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サイコキラーの住む家 完結

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上手くいってるシェアハウスは、なかなかないんじゃないでしょうか。

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 最初はうまくいっていたのだ。

 田舎から一人上京したサエコは、このシェアハウスに引越して本当に救われたと思っている。都会での初めての一人暮らしは、寂しさを募らせるばかりだった。あの暮らしを続けていたら、確実に心を病んでいただろう。

 彼女を含めて女5人での生活は楽しく、安らぎがあった。一番年下のサエコは、みんなからかわいがってもらった。やさしい姉が一度に4人もできたようで、嬉しかった。

 一人が結婚のため出て行ってから、少しずつおかしくなりはじめた。入れ代わりに引越してきた女は性格が悪く、誰とも仲良くしようとしなかった。サエコは努めて愛想よく振る舞ったが、全く相手にされなかった。シェアハウスの雰囲気が、徐々に悪くなっていった。

 居心地が悪くなって住人の入れ替えが続き、サエコが姉と慕っていた4人は、皆いなくなってしまった。サエコも出ていきたかったが、引越費用もなく、他に適当なシェアハウスも見つからなかった。一人で寂しく暮らすよりはマシと考え、サエコは住み続けた。

 今の住民は、全員が一癖も二癖もあり、性格が悪かった。特に最近引越してきた女は、サエコを召使のようにこき使った。いつの間にか、夕食はサエコが全員分を作ることになっていた。一生懸命作っても褒められることはなく、少しでも失敗すれば罵倒された。

 毎日、少しずつ、サエコの心に殺意が溜まっていった。

 ある日、サエコは、大きな鍋にカレーを作った。サエコ以外は辛くて濃い味付けが好みなので、辛口のルーを多い目に入れる。そこさえ外さなければ、不味いと怒鳴りつけられることはない。

 カレーを仕込むと、サエコは書き置きを残して、自分の部屋に閉じこもった。メモには、体調が悪いので先に休ませてもらいます、と書いてある。普段なら給仕もサエコの仕事だが、カレーなら文句を言いながらも勝手に温めて食べるだろう。

 念のため、罵声が聞こえないよう耳栓をして、睡眠薬を飲んでベッドに潜り込んだ。

 翌朝、サエコは清々しい朝を迎えた。睡眠薬の助けもあって、昨夜は久しぶりにぐっすり眠れた。

 サエコは期待を込めてリビングのドアを開けた。しかし、その風景は予想とは違っていた。

 リビングの壁に、赤黒い模様が描かれている。

 フローリングの床も、赤黒い液体に濡れている。

 少しくらいは吐血するかもしれない、とは思っていたが、ここまで血が出ているのはおかしい。

 サエコは靴下を脱いでリビングに入った。裸足なら、あとで洗えば済む。散乱した皿やコップの破片を踏まないよう、慎重にリビングを観察した。

 リビングの床には、4人の女が倒れている。服が引き裂かれ、あちこちに刺し傷がある。どう見ても生きているようには見えない。

 テーブルの上には、一人分のカレーが食べかけのまま残されている。

 ガスコンロには、大鍋が置いてあり、フタは外されたままだった。大鍋を触ると冷たかった。

 サエコは、腕組みをしようとして思いとどまった。手のひらや腕に、血が付いてしまっている。うっかり腕組みをしたら、服に血が付くところだった。頬に手を当てるのもやめた方がいいだろう。

 両手をだらりと下げて、なんだか間抜けな格好だと心の中で笑いながら、サエコはこの状況について考えた。

 昨夜、4人は一緒に帰ってきて、書き置きを見つけ、カレーの用意をし始めたのだろう。4人で買い物に行く相談をしていたのは知っているし、夕食にカレーを用意しておくと告げてある。そこまでは予予定通りに進行したはずだ。

 そして一人が先に食べ始め……何らかの理由で殺し合いになった?

 いや、それは考えにくい。彼女らは性格は最悪だが、人を刺し殺すほど凶暴ではない。仮に突発的に誰かが包丁を振りかざしたとしても、せいぜい一人が刺される程度だろう。

 そうだ、包丁。とは限らないが、凶器が見当たらない。割れたコップであれだけ傷つけるのは難しそうだ。包丁か大きなナイフを使ったのだろうか。日本刀は、このリビングで振り回すには長すぎる。脇差なら可能性はなくもないが、匕首の方が向いているだろう。

 凶器となった刃物が落ちていないか探していると、玄関の方に向かって赤黒い線が2本、伸びているのに気がついた。おそらく、足を引きずった跡だ。

 誰かが逃げようとして、玄関に向かったのだろうか。

 しかし、4人ともリビングで死体になっている。

 玄関まで行って、また戻って来たのか?でも、なぜ?

 いや、戻ってきたのなら、線は4本になるはずだ。

 ということは……

 サエコは、リビングのドアを開けた。

 廊下の先、玄関の手前に男が倒れていた。

 安物のスーツを着ている。横を向いた顔は、若くないように思える。

 恐る恐る近寄って、腕を持ち上げ、脈をとってみた。男はピクリとも動かないし、何度やっても脈は感じられない。口元に嘔吐の跡がある。

 おそらく、この男はカレーを食べて異変に気付き、外に出る途中で息絶えたのだ。

 カレーには、毒をたっぷりと仕込んである。

 この男が何者かは、判断する材料に乏しいのでわからない。しかし状況から察するに、この男が女4人を殺害したのではあるまいか。そのあと、カレーの匂いに誘われ、それを口にしてしまった、と考えれば説明はつく。

 人を4人も殺した場所でカレーを食うとは、この男はサイコキラーなのではあるまいか。強盗殺人の現場で食事をしたサイコキラーの記事を、ネットで読んだ記憶がある。

 なぜサイコキラーがここにいたのか、について思案を巡らせていると、インターフォンが鳴った。

 つい、いつもの癖で応答してしまう。

 『おはようございます。警察の者です。不審な人物を見かけられませんでしたか?』

 「不審な人物?例えば、どんな人ですか?」

 『見た目は普通の中年男性です。どこにでもいるサラリーマン風の』

 「……その人は、何かの犯人なんですか?」

 『連続殺人犯の疑いがあります。すでに100人以上が犠牲になっている可能性があります。女性ばかりのシェアハウスに潜り込み、殺して立ち去るという手口です。こちらも女性のシェアハウスと伺っているのですが……』

 「ちょっとお待ちください」

 サエコは考えを巡らせた。

 おそらく、廊下で死んでいる男が、警察の探しているサイコキラーなのだろう。

 4人の女は、この男が殺したと判断される。私はたまたま、睡眠薬を飲んで耳栓をして寝ていたので何も知らなかった。今さっき起きて、惨状に恐れおののいていたところです。

 嘘ではない。ここまでは信じてもらえる。

 男の死因を調べれば、カレーに混入された毒であることが判明するだろう。

 では誰が毒を入れたのか。

 それが私であることは、わからないよう慎重に準備したつもりだ。

 しかし、この状況で、私の他に誰が毒を入れるというのか。

 物的証拠はなくても、状況的証拠を積み重ねれば、私は限りなくクロに近づく。

 取り調べを受け、どこかで物的証拠も見つかり、死刑の判決を言い渡される。

 死刑になってもならなくても、一度捕まえられれば、死ぬまで一人で収監されるだろう。人を4人も殺そうとした女を、雑居房には入れないと思う。

 そうなってしまえば、私が何としてでも避けたかった、一人暮らしに戻ることになる。

 いくら監視されているとはいえ、部屋で一人で過ごすのは、まっぴらごめんだ。

 警察に捕まらないようにするにはどうすればいいか。

 いろいろ考えているうち、サエコは自然と笑い出した。

 捕まりたくない?独房は嫌だ?

 何を言ってるんだ、私は。

 仮に計画通り、毒入りカレーであいつらを殺せたとして、そのあとどうするつもりだったのか。

 4人が死んだこの家に、引越してくる人などいるわけがない。

 いずれにせよ、私はすでに、終わっていたのだ。

 サエコは玄関の鍵を開け、ドアを開いた。

 「お巡りさん。お探しの不審者は、たぶんここに倒れている人です」

 警官は、男の死体と、むせかえるような血の匂いにたじろいだ。

 「ところでカレーはいかがですか?昨日作ったんで、一晩寝かせて食べごろだと思うんですよ。今から温めて、私は朝食にします。よろしければ、ご一緒にどうぞ」

 サエコはにっこりと微笑んだ。

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