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モストマスキュラー!

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『青春』はデカくて、キレてて、バッキバキ。
やたらと偏見の多いスポーツ、ボディビル。
ひょんなことからボディビル部のマネージャーになった綾羽(あやは)。
これはその女子と、むさ苦しい男子たちが織りなす青春ストーリー……?
(主人公は脱ぎません)
(主人公は女子です)
(主人公は以下略)

――偏見を、脱ぎ捨てろ。

※「小説家になろう」様でも公開しております。

1位の表紙

目次

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告白

 ――五月の深い夜。

 この辺りは都会から少し離れているので、星が瞬いているし、虫の音も響く。

 窓を全開にしていると、風に乗って新緑特有の匂いが鼻をかすめる。多少違えども、その空気は生まれ育った故郷にちょっと似ていると思う。

 この季節の夜風は心地よくて、運動後の汗で湿っている私の髪を優しく乾かしてくれる。

 ここ三ヶ月、毎週金曜日の夜は決まって同じ時間を過ごしていた。まるで色濃くなる田園風景みたいな色の車に乗り込めば、静かに私の住処(すみか)へ運んでくれる。

 少し硬めのリクライニングシートを元の位置に起こすと、それが合図とばかりにエンジン音は緩くなり、止まる。

「ありがとう。ここで大丈夫」

「うん」

 運転手の彼が軽く頷く。

「今日も楽しかった。おやすみなさ」

「あのさ」

 私の声をさえぎる、彼の強い声。

「ん?」

 ドアのロックを外そうとしていた私の動きが、止まる。

「話したいことが、あるんだけど」

 ハンドルを握ったまま俯いているので表情は伺えないけれど、何かを覚悟したかのような、でも少しだけ震えている彼の声に、私は少し身構えた。

「……何? どうしたの?」

 恐る恐る尋ねると、ようやく彼が顔を上げる。彼の黒くて丸い大きな瞳が少し潤んでいるように見えたのは、気のせいだろうか。

「前から言おうと思ってた、ことがあって……」

 ゆっくりと言葉を選んで話す彼の真剣な眼差しが、私をまっすぐ捉えた。

 ――そんな表情、今まで見たことない。こんな彼を、私は知らない。

 全身に走る緊張で乾いたのだろうか、唾を飲み込んだ音が妙に大きく響いた気がする。

 これって。まさか。

 まさかの告白、キタ!?

 どうしよう、心の準備ができていなかった! 確かに今は彼氏いないし、ってなに私『付き合っちゃってもいいんじゃない?』みたいなノリになってんの! 待て待て、まだ早いんじゃないかなー? もうちょっとお互いを知ってからの方がいいんじゃないかなー? でも三ヶ月ってちょうどいい頃合いかー。三がつく期間って恋愛において重要な数字だったとか雑誌に書いてなかったっけ。っていうか告白されるとか何年ぶりだろう。大学二回生の夏以来だっけ、うひゃー四年ぶりか! 四年ぶり!? 久しぶりすぎて泣ける!! 非リア充脱出か、脱出できるんですかね!? 待て落ち着け私、まだ慌てるような時間じゃないぜ。一旦深呼吸してみようか?

 などと、頭の中がお花畑モードになって目が泳ぎかけた私へ、彼が静かに呟いた。

「俺、ボディビル部なんだ」

「……へ?」

 ぼでぃ、びる?

 随分と濁点の多い告白だな……ぁ?

 彼が念を押すように、ゆっくりと繰り返す。

「ボディビル、やってんだ」

「へ?」

 私の情けない声も、小さな車内に響いた。

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1

あのよく見るポーズこういう名前なんですね。ワクワクする出だし、続き楽しみにしております!

2

>monogatary.com運営スタッフさま
コメントありがとうございます!そうなんです、よく見るあのポーズがモストマスキュラーと言います。気合い入ってる感じがしますよね!会場で見ると本当に凄いです!
これからどんどんお話が進むので、またお読み頂けると嬉しいです……★

作者:緒川ヒカリ

2018/3/20

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とじる

挑戦状

「ただいま……」

 誰もいない部屋だと頭で分かっていても、自然に出てくる帰宅の言葉。

 夢のために生まれ育った関西を飛び出して半年。この街にもこの部屋にもようやく慣れてきた。

 大学を卒業してから中堅製造業の会社の営業事務をやりつつコツコツ頑張ってきたはいいけれど、地元での小さな活動との両立では限界を感じたので、潔く会社を辞めた。何も言わず突然退職したので、同期たちから「なんでやねん!」と驚かれたことも、今となってはいい思い出になっている。

 実家の父親が無理矢理押し付けたファックスが点滅している。スマートフォン文化の中、頑なにガラケーのまま機種変更しない父親はインターネットが使えない。

「メールで済ませられる要件やん、これ」

 筐体(きょうたい)からペロリと舌を出しているように見える普通紙。それをつまみ取り、記されている見慣れた文字を眺めて、私は深く溜息をついた。

『元気にしていますか。ご飯はちゃんと食べていますか。たまには電話くらいしてきなさい』

「めんどくさ」

 連絡ないのは元気な証拠、ってよく言うのに。一人娘だからだろうか。

「なんか、どっと疲れた……」

 父親の心配も運動も疲れるけれど、さっきの出来事のほうが相当堪えたらしく、思わずベッドにうつ伏せで倒れこむ。その衝撃で布団のやさしい香りと自分の汗のにおいが混じり、慣れない空気に包まれてしまった。

「ボディビル、ねえ」

 ごろんと寝返り、アイボリー色の天井を見つめた。

 上京してからというもの、身体を動かすと言えば個人レッスンとアルバイトくらい。身体が随分となまってきているような気がするし、このあたりに友人らしい友人もいない。そして夢の居場所も見つかっていない。これはちょっとマズイぞ、と一念発起してSNS内にあった『地域スポーツコミュニティ』というサークルに登録してみた。大学生から社会人までたくさんの人たちが参加しているコミュニティの主宰が、彼だった。

「あの、『アヤハ』さんですか?」

 二月の風は、どこにいても冷たくて頬に刺すような痛みを覚える。

 声をかけられたのは北与田駅(きたよだ)の改札前。ちょうど声の主とメッセージアプリでやり取りをしていたのでスマホに落としていた視線を上げると、赤いダウンジャケットにカレッジロゴトレーナー、ヴィンテージデニムというラフな格好をした浅黒い肌の青年が立っていた。

「はい。『シュウ』さん? 初めまして!」

 別にインターネットで知り合って誰かと出会うなんて初めてじゃないのに、男性と一対一のシチュエーションは流石に緊張していた。

「初めましてー、主宰の安藤秀一郎(あんどうしゅういちろう)です。今日は参加ありがとうございます」

「いえいえこちらこそ。改めまして、小阪綾羽(こさかあやは)です。わざわざ駅まで迎えに来てくださってありがとうございます」

「家、この辺なんですか?」

「ええ、武蔵浦野(むさしうらの)駅から自転車で五分くらい」

「俺はここが最寄りっすよ。ジモティ」

「私はジモティじゃないし、ここは今日が初めてなんですよね、降りるの」

「そうなんですね。それなら集合まで時間あるし、そこのショッピングモールでもぶらつきますか? 大きめのスポーツショップが入ってるし」

「いいですね! 是非」

 秀ちゃんはコミュニティの主宰なだけあって、慣れたように私を案内してくれた。小一時間ほどぶらつき、よくあるセルフサービスのカフェでひと休み。

「今日はお仕事おやすみなんですか?」

 私の問いかけに、秀ちゃんが飲んでいた季節はずれのアイスカフェラテでむせた。

「ゲホッ! あ、俺まだ大学生で……」

 ちょっと吹いたらしく、右手の甲で口を拭いながら秀ちゃんが答える。

「ご、ごめんなさい!! てっきり年上かと思って」

「え? 綾羽さん、失礼ですがおいくつですか?」

「私、二十四です。早生まれなんで二十五の学年ですけど」

「えー!! 全然見えない見えない。年下だと思いましたよ」

 秀ちゃんが、黒目がちの大きな瞳を更に真ん丸にしている。

「大学生ってことは」

「四年。二十二です」

「そっか、こっちは『年』って言うんでしたね」

「ん? どういうことですか?」

「私、関西出身なんで大学何回生って数えるんですよ」

「へー、地域によって違うんですね。色々関西のこと聞きたいです!」

 ――そう言って笑う秀ちゃんの顔は、私の緊張していた心と身体を優しく緩めてくれた。

 それからというもの、新参者の私が早く馴染めるようにと色々気を遣ってくれたり飲み会を開いてくれたり、ちょっと遠くの体育館でイベントがあるときは車で送迎してくれたり。

 今日もそのコミュニティメンバーでゆるいバスケをして、ファミレスでご飯を食べての帰り道。いつもどおりの金曜日の終わり、ではなかった。

「ボディ、ビル」

「うん」

「あの、筋肉ムッキムキのやつ?」

「うん」

「舞台の上で黒光りマッチョがポーズとって、笑うと白い歯が光るやつ?」

 この発言に、秀ちゃんの眉間にシワが寄る。

「それは実際ちょっと違うけど……うん」

「えー!! 秀ちゃんマッチョちゃうやん!! どっちかって言ったら、ややメタボやん!!」

 お世辞にも秀ちゃんは筋肉質とは言えない。骨は細そうなのに、余計な肉がついている気がする。特にお腹周りは私が初対面で年上と勘違いするだけあって、バスケのプレイ中に多少揺れていた。

「メタボ言うな! 今オフシーズンなの!」

「オフ、シーズン? って何で突然ボディビルやってるとか言い出すの!」

「隠したくなかったんだって!」

 ヤケクソのように秀ちゃんが叫ぶ。

「はあ?」

「綾羽に隠し事、したくなかったの」

「隠すも何も……」

「だって、ボディビルって『キモチワルイ』とか『イロモノ』なイメージあるでしょ?」

「否定はしない」

 即答すると、あからさまに秀ちゃんが肩を落としている。

「サクッと傷つくこと即答しないで」

「あー、気持ち悪いは言い過ぎかもしれないけどさ、唐突に『俺ボディビルやってるんだ』って言われたら驚くよ、普通。特に女子は……多分」

「だろうね。だから俺、真面目に言おうとしたんだよね。別にウケ狙いでやってるわけじゃないし。更に言うと、弱小ボディビル部」

「ただ、なんでそれを今、私に話したのよ」

「うーん。綾羽にもうちょっと俺のことを知ってもらいたかった、から?」

「疑問符つけて言わないでよ」

 知ってもらいたい、と言われても。

 どうリアクションを取れば良いのか分からなかった。

 ボディビルというものが、一体どういうものなのか。

 

 私の頭の中で、あるお笑い芸人がボディビルに挑戦するためトレーニングに励む――いつか観たテレビ番組の映像が浮かび上がる。

 パンツ一丁に黒光りした身体。あれはオイルを塗っているのだろうか。異様な光り方で、正直、怖さや不気味さを覚えた。

 筋肉を見せることが、スポーツなのか。筋肉をつけることが、スポーツなのか。少なくとも、鍛え上げられた身体であれば、そのまま見せたらいいのにと思う。

 私の周りにマッチョっぽい子はいたけれど、アメフトだったりラグビーだったりと別の競技をしていた人たちだ。ボディビルをやっている、という人に生まれてこのかた二十四年、出会ったことがなかったので絶句した。

 気持ち悪い

 イロモノ

 確かにそんな目で私も見ていたのだろう。家族や友人とムキムキマッチョがテレビに出てきたら驚きと笑いが先に来てしまうのは想像に難(かた)くなかった。プラスイメージがほとんどない。あえて挙げるとしたら「筋肉すごいねー」で終わってしまう話だ。そんなもの。

 ――そんなもの、だったのだ。

 明らかに困惑した表情を浮かべているであろう私を、秀ちゃんが少し哀しそうに、でも少し笑いながら見つめていることに気がついた。

「ごめん」

「なんで謝るのさ」

「随分と失礼な言い方をしてしまった気がして」

「慣れてるし、大抵は笑っておしまいにされちゃうよ?『秀ちゃんがボディビルとかウケルー』って。なのに」

「……なのに?」

 変なところで話をやめてしまったので訝(いぶか)しんでいると、哀しみはどこへやら。秀ちゃんの表情は明らかな笑顔に変化した。

「やっぱり綾羽に話して良かったなあ、と思ったの」

「はあ」

「でね、お願いがあるんだけど」

「ん?」

「俺たちの部活のマネージャーになってみない?」

 何かを企んでいるような秀ちゃんの笑み。今度こそ私が叫ぶ番だった。

「は!?」

 ――思い切り挑戦状を叩きつけられた気がした。

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とじる

男の園

 カーテンの隙間から、私を目覚めさせる光。

「あちゃー、服のまま寝てしもた……」

 あのあとベッドに寝転んだまま、寝落ちをしてしまっていたことに気が付く。しわくちゃになってしまった長袖の綿カットソーが胸元まではだけていたので、慌てて引っ張り下ろす。ベッドの左横、東の窓の上にかけてある時計の針は六時を指していた。

「……もう起きよ」

 全身の気怠さを感じつつ、それでも無理矢理身体を起こす。

 服もさることながら髪の毛も凄惨(せいさん)たるもの。肩から下に十センチの長さまで伸びている髪の毛があちこちへ飛び出していきそうな、滅多にお目にかかれない寝癖がついてしまっている。猫っ毛にとってこれは致命傷だと、気怠さを振りほどいてベッドから飛び降り慌てて洗面台へ向かった。

「あいたたたた!」

 痛覚という痛覚が私を猛攻撃。絡まった毛先は、ブラシがなかなか通らず苦戦する。

「あーもう、なんだかなぁ」

 鏡に映った悲惨な姿の自分を見つめて思わずぼやいた。

 昨夜のお誘いには、まずお断りをした。

「うん、突然だもんね」と秀ちゃんはニコニコ微笑んだままだった。その代わりに「俺たちの大学へ遊びに来てよ。それくらいならいいでしょ?」と誘われた。

 秀ちゃんからの挑戦状に、どうしてここまで戸惑う必要があるのだろう。

 恋人関係ならまだしも、コミュニティの主宰と参加者の域をまだ出ていない間柄で、彼をこれ以上知るのが怖いのか。それとも。

「やっぱりボディビルっていうのに抵抗あるのかな、私……」

 何事にも偏見を持たないように、なるべく公平な視点を持つよう心がけてきたはず、なのに。

 ――だって、ボディビルって『キモチワルイ』とか『イロモノ』なイメージあるでしょ?

 ――別にウケ狙いでやってるわけじゃないし。

 昨日の秀ちゃんの言葉を思い出す。

『ウケ狙いでやってるわけじゃない』彼が説明した、ボディビルの一般的なイメージは『気持ち悪いとかイロモノ』。

 その言葉の真意はなんだろう。何を私に知ってほしいのだろうか。

「ああ、やっぱり私の中の偏見が邪魔してる」

 眩暈がして、ブラシを握ったまま洗面台のふちに手をかけて身体を支える。いよいよ私は大後悔時代へ突入した。

 人の本質なんて、自分が触れなければ分かりっこない。それに、私だって。

 ふと顔を上げると、鏡に、いつかの彼が映っている。

 ――その夢にこだわる理由、俺にはわかんねーわ。

 ――俺と会う時間減らしてまで、やらなあかんことなん?

 ――何がそんなにおもろいんよ。全然分からん。

「せやね、あんたには分からんやろうね……」

 そう言うと彼は消えて、今度はタヌキみたいな大きなお腹の中年男性が鏡に浮かび上がってくる。

 ――人生で遭遇する全てに価値があってな、その経験が人を豊かにするんやで。

 ――お前の夢に不必要なものって、ホンマはないんとちゃうか?

 ――知りたがり、というよりは好奇心旺盛なんやと胸張れや。

 ――お前はホンマにバイタリティあるのぉ。

「先生、元気かな」

 恩師の言葉を思い出し、私はまた絡んだ髪をとかす。

 絡まって解ききれないダマ部分は切り落としてしまった。数本の犠牲。

 それでもある程度はとかせたので一つ結びにして、溜まっていた洗濯物をやっつける。掃除機をかけ、一週間分の食料を買いにスーパーへ向かい、一通りやるべきことをやって一息ついたところで、スマホから軽快な電子音が鳴った。

『急で悪いんだけど、明日のお昼ヒマ? 大学に用事あるんだけど、来る?』

 テレビでよく見る緑色の怪獣スタンプが添付されたメッセージが送られてきた。よく見ると、秀ちゃんとその怪獣はどことなく似ている気がする。

「明日って、日曜やん」

 冷蔵庫に貼り付けているホワイトボードには、アルバイトの時間が記されている。

「十八時から、か。なら大丈夫かな」

 時間にゆとりがあることを確認し、『夕方までなら大丈夫』の文字と、可愛いらしいウサギのキャラクターのスタンプを添えて送信すると、すぐに既読マークがついて、更に怪獣が『たのしみ!』と喜んでいるスタンプが踊り出した。

「なーにが『たのしみ!』よ」

 液晶画面を見つめて、苦笑いを浮かべた。

 ◆

 絶好の行楽日和とは、今日のような天気を指すのだろう。

 花が散り青々とした葉のついた桜並木のアーチをコガネムシが飛ぶように、私たちを乗せたコンパクトカーが駆け抜ける。

「惜しいな。満開だとスッゲー綺麗なんだよ」

「だろうね、立派な桜並木!」

 全開の窓から顔を少し出せば、樹齢何百年といった桜並木たちが車に反応するようにざわめいている。

「この辺りはジモティだけが知ってる隠れ桜スポット。だから道も空いてるっしょ?」

「言われてみれば。秀ちゃんナビなしでたくさん裏道知ってるよね」

「そりゃあ、伊達にジモティ二十二年やってませんから。あとデリバリーのバイトね」

 そう言いながら運転する秀ちゃんの表情はどこか誇らしげに見える。

「好きなんだね、地元が」

「うん、自然多いし、都会に近いけどゴミゴミしてるわけじゃないし。好きだね」

「私も地元、好きだなー。と言っても、ここまで素敵な場所じゃないけど」

「そうなの?」

「うん、関西の中でも割と廃れてる」

「でも、住めば都、でしょ?」

 秀ちゃんらしい問いかけに、私も自然と笑顔になる。

「そうだね」

 三十分ぐらい車を走らせると、果てしなく続いているような田園地帯の真ん中に、森に囲まれた建物が見えてきた。

「あれが俺たちの大学」と秀ちゃんが車のスピードを落とし、右にウィンカーを出す。

 そのまま『東応(とうおう)大学』の看板が掲げられた門に近づき、窓口から出てきたガードマンにカードのようなものを彼が見せると、そのまま駐車場に誘導され構内へ進入した。

「車のまま大学に入るんだ」

「うん、駐車場契約してるから。さっきおっちゃんに見せてたのがその証明書」

 さあ着いた、と車を停める。助手席から降りると、思った言葉がそのまま口からこぼれた。

「うーわ、ムッチャひっろ!! 校舎でっか!! 綺麗!!」

「綾羽、方言すげえ出てるよ」

 興奮し過ぎて、上京してから他人の前で使っていない方言が自然と出ていた。

 駐車場から続く銀杏並木。銀杏並木の横には広いグラウンド。そして並木の終わりにそびえ立つ新しい校舎の群れ。ファンタジーの世界の小国みたいだ。

「綾羽は女子大卒って言ってたっけ」

「うん。学部も人数も少ないもん。関西にも大きな大学はたくさんあるんだけど、理系の学部だけでこんな敷地広い大学は初めて見た!!」

「一日かかっても全棟まわれないからね」

「関東の総合大学、すっごいなあ!! 関西は永遠に関東に勝てない気がする」

 何だよそれ、と可笑しそうに笑う秀ちゃんに連れられ、とうとう私は東応大学の敷地へと足を踏み入れた。

 休日の大学は、人もまばらで静かだ。それでも私たちの通っていた大学の日曜日より生徒が多い気がした。

 研究室に用事がある、とまず連れて行かれたのはコンクリート打ちっぱなしの六階建ての校舎。ここが秀ちゃんの在籍している学部の研究棟だと説明してくれる。エレベーターに乗り込むと、秀ちゃんはサッと最上階の六階のボタンを押した。

「昼休みとかさ、エレベーターが混みまくって授業間に合わなくなりそうになると、階段必死にあがんなきゃいけないからキッツイんだよね」

 何度も経験したのだろう、秀ちゃんが舌打ちしながら話す。

「確かに六階となるとキツイね……」

「酸欠になって授業の内容が全然頭に入ってこないときあるもんな」

 そりゃあ大変だ、と私が苦笑いしたところでエレベーターが止まった。

 フロアに降り立つと誰もいない。理系で男子ばかりだと聞いていたけれど、見る限り女子大の研究室棟よりも綺麗で、最上階らしいガラス張りのロビーには白いモダンソファが並んでいる。

「すぐ戻るから、ここで待っててね」

 そう言うと秀ちゃんは書類を片手に慌てて研究室の方へ走っていく。

「とうとう来てしまった……」

 ソファに腰掛けながら、ガラス越しを眺めて呟く。このキャンパスで今私たちがいる研究棟が一番のっぽのようだ。綺麗に整備されているグラウンドでは陸上部らしき人たちがトラックを走っていたり、ハードルを跳んでいる。何棟もある校舎は三階建てで、デザイナーズマンションが立ち並ぶ住宅街と錯覚しそうになる。

「お待たせ! 提出してきた!!」

 そこまで待っていないけれど、彼が申し訳なさそうに小走りで戻ってきた。

「研究も大変だね」

「まあね。というわけで、部室にいかなくちゃいけないんだけど」

「え」

「ついてくる? それとも車で待ってる?」

 やっぱり、この人に試されている気がする。

「……行く」

 ボソッと呟くと、唇の左端を上げてニンマリしている秀ちゃん。彼特有の笑い方。

「へぇ、勇気あるねえ」

「誘ったのは誰よ」

 私がぶうたれると、秀ちゃんが可笑しそうに声を出して笑った。

 さっきの研究棟から五分くらい歩くと、明らかに最先端技術研究をしているんだろうな、と分かる設備の棟。そして横の空き地を挟んだところで彼が足を止めて指さした。

「ここ。着いたよ。俺たちは奥の二階」

 ――ここは昭和か、と言いたくなるような時代錯誤なプレハブ二階建てが二棟並んでいる。外観は古い、というより小汚い。隣がほぼ新築に等しいから尚のこと汚さが際立ってしまっている。

「ボロいっしょ、弱小部活の溜まり場」

「他の校舎との落差が半端ないね……」

 呆気に取られていると、致し方ないとばかりに秀ちゃんが右手の人差し指と親指で丸を作りながら言う。

「そうそう、我々の学費はすべて新棟建築へ回されております」

「でも、懐かしい感じがする。私たちの部室棟もこんなオンボロだった」

 遥か昔、セーラー服姿だった私がオンボロプレハブから顔をひょっこり出してきそうな、懐かしい思い出。

「ん? 綾羽って何部だったの?」

 秀ちゃんの声に、現実に引き戻される。まだ彼には、私の夢も過去も話していないので、口に人差し指を当てて「秘密」と答えた。

 塗装が剥げて錆の目立つ、今にも崩れそうな螺旋階段を恐る恐るのぼると、イエローのエナメルパンプスとの相性が悪いのか、耳障りな金属音を立てる。二階入口の引き戸を開けると、昼間なのに廊下は真っ暗で、そのへんのお化け屋敷より充分怖い。

 全く人気(ひとけ)がない。廊下を挟んで部屋があるので外の光が差し込まず、余計に暗さに拍車をかけている。今日は結構暑いのにひんやりとして、いつなにが出てきてもおかしくない。

「し、静かだね……」

「まあ、日曜だしね」

 そう言いながら入口からすぐ右にある『B.B.C』と書かれたネームプレートが貼ってある扉の前で、秀ちゃんが立ち止まる。

「ここが俺たちの部室」

 ちょっと待って、と私へ手合図を送ると、一旦ドアノブに手をかけてドアが空いていないかを確認する。開いてないと分かると、彼はジャケットのポケットから鍵を取り出して開けてくれた。

「どうぞ、一応土足禁止だから入ってすぐ靴脱いでね」

 とうとう、来たんだ。未知の世界に。

 促されたので覚悟の一歩を踏み入れると同時に、目の前に広がる景色に私は絶句した。

「誰もいねー……あ、でもアキ」

 秀ちゃんの言葉を遮って、私の叫び声が部室に響く。

「きたなっ!!」

「そりゃヤローだらけですから。マネージャーもいないし」

 当たり前だとばかりに彼が答えたので、頭にきてしまった。

「そういう問題じゃない!」

 ゴミ屋敷、という言葉がこんなにもふさわしい部屋を初めて見た。

「あと埃っぽい!! くさい!! ゴミくらい捨てなよ!! つーかゴミ箱がゴミになってんじゃん!!」

「そんなに怒らないでよー。俺がやったんじゃないんだからさあ」

「同罪や!! マネージャーはいないの!?」

「いるわけないじゃない! だから綾羽に頼んだんじゃん!」

 確かにこの惨状では、マネージャー候補も逃げ出してしまうだろう。

 秀ちゃんの言葉を軽く聞き流しながら、あーもう、と思わずゴミを拾い始めた私を見た秀ちゃんが慌て出した。

「ちょ、ちょっと綾羽、いいから」

「私がよくない! 掃除させて! でないと帰る!」

 こんなところによくもまあ私を誘ったなと睨みつけると、彼がたじろいだ。

「わ、わかった! 俺も手伝うから、帰らないで! 怒らないで!!」

 泣きそうな声を上げながら、秀ちゃんも靴を脱いで畳の上にあがって片付け始めた。私は早速窓を全開にする。

 六畳ほどの部屋には、窓際に古いラブソファ。更に敷布団に掛け布団、枕が乗せられている。誰かが泊まっていくのだろう。

 左の壁には何故か学ランが二着埃をかぶってかけられて、その下にはバス停でよく見る、青いプラスチックのベンチが背もたれの割れている哀れな姿で鎮座している。右の壁には大きな棚に雑誌類やサプリメントらしき大きな丸い缶やDVDがぎっしり並べられている。

 そして床には何故か畳が三枚、部屋の真ん中に敷かれている。雑誌やらゴミやらペットボトルが足の踏み場もないほど散乱しているので片っ端からゴミと分かるものだけゴミ袋にぽいぽいと投げ捨てる。折りたたみのテーブルの上には灰皿。案の定、吸殻が山のようになっていた。テーブルの下には誰かが買い物したような、いろいろと品物が詰め込まれたスーパーのビニール袋がある。

 五分くらいでゴミは片付いた。

 ここまで私は無言。秀ちゃんはどうやら私の殺気で話すタイミングが掴めなさそうだった。次は雑誌をまとめようと、足元にあった雑誌に手を伸ばす。

『月刊モストマスキュラー』の文字が入った表紙には、同じ人間とは思えない筋肉の男性がポーズを取っている姿が載っている。

「うわ、すごい筋肉だ」

 思わず整頓していた手が止まり、呟く。

「あ、それは去年の大学選手権で優勝した人。強豪校のエースで、俺たちとタメ」

 秀ちゃんが私の手元を覗き込みながら教えてくれる。

「大学生!? タメ!?」

 筋肉がすごいと風格まで違うのか、と目の前の彼と表紙を見比べた。

「貫禄ありすぎ……」

「なんでそこで俺を見るの!?」

 秀ちゃんが軽く悲鳴を上げた、その瞬間。

「ちわーっす」

 部室の扉が開き、ヘッドフォンを首にぶら下げ、耳にピアスが何個もついている上下グレーのスウェット姿の茶髪の青年が入ってきた。

「おっす」

 秀ちゃんが軽く挨拶をする。どうやら部員らしい。

「え、あ、し」

 明らかに挙動不審になっているその青年が、私を見るなり顔色を変えた。

「えあし?」

 秀ちゃんが不思議そうに青年の言葉を反芻する。

「えっと、あのっ、失礼しましたっ!!」

 すると青年が回れ右、で部室から退散しようとしたので秀ちゃんが慌てて青年の左腕を掴む。

「おい逃げるなよ! 河野!!」

 カワノ、と呼ばれた青年が居心地悪そうに秀ちゃんへ訴える。

「いや、だって、うちの部室に女の子がいるんすよ!? 部室間違ったかと思ったんすよ!」

 実際女の子、という年齢は過ぎてしまっているのでなんともこそばゆいけれど、今私がこの部屋にいることは、明らかに異常事態のようだ。

「俺がやってるサークルのメンバー。わざわざ来てもらったの」

 カワノくんを落ち着かせるように、秀ちゃんが説明する。

「ども、初めまして。河野っす」

 さすが体育会系。九十度のお辞儀で挨拶をしてくれた。

「お邪魔しています。小阪と言います」

 私も慌てて雑誌を置いて、正座してお辞儀する。

「お前珍しいな、日曜に部室来るなんて」

「ウサ晴らしにトレしに来たんすよ。西本さん、いましたよ」

「ああ、やっぱりアキラの荷物だったんだ。これ」

 さっきから気になっていたのか、テーブルの下の荷物の持ち主が分かるや否や、秀ちゃんの声が明るくなる。

「じゃ、俺、いきますね」

「俺もあとで行く。アキラには余計なこと言うなよ」

「わかってますよ。あ、そうだ。安藤さん、いま西本さんすっげーピリピリしてるっぽいっす」

「ん」

 秀ちゃんが軽く頷く。

 それじゃ、とカワノくんがベンチの上にあったトレーニングウェアとシューズを抱えて部室を出ていった。

「なんか、今時の若者、だったね」

 正座の状態で、私がぽつりとこぼすと「一体どういう想像をしてたの」と呆れた声が返ってくる。

「だってこの雑誌の表紙見たら、そういう人ばっかりかと思っちゃうじゃん!!」

 さっき見た雑誌をもう一度手に取り、秀ちゃんに見せつける。

「あー……そういうヤツばっかな大学もあるけど、ウチは違うなあ。フツーの奴らばっか。特にさっきの河野なんかはトレに来るの二週間に一回ぐらいじゃね?」

 テーブルの上に置いてあった出席簿らしきものを見ながら、溜め息をつく秀ちゃん。

「……なんだか全然分からなくなってきた……」

 私も頭が混乱してきて、つられ溜め息。

「ちょっと一服してもいいかな」

 秀ちゃんがタバコを持つ仕草をするので「どうぞ」と答えると、デニムのポケットからよく見る銘柄のタバコを取り出して、火をつける。

「綾羽には、俺たちのありのままを見てもらいたかっただけだから」

 秀ちゃんの言葉が、煙と一緒に天井へ向けて吐き出された。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/07/24)

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何か色々めんどくさいことがありそうな予感……
しかし、ゴミ屋敷はだめですな……(;^ω^)

大久保珠恵

2018/4/6

2

>大久保珠恵さま
返信が遅くなり申し訳ございません!コメントありがとうございます★
めんどくさいことになりそうかどうか、作者にも分かりません(笑)。ゴミ屋敷は割と実話です……orz

作者:緒川ヒカリ

2018/4/10

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とじる

懸垂青年

 意味深な発言に私が戸惑っていると、もともと垂れ目気味なのに更に目尻を下げて微笑んでいる秀ちゃんがいる。

「さ。トレ室、行こう」

 秀ちゃんはそう言うと、くわえていたタバコはそこまで減っていないのに口元から離し、灰皿に押し付けてもみ消した。

「え、部外者が立ち入っていいの?」

「俺がいいって言ってるから、いーの」

 立ち上がった彼は、あの特徴のある笑みを浮かべている。

 ――やっぱり何か企んでいる気がする。

 オンボロ部室棟の間のコンクリート舗装からは陽炎。今日の陽射しは夏日のようだ。

 向かい合って建っている部室棟は各部活が思い思いの看板をぶら下げていて、日本の大学なのに異国の下町のようだった。いつか見た映画のワンシーンに、こんなセットがあったような気がする。少林寺拳法部、と書かれた木製の看板の前には壊れて錆だらけの自転車が置かれていたり、看板がなくても野球部なんだろうなと推測できるような木製バット。一瞬血文字かと勘違いしそうな赤いペンキで書かれた、おどろおどろしい『漫画研究会』の文字。

 節操がない、の一言で片付いてしまう光景。男子学生が多いとこうなるのだろうか。女子大育ちの私には到底分かりっこないけれど。

 部室棟の終わり、アスファルト舗装が切れる。

 先には原っぱが広がっていて、さっき見た空き地に続いている。どうやら部室棟は空き地に残されたものらしい。原っぱには鉄骨の骨組みだけが二階建て分存在して、その左隣にオンボロプレハブ二階建ての部室棟に比べると多少マシな建造物があった。

「ここの一階がトレ室」

 トレーニング室をトレ室、と呼ぶのは使い慣れている人間の言葉なのだろう。秀ちゃんが観音開きのドアの前で立ち止まる。

「今日はこの曲でやってんのか」

 微かに聞こえてくるのは、私も知っているアメリカのロックバンドの名曲。

「随分と大音量だね」

「上が軽音部だし、一応この小屋だけ防音仕様なんだ。迷惑かけてないから大目に見てよ」

 ドアノブに手をかけ、彼が静かにドアを開ける。

「うぃーっす」

「お、お邪魔します」

 窓を閉め切っているからだろう、想像以上にそこは夏のようにむせ返りそうな暑さだった。

 雑然と置かれた年季の入ったマシンたちが私たちを待ち構えていたように存在していて、タイル張りの床にはダンベルや鉄アレイやシューズが散らばっている。黒板には『部内記録会・結果』と大きく書かれた白い紙が貼られ、名前と数字が羅列されていた。

 さっき部室に来たカワノくんは腹筋をするマシンにまたがって、こちらをちらりと見て軽く会釈をしてくれたので、私も会釈を返す。

 部屋の一番奥では、こちら側に背を向けて二メートルほどの高さの鉄棒にぶら下がり、黙々と懸垂をしている青年がいる。私はその青年に釘付けになった。腰からロープのようなもので見るからに重そうな円盤状の何かをぶら下げていたからだ。

「秀ちゃん、あの人」

 思わず秀ちゃんに小声で尋ねてしまう。

「ああ、あれ? あれはバーベルのプレート。負荷かけてんの」

 秀ちゃんも青年の集中力を削ぎたくないのか、小声で説明してくれる。

「負荷、って」

「あれで十キロだな」

「十キロ!? 腰に!?」

 自分の体重だけでも懸垂なんて大変なのに! は声にならなかった。

 青いTシャツに黒のハーフパンツ姿の青年は、こちらが見ていてじれったく感じるほどゆっくりゆっくりと重力に逆らっていた。そういう筋トレ方法なのだろうか。

 腕や脚から確認できる肌は女の子が羨ましがるであろう透き通るような白さ。Tシャツから伸びている腕は普通よりちょっと逞しい、というレベルでマッチョとは程遠い。腕力は相当あるようだけれど、ボディビルをやっているとは到底思えない。

 その彼が鉄棒から手を離し、重力に従って床へ着地した。そのタイミングで秀ちゃんが彼に声をかける。

「おーい、アキラ」

 青年が振り返る。切れ長の眼が私たちを捉えるや否や、獲物を見つけたとばかりに秀ちゃんへ向かって突進してきた。

「……安藤、お前! ぜんっぜんトレ室こねーし、メッセージは既読スルーだし、やる気あんのか、このデブ!!」

 突進しながら放つ辛辣な言葉の矢たちで秀ちゃんを射る。その矢が私にも刺さる。なぜだろう、秀ちゃんじゃないのに私も心が痛い。

「そんなに怒るなよ、アキラ~。それに研究課題が終わらないって言ってたでしょ~」

「でしょ~、じゃねえ! この状況でなーにが怒るなだよ、早くそのムダ肉を落とせ今すぐ落とせデブ!! できないなら死ね!! 今何月だと思ってんだ!」

 今すぐにでも噛み殺しそうな勢いで秀ちゃんの目の前に立つ青年からは、鬼気迫るオーラが見えるような気がした。

 デブの応酬。ああ私もムダ肉落とします。頑張ります……と半泣きになりそうになる。随分と毒舌な青年に呆気にとられていると、ようやく私の方に視線を向けて、一言「あ」と漏らした。

 へびににらまれたかえる。かえりたい。ぜったいおこられる。

「は、初めまして……小阪です。お邪魔してすみません……」

 すると青年は意外にも、さっきのオーラを潜め、見た目通りのおとなしそうな雰囲気を纏い「西本です」と言って頭を下げた。

「綾羽さんです」

 秀ちゃんが付け加えるように言うと、頭を上げた青年がものすごく驚いた表情を浮かべている。

「アヤハさん……マジ!? え、何、付き合ってんの!? いつの間に告ったんだよ!?」

「はいぃ!?」

 私と秀ちゃん、同時に声をあげる。告ったって、お付き合いの方の告白!? 

「なんでそうなるの?」

「だってお前、アヤハさんのこと好きだったんじゃねーのかよ!?」

「そんなこと一言も言ってないよ!?」

 秀ちゃん、目玉がこぼれ落ちそうなくらい見開いて慌てふためいている。話が全く見えないので困っていると、青年、もとい、アキラくんが叫んだ。

「だあって、あんだけ言ってたじゃんかよ、『アヤハ、超かわいいんだよ~』って!!」

「黙れアキラ!!」

 秀ちゃんが耳まで真っ赤になって、とうとうアキラくんの首に腕をまわして反撃しだした。

 ――かわいいって。可愛いって。

 ありがとう、お世辞だとしても嬉しい。でも、それ本人の前で言うセリフちゃうで……。

 聞き慣れない褒め言葉が想像以上に破壊力があって、私の血液がどんどん頭部に集結している気がする。秀ちゃんと同じく耳もだけれど、首まで熱くなっているのはこの部屋のせいじゃない。

「あ、あのう……」

 小さく呟くと、二人の青年がハッとしたように、今度はわざとらしい咳払いをしだす。その姿に心の中で「か、かわいい」と思ったのは内緒にしておこう。

「仲、いいんだね。兄弟みたい」

 心からの私の言葉に、青年たちが揃って反論した。

「どこが!?」

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ほうほう、ボディビルってこういうことするんですな……(◎_◎;)
多分、私たちがメディアで見かけるような筋肉って、そう簡単には付かないんだろうなあ……と一瞬で納得させる、秀逸な描写。
綾羽さん、ここでマネージャーに……!?
そして確かに可愛い(*´艸`*)

大久保珠恵

2018/7/24

2

>大久保珠恵さま
コメントありがとうございます!
このトレーニングは知人がやっていたものでして、どこのボディビル部でもやっているか謎です(笑)。
秀逸な描写と言っていただけて涙ちょちょぎれそうです!本当にありがとうございます☆
綾羽、マネージャーになる……のでしょうか、(ΦωΦ)フフフ…

作者:緒川ヒカリ

2018/7/24

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とじる

偏見、或いは

 部屋に響く歌声は邦楽のバラードになり、話題のアニメソングになり、そして全然知らないアーティストのヒップホップに変化していく。その間も彼らは、彼らの時間を己のリズムで刻んでいく。

 なぜだろう、この場所は確実にアウェーのはずなのに、ちっとも帰りたい気持ちにならない。部室にお邪魔したときの居心地の悪さが全然ないのは、ここがトレーニングを目的とする場所だからか。それとも。

「俺補助やるわ」

「頼む」

 私がどう頑張っても持ち上げられそうもないバーベルの前で、トレーニングウェア姿の青年二人が短いやり取りを交わす。秀ちゃんの腰には重そうな黒い革張りのベルトが巻かれている。

 五分前、「綾羽に裸見られたくないよ~!」とわざとらしく恥ずかしがり、外でトレーニングウェアに着替えてくれた彼の気遣いを思い出しながら、私は鏡越しに彼らを見た。

 彼らがいる反対側に、幅が四メートルくらいの大きな鏡が壁に取り付けてある。その前に私は立っていた。

 鏡に映る私は、このトレーニング室のドレスコードに合っていない。マルチカラードットの七分袖シフォンワンピースにエナメルパンプス姿。思わず笑いそうになるのを堪え、レッスンの時と同じように背筋をピン、と伸ばし気を付けの姿勢をした、その瞬間。

「うぉおおおああああああ――――!!」

 断末魔の叫びって多分こんな声なんだろうと思わせる絶叫。

 ぎょっとして振り返ると、秀ちゃんがバーベルを背中に抱える形になって持ち上げている。中腰の姿勢が見るからに苦しそうで、そりゃ雄叫びをあげるよなとすぐに理解した。理解はしたけれど、見ていられない。叫ぶ彼の背後で何故かアキラくんが同じ体勢でぴったりくっついて、バーベルに手を添えている。

「おら、もうちょい頑張れや」

「ぐうぅ!」

「いける、いけるー。耐えろー」

 淡々と応援する青白い顔のアキラくんとは対照的に、今にもバーベルに押しつぶされそうな秀ちゃんは首に縦すじが入っているし、顔も真っ赤だ。

 え、なにこの状況。

 思わず近くにいた休憩中のカワノくんに話しかけてしまう。

「す、すごいですね」

「あの重さは俺らではフツーなんすよ。声で驚きました?」

 頷くと、目の前では長めの前髪から汗を滴らせた細目の青年がスポーツドリンク片手に笑う。

「ですよね、俺も入部して最初聞いたときは『やっべ、ここ何人か死んでる』って思いましたもん」

 あっけらかんと『死んでる』と言われて、ぞっとする。体育会系ってどこも同じようなものなのだろうか。根っからの文化系には分からない。

「さっき普通って言ったけど、あれで何キロです?」

「百です」

 さらりと答えるカワノくんは秀ちゃんとアキラくんとも違う、ごくごく平均的な体型の青年だ。普通だと答えるこの彼も、百キロは持ち上げられるということになる。なんだこの世界は、と背筋が凍りそうな気がした。

「ちなみにすごい人はどのくらい持ち上げるんでしょう?」

「スクワットだと、うーん」

 今、秀ちゃんがやっているのはスクワットらしい。私が知っているスクワットとは全然違う。カワノくんは更に目を細めて、黒板に掲示されている紙を確認すると、私へ一言。

「二百です」

「にひゃくぅ!?」

 算数の苦手な私でも逆算できる。私の体重の約四倍。私四人を持ち上げるってただ事じゃない気がする。

「パワーの大会だと二百はザラです」

「ぱ、パワーの大会?」

「パワーリフティング、って聞いたことあります?」

「聞いたことあるような、ないような」

「それの大学選手権です。もっとも、うちの部は手伝いにいく程度で大会には出場してませんけど」

「あ、もしかしてパワーリフティングって、これ?」

 私がバーベルを頭の上で持ち上げる動作をすると、カワノくんが頭かぶりを振った。

「それはウェイトリフティングっていう別競技なんです。日本語だと重量挙げ」

 競技そのものが違うことに驚く。同じバーベルを挙げるだけで全く別物とは。

「あれ、それだとパワーリフティングもボディビルも違うのに……手伝い?」

 頭の中が混乱しつつ尋ねると、青いTシャツの青年が振り返った。

「結局のところ、パワーとボディってやってることは一緒なんすよね。大会に出るか出ないかだけ。もちろん競技としては別モノですけど」

「アキラくん」

「パワーリフティング部だったりボディビル部だったりバーベル部だったり、好きなように名乗ってますよ。ちなみに東応(ウチ)では正式名称はボディビル部。と言っても部員全員がボディの大会に出てないですよ。現に河野(コイツ)は出てません」

 アキラくんはそう言って、冷たい視線をカワノくんに投げつける。

「四年になったら出ますよー、多分」

「多分かよ」

 漫才のような掛け合いに私が笑うと、アキラくんの背後から弱々しい声が聞こえてきた。

「ちょっとアキラ……こっち手伝ってよ、補助してくれてたんじゃないのかよ……」

 バーベルを置いていた機材の下で、秀ちゃんがバテている。

「お前なんか知らん。一人で挙げとけよ」

「ひどい!!」

 秀ちゃんの哀しい仔犬のような叫びを無視して、アキラくんが私たちの輪へと入ってきた。

「そういや、ボディビル部ってはっきり言ってる大学ってどんだけあったかなあ」

 アキラくんの呟きに、カワノくんが反応する。

「あー、確かに。つか俺が言うことじゃないっすけど、『ボディビル』って言葉のイメージが悪過ぎますよね。偏見ですけど」

 その言葉にちくり、と胸を刺す痛み。

 実際にイメージだけで決めつけている人間がここにいて、彼らの輪に入っている。自分の矛盾に脈打つ音が聞こえ始めた。

 そんな私に幸い誰も気がついていない。彼らはやっぱり慣れているのだろう、私という部外者がそこに存在していても平然と会話を続いていく。

「まあ、気持ち悪いっちゃー気持ち悪い。言葉だけなら間違っちゃいねえ」

 青いTシャツの袖をまくったり戻したりを繰り返しながら、さっきまでカワノくんが腹筋をしていたマシンにまたがり同調するアキラくん。

「入部するまでは、ボディビルなんて訳わかんねえって思うわな」

「俺、彼女にボディ部に入ったって言ったら『ナルシストか!』ってゲラゲラ笑われましたし」

「で、先輩のトレ見たり、仕上がった先輩の身体見たり、大会見に行って超感化されるっつー」

 そこで二人がどっと笑う。どうやらボディビルあるある、らしい。

「よく言われるのが『ボディビルの筋肉は使えない筋肉だ』とかね。無駄なことしてるって」

 アキラくんのセリフが、鼓膜の向こう側で響いていた鼓動をサッと鎮めた。

 ――使えない筋肉? 筋肉に使える使えないって、ある?

 

「え? トレーニングで筋肉つけてる、イコール必要な筋肉でしょ? さっきアキラくん懸垂してたのだって、筋肉があるからでしょ? なんで使えない筋肉なの?」

 やや早口で彼らに疑問をぶつけると、シン、と静まり返った。

 このタイミングで、何故か音楽も止まった。彼らも私の顔を見て止まっている。まずいことを言ってしまった、のだろうか。

「……予想外の答えキタコレ」

 アキラくんが心底驚いた顔をして私を見る。

「使えないって意味が分からない、んだけど……。間違ってる?」

 しどろもどろになって更に問いかけると、ようやく立ち直ったらしい秀ちゃんが最後に私たちの輪へ入ってきた。

「手段は一緒でも、目的地が違うだけ。ただそれだけのことだよ」

 癖のある笑みを浮かべて言う秀ちゃんに、カワノくんがうんうんと頷く。

「結局なんだかんだでみんな筋トレしますしね」

 ――そこでアメリカのロックバンドのメロディが流れてくる。CDが一周したのだろう。

 イントロに乗せて、ふと聞こえてくる声はとても小さかった。

「安藤が正直に話したくなる理由が、何となくわかったかな。俺も」

「ん? 何がですか?」

 私がアキラくんに尋ねると、秀ちゃんがアキラくんを肘で小突いた。

「いや、コイツの独り言だから」

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なるほど、ボディビルを巡る偏見、色々あるのですね。
日本だとあんまり露骨なマッチョって好まれないから、余計かもってちょっと悲しくなります。
綾羽さん、無心の一撃でクリティカル出すタイプですね(´∀`*)ウフフ
あなたならみんなの女神になれる!!!
そして部室の実際の様子が興味深かったです(●´ω`●)ワクワク♪

大久保珠恵

2018/8/5

2

>大久保珠恵さま
コメントありがとうございます☆
ボディビルの偏見、本当に根強いです。彼ら、露骨なマッチョってほどでもない気が……多分私の感覚が狂っているのかもしれません(笑)。
綾羽のクリティカルヒットは多方向に向いております(*ノω・*)テヘ
彼女は女神になれるのでしょうか? 続きをお楽しみに♪

作者:緒川ヒカリ

2018/8/6

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