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東京都防衛戦Z×Z 完結

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『東京都防衛戦Z』最終章――

運命の対決『病棟編』を経て、終わりへと向かう絶望と復讐の物語――『首都炎上編』

1位の表紙

目次

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◇登場人物

◆ 浅霧 傘音(あさぎり かさね)

 高校1年生。浅霧流打壊拳と呼ばれる殺人拳の達人。

 下校途中にパニックに巻き込まれ、友人を救うために奔走する。

 ショッピングモールにて親友の旭を失い、パニックを仕組んだ者への復讐を誓う。

 フランシスの策によって大量のゾンビに追い詰められるが、決死の抵抗によりショッピングモールから生存した。

◆ 海咲 葵(みさき あおい)

 大学2年生。ショッピングモールで買い物していたところを、パニックに巻き込まれた。

 由希たちの救出に訪れた傘音と遭遇し、モールから脱出するために行動をともにする。

 “走るゾンビ”に噛まれてしまうが、何故かゾンビ化せず、満身創痍ながらショッピングモールから生存した。

◆ 井上 由希(いのうえ ゆき)

 傘音のクラスメイト。奈緒と旭とともにショッピングモールで買い物をしていた最中にパニックに巻き込まれ、傘音に助けを求める。

 ショッピングモールから生存した。

◆ 奈緒(なお)

 傘音のクラスメイト。由希と旭を誘いショッピングモールへ買い物に行ったが、その最中にパニックに巻き込まれた。

 ショッピングモールから生存した。

◇ フランシス

 スクランブル交差点に最初のゾンビを解き放った人物。以降、都内のパニックの様子を観察する。

 生存性特殊体(不死症候群)と呼ばれる非常に頑健な防御機構を体内に備え、ゾンビに襲われず、またウィルスにも感染しないという特異体質を持つ。その体質を利用し、ショッピングモールにおいて傘音たちを追い詰める。

 幼少期より他者から「化け物」呼ばわりされてきたことにコンプレックスを持ち、長年に渡って「人」として死ぬことを望んでいる。

 素手でゾンビに対抗する傘音に、自分を「人」として死なせてくれるのではないかと強く執着する。

◇ マーガレッド

 フランシスの上司。東京都で起こるパニックを指示している人物。

 傘音を抹殺するために予定になかった「走るゾンビ」の投入を指示するなど、手段を選ばない冷酷な面を持つ。

◆ 夜長 旭(よなが あさひ)

 傘音の中学時代からの親友。歌手になるため音楽大学への進学を目指し、日々バイトをして入学資金を貯めていたが、ショッピングモールで由希と奈緒とはぐれ、その後ゾンビとなって傘音たちの前に現れる。

 彼女の死が、その後の傘音の心境に大きな影響を与えることになる。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/04/30)
  • 改稿により一部内容が変更になっている箇所があります。(2018/04/30)

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◆phase62 悲劇再 ―――病棟編

 大丈夫、大丈夫だから。

 何も心配いらない。

 男はそう言い続けていた。まるで自分にそう言い聞かせるように、胸に抱いた我が子に言い続けていた。

 彼はじたじたと動く娘のことを、強く抱きしめて何度も「大丈夫だよ」と言い続けていた。

 都心を突如として襲った奇妙なパニックに、娘は巻き込まれてしまった。不気味な暴漢に、娘は噛まれてしまったのだ。

 男はパニックに巻き込まれて噛まれた者がどうなってしまうかを見てきた。だからその後、娘に何が起こるかを知っていた。

 なんとかしなければ。娘を助けなければならない。

 予想通り、娘は正気を失ってしまった。

 男は娘の口に布を噛ませて、誰にも噛みつけないようにした。それから男は、娘を連れて迷わず病院へ向かった。都内の、大きな総合病院だ。

 娘は生きている。確かに正気を失ってはいるが、生きている。だってこんなにも動いているんだ。肌は触れると冷たいが、それでも動いているのだから、娘は間違いなく生きている。

 大丈夫、大丈夫だよ。

 男は自分と娘にそう言い聞かせた。

 お医者さんに診てもらえさえすれば、大丈夫だから。

 病院で治療さえ受ければ、必ず助かる。全て良くなるはずだから。

 あともう少しの辛抱だ。

 病院へ着いた。病院には怪我をした患者が沢山いた。

娘もきっと、医者に診せれば治るはずだ。医者なら娘を、もとに戻してくれるはずだ。

 男はそう信じていた。

 医者を探して病院のなかを歩き始めたその時、腕に抱えていた娘が、口を塞いでいた布を噛み切った。

 娘は、迷わず間近にあった父親の首に噛みついた。

 ――どうして―――

 男は悲愴に目を見開き、その場に倒れた。

 ただ、「どうして」という想いだけが胸に焼き付いていた。

 彼はただ、愛する娘を助けたかっただけなのに。

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/07/01)
  • 改稿により一部内容が変更になっている箇所があります。(2018/04/30)

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◆phase63 歌

 音楽室の扉に手をかけると、すっと開いた。

「あっ。鍵開いてる」

 傘音は扉を開け、旭とともに音楽室に入った。

「わぁ。なんか……しんみりするね」

「うん」

 いつもと何も違わないはずなのに、最後に見る音楽室は、なぜだかがらんとしていた。妙に寂しくなる理由はわかっている。もうここに来ることがないというだけではない。ここに来る必要がなくなってしまったから、寂しいのだ。

「音楽室の席替えって多かったよね」

 傘音は教壇の前を歩いた。教室は、先生からはこんな風に見えていたんだ。

 旭は整列した机を見て、自嘲気味に笑った。

「わたしいつも前の席になったんだよね。だから演奏すぐにやらされるの」

「上手いからあてられるんだよ」

 傘音と旭の手には、卒業証書が握られていた。

 今日は、中学校の卒業式だった。

 天候は卒業式に相応しい陽気に恵まれていて、外では桜が咲いていた。2人がいる音楽室の窓からも、校庭に咲く桜の木が見えた。

 優しい風に吹かれた桜の花びらが、ゆらゆらと舞っていた。

「今日で最後かあ……」

 ぽそっと、旭が呟いた。今日1日で旭の口から何度聞いたかわからなかった。

 目に焼き付けるように校内を見つめる、旭の寂し気な横顔を見ていると、傘音もなんだから胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになった。

 2人は同じ高校に進学するけれど、皆がそうというわけではなかった。

 進学先が違う同級生とは、教室で行った最後のホームルームで別れを済ませた。お世話になった先生たちにも、ちゃんと別れを告げた。もう校舎を去る時間だったけれど、傘音と旭は抜け出して、最後に校内を見て回っていた。

 旭から視線を逸らすと、揺らめく桜を背景に、沈黙して佇むグランドピアノが目に留まった。ピアノが上手な旭が、授業で何度も弾いたピアノだった。

 傘音はピアノの所まで歩いた。それに気づいた旭と、目が合った。傘音はにやっとしてピアノをぽんぽんと手で叩いた。

「旭さん、一曲いかがです?」

 旭は呆れたように笑って傘音を睨んだ。

「いかがですって、演奏するのはわたしでしょ?」

「それはもちろん」

 傘音はピアノの椅子を引いた。

「いいの? もう見送り始まってると思うけど」

 そう言いつつ、旭はピアノの前まで歩いてきた。傘音が促すと、鍵盤蓋を開き旭は椅子に座った。

 傘音はピアノをぐるっと回って、旭の顔が見える位置に立った。旭の声とピアノの音色がよく聞こえる場所にいたかった。

「いいよ。ここで、旭の歌を聴きたい」

 旭は鍵盤に指を置いた。

「わたしとしては、演奏も聴いて欲しいんですけどね」

傘音は嬉しそうに「どっちも」と答えた。

 すっと鍵盤を指でなぞると、旭は演奏を始めた。前奏が終わると、旭は歌い始めた。

 それは旭の好きな曲だった。音楽の授業で弾いたことはなかったけれど、旭は楽譜を見ずに演奏ができたし、そらで歌うことができた。

 旭の影響で、傘音もその曲を歌うアーティストが好きになった。中学3年間のあいだに旭の影響で何枚もCDを買った。それまで武術一色だった傘音の部屋はいま、旭という友人のかげで鮮やかに彩られている。

 旭の歌声は相変わらず綺麗で、聴き心地が良かった。暖かい陽気を浴びながら、ずっとこうして旭の歌を聴いていられたらどんなにいいだろうと思った。将来の夢がある旭は、きっとそれを許さないだろうけれど。

 傘音は瞼を閉じてピアノの奏でる旋律と、旭の歌声を聴いていた。するとその旋律が、微かにリズムからずれていることに気がついた。旭の声も、少しだけ震えていた。

 傘音は瞼を開けた。

 旭が、泣いていた。

 ピアノを弾きながら歌う旭の頬を、涙が伝っていた。

「………あ―――」

 何か言おうとして、でも傘音は何も言えなかった。声を出したその瞬間、抑えていたものが溢れ出しそうだった。

 旭の声が震えて、歌が歌にならなくなった。涙を流しながらも、旭は笑顔だった。

 旭は歌うのをやめて、ピアノの演奏を続けながら、言った。

「ここでピアノ弾くのも、最後なんだね」

 傘音は、いつだったか――こんな風にピアノを弾きながら、旭が自分の夢を語ってくれたことを、思い出した。

 そっか――……。

 ほんとうに、最後なんだ。ここで旭の演奏と、歌を聴けるのも。

 今日で、最後なんだ。

 旭は演奏を続けた。涙を流しながら、それでも楽しそうに、ピアノを弾いた。

 知らず知らずのうちに、傘音の目からも涙が溢れていた。

 寂しいな――と思った。でも、悲しくはなかった。

 旭がいてよかったと、思った。

 決意を固めるように、旭は言った。今日別れを告げるこの場所に、誓うように。

「見ててよ、傘音。わたしぜったいに――夢、叶えるから」

 一筋の涙が、傘音の頬を伝い落ちた。

「うん。見てるよ、旭。約束だからね」

 声を振り絞るようにして、旭は歌った。

 とある卒業生が扉を閉め忘れた音楽室から、旭の演奏と歌声が、校内じゅうに響き渡った。

 傘音と旭は、互いに笑い合った。泣きながら笑い合った。

 涙で、音楽室と旭の顔はよく見えなかったけど、

 旭が笑っていることは確かだったし、

 旭の歌声と、ピアノの音は良く聴こえた。

 だから、悲しくはなかった。

 旭と一緒だから、この日も笑っていられた。

 きっとこの先も、旭と過ごした思い出があれば、笑っていられた。

 傘音は満面の笑みを浮かべた。

旭も、楽しそうに歌っていた。

 まだ、旭の歌声とピアノの音は聴こえている。

 ずっと、あの日音楽室で聴いた旭の歌声は、傘音のなかで響き続けている。

 ずっと。

 今でも聴こえ続けている。

 涙で見えなくなった景色が、真っ白な光に包まれたかと思うと、急に目の前が真っ暗になった。

 自分が瞼を閉じていることに、気がついた。

「……あ………さ、ひ…………」

 傘音は、目を覚ました。

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◆phase64 痛みと現実

 目を開くと、天井が見えた。首を動かすと、カーテンと窓が見えた。次に、傘音は自分の状況を確認した。

 傘音はベッドに寝ていた。薄い毛布を1枚体にかけられていて、腕に点滴が繋がっていた。頭は枕の上に乗っている。体から、消毒の臭いがした。

 幾つかの椅子と小さなクローゼット。必要最低限の物しか置かれていない清潔感のある室内を見回し、傘音はそこが病室であることを悟った。

 傘音は記憶を手繰り寄せた。

 ああ、そっか。ショッピングモールで、最後に見た迷彩服の人たち。きっとあの人たちは救助隊だ。駆けつけた救助隊に、助けられたんだ。あの後意識を失って、そして病院に運び込まれたんだ。

 傘音は瞼を閉じ、少しずつ蘇っていく記憶に潜っていった。

 あれはもしかしたら、夢だったのかな――別の事故か何かで怪我をして、ずっと悪い夢を見ていただけなのかもしれない。

 ――なんてことは、思わなかった。

 全て現実だ。全部憶えている。頭と体が、五感の全てが憶えている。あの地獄と、耐え難い絶望を憶えている。

 あれは、夢なんかじゃない。全部、本当にこの身に起こったことだ。

 ショッピングモールであったことを思い出そうとしたが、どうしても、それよりもさっきまで見ていた夢のことが、頭に浮かんだ。

 旭と一緒に音楽室を訪れた記憶。あれは中学校の卒業式の日だ。

 美しい記憶だった。とても鮮やかに憶えている。

 ほんの数か月前のことなのに、ずっと昔のことのように思えた。

 あのスクランブル交差点でゾンビと遭遇してから、ここにたどり着くまでが長過ぎたのかもしれない。

 夢の中の旭は、笑っていた。自分も笑っていた。涙は止まらなかったけど、でも楽しかった。

 今でも、旭にあんな風に笑っていて欲しかった。全てがただの悪夢だったならどんなによかっただろう。

 でも、これは現実だった。旭を手にかけた感触は、今もこの手に残っている。はっきりと憶えている。

 あぁ――旭と最後に話したのは、いつだったか。何の話をしたのだったか。

 それだけは何故か思い出せなかった。歯がゆかった。

 眠ればまた、夢で旭に会えるかもしれなかった。外の世界があの後どうなったかなどは一旦忘れて、そのまま再び寝てしまってもよかったのだが、かなり深い眠りについていたらしく、瞼を閉じていてもも、う1度寝られはしなかった。

 目を開き、傘音は体を起こそうとした。すると突然、体のあらゆる場所が痛みだした。

「うっ……!」

 と呻いて、傘音はたまらず枕に頭を戻した。

 まるで思い出したかのように、体じゅうが痛んだ。肩や腕は主に筋肉の疲労。背骨や腰も僅かに傷めている。寝起きのせいか頭も冴えない。

 傘音は頭を起こして自分の体を見てみた。血まみれの衣服はなく、清潔な患者服を着ている。両手に包帯が巻かれており、指先まで治療が施されていた。

 たしか爪が剥がれていたはずだ。痛みそうだから指先は動かさないでおいた。右手の甲に突っ張るような感触がある。〝走るゾンビ〟を殴ったときに裂けた皮膚が縫合されているようだった。

 他にも、肌の感触を気にしてみると、手足や体にシップや包帯が巻かれていた。自分で思っていたよりも、全身ボロボロだったのかもしれない。

 クローゼットの前にある小さなテーブルを見ると、時計が置かれていた。傘音は顔だけを横に向けて、小さな置き時計を見た。

 時計の針は1時頃を刺していた。日差しが明るいから、昼の1時だろう。

 救助隊が来た頃には夜が明けかけていたから、4時か5時頃だとして、傘音は8時間から9時間くらい寝ていたことになる。

それとも、ゾンビパニックが起こったのは昨日のことじゃなくて、もうあれから1日も2日も経っていて、その間傘音はずっと眠っていたのかもしれなかった。

どちらかはわからなかった。

 もう1度起き上がってみようとしたが、やはり全身が痛んだ。とても無理というわけではないが、下手に動いて怪我が悪化しても困るし、ここはプロの話を聞いた方が早いと思った。

 傘音はベッドに寝たまま、点滴されていない方の腕を上げ、頭上のナースコールを押した。

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◆phase65 病院

「過労です」

 傘音を診察してくれた医師は、容体についてまずそう説明した。その医師が駆けつける頃には、傘音の意識ははっきりと目覚めていた。

「それと、軽い脱水症状です。浅霧さんのように疲労困憊の人は昨日から何人も見ていますけど、その歳でここまで過労の症状を出す人は見たことがありませんでした」

 いったいどんな目に遭ったのかと、と聞きたそうな口調だった。

 傘音を担当した医師は女性で、まだ若かった。誠実そうな印象を受けたが、髪が整えられていなくて、顔にも疲労が見えた。おそらく昨日から働き詰めで、ろくに寝ていないのだろう。

 杉本と名乗ったその医師の話によれば、まだあれから1日も経過していない。傘音が救助隊によってヘリからここに運び込まれたのは今朝のことで、杉本医師は予想よりも早く目覚めたと話した。

 ここは都内の総合病院で、パニックに際して救急患者が大量に運び込まれているのだそうだった。

「過度の筋肉疲労と、打撲や擦り傷がたくさんありました。手の爪もほとんど剥がれていたので、治療しました」

 傘音は横になったまま杉本医師の顔を見上げて話を聞いていたが、痛みにもだいぶ慣れてきていたし、その気になれば起き上がることもできた。

「肋骨にもヒビが入っている箇所があります。脳や内臓には損傷がなかったので、安心してください」

「ありがとうございます」

「他に、どこか気になる痛みはありませんか?」

 どこもかしこも痛いから、どこがということはなかったので、「多分ありません」と曖昧に答えた。

 杉本医師は話しながら、点滴を一瞥した。

「あと、胃が空っぽです。ビタミンを点滴していますが、食欲はありますか? 無理にとは言いませんけど、できれば食事をとった方がいいです」

 言われてみれば空腹だった。そのことを思い出すと、急に死ぬほどお腹が空いてきた。

「ご飯は食べられそうですか?」

「はい。食べれます」

 というか早く食べたかった。

「体を起こしても平気ですか?」

「はい。大丈夫です」

「では準備しますね」

 杉本医師に声をかけられた看護婦が、そそくさと病室を出て行った。

 室内には傘音と杉本医師と、もう1人の看護婦しかいなかった。空間を持て余したこの部屋は、1人用の病室だった。

 杉本医師は優しい声音で言った。

「浅霧さんの体に噛まれた痕はありませんでした。なので安心してください」

 杉本医師は室内にちらっと目やった。

「でもここに来たときは酷い状態だったので、念のため個室で容体を診ることにしました。隔離するような真似をしてすいません」

 傘音は体が痛まない範囲で首を振った。

「い、いえ。大丈夫ですよ。わたしも噛まれたかどうか、正直わからなかったので……」

 あの時は必死で、上か下かもわからなかった。

 でも、噛まれていなくてよかった。それだけは心から安心できる。

 ……噛まれていなくて……。

 傘音ははっとして、ついベッドから起き上がりかけた。

「あ、あのっ……」

「どうしましたか?」

 傘音の表情が変わったことを、杉本医師も感じ取っていた。

 食いつくようにして傘音は杉本医師に言った。

「わたしと一緒に運び込まれた人は、どうなりましたか?」

 傘音のその問いに、杉本医師は一瞬の逡巡を見せた。目が覚めた傘音はそれを見逃さなかった。

「浅霧さん、落ち着いて下さい」

 杉本医師は、体を起こそうとした傘音の肩をそっと押して、ベッドに寝かせた。

「全員無事です。同級生のお2人も酷く疲れていましたけど、目立つ怪我はありませんでした。いまは1階のエントランスで休んでいると思います」

 そうか……由希と奈緒は、無事なんだ。本当に良かった。

 しかし、何故か杉本医師はその続きを言わなかった。傘音はじっと杉本医師を見つめた。すると彼女は、僅かに目を逸らした。

 杉本医師は、傘音は噛まれていないから心配ないと言った。でも、そうでない者もいる。

 あのショッピングモールでゾンビに噛まれた人がいる。傘音と一緒に救助されたはずだ。ともにここに運び込まれたはずだ。

 海咲さんは、あの後どうなった?

「あの、先生……」

 傘音が呼ぶと、杉本医師は目を合わせてくれた。

「はい」

「海咲さんは……。わたしと一緒に、女の人がいたと思うんです。大学生の……。海咲さんは、どこにいますか?」

「…………」

 杉本医師は返答を躊躇った。

「会わせて下さい、海咲さんに。海咲さんは無事なんですよね?」

 病室のドアが開く音がした。ご飯の匂いを漂わせながら、看護婦が食事を運んできた。

 杉本医師は、暫し悩んでから、躊躇しつつ傘音に言った。

「立てそうですか? 車椅子を用意しても大丈夫ですよ」

 傘音は強く頷いた。

「多分、自分で歩けると思います」

 杉本医師は傘音と目を合わせずに言った。

「では、食事を終わらせてからにしましょう。海咲さんの病室に案内します」

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