲れたし。もういいかなって」

 あと家帰ってゲームしたいし。

「そう、お疲れさま」

 画用紙を乾かしている間に道具を片付けよう。

 と、その前に夜迷は何を描いたんだろう。

 覗き込む。

 見えたのはよれよれの紙に水でふやけたような鉛筆の線、盛大にはみ出した太筆の塗り。

 だが一目でわかる。描かれているのは紫陽花だ。

「……綺麗だな」

 俺じゃ上手いのかもよく判別がつかないが、ぼんやりと滲んだ淡い青と紫はなんとなく良いものに見えた。紫陽花の季節ってわけでは全然ないけど。

 水彩画って言うんだったかこういうの。

「毒があるのよ」

 にんまりと、そう言った。

 悩みなんてひとつもないみたいな得意げな顔で、ほんのりと水を差した。

「なあ、お前、友達いないだろ」

 ため息交じりに言って、道具をそばの水道のもとに運ぶ。

 夜迷は律儀に自分の使った筆を持ってついてきた。

「乙浦クンはいるの?」

 答えがわりのその問いかけには否定も肯定もなかった。文脈的には『いない』なんだが、その態度がなんだか『いないわけがないじゃない』みたいなニュアンスを含んでいた。

 なるほど、質問返しってうざったい。

 蛇口をひねる。

「いるよ、普通に。放課後とか休みの日とか遊びに行くくらいに」

「そう、じゃあ。私もうあなたの友達ね」

 彼女は声色で笑った。

 そうきたか。

「あーあ、否定できないなそれ」

 

 パレットにこびりついた絵の具をこすりながら唸る。

 なるほどその定義だと俺と夜迷は友達というわけだ。ならば。

「そうだ、聞こうと思ってたんだが連絡先とか……」

 よし、絵の具は取れた。と腰を上げて夜迷の方を振り返り、言葉を止めた。

 先ほどまでいたはずの彼女はいつの間にか、いなくなっていた。

 貸していた筆は水入れバケツに無造作に突っ込まれている。

 さよならもナシだ。

「マジかよ…………」

 水も流しっぱなしに俺は立ち尽くす。

 最初に会った時も言いたい放題してそのまんまいなくなってしまったが、今回は会話らしい会話をしただけ消化不良感が凄まじい。

 わからなかった。

 普通の、会話をしたはずだったのに。

 そういえば俺は今日も彼女自身のことを何も聞いていなかった。

 何を話したのかも、さして覚えてはいない。

 蛇口をひねる。水を止める。

 夜迷は、何を見て何を考えているんだろう。

 いなくなってやっとそんな疑問が浮かぶ。

 きっと、違う生き物だ。

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とじる

 第一章 世迷魔女   四話

 慌ただしくはなくも平穏無事とは言えない一週間が終わった。

 予定のない土日は家に引きこもって過ごす。

 ただこの土日はいつもに増して自堕落だった。なんせ母親が出張でいない。

 二度寝を二度といわず繰り返して、ふとそういえば今日何も食べてない気がすると思い出した頃にはもうすぐ夕方という頃合いだった。しかも日曜。

 俺は同年代の男子より食が細いらしくて、まあ多分運動らしい運動をしないせいなんだけど、うっかりすると食事を抜いてしまう。まあスナックパン一袋を昼休みでぺろりとたいらげるような周りが目立つだけかもしれない。

 食べるのが自分しかいなくて作るのも自分だとそうなるものだと思う。

 寝すぎて痛い頭を抱えて冷蔵庫を覗く。魚肉ソーセージくらいしか残ってない。野菜室はそれなりに残っているんだけど。

 インスタント麺も在庫切れ。

 ……ポテトチップスが食べたい。コンソメだ。

 唐突にそんな衝動に駆られた。

 こういう、発作的な特定の何かに対する食欲はちゃんと解消するまで引き摺るのだ。福神漬を食べたい欲を半年引き摺って思い知った。

 とっとと買いに行くことにしよう。

 明日、学校に行くのが死ぬほど面倒くさいな、と思いながらカーテンを閉めた。

 自転車をのんびりと漕ぎながらスーパーに向かって、ポテチだけをかごに突っ込んだところで、あっ別にこれなら近くのコンビニでよかったじゃないかとようやく気が付くも手遅れだったりしながら、軽いビニール袋をお供に自動ドアをくぐる。ルーチンって厄介だ。

 どうやら陽は落ちてしまったらしい。空が紫だ。

 帰り道、ほんの緩やかな下り坂でペダルを踏むのをやめてふと西側を眺めた。植木や塀で遮られていた地平線は急に開け、太陽が沈みきった後の夕暮れの名残が視界に飛び込んでくる。

 思わずブレーキを踏んだ。

 紫の空の端に茜色に染められた薄い筋雲が、焼け付くような鮮やかなオレンジ色が、目に痛いほど強く塗り込まれていた。

 空がこんな色してていいのかよ、とあきれたくなってしまうほどの傍若無人な色彩に釘付けになる。

 この景色があと数分すらも持たないということがにわかには信じがたかった。

 そうだ、写真だ。思い出したようにポケットに手を突っ込んだがそういえば財布と鍵しか入れた記憶がなかった。ちくしょう。

 諦めて自転車のハンドルを握りなおし、俺と同じように夕焼けを見つめる誰かが少し前にいたことに気がつく。

 オレンジに染められることのないような、黒いシルエット。

 風に、青いスカーフが揺れた。

 地平を見つめる横顔に、ぞくりと肌に寒気とは違う感覚が走る。

「……夜迷?」

 その背中は、横顔はひどく冷たく、声をかけなければならない、そんな強迫観念に駆られた。

「あら、奇遇ね!」

 しかし俺に気がついた彼女は世界が終わりそうな夕暮れとは程遠い、からりとした晴れやかな笑顔を見せた。

 力を抜く。

 まったく、夕暮れの照明効果とは恐ろしいものだ。

 自転車に跨ったままの俺に夜迷が近寄る。相変わらず手ぶらだ。

「何してたんだ?」

 日曜の夕方なんかに一人で。

 そういえば。

 夜迷がセーラー服なのは当たり前な感じがして、今の今まで気付きやしなかったけど。

 今日は、日曜日じゃないか。なんで制服を着ているんだろう。

「んー。今からね、ご飯食べに行こうと思ってたの」

 夜迷はチェーンの定食屋さんの名前を挙げる。

 今日だけが特別というわけじゃなくて、いつもそうだというような口調。

 なんだかとても意外な気がした。

 あのひっそりとした店内に夜迷がいるというのがしっくりとこない。

 だって、普通の女の子みたいじゃないか。

 定食屋にいる女子中学生(たぶん)は普通じゃないけど。

 そもそも、定食というのが似合っていない気がした。サバの味噌煮とおひたしと白ご飯と夜迷。なんか違う。

 じゃあどんな食べ物が似合うのか、って言ったらちっとも思いつかないんだが。かろうじてアイスだ。

 食事そのものが似合わない気がした。

 そんなわけないんだけど。

「なぁ、よかったらうちで飯、食べていくか? 今日は母さんいないし、今から作るから遅くなるけど」

「作るの? 乙浦クンが?」

「なんだよ」

 なんとなくムッとすると、夜迷は小さく笑った。

「不思議。似合わないのに似合ってる。簡単に想像できちゃうんだもの」

「なんだそれ」

 エプロンが似合わない自覚はあるよ。

「お誘い、嬉しいわ。それじゃあご馳走になります」 

「おう。で、何か食べたいものとかあるか」

 夕飯ポテチのつもりだったので考えなんて当然無い。

 無いのに、どうしてまあこんな誘いをしてしまったのだろうか。

 衝動的。よくわからない。

 夜迷は考えこむように視線を逸らした。

  

「カレー?」

「時間かかりすぎだ、んなの」

 ほぼ反射で却下。というか真っ先に思いついたのがそれか。お前は小学生男子か。

「えー、じゃあナポリタン」

「ああ、それなら簡単だ」

  

 簡単だけど、チョイスがなんというか……。

 真っ赤なスパゲティを頬張る夜迷の姿を思い浮かべた。やっぱり似合ってる、とは言えないけれど。 

 多分、ハンバーグとかオムライスとかも普通に好きで、コーヒーとか飲めないんだろう。

 なんだか笑えてきた。

「子供舌だな」

「な、大人だって食べるでしょ!」  

 自転車から降りた。

 あの鮮烈な夕焼けはもう鳴りを潜めて、空は穏やかなグラデーションを浮かべている。

 食材を買いに戻る必要はなさそうだった。

 ◇

 そうして突発的な調理実習が始まった。

 包丁は苦手と自己申告した夜迷の担当は鍋だ。

 麺が折れたり噴きこぼれたり伸びてしまったりとまあ些細な(味は変わらない、些細だ)アクシデントがあったりしたが些細な問題だ。夜迷は鍋を使えないタイプの魔女だった。

 俺だって別に料理が得意なわけじゃないので何も言うまい。自分の切った具材の不揃いさに目を瞑る。本質的に不器用だった。

 紆余曲折閑話休題そんなこんなで出来上がり。

 ピーマンがなかったから人参を投下したナポリタンは見事にチープな赤一色で、少々配分を間違えた玉ねぎと在庫処分のソーセージが大変な自己主張をしていた。

 麺より具が多いのは気のせいだとごり押した。

 そんな、土曜の遅めの昼食みたいな料理を休日最後の晩餐に据えた午後七時半。

「あ、美味しい」

「見た目は良くないけどな」

 テレビを点けた。

 クラスの誰もが知っている人気番組のチャンネルを押す。実家のような安心感のあるお笑い芸人がお決まりのツッコミを入れたところだった。

 夜迷にとってもそれは馴染み深かったようで、そっか今日、日曜日なのね……なんて呟きながら目を向けていた。

 当たり前に知っているはずのその番組を、夜迷が知っているということがとても意外に感じる。

 夜迷を、気付かれないようにちらちらと盗み見る。

 遠目で見れば、堅っ苦しく言えば高嶺の花。古臭く言えばマドンナ。

 しかしその実態は誰とでも分け隔てなく言葉を交わし、急速に距離を詰めては好かれる人気者。

 そんな肩書きがいかにも似合いそうで、だけど『夜迷硝子』がそうでないことは当たり前だ。

 

 彼女の肩書きは『魔女』なのだから。せいぜいリアルに名乗るなら宇宙人までだろう。宇宙は魔法よりもリアルだ。

 しかして『魔女』というものがケチャップ味のスパゲッティを頬張りバラエティ番組を見て俺と談笑する女の子という定義なはずもなく。

 ちぐはぐなのだ。

 それらすべてが中途半端。

 体の半分は休み時間の教室で出来ていて、残り半分が放課後の階段で出来ているような。

 それが俺の感じた違和感の正体で、俺が、どうやら夜迷のことを割と気に入っているらしい理由なのだろうなと論理性のない納得感を麦茶と一緒に流し込む。

 夜迷が見られていたことに気付き顔を向けた。

 何か用件を捻り出さないと。考えて、すぐに浮かんだ。

「今日も勝手にいなくなるのか」

「……?」

「いや、毎度いつの間にいなくなってるじゃん、お前」

 口をもぐもぐと動かす間の沈黙。ごくりと飲み込んで口を開く。

「招かれたから。私、いるわよ」

「なんだそれ」

 至極当然。そんな顔。

 ごくごく普通の会話を重ねた後だから、相変わらず夜迷が何考えてるんだかよくわからないことにほっとする。

「まあよかった。じゃあ帰り、送っていくよ」

 次の一口を入れた夜迷はこくりと頷いた。

「ここまででいいのか」

「ええ、十分」

 夕方、遭遇した辺りの分かれ道で立ち止まる。

 街灯はそれなりにあるけれど休日の夜の道は人気がない。

 ここで帰していいものかと思いつつ、けれど最後まで付いて行くのはなにか『不正解』な気がした。

「そうだこれ、私の連絡先」

 夜迷はポケットを漁った。

 そうだ、なんて思い出したように言ったけれど明らかに用意されていたものだ。一体いつの間に。なんという不自然なタイミングの不自然な渡し方だ。脱力しながらもありがたく受け取る。

 かわいらしい小さなメモ用紙に書かれた、今時とんと使わなくなったEメールのアドレスを見る。名前と数字のごくごくありふれた並びだった。

「いつでも呼んで。飛んでくわ」

「言葉通り?」

 にっこりと、満月のように笑った。

 暗い景色の中で赤いヒールが軽やかに音を立てる。滑るように夜迷は離れていく。

 夜の中に溶けていく。

「じゃあまたね。今日は、ありがとう」

 もしかして今、初めて彼女は礼を言った?

 普通の子みたいに?

「……ああ、またな。気をつけて帰れよ」

 俺はひらりと手を振りながら、夜迷のことをやっぱり何の疑問もなく友達だと思い始めていることに気がついた。

 緩やかな坂道を一人、急かされるように下る。

 『飛んでいく』と彼女は言った。

 あの魔女は、この夜空の中を飛べやしないのだろう

 でも、否定でも肯定でもないあの笑顔は謎の自信に満ち溢れていた。

 だから、飛べても飛べなくても変わりはしないのだ。

 そのことが羨ましくて、もう十二時間後すぐにあいつに会いたくなる。

 呼び出してしまいたくなる。

 夜迷が学校に行かない理由はさして知りたいとも思わないけど。

 きっと俺とは違うのだ。

 わけがわからなくて、すこし不思議で、だけどしっかりと形のある理由なんだと思った。

 そうであったらいいな、と。

 ああ、だから。何が『だから』なのかちっともわからないけど。わからなくてもいいや。

 明日は、学校に行こう。

 

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とじる

 第一章 世迷魔女  五話

 欠伸を噛み殺す。空は曇りで見事に白色な朝の通学路。

 いつの間にかめっきりと肌寒くなった。

 クラスにはまだ半袖のやつとかいるが、どちらかというと寒がり寄りの俺には信じられない。

 そういえばもう、あのいまいちどこだかもよく思い出せない公園で夜迷に出会ってからひと月くらい経ったんじゃあないだろうか。

 連絡先を手に入れて、しかし特に何か話したというわけでもない。

 使い慣れないEメールはなんだか座りが悪かったし絶妙に気恥ずかしかった。

 SNSと違って、なんだかひどく特別なものな気がしたのだ。真白い便箋を用意して、しかし拝啓のケイを思い出せずに手が止まる。そんな感じ。

 だから使うのは端的に、夜迷に会う日、学校に行かないと決めた日だけ。

 メールを送ればいつだって彼女は飛ぶようにきた。

 不思議なくらい、当然のように澄ました顔をして現れるけど、多分俺と同じようになんだかんだ普通に学校に行っているのだ。荷物もないのに靴もおかしいのに、早朝の彼女はいかにも登校途中でした、みたいな雰囲気を纏っている。

 あの日偶然の出会いが噛み合ったのはきっとお互い月曜日に弱いたちだった、とかだ。私立って学費とかあるし、そうそう休みがちになるわけにもいかないだろうし。

 本人に確かめる気は全くない。話題に出すべきではない物事はいっそ普通に話せやしないのではないかと思うほど多く、暗黙の了解の内にあった。

 しかしそれじゃいったい俺は何を、夜迷と喋っていたんだろう。次の瞬間には忘れてしまうようなことばかりだった。

 当て所なく彷徨い歩いて時間を食い潰すというよりは、ふらふらとしたまま何処かへと向かおうとするのが夜迷のやり方だった。

 お互いどこへ行くかなんて相談なんてしなかったし、交代に互いについて行くという感じだった。

 ある日辿り着いたのは図書館で、貸し出していた古いビデオを二本、小さな箱みたいなテレビで見た。記憶にある限りでは初めて触るビデオテープは妙にカシャカシャとしていて、やけに頼りなく思えた。

 見たのは俺が生まれる十年くらい前のアニメ映画。有名なスタジオの、だけどあまりテレビ放映しないから見たことがなかったもの。穏やかな話だったけれど小さな画面を見入ってしまった。

 青春だなー、なんてぼんやりと見ている横で夜迷は寝ていた。

 もう一つはなんだか白黒の、海外の映画。主演の女優が白黒とは思えないほどに美人だった。多分恋愛モノだったんだろうけれどとても長くて、今度は俺が途中で寝てしまったからストーリーはよくわからない。

 ただ最後の、男女の静かな別れのシーンだけは印象に残っている。

「なんだっていいのよ」

 ある日は裏山(れっきとした名前があるのだが学校の後ろにある山は裏山だという教えに則り俺たちは裏山と呼んでいる、実際のところ小高い丘だ)の遊歩道にいつの間にか迷い込み、気が付けば頂上の展望台に辿り着いていた。小学校の遠足ぶりだ。

 ベンチで冷凍食品を詰め込んだ弁当を食べた。

 金木犀の匂いがくらくらするほど強かった。

 帰りに夜迷はスカート一杯にどんぐりを拾い集め、少なくない時間をかけて集めたそれらを全てあっけなく、山の斜面へと転がした。

「意味なんてないわ」

 ある日夜迷はメールに「駅で待ってる」と返してきた。今日の昼飯代は電車代になりそうだったから、冷やご飯に塩を振りかけ雑に握った。塩にぎりは地味にめちゃくちゃ美味い。

 どこへ行くのかと聞けばどこにも行かないと夜迷は笑った。電車を乗り継ぎに乗り継いで、窓の外から眺めるどこかの景色と改札から出ることなく降りた駅の雰囲気だけを手土産に、随分と長い道程の先に地元のひとつ隣の駅へと辿り着いた。

 帰りは田圃に両を挟まれた道路を黙々と歩いた。夕焼けは雲に阻まれてぼんやりとした印象でしかなかった。 

「だけど悪くはなかったでしょう?」

「まあでも……最近ちょっとさぼりすぎたかな」

 学校に行かないのはひと月に一度くらいだったはずなのだ、多分。

 そのくらいがちょうど良くて、ひとりじゃずっとは平日の昼間の町の孤独感に耐えられない。

 珍味は滅多に食べないから乙なのだ。

 それが、二人になった途端あろうことか楽しさ、みたいなものを覚えてしまったから。

 ……趣旨がずれてしまったなぁ。

 なんで俺はああやって学校をさぼっていたんだっけ。

 どうせ大した理由じゃあないし、学校じゃ会えないあの子と遊ぶためってほら、なんだか結構、悪くはないし……?

 通学時間恒例の思索タイムはぽつりと小さな肌への感触により打ち切りだ。

 しまった、雨が降ってきた。

 天気予報じゃあ降らないはずだったんだけどな、とか思いながら家に戻り、母さんが出勤前に干していた洗濯物を部屋干しに移行していたら、当然のようにホームルームには間に合わない時間になっていた。

 遅刻が確定したら普段ならそのまま登校する気を失くすのだけど、生憎今日は雨。

 雨が降ったから学校に行くしかない。

 当て所なくふらつくなんて雨の日には出来ないのだ。濡れるし。

「お、今日はもう来ないかと思った」

 一限開始ギリギリに教室に滑り込んだ俺に声をかけた同級生、木之本。俺が休むと大抵連絡してくれる。

 

「洗濯物片付けに帰ってただけだからな」

「大変だねぇ」

「いやぁ、誰もいない校庭通って登校するの、なんかゾクゾクして悪くないぞ」

 うちの担任、物分りが良くていい意味でやる気がないから大人しくさえしていれば、ごちゃごちゃ言わないし。

 なんだそれ、と木之本は軽く笑った。

 木之本は四角い眼鏡の似合いすぎな、いかにも数学が出来そうで実のところ全然出来ないという優等生もどきだ。仲が良いやつは誰かと聞かれたら一番に思いつく。

 小学生からの仲だけど幼馴染というほど付き合いは長くない。木之本は転校生で、たまたま俺の隣の席だったことから続いた縁だ。

 俺が学校をサボりがちなことに対しても笑ってノートを見せてくれる良いやつだ。なお、木之本はまともにノートを取らない。

「そういや今年は転校生、いなかったな」

「急に何さ」

 いや、お前ってそういや転校生だったなと思って、と弁明する。

 よく聞かないと気が付かないが、木之本はほんのりと違った訛りが紛れ込んだ話し方をする。夜迷のあのどこか芝居がかった話し方も、一種の訛り的なものと言えるのかもしれない。

 演劇めいた完璧で標準的なイントネーションを記憶再生。指摘したらなんて言うんだろう。

「いや、いたけど?」

 木之本の返事で我に帰る。いけない、話の途中だった。

「え、いたって転校生が?」

 いくら俺が世俗に疎いっていったってそんな大ニュースを忘れてるはずがないんだが。ちなみに世とは基本的に学校生活なので不定期不登校の俺が疎いのはむべなるかな。いやしかし本当に記憶にない。

「うん、僕も今思い出したけど。隣のクラスに、変な時期に来てたはずだ。ただ──」

 ◇

 予報外れの雨は昼頃からしっかりと降り続きそうな強さへと変わってしまっていた。

 天気予報を確認し直せばしれっと雨マークだったし、もしかしたら俺の記憶違いで最初から雨の予報だったかもしれない。

 何故か自転車で登校してしまった木之本が、黒いゴミ袋で包んだ鞄をカゴに入れて自転車を爆走していくのを見送り、俺は雨に降られ薄く膜の張ったようなアスファルトの道を随分と歩き回った。

 雨の日にあるまじき回り道。

 放課後にもたまに現れるあのセーラー服を心のどこかで探していた。

 ……いるわけないか。

 俺と夜迷には、不思議な仲間意識が芽生えていたのだ。

 違う人種で、だけどやっていることはよく似ていて、理解はできないけどなんとなく感覚が「分かる」と呟いているような錯覚。

 だからきっと彼女も、雨が降ったら学校に行くのだって同じだと勝手に思い込んでいた。

 今朝までは。

 これ以上の回り道は帰るのが億劫になる。

 いい加減雨に耐えられそうになくなったその時、公園の大きな楠の木の下に黒い人影。靴の赤。該当者一人しかいないシルエット。

 本当に見つかるとは思わなかった。

 公園の柵を越える。

 声を掛ける前に夜迷がこちらに気が付いた。

「乙浦クン……」

 聞いたことがないようなか細い声だった。

 心あらずな目。

 前髪は濡れて張り付き、傘すらも持っていない。

 様子がおかしいことに気がつく。

 あの根拠のなさそうな自信に満ちた表情はどこに消えた。

「どうした?」

 傘を夜迷の方に寄せる。

 押し黙る夜迷は、話すべきか、何から話せばいいのか、話さなくて済むのなら話したくないと思っているように見えた。 

 その『話したくないこと』を、きっと俺は知っている。

 知ってしまって、だけどそのまま気がつかないふりをすることは出来た。黙ってるのはフェアじゃないと感じたけど、別にいいかとすら思っていた。

 いつものように陽気に不可思議に、俺に声をかけてきたのならば。

 今にも側溝に流されてしまいそうな濡れ鼠になってさえいなかったならば。

「……夜迷、お前うちの生徒だったんだな」

 梅雨が明けた頃。半端な時期に隣のクラスに来た転校生。

『ただ、一度も学校には来たことがないらしいけどね』

 一限はその木之本の言葉に消化不良を起こして、休み時間にすぐさま隣のクラスに入り込んで名簿を確認した。

 出席番号最後尾。転校生の定位置に、見覚えのない名前。でも、同姓同名の確率はとんでもなく低くて、聞き覚えばかりある。彼女の名前がどんな漢字を書くのか見たことはなくても知っている。

 よまよいしょうこ。

 名前だけがあの学校にはあり、誰も彼女を見たことがない。

 うちの生徒、という認識のもとでは。

 別世界じみた空気を纏うセーラー服の彼女は、学校の前まで来ているというのに。彼女は一度もうちのブレザーに袖を通し、門をくぐったことがないのだ。

 知ってたの、と感嘆符のように呟いた夜迷はほんの少し顔を上げる。目は合わせない。

 だんまりは続かなかった。

「……おじいちゃんが、帰ってくる」

 

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/01/22)

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