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魔法の言葉 完結

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妻を笑顔にさせる魔法の言葉とは。
そして夫が最後に言わなきゃならない言葉は、ご○○○○○。

1位の表紙

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「今日の君は、とってもプリティーだね!」

 僕達夫婦は、結婚して五年経つ。もう新婚とは言えないけれど、それでも僕らの仲はアッツアツだと思っている。出会った時からいつも笑顔で、とても魅力的なうちの奥さん。

 でも彼女は最近、何故だか機嫌が悪いのだ。その愛らしい顔からは笑顔が消え、いつもムッとしている。今だって褒め言葉をかけたのに、ツーンとそっぽを向かれてしまった。

 しかし僕はめげない。彼女に笑顔を向けてもらうその日まで、頑張って彼女が喜びそうな言葉をかけ続けるのだ。

「あ、前髪切った?」

「切ってません」

「その口紅、この前買ったやつでしょ!」

「毎日つけてますケド」

「こ、この煮物すっごく美味しそうだね!」

「あら、駅前のお惣菜屋さんにそう伝えておきます」

「……さ、最近痩せた? フェイスラインが前より引き締まったような……」

「……おあいにくですが、3キロほど肥えました」

「あ……そ、そうですか……」

 見事なまでの、撃沈ぶり。ガックリ項垂れた僕の手から箸が落ち、カーペットの上にコロコロと転がっていく。僕は慌ててそれを拾おうとしたが、彼女の手がそれを拾う方が早かった。

 横目で僕を一瞥した彼女は、スタスタと台所へ向かってしまう。

 (何故だ……どうして笑ってくれないんだ)

 シンクで僕の箸を洗う彼女の姿を見ながら、僕はため息をついた。思い付く限りの褒め言葉はかけたつもりだし、日常生活で特に常識に反する事をした覚えもない。

 まさか彼女は、僕の事が嫌いになってしまったのか? いやもしそうだとしたら、こうして一緒に夕食を囲ってくれないだろう。

「何故なんだ……」

「あなた?」

 必死に理由を考えていると、心の中の声が口から出てしまったらしい。台所から戻ってきた彼女に、不思議そうな顔をされてしまう。

 何でもないよ、と慌てて笑顔を取り繕ってみせると、彼女は洗ってきた箸をテーブルに置いた。水滴一つ残っていないその箸は、美しく揃えられて僕の箸置きの上に横たわっている。

 僕は彼女のこういう所が大好きだ。わざわざ洗ってきてくれる上に、綺麗に拭いて、僕が食べやすいように元の場所へ戻してくれる。そんな女性らしい気遣いの出来る所が、たまらなく大好きだ。

「ハッ」

 その時、僕の頭にとあるワードが思い浮かんだ。もしや、今の彼女にかけるべきはこの言葉なのではないか!? 彼女はこの言葉に飢えているから、こうして不機嫌なのではないか……?

 この突然の閃き。考えれば考える程、腑に落ちていく。そういえば最近この言葉を言っていなかったかもしれない。女性という生き物は、日々このような言葉を欲しがるというのを、何かの雑誌で立ち読みした記憶がある。

 そうだ、この言葉だ! この言葉こそが、彼女を笑顔にさせる魔法の言葉なのだ!

「ヴゥン! ンー、あ、あ、アー」

「あ、あなた……?」

「君。……愛してるよ」

 発声練習の後に、僕はバリトンヴォイスを意識して魔法の言葉を口にした。脳内での自分の姿を、背景に花を咲かせたイケメンフェイスに想像する事も忘れない。

 さあどうだ。これだろう。君が欲していたのはこの言葉だろう。僕は内心「ドヤッ」と思いながら彼女の反応を待った。

 だが、ぼーっと僕の顔を眺めていた彼女が発した第一声は、思いもよらないものだった。

「ええ、私も。さ、早くいただきましょ」

 (……エーッ!!)

 まさか渾身の愛を込めた言葉がササッと一蹴されてしまうとは、夢にも思わない。僕はショックで口をパクパクさせたまま青ざめた。

 一応同意の旨を返してくれたものの、ぞんざいに扱われた感じがなんともむなしい。一体彼女を笑顔にさせる正解の言葉とは何なのだろう。僕はどこで道を踏み外してしまったのだろう……。

「ハァ……」

「あなた? どうしたの、さっきから」

「ううん……何でもないよ。いただきます」

 ガタガタッ。彼女がいきなり椅子の上からずっこけそうになる。椅子の上からずっこけるってどういうこっちゃと内心ツッコミつつも、僕は立ち上がって彼女の方へと駆け寄った。

「ど、どうしたんだい。大丈夫かい?」

「……今、何て?」

「へっ?」

「もう一回。もう一回言って」

 僕は人指し指を唇の下に当てながら、脳内フィルムを数秒巻き戻す。そうして該当するだろうと思われる言葉を、のろのろと呟いた。

「何でもないよ、いただきます?」

「!!」

 驚愕の表情をした彼女は僕を指差すと、口を小刻みに動かし始めた。次第に僕の耳へ、それそれそれ、と呪文のような呟きが聞こえ始めた。

「それ。それよそれ。いただきます。それ、それずーっと言って欲しかったの!」

「え、何、なんで?」

 まさか彼女の欲していた魔法の言葉が、『いただきます』だなんてありきたりな言葉だとは思わなかった。

 僕が目をぱちくりさせながら問いかけると、彼女はつもり積もった思いを吐き出すように口を開いた。

「……あなた、いつからか食事の挨拶をしなくなったわよね。それはどうして?」

「えっ、あ……そういえば」

「……うっかり忘れてたの?」

「う、うん……」

 彼女はしばらくタジタジする僕を訝しげに見つめていたが、やがてホゥと息を吐いた。

「親しき仲にも礼儀あり」

「はい……」

「頑張って作った食事を、何にも言わないでモクモク食べられるのは悲しいわ。ちゃんと忘れないで挨拶して。人としての基本でしょ?」

「ごめん……」

 しおらしく謝ると、彼女が僕を包み込むように抱きしめる。ほのかに鼻をくすぐる石鹸の香り。恐る恐る顔を上げると、気まずそうに視線を伏せた彼女が、僕の額に己のそれをごちんと当てた。

「……ごめんなさい、言い過ぎたわ。寂しかったの。そうした当たり前のやり取りを、『もうコイツにはしなくてもいいか』って省略されてるんじゃないかと思って」

「そ、そんな事思うもんか!」

「ええ、勿論あなたがそんな人じゃないって事分かってるわ。だって、私が選んだ人だもの」

「君……」

 そう言いながら、彼女は愛らしい笑みを僕へと向ける。その笑みを見た僕の胸がキュンと高鳴った。

 これこれ! これだよこれ!

 頭の中の小さな僕が、小躍りで喜んでいる。ずっと欲していた彼女の笑顔を手に入れた僕は、嬉しさのあまり彼女を抱きしめ返した。そうして暫しの抱擁を堪能した後で、僕らはやっと席につくのだった。

「それじゃ、いただきまーす!」

「はぁい。召し上がれ」

「うわぁ、美味しそうな煮物だなぁ!」

「ウフフフ……」

 十数分後、机上の皿は全て空になった。僕は笑顔で箸を置いた。

「あー、食べた食べた! お腹いっぱいだ」

「お粗末様でした。喜んでもらえて嬉しいわ」

「ゲフッ……おや、失礼。さあ、皿洗いは僕がやるから、君は休んでなよ」

「ええ……」

「ん、何?」

「……あなた、何か言い忘れてない?」

 彼女はニコニコと微笑みながら、小首を傾げてみせる。可愛いなぁと思いつつ、僕は唇の下に人指し指を当てて思考した。

 そしてピコンと閃き、笑顔で彼女に答えた。

「とても美味しい料理だったよ! 君の作る料理は最高だッ!」

 ピキン、と彼女の額に青筋が浮かぶ音がした。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/12)

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挨拶が大事と何度も教わりますが、私もつい忘れがちです。
最後の挨拶まで気を付けようと思います(笑)

爪隠し

2018/5/11

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爪隠しさん、コメントありがとうございます!

作者:カンリ

2018/5/12

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とじる

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