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【R15】 15歳未満の方は移動してください。この作品には <残酷描写> が含まれています。

ウエハースの椅子に座る 完結

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「幸せってなんだっけなんだっけ」
このフレーズで始まるcm曲を、偶に私は延々リピートさせてしまいます。

二人が結ばれない理由は、ロミジュリ的関係とか、お互いに親の決めた相手がいるとか、実は腹違いの兄妹であるとか、想像はご自由にです。



タイトルは、江國香織さんの「ウエハースの椅子」より。

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「お前もだったじゃん」

 確か、彼女に、私の行かなかったクラス会の話を聞いていたのだ。

 彼女とは長い付き合いになる。義務教育中から親しかった私たちは、大人になった今でも頻繁に会う仲だ。彼女と二人で、あるいは彼女の彼氏さんも一緒に。

 その日も私たちは彼女と彼女の彼氏さん、私の三人で遊んでいた。

 数ヵ月前のクラス会に、私は参加しなかった。理由なんて大したことはないが。

 ただ、会わなかったクラスメイトの近況なんかは気になって、彼女に聞いていたのだ。

 誰々が可愛くなっていたとか、誰々は全然変わらないとか、誰々が妊娠していたとか。

「え、あの子妊娠してたの!?」

 びっくりした私が彼女の言葉を復唱したのを、彼女は頷きながら肯定していた。

 大人と言ってもまだまだ若い私の歳だから、子どもを身籠ったと聞いたら驚いてしまうのも無理はなかった。

 そんな私の驚きに割って入ったのが、彼女の彼氏さんだったのだ。

「お前もだったじゃん」

 瞬時に、私はなんのことだか理解できなかった。

「うん、そうだね」

 彼女が同意する。

 私は静かに理解する。

 それは、彼女は胎に子を身籠ったということだった。

 今度こそ驚きに声も出なくなった私に、彼女は笑って告げた。

「まぁ、堕ろしたんだけどね」

 彼女と彼女の彼氏さんは、許されない恋なのである。事情はおおっぴらに言えないが、二人は結ばれない関係だった。

 彼女と彼女の彼氏さんが、これ以上の関係に進むことはない。

 彼女は彼氏さんを愛していて、彼氏さんは彼女を愛していて。

 それで、終わりの関係だった。

「な」

 彼氏さんが同意して、彼女の腹を撫でる。彼女の腹を、もう子のいないそこを見つめる彼氏さんの目は、慈愛に満ちていた。

 彼女はそんな彼氏さんの手のひらを、自分の腹を、やっぱり慈愛に満ちた眼差して見つめていた。

 どこか特別な、ふんわりと柔らかな空気をまとったそれは、まるで、子どもの誕生を心待ちにする夫婦の光景だった。

 そこに、子どもはもういないのに。

 ……それでも彼女と彼女の彼氏さんは、性交を重ねるのだろう。

「また身籠ったらどうするの?」

 そんな答えの分かりきった愚問、私が聞けるはずもなかった。

 家に帰り、私は吐いた。

 彼女たちの恋は、まるで純愛だった。

 許されない恋をして、それでも生物の本能に突き動かされるように性的な行為をして、それでもその実は結ばせない。

 二人で完結する世界。

 愛して、愛されて、愛し合って。そこで終わり。ジ・エンド。そこに、未来はない。

 彼女たちの愛は美しすぎて、きっと二人が終わるその時っていうのは死であって、彼女たちは緩やかに死という終わりに二人で歩いていく。

 安らかに、安らかに。

 その愛の高潔さに、私は嘔吐感を止められなかったのだ。

 吐きながら、私は江國香織さんの「ウエハースの椅子」という物語を思い出していた。

 ******

「あなたの体、成長を停めてるわね」

 婦人科の女医に告げられた言葉に、私は納得した。

 中学時代から変わらない体つき、一定しない生理周期、一切変動しない身体の数値。

 私は、成長を、大人になることを拒否している。

 私は、プラトニックラヴを知っていた。

 それを知ったのは、性行為を知らない、幼い子どもの頃だった。

 肉体愛より先に、本能より先に、精神的な恋を知ってしまっていた。

 肉体愛を、私は許せなかった。

 存在より先に、肉体的快楽を優先するようになってしまう、本能に支配されることを、心が拒否していた。

「私は一人で、結婚せずに生きていく」

 そう言った私に「本能にいつか勝てなくなる時が来る」と告げた母の言葉は、脳裏に焼き付いてこびりついた呪いだ。

 愛とは、体を愛することだと、本能を優先することだと、私は許せない。

 それは、私が成長を止めた日から。クラスメイトに強姦未遂を受けた日から。男の、欲望の色を、温度を、精子を知った日から。

 タイムリミットは、私が本能に負ける時。私が本能に負けて、誰かの精子を欲しがる時。快楽を覚える時。

 

 それまで、私は子どものままを願う、不格好な体と心を持って生きていく。

 吐きながら、友達が快楽を覚えていくのを見つめる。

 快楽を語る姿を、吐きながら、それでも憧れたような言葉を口にして生きていく。

 吐く。泣く。

 止まらない気持ち悪さに、私は今日も自分が生きていることを実感する。

 どうか、彼女と、彼女の彼氏さんが幸せになれますように。

 あの二人が、あの二人の望む幸せな世界を生きていけますように。

 死ぬ、その時まで。

 自分の胎と覚しき部分を撫でてみる。

 平らで、命の欠片もないそこ。処女の証。

 彼女のことを思った。

 生まれなかった子どもを想っていた彼女を、思い出す。

 私は、成長痛に痛む膝を抱えて、今日もベッドの中で祈りながら眠る。

 どうか、彼女が幸せでありますように。

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