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月隠破魔探偵事務所

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その探偵事務所は、月隠神社の一角にあった。そして、ひとつ風変わりなところがあった。事務所所長が、陰陽師だったのだ。

1位の表紙

目次

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プロローグ

 月隠町(つきかくしちょう)の北外れ、月隠神社の一角に、その探偵事務所はあった。

 月隠破魔(つきかくしはま)探偵事務所。

 おもに、近隣の町の住人から持ちこまれる、ちいさなトラブルの解決、家出人や行方不明になった飼い猫の捜索、浮気調査などを生業にしている、ごくふつうの町の探偵事務所だ。

 ただひとつ変わっているのは、探偵事務所所長が“陰陽師”だということ――。

 午後五時。

 思ったより、生徒会の仕事が長引いてしまった。

 刻々と夕闇のせまる中を、雪野刀夢(ゆきのとうむ)は、高校から自宅へと急ぎ自転車を駆っていた。

 ちなみに自宅は、高校から二駅北へ行ったところにある。自転車だと、おおよそ20分ほどの距離だ。

 それほどたいした距離ではない。

 だけど、真冬の夕暮れ。体を包みこむ風は、身を切るような冷たさで、刀夢をさいなんだ。

 制服の上に分厚いロングジャケットを羽織り、ニットキャップを目深にかぶり、マフラーをグルグル巻きにしていても、全身をなぶる風は容赦なく体の芯の芯まで凍てつかせ、刀夢の体温と思考を奪っていく。

 ……早く帰ろ……。

 ハッ、と、白い息を吐き、急速に薄らいできた夕焼けの下を急ぐ。

 角を右に曲がり、ゆるい登坂にさしかかった。

 ここまで来れば、あとすこしだ。

 そろそろ月隠神社手前にある、目立つ赤いアーケード――商店街の入口が見えてきた。

 カーブを描くアーケードの入口中心に、白抜きの文字で、大きく“月隠商店街へ、ようこそ!”と書かれている。

 脇に立つ丸いコロンとした街灯が、ちょうど点った。薄藍の空に淡い円を描き、ほのかな温かさを添える街灯を見上げながら、自転車を降りる。

「おう、おかえり!」

 アーケードをくぐる刀夢の姿を認めて、すかさず鮮魚店の源さんが、客の相手の合間に声をかけてきた。

「ただいま」

 ペコリ、と、頭を下げて、その場を通り過ぎ、人ごみを避けながら前へと進む。

 刀夢にとって庭のような、ここ月隠商店街は、下町の良さを残した昔ながらの商店街だ。

 八百屋、鮮魚店、乾物屋などなど、30店舗ほどが、ずらりと軒を連ねている。

 そして、シャッターを閉めている店は、わずかに2店舗。

 シャッター商店街が、どんどん増えている中、これはかなり珍しいことではないだろうか。

 今日も商店街は、いつもどおり、夕食の買い物をする客、月隠神社への参拝客や観光客で、たいそうにぎわっていた。

 そうなのだ、ここ月隠商店街は、地元の人間だけでなく、その他の地域からも人がやってくる。

 そのためか、全国いたるところで閑古鳥が啼く商店街が多い中、ここは昔と変わらないにぎわいを見せていた。

 月隠神社は千年以上続く由緒ある神社で参拝客は常にあるし、昭和の香りを色濃く残す商店街のレトロなたたずまいが一部でウケているらしく、このところ観光客が急増中だ。

 いまも、土産物店や名物の月隠饅頭を置いている和菓子屋の店先には、観光客や、修学旅行生だろうか制服を身にまとった一団が、所狭しと詰めかけていた。

 刀夢は、華やいだ声を上げる彼らの後ろを迂回して、そっと通り過ぎた。

「おかえり、今日は、ちょっと遅いんだねえ」

 手芸店のトミさんが、温かそうな毛糸の束を積みながら、ニッコリと微笑む。

「ただいま、トミさん」

 すると、子どものころから、すでに“おばあちゃん”だったトミさんは、皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして嬉しそうに笑い、

「おやまあ、ほっぺたが真っ赤になってるじゃないか。家に帰ったら、よくよくあったかくするんだよ」

 まるで孫を気遣うように一言付け加えた。

「そうだね、ありがとう」

 その後も、つぎつぎと見知った顔に挨拶して回りながら、にぎやかな商店街を通り抜けたころには、すでに日は、とっぷりと暮れていた。

 濃い夜色に包まれつつある中、

「ふう……、よいしょっと」

 再び自転車に乗り、ペダルを強く踏み込む。

 ライトが白く照らす急坂を、懸命に漕ぐ。

 ここからふたつほど角を曲がれば、ようやく自宅のある“月隠神社”に、たどりつく……。

 あとすこし!

 刀夢は奥歯を噛みしめ腰を上げると、猛然と自転車を漕ぎはじめた。

 

 

 重くなってきた自転車を押しながら、見慣れた朱塗りの大きな鳥居をくぐる。

 そろそろ観光客もまばらになってきた境内を突っ切り、社務所の前を通り過ぎ、

「ただいま」

 腰をかがめて奥へと声をかけた。

 と、何やら帳面らしきものをのぞきこんでいた祖母の雪野芙久子(ゆきのふくこ)が、顔を上げ、老眼鏡をずらしながら、こちらを見た。

「おかえり。今日は遅かったんだね」

「うん、ちょっとね。じゃ、またあとで」

 ひらりと手を振って、それに答えた祖母を背後に、刀夢は自転車を押しつつ、さらに境内の奥へと進んでいく。末社が五つほどあるが、ここまでやって来る観光客はめったにいない。

 広大で森閑とした鎮守の森に、ただ刀夢の踏む玉砂利の音だけが響く。

 そのまま道なりに進んでしばらく、刀夢は、やっと足を止めた。

 目の前には、ちいさな社が、ポツンとあった。

 うっそうと繁った鎮守の森に囲まれて建つ、その社の正面には、墨蹟鮮やかな、こんな看板が掲げられていた。

“月隠破魔探偵事務所”

続く……

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1

商店街の情景が目に浮かびます(*^_^*)描写がうまいですね。商店のお婆さんの台詞とかも

湊あむーる

2018/2/14

2

湊さん、読んでくださってありがとうございます!!
わ~! そう言っていただけて、すごくうれしいですっヽ(;▽;)ノ
続きもがんばります!!

作者:りんこ

2018/2/14

3

続きを楽しみにします(^^♪

湊あむーる

2018/2/14

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とじる

月隠破魔探偵事務所

 そして看板のちょうど上部には、いまはもうあまり見かけることのない、ランプ型の照明がひとつ付いていた。

 ランプの放つ穏やかな光が、闇に沈む森の中、ぽつねんと建つ社の輪郭をやわらかに浮かび上がらせている。

 社は、かなり年季が入っているらしく古色蒼然としていた。

 が、長年とても大切にされてきたらしく、隅々までよく手入れされていて、どこにも痛みは見当たらない。

 また凝った意匠の彫り物がそこここに施されていて、こじんまりとしていながらも、なかなか見ごたえのある美しい社だった。

 そうした日本古来の造りをした社に、どうしたわけだか、引き戸ではなく、“ドア”が付いていた。

 しかし、美しい飾り彫り付きの真鍮のドアノブと、社本体に使われている木材と色、材質ともにそろえられた重厚な雰囲気のドアは、しっくりと周囲になじんでいて、不思議と違和感はない。

 ドア前には、木製の階段が数段。

 刀夢は、大きなケヤキの下に自転車を留め置いてから、階段をトントンと跳ねるようにのぼった。

 それから分厚い手袋を外し、ドアを軽く2回ノックした。

 すると――。

「開いてるぞ」

 馴染みのある低く温かな声が、中から聞こえてきた。

 どうやら勝手に入れ、ということらしい。

 まあ、やってくる顧客のため、鍵を開けてあるのはいつものことで、刀夢がノックするたび同じ答えが返ってくる。

 とはいえ、いきなり引き開けるのもためらわれて、刀夢は毎度、律儀にドアをたたいていた。

 そして、これまたいつものように返された声を合図にドアノブを握った瞬間、

「つめた……っ」

 刀夢は手袋を外したことを激しく後悔した。

 冷たいドアノブが、今日は一段と冷えきっていて、まるでドライアイスを握っているかのような、痛みとしびれが手のひらを襲ったのだ。半ばはたくようにして、急いでドアを引き開ける。

 と、中から、温まった空気がドッと吹きだしてきた。一瞬にして、刀夢の眼鏡が真っ白に曇る。

「わっ!」

 いきなり視界を封じられて、おもわず立ちつくした刀夢を、

「おう、遅かったな、つーか、トム、お前……」

 ハハハッ、という快活な笑い声が迎えた。

「真っ白じゃねーか」

 おかしそうに、しかもずいぶんと楽しそうにズケズケと言ってのける声に、刀夢は憮然としながらドアを後ろ手に閉め、もう片手で眼鏡を外した。

 ジャケットで、曇ったレンズ表面を乱暴にぬぐい、再びかける。

「……って、そんなに笑わなくたっていいだろ」

 唇をとがらせたまま、刀夢は目の前でほがらかに笑う男に抗議した。

 それから、ふと思いだしたように、

「あ~……、ただいま」

 ボソッと、不機嫌そうな表情のまま付け加えた。

 けれど、そんな刀夢の態度に、男はべつだん気を悪くした素振りもせず、

「おう、おかえり」

 サバサバとした口調で答えた。頭の後ろで両手を組み、椅子にゆったりと背を預けながら。

 そんな、どこか余裕を感じさせる男。年の頃なら30代半ば。少々ぼさぼさの黒髪に、顎には無精ひげ、がっしりとした骨太の体をすこしくたびれた黒いスーツで包んでいる。

 そして、スーツの下には、洗いざらしの白いシャツに、細身の黒いネクタイをしめるというよりは、ゆるくだらんと首にかけていた。

 彼の手前には、マホガニー製の大きな執務机があった。

 が、書類や電話、筆記用具などなど雑多なモノで覆い隠され、机表面はまったくといって見えない。

 どころか、机の右端では、乱雑に積み上げられた書類が、均衡を失いかけて、いまにも崩れ落ちそうだ。

 仕事に追われて片付けるヒマもないのか、それとも大ざっぱな性格から来るものなのか……。

「時守……それ、崩れるよ」

「そうか? まあ、気にすんな」

 時守、と呼ばれた男は、ケロッとした顔で答えた。

 そう、彼こそが、この“月隠破魔探偵事務所”の所長にして陰陽師、破魔時守(はまときもり)である。

「すこしは気にしろよ。片付ける僕の身にもなれって」

「へいへい」

 ……どうやら、机の惨状は、おもに彼の性格から来るもののようだ。

 かくして彼を知るひとから“歩く大ざっぱ”という異名を授けられている時守は、いまも刀夢の苦情を適当にあしらい、

「それより、遅かったな」

 さらりと話題を変えた。

「ああ……。生徒会の仕事が、ちょっと長引いちゃって」

 刀夢はニットキャップとジャケットを脱ぎ、簡単にたたんで来客用の革張りの黒いソファの背にかけた。

 今日は、もう誰も来ないだろうから、問題はないだろう。

 コートハンガー――時守のヨレッとしたトレンチコートと、これまたちょっとつぶれたソフト帽がかかっている――があるにはあるが、すぐにここを出るとわかっているいまは、そこまでするのは少々面倒くさい。

「そうか、生徒会長様は大変だな、お疲れさん」

「ありがと、そういう時守はヒマそうだね」

「フフン、探偵稼業なんざヒマな方が、世のなか平和ってな。つうか、トム、お前……」

 時守は、何やら物言いたげな顔で、ふうっと息を吐いた。

「なに?」

「いつの間に、そんな生意気な口を利くようになっちまったんだ。昔は、あんなに可愛かったのになあ……ちょっとでも離れようものなら、俺の後を泣きながら追ってきたくせに……」

「ちょっ!? 泣いてなんかいないだろ?」

 刀夢は、くわっと目をむき、真っ赤になって抗議した。

「いいや、泣いてたって。『うわあああん! 時守おじちゃん、待って~!』って鼻水も垂らしてな」

「鼻水も垂らしてないって!」

 つかつかと机に歩み寄り、猛然と突っかかった刀夢に、時守は椅子にふんぞり返ったままニヤリとした。

「あ……」

 ようやくからかわれていることに気づいた刀夢は押し黙ると、コホンと咳払いをひとつして、

「とにかく! 時守がどう思ってるのか知らないけど、僕は、もう16だ。いつまでも可愛かったら、その方がおかしいだろ」

 キッパリと言いきった。

 しかし、そんな刀夢に対して、時守は、フフンと鼻先で笑い、

「俺にとっちゃ、16なんざ、まだまだ子どもなんだがな」

 バッサリと切って捨てた。

「まあ、そうだろうけど……」

 刀夢の顔に、悔しそうな表情が浮かぶ。

 この破魔時守というひとは、何かと謎の多い男だ。

 そのひとつが、何年経とうが、まったく見た目が変わらないということ。

 刀夢が、まだちいさな子どものころから、時守はいまと同じ30代半ばくらいの見た目だった。

 どころか、祖母の芙久子によれば、彼女が物心つくころには、すでに現在と変わらない姿だったらしい……。

 そんな時守は、月隠町の七不思議のひとつでもあった。

 だけど月隠町の住民は、なんら追及することもなく、破魔時守を“そういう人物”として、あるがまま受け入れていた。

 幼いときから時守と一緒に過ごしている刀夢も、そのひとりだが、改めて考えてみれば、不思議きわまりない話だ……。

 ともあれ、彼がいったいどれほどの時を生きているのか、誰ひとりとして知らなかった。

 だから、時守が『16なんざ、まだまだ子どもなんだがな』と言うのは、無理もないことだろう。

 それはそうと、さっきの時守の言葉で、刀夢は、ふと昔のことを思いだした。

 ――たしかに、いつも時守の後を付いて回ってたっけ。

『時守おじちゃん』と、呼んで。

 いっぽう時守は、刀夢のことを、ちいさなときから“とうむ”ではなく“トム”と呼んでいる。他の家族は皆“とうむ”と呼ぶから、時守限定の呼び方だ。

 そういえば、刀夢が時守のことを、いまのように『時守』と、呼び捨てにするようになったのは、いつからだったろう?

 刀夢は記憶をさかのぼり、かつて過ごした日々の断片が雑多に詰めこまれた引き出しを探った。

 ――初めて呼び捨てにしたのは……。

 あれは、そうだ……中二の冬休みだった。

 それまで『時守おじちゃん』と呼んでいたのを、いきなり『と、時守……』と、つっかえつつ、ぶっきらぼうに呼び捨てにした刀夢を、時守はビックリしたように、まじまじと見返した。

 そのときの、まるで知らない子どもを見るような目をした時守を、それでいて妙に感慨深げな何とも複雑な表情を浮かべた時守の姿を、いまでも忘れらない。

 それからというもの、とくにとがめられもしなかったから、刀夢は時守のことを呼び捨てにしている。

 時守の助手のようなことを始めたのも、ちょうどそのころからだ。

 助手と言っても、おもな仕事は“時守が散らかした事務所の掃除”だが……。

 ときには、猫探しを手伝ったり、新聞やネットで情報を探しまとめたりといった助手らしい仕事もする。

 そして、学校帰りには、いまのように探偵事務所に寄っては、簡単に掃除したり、何か手伝えることがないか尋ねたり探したりするのが、刀夢の日課になっていた。

「お~い、なにボオッとしてんだ?」

 ポンと頭をはたかれて、刀夢はハッと我に返った。

 気づけば、いつの間にか時守が、すぐ脇に立っていた。

 刀夢より頭ひとつ分以上、高いところにある顔を見上げれば、

「帰るぞ」

 と、ひと言、時守はボサボサ頭をかきまわしつつ、コートハンガーへ向かった。

「えっ、掃除……」

「ンなもん、明日だ、明日」

 また、そんなことを、と、文句を言いかけた刀夢だったが、今日はいつもより遅いのを思いだして、口をつぐんだ。

 ――仕方ない、か。

 雪野家の夕食時間は、午後6時。

 一般的な感覚からすれば、少々早いのかもしれないが、朝の早い雪野家は夜も早い。

 そして、家族そろって夕食をとるのが、雪野家のならわしだ。

 ちなみに、時守も一緒だ。三食とも……。

 まあ、時守も家族同然、というより、何代にも渡って共に過ごしている雪野家にとって、かけがえのない家族の一員である。

 ヨレッとしたコートを無造作に羽織る時守を横目に、刀夢も脱いだばかりのジャケットを着こみ、ニットキャップをかぶった。

 そのときだった。

 コンコン!

 いささか乱暴に、ドアがノックされた。

 不意をつかれ、刀夢は文字通り飛びあがった。

「へっ!?」

「ん? 誰だ? こんな時間に?」

 時守もソフト帽に伸ばしかけた手を宙に浮かせ、目を丸くした。

 だが、すぐに気を取り直し、

「開いてるぜ~!」

 ドアの外にいる予期しない来客に向かって、大声をはりあげた。

 が、ドアの向こうからは、

「ん? 何だ、これ? 開かねえぞ?」

 そんな声が聞こえてきた。ガタガタと激しくドアを揺さぶる音もしてくる。

「ああ、それな! 横に引いてくれ!」

 時守が、再び声をはりあげた。

 そう、この扉は、パッと見“ドア”のような体裁をしているが、その実“引き戸”なのだ……。

 次の瞬間、

 ドーン!

 勢いよく“パッと見ドア”が開いた。

 その拍子に、“パッと見ドア”は大きな音を立てて跳ね返り、引き開けた人物の鼻先をしたたかに打った。

 ウッ、と、低いうめき声が上がる。

「なんでえ、おかしな扉つけやがって!」

 鼻を片手で押さえながらズカズカと事務所に入ってきたその人物――時守に負けず劣らず大柄な男――は、開口一番そう吠えた。

 ずいぶんと型破り、かつ、ド派手な登場だ。

 刀夢は、あんぐりと口を開けて、男を凝視した。

 しかし、刀夢の驚きはそれだけでは終わらなかった。

 彼は、目の下ギリギリまで顔の半分以上を覆う大きなマスクをしていた。

 まあ、最近は風邪予防のためにマスクをする人も多い。

 ただ、ちょっとサイズが大きすぎるような気もしたが、それは百歩譲って良いとして……。

 

 問題は、彼の服装だった。

 真冬の夜だというのに色の濃いサングラスをかけ、ふだん街中ではあまり目にしたことのない太い縦じまのスーツに身を包み、いったい何の毛皮だろうかフサフサとした毛足の長いコートを羽織っていた。

 それから、とどめとばかりに、白いマフラーをだらりと長く胸にかけ、黒いソフト帽を、ちょっと小粋な感じにかぶっている……。

 まるで、いつか映画で見た、マフィアのドンみたいな格好だ。

 マズイ! もしかしたら……いや、まさに、“そのスジのひと”かもしれない。

 刀夢は、喉がカラカラに干上がっていくのを感じた。

 おもわず体を固くし身構える刀夢の一歩手前で、時守――ついさっきまで背後にいたはずなのに、いったいいつの間に来たんだろう――が、

「フフン、それを言うなら、“洒落たドア”って言ってくれ」

 こともあろうに挑発するような言葉を、相手に放った。

「と、時守……!」

 あわてる僕の隣で、時守は一向に動じず、いっそう剣呑な雰囲気をまとう男と、真正面から向かい合った。

 うわあ、ヤバイ!

 刀夢の顔が、サアッと青ざめる。

 一触即発かと思われたそのとき、

「フン!」

 男は盛大に鼻を鳴らし、

「前にあった引き戸は、どうした?」

 そんなことを言いだした。

「ああ、アレか? 捨てた」

「ハア!? 何だと?」

「ハハッ、嘘に決まってんだろ」

「なっ!?」

 男と時守は、唖然とする刀夢をよそに、妙に息の合った会話を繰り広げた。

 まるで、旧知の間柄のように。

 ――あ。……もしかして、知り合い?

 驚きすぎて思考回路がすっかり停止していた刀夢は、そう理解するまでに、少々かかった。

 そのあいだも、ふたりは、さらに会話を続ける。

「ずいぶんと、ひさしぶりじゃねーか。あんまり顔見せねえから、てっきり、くたばっちまったのかと思ってたぜ」

「へっ、そっちこそ。ってか、相変わらずなナリをしてるな、お前……」

「それを言うなら、“若々しい”だろ?」

「ほざいてろ」

 さっきまでの剣呑さはどこへやら、男と時守は、時折、ハハハ、と笑い合いながら、親しげに言葉を交わした。

 刀夢は、そんなふたりの様子を、目を白黒させつつ考える。

 交わす言葉は悪いが、それも気心の知れた間柄がなせるワザなのだろう、と。

 無言のまま納得する刀夢の前で、ふたりは、ひとしきり旧交を温め合ったあと、

「それより、どうしたんだ?」

 時守が、ズバリ男に切り出した。

「ん?」

「いきなり俺を訪ねてくるからには、何かあったんだろ?」

 すると男は、それまでの堂々とした振る舞いや物言いを一転させた。

「あ、ああ……まあな」

 歯切れ悪く答える様は、まるで別人のようだ。

 視線の行く先はサングラスにさえぎられて見えないが、きっと不自然に泳いでいるに違いない。

 そして、何かを言いかけては止め、を、幾度も繰り返す。

 いったい何だと言うのだろう、よほど言いにくいことなんだろうか。

 いいかげん、しびれを切らしそうになった刀夢とは逆に、

「で?」

 時守は、辛抱強く問いかけた。

 そうすると、男は観念したように溜息をひとつついてから、ようやく口を開いた。

「お前に、ちょいと頼みたいことがあってな……」

 そう言うと、チラリ、刀夢の方を見た。

 どうやら刀夢がいては、具合が悪いらしい。

「じゃ、僕……」

 素早くさとり、その場を後にしかけた刀夢の肩を、時守が大きな手でむんずとつかみ押しとどめた。

「ああ、コイツは俺の助手みたいなもんだから気にすんな」

“みたいなもん”という部分が気にかかったが、刀夢はあえて口にせず、おとなしくその場に踏みとどまった。

「そうか」

「ま、こんなとこで突っ立ったままハナシってのもなんだ、あっちで茶でも飲みながら、ゆっくり聞こうじゃないか」

 時守は、黒革のソファへ向かって顎をしゃくりながらそう言い置くと、羽織ったばかりのコートを脱ぎ机の上に放り投げた。

 とたん、バサバサッと音を立てて、かろうじて崩壊を免れていた書類が雪崩落ちる。

 心の中で『あ~っ!』と叫ぶ刀夢を尻目に、時守はとっとと茶の準備に取りかかった。

 そうして、刀夢は、男とふたり、その場に取り残された。

 ――うっ、気まずい。

 刀夢は、妙な威圧感を全身にひしひしと感じつつ、男を部屋の奥へとうながした。

「ど、どうぞ、こちらです……」

「うむ」

 男は鷹揚にうなずいてみせたが、何かをためらっている様子で、その場から動こうとしない。

 どころか、何故か帽子もコートもサングラスもそのままで、彫像か何かのように立ちつくしている。

「あの……?」

 首を傾げた刀夢に、男は深々と息を吸いこみ吐いたあと、観念したように手早くサングラスを外し、帽子とマスクを一気にむしりとった。

 ――え!?

 刀夢は目をむき、あんぐりと口を開け放った。

 なんと、サングラスを取り去った男の両眼はキラキラと金色にまぶしく輝き、マスクをむしりとった口元からは鋭い牙が数本のぞき、ソフト帽がなくなった頭のてっぺんには、太い“角”が2本突き出していたのだ……。

 おまけに、酒をしこたまあおった人間のように、顔中真っ赤だった。

 その燃えるような紅色に、目が釘付けになる。

「…………」

 刀夢は、頭が真っ白になった。

 あえぐように息を吸いこんだせいで、喉が、ひゅうと鳴る。

 そして――、

「う…………お、おおお、鬼ッ!?」

 探偵事務所内に、刀夢の叫びが高々と響き渡ったのだった……。

 

 

 

 

 

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/02/26)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/02/26)
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陰陽師さんというと、あの小説にも漫画にも映画にもなったあのお方ではないですよね????
しかし、こういう長命の人の悠然とした時間感覚、好きですねえ。
そしてこちらの昔なじみらしき方の御用事は?
陰陽師といえば〇ですが……はて?

大久保珠恵

2018/9/6

2

大久保さん、読んでくださって、お気に入り&コメントをありがとうございます!!
お礼が、すっかり遅くなってしまいまして申し訳ありません(汗)。
いっぱい気にしてくださって、ありがとうございます、うれしいです(≧∇≦)
また続きをがんばって書きます(^o^)/

作者:りんこ

2018/9/10

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