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遺産――僕に託されたモノ

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桜の花びらが、ハラハラとはかなく舞い散るころ、叔父は微笑みをたたえ静かに旅立った。
しばらくして、僕はある一通の手紙を見つけた。
そこには――。

1位の表紙

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 桜の花びらが、ハラハラとはかなく舞い散るころ、叔父は微笑みをたたえ静かに旅立った。

 もはや誰の声も手も届かない、遥か遠い場所へと――。

 五歳のときに、不慮の事故で父をとつぜん亡くした僕にとって、父の弟である叔父はずっと父親代わりだった。

 いや、“兄貴だった”といった方が、よりしっくりくるかもしれない。

 父よりひとまわり以上も年が離れていて、むしろ僕と年が近かった叔父は、何でも話せる気心のしれた兄のような存在だったのだ。

 そんな叔父が、生涯を終えた。

 末期の胃がんだった。

 発覚してから、ちょうど半年。

 いつか確実にやってくるその日に備えて、徐々に覚悟を決めていたとはいえ、やっぱり堪えた。

 親戚以外に、ちいさな会社を経営していた叔父の社員や取引先のひと……それから友人たち。

 予想していたより多くの会葬者がやってきた葬儀を、生涯独身だった叔父の家族代表として僕が喪主となり、なんとか無事終え――その後しばらくというもの、僕は抜け殻のようになって過ごした。

 やがて桜の木に淡い緑が生い茂り、初夏の陽気に世界が包まれるころ。

 そう、世はゴールデンウィーク真っただ中、僕は叔父の家の片付けにやってきた。

 元来綺麗好きだった叔父らしく、ふだんから整理整頓が行き届いた家だったから、それほど手間取ることもないだろう……そう思っていたけれど、やはり長年暮らしてきた家を、すべて片付けるのは一苦労だった。

 朝早くから始めて、お昼過ぎ、ようやくひと段落ついた僕は、すこし休憩することにした。

 ここへやってくる途中、コンビニで買ってきた弁当とペットボトルの麦茶を手に、テーブルにつく。

 いつもなら、正面に座っていたひとの姿がないことに、寂しいような不思議なような気分になりながら。

 ちょっと考えてから、立ちあがり、叔父愛用の湯呑みを手に戻ってきた。

 そして、ペットボトルの麦茶を注ぎ、誰もいない席に置いた。

 その後、僕は黙々と焼鮭弁当を食べ終わると立ちあがり、まだ手をつけていない書斎へと足を向けた。

 叔父は、本が好きだった。

 たくさんの本が収納された書棚は、僕も大好きだった。

 ちいさなころは、僕用に絵本もそろえてくれていたっけ。

 懐かしく思いだしながら、一冊一冊丁寧にダンボール箱に詰める。

 ちなみに本は、すべて僕が譲ってもらうことになっている。

 いよいよ退院が難しいとわかったころ、『君の好きにしてくれたらいい。ああ、処分しても構わないよ』そう言った叔父に『全部譲ってもらっていいかな?』と尋ね、同意を得ていた。

 そうして、最後の一冊を詰め終わり、梱包も終え。

 本棚のホコリを綺麗に拭き取った僕は、つぎの作業場に光沢のある飴色をしたマホガニー製の机を選んだ。

 上から順番に引き出しを開けていく。

 すると――。

 驚いたことに、ほぼ空っぽだった。

 ジッと見つめながら、考える。

 もしかしたら、まだ余力があるころ、一時退院をしたときに、片付けたのかもしれない。

 ボールペンやハサミ、わずかな文房具類があるだけで、私的な手紙類などは一切ない。

 ……と思ったら、封書が一通だけあった。

 何の飾り気も無い真っ白な封筒の表面には、叔父の筆跡で黒々と僕の名前が記されていた。

『祐希へ』

 耳奥で、叔父の声が聞こえたような気がした。

“ゆうき”と――。

 僕は、ごくりと唾をのみ、震える手で封書を取りあげた。

 きっちり糊付けされている封を、ハサミで切る。

 できた隙間から、きちんと三つに折りたたまれた手紙を取りだす。

 手紙はぜんぶで五枚あった。

 几帳面な叔父の字で、僕への感謝、ひとあし先に逝く謝罪から始まって、その他もろもろ。

 もういいかげん大人になっている僕の将来を案じたり、僕との様々な思い出を書き連ねていたり……。

 そんな事柄が、これから死にゆく者とは思えないほど、情感豊かに、そしてユーモアたっぷりに綴られていた。

 僕は、息をつめながら字面を追った。

 何度も何度も。

 頭の中で意味をなすまで。

 とてもわかりやすい文章なのに、どうしたわけか、一向に読み下せなかったのだ。

 たぶん、あまりにも重すぎたのだ、僕にとって。

   これが、生まれて初めて受け取る、親しいひとからの人生最後の手紙だった。

 正式な遺言状は、すでに開封していたけれど、これは僕個人に宛てた私的な内容で――叔父の飾り気のない本心が垣間見えるモノだった。

 じわり、自然と浮かんでくる涙で、にじみかすむ目を時折こすりながら、手紙を持ち替える。

 そのせいで、たった四枚を読むのに、かなりの時間がかかってしまった……。

 ようやく最後の一枚になった。

「……ん?」

 僕は、手紙に顔を近づけ、凝視した。

 その一枚は、これまでとは少々趣が異なっていた。

 地図が描いてあったのだ。

 これまた几帳面な叔父らしく、ぶれのないきっちりとした線で、細部まで丁寧に描きこんである。

 ――あれ? ここって……。

 奇妙な既視感に捕らわれつつ、もういちどまじまじと見つめる。

「あっ!」

 そうだ!

 僕は、不意に気づいた。

 これは、きっとあそこの地図だ!

 この形も、海岸線も、僕はよく知っている。

 僕の記憶に間違いがないなら、ここは、叔父が所有している“島”だ。

 あれは、僕が小学三年生のときだった。

 何を思ったのか、叔父はとつぜん無人島を買ったのだ。

 この街の沖合にある、本当にちいさな島で、ゆっくり歩いて一周しても一時間かからない。

 そこへ叔父は、自らの手でログハウスを建て、おもに週末や休日、そこで過ごしていた。

 僕も何度も、それこそ数えきれないくらい一緒に連れていってもらった。

 中学に上がってからは、部活が忙しくなり、それまでより足が遠のきがちになったけれど、あの島での思い出はいっぱいある。

 叔父と一緒に釣りをしたり、ログハウスがあるのに、わざわざテントを張ってキャンプをしたり……。

 夏休みには花火もした。

 まだサンタクロースの存在を信じていた小三のクリスマスには、煙突のある叔父のログハウスへ嬉々として足を運び、サンタクロースが来るのを、まだかまだかと一晩中、暖炉前で待ち構えてたっけ。

 けっきょく途中で寝てしまって、気づいたときには、すっかり夜が明け、頭元にプレゼントの袋が、ちょこんと置いてあったけれど。

 僕は、あのときの、根負けしたような叔父の困り顔を思いだした。

 クスッと笑みを漏らす。

 楽しかったな……。

 僕は、思い出の島らしき地図を、懐かしく眺めた。

 と、地図の真ん中、ちょうど島の中央あたりに位置する小高い丘あたりだと思う。

 そこに、よく見なければわからないくらい細い線で、赤い“×”が入れられているのに気づいた。

 ……なんだろう?

 首をかしげて、考える。

 なんか、これって……宝の地図みたいだな。

 何か説明がないかと、手紙を隅々まで、確かめてみる。念のため、裏面も。

 だけど、島の地図以外、他には、何も書かれていなかった。

「う~ん……」

 首をかしげて、考えこむ。

 ……ホントに、宝の地図だったりして?

 まさかな?

 いや、もしかすると、そのまさかかもしれない。

 叔父は、真面目ながらも、けっこう遊び心のあるひとだった。

 人生最後の茶目っ気を発揮し、宝の地図を残していったのかもしれない。

 いったい、そこに何があるのか?

 僕は、休みボケした頭を懸命に働かせた。

 ダメだ、さっぱり見当が付かない。

 けれど……。

「ふふっ」

 叔父さんらしいな。

 僕は泣き笑いの顔になりながら、天国から僕を眺め、楽しそうに含み笑いをしているに違いない叔父の姿を思い浮かべた。

 よし、決めた!

 あの島へ行こう!

 僕は、さっそく島へ行く算段を立てはじめた。

 まず、明日からの天気図を見る。

 すると、明日も明後日も快晴。

 ちなみに、まだゴールデンウィークの最中だ。

 いまのところ、他に予定は何もない。

 なら、善は急げ、明日決行だ。

 それから、宝(仮)を見つけるには道具が必要だ。

 地図に×が付いている箇所は、丘の上。

 そこに、叔父さんが何ヶ月にも渡って、何かを隠せるとしたら、“地中”の可能性が、一番高い。

 そうすると、何を置いても、土を掘る道具が要るな……。

 たぶんログハウスにあるだろうけど、念のため持っていくか。

 僕は、すっくと立ちあがると、他にもいろいろ必要な道具をかき集めるべく、庭の物置へ向かった。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/04/19)

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