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一緒にやすみましょう 完結

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自分の為にしか絵を描けない彼と、彼を支える彼女と、コーヒーの話

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深夜

星の光は町の光に飲み込まれ住宅街は静寂に包まれている。

ボロアパートの2階で彼は絵を描き続けていた。

彼が描いているのは自分のこと。

自画像ではなく自分の心の中にある何か。

それがいったいどういうものかは、言葉では表せない。

だから彼は絵を描いている。日付が変わるのも気が付かず、夢中でキャンパスに平筆を走らせた。

「やっぱり、まだ描いてる。」

開いた扉に彼女が立っていた。

彼は彼女の顔見てキャンパスに預けていた心を自分に戻した。

彼女が仕事から帰ってきたのを確認してやっと、時間の経過を体感する。

「おかえり、もうこんな時間か。今日は遅かったね。」

時刻は零時過ぎ、一日中絵を描いていたせいか、疲れが押し寄せてくる。眠気も同時にやってきた。

「さっきからいたわよ。あんまりにも集中していたから、そっとしてあげたのよ。まだ描くんでしょ?コーヒー淹れたわ。」

「ああ、もうひと段落してから寝ることにするよ。コーヒーありがとう。」

彼と彼女の日常である。

夜になると彼女はコーヒーを淹れてくれる。

とびきり苦いロブスタ種のコーヒー。同居する前はアラビカ種の缶コーヒーを飲んでいたが、彼女の淹れてくれるこの苦みが癖になった。

「これが次の作品?素敵ね。」

「ありがとう。売れるかどうかわからないけどね。はは」

コーヒーはやはり苦かったが、苦みのおかげで眠気を紛らわせる。

彼の商売は安定とは程遠い。無名の画家である彼は、ただひたすらに描き続けている。小さいころから、絵を描くことだけが取り柄で、周りの大人たちはよく褒めてくれた。けれど今では彼女だけになった。

「きっといるよ。買ってくれる人。」

彼女はいつも優しい。この優しさに甘えるのに、罪悪感を覚えてきた。

「……いつも迷惑をかけてすまないな。」

「どうしたの急に?」

「流行りの絵を描けば少しはましになるかもしれない。僕の描きたいのはそういうものじゃなくて、自分の事なんだ。自分はいったい何者であるのかを。僕が僕であるそれを、描きたいんだ。だから自分勝手なんだよ、僕の絵は。このキャンパスには僕しかいない。この絵が完成したところで価値を見出せるのは僕だけなんだ。商売のために絵を描けば、少しは君を楽にしてあげれるのに。だから、その、ごめんな」

懺悔なのかもしれない。

結局のところ僕はいったい何なのか。それが分からない。

分からないものを描いている。

何枚描いても完成しないわけである。

この絵の完成が分からないなんて画家として失格だ。

彼女は優しいから。優しすぎるんだ。

彼女の優しさに安心している自分。

自分の事ばかり考えている僕の面倒をしていれば嫌気がさすだろう。

それなのに彼女は

「でも好きよ。あなたの絵。あなたは優しいから、あなたの絵を見るとなんだか暖かくなる。色のひとつひとつ、筆のひとつひとつにあなたが詰まっていて、この絵を見るととても安心するの。だから完成したら見せてね」

暖かいうちにコーヒー飲んでね、と最後に彼女は言って寝室へと移動した。

彼はコーヒーを最後まで飲み干した。

コーヒーはやはり苦かった。

朝になり、仮眠をし、日付が変わるまで絵を描き、一日が過ぎ、日が暮れて、数日が経ち、絵は相変わらず売れなかった。

そうして、彼は一つの結論に至った。あるいは、最初から分かっていたはずなのに彼は気づかないふりをしていた。もしくは、否定していた。

彼のキャンパスは真っ白になっている。これが彼である。白紙のキャンパス。空白の絵。自分は何者でもなかった。結局彼は空っぽである。何もない。ただの人間。

「こんな僕に絵を描く資格なんて……」

窓から入る風は少し冷たかった。季節よって色が変わる風にすら羨ましく感じた。

月光だけはいつまでも変わらない明るさを保っている。

いつもの匂いがした。ロブスタ種の苦みが強い匂い。

「コーヒー淹れたよ」

彼女はいつもと変わらない調子で作業部屋に入ってきた。ただ今日のコーヒーカップは2つあった

「ありがとう」

「どう?進んでる?」

「いや、全然。やっぱり無理みたいだ。何を描いても満足できる作品に仕上がらない。ある意味、この真っ白なキャンパスが完成品だよ。そろそろ潮時かもしれないな。いや、それに気づくのが遅すぎた。分かっていたはずなのに。僕さ―――絵を描くの止めるよ」

コーヒーの苦みが今は頼もしい。

「そう」

彼女はそれがけ言って一緒にコーヒーを飲んでくれた。

この日の夜は久しぶりに彼女と過ごした。

自分探しの旅はこれでおしまいだ。

得たものは結局自分は何もない生き物だということ。

それを知るために絵を描き続けていた。

眠気は無気力に、珈琲は苦く、君は優しい。

なぜだか気持ちは落ち着いていた。

君が支えてくれたから僕は僕で保っている。

コーヒー豆の木は、コーヒノキという正式名称だそうだ。なんとも味気ない。苦いくせに。

苦くて味気の無いコーヒーノキは豆を熟成する時、当たり前だが、花を咲かせる。

白い花。

真っ白。白紙。空白。

葉っぱの脇に白い小さな5枚の花を咲かせ、ジャスミンの香りがする。開花の期間は2,3日で散ってしまう。短い期間なのでコーヒーの花を見れるのは稀だという。

人知れず散っていく真っ白な花。

僕の場合、花を咲かす前に散ってしまったのだけれど、そんな奇跡の花にも花言葉がある。

一緒にやすみましょう。

コーヒーを飲み休憩をするのは万国共通。コーヒー豆を実らす花の言葉は実に的を得ている。

僕も少しだけ休んでみよう。駆け抜けた日々に実りがなかったことに疲れが出てきてる。

ああ、でも一つだけ絵を描いてみよう。最後に一つだけ。

誰のためでもなく、僕のためでもなく、君のために。

僕の取り巻く世界は、君なしでは考えられない。空っぽの僕をずっと支えてくれた君はやさしい。コーヒーの苦みだって苦くはない。眠気なんて起こしてる場合じゃない。

僕が描きたいのは僕の事。僕を描くのに君は必要不可欠の存在。僕が僕であるすべて。

だから、君のために君を描こう。

不思議と筆は止まらなかった。このキャンパスに君を語るには狭すぎる。

だから最後。僕の絵は、僕の日々は君のために。

季節は廻り、彼は絵を描かなくなった。現在は画家とはかけ離れた職に就いていた。

彼の最後に描いた絵に、買い手が殺到したが、彼は絵を売ることはしなかった。

買い手が見つかっているのならまた描けばいいじゃない、と彼女は言うが、彼は書きたくても描けないのであった。彼が最後に描いた絵は完成されて過ぎていた。また、同じ様に描けと言われても当時と同じようには描けなかったのだ。それはなぜなのかは僕には分からない。

ただ、彼女が淹れてくれるコーヒーの匂いがすると、なぜだか、思い出す。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/03/07)

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「僕の絵は、僕の日々は君のために」にグッときますね。お題の3つの要素をバランスよく登場して、情景も浮かぶいいお話でした。次の作品も期待してますね。

sacman

2018/3/7

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コメントありがとうございます。励みになります。今後とも作品を読んでいただけると嬉しいです。

作者:成ぺー

2018/3/7

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とじる

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