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鈴之助 完結

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大好きなお母さんとの約束だから。

1位の表紙

目次

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前編 マザコン問題

 灰色がかった前髪から覗くオッドアイが「いいでしょ?」と今日も首をかしげる。

「お母さん、僕ヨーグルト食べたい」

「スズもー」

「はいはい、ふたりで好きなの選んで持って来て」

「Yes! 行こ、スズ」

 体にいいおねだりは失敗しないことを息子は知っている。買い忘れないことも分かっているくせに、一刻も早く好きな銘柄のヨーグルトをカゴに確保したがる。喜び勇んで乳製品売り場に向かう子どもたちと、しばし別行動。

(走らないでもいいのに…… えっと、今日ミニトマトが安かったはず)

 娘の好物もカゴに入れ、野菜売り場を進む。

 サラダの葉物と常備の根菜類を品定めしながらカゴに入れる。焼き芋の匂いが美味しそう。たまには買ってみてもいいかも、なんて手を伸ばしかけると、カゴにヨーグルトの重さがドサッと加わった。

「わ、こんなに?」

「これとこれ僕の」

「これスズのー」

 いつもの徳用プレーンに、ビフィズス菌入りトクホマークの新発売、幼児用の4個パックと、苺果肉入りの脂肪ゼロ。

「ふたり分なら、そっか、こんななっちゃうか。大事に食べてよね。好きなだけ食べてたら、あっという間になくなっちゃうんだから」

「はあい。たまご買うでしょ? 持って来ようか」

「スズも行く」

「うん、お願い。あ、走らないでいいの」

(やっぱりヨーグルトメーカー買った方が安上がりかな…… 焼き芋はまた今度)

 高校生にもなって母親の買い物について来る甘えん坊。いつか訪れるであろう親離れの兆候、今のところなし。彼女もなし。

「鈴子ちゃんママ、こんにちは」

「あ、リクくんママ、こんにちは」

「ねえ、今のイケメンくん、誰?」

「上の子。鈴之助」

「えー、鈴子ちゃんって、お兄ちゃんいたんだ。ひとりっ子だと思ってた」

「10歳離れてるからね」

「どこのモデルさんかと思った。モテるでしょう」

「全然! バレンタインにチョコ貰ったこともないんだから」

「またまたー」

 モデル事務所に入れた我が子のために努力を惜しまないリクくんママは、男性アイドルが大好き。熱心にオーディションやレッスンの話をして、リクくんと同じ事務所に勧誘する。オブラートに何枚も包んで断ると、リクくんママは残念がって、その気になったらいつでも声かけて、と離れた。

(ちょーっと、地味なのよね、鈴之助……)

 家に彼女を連れて来るどころか、男の子の友だちが遊びに来るようになったのでさえ、ごく最近のこと。容姿を褒められるのは悪い気はしないけれど、物静かで内気な息子には、芸能界なんてまるで別世界の話だ。

(そういえば、そうか。鈴子と同じ子のママたちって、鈴之助のこと知らないんだっけ……)

 兄妹でも年が離れていればひとりっ子がふたりいるようなもの。娘の同級の親たちの中で、上の子を話題にすることはなかったように思う。

「僕のヨーグルト、自分で持つ」

「スズもお菓子持つ!」

 レジを通るとサッと買い物カゴを運んでエコバッグを広げる息子。物静かな子とはいえ、彼女がほしいと思っていてもいい年頃。リクくんママにそこらへんをつつかれたからではないけれど、聞いてみた。

「ねえ鈴之助、好きな女の子、いないの?」

「いるよ。僕、お母さんが好き」

「お兄ちゃん、スズは?」

「スズも大好き」

「お母さんとスズじゃなくて。彼女にしたい女の子はいないの?」

「僕、お母さんがいたらいい」

「う……」

 息子はヨーグルト各種と、カゴに忍ばせレジを通過させることに成功したお菓子をエコバッグに詰め込む。

「じゃあ、もし女の子に告白されたりしたら?」

「断ってる」

「何で断っちゃうのよ!」

「だってゼッタイお母さんより好きになれないもん。だから、ごめんねって言う」

「何よそれー、幼稚園児並み」

「あはははは、そうかな」

(女の子、可哀想…… ドン引きだろうに……)

 平然とマザコンをカミングアウト出来る度胸は天然モノだろうか。『彼女イナイ歴=年齢』は、もうしばらく続きそうだ。

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とじる

後編 子離れ問題

「鈴之助、お父さんと携帯の契約に行こうよ」

「あ、ダメダメ。鈴之助今テスト期間で早く帰って来てるんだから」

 スーパーから帰宅すると、夫が鈴之助を連れ出そうと待っていた。

「だって、携帯持たせてくださいって学校から言われてるんでしょ?」

「急がなくても、タイミングはおうちの都合でいいって」

「そうなの? 一緒に出掛けようと思って、今日は仕事切り上げちゃったのになあ……」

 引き下がったかに見えた夫だったが、大量に買い込んだヨーグルトを見て、ヨーグルトメーカーを買って来ると言い出した。

「スズ、お父さんとお買い物行こうか」

「うん! 行くー」

「鈴之助がいっぱい食べるようになっちゃったからな。ヨーグルト、おうちで作れるようにしよう」

「イチゴ味作れる?」

「イチゴ味か。作れるといいねえ。スズと行って、今日はヨーグルトメーカーだけ買って来るよ」

「はいはい、あまり遅くならないでね。ご飯食べて来ちゃダメよ。あ、牛乳も買って来てくれる?」

「分かってますって」

 出かけると決めたら、出かけないとダメらしい。

「鈴之助、携帯は週末契約行こう。何かほしい機種あるの? ついでに見て来るよ」

「僕分かんないから何でもいい。お父さんが決めて」

「ん、分かった。チャコさんも機種変更したら? 今の、だいぶ使ってるし」

 使い慣れているからこのままでもよかったのに、マザコン息子がお母さんと同じがいいと言うので、思いがけなく機種変更することになった。煮物を火にかけている間、撮りためた画像を整理しようとソファーに腰掛ける。

「鈴之助、テスト勉強しなくていいの?」

「ヨーグルト食べたらする」

 のんきな息子が隣に座って、夕方の子ども番組を観ながらイチゴ味を食べ始める。

「スズがいなくても観るんだ」

「だっていつも観てるんだもん」

「はいはい、そうね」

 振り分けたり削除したり、画面の日付をさかのぼった。半年前の画像が表示されて思わず手を止める。

 幼稚園のバッグから顔を出す猫。夫の膝でパソコンを覗き込む猫。ソファーで昼寝する猫……

(これって、うちにいた猫なの? 可愛い…… けど)

 更に過去へ、アルバム画面を弾く。撮影された画像のほとんどが猫だった。

「こんなにいっぱい? 何これ……」

 一番古い猫のサムネイルは動画だった。もとの飼い主さんが仔猫たちを撮影して送ってくれたものだと、思い出した。再生する。寝そべる真っ白い母猫が、ニーニーと幼い声で鳴く4匹の仔猫を舐めている。全身グレーのオスが一際目を引いた。

「わあ、ははは、この子」

 飼い主さんの手が何度カメラの方に向けても、グレーのその子はすぐに母猫のお腹に潜り込んでしまう。動画を楽しんで、家族で笑った。全員一致でその子に決めた。

「そうそう、雪が谷まで迎えに行ったのよね」

 次も動画だった。車の中で仔猫を抱く娘が、服に細い爪が引っ掛かるのを笑っていた。慣れない手付きで仔猫の頭を撫でて喜ぶ。

“ねこ、スズのおにいちゃんにするの”

“お兄ちゃん? 弟でしょ? まだ赤ちゃんなのよ?”

“スズ、おにいちゃんほしかったから、ねこおにいちゃんにするの”

“そっかそっか、じゃあおうちに帰ったら、猫お兄ちゃんのお名前考えようね”

 猫との日常を撮影した画像ばかりだった。娘が差し出すスプーンを舐める画像が多かった。

「懐かしい。そう、スズが食べる物みんな欲しがる子だった……」

 猫の画像の最後も動画だった。再生すると、別れの時だった。

 2歳を過ぎた頃に先天性の病気が見付かり、長くは持たないと言われていた。ソファーに横たわったままの消えてしまいそうな命に、何日も寄り添った。冷たくなった額に死の近さを感じて撮った。

“お薬頑張ったね、もういいよね…… 生まれ変わったら、またお母さんの子どもになってね。お約束ね……”

「あんなに悲しかったのに、どうして忘れちゃってたのかな」

 暗い照明の中で、閉じかけた瞼から覗く虚ろなオレンジとブルー。視線を動かすことも出来ない。撫でる手に、少しだけ尻尾を喜ばせて動画は終わる。涙が溢れた。あの時も、こう言った。

「尻尾でお返事してくれたんだ、ありがとうね、鈴之助」

 ヨーグルトの空き容器がコポンとゴミ箱に投げ入れられる。息子がふふっと笑った。スプーンをペロリと舐めてこちらに向けた瞳色は

「鈴之助……」

「そうだよ。スズとお父さんは気付いてくれてたのに。遅いよ」

 猫みたいに耳を擦り付けて肩にもたれかかるけれど、もう抱き上げることは出来ない。だから、抱きしめた。

「いつの間に! 鈴之助……」

「お母さん、大好き」

「どうしよう…… 鈴之助、お母さん」

 子離れなんて出来そうに、ない。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/03/13)

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