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優しくて甘い 完結

最後の嘘

更新:2018/5/10

高嶺 蒼

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初投稿です。
読んで頂けると嬉しいです。
長く一人でいたお狐様と、一人ぼっちの女の子のお話です。

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目次

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一人ぼっちのお狐様と、一人ぼっちの女の子

 都心から遠く離れた片田舎。

 春先になれば、地元民が山菜取りに通いつめる山の麓に、古ぼけた赤い鳥居と小さなお社がある。そこに祀られているのはお狐様。

 でも、普通は二つあるはずの狐の像は、なぜか一つ欠けていて。

 そのお社を守るお狐様は、いつもどこか寂しそうに見えた。

 昔はよく近所の年寄りや子供がおとずれたものだが、最近の世風なのか、ただ古くなったお社が人々から見放されたせいなのか、最近は赤い鳥居をくぐる者もほとんどいない。

 お日様が温かな日も、雨の日も。

 お狐様は一人きり、じぃっと動かず、ただいなくなった相棒の座すべき場所を見つめ続けた。

 そうして長い長い時が流れ、一人きりの時間にも随分慣れてきたある日。

 ほっこり温かな日差しの中で、うとうととまどろんでいたお狐様は、くすんくすんと泣く誰かの泣き声にその意識を揺り起こされた。

 その泣き声はまだ幼くて。だけど、ひどく悲しそうで。

 お狐様は、石で作られた器の中から、そっと外の様子をうかがった。

 すると、最近人々からめっきりお見限りで、すっかり草だらけになったさほど広くない境内の片隅に、小さな人影がうずくまっているではないか。

 こちらに向けられた背中が、あまりに寂しそうで悲しそうで。

 お狐様は、ついつい声をかけてしまった。

 「おい。どうした?お主はなぜ、泣いている?」

 相手には聞こえないだろうと、分かってはいても。

 が、驚くべきことに、その小さな影はお狐様の声に反応した。

 お狐様の声が届くや否や、その子はぱっと顔を上げ、泣きはらした目を隠そうともせずに周囲をきょろきょろと見回した。

 まさか、己の声に反応されるなどとは思っていなかったお狐様は、ひどく驚いた。そして、その子供をそっと観察した。

 年の頃はいくつだろうか?最近は子供を見かけることも減り、子供の年を見分ける自信は全くないが、きっとまだ10歳にはなっていないに違いない。

 その子の顔はとても可愛らしかったけれど、大きく美しい瞳は妙に大人びていて。寂しさや悲しさを詰め込んだようなその瞳を見つめていると、なぜか胸をぎゅうっと締め付けられるようだった。

 「誰か、いるの?」

 鈴を鳴らすような可愛らしい声が、ずうっと一人きりだったお狐様の、心を揺さぶる。

 「それとも、また、真帆の気のせい?ママの、言うとおり……」

 幼い声に響く、自嘲の響き。その声に混じる傷ついた切ない色に、お狐様は思わず叫んでいた。

 気のせいじゃない。わしはここにおるぞ、と。

 (……人と、交わっちゃいけないよ。きっと傷つく。君は、とても優しいから)

 昔々、相棒が言った言葉が脳裏に浮かぶ。

 相棒の、言う通りなのかもしれない。けど、それでも。

 一人っきりのお狐様には、目の前の寂しい瞳を放っておく事など、出来そうに無かった。

 「どこ!?」

 叫ぶようにそう言って、必死な面持ちで声の主を探す少女の、僅かに輝きを増した瞳を愛おしいと思った。

 器から出て己の姿をさらしたら、少女を驚かせてしまうだろうか。気味悪いと、思われはしないだろうか。

 そんな不安はもちろんあった。

 だが、少女のあまりに必死な様子に、お狐様は意を決して冷たい石の器から飛び出した。

 「ここじゃ!」

 ふぅわりと宙を舞い、少女の前に降り立てば、当の本人は鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をしていて。予想通りだったとはいえ、ちょっとむっとしたお狐様は、

 「せっかく出てきてやったのに、なんじゃ、その顔は?」

 むぅっと唇を尖らせた。

 少女は目をまぁるくしたままお狐様を見つめ、

 「お耳と尻尾、あるよ?」

 ふっくら愛らしい唇からこぼれたのはそんな指摘。

 そんな彼女に向かって、

 「そりゃそうじゃ。わしはこの社を守る狐、じゃからの」

 お狐様はふふんと笑い、胸を張ってそう言った。

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とじる

一人と一人、二人で過ごすあたたかい時間

 こうして、お狐様と少女は出会い、当然のように二人は仲良くなった。

 少女の名前は真帆。

 つい最近、街から一人、祖父母の家へ越してきたのだという。

 両親と離れて寂しかろう、とお狐様が問うと、真帆はぎゅっと口を結んでとても悲しそうな顔をした。

 そして、抱えた膝に顔を隠すようにうずめて言ったのだ。

 人とは違うものが見えてしまう自分は、両親に嫌われている。だから、両親と一緒にいてはいけないのだ、と。

 その言葉に、お狐様は少女が寂しそうで悲しそうな理由を見つけた気がした。

 親とは、子供を愛するものだ。嫌われてなど、いるものか、と言ってやりたいと思った。

 が、言ったところでそれがなんになろう。

 真帆が欲しいのは、他人のかけるそんな言葉ではなく、両親からの愛情に満ちた言葉だけなのだから。

 膝を抱える少女の隣にちょこんと座り、お狐様は真帆の頭をよしよしと撫でてやる。

 すると、少女は抱える場所を膝からお狐様の胴へと移し、ぎゅうっとしがみついてきた。すがるように、甘えるように。

 幼い少女の、温かなぬくもりを感じながら、お狐様は思う。

 いつか、自分が必要とされなくなる日まで、この少女と一緒にいてやろう、と。

 今は特別な彼女の瞳も、やがて大人になるにつれ周囲と同じになっていくことだろう。そうしていつの日か、幼い頃に体験した不思議な事も、人とは違う友達の事も忘れていく。

 だが、それでいいのだ。寂しくはあるが、それが人と人ならざるものの関係性なのだから。

 でも、その日までは。

 「……わしが、お主と一緒にいてやろうの」

 すがり付いてくる小さな体をぎゅっと抱きしめて、お狐様は小さく小さく呟いた。

 その日から、二人の束の間の蜜月は始まった。

 春は共に山野を駆け回り、夏は川で水遊びをし、秋は美しく色づいた葉を集めて歩いた。

 しんしんと雪の積もる寒い冬も、真帆は毎日のように社を訪ねた。

 風邪を引くから訪ねて来るなというお狐様の言葉も聞かずに。

 ほっぺを真っ赤にして駆けて来る真帆を、お狐様は呆れたように、だがどこか嬉しそうに毎日出迎え、凍えた体を己の尻尾で包んでやるのだった。

 でも、そうしてやってもやはり寒いものは寒く、真帆は時折ひどい風邪をひいた。

 何日も顔を出さない真帆を心配してこっそり家を訪ねると、目に飛び込んで来るのは布団の中でふぅふぅと熱にうなされる真っ赤な顔。

 すっかりぬるくなったおでこのタオルをしぼって乗せなおしてやりながら、

 「……だから、冬は来るのをやめよと、申したじゃろうに」

 と心配そうに真帆の顔を覗き込むお狐様。

 そんなお狐様に気付いた真帆は嬉しそうな顔をし、

 「だって、コン様に会えないと寂しいもの」

 微笑んでそんな可愛らしい事を言うのだった。

 

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/10)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/05/10)

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とじる

近付いて来る、別れの気配

 月日は流れる。

 何年たとうとも、お狐様の姿は変わらない。

 けれども真帆は違う。

 一年一年、齢を重ね、つぼみが花開くように美しくなっていく真帆を、お狐様は誇らしそうに、ほんの少し寂しそうに見つめる。

 二人の時間がいつまでも続くものではない事を、お狐様だけが知っていた。

 歳を経ても真帆の心根だけは変わらない。

 田舎に馴染み、少なくは無い友人が出来てからも、真帆はいつもお狐様を優先してくれた。

 「わしなんぞと遊んでおらんで、もっと近所の子等と遊べばよかろうに。最近の流行はげぇむとやらなんじゃろ?真帆も遠慮せんで友達とげぇむをしてきてよいのじゃぞ?」

 そんなお狐様の言葉に、真帆はいつも優しく微笑んで同じ言葉を返すのだ。

 他の誰と遊ぶより、コン様と一緒にいる時間が一番楽しい、と。

 「ねぇ、コン様?」

 「ん~?なんじゃ??」

 「コン様は真帆と一緒にいると楽しい?真帆の事、好き」

 真帆は時折、お狐様の気持ちを確かめるようにそんな言葉をぶつけてきた。

 幼い頃、両親から受けられなかった愛情を、お狐様に求めるように。

 「うむ。好きじゃぞ?真帆はわしの大事な友達じゃ」

 いつの間にか、自分よりも随分高くなってしまった真帆の頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 幼い頃と同じように無邪気に嬉しそうに笑う真帆が愛おしくて。共に過ごす時間が大切で。

 手を放さなければならない時が近づいていることが分かっていても手放せない。

 少しでも長く、同じ時を共に過ごしたくて。

 終わりなど、来なければいいと、願わずにはいられなかった。

 しかし、その日は突然訪れた。

 真帆が中学三年生になった冬のある日。

 お狐様と真帆は些細な事でけんかをした。

 原因は、年が明けて卒業すれば、晴れて地元の高校へ進学するはずだった真帆を、両親が東京へ呼び寄せたいと打診してきた事。

 行きたくない、と真帆は言い、行くべきだと、お狐様は言った。

 「コン様は、私と離れ離れになってもいいの!?」

 そんな真帆の言葉に、

 「離れとうはない。じゃが、こぉんな田舎の学校よりも、都会の学校で学べば真帆の為になる。それに、母御や父御と和解する、いいちゃんすでもあろう?わしは、真帆が時折思い出してくれれば、それで満足じゃ」

 寂しさを押し隠し、お狐様は答える。

 だが、真帆は首を縦には振らず。

 行け、行かない、と押し問答の末、真帆はすっかり腹を立てて家へ帰ってしまった。

 切ない気持ちでその背中を見送り、明日はどうやって説得しようかと、お狐様は頭を悩ませる。

 真帆と別れたい訳じゃない。我が侭な気持ちだけで望めるのなら、真帆を東京になぞやりたくなんかない。

 でも、それではダメなのだ。

 大好きな真帆の、本当の幸せを考えるなら、きちんと人の世界で人と向き合って暮らしていけるように、してやらなければいけない。

 真帆は言うだろう。

 余計なお世話だ、コン様は勝手だ、と。

 分かっている。

 己が思う真帆の幸せは、己が勝手にそれがいいと思い、真帆に押し付けているという事も。

 でも、それでも。

 今は辛くともその選択こそが真帆にとって一番いいと思うから。

 (わしの方が真帆よりもずっと長く生きておる。と言うことは、わしは真帆より大人じゃ、と言うことじゃ。どんなに辛くとも、大人は子供の幸せのために尽くさねばならん。それに……)

 このまま己の我が侭で真帆を止めおいても、共に過ごせる時間はそう長くは無い。お狐様の胸にはそんな予感があった。

 そして、その予感は遠からず、現実のものとなる。

 

 

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/05/10)

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すごい続きが気になります。

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読んで頂いてありがとうございます。
先ほど、ほぼ書き終えていた文章を、猫に全部消されて書き直しております(笑)
ですが、もうすぐ書き終わるので、そうしたらアップしたいと思います。
コメント、ありがとうございました。

作者:高嶺 蒼

2018/5/9

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とじる

別れがどんなに辛くとも

 クリスマス。

 真帆と過ごすクリスマスは、今年で何度目になるだろう。今年が、共に過ごす最後のクリスマスになるかもしれない。

 そんな事を思いながら、お狐様は空を見上げる。今にも泣き出しそうな空。

 今年のクリスマスは雪が降るのかもしれない。

 いつの事だったか、クリスマスに雪が降ることをホワイトクリスマスと言うのだと、真帆に教わった事を思い出す。

 雪が降ったら、真帆は喜ぶだろうか。そんな事を思い、お狐様は自嘲の笑みを浮かべる。

 (真帆を突き放そうとしているというのに、真帆の喜ぶ顔が見たいとは。我ながら難儀な性格をしておるのう)

 社の前で一人膝を抱え、小さくため息。

 ちらりと鳥居の向こうを見るが、真帆の姿はまだ無い。

 けんかしたあの日から、真帆はぴたりとこの場所へ来なくなっていた。

 (今日は、来るかのう)

 赤い袴に包まれた足をぷらぷらさせながら、お狐様は右手の拳をそっと開いてその中を覗き込む。

 そこにあるのは、角が取れてつるっと丸い、薄桃色の平らなガラス石だ。

 近くの川原を何時間も歩き回って見つけた真帆へのクリスマスぷれぜんと。

 その表面の滑らかさを確かめるように指で撫でながら、お狐様は思う。

 わしに出来るのは、せいぜいこのくらいの事までじゃ、と。

 「わしは、お主と一緒に成長してやることも、お主の為に家や金を用立ててやる事も出来ん。わしがお主にやれるのは、こぉんな子供だましの贈り物くらいしかありはせん」

 誰に聞かせるわけでもなく、ぽつりぽつりと呟いて、再び自嘲の笑みをその口元に浮かべた。

 「真帆、今の意固地なお主は言うじゃろうのぅ。そんなのいらない、との。じゃがのう、真帆。お主には、共に成長してくれる友人が必要じゃし、お主の住む場所を用意し、お主の生活を支え、お主に惜しみない愛情を注いでくれる両親が必要じゃ。どんなに頑張ろうとも、わしにはそれをお主に与えてやることは出来ん」

 ふぅ、と白い吐息を宙に吐き、今日はもう来ないかもしれんと思いながら、鳥居の向こうをじっと見る。

 そして、

 「お主はわしだけでいいという。じゃが、近い将来、それじゃあダメじゃと気付くはず。真帆は、賢い子じゃからのう。それに……」

 二人が共にいられる時間は、もう、そんなに長くない。

 そう思い、暗くなり始めた空を見上げると、ちらりちらりと舞い降りて来る白い雪の姿。

 「……ほわいとくりすます、じゃのう。真帆が、喜ぶ」

 小さく呟いて、その口元をほころばせた瞬間、鳥居の向こうから草を踏みしめかけて来る足音が聞こえた。

 赤い鳥居をくぐり、息をきらせて駆けて来る愛おしい姿。

 お狐様はぱっと顔を輝かせて、駆け込んできた真帆の顔をキラキラした瞳で見上げた。

 が、真帆の視線はそんなお狐様を素通りし、きょろきょろと、何かを探すようにせわしなく動き回る。

 「コン様?どこ?真帆だよ。出てきて。待たせてごめんなさい。怒ってるの?」

 そんな言葉と共に、必死な面持ちでお狐様を探す真帆の姿に、すぅっと心が冷たくなるのを感じた。

 真帆を見上げ、心の中でそっと語りかける。

 (怒っておらぬ。怒ってなどおらぬよ。可愛いお主を、どうして怒る事などできようか。わしはおるじゃろう?ほれ……)

 お主の、目の前に。

 ほんの一瞬、真帆の黒い瞳とお狐様の黄金の瞳が真っ直ぐに向かい合い、すぐにまた通り過ぎていく。

 お狐様は、それをただ見送る事しかできなかった。 

 感受性豊かな子供が、幽霊などをその無垢な瞳に映すことは、良くあること。

 そして、そんな子供が成長し、かつては見えていた世界を見ることが出来なくなる、それもまた、良くある出来事だった。

 とうとう、その時が来たのだ、とお狐様はぼんやりと思う。

 そして、懸命に己を探す真帆を見上げ、その口元に優しくも切ない笑みを浮かべた。

 ホワイトクリスマスを彩る雪は、段々とその粒を大きくし、寒さは刻一刻と増していく。

 そんな中、これ以上、真帆をこの場に止めておいたら、また風邪をひいてしまう。そうなる前に……。

 (わしが、引導を渡してやらんと、の)

 そう心を決めて、きゅっと唇を噛み締めた。

 「コン様……コン様、どこ?隠れてないで、早く出てきて?」

 今にも泣き出してしまいそうな真帆の声。

 お狐様は心を決めるように、ぎゅうっと拳を握る。

 「コン様。この間はごめんなさい。でも、分かって。真帆はコン様が大好き。コン様だけがいてくれればそれでいいの。ねえ、コン様。お願いだから、ずぅっと、ずぅっと傍にいて?真帆の、一番近くに。それだけで、真帆はもう、他に何もいらないから……」

 懸命に紡がれる真帆の心からの言葉。

 その全てを心に刻み込むように、お狐様はほんの一瞬、瞳を閉じた。それから、心を決めたように目を開き、そして。

 「うるさいのぅ。ぴーちくぱーちくさえずりおってからに。お主の面倒を見るのはもううんざりじゃ」

 お狐様は、冷たく優しい毒を吐く。

 「コ、コン様?うるさかった?ごめんなさい。でも……」

 今まで聞いたことのない冷たい声に、真帆はうろたえた様に目を泳がせた。

 だがすぐに、再びお狐様の姿を探して目をさ迷わせる。

 冷たくされてもなお、己を求める真帆の姿がいじらしくも愛おしい。

 でも。

 お狐様は、つめが掌に食い込むほどに、拳をきつく握り締めた。

 「うんざりじゃと言うたのが、聞こえんかったか、人の子よ?お遊びはもうしまいじゃ」

 「お、怒ってるの?コン様?ごめんなさい。謝る。謝るから、だから、ねえ、お願い。いつものように真帆って、ちゃんと名前を呼んで?」

 心無い言葉を重ねても、真帆の足は動かない。

 早く行って欲しい、と思う。

 だが、それと同時に、まだ、もう少しだけ、と思う気持ちもある。

 もう少し、あと、少し。

 真帆の声を、真帆が己を呼ぶ声を聞いていたいと思ってしまう。

 出来る事ならば、全ての言葉を嘘じゃと取り消して、真帆の言うようにずっと一緒に居たいとも。

 (……わしは、弱いのぅ)

 困った笑みを、口元に浮かべる。

 真帆を、見上げた。その顔を、姿を、全て脳裏に焼き付けるように、瞬きもせず。

 これが別れと、分かっていたから。ずっと共に居る事など、夢物語に過ぎないと。

 「お主の名前など知った事か。わざわざ口にするのも汚らわしい!」

 尖りきった言葉で真帆の心を突き刺しながら、心の中で真帆の名前を呼ぶ。

 何度も、何度でも。愛しくて特別な、その名前を。

 「コン様……」

 ショックを受けたような真帆の声。

 胸を押さえ、後ずさるその姿に、ただ胸が痛んだ。

 「……真帆の事、嫌いになっちゃった?」

 すがるような問いに首を振る。嫌いなはず無かろう、お主を嫌うことなど出来はしない、と。

 だが、言葉にするのは正反対の感情。

 「……ああ。嫌いじゃのう。お主の顔を見ていると、虫唾がはしる。ずっと前から、お主なんぞ好きでもなんでもなかった。お主を構ってやったのはただの気まぐれ。ただの退屈しのぎよ!」

 それを聞いた真帆の顔が、悲しみに歪む。

 そんな彼女に向かって、お狐様は追い討ちをかけるように叫んだ。

 「これでわかったじゃろう?わしはお主が嫌いじゃ。大っ嫌いじゃ。顔も見とうないから、もう二度とここへ来るな。分かったか?分かったのならさっさと消えろ!いね!いってしまえ!!」

 嫌いと言葉にする裏で、心は真帆が好きだと叫ぶ。

 大嫌いと言いながら、大好きだと。

 好きで、大好きで、大切で、愛おしい。

 だからこそ、この小さな箱庭から、お主を解き放とう。

 愛して、いるから。

 お狐様の言葉に押されるように、真帆が後ずさる。

 そして、ようやくお狐様に背を向けた。

 震えるその背中を優しく見上げ、お狐様は手の中の贈り物を、そっと真帆の服のポケットに滑り込ませる。

 真帆の幸せを願い、それを叶えるためのお守りとして。

 しばらく、真帆はその場に佇んでいた。

 全部、嘘だと、そう言って引き止める言葉を待つように。

 だが、どれだけ待ってもダメなのだと悟ると、真帆はやっと足を動かした。

 少しずつ、少しずつ、遠ざかっていく真帆の背中を、お狐様は黙って見送る。

 お狐様がそうやって見守る中、鳥居の少し手前で真帆の足が止まった。

 そこは、お狐様の冷たい石の器の前。

 真帆は、今にも泣き出しそうな瞳で古ぼけた小さな狐の像を見つめ、それから持っていた袋を像の足元へそっと置いた。

 そして再び歩き出す。

 真帆の姿がすっかり見えなくなった後、お狐様はとぼとぼと己の器へと向かった。

 これからの真帆の居ない日々、もう二度とこの姿になる事も無いだろう。

 これから先はまた、石の器の中でただ一人、これまでと同じようにひっそりとまどろんで過ごすのだ。

 いつか己が、消えてなくなるその日まで。

 さて、器に戻ろう。

 そう思ったお狐様は、ふと、真帆が置いていった袋に目を止めた。

 手を伸ばし、袋を引き寄せて中を覗き込んだお狐様の金色の目がまぁるく見開かれる。

 そして、嬉しそうに幸せそうに微笑んだ。

 そこにあったのは、編み目がばらばらの、少々不恰好な赤いマフラー。

 自分の袴と同じ色のそれを両手で持ってぎゅうっと顔に押し付ける。

 そのマフラーからは、大好きな真帆のにおいがした。

 笑みを深め、お狐様はマフラーを手に己の器を見上げる。

 そして古ぼけた狐の首元に、そっとその赤いマフラーを巻きつけた。

 お狐様はそれを満足そうに見つめて一つ頷き、それから己の器の中へと帰って行った。

 

 

 

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とじる

そして……

 都心から遠く離れた片田舎。

 春先になれば、地元民が山菜取りに通いつめる山の麓に、古ぼけた赤い鳥居と小さなお社がある。

 そこに祀られているのはお狐様。

 普通は二つあるはずの狐の像は、なぜか一つ欠けている。

 そのお社を守るお狐様は、少し前まではとても寂しそうに見えた。

 でも、今は。

 古びた体の首元に、鮮やかな赤のマフラーを巻いたお狐様はなんだか幸せそうで。

 その口元もにっこり微笑んで見えるといつしか評判になり、古かったお社や、草だらけだった境内も、村の住人が代わる代わるお手入れをしてくれるようになった。

 そうやって小綺麗に保たれている境内には、お年寄りから子供まで、たくさんの人が遊びに来るようになり。

 お狐様はますます、嬉しそうな顔をするのだった。

 それは十年の時を過ぎても変わらず。

 そんなある日。

 一人の女性が、その赤い鳥居をくぐってお狐様の前に立った。

 「ママ~、これ、なぁに?」

 その女性は、小さな女の子を連れていた。まだ幼い彼女の娘は、古いお狐様の像を見上げて不思議そうに首を傾げた。

 「お狐様よ。とっても、優しい」

 言いながら、彼女の指先はすっかりボロボロになった赤いマフラーをそっと撫でる。

 懐かしそうに、愛おしそうに。

 「……コン様。マフラー、ずうっと大切にしてくれてたのね」

 嬉しそうに微笑み、彼女は持ってきた荷物の中から、真新しい手編みのマフラーを取り出す。色は当然、鮮やかな赤。

 彼女は古いマフラーをそっと外し、新しいマフラーを狐の首に優しく巻きつけた。

 すると。

 (……ぬ?なんじゃ??真帆の、匂いがするのぅ)

 狐の器の内側で、誰かが大きなあくびをした。そして、懐かしい匂いに惹かれるように、その誰かはするりと器を抜け出した。

 金色の毛皮の大きな耳に、大きな尻尾。そんな余分なものを着けた、巫女装束の可愛らしい幼女は、びっくりしたように、狐の像の前に立つ女性を見上げる。

 そして、なんだか泣きそうな顔でふにゃりと笑った。

 「ママ~。その子、だぁれ?」

 不意に、小さな女の子の声が、境内に響き渡る。

 娘の言葉に、すっかり大人の女性になった真帆は驚いたように目を見開いた。

 「あなたにも、見えるのね?ねぇ。ママに教えて。その子、今、どこに居るの?」

 「ん~と、ママの左の方」

 娘の言葉に従い、真帆は左を向いてしゃがみこむ。

 そして、自分の正面を探るように見つめながら、もう一度娘に問いかけた。

 「どう?今、私の正面に居る?」

 「うん。嬉しそうな顔で、ママの事見てる~」

 「そう、ありがとう」

 娘の言葉に頷いて、真帆は改めて己の正面をじぃっと見つめた。

 幼い頃、確かに見えたはずの存在は、今の自分の眼には映らない。

 けど、かの人は確かにそこに居るのだろう。昔、共に過ごした時の姿、そのままで。

 真帆は何も見えないその空間を見つめ、それから柔らかく微笑んだ。

 そして言葉を紡ぐ。

 「……コン様。私、いま、とっても幸せよ」

 と。

 そう告げた瞬間、見えないはずなのになぜか、目の前でそれはそれは幸せそうな笑みを浮かべる狐耳の幼女の姿が、確かに見えた気がした。

 

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良かったです~

スリングママ

2018/5/10

2

ありがとうございます!
嘘をついたところで終わるべきかなぁとも思ったのですが、どうしても救いが欲しくて書いちゃいました(笑)
書いてよかった!!

作者:高嶺 蒼

2018/5/10

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とじる

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