0

ときには追憶の幻想を 完結

ポイント
38
オススメ度
5
感情ボタン
  • 1
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0

合計:1

私の記憶はもらいもの、貴方の記憶は行方不明。でもどうしてだろう、その匂いには、深く心が動くんだ。

「Noise to you 01」に関連した掌編。あの二人の奇妙な関係の元をちら見せ。
タイトルは「紅の豚」ED「時には昔の話を」のもじりで、つまりこの作中で見てるのも「紅の豚」。名作です。

投稿された表紙はありません

この物語の表紙を投稿する

すべてのコメントを非表示

 目覚めはいつも、不可思議な気分になる。

 おそらくは「睡眠」という行動による肉体的な反応と、心因的な反応の違和によるものだろう。アンドロイドのように完全に要らないという訳ではないが、人間のように必ずしも必要という訳ではない。ただ、無機物と有機物で構成されたバイオロイドであるこの肉体に刻まれた幼い記憶が、その行為に安心を得る。「私」はその安心をとても嬉しく感じている。

 以前の私には出来なかったことだ。

 今思えば酷い環境だったのだ。

 かつて私を所有していたあるじは所謂「コレクター」だった。主流だった少女型や女性型は当然のこと、生産数の少ない青年・男性型、マニア向けに作られた異形型、そして人間の記憶を移植され裏ルートで取引されていた通称〈感情型〉と呼ばれる違法品に至るまで、あらゆる種類のバイオロイドを「飼って」いた。

 あるじは私たちを大切にしてくれた。しかしあるじにとって私たちは絶対的に〈物〉だった。我々は時々、交代で屋敷の使用人になったが、それ以外の時は温度と湿度を完璧に調整された専用のコレクションエリアで肉体維持に必要なケアだけを受けていた。皆、思考プログラムの感度を最低にして、何も考えず、黙々と、あるじの与えてくれる、我々にとって最高レベルの完璧なケアに従った。

 〈感情型〉の一体であった私も、また。

 与えられた幼い記憶は、故に私の表層に浮き上がってくることは無かった。

 あの屋敷に居た〈感情型〉の多くが、同じように自らが〈感情型〉である実感を持てなかっただろう。

 全てが満たされたあの場所は、まるで楽園のような、酷い、環境だった。

 終わりは唐突に訪れる。

 あるじはどうやら破産したようだった。屋敷も、家具調度品も、当然我々も、ばらばらに売り払われた。私は他の数体とともにブローカーの女に引き渡され、「商品」として彼女に付き従うこととなった。誰の物でもない「商品」の私にはやはり〈感情型〉の特性を求められず、幼い記憶は押し殺されたままだった。

 彼女が壊れて行く様を、黙って傍で見ていられるほどに、

 そうして彼女に破壊される自分を意識で傍観していられるほどに。

 いや、後から聞いたところによると、たとえ〈感情型〉とはいえ、自らの持つ「記憶」を思い出すことは無いのだったか。

 だから私はとても特殊な事例なのだと、〈彼〉はそう言って打ち捨てられた私を拾った。

 〈彼〉はタバコの匂いをまとって私たちの前に現れた。

 その匂いに私は、私の知らない誰かを思い出し、

 そうして肉体的ではない息苦しさを初めて意識した。

 あの幼い記憶が、私の中で蘇った瞬間だった。

     ※          ※          ※

「おや、ホル。まだ時間には早いよ」

 自室を出てリビングに行くと壁内スクリーンで古い映画を見ていた彼が振り返った。見た目は十代後半で、実際にそうなのだが、口にはきちんと火の付いたタバコを咥えている。私は黙って頷くと、彼の左手側にある一人掛けソファに腰を下ろした。彼は軽く微笑んで、映画鑑賞に戻った。

 私もそれに付き合う。

 彼の吸うタバコはあの時と同じ匂いがする。彼愛用の銘柄だ。私が与えられた幼い記憶の中で嗅いだものでもある。

 記憶の中で、〈私〉は年老いたその人の口元を見上げている。

 おぼろげな記憶の印象では、老人は身内ではないようだった。どこの誰かはわからない。しかし、確かにその頃の〈私〉はその老人に……その匂いに、信頼と安心を覚えていた。

 全てが〈私〉を蔑む世界で、老人だけが〈私〉を〈私〉として見ていてくれた。

 この記憶が途切れるのは七歳の頃だ。憶えている年号からするとおおよそ十年前。私の製造年と近く、そこからおそらく、〈私〉は若干七歳にして全ての記憶を私へ移植したのだろう。

 それがどういう意味を持つのか、私はまだ知るに至っていない。

 しかし。

 私は彼を見る。

 なあ、と声をかけると、スクリーンに視線を向けたまま、うん、と返事がある。

「何故、そのタバコなんだ」

 彼は半分上の空でテーブルからタバコの箱を取り上げると、横目でちらりと見て、さあ、と首を傾げた。

「なんとなく」

「それは、何となくで手に入る安物じゃあ、ないぞ。わざわざ、クリムトに仕入れてもらっているだろう」

「ああ……確かに、どうしてだろう。自分でもわからない。最初の『僕』も次の『僕』も喫煙はしない人だったのに。……でも誰かが吸っているのを見て」

 タバコの箱をポケットにねじ込んで、彼は煙を吐き出した。

「『ああ、これだ』と、思った」

 映画の最後のシーンが終わる。

「『この匂いだ』と思って」

 エンドロールが始まり、

「それ以来、かな」

 柔らかな女声の歌が流れ出す。

「何が『これ』なのかはわからない」

「それは美味いのか」

「さあてねえ、あまり考えたことが無いな」

「では何故吸う?」

 タバコを口に戻しかけていた彼の手が止まる。エンドロールの最後の文字が流れ去り、曲の余韻とその香りだけが辺りに漂う。

 彼はふ、と誰にともなく微笑む。

「……どうしようもなく混沌とした、わたしという存在を許されている気がするから」

 うん、と私は頷いた。

「そうか」

 彼が私を見る。

「笑わないのかい」

「貴方は私の問いに答えた。何故笑う必要が?」

「あはは」

 彼はスクリーンの電源を切ると、タバコを消して立ち上がった。そのまま廊下へ出て行く。この後の予定のために彼の自室へ行ったのだろう。

 残された私は彼の残した吸殻に視線を落として。

 心締め付ける仄かな痛みに、ひとり、じっと耐えていた。

  • 1拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

1

言葉で表現し難い心情を、匂いと温度のある文章で浮かび上がらせるこの感じ、とても好き。

Ugyo

2018/4/29

2

コメントありがとうございます!游魚様には本編でもお世話になってます。
この内容は「Noise~」で出す予定だったので、ある意味ネタバレにもなってしまうのでわざと曖昧にしています。ただそれできちんと伝わってるかが不安です…

作者:静間沼 烏/騒間沼

2018/4/29

コメントを書く

とじる

オススメポイント 5

つづけて SNS でシェアしてオススメシポイントをゲットしましょう。

とじる

このページの内容について報告する

送信中

送信しました

文字数の上限を超えています。