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桃太郎の英雄譚

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桃から生まれるという珍妙な生い立ちのせいで村で浮きまくっている若者、桃太郎。
これは、彼がみんなに認められるまでのお話。

最新話まで画面下の “物語の続きを表示” を押して続きを読み込んで下さいm(__)m

※長いですが、頑張って完結させるつもりです。応援よろしくお願いします!
※桃太郎の世界はなんちゃって室町時代⁇です! 日本風異世界です!実在する地名、人物、団体、制度、風習、その他諸々に忠実に沿う訳ではないので悪しからず!

1位の表紙

2位

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 昔々、といっても17年ほど前の事だが、片田舎で柴刈りを生業に慎ましく暮らしていた老夫婦の家に、いきなり赤子が現われた。

 小さな村だ。急に現れた赤子の存在は、瞬く間に村人全員が知るところとなり、村人達は、やれ“独り立ちした息子が他所で作った子を親に預けている”だの、“いいやアレは爺さん自身が若い女に手を出して出来た子だ”だの口さがない噂を言い立てた。

 しかも、婆さんが「この子は桃から生まれてきた」なんて突拍子もない事を言い続けたもんだから、赤子は大人から好奇と哀れみの視線を向けられ、同年代の子供達からは虐められ続けた。

 それでも体だけはすくすくと人一倍丈夫に育ち、今ではその赤子も立派にろくでもない青年へと成長していた。

——……まぁ、私のことなんだが。

 かぞえでもう18にもなるのに、嫁どころか、まともな人付き合いすらままならない。この先、私は真っ当な人生をおくれるのだろうか……

「桃太郎、ちょっと洗濯をお願いできるかしら?」

 私が薪割りに鬱屈した気持ちをぶつけていると、不意に後ろから呼びかけられた。振り返ると、洗濯物でいっぱいの籠を両手に抱えた老婦人が、こちらを見てニコニコと微笑んでいる。

 この人こそ、私が村で浮きまくる原因となった出生話を平然と語り続け、追い討ちに、“桃太郎”なんて珍名を付けた張本人、私の養い親のお婆様である。

 歳を取っても訛りのない娘言葉を使っているのは、若い頃大名のお屋敷で女中をしていて身に付いたのが抜けないからだそうだ。品の良い佇まいと、貧乏くさい服装が何ともちぐはぐである。因みに、彼女に養育された私もこの田舎では不自然な言葉遣いが身についてしまっている。

「分かりました。この薪を割り終わったら行って参りますので、そこに置いておいてもらえますか?」

「ごめんなさいねぇ。いつもこんな事を頼んで。でも今日は腰が痛くって」

「親を労わるのは子の務めですよ、お婆様。無理をしないでください」

 色々思うことはあっても、やはり私にとっては唯一無二の大事な母である。健康で長生きして欲しい。上京したっきり音沙汰のない本物の息子(便宜上、兄と呼んでいる)の代わりに、年老いた両親を世話をするのが自分の務めだと思っている。

「まぁ、桃太郎は嬉しいことを言ってくれるのね。今日はとても良いお天気だから、たくさん洗い物ができるわ。こんな気持ちの良い日は、貴方の入った桃が流れて来たあの日を思い出すの……。素敵な息子を寄越して下さった神様に感謝しなくっちゃ」

 のほほんと笑うお婆様に、私は内心ため息を吐く。お婆様にはカケラも悪気が無いのは分かっている。お爺様もお婆様も底抜けに善良で、他人の悪意にはとんと鈍いのだ。私がその生い立ち話で苦労しているなんて思いもしないのだろう。

 多分、桃から生まれたという話も、捨て子だった私を傷つけまいと吐いた嘘ではないだろうか。私が生まれたのは疫病の大流行と不作の重なった年で、あちこちで口減らしが行われていたそうだ。間引かれ、河原ににでも捨てられていた私を、このお人好しの両親が拾ってくれたというのが本当のところだろう。

 私が家族分の洗濯物の入った籠を背負って、かつて私が流れて来たという件の川に向かっていると、傍道から山のような洗濯物の入った桶を抱えてヨロヨロと歩いて来る少女の姿が見えた。

 幸い、洗濯物に視界を遮られてまだ私には気づいていないようだ。そっと気配を殺し、少女を避けて別の道を行こうとした時、少女が大きくよろめく。

「きゃっ」

「危ない!」

 私は慌てて三間ほどの距離を跳躍し、派手に地面に突っ込もうとした少女を支える。

「わ、すみません! ありがとうございます……あ、桃太郎さん」

 少女は顔を上げると、私の顔を見て小さく息をのむ。

「怪我はない?」

 少女はコクコクと頷くと、私から一歩後退った。

 見てみれば、少女は知った顔だった。この辺りを取り締まる庄屋の次女、華だ。私はなるべく彼女の顔を見なくて良いように、地面にぶちまけられた布切れを拾い集める。

「も、桃太郎さんも今から川に洗濯しに行くん?」

「ああ、そのつもりだよ。華はなぜ川まで? 華の家からだと井戸の方が近いだろう」

 華はもじもじと指を絡ませてながら俯いて答える。

「きょ、今日はお姉ちゃんが来れへんから、川に行ってもいいかなって……」

 華は大人しい性格のようだから、近所のおばさん達が大勢集まる井戸端に一人では行きづらいのかもしれない。

 しかし、井戸の遠い我が家くらいしか川で洗濯などしないと思っていたが、こうして誰かが来るとなると人目を気にしなければならなくなる。

——私と一緒にいたなんて知られたら、華にまで変な噂が立ちかねないよなぁ。

「じゃあ、気をつけて」

 出来れば荷物を持ってやりたいが、私の隣を歩くのは嫌だろう。

 そう思った私は、自分の背負ってきた籠を空にして、代わりに華が持ってきた服を畳んで入れると、華に差し出す。

「籠は明日、受け取りに行くよ。桶より籠を背負う方が楽だろう」

「あ、ありがとう……」

 籠を受け取る華の顔は真っ赤になっていた。受け取った籠を抱きしめながら、か細い声でお礼を言う。

——あ、しまった。さっき女性の下着まで畳んでしまった……。

 多分それで赤面させてしまったのだろう。変人の上に変態の汚名まで加わってはかなわない。私は無表情を取り繕うと、大急ぎで自分の洗濯物をまとめ、早足でその場を去った。

——今日はいつもより上流で洗濯しよう。

 少し足場は悪くなるが、華を避けるためには仕方ない。

人気のない河原で黙々と洗濯をしていると、ふと黒い影が日差しを遮った。見上げると一羽の大きなカラスが頭上をぐるぐる旋回している。

『もーもたろさん、ももたろさん♪ お腰につけたきびだんご、一つわたしに下さいな♪』

 変な節をつけてカラスは歌うと、私の頭に着地する。

「……朝から何だ、黒丸。また嫁さんの腹の調子が悪いのか?」

 私が桃から生まれたという与太話を信じてもいいかと思うのは、こういう時だ。これを他人に言うと、確実に頭のおかしい人間だと思われるだろうが、私は自分が名前を付けた動物となら、話すことができる。

そしてもう一つ……

『ちげーよ! それなら報酬なんて要求しねぇって。今度は人間。村に鬼が来てたぜぇ?』

 どういう訳か、私には病気の元である病鬼や、瘴気の流れが見えるのだ。そして其奴らは、私が追い立てれると大体が逃げて行く。

 なぜ自分にだけあんなモノが見えるのだろう。お爺様が都に住んでいた若い頃、読んだ書物にはこんな一節があったという。

——“桃は五行の精なり。邪気を圧伏し百怪を制す”、か……

 もしかしたら、あれは桃から生まれたと言われ続けたせいで見える幻かもしれないな、と思いながらも、見えるからには放ってはおけない。

「分かった。今夜、祓いに行こう。どこの家だ?」

 私は最後の洗濯物を洗い終わると立ち上がる。

『オレは前払い制だぜ? きびだんご寄越せ。干し柿でもいいぞ』

「今私の腰に付いてるのは洗濯板だよ。見たらわかるだろう? あとで食わしてやるからさっさと吐け」

 私が足を引っ掴んでひっくり返すと、黒丸はしばらく目を白黒させて硬直した後、ギャーギャー叫び始めた。

『この暴力男! 離しやがれ!』

 こいつは一回帰すと、人間に祟る病鬼のことなどすっかり忘れてしまうだろう。そうすると、私は当てもなく村中を探し回る事になる。

「場所は?」

『あーもう! 庄屋の与作ンとこだよコンチクショウ!』

「庄屋か。あそこは塀があるからな……」

 乗り越えて入るのは簡単だが、もし見つかったら言い訳のしようが無い。さっき華に貸した籠を受け取りに行く時に、どうにか中の様子を見られないだろうか。弱い鬼なら、私が近付いただけでも逃げて行くはずだ。

『おい! 桃太郎! はーなーせっ! いい加減にしろ!』

「ああごめん。ありがとう」

 私が手を離すと、黒丸は跳び上がって体制を立て直し、神経質に羽繕いをする。

『くそっ! オレの艶やかな羽が乱れちまったじゃねぇか! 嫁さんの腹を治してもらった恩が無けりゃ、その目玉くり抜いてやるところだぜ』

 ガーガーとけたたましく騒ぎながら黒丸は再び私の頭に乗っかる。無理に追い払おうとすると、髪を毟られるのは経験で知っている。仕方なく、私はそのまま帰路についた。こんなところを見られたら、また変人扱いされそうだ。

 私は無駄だと悟りつつも、黒丸に声をかける。

「そこを退け。きびだんごは夕方取りに来い」

『いつもの倍を要求するぞ!』

 黒丸は私の言葉など意に介さず、頭の上に座り込むと羽をばたつかせた。

『しっかし、お前さんも物好きだよなぁ? 普通、自分を蔑ろにする人間を助けるか? 誰に頼まれたわけでもないのによぉ』

「大した手間じゃないからさ。見て見ぬ振りは出来ないだろう」

 私は体力も腕力も人並み以上にあるし、深夜に鬼を祓うのもそこまで苦にならない。誰に知られずとも、私にしかできない事で誰かの役に立っているのならそれで良い。

『だけど、夜な夜な見えねぇモノを追いかけ回すお前さんを見たら、村人はどう思う?』

「……お前に関係無いだろう」

『心配してやってるんだって。お前さんが望むなら、オレの傘下に加えてやってもいいんだぜぇ?』

「馬鹿な事を言うな。……人間がカラスの仲間になれるか」

 黒丸はケッケッと喉を震わせて人間の笑い声を真似ると、嘲るような声を出した。

『人間? 誰にも仲間だと認められないのに?』

「……私は」

「桃太郎さん、カラスの仲間になっちゃうん?」

 思わぬところから声を掛けられて、私はびくんと跳び上がった。黒丸が不満げに鳴いて頭から飛び立つ。

「は、華!? なんでここに!?」

 軽く息を弾ませながらこちらを見上げる華に、僕はジリジリと後退る。どこまで聞かれていたんだろう。カラス相手に独り言を話す危ない奴だと思われたかもしれない。

「だって、桃太郎さんすごい速さで先行ってしまうんやもん。いつもこんなとこまで来とるん? 大変やねぇ」

 華は特に私を気味悪がる様子も見せず、「あっという間に見えへんようになってしもたんよ」と言いながら躊躇いがちに笑った。

「急に話しかけたらあかんかった? カラスさん、行ってしもたね」

「いや、それより……その、私が不気味じゃないのか」

「不気味やないよ! お父もお母も、みんな適当な事言って楽しんでるだけや。わたしは桃太郎さんが優しいの知っとる。だから怖ない。優しいから、カラスさんともお友達になれるんやね。わたしもな、その……桃太郎さんとお友達になりたいねん」

「お友達……」

 私は衝撃でしばらく無言になった。たとえこれが“動物にしか心を開けない可哀想な人に優しくしなきゃ”という同情心から来た言葉であったとしても、物凄く嬉しい。

「……ここまで登るのは大変だっただろう? 籠を貸して。持つよ」

「え? 桃太郎さんもう終わったんやろ? 洗濯物、はよ干さなあかんで」

「いいよ。もう少し下流に行こう。そこの方が洗いやすい」

 どちらにせよ、川に来る人は少ない。私が華と親しげに話していても、見咎める人はいないだろう。

——親しげに話す! 家族以外の人と! ついに私にもこんな日が……!

 人生17年目にして初めて友人と呼べる人間が出来るかもしれない。私は感動に打ち震えた。温かい気持ちが湧き上がり、つい頰が緩んでしまう。

「水を吸ったら、余計重たくなるだろう? 運ぶのを手伝うよ」

 華は私の顔をしばらくぼんやり見つめた後、消え入るような声で礼を言った。

「……ありがとう」

 顔を見て言われるお礼の言葉に涙が出そうだ。私は張り切って華を手伝い(もちろん下着には手を出していない。同じ轍は踏まないのだ)、洗濯物を背負って足取り軽く華の家に向かった。

 せっかくなのでこのまま華の家の様子を見ておくつもりだ。華と一緒なら、家の中まで上げてもらえるかもしれない。

「そういえば、どうして今日はお姉さんは来られなかったんだ? もしかして体調が良くないのか?」

 探りを入れると、華は顔を曇らせて首を振った。

「ううん。お姉ちゃんは元気よ。体調悪いんはお母やねん……何日か前から気分が悪いゆうててんけど、今日は床も上げられへんねん」

——黒丸の奴、しばらく黙ってやがったな。

 きっと、腹が減った時に知らせに行こうとでも思っていたに違いない。

「心配だな。私が見舞いに行ってもいいか?」

 そう訊くと、華は口籠った。

「……そうだよな、私が行けば、迷惑になるな」

「あ、いや、違うよ。……その、今日はお祓いにお坊さんが来てくれてるはずやから、お客さんが来るのはどうかなって」

「お坊さん?」

「うん。この近くに霊山があるんだって。修行しに来てたお坊さんがね、うちに良くないものが居着いてるって言って、お祓いしてくれることになったの」

——それは、私と同じモノが見えるという事だろうか。

 これまで私は、鬼の姿が見えると言う人に会った事がない。もし、私以外にもあの鬼達の姿が見えるというのなら、それは鬼が本当に存在しているという証拠にならないだろうか。私がおかしいから見える幻じゃない。そう確信が持てるんじゃないか……

「華、お願いだ。……その御坊に会わせてくれ」

———つづく

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/02/25)
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続きをぜひ!気になります

umi

2017/11/6

2

続き求む!次はどんな動物が仲間になるのかも気になるので。

sacman

2017/11/6

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とじる

「華、お願いだ。……その御坊に会わせてくれ」

 私はずっと不安だった。自分にははっきり見えるモノが、他の誰にも見えないのだから。

 鬼の恐ろしい姿が怖くて、近づく事も出来なかった幼い頃、村娘にまとわりつく巨大な病鬼を見て「あのお姉さんが死んじゃう」、と泣いた事があった。そして程なく、私の言葉通りその村娘は肺を病んで死んでしまった。

 それ以来だ。周囲が私に向ける視線に、恐怖が混じるようになったのは。当時は私の通った後に、塩を撒かれる事もあった。

 まるで私が不吉の元であるような扱いをされても、それを否定出来るような根拠が無い。何しろ私自身、そこに本当に鬼がいるのか確信が持てなかったのだから。

 自分と同じモノが見える相手に会いたい。自分の頭がおかしい訳じゃないと思いたい……その一心で、思わず華の肩を掴むと、私は頼みこむ。

「迷惑なのは承知だ。しかし出来ればそのお祓いとやらに同席を……」

「わ、わ……も、桃太郎さん、近い……」

 華に涙目でそう言われた私はハッと我にかえった。

「ごめん! 痛かったか!?」

 跳び退って両手を挙げると、私は慌てて謝る。勢い余ったとはいえ、いきなり掴みかかるなんて私はなんて事をしてしまったんだ。これで華に「桃太郎さん怖いから友達になるのやめる」なんて言われたら、私は当分立ち直れない。

「だ、大丈夫。びっくりしただけ。……分かった。頼んでみるな。無理そうやったら、あとでお坊さんに紹介してあげる。大事なことなんやろ?」

 しかし、華は私の所業も咎める事なく、真剣な表情で請け負ってくれた。

「ありがとう。……持つべきものは、良い友人だな」

 後半早口になりつつも、勇気を振り絞ってそう言うと、華は頬を染めながらはにかんだ。

「うん……お友達の、ためやもん。当然よ」

——人間の友達が出来た……!

 これでもう黒丸に憐れまれる事もない。お爺様の言う通り、腐らず誠実に生きていれば、浮かぶ瀬もあるのだ。

 友人の家を訪れるというのは、鬼を退けるために訪れるのとはまた違った緊張感がある。私は落ち着かない気持ちで、無駄に立派な庄屋の門前に立った。この家は家主の性格を反映してか、門構えだけはやけに仰々しい。

 足元に柔らかな物が触れる感触がして見下ろすと、太ったぶち猫が私の足に頭を擦り付けていた。猫は、短いかぎ尻尾を震わせながら途切れ途切れに声を出す。

『きた、きた、ももたろう。あれ、あぶない、にょ』

 自分が名付けた訳でなくても、人に名前をつけられている動物となら、多少の言葉を交わすことは出来る。しかし、あまりにたどたどしくて、何を伝えたいのか分からないことが殆どだ。

「何が危ないんだ?」

 華に聞こえないよう、声をひそめて問い返すと、猫はパッと私から離れて走り去った。振り返りざまに、やはりよく分からない言葉を呟く。

『いやなの。こわいこわい、にゃ』

——一体、何の事だ?

 立ち止まった私をよそに、勝手知ったる華は、門の潜り戸を開くと手招きした。

「桃太郎さんも入りぃ」

「しかし……」

「大丈夫よ。荷物持ってもらったんやもん。縁側でお茶の一杯くらい、飲んでもらっても怒られへん」

 そう言うと華は屋内へ姿を消した。私は躊躇しながらも、華に続いて門をくぐる。

 途端、体に冷水を浴びせかけられたような悪寒が走った。まるで空間に紗がかかったように辺りが暗くなり、薄墨を流したような瘴気の帯が、ユラユラと宙を漂うのが目に映る。

——なんだこれ。

 一歩踏み出すと、瘴気は泳ぐ蛇の様にうねって私を避け、私の通った後は、薄布が裂ける様に闇が晴れる。ここまではっきりと分かりやすく瘴気が見えるのは初めてだ。私は洗濯籠を軒先に放り出し、縁側に上がって障子を開けた。

「なっ……桃太郎!? あんた他人の家に断りもなく上り込むなんてどういう神経してんのよ!?」

 勢いよく障子を開いた私に、菓子の載った盆を手にした女が甲高い声を上げる。美しい顔に浮かぶ見慣れた嫌悪の表情に、私はつい顔をしかめてしまった。

 彼女は華の姉である幸だ。私と同い年で、同年代の女の子達の纏め役だった。否応なく蘇る、幼少時に散々虐められた嫌な思い出を記憶の底に押し戻し、私は感情を殺した声を出す。

「幸……。悪いがちょっと上がらせてくれ。お母上はどこにいる?」

 答えを待たず、私が瘴気の濃い方へ向かおうとすると、幸は私の前に立ち塞がった。

「誰があんたなんて家に上げるもんですか、この厄病神。さっさと……」

「お姉ちゃんっ!」

 咎める様な高い声が幸の声を遮る。玄関の方から現れた華がトタトタと廊下を走って来ると、慌てて幸と私の間に割って入った。

「違うんよ、桃太郎さんはな、私の荷物ここまで運んでくれはってん」

 慌てて姉にそう言い繕うと、華は私をチラリと見て申し訳無さそうに俯く。

「華! こいつとは関わったらあかんって言うたやろ!? 桃太郎、うちの華に近づくなんてどういうつもり? あんたの下心なんて見え透いてんのよ。華が気ぃ弱いからって……」

「ちゃうて! 桃太郎さんはお友達! 今日はお坊さんに会わせてあげよう思てわたしが連れて来たんよ!」

 普段大声を出さない華が、声を荒げて必死に言い返している。

「……どうかされましたか?」

 その声が聞こえたのだろう。よく響く低い声と共に、奥の襖が開かれた。そちらに目をやった瞬間、私の腕に鳥肌が立つ。

 襖からは、擦り切れた袈裟を着た大柄な男が顔を出していた。どこか人形じみた整った顔立ちのせいか、外見だけではその年齢を推し量り難い。そしてその背後の部屋からは、見たこともないほど濃い瘴気が渦を巻いて吹き出している。

「何か言い争っていらっしゃるようでしたが」

「まぁ、お坊さま。失礼致しました。直ぐにお茶とお菓子をお持ちしますね」

 幸は私に向けるのとは打って変わって取り繕った声を出すと、こちらを一瞥し、「さっさと帰りな」と低く呟く。

「……そちらの方は、拙僧に会いにいらしたのでは? せっかく来て下さったのに追い返してしまうのも酷でしょう。私はご一緒して構いませんが」

「ありがとうございます」

 幸に口を挟む隙を与えず、私は室内に上がり込み、その僧に歩み寄る。

「御坊が邪を祓われると聞き及びまして、私も何としてもその御技を拝見したいとまかり越した次第です」

「そうでしたか。そういうことでしたら、ええ、是非ご覧になって下さい。仏の恩徳を教え広めるのも、拙僧の務めですから」

 私は礼を言いながら、僧の様子をそっと窺う。この僧にも瘴気が見えているのなら、瘴気が私を避けているのが分かるはずだ。しかし僅かに微笑むだけのその顔からは、何の反応も読み取れない。

「桃太郎さん良かったな! わたし、お茶の用意して来る!」

 華は一方的にそう宣言すると、台所へ走って行った。

「華! 先に物干しやろ!」

 幸は華の後ろ姿に声をかけると、私を見て苦々しげに溜息を吐く。

「……お坊さまの前じゃ、あんたも悪さでけへんやろ。隅で静かに座ってな」

 襖の奥は酷い状態だった。障子越しに日が降り注いでいるはずなのに、部屋いっぱいに立ち込めた瘴気で、物の輪郭が分からないほど薄暗くなっている。

 そしてその瘴気の根源、部屋の真ん中では、華たちの母が布団に横たわり苦しげな呼吸を繰り返していた。それを囲む大小様々な鬼達が、私を睨んでギッギッと耳障りな声で鳴き交わす。こんな大勢の病鬼が群がっている病人をこれまで見たことがない。

——見慣れない姿の鬼が多いな。

 これまで数々の鬼の姿を目にしてきたが、大半がくすんだ赤褐色や青灰色の肌をしていた。しかし、今ここにいる鬼の殆どが、濡れたような艶のある赤黒い肌をしている。しかも、いつもなら私の姿を見ただけで逃げて行くような小さな鬼も、逃げようとする素振りも見せずに居座ったままだ。

 妙に人間臭い顔つきでじっとこちらを睨む鬼達に、気分が悪くなりそうだった。鬼に対して久しく感じた事のなかった恐怖が、じわじわと湧き出てくるのを感じる。

 ともかく、早く鬼共を祓わなければ手遅れになりかねない。チラリと斜向かいに座る僧に目をやるが、僧は平然と出された菓子をつまみ、茶を啜っていた。駆け回る小鬼がその裾に触れても、眉ひとつ動かさない。

「御坊、お祓いはまだされないのですか」

 しびれを切らして私が声をかけると、僧は抑揚のない声で応える。

「ご家族がお揃いになったら始めますよ。邪なモノは、病人ひとりだけでなく、同じ屋根の下でも暮らす者にも少なからず影響を与えているのです。祓うならば、一同に行った方がいい」

 その意見には一理ある。病鬼は身近な人にまで取り憑いてしまっていることも多い。どういった方法で祓うつもりなのか分からないが、一度に行う方が効率的なのだろう。

 ヒューヒューと病床から聞こえる病んだ呼吸音と、鬼共の神経を逆撫でする様な鳴き声が響く中、私は家主である与作が帰宅するのを今か今かと待っていた。こうしている間にも、華の母の命はすり減っている様に見える。何度人目をはばからず、自分で鬼を追い祓おうと思ったかしれない。まるでつきたての餅の様に、時間がベタベタと伸びているように感じる。

「桃太郎さん、お茶どうぞ。二番煎じやけど、いいお茶よ」

 華が私に茶を運んで来た。おぼつかない手つきで私に給仕をしてくれた後、病床の母の側に寄って首筋の汗を拭い、額の濡れ布巾を取り替える。

 その背に、数匹の鬼達がよじ登ろうとするのを見て、私は思わず華を呼び寄せた。

「華! ……ちょっとこっちで、話を聞かせてくれないか」

 私は瘴気や鬼が決して近付こうとしない私の近くに華を招き寄せ、声を潜めて話しかける。

「お母上はずっとこんな調子なのか?」

「う、ううん。昨日までは、しんどいって言いながらも普通に動けてたんや。やけど昨日の晩、急に倒れてしもて、もう、びっくりして……そしたら丁度、あのお坊さんがね、訪ねて来てくれはったの」

「調子が悪くなったのはいつから?」

「5日くらい前やったかなぁ……」

 確かに鬼が憑いて体の弱った人には、徐々に他の鬼も群がってくる事が多い。しかし、これだけの鬼が集まるにはもっと時間がかかったはずだ。一体いつ、どこからこれだけの病鬼が沸いて出てのだろう。

 森を寝床にしている黒丸が、村に下りるのは昼の間だけだ。ここまで病鬼が群がっているのを見かけたら、流石にすぐ報告に来たはず。

——昨日の夕刻から今朝までに、何かあったに違いない。

「お母、休まんと無理して仕事したりするから……」

 心配げに母を見ながら「早う良くなってくれたらええんやけど」と呟く華の横顔に胸が締め付けられる。私なら、今すぐに大方の鬼を祓う事が出来るだろう。それなのに自分が変に思われたくないが為に、黙って何もせずにいるのだ。

「遅くなって申し訳ない」

 やがて、家主の与作が帰宅した。幸から私が来ている事は聞いていたようだ。華の隣に座する私に射殺すような視線を向けながらも、僧を手前に何も言わなかった。

「大変お待たせしました。急かすようで申し訳ないが、さっそく妻を治してくれるか」

 与作の言葉に、僧はちらりと私に視線を向ける。

「……事前にもお話しましたが、完全に邪を祓うには時間がかかります。その間、他の人が訪ねて来ると、術の妨げになりますが」

「ええ、近所の者には周知しております。門も閉ざしましたので、もう邪魔が入る心配はございません」

 与作は私を見て口元を歪めつつも、切迫した声を出す。

村人から集めた年貢から随分な上前を撥ねて私腹を肥やしているなんて噂もある横柄な与作だが、妻と娘達のことは何よりも大事にしている。大切な妻が倒れた時に、私なんぞに拘っている余裕はないのだろう。

 僧は鷹揚に頷くと、穏やかに微笑んだ。

「分かりました。……では、始めましょう」

———つづく

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反応下さった皆様、コメント下さったumi様、sacman様、ありがとうございます。めっちゃ嬉しいです。お陰で続きを書きたくなりました。

ちなみに、桃太郎と幸は今年で17歳(かぞえで18)、華は14歳(かぞえで15)です。
関係ないですが、桃太郎は幸のせいで正統派美女が苦手という不憫な裏設定があります。

作者:Ugyo

2017/11/7

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とじる

「分かりました。……では、始めましょう」

  僧はそう言っておもむろに立ち上がり、パンッと音高く手を打った。

——……っ!? 一体何が起こってる!?

 僧が手を打ち鳴らした音を契機に空気が震え、ビリビリと体に雷が走る。少なくとも、私にはそう感じられた。

 部屋にひしめいていた鬼達が、僧が手を打ったのに合わせて、一斉に空間を揺さぶるような鳴き声を上げていた。だらんと腕を垂らし、首を反らしてただただ叫ぶ鬼の姿は明らかに異様だ。鬼の裂けた赤い口は僅かに口角が上がり、まるで歓喜しているようにも見える。

 耳をつんざくような絶叫にも関わらず、私以外の誰一人として、それと分かる反応を示す者はいなかった。きっかけを作った僧自身も、だ。

私は歯を食いしばって不快な不協和音に耐えた。

「皆様、今から拙僧はこの部屋で破邪の儀式を執り行います。それにあたって、皆様に協力して頂きたい事がひとつ」

 僧は、長い人差し指をスッと立て、ゆったりと確かめるように部屋にいる一人一人を室内を見回し、笑みを深める。

「この部屋から、出来る限りの雑念を取り除かなければなりません。仏道を歩む私と違い、皆様の霊魂は……ありていに言えば、術の障りとなる穢れが多いのです。そこで皆様には、この霊水を飲んで身を清めて頂きたい」

 決して大きな声で話しているわけではないのに、僧の声は不思議と良く響いた。まるで直接頭の中に語りかけられているかのようだ。人のみならず鬼達までもが、いつのまにか口を閉ざし、惹きつけられるように僧の方を向いている。

 部屋中の視線を集めながら、僧は懐から桐箱を取り出し、そこから丁寧な手つきで小さな玻璃の盃を取り出した。そしてそこに、腰に付けていた瓢箪から水を注ぐ。

 全員に盃を配り終わると、僧は華の母の側に跪き、彼女の上半身を抱え起こした。

「もうすぐ楽にして差し上げますからね」

 そっとその耳元に僧が囁くと、苦しげに歪んでいた華の母の顔が少し緩む。僧は彼女のひび割れた唇に盃をあてがうと、顔をこちらに向けた。

「それでは皆様もご一緒に」

 私は盃のぎりぎりまで注がれた霊水をこぼさないよう、慎重に持ち上げた。光を散らす透き通った美しい器は、そこに入った水を、いかにも霊験あらたかな物に見せている。

 隣では、華が明らかに高価な盃に気後れしたのか、指先だけでこわごわと盃を支え持っていた。

「どうぞ、一気に盃を干して下さい」

 僧に促されて私は盃をあおる。ふと、こちらを見つめる一際大きい鬼と目が合った。

 私が霊水を飲み干すのを見届けた瞬間、疲れきった老人のような顔をした鬼の口が、ニマァッと耳まで裂ける。

『ギャ、ギャ、ギャ…ノンダ!』

 ────っ!!!?

 私は咄嗟に口の中に少し残っていた霊水を畳の上に吐き出し、隣の華の手から盃を叩き落とした。

 勢いよく払われた玻璃の盃が、パリンと儚げな音を立てて弾け飛ぶ。

「けほっ……え、桃太郎さん?」

「飲むな」

 低くそう叫んで立ち上がった私に、部屋中の視線が突き刺さった。

「……はて? どうされました?」

 僧は笑顔を崩さず、首を傾げて私を見た。まるで真似るかのように、ニヤニヤと笑って小首を傾げる鬼達に囲まれながら。

「お坊さま! 申し訳ありません。コイツは頭のイカれたはみ出し者でして」

 与作がハッと夢から覚めたような顔で立ち上がると、大股でこちらに歩み寄り、私の胸ぐらを掴み上げた。

「今すぐこの狂人をつまみ出しますので……」

「……いいえ、構いませんよ」

 僧は砕けた玻璃の欠片をチラリと見ながら、静かに言った。

「それよりも……皆様、ちゃんと霊水はお飲みになれましたか?」

「……あの、わたし一口だけしか」

 華がおずおずと手を挙げる。

「ふむ、一口ですか」

 僧は華をジッと観察すると、穏やかに頷いた。

「お嬢さんなら、一口で十分でしょう。ご主人もどうぞ落ち着いて。……ほら、そろそろです。ちゃんと見ないと、もったいないですよ?」

 ふふっと忍び笑いを漏らすと、僧はゆっくり立ち上がり、病床の華の母を示す。

「今からが、面白いのに。無粋なことはなしにしましょう」

「……なにを」

「──────こふっ」

 華の母が大きく咳き込んだ。そして掠れて聞き取れない声を上げながら胸を掻き毟り、陸に打ち上げられた魚のように大きく体を反らせる。

「お母!?」

 幸が悲鳴を上げ、与作が私を突き飛ばして妻に走り寄ろうとした。

「おい!? どうした……」

 その言葉が、最後まで続く事は無かった。与作は太った体をぐらりと傾かさせ、頭から床に倒れこむ。いつのまにか、幸の悲鳴が苦しげな喘鳴に変わっていた。隣で華の呻き声が聞こえる。

「お前、何を……!」

 大声で問い詰めようとして、舌が上手く回らないのに気づいた。立ち上がろうと手足に力を入れれば、まるで雲の上に立つようにふわふわと覚束ない。

 それでも立ち上がり、私は僧の胸ぐらに掴みかかる。

「お前、何を、した!?」

「なに、今生の苦しみから解き放ってあげただけですよ」

 僧は楽しげに笑うと、私の手を払いのけた。それだけで私は数歩たたらを踏み、僧の足元に膝をつく。

「しかし、貴方は丈夫な方ですねぇ? 今回はやっと百人目、私が人の身を捨てる記念すべき日ですから、間違いのないよう念入りに調合したのですが……そろそろ皆様と一緒に逝って差し上げなさい。あの子なんか、お友達でしょう?」

 振り返ると、華が体を小さく丸めて床に倒れ伏していた。乱れた髪の間から覗く青白い顔と、くたりと投げ出された腕に、心臓が嫌な音を立てる。

「……っ。 華!」

「さて、では私はそろそろ失礼しますよ。ちゃんとお布施もいただいていかないといけませんしね。貴方、あのご主人がどこに金目の物を溜め込んでいるかご存知です?」

 僧は立ち上がろうともがく私を見下ろすと、興味を無くしたように鼻を鳴らして立ち去った。

 私は言うことをきかない自分の体を引きずって華の体の側に這い寄る。抱き上げようとするが、もう腕に力が入らない。

「華、しっかり、しろ」

 華は私の声にピクリとも反応しなかった。

 鬼達がたてる金属を擦り合わせたような甲高い声に、頭が割れそうだ。ぼんやりとそちらを見れば、鬼達が小さな子供のように、もう動かない与作達の体の周りを走り回り、ケタケタと嗤い声を上げている。墨を塗り重ねたように真っ黒な瘴気が、彼らの動きに合わせてゆらゆら揺れた。

 しかし、鬼も瘴気も、決して華に近づこうとはしなかった。正確に言うと、華の隣に居る私には。

 クラクラとし始めた頭に、お爺様の声が蘇った。

(「桃には“邪気を祓って健康を得る”効果があるんだよ。中には、食することで長生・不滅の効果を得ると書かれている書物もあった。だから桃太郎、お前はきっと…」)

——桃を、食べれば……?

 私は割れた玻璃の欠片を、もう感覚の無い手で拾い上げる。力いっぱい握りしめると、プツリと皮膚が破れ、血が一筋流れ出した。

 私は、流れ落ちる血を、華の薄く開いた口に滴らせる。

 華の青白い唇に、自分の血が吸い込まれていくのを見たのを最後に、私の意識は暗転した。

────つづく…?

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1

4万字くらいで完結するかな〜と思って書き始めましたが…絶対無理ですよね、これ。キリのいいとこまで書きましたが、こんな長編需要あるんでしょうか。

作者:Ugyo

2017/11/9

2

更新楽しみにしてます!まだまだ読みたいので続けて下さい!!

umi

2017/11/10

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とじる

2017/11/11更新

***

 私は俯きながら、足早にあぜ道を歩いていた。

 それでも、村人達の視線に含まれるあからさまな恐怖は、否応無く私に突き刺さる。

 彼らが私に抱く感情も当然だ。何しろ私は、庄屋家族が惨殺されたその場から、唯一無事に生還した人間なのだから。敵意を向けられないだけ幸いだ。

 あの僧に毒を飲まされた日から、もう3日経っていた。昏倒した私が意識を取り戻したのは、その日の夕暮れ時だ。まだ痺れが残る重い体を畳から引き剥がし、部屋を見回した時の、あの真っ赤な気持ちを、私は一生忘れられないだろう。

 障子越しに差し込む夕日が、やけに眩しかった。茜色に染め上げられた部屋に、私以外身動きする者はいない。静寂の中に大きく響く自分の息遣いが、何故だかひどく耳障りで……

——今は、忘れよう。

 私は、頭を振って目の前にチラつくその光景を振り払った。今はまだ、この感情に名前をつける時ではない。

『なんだ桃太郎? まーた死にそうな顔してよぉ? お前さんの辛気くせぇ顔を見てると、こっちまで気分が悪くなっちまう』

 頭の上から顔を突き出してこちらを覗き込んだ黒丸が、いつにも増してけたたましい声で鳴いた。こいつはこの3日間、ひと時も私の側を離れようとしない。常にカラスが付き纏う私の姿は、村人の恐怖心を一層かき立てていることだろう。

『顔を上げろよ。オレが座りにくいだろ?』

「……もうすぐ着く。どいてくれ」

 目的の平屋が見えて、私がそう呟くと、黒丸は何も言わず素直に飛び立った。その影を見ながら、私はそっと溜息を吐く。

 心配されてるのも、自分が教えた場所で私が殺されかけた事に、黒丸が罪悪感を抱いているのも分かる。しかし、まだあのお喋りに付き合う気力は持てなかった。

「正三、いるか」

 軒先から大声で呼びかけると、屋内で小さな悲鳴が聞こえた。やがてドンドンと乱暴に足をふみ鳴らす音が近づいて来て、荒っぽく格子戸が開かれる。

「……どの面下げて来たんや、桃太郎」

「私が来てはいけない理由があるか?」

 私はがっしりとした正三の体を押し退け、中に足を踏み入れる。まともに問答していては、日が暮れても中には入れてもらえない。

「華の容体はどうだ?」

「お前が来なきゃ大丈夫やろうさ」

 華は私以外の、唯一の生存者だ。あの日、華が有るか無しかの浅い呼吸をしていることに気づかなかったら、私は何日もその場を動けなかっただろう。

 華は一晩生死の境を彷徨い、翌朝目を覚ました。与作が僧を招くことを周知していたことと、目覚めた彼女の証言があったから、私は村人に殺しの犯人に仕立て上げられることだけは免れたのだ。

「お前のような疫病神にまとわりつかれたら、華ちゃんも落ち着けへんやろ。お前は周りを不幸にしている自覚がないんか?」

「……」

 私は無言ですぐ隣の華が寝かされている部屋の戸を開けた。布団の脇にいた正三の祖母が、入ってきた私を見てヒッと引きつった声を上げる。

「ばあちゃんは奥にいってな。すぐ帰らせるから」

 正三の言葉にそそくさと部屋を出る老女を尻目に、私は布団の側に膝をつく。華の周りに瘴気は漂っていない。それを確認して、私はほっと胸を撫で下ろした。

「華?」

 私が声をかけると、華はぽっかりと目を開けた。虚ろな視線がしばらく彷徨い、やっと私に焦点を結ぶ。

「桃太郎さん」

「うん。体はもう大丈夫かな?」

「大丈夫、だと思う。なんか不思議な感じなん。体がすごく軽いの」

「……そう。なら良かった」

 それから言葉が続かない。部屋に沈黙が流れる。

「……もういいか、桃太郎。あんまりお前に長居されて、うちにまで不幸が降りかかっちゃかなわねぇ」

 痺れを切らしたようにイライラと足を揺すりながら、正三が低い声を出した。

 華の枕元で言い争う気はない。私は立ち上がると踵を返す。

「お大事に」

 ありきたりな言葉に精一杯の祈りを込めて、私は華の元を後にする。

 私の背後にぴったりとくっついて玄関まで送り出した正三は、野良犬でも追い払うように私に手を振った。

「毎日通われちゃ迷惑や。金輪際、俺の義妹に近づかないでくれ」

「まだ義妹ではなかっただろう」

「俺は幸の許婚やろ。この春には婿入りする予定やってんから、お義父さんが亡くなった今、あの家を守るのは俺の役目や」

 家を守る、と言っている時点で、正三の目的がどこにあるか分かる。私は苦々しい気持ちで尋ねた。

「華はどうするつもりだ?」

 正三は肩をすくめると、何でもない事のように答える。

「時期を見て、俺と婚儀を挙げるつもりや。その方が華ちゃんのためでもあるやろう?」

 私はちらりと華のいる部屋を見た。私にどうにか出来る問題ではない。

『あ〜相変わらず正三の間抜けは間抜けな顔してんなぁ!』

 その時、ガァガァと鳴きながら2羽のカラスが正三の頭すれすれを通って私の両肩に舞い降りた。右肩に止まった黒丸が、私の耳元で大声を出す。

『桃太郎〜、月夜が来たぜ』

『ご無沙汰しております。桃太郎さん』

 カラスらしからぬ柔らかい声で、左肩の月夜が話しかけて来た。

『ご依頼していただいた件、片付きましたよ。庄屋さんを殺した僧は、山向こうの町にいました。東の方角ですね』

 正三がカラスの鉤爪がかすった頭を押さえながら、鼻に皺を寄せて吐き捨てるように怒鳴った。

「とにかく、さっさと帰ってくれ気色悪い!」

 私はその場を離れると、自分の家への道を急ぎながら月夜に話しかける。

「よくやってくれた」

『思ったより遠くまで行っていたので、手間取ってしまいましたよ。人が3日であんな距離を進めるものなんですかねぇ』

「それで、そいつは今もその町にいるのか?」

 月夜はキョトンと小首を傾げた。

『今、ですか? わたし、探して欲しいとしか言われませんでしたから……』

「……そうか。ご苦労様、月夜。助かったよ」

 私は内心溜息を吐きながらお礼を言った。獣である彼らに、この先の事を考慮するような事を求める方が間違っている。私が何をするつもりか、はっきり言っておかなかったのが悪い。

 自宅に着いた私は、家の中には入らず裏の山へと分け入り、指笛を鳴らした。やがて草薮がガサガサと揺れ、淡い銀の毛並みが美しい1匹の狼が姿を現わす。

『お呼びですか、兄者』

「銀次、頼みたい事がある」

『なんなりと』

 間髪を容れず銀次は答えると、静かに頭を下げた。

『兄者の為ならば、たとえ地獄の鬼神であろうと噛み殺して見せましょう』

 相変わらず発想が物騒だが、今回ばかりは言い得て妙だ。

「鬼神、か。……私はこれから、ある殺人鬼の討伐に向かう。お前の力が必要だ。付いてきてくれるか?」

 私は屈んで銀次に視線を合わせ、その金色に光る目を覗き込んでにこりと笑った。

「お前の好きなきびだんごを好きなだけ食わしてやるぞ」

 銀次は鋭い牙をむき出して目を細める。

『それは嬉しい。たとえ行き先が地獄の底であろうと、我は兄者に喜んでお供いたしますよ』

────つづく

(読んで下さりありがとうございます。)

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umi様ありがとうございます( ;∀;)
勢いで書き始めた処女作なので、色々と不安が多いですが、読んで下さる方がいる限り頑張ります…!

ちなみに、正三の読みは“しょうぞう”です。御察しの通り三男です。兄二人には色々思う所がある抑圧された幼少期を過ごしました。苛めっ子の一人でしたが、陰湿な事はしないタイプ。なお本編には全く関係ないと思います。

作者:Ugyo

2017/11/11

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とじる

2017/11/13更新

***

『───しっかたねぇなぁ! お前がどうしてもって言うんならオレも付いて行ってやるぜ!』

 木の上からけたたましく割り込んできた黒丸に、銀次は冷ややかな目を向けると鼻面に皺を寄せた。

『兄者はお前なぞに声をかけてはいない。黙れ。さもないとその嘴喰い千切るぞ』

『やれるもんならやってみやがれ犬っころ!』

 黒丸がケタケタと笑いながら銀次の頭をかすめる。と、銀の光が閃き、次の瞬間には黒丸は銀次の鋭い爪の下に踏み付けられていた。

『そうか。では遠慮なくやらせてもらう』

『ギャア!? おいやめろ! 桃太郎! コイツ躾がなってないぞ!?』

 私は溜息を吐くと、今まさに黒丸の嘴に牙を突き立てようとしている銀次に声をかけた。

「……銀次、離してやれ」

『そうだ離しやがれ!!』

『…………御意』

 銀次はしぶしぶといった様子で黒丸の上から前足を退けると、その体を咥えて勢いよく放り出す。黒丸は空中で器用に一回転すると、木の枝にぶつかる直前で体制を立て直した。

『っぶねぇ!! ぶつかったらどうしてくれる!?』

『お主とて兄者から名を頂いた身。そう簡単にくたばりはすまい』

 黒丸は私の頭の上に止まって銀次を見下ろし、羽を膨らませながら嘴をカチカチ鳴らした。

『兄者、兄者ってお前はそればっかりだな? 桃太郎、こんな駄犬連れて行って何の役に立つ?』

『お主こそなんのお役に立てると言うのだ? ギャーギャー騒ぐことしかできんカラス風情が』

「ふたりとも静かに」

 私は盛大に溜息を吐きながら黒丸の嘴を掴み、銀次の額に手を置いた。彼らが顔を合わせると、いつもこうだ。

「……黒丸は群れを離れて良いのか?」

 私にべったりの銀次は来るなと言っても付いて来るだろうと思ったが、黒丸が群れを離れて付いて来ようとするのは少し意外だった。

『ご心配なく。夫の留守はわたしが守りますから』

 夫が狼にぶん投げられるのも何も言わずに眺めていた月夜が、私の肩にふわりと舞い降りておっとりとした声を出す。

『居なくても大丈夫です』

『月夜……そんな言い方は、ないんじゃないか?』

 しゅんとした黒丸に私は苦笑すると、嘴の下を掻いてやった。

「黒丸が付いて来てくれるのなら、心強いな」

『だろう!?』

 途端に機嫌を直した黒丸は、勝ち誇ったように銀次を見下ろした。銀次のまとう雰囲気が一層剣呑になる。

 これ以上不毛な会話を続けさせないために、私は話を進めた。

「出立は明朝とするつもりだ。お爺様とお婆様に、きちんと説明してから出て行きたいからね。お前たちもそれまでに準備をしておいてくれ」

『承知』『分かった』

 1匹と1羽の声が重なり、再び睨み合いが始まる。この先当分はお供の不仲に悩まされそうだな、と思いつつも、私は気の置けない動物達が仲間になってくれることが、何より嬉しかった。

「あぁ桃太郎! やっと帰って来たのね!」

 私が銀次たちとの会話を終えて山から下りると、家の前で待っていたお婆様が駆け寄って来た。無事を確かめるように何度も私の体を触ると、温かい手で私の頰を挟み、こちらを見上げる。

「あんな事があってからまだ日が浅いのに……どこかで倒れていはしないかと、心配したわ」

「帰りは夕刻になると言っておいたはずですよ、お婆様? それに、私にはお爺様とお婆様に育てていただいた特別丈夫な体がありますから。心配いりません」

 私は安心させるように微笑むと、お婆様の手に自分の手をそっと重ねる。

「お話があるのです、お婆様。お爺様はもうお帰りですか?」

 お婆様は何かを察したように一度きつく目を瞑ると、小さく頷いた。

「……ええ。家で貴方の帰りをお待ちですよ。でもその前に、お夕飯にしましょうね? 桃太郎」

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短めですみません。
少し忙しくなるので、次の更新は週末になると思います。

作者:Ugyo

2017/11/13

2

ここまで一気読みしました!鬼退治、華との関係、気になりますね!

3

これ以降は【物語の続きを表示⬇︎】を押して下さい⤵︎

作者:Ugyo

2017/12/10

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とじる

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