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最弱のイチ

苗字にちなんだ特殊能力が使える世界

更新:2018/10/17

カンリ

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合計:139

一匹狼系男子と天真爛漫少女の青春恋愛長編!
誰もが名乗る苗字に、特別な力が存在する世界。
寡黙な少年 一一彦(にのまえいちひこ)の孤独な日常は、記憶喪失の少女 七海(ななみ)の出現によりじわじわと変化していく。
※この物語は実際の事象や人物、団体名等とは無関係です。中傷を目的とするものでもありません。他サイトでも公開しております。

1位の表紙

目次

  • プロローグ

    修正履歴

    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/04/27)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/19)
  • 第1章 1 七海

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    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/05/22)
    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)
  •     2

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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/02/20)
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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
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  •     7

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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/03/16)
    • 改稿により一部内容が変更になっている箇所があります。(2018/03/13)
  • 第2章 1 マラソン

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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)
    • 改稿により一部内容が変更になっている箇所があります。(2018/03/26)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/03/16)
  •     2

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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)
    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/04/11)
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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/03/15)
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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/04/03)
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  •    10

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  •    12
  •    13

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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/11)
  • 第3章 1 アルバイト

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    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/10/12)
  •     2
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  •     4
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    • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/07/02)
  •     6
  •     7

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    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/10/05)
  •     8

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    • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/10/17)

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プロローグ

 その日は、珍しいぐらいのどしゃ降りだった。全身を強く打つ雨粒。耳をつんざく雨の音。

 まるで滝の中にでもいるようだなんて思いながら、少女はただひたすら雨の町を駆けていた。何度も何度も後ろを振り返りながら、あてもなく。

「だ……だめだ、もう走れない」

 どのくらい走ったのだろうか。10代くらいの少女は、見知らぬ住宅地の一角で膝に手をついて立ち止まった。片方だけほどけた三つ編み、ぐっしょり濡れているセーラー服、擦りむけた膝小僧。滲んでいた筈の血や泥は、既に雨できれいに流されている。

 ひどく疲れた様子の少女は、肩で息をしながら振り返る。町はずれの林からひたすら走ってきたのだが、猛烈な雨により自分の近くにある建物以外は靄で見えない。

「……もう、さすがに追いかけて来ないかな」

 呼吸を整える為にしばらくその場に留まったが、近付いてくるような人の気配は感じられなかった。少女はホッと胸を撫で下ろす。

「疲れた……座りたい」

 誰も追ってこないと分かれば、改めて疲労感を思い出したようだ。パンパンになった足を引きずるようにして、少女は歩を進めていく。

 彼女がさ迷っているのは、一軒家が建ち並ぶ住宅街だ。適当に歩いていると、建ち並ぶ住宅の中にある小さな公園のような空き地を見付けた。

 三方を別々の家の壁で囲まれた空地。奥にはペンキの剥げたベンチと、錆びた電灯がポツンと設置されている。公園と呼ぶには寂しすぎるような佇まいだ。しかし、少女は誘われるようにその敷地へ入って行った。

 茶色く濁った水溜まり。足元に泥が跳ねたが、気にする様子は無い。彼女は一直線にベンチへと向かい、崩れるように座って項垂れる。

「寒い……」

 微かな呟きは、すぐさまけたたましい雨音にかき消されてしまう。動くことを止めると、馬鹿みたいに全身が震えてくる。

 いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。ベンチの傍に立っている電灯が、丁度時間を迎えたのか弱々しい光を放ち出す。

 彼女は座ったまま、膝を抱き締めた。目を瞑れば、熱を持った涙が溢れてくるのが分かった。

「……惨めだなあ」

 脳内では、これまでの出来事が走馬灯のように繰り返し再生されている。悲しくて、辛くて、悔しかった。少女は小さな子どものように泣きじゃくっている。

 こんな事をしてても、何も良くはならない。早く気持ちを切り替えて前を向かなければならない。彼女は頭ではそう理解しているのだが、それでも昂った気持ちはなかなか治まりそうになかった。

 ふと、身体を打ち付けていた雨が止む。

「えっ」

 吃驚した少女は顔を上げる。ベンチで項垂れる少女の前には、いつの間にか見知らぬ少年が立っていた。

 癖のついた短髪、分厚い黒い縁の眼鏡、漆黒の学ラン。右手でこれまた真っ黒な傘を持っていて、それを少女へ差しかけているようだ。

 二人の視線が重なると、少年はすぐに視線を逸らす。

「あっ……」

「……」

 少しだけ、間があった。

 先に動いたのは少女だった。彼女は些か気が動転しているようだ。こんなどしゃ降りの夕方。走っている間、すれ違う人は少なかったし、彼女はまさか自分が誰かに見られているとも思わなかった。それが、知らない内に目の前に人がいて、しかもこんな恥ずかしい姿を見られていたなんて。

 青ざめていた筈の頬が、微かに赤みを帯びる。少女は顔をサッと伏せて立ち上がった。彼女の頭は差しかけられた傘にぶつかり、傘が地に落ちる。しかし、彼女は傘を拾うこともせず一目散に駆け出した。そしてその後ろ姿は、あっという間に霧の中へ消えていく。

 突然の出来事だった。取り残された少年は、少女が走り去っていった方向を呆然と眺めていた。少しだけ見開かれた瞳。しばらくそのまま立ちすくんでいたが、彼は息を吐きながら折り曲げた人差し指で眼鏡のズレを直した。そして、足元へと手をかざす。

 ふわりと、僅かに浮き上がる傘。手を伸ばした少年は傘を拾おうとして、傘よりも先に手へ吸い付いてくる何かがある事に気付いた。

 紙だ。

 反対の手で傘を拾い上げながら、彼──一 一彦(にのまえ いちひこ)は、紙が貼り付いている手のひらを顔へ近付ける。白い封筒。

「……七海さん、へ?」

 雨で文字が滲んでいて、他の文字は判別がつかない。かろうじて読めたのが、宛名の部分に書かれていたこの文字だった。

 一彦はしばらく封筒の裏表を確認した後、制服の内ポケットにそれをしまうと誰もいない公園を後にしたのだった。

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「雨傘」という川端康成の作品のようなぎこちない男女の距離感。続きが楽しみです。

枯葉猫

2018/2/15

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枯葉猫様
読んで下さってありがとうございます。おそらくのんびりペースになりそうですが、完結目指して頑張ります。

作者:カンリ

2018/2/15

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とじる

第1章 1 七海

「それで、何も覚えてないってのは本当なのかい? お嬢さん」

「はい、そうなんです」

 交番勤務の警察官、仲 剛志(なか たけし)は困り果てていた。

 今日は朝から予報外れの雨の日。昼前には一度止みかけたのだが、午後からはバケツをひっくり返したような大雨が降った。皆外出を控えているらしく、交番は閑古鳥が鳴いているような状態だったのだが、夜中になって一人の少女が補導されて来てからは大変だった。

 何しろその少女ときたら、記憶喪失らしいのだ。

「あのなあ、自分の記憶がないっつーのにそんなにニコニコしている奴があるか」

「はあ、それはそうなんですけど」

 私はきっと楽天的だったんだと思います。そう言って目の前の少女は無邪気に口角を上げる。仲の貸したぶかぶかジャージ姿の少女。

 夜の見回りで発見した時は、本当にびっくりした。町はずれの神社にある長い石段の下で、ずぶ濡れになって倒れていたのである。病院へ運び、記憶を失っている事がすぐに判明した。おそらく石段を降りる際に足を踏み外し、頭を強かに打ったのだろう。

 幸いな事に、他は軽傷で済んだ。頭を強く打ったのが気になるところだが、とりあえずは様子見で良いらしい。しかし、支払いの時に仲はとある問題に気付いた。

 少女は、自分の身元が分かるものを何も身に付けていなかったのだ。

 よっぽどの緊急事態でない限りは、会計はきちんとしなくてはいけない。とはいえ財布も保険証も持っていない学生らしき少女が、支払いなんて出来ない事は明白だ。

 結局その場は、仲の財布からの支払いとなった。身元が判明次第 返金されるとはいえ、幾分損したような気分にはなる。まあ仕方ないと言えば仕方ない事なのだが。

 そして、目の前には大盛りのカツ丼が二杯。スカスカになった財布を逆さに振って、仲は深いため息を吐いた。

「美味しいカツ丼ですね! もう箸が止まりません!」

「おー……そりゃ良かったよ……」

 財布を懐にしまった仲は、げんなりしながら少女を眺める。少女はしばらく食事をしていなかったらしく、かなり腹が減っているようだ。その気持ち良いぐらいの食べっぷりに気圧された仲が自分の分の大半を譲り、出前で頼んだ二人分のカツ丼は、ほぼ全てがその細身の体に収まっていく。

 この純粋そうな少女は、単なる家出少女なのだろうか。ネグレクトも疑ったが、それにしては肌も髪も色艶が良い。むしろ愛情をもって育てられていたようだ。どちらかと言えば食事のマナーは良いし、箸の持ち方なんて自分よりも正しい。

 そんな良い家庭の娘がなぜ着の身着のままで、大雨の中 傘もささずいたのだろうか。当の本人がぽやーっとしているので、あまり深刻みが増さないのは良いのか悪いのか。

 箸を静かに置いた少女は、店の名前が書かれた湯呑みに手を添え、一気にそれを傾ける。大きい丼の中には、米粒一つ残っていない。

「おまわりさん、ご馳走さまでした。本当にありがとうございます」

「そいつぁ良かった。次は書いてもらいたい書類があるんだがね」

 仲はある用紙を数枚テーブルの上に置いた。分かる所だけでいいから、と付け加えながら保険会社から貰ったボールペンを差し出す。

 少女はボールペンを手に取るとしばらく用紙を眺め、ゆっくりと記入を開始した。生乾きの髪の毛を時折耳にかけながら、折った人差し指を口元に当てて考えるような仕草をする。

 書かれた文字は、やはりどれも美しい。硬筆でも習っているのだろうか。

「あの、おまわりさん」

 書類にペンを走らせながら、少女がやや上目遣い気味にこちらを見る。頬杖をついていた仲は、フガッという情けない音を発して体勢を崩した。そろそろ明け方に近くなっているせいか、半分寝ていたらしい。

「……すまん、何だ?」

「私は、この後どうなるんでしょうかね」

「どうなるって……ああ」

 身元不明で記憶喪失。帰る家が分からない。制服を着ていたし、見たところ成人はしていないようだ。

「おそらく施設だな。当分はそこで生活する事になるだろう」

「そうですか。ありがたい世の中ですね」

「なんだそりゃ」

 若いくせに年寄り臭い事を言いやがる。仲は苦笑いで席を立ち、傍に置いてあるティッシュで鼻を噛んだ。本人がこの調子なら、きっとこの先上手くやっていけるだろう。そんな事を考えながら振り向き、ハッとした。

 ここに来てからずっとニコニコしていた少女の真顔だ。表情が幾分強張っているようにも見えた。

 仲の視線に気付いた少女は、すぐさま笑顔に戻る。

「仲さーん、そろそろ交替っすよー」

「え? ああ、もうそんな時間か……」

 しばらくすると、後輩がヒョイっと顔を覗かせた。仲は我に返ったように壁時計と腕時計を何度も見比べる。いつの間にか、朝の眩しい光が辺りを包んでいた。閉まった外扉の先に見える無数の水溜まりが、いやにキラキラと光を放っている。

「おまわりさん、本当にお世話になりました」

 あれこれ周りを整頓していると、書類を書き終えたらしい少女が立っている。仲と視線が合うと、ペコッと頭を下げた。

 その姿を見て、仲の心が揺れる。妙に楽天的に見えた娘だが、本当は心細いのではないのか。今まで見せた姿は全て、この子なりの強がりだったとしたら。

 もし自分が彼女と同じ立場に立たされたとしたらどうだろうか。通う学校も帰る家も、己の名すら分からないのだ。その不安はいかばかりか。

 ひょっとしたら、唯一の手掛かりである制服を辿れば通う学校ぐらいは分かるかもしれない。しかし、そこらにありふれたセーラー服だ。数々の学校を調べ、行方不明者がいないかを尋ねてまわるとなると、かなりの時間を要すると思われる。

 その間、この子はたった一人で強い不安を耐えねばならないのだ。

 そう思うと、仲の胸は張り裂けそうに痛む。共に暮らす、同じ年頃の甥の横顔が頭をよぎった。お人好しとして生まれた、仲剛志の父性が急に己の中で存在感を増していく。

「仲さん? どうしました?」

「え? あ、……ああ。すまん」

「あとは俺がやりますよ。施設の空きを確認すりゃあいいんすね」

「ああ、頼む」

「お疲れ様っしたー」

 しかし、赤の他人──しかも同性でもない自分に何が出来ると言うのか。単なる警察官でしかない自分には、服を貸してカツ丼を奢るぐらいしか出来ない。

 今思い付いた一声は、絶対にかけてはならない。公私の区別ははっきりさせるべきだ。この娘一人が特別ではない。情けは平等でなければ。

 仲は目を硬く閉じながら更衣室へと足を向ける。

「うわ、施設の空きゼロってマジか」

「えっ」

「ごっ!!」

「仲さーん、こういう時……って、何してんすか」

 壁に顔面を強打した仲は、顔を押さえながらその場で項垂れた。鼻を擦りながら目を開けると、間の抜けたような表情をしている後輩と、少し驚いたような顔をしている少女が見えた。

「そういう時……そういう時はだな」

 結局こうなる運命だったのだろうか。つくづくお人好しだよな俺もと自嘲しつつ、自分の発した言葉で安心したような笑みを浮かべた少女を見て、仲はこれでよかったのだと思うことにした。

「施設が空くまで、この子が良ければ俺の家で預かるよ」

「えっ……、いいんですか」

「マジっすか。あーでも、仲さんなら安心っすね!」

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作品のタイトルが、とてもイイですね。シンプルながらも、センスのあるタイトルです。なにか印象に残る。個人的に交番のお巡りさんの人柄が好感もてます(^^♪まだ途中までしか読んでいません。ひとまずコメントいたしました。……ぜんぜん知らず、気になりましたが、カツ丼ってお巡りさんの自腹、なんですかね?それくらい税金でなんとかしてあげればいいのにとお巡りさんを応援したくなってしまいます笑

湊あむーる

2018/7/14

2

一番力を入れて作った小説にコメントを頂けて、本当に嬉しいです。ありがとうございます!
タイトルは当初は適当につけたものだったのですが、どうしたら人の目を引くのか自分なりに考えて改名したタイトルでしたので、そう言って頂けてとても嬉しく思います。「イチ」の最弱感があまり出せていないのが悩み所ですが(^^; カツ丼はどうなのでしょうね。私もよく分からず想像で書きました。こういう人、実際にいそうだなぁと。

作者:カンリ

2018/7/15

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とじる

    2

「……ただいま」

 午後六時を少し過ぎた頃、仲剛志の住むアパートの玄関扉が静かに開く。一彦は重たげなエコバッグを框の辺りにそっと置くと、後ろ手に扉を閉めた。そのまま鍵を閉め、脱いだ靴を脇に揃えてソロソロと居間へ足を踏み入れる。

 最近は日が沈む時間が早くなってきた。パチンという音の後、少し間をあけて明るくなる室内。一彦は冷蔵庫を開け、ゲットしてきた特売品をテキパキと収納していく。

 同居している剛志は夜勤明けで、午前中のうちに帰宅しているはずだ。いつも夕食まで寝ているので、きっと今日も隣の部屋にある二段ベッドで眠っているのだろうと一彦は予想した。手洗いうがいを済ませ、慣れた様子でエプロンの紐をキュッと結ぶ。

 今日は金曜日だ。明日は二人とも休日。時間も無いし、明日の朝は楽をしたいのでカレーを作ることにした。

 肉を炒め、野菜を投入し、水を入れて茹でる。ルーを入れてしばらくすると、室内には食欲をそそる匂いが漂い始めた。

 一彦はカレーが好きだ。食べ終えた後の鍋を洗うのは手間だが、作るのが簡単だし何より殆ど失敗しないのが良い。二人ともよく食べる方なので、ご飯をたくさん炊いておけば満腹になるまで食事が出来るのも嬉しい。

 と、二つしかない部屋を仕切っている襖が開く音がした。冬眠あけの動物の如く、匂いと暖かさにつられて剛志が起きてきたらしい。

「悪いが、まだ飯が炊けていない。剛志さん」

 野菜を投入する時まで米研ぎを忘れていたせいで、炊き上がりまではまだ時間があった。濡れている手をエプロンで拭きながら振り返った一彦は、ぴたりと動きを止める。

 襖を開けて姿を現したのは、剛志ではなかった。寝ぼけ眼の、女不審者だ。

「……」

「……」

 築32年の安アパートで対峙した両者の間には、奇妙な沈黙が漂う。水をはったボウルに落ちる、蛇口の一滴。

 一彦は台所に背中をつけたまま、右手で武器になりそうなものを必死に探す。包丁は蛇口の後ろの隙間だから届かない、キッチンバサミや麺棒は離れた引き出しの中。心の中で舌打ちをしつつやっと手が触れたのは、柄が少し溶けた合成樹脂のお玉しかない。

 迷った挙げ句お玉を手に構えた一彦は、敷居でぼーっと佇んだままの不審者をキッと睨み付けた。どこまで寝ぼけているのか、ずっと呆けたように突っ立っている不審者の女。

 施錠はちゃんとした筈なのに一体どこから入り込んだのか。

 今の今まで気付かずに夕食なんて作っていた自分はなんて間抜けなのか。

 勝手に人んちのジャージを着やがって、なんて図太い女だ。

 いやもしかして、自分が知らぬ間に家主の叔父が連れ込んでいた恋人なのかもしれない。

 そんな思いを駆け巡らせながら、一彦は微かな違和感に気付いた。それは、既視感だ。

 この女、どこかで見たことがある。

「……あっ!」

 一彦は懐のポケットに入っている、しわくちゃの封筒を思い出した。そうだ、姿形は変わっているが彼女は、あの時の。

「ただいまー。いやー、コンビニが混んでてまいったまいった」

「剛志さん」

「……ん? あ、おまわりさん! お帰りなさい!」

 ちょうど良いタイミングで帰ってきたのは、剛志だった。一彦が呟くと、それまでスリープモード状態だった女不審者が、急に起動し始める。

 寝起きのボサボサ頭でニコニコ笑う少女と、カレーのついたお玉を構えたエプロン姿の甥を交互に見た剛志は、コテンと首をかしげた。

「えーと、お前ら。……どんな状況?」

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1

すみません文字数の関係で2つに分けてコメントさせてください。
1話から一気に読みました。創作小説なのでキャラクターの容姿を0から想像するのが大変なはずなのに、すんなり容姿が想像できました!
読んでる時に、アニメーションみたいに場面やキャラクターの表情が想像できて、とっても楽しかったです!→

ユベ

2018/2/20

2

(→続き)また、お巡りさんと出前のカツ丼という組み合わせが私とっても好きで、そこも凄く良かったです!
「柄が溶けたおたま」とかそういう表現も私大好きで……一彦君の主婦のような家事能力、これからも時々見れたらいいなって楽しみにしてます……!彼の性格も気になります。長くなってすみません。次回も楽しみにしてます!

ユベ

2018/2/20

3

ユベさん、読んで下さってありがとうございます!
感想を頂けるととても励みになります。
これからも頑張りますので、どうかよろしくお願いします!

作者:カンリ

2018/2/25

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とじる

    3

「……というわけで、この子は施設の空きが出るまで預かる事になった。明日大家に掛け合ってこのアパートの空室を借りる予定だから、それまでの間、仲良くしてやってくれ」

「いきなりですがお世話になります。よろしくお願いします!」

 十分後、出来立てのカレーライスを前に食卓へ向かう三人の姿があった。

 襟首がよれた白のインナーシャツ姿の剛志。

 大きなアルファベットがプリントされたパーカー姿の一彦。

 そして、ぶかぶかサイズのジャージを着ている少女だ。

 少女がハキハキと挨拶をする中で、一彦は黙々とカレーライスを食べている。剛志はかなりの気まずさを感じつつも、努めて明るく言った。

「さ、さっきはすまんな。昨日から寝てないようだったから、俺の布団で寝ててもらったんだ。で、俺はコンビニで細々としたものを調達していた」

 この家に客用布団は存在しない。二人とも人を招く事なんて一切ない。だからこの少女は、この部屋へ足を踏み入れた最初の他人となる。

 一彦は目を伏せながらチラリと少女を見た。頬を上気させながら、美味しそうにカレーライスを頬張る少女。目が合うと、一彦はフイと目をそらす。

 そんな甥の様子を目にした剛志は、非常に後悔していた。一彦は先程から明らかに機嫌が悪い。

 機嫌が悪くなるのも当たり前だ。自分の生活に関わるような重要な事柄を、勝手に決められたのだから。

 見知らぬ人間が勝手に家へ上がり込んでいたと分かった時、一彦は本当に驚いただろうと思う。いや、驚いたなんて軽い言葉では済まされて良い筈がない。恐怖を感じた筈だ。

 彼女を預かると決まった時にすぐ連絡していたならば、ここまで不機嫌ではなかったかもしれない。しかし、剛志はその日に限って携帯電話を自宅に忘れてきてしまっていたのだ。一彦の番号を暗記していなかったので、職場の電話は使えない。自宅に着いた時には、既に連絡の事など忘れてしまっていた。

 二人の生活に関わる重大な問題を独断するのがルール違反である事は、剛志も分かっているつもりだ。

 しかし、何を分かっていようがいまいが下らない言い訳にしかならない。今はとにかく謝るしかないと剛志は強く思った。

「一彦、その……すまん。連絡もなしに勝手に決めてしまって」

「……この家は剛志さんの家だから、俺がどうこう言えた立場じゃない」

「う! またそんな事言いやがって……」

 とある事情があって引き取ったこの甥は、時々このようにひどくよそよそしい。一緒に暮らし始めてもう五年も経つというのにだ。暮らしにはかなり慣れたようだが、一彦が我が儘や文句を言っている姿を、剛志は一度も見たことがない。

 今だって内心言いたい事はたくさんある筈だ。それでも本人は硬く口を閉ざして、本人なりに場の空気を悪くしないようにしている。

(甥に我慢ばかりさせちまって、悪いオヤジだ俺は)

 結局、一番悪いのは自分だ。剛志はガックリと項垂れた。

「それにしても、本当に美味しいカレーですね!」

 唯一の救いは、少女が溌剌と振る舞っている点だ。美味い美味いとカレーを平らげるその姿は、見ていてある種の爽快感さえ感じる。

 ふと、剛志はテーブルの上にルーが一滴落ちている事に気付いた。

「一彦、ティッシュ一枚取ってくれないか」

 ティッシュは壁掛け式だ。床に直置きしていると必要な時に見つからないのが嫌で、先月に専用ケースを購入したのである。

 一番ティッシュに近い一彦は、三メートルほど離れたティッシュボックスに左手を翳す。すると、外壁に飛び出していた一枚のティッシュが独りでにスルリと箱を抜け出した。そしてティッシュは、ヒラヒラと一彦の手の中へ吸い込まれていく。

 一彦は、そのままそれを剛志へ手渡した。

「ハイ、剛志さん」

「サンキュー」

「お、おおー!!」

 突如、けたたましい拍手の音が響き渡った。拍手の主は、少女だ。その光景を見た少女は、目を見開いてキラキラと光らせている。ひどく感激しているようだ。顔を見合わせる剛志と一彦。

「な……なんだ?」

「スゴいですね、それ!! どんな仕掛けが!?」

「え? これはコイツの能力だけど……」

「能力!? 能力って何ですか!」

 この世界では、誰でも等しく特殊な能力を一つだけ持っている。その能力の内容は、各々が持つ苗字に由来するのだ。これは、老若男女誰もが知っている一般常識の一つ。どうやらこの少女は、そんな常識まで忘れてしまったようだ。

 手品でも見たような少女の振る舞いに少々面食らいつつも、剛志は片腕を上げてみせた。

「見えるか? コレ」

 剛志の二の腕の内側には、『仲』という文字のように見える痣がある。少女は眉根を寄せて、しげしげとその痣を眺めた。

「誰でも体のどこかに、自分の苗字が刻まれてるんだ」

「刻まれてる……? えっと、生まれてからすぐに刺青をされるって事ですか?」

「まあ……刺青とはちょっと違うがな」

 どの一族も、先祖代々受け継がれた苗字の印章がある。一族に子どもが生まれたら、その特殊な印を体の決められた部位に刻む。刻まれた瞬間、一族の能力は子に付与される。そして、この儀式を行うことでその子どもは初めて一族の一員として認められるのだ。

「俺の一族の苗字は『仲』で、ウチは左側の二の腕に印がある」

「そのインっていうのは、他人に見せてもいいもんなんですか?」

「まああまり見せるもんではないな。高い能力を持つ家系以外は、苗字自体も明かさなかったらしい」

 戦国時代などは苗字の力で武将同士が争いあっていた。武将の間では苗字の名乗りは必須だったが、一方で裏の世界に生きる者達は決して苗字を明かさなかったらしい。

 また、苗字で身分が差別される時代もあった。苗字を隠す風習は、主に様々な人々が集まる都市部などで盛んだったらしい。

 近代になり平等や身分制の撤廃が叫ばれる世の中になってからは少しずつその風習が薄れていき、現代では皆苗字を名乗るようになった。

「『物を引き寄せる力』が一彦の能力なんだ。コイツの苗字は『一』。一には『物事を一つにする』という意味合いがあるらしいが、それが『自分の方へ物を引き寄せる』という能力になったらしい」

「それじゃあおまわりさ……仲さんの能力は、『仲』ってことですか?」

 剛志の能力、『仲』は『人と人との間に立つ』力だ。仲家の人間は代々、喧嘩の仲裁や揉め事の解消等に長けている。

「『仲』は『一』のように目に見える力ではないんだ。案外地味なもんだが……、まあ先祖は村と村の争い事を諌めたりして、何かとありがたがられていたらしいぜ」

「へえ、能力にも色々あるんですね」

「剛志さん、勉強してくる」

 会話の最中、ずっと沈黙していた一彦が立ち上がりながら言う。自分の使った食器を流し場に置き、そのまま寝室に向かおうとするので、剛志は慌てて声をかけた。

「イチ、明日空いてるよな? この子の布団とか服を買いに行くの、手伝ってくれないか」

 一彦は少し考えるそぶりを見せた後、無言で頷く。ホッとした剛志は、缶ビールを飲み干した。明日行動を共にする事で、ひょっとしたら二人きりで話せる時間が出来るかもしれない。その時に改めて謝ろう。

 顔を上げると、一彦がまだこちらを向いて佇んでいる事に気付く。

「一彦、どうした?」

「……いや、なんでもない」

 パーカーのポケットに手を突っ込んだままの一彦は、そう言うと今度こそ寝室へ姿を消した。どこかでクシャリと紙が潰れる音が聞こえたような気がしたが、剛志は大して気にもとめずにカレーを頬張る。

 何か言い足りない事があったのだろうか。

「あのう、仲さん」

 ふと、おとなしく麦茶を飲んでいた少女が言う。

「なんだ?」

「ひょっとして、私にもその能力ってあるんですか?」

「そりゃああるだろ……ある、よなあ……。そうだ、あるぞ!!」

 少女と剛志は感激の表情を浮かべながら、顔を見合わせる。誰でもその体に印が刻まれている。体の隅々を調べれば、きっと苗字の印が見つかる筈だ。

 何故こんな簡単な事に気付かずにいたのだろうか。とにかくこれで少女の身元が判明するかもしれない。

 五里霧中だった状況に、わずかな光明が差し始めた。きっとすぐに問題は解決する筈だ。何だか嬉しくなってきた剛志は、二缶目のビールを開ける。

 しかし、物事はそう簡単に解決しなかった。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/05/22)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)

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 翌日の朝、三人は早めに朝食を済ませて郊外のショッピングモールへと向かっていた。

 中古で購入して三年経つ、剛志の軽自動車。雲一つない青空の下を颯爽と駆け抜けていくその様は、まるで新車のコマーシャルのようだ。

「今日は本当に良い天気ですね!」

 出発したばかりの車内は、一名を除き楽しげな雰囲気に包まれていた。後部座席に座る少女と運転手である剛志が賑やかに会話を楽しんでいたのだ。

「これから行くショッピングモールって、どんな所なんですか?」

「最近出来たばかりの所でな、若者向けの店が多いらしい。とにかく広いみたいだぞ」

「うわあ、楽しみです!」

 運転席の背もたれを、伸ばした両手で掴む少女。ルームミラー越しに はにかんだ表情が見えて、剛志は思わず笑みを溢した。若い娘なので、買い物が好きなのだろう。この短い間に少女の嬉しそうな顔を何度も見てきたが、今見た笑顔も本当に嬉しそうだ。

 自分も一彦も出不精な為、どんな買い物でもいつも非常に面倒臭い。今日も煩わしさを感じていないと言えば、勿論嘘になる。しかしこうして楽しむ人間一人がいるだけで、随分心持ちが変わるものだ。

 柄にもなく、到着が待ち遠しい自分がいる。剛志は、アクセルを踏む右足に力を込めた。

──仲さん、ありませんでした。

 ふと、今朝がたの会話が頭をよぎった。

『ありませんって……隅々までちゃんと確認しても、なかったのか?』

『……はい』

 ニュースを読み上げる、女性キャスターの抑揚のない声。少し湿った朝刊を何となく眺めていた剛志は、耳打ちしてきた少女を凝視した。

 珍しく真顔で俯く少女。昨晩の入浴時に鏡を見て調べたらしいのだが、誰でも必ずある筈の苗字印がどこにも見つからなかったらしいのだ。

 口を開きかけた剛志は、そのまま思考を巡らせた。この落ち込みようでは、まさかもう一度確認しろとは言える筈がない。かといって自分や一彦は手伝えない。一番確かな方法は、翌日の勤務時に女性の後輩に隅々調べてもらう事だ。これなら絶対に見落としはないだろう。

 ただそこまでしても印が見付からないとなると、単なる記憶喪失事件では済まなくなってくる。

『私って、ひょっとして宇宙人ですかね!?』

 剛志は、少女のおどけた声で我に返った。少女は歯を見せながら、イヒヒと笑っている。一彦が葱を刻む音。煮炊きの熱でじんわりと暖かい室内。

 剛志も笑みを浮かべ、努めて明るく振る舞った。

 

『セーラー服着た宇宙人なんて聞いた事ねえよ。大丈夫だ、明日女の同僚に頼んで一緒に見てもらえるようにするから』

『そうですか? なら安心ですね!』

 少女は元気そうにしていたが、これは強がりなのだろう。あの真顔は、おそらく少女の素の表情だ。

 だからこそ、この買い物を出来るだけ楽しいものにしてやりたかった。莫大な不安を、せめて少しの間だけでも忘れられるように。

 

 ドライブは中盤に差し掛かろうとしていた。一行は高規格道路を降り、直線の国道をひた走る。まばらだった建物の数は増え、看板も増えてきた。

「もうすぐ着きそうですか?」

「ああ。あと十分ぐらいだ」

「いよいよですね! そういえば、一彦さんはよく行くんですか? ショッピングモール」

 はにかみ顔の少女は、隣で単語帳に視線を落とす一彦へと その笑顔を向けた。一彦は全く車酔いをしないタイプだ。車の中では、彼はいつもこのように勉強か読書をしている。勿論、会話は必要最小限だ。

 一彦は横目で少女を見ると、軽く首を振る。気を良くしたのか、少女はペラペラと捲し立てた。

「ショッピングモールと言えば、クレープですよね! 私記憶喪失の筈なんですけど、なんだかこれだけは覚えてるんですよ! クレープ好きだったのかな」

「……」

「仲さんは好きですか? クレープ」

「俺はあまり食わねえかな。あ、クレープ屋あったら行ってみるか?」

「いいんですか!? やったー! 良かったですね、一彦さん!」

 少女がそう言いながら顔を覗き込むようにすると、一彦は微妙に首を縦に振る。それからおもむろにイヤホンを取り出すと、栓をするように両耳へ詰めた。

 さすがの少女も、一彦の雰囲気に気付いたようだ。華やいだ笑顔がだんだん強ばっていき、遂に口を閉ざして視線を外へ向けてしまう。

 そして、車内に重苦しい沈黙が訪れた。背後で起こったやり取りに耳を傾けていた剛志は、過去の自分の行動を悔やんでいた。

 もしあの時無理に一彦を誘っていなければ、今頃三人とも良い休日を過ごせていたのではないだろうか、と。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/21)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/04/27)

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