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NOX:2045 - The Virtual Insanity 完結

仮想通貨をめぐる争い

更新:2018/4/1

志室幸太郎

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 2045年。
 警視庁VR犯罪対策課に所属する“弥永”は、人気VRMMORPG“オムニス”に関する捜査を命じられる。
 オムニスが発行する仮想通貨、“ロス”の価値が急騰し、現実の貨幣価値が急落したことが問題になっていた。
 オムニスに自らログインし、一般のプレイヤーとして生活をしつつ、秘密裏に捜査を進める弥永。
 しかし同時に様々な人間の思惑が絡み合い、オムニスは崩壊へと向かっていく。
 世界中で人気のVRMMORPG“オムニス”と、仮想通貨“ロス”を巡る群像劇。

 シェアワールド創作企画“コロンシリーズ”の参加作品です。http://colonseries.jp/

1位の表紙

目次

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[Prologue:顔は魂の指標である]

 ノックの音がして、ドアは軋みながら開いた。

「失礼しまーす……うえ」

 入ってきた青年は部屋の惨状に顔をしかめた。

 そこは前時代的な事務机が並べられた、小さなオフィスのような部屋だった。

 事務机の上には資料と思しき印刷物が散乱しており、両サイドにはこれまた資料と思しき本が乱雑にしまわれた金属製のラックがある。窓にはブラインドが下ろされていたが、隙間から光が差し込んで、舞う埃をキラキラと輝かせていた。

 青年は腕を口と鼻に当てて埃を吸いこまないようにしながら、意を決して部屋に踏み入った。

 ブラインドを上げて部屋に光を入れるべく、事務机と金属ラックの間を通り抜けようとした時、

「うわっ」

 誰かが机に顔を突っ伏していることに気付いて驚いた。その人物が薄い埃をかぶっていることに気付いて、さらに驚いた。

 青年は少しためらったが、生存を確認する意味も込めて肩を叩く。埃が舞った。

「あ、あの」

「んが」

 びくっと体を震わせて、埃にまみれた部屋の住人はむくりと上体を起こす。

「ごめん寝てた……誰?」

 目をこするその女性の顔を見て、青年は目を見開いた。薄暗い部屋でもわかるくらいの美人だった。ゆるい癖のついた長い黒髪、整った眉、薄い唇。目が半開きで埃まみれなことを除けば、とても魅力的な女性だった。

 青年は一瞬の間を空けて、ぎこちない敬礼をする。

「え、えと。本日付でVR犯罪対策課に着任しました。大谷です」

 埃まみれの美人も一つ間を置いて、ぽんと拳で手を叩いた。

「あー、君があの。私はイヤナガ。弥生の弥に永遠の永でイヤナガ」

「あ、どうも……。あの、埃積もってますけど」

「ん? あ、ほんとだ」

 言われて、弥永は髪とスーツに付いた埃をバタバタと掃い始めた。大谷はむせた。

「この部屋にいるとすぐ埃が積もる。なんでだ?」

「げほっ、と、とりあえず、窓開けていいですか」

「あー、うん」

 大谷は体を横にしてラックと弥永の間を抜けると、窓際まで行ってブラインドを上げ、窓を開けた。春の日差しが入って、ようやく部屋全体がはっきりと見えるようになる。

「うー、まぶし……」

「泊まり込みかなにかだったんですか?」

「いや、さっき来た。君が来るっていうから」

「さっき……?」

 一体どうやったらそんな短時間で埃が積もるのか。思いながらも、大谷は口に出さなかった。

「着任のあいさつご苦労。えーと……」

 弥永は机の下に潜り込み、

「いでっ」

 出てくる時に頭をぶつけながら、アタッシュケースを引っぱりだした。それを持って窓際のデスクまで行くと、アタッシュケースを置いて大谷に見えるように開く。

「うお、待ってました!」

 大谷が目を輝かせた。

「は? 待ってました?」

「軍用のインターフェイスですよね? うわー、この無骨なデザインたまらないです」

 中には仮面が収められていた。しかしその存在を知らない者が、それを仮面と認識するのは難しい。なぜなら艶消しの黒で塗装されたその仮面の正面には、三箇所に配置されたレンズ以外の凹凸が存在しなかった。

 大谷は仮面を手に取り、裏返す。そこには脳波や顔の各種筋肉の電気信号を読み取るための電極が蠢いていた。目の周辺には視界を覆うように湾曲したディスプレイが配置されていて、耳を覆う部分にはスピーカー、口元にはマイクも取り付けられている。

 大谷の興味津々な様子を見て、弥永は呆れ顔になる。

「さすがベテラン。気持ち悪い反応ですこと」

「いやあ、これのために警官になったようなもんですから」

 皮肉に対して的外れな返答をしながら、大谷は仮面の縁にあるスイッチを押そうとする。

「ストップ」

「え?」

「ゲームは家に帰ってからにしてくれ」

「嫌だな、仕事をするに決まってるじゃないですか」

「仕事も家に帰ってからにしてくれ」

「なぜです?」

「見てわかっただろう。ここにいると埃が積もる」

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とじる

[Phase1-1:すべての始まりは困難である]

 その世界に降り立ったノックスは、朽ち果てた神殿の中、一対の像を見上げていた。青い空を背景に、像はお互いの喉元に剣を突きつけ、今まさに喉笛を掻き切ろうとしているかのようだった。足元には二つの円が刻まれていて、それが重なる部分の中央に、ノックスは立っていた。

「そこの君」

 声をかけられて、ノックスは振り向いた。見ると、スーツを着崩した長身の男が、神殿の入り口だった場所に立っていた。男はゆっくりと歩き出し、ノックスに近付いていく。

「やあやあ。新規さん、だよね?」

「新規、さん?」

 ノックスは首を傾げる。

「この世界に来てそんなに経ってないよね? その格好だし」

 指差されて、ノックスは自分の体を見回した。薄汚れた麻のローブを纏っていることに気付いた。もう一度男に視線を戻す。

「誰?」

「俺?」

 訊ねられて男は立ち止まる。

「これはこれは申し遅れました。俺はケイ。有能な新人を探しているスカウトマンです」

 ケイと名乗った男は胸に手を当て、大仰な身振りでお辞儀をした。

「ケイ……有能な新人……スカウトマン……」

 ゆっくりと記憶に染み込ませるように、ノックスは繰り返す。ケイは再び歩き出し、ノックスの前まで来た。

「君の名前は?」

「ノックス」

「ノックスか。君とのコミュニケーションには十のルールが設けられていたりするの?」

「……ノックスの十戒は、コミュニケーションのルールじゃないよ」

「あら、そうだっけ。博識だね、お嬢さん」

 ケイは芝居がかった台詞と共に愛想笑いをするが、ノックスはなにも言わず、その大きな眼でケイを見上げる。ケイの笑いはすぐに乾いた。

「あー……本題に入ろうか」

「本題?」

「君をスカウトしたいんだけど」

「スカウト?」

「そ。君は有能な新人と判断されたわけだ」

「なぜ?」

「周りを見ればわかる」

 ケイが手を広げて周囲を示したので、ノックスはそれに従って視線を動かす。

 神殿の床を、沢山の薄汚れた布が這いつくばっているのが目に入った。その布のいくつかの傍で、応援の言葉を投げかけたり、助け起こそうとしている人がいる。

「あれはなにをやっているの?」

「新規オムニスユーザーの恒例行事。立ち上がる練習。面白いだろ?」

「立ち上がる練習、しなきゃいけないの?」

「しなきゃいけないんだなー。俺も最初は練習したし」

「僕立てるよ?」

「それが問題だ」

 ケイは険しい顔でノックスの眼前に迫る。

「普通はみんな、ああいう風にこの神殿でのたうち回ることになる。下手すると三日くらいひたすらのたうち回ることになる。それが君は、おそらくは初めてここに来たにも関わらず、立っている」

 ノックスがケイの整った顔を見つめていると、視界の下からケイの人差し指がフェードインしてきた。反射的にその指に焦点が合う。

「仮説一。前時代的なコントローラーを使っている説。しかしこれはたった今否定された」

「なぜ?」

「ボタン式の“インターフェース”では眼球を動かせない。つまり君は“インターフェイス”を使っている。どう?」

「使ってる」

「ふむふむ、なるほど。となると仮説二で間違いないだろうね。“君は有能な人材である”」

「なぜ?」

「おいおい、話がループしちゃうって」

 ケイは困った様子で指をくるくると回す。

「最新のインターフェイスのぺらぺらな紙の説明書にはこう書いてある。たった一行だ。“思った通りに動きます”。誇るべき日本の技術によって生まれた夢の機械ではあるけど、問題もある。“人は思いをコントロールできない”」

 ノックスは首を傾げ、それを見てケイはうなだれた。

「わかった。回りくどいのはやめよう。俺が悪かった」

 咳払いをして、ケイは噛み砕いた説明を始める。

「インターフェイスは装着している人の脳波を読み取って、入力信号に変換するわけだ。ある程度の雑念はバッファーが削ってくれるけど、それでも色々あれこれ考えちゃうと、キャラクターがのたうち回ることになる。あんな感じにね」

 言いながら、神殿を転がり回る新規ユーザーを指差す。

「ところが君はインターフェイスを使いながらも、キャラクターをちゃんと立たせて、俺と冷静に会話できている。思考のコントロールが上手い。イコール有能ってこと」

「なるほど」

「わかってくれた? で、どうかな?」

「なにが?」

「うちに来てくれる?」

「うちって?」

 数秒の沈黙があって、ケイは頭を抱えた。

「しまった……説明するのに気を取られて大事なことを言い忘れていた。俺、“ガイドライン”っていう集団の一員なんだ」

「ガイドライン?」

「疑問ばっかだな君は」

「ごめん」

「いや、いいけどさ……。ガイドラインってのはその名の通り、オムニス初心者の手助けや案内をする……まあ、チームみたいなもの。総勢一〇六二名。街も持ってる。うちに入ってくれれば、訊けば誰かが答えてくれるお助けインカムをもれなくプレゼント」

 ケイは顔を横に向けて、耳に付けているインカムを示す。ノックスはそれを見るが、見ているだけで特になにもリアクションはなかった。

「あー……。じゃあ一旦ガイドラインのことは置いておいて。今度は君の話を聞こう。君はオムニスになにをしに来たの? 仕事? それとも遊び?」

「……友達を探しに」

 少し悩んで、ノックスはそう答えた。

「なるほど、友達がもうオムニスにいるのか。名前は?」

「リサ」

「お、それなら心当たりがある」

「本当に?」

「ああ。ちょっと待ってな」

 ケイはそう言うと、ジャケットのポケットから携帯端末を取り出した。画面をノックスへ向ける。

「呼んでみ」

「リサ?」

『なにかご用でしょうか?』

 滑らかな合成音声が再生されて、ノックスは首を傾げた。

「“Logical Intelligence Software Architecture”。略してリサ。オムニスで主流の端末だよ」

「リサはそんなに小さくない」

「……」

 二人の間に沈黙が流れた。

「じょ、冗談だって。人探しなら俺たちは役に立つよ。情報網には自信があるんだ」

「本当?」

 ノックスが身を乗り出したのを見て、ケイはにやりと笑う。

「本当さ。なんなら今ここで仲間に捜索を依頼したっていい」

 ケイは耳に付けられたインカムを指先で叩く。

「そうしてほしい」

 さらに身を乗り出してきたノックスを、ケイは手で制した。

「ありがとう。君の気持ちは確かめた。でももう一つ確認しなきゃならないことがある」

「なに?」

「君にどれくらいの事前情報があるかは知らないけど、この世界が二つに分かれていることは知ってる?」

 ノックスは首を横に振った。

「わかった。ちょっと外に出ようか」

 そう言うと、ケイは振り返って歩き出す。ノックスも後から小走りで付いていき、横に並んだ。

「君……本当に初心者なの? 歩き方も歴一年くらいのプレイヤー並に自然なんだけど」

 ノックスは前を見たまま無垢な顔で頷いた。

 二人はのたうち回る初心者たちを避けながら、時折踏み越えながら、太陽の神殿を出た。

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[Phase1-2:すべての始まりは困難である]

「わ……」

 外に出たノックスは、初めて人間味のある感嘆の声を上げた。

「凄いだろ。混沌とはまさにこれのことを言う」

 二人の眼前には、あらゆる物があった。まず目に入ってくるのは、高層ビル群や城、幹をうねらせる巨大な樹木、横たわる飛行戦艦らしきものの残骸、天を撃ち抜くのかというほどの苔むした巨大な砲身など。近くに目をやれば、古いバスや郵便ポスト、甲冑、ギター、剣や銃などが転がっている。時代も技術レベルも全く統一感のない数え切れないほどの物が、広大な大地に瓦礫の山を作っていた。その上では、戦闘機や竜が蝿のように飛び交っている。

「どう、なってるの? これはなに?」

「良いリアクションだ。あそこを見てみ」

 ケイが指差したのは、瓦礫と瓦礫の隙間から僅かに覗く青い芝だった。そこにブロックノイズが発生している。次第にそれは広がっていった。

「……なにか生えてきた」

 一体なにをかたどったのか、正体不明の流線形のオブジェが、ゆっくりとブロックノイズから“生えて”きた。すべてが姿を現したところでブロックノイズが消え、そこにはオブジェが残る。

「ここは緩衝地帯。イーオンとアエラ、二つの世界の混じり合う場所。常にあちこちで“アーティファクト”が生まれてる」

「アーティファクト?」

「オムニスで使うことができる、アイテムみたいなもんかな? スカイネット上にフリーで公開されているグラフィックを、片っ端から取り込んでるらしい」

「じゃあ、あのバスは動くの?」

「オムニスで動作するプログラムが仕組まれていれば動く。大抵はハリボテなんだけど、ゲームバランスを考慮したオムニスの審査に通れば、複雑なプログラムの入ったアーティファクトも生まれてくる。ディガーっていう、緩衝地帯から使えそうなものを掘りあてる職業があるくらい、ここは宝の山なんだよ」

 ノックスは興味深そうに頷いた。

「さて、いつまで眺めていても飽きないのが緩衝地帯の景色ではあるが、君は選択しなければならない」

「なにを?」

「どちらの世界で生きるかを」

 ケイは左を指差した。

「ここから西へずっと進めば、“イーオン”という世界がある。現実の世界よりもずっと技術が進化した世界だ。オムニスは開発環境もフリーで配布してるから、今もどんどん新しいアーティファクトが生まれてる。さっきのインカムもユーザーオリジナルだ。もし君が新たな可能性を模索し、進化していきたいのならイーオンへ行くといい」

 イーオンを指していた指を、今度は右へと向ける。

「ここから東へずっと進めば、“アエラ”という世界がある。古い歴史や文化を大切にしている世界だ。魔法や錬金術の研究が盛んで、街並みは中世のヨーロッパに近い。ユーザーが管理している自治区もあって、かなり住みやすい世界になっている。もし君が安らかな暮らしを求めるなら、アエラへ行くといい」

 一気に喋って、ケイは一つ息を吐く。

「この口上も久しぶりだな。ちなみにガイドラインは、イーオンのチームなんだ。だからもし君がアエラへ行くなら、俺は付いていけない。友達探しも手伝えない。でもそこらへんにいるファンタジーな服装の人に声をかければ、ちゃんとアエラへ案内してくれると思うから心配しないでくれ。あっちにも初心者支援チームはあるから、そこで友達を探すこともできる。自由に選んでくれて構わない」

 ケイは神殿の階段に腰掛け、ローブから覗く白い横顔を見上げた。まだ緩衝地帯の混沌に夢中のようだった。

「わくわくするか?」

「うん」

「そっか……これで最後にするよ。どうする?」

 ノックスはケイと目を合わせた。エメラルドグリーンの瞳が好奇心に満ちている。

「一緒に行く。訊きたいことが沢山ある」

「その言葉を待ってた!」

 ケイは勢い良く立ち上がり、右手を差し出した。

「よろしく、ノックス」

「どうすればいいの?」

「ハンドシェイクだ。右手を出して俺の手を握れ」

 言われるがまま、ノックスは右手でケイの手を握った。ケイはその手をぶんぶんと振ってから離す。

「そうと決まったら、このゲームの最初のミッションだな」

 自分の手を不思議そうに見ていたノックスは、また首を傾げた。

「ミッション?」

「ああ。その名も、“緩衝地帯を無事切り抜けよ”」

「ここは危ないの?」

「そりゃもう、オムニスで一番危ないところさ。なんせルールがない。あらゆる意味で。俺たちみたいなおせっかい焼きがいる一方で、初心者狩りをする酔狂も結構いるんだ。俺が初心者の頃は、一ヵ月は緩衝地帯を彷徨ってたかな。このゲーム凄く良くできてるんだけど、デスペナルティ……えっと、死んだ時の罰が、結構厳しくてさ。二十四時間経たないと再ログインできないんだ」

 ノックスの首は傾いていく一方だった。

「ごめん、難しいよな。わかんないよな。とにかくイーオンを目指して出発しよう。えーと……」

 ケイは階段を下りていく。ノックスもそれに続いた。初心者の難関となる階段も、ノックスは軽い足どりで歩を進めた。

 草の生い茂る地面に足をついて、ノックスがあることに気付いた。

「ここにはアーティファクト出てこないの?」

 ノックスは瓦礫の山と草地の境界を指差した。ケイは瓦礫を漁りながらヒュウと口笛を鳴らす。

「鋭いね。まあなんてことない理由なんだけど、この神殿は“太陽の神殿”って言って、リスポーン地点……あー、とても大事な場所なんだ。だからこの神殿のある領域は基本的に変化しないわけ」

「うんうん」とノックスは頷く。そうしている間にも、ケイはどんどん瓦礫の迷宮へと踏み込んでいった。

「ごめん、ちょっと待っててー」

 ノックスは言われた通り、一歩も動かずに待った。

 ちょっとと呼ぶにはかなり長い時間を経て、ケイが帰ってくる。

「お待たせ! いやー、納得できるものを探すのに時間かかっちゃって」

 そう言うケイが持っていたのは、女物の服だった。白いワンピースとフード付きの黒のカーディガン、ロングブーツ。

「そのままの格好だとあれだし、とりあえずこれ着て」

 頷いたノックスが麻のローブを脱ごうとして、

「あ、ストップストップ!」

 ケイは慌ててそれを止めた。

「このゲーム、仮想現実って言われるくらいリアルに作られてるから、そのローブの下は裸なんだよね。俺がローブ持ってカーテンになるから、その中で着替えな。はい、手を上げて」

 ノックスが両手を上げると、ケイがローブの袖を掴んで持ち上げ、そのまま簡易の更衣室を作る。多少苦労したようだったが、

「着替えた」

 という声がしたので、ケイはノックスをローブから出してあげた。

「あー……惜しい」

 ノックスはブーツを履き、カーディガンの上からワンピースを着た状態で出てきた。

 ケイはもう一度ノックスにローブを被せた。

 手伝いながらなんとか正しくノックスに服を着せ終えて、ケイは満足気に頷く。

「うん、似合う似合う」

「そうなの?」

 ノックスは腕を広げ、自分の体を見回す。白い肌と髪のノックスに、黒のカーディガンとブーツが良いコントラストになっていた。

「俺のチョイスに間違いはない」

「パンツはないの?」

 ケイは一瞬硬直し、申し訳なさそうに手を合わせた。

「ごめん、見つからなかった……。街に着いたら用意してあげるから、恥ずかしいかもしれないけどちょっと我慢して」

 ノックスは顔色一つ変えずに頷いた。ケイは手を合わせたまま、その反応を訝しむ。

 ケイの中で、ノックスと会った時から感じていた違和感が肥大化しつつあった。操作している人間の姿が見えてこない。当初は小さな子供なのかもしれないと思っていたが、子供にしては教養があり、観察眼も鋭い。しかし常識に欠けているところもある。スカウト役を任されてから二年近く経つが、こういう感触は初めてのことだった。

 ただ、悪い感じはしない。善悪の渦巻くこの世界で、それはケイが彼女の案内人となるには充分な理由だった。

「じゃ、行きましょうかお嬢さん」

 ケイは笑顔を作って手を差し出す。

「ハンドシェイク?」

「いや、手を繋ごう。“馬車”までご案内致します」

 ノックスはケイの手を取る。二人は手を繋いで、瓦礫の迷宮へと入っていった。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/03/04)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/01/21)

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[Phase1-3:すべての始まりは困難である]

 瓦礫はほとんどの地面を覆い隠しているようで、実はしっかりと通り道があった。その内、人が歩ける小さな道はディガーたちの通った跡だった。しかし通り道はアーティファクトの発生によって塞がれることもある。常にその通り道が変化することから、瓦礫の迷宮とも呼ばれていた。

 キャラクターの操作に長けたノックスも、突然発生するアーティファクトに足を取られることがしばしばあったが、転びそうになる度にケイが支えた。

 しばらく歩いて、二人は大きな通り道に出た。それは六車線の道路ほどの幅で、ディガーの作った道とは違い、土の地面が露出していた。

 ノックスは左右を交互に見るが、道はどこまでも続いていて先が見えない。

「道路?」

「んー、まぁそんなもんだけど、大体みんな“ライン”って呼んでる」

「ライン……」

「実はこの世界においてかなり重要な線なんだ。来るべき時が来たら説明しよう。んで、あれが馬車でございます」

 執事のような滑らかな動作で、ラインの端に停められている黒い塊を示した。

「馬車?」

「そ。“フライングドッグ”ってタイプ。個人が持てる中で最も高価な軽戦闘機ってところかな。こいつも緩衝地帯で発掘されたものなんだ」

「馬なの? 犬なの?」

 予想外の質問に、ケイは一瞬硬直する。

「あー……ノックスはどっちだと思う?」

「……ソードフィッシュ?」

「なにそれ、魚?」

「うん、魚。メカジキ」

「へー、物知りだね」

「あと戦闘機」

「あ、うん。戦闘機だけど」

 いまいち噛み合わない会話に、ケイは苦笑する。

「名前はあるの?」

「あ、ああ。“ヤタガラス”って名前が付いてる」

 黒く塗装された機体は、三つの柱脚によって地に立っていた。その姿は翼を畳んだヤタガラスのようであったが、なによりも特徴的なのは、機体下部前方から伸びる角のような砲身だった。ノックスがメカジキを連想した理由はこれだった。

 二人で機体の傍まで来て、ケイはジャケットのポケットから携帯端末を取り出す。画面を操作すると、コックピットハッチが開いて縄梯子が下りてきた。ケイはノックスをひょいと持ち上げて、縄梯子を上らせる。

「どっちに座ればいいの?」

「後ろのVIPシートへどうぞ」

 指示通り、ノックスは後ろの座席へと収まった。ケイも縄梯子を上り、前の座席へと乗り込む。正面のパネルを操作すると縄梯子が収納され、ハッチが下りてくる。コックピット内は一瞬計器とパネルの光のみの薄闇になるが、システムの起動音声と共に光を取り戻した。

「浮いてる」

 ノックスは見たままの感想を述べた。コックピット内のほとんどがモニターになっており、密閉された空間でありながら、外の様子が三百六十度視認できるようになっていた。ノックスからは、自分と座席周辺の機器だけが空中に浮いているように見えている。

「怖いか?」

「ちょっと怖い」

「なんでも初めては怖いもんだ。さて、当機は間もなく離陸致します。快適な空の旅を」

 ケイはキーを差し込んでエンジンを始動させ、ペダルを踏み込みながら操縦桿を引く。ヤタガラスは翼を広げ、緩やかな滑走の後、静かに飛び立った。ノックスが下を見ると、大きく見えたラインがあっという間に細長い線になっていく。

 かなりの高度を取って、ケイは操縦桿を垂直に立てた。

「上からの眺めも良いだろ」

 ノックスはモニターに顔を押し付けて景色を眺めまわしていた。地上にいる時よりもはるかに、その物量が見て取れる。

「遠くにある壁が見えるか?」

 訊ねられて、ノックスは身を乗り出してケイの頭の上から先を見る。

「うん」

「あれがイーオンの壁。アエラにも同じような壁がある。集合、ってわかるか?」

「数学の?」

「そう。厳密にはもっといびつな形なんだけど、イーオンとアエラ、二つの円の積集合の部分が緩衝地帯になってる」

「とてもわかりやすい」

「だろ?」

「ナルトビエイがいる」

「ん? なると? えい?」

 唐突に話題が変わって戸惑うケイに、ノックスは腕を伸ばして右前方を指差した。遠くを、黒く薄いなにかが、旋回しつつひらひらと飛んでいる。そのエイのような飛行物体は、先を飛ぶ一機のフライングドッグを追いかけているようだった。

 しばらく空中で優雅なダンスを披露していた二機だったが、唐突な破裂音と共にフライングドッグが火を噴いた。花火の燃え残りのように、炎に包まれながら落下していく。

 ケイはパネル上のレーダーを確認する。撃墜された機体の反応が消え、周囲に機影はないことになっている。しかしノックスが見つけたそのエイは、ゆっくりと旋回しながらヤタガラスへと向かってきていた。

「……ノックス。乗り物酔いはする方か?」

「わからない」

「そうか。心配だったら目は閉じておくといい」

「え? わっ」

 ケイは思い切り右に操縦桿を傾け、ペダルを踏み込んだ。ヤタガラスは機体をほとんど反転させながら一気に高度を下げていき、その後を追うように弾丸が飛来する。シートベルトをしていなかったノックスが後部座席で跳ねまわる中、ケイは地面に向かって垂直に飛行しながらゆっくりと機体を回転させた。そしてギリギリの高度で機体を水平に戻し、低空飛行で真っ直ぐに飛び始める。

 エイは不気味にゆったりとした動きでヤタガラスへと軸を合わせ、空を滑るように下降し始めた。

「ノックス、起きてるか?」

 これまでとは違った堅い声で、ケイはノックスを呼ぶ。

「うん」

 ひっくり返った状態で座席に座っていたノックスは、返事をしながら体をくねらせて元の体勢に戻った。

「酔ってないか?」

「目を閉じてた」

「素晴らしい。なるべく安全運転するが、もう少し我慢してくれ」

 ロックオン警報が鳴る。ケイはほとんど反射的にパネルを操作し、デコイを射出した後、機体を九十度左に傾けて旋回した。数秒遅れて、後方でミサイルが爆発する音が響いた。

「くっそ、どこの所属だ……」

 悪態をつくケイの視界に、横たわる巨大な飛行戦艦の残骸が入ってきた。ケイは旋回を止め、飛行戦艦の残骸へと進路を取る。

「ノックス、エイはついてきてるか?」

 重力を受けて左のモニターに貼り付いていたノックスは、体勢を立て直し、座席にしがみつきながら後ろを確認する。

「いる」

「オーケー。一つ頼みごとをしてもいいか」

「なに?」

「あいつとの距離が知りたい。レーダーに映らないステルス機だから、手動操作で計算するしかないんだ。今後ろの操作系統をオンラインにする」

 ケイが素早くパネルを操作すると、後部座席用のパネルが起動する。

「俺はあんまりよそ見できないから、計算をお願いしたい。まず後部カメラの――」

 指示を出そうとしたところで、前方のモニター、ケイの視界の隅にワイプ画面が表示される。そこには後部カメラからの映像が映し出されていた。

「こう?」

「そうだ! あとはパネルに映ったエイを触って、出てきた選択肢からアナライズを選んでくれ」

 ノックスが言われた通りに操作すると、ワイプ画面にシステムが計算した機体のステータスが表示される。機体のサイズや兵装、最高速度、そして現在の距離も。

「これでいい?」

「完璧!」

 ケイは敵機と一定の距離を保ちつつ、操縦桿を細かく操作し、機体を上下左右に揺らしながら真っ直ぐに飛行戦艦を目指した。

 機内に再びロックオン警報が鳴り響く。

「待ってました!」

 獰猛な笑顔を浮かべ、ケイは思い切りペダルを踏み込んだ。エンジンの出力はほぼ最大になり、機体は音速を超える。ヤタガラスはベイパーコーンを纏いながら、緩衝地帯に轟音を響かせて飛んだ。

 進行方向に見える飛行戦艦の残骸が、みるみる大きくなってくる。

「ぶつかる?」

「ぶつからない!」

「でもぶつかるよ?」

「こうする!」

 ケイは操縦桿の先端に付けられた安全装置を親指ではじき、スイッチを押した。機体下部の二つの加速器と砲身に稲妻が走り、雷鳴のような音と共に中性粒子ビームが照射される。光線は一瞬にして飛行戦艦に直撃し、轟音と衝撃波を放ちつつ、船体を貫通する大穴を開けた。

 ヤタガラスは器用に翼を畳み、穴を通り抜けた。

 ありったけの置き土産を残して。

 エイがすでに発射していたミサイルは、船体内に放たれたデコイを追いかけて爆発した。エイは爆発を回避しようとしたが、巨大な船体そのものを回避するには速度が出過ぎていたし、距離も足りなかった。

 エイは為す術もなく飛行戦艦に激突し、爆散した。

「ふうー……」

 ケイはワイプ画面で追手がないことを確認して一息つくと、優雅にインメルマンターンを決めて飛行戦艦の方へと戻る。エイの痕跡は、飛行戦艦の船体に残された黒ずみと、立ち昇る煙だけだった。

「ご愁傷様だ」

「ごしゅうしょうさま?」

 ケイが振り返ると、ノックスの足しか見えなかった。

「飛ぶ前にシートベルトを締めろって言ったろ?」

 ノックスは何事もなかったかのように座席に座りなおす。

「締め方がよくわからなかった。なにがごしゅうしょうさま?」

「さっきも言ったけど、戦闘機は物凄く高いんだ。あのステルス機は特に高価で、ざっと五百万ロスくらいする」

「ロス?」

「仮想通貨。五百万ロスは日本円だとざっと五十万くらい」

「そうなんだ」

「そうなの。さ、寄り道はおしまいだ。イーオンの首都へ行こう」

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[Phase1-4:すべての始まりは困難である]

 ヤタガラスは港へと降り立ち、翼を畳んだ。第二首都港はイーオンの壁の中にある港の一つである。滑走路は主に小型の戦闘機の離着陸に使用され、機体の管理も港が行っている。

「おいおいヤタガラス。ずいぶん派手にやったな」

「だろ? ヒーローインタビューは事務所を通してくれ」

 ヤタガラスを降りたケイは、待っていた髭面の筋肉質な男に軽口を返す。

「今夜のトップニュースは、“ガイドラインのスカウトマン、緩衝地帯のシンボルに大穴を開ける”で決まりだな」

「違うな。“ガイドラインのスカウトマン、謎の暴走ステルス機を撃墜”。こうだろ」

 言いながら、ケイはコックピットを見上げる。

「降りられるか?」

「うん」

 ノックスは慎重に縄梯子に足をかけ、ヤタガラスを降りた。

「驚いた。久々の新人は頭が器用だな」

「ああ、間違いない。この子は最高のお宝だ」

 ノックスは首を左右に振って二人を見た。

「紹介しよう、この髭のおっさんは――」

「おっさん言うな」

「わかった。この髭はここの港の管理人で、ハンス」

「髭に名前があるの? 髭が港を管理してるの?」

「そうらしい。不思議だよな」

 ノックスは興味深そうに頷いた。

「お前な……」

「失礼。で、彼女はノックス」

「よろしくな、お嬢ちゃん」

「よろしく」

 そう言って、ノックスは右手を差し出す。ハンスはその小さな手を握り返した。

「ハンドシェイク」

「おうおう、ちと無表情だが、礼儀正しい良い子じゃないか。ちゃんと教育してやれよ」

「わかってるって。……ところで、あのF-117、どこの所属かわかるか?」

「さあなあ。俺は他の港と連携取ってないからな。わからん。なにか気になるのか?」

 ケイは数秒間考えを巡らせるが、すぐに首を振った。

「……いや、たぶん新手の初心者狩りだろ。襲われてたフライングドッグ、かなりのふらふら運転だったしな」

「よくあの腕で緩衝地帯に出たもんだ。お嬢ちゃんも戦闘機に乗りたくなったら、しっかりと訓練を受けてからにするんだぞ」

「わかった」

 ケイはだるそうに手を叩いて、会話を止めた。

「はいはい、井戸端会議はこれでおしまい。カラスの世話頼むよ」

「鍵よこせ」

 ケイはジャケットのポケットからキーを取り出し、放り投げた。ハンスはキーをキャッチして、ヤタガラスの縄梯子を上っていく。

「丁寧に扱えよー」

「うるせえ、わかってるよ」

「へいへい。さ、首都へご案内だ」

「ばいばいハンス」

 ハンスはコックピットからノックスに手を振り、ヤタガラスを格納庫へと移動させ始める。

 二人は港の出口へと歩いていった。

「悪いな、口の悪いおっさんで。日本をこよなく愛するドイツ人なんだけど、日本語を覚える環境が良くなかった」

「どこで覚えたの?」

「戦争さ」

「戦争……」

 ノックスはケイの言葉を繰り返して、黙った。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/01/21)

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