1

コインランドリーのきみ 完結

ポイント
60
オススメ度
10
感情ボタン
  • 6
  • 0
  • 1
  • 0
  • 0

合計:7

おせんたくをしましょう

***
見切り発車39作目。
自分がほっこりしたくて書いた。

投稿された表紙はありません

この物語の表紙を投稿する

すべてのコメントを非表示

◆◆◆

コインランドリーの匂いが好きだった。

花のような、太陽のような洗剤の香りと、乾燥機の熱。

その両方を吸ってふわふわになった洗濯物。

機械音とともに緩やかに過ぎる時間。

コインランドリーのあたたかさが、好きだった。

◆◆◆

22歳、大学生、男。

一人暮らし、恋人ナシ、内定ゼロ。

書きかけの卒論も進まず、どうにもしんどくなって、死にたくなって───心とは裏腹に晴れ渡った空の下、溜まりに溜まった洗濯物を抱えて、外へ出た。

近所のコインランドリーまでは徒歩10分ほど。

歩きながら、考える。

死にたい、というのはきっと語弊がある。例えばあんまりにも「あなたはいらない」と言われるから、自分がどうして此処に居るのかわからなくなって、何処に居たらいいのかもわからなくなって、いっそ消えてしまいたいのだ。

線路に飛び込みたいとか、首吊りをしようとかはあまり思わない。だって、痛いのは嫌だ。他人に迷惑もかけたくない。

ただ、高いところに登ると、ここから飛び降りたら気持ちいいだろうか、とは考えてしまう。風を切って、大気を感じて、大地を眺めて、あるいは空を見上げて。───どのみち、最後に来るのは痛みか。

はあ、と重い息を吐き出したとき、目的地に着いた。

自動扉をくぐり、空いている機体を探す。利用者は俺の他に数人。母娘が一組と、おばさんが二人。おばさんたちは乾いた洗濯物を取り出しているところだから、じきに帰るのだろう。

洗濯乾燥機に衣類を放り込んで、洗剤を入れ、扉を閉める。硬貨を入れて、スタートボタンを押す。

ぐるぐると回り出す衣類を眺めながら、

(俺もこんな風に洗えたらいいのに)

と、詮無いことを思う。

◆◆◆

近くの椅子に腰掛けて、またひとつ息を吐くと、隣から声がした。

「おにいちゃん、つかれてるの?」

入ったときに見えた、母娘連れの子どもだろう。見れば、4、5歳ほどの女の子がこちらを向いて座っていた。

「…そうだね、疲れてるかもしれない」

「どうして?」

「…色々、あるんだよ」

「いろいろ?」

自分にあった色々を思い出して、また気が滅入る。答えるのも面倒だったので、曖昧に微笑んで、こちらから尋ねることにした。

「ええと、きみ、お母さんは?一緒にいなかったっけ」

女の子はくるりと周りを見渡して、言う。

「おかあさん、おせんたくおわるまで、おとなりにいるのよ」

「隣?」

そういえばここの隣には大きなスーパーがあったなと思い至る。

「きみはついて行かなくてよかったの?」

「うん。ひなはいつもまってるのよ」

「怖くないの?」

「へーき。おばちゃんたちもいるもの」

俺と入れ違いに出ていった、おばさんたちのことだろうか。

「でも、今は帰っちゃったよ?」

「うん?いまは、おにいちゃんがいるでしょ?」

だめだ。危機感がまるで無い。仕方がないから、母親が帰ってくるまでは話し相手になろう。

◆◆◆

「おにいちゃん、おなまえは?」

「…桝崎、卓」

「ます?」

「たく、でいいよ」

「たくおにいちゃん」

「うん。きみのお名前は?」

「ひなはね、ひなっていうのよ」

くすり、とつい笑ってしまった。さっきも、今も、この子は自分のことを名前で呼んだのだ。

「ひなちゃん」

「なぁに?」

「本当はね、よく知らない人に、お名前教えちゃダメなんだからね」

「うん」

おや。その辺の知識はあるのか、と感心しかけたが、続く言葉に脱力する。

「たくおにいちゃんだから、いいの」

「…俺も知らない人だったと思うんだけどな」

「いいの!」

満面の笑みだ。眩しい。

「ひなちゃんはどうしてお母さんについて行かないの?」

“ひなちゃん”は笑みを崩さずに、答えてくれた。

「あのね、ひなはね、ここのにおいがだいすきなの」

「あったかくてね、ふわふわでね、おひさまみたいで」

「だいすき」

言い切った瞬間、子ども特有の柔らかな髪が揺れた。

◆◆◆

「───俺もね、小さい頃から、コインランドリーの匂い、好きだったなぁ」

「じゃあ、ひなとおんなじね?」

「そうだね。だから、しんどくなったら、ここに来るんだ」

「しんどく?」

「心が疲れちゃったら」

「そうなの…」

“ひなちゃん”がほんの一瞬、考え込む。が、すぐに顔を上げて、華やいだ笑顔を見せた。

「こいんらんどりーってすごいのね!」

「どうして?」

俺は面食らって、まじまじと“ひなちゃん”を眺めてしまう。

「だって、おにいちゃんのこころも、おせんたくできるんでしょう!ね、すごい!」

───心の、洗濯。

あるいは命の洗濯とも言うのだったか。

「ほんとだね」

満面の笑みを向けてくる子どもに、今度こそはっきりと笑顔を返して、首肯する。角張った心が、丸く、柔らかく解けていくことを自覚する。

機械が運転を停止するまで、あと数分。

暫し、この陽だまりのような空間に身を置こう。

帰っても、きっと大丈夫。きっと前に進んでいける。だって、ここに来れば、俺の心は何度でも洗うことができる。

───ありがとう、コインランドリーのきみ。

◆◆◆

いつものように、おかあさんがおせんたくのじゅんびをするのをみていた。

みたことのないおにいちゃんがはいってきたときは、かっこいいおにいちゃんだな、とおもって。でも、なんだかおかおがくらくて。

そのおかおが、おとうさんが「つかれた」というときのおかおに、にていたから、ついはなしかけちゃった。

おかあさんには、「しらないひととはなしちゃだめよ」っていわれているけれど。

でも、このおにいちゃんはなんだかほうっておけなくて。

それからずっと、おかあさんがかえってくるまで、おにいちゃんはおはなしをしてくれて、わらってくれて、いつもほんのすこしだけおもってる「さみしい」が、きょうはなくて。

だいすきなこいんらんどりーに、もうひとつ「すき」がふえたようなきがした。

───ありがとう、こいんらんどりーのきみ。

◆◆◆

  • 6拍手
  • 0笑い
  • 1
  • 0怖い
  • 0惚れた

1

泣いた。

プチレモン

2018/3/12

2

プチレモンさま>コメントありがとうございます!泣いた後には、また笑ってください。

作者:はた

2018/3/12

3

ほのぼのの中にまっすぐな気持ちが刺さりますね。良かったです!

sacman

2018/3/13

4

sacmanさま>コメントありがとうございます!
今回は“ひなちゃん”のまっすぐさの大勝利ということでひとつ。

作者:はた

2018/3/13

コメントを書く

とじる

オススメポイント 10

つづけて SNS でシェアしてオススメシポイントをゲットしましょう。

とじる

このページの内容について報告する

送信中

送信しました

文字数の上限を超えています。