1

魔法おじさん☆吉田裕之 完結

ポイント
42
オススメ度
4
感情ボタン
  • 4
  • 4
  • 0
  • 0
  • 0

合計:8

投稿された表紙はありません

この物語の表紙を投稿する

目次

すべてのコメントを非表示

I'm a Loser

「吉田君。新入社員じゃないんだから、そのくらい自分で判断してくれないか」

 吉田裕之は葛藤の中にいた。

 上司、南本芳樹の口癖「そのくらい自分で判断しろ」と「勝手に判断するな」の"そのくらい"のさじ加減がわからないのだ。どのレベルから上司に報告しなければならないのか。

 いちいち高圧的に来られるので、報告相談をためらい自分で処理すると叱られ、逆に報告相談すると、やっぱり叱られる。叱られるたびに委縮してしまい自分がいかに卑小な人間であるかという現実を突き付けられるのだった。

 人材育成能力や人間性は別として、実務能力があるいわゆる切れ者で仕事面では尊敬できる上司だけに、心の中で毒づいたり自己正当化するのも自分がよりみじめになりそうで躊躇われたから、逃げ道を絶たれた状態と言えた。

 いつものようにサービス残業をこなし、終電に揺られながら裕之は虚無感に近い感情に襲われていた。いつもの習慣でスマートフォンを取り出しネットゲームを始めたがすぐにログアウトした。電車通勤の時間を読書やスキルアップに利用する気力がなく、ネトゲにハマっていた裕之だったが、今夜はネトゲをする気力さえなかった。

 俺はいったい何のために生きてるんだろう。社会の歯車にすぎないことを自虐する人はよくいるが、歯車として機能しているならいいじゃないか。俺みたいに不良品の歯車は存在意義さえない。

 車窓に映り込むさえない中年男に、心の中で話しかける。おい、お前はこのまま朽ち果てるつもりか。ロックスターになりたかった高校生のころのお前が、今のさえないお前を見てどう思うだろうな。アマチュアバンドのフロントマンとしてそれなりに女の子にもモテたお前が二十五年後にこのざまだよ。小学生の頃はスーパーヒーローに憧れたっけ。なんとかレンジャーごっこのときはお前がメインキャラだったな。まさか、そのお前が社会にでたとたんメインから外れるどころか、アシストさえ満足にできない無能になるとはな。

 車窓に映るくたびれた中年男は自虐的に歪んだ笑みを浮かべた。

 改札を抜け夜道を歩く。

 いつもなら、寄り道などしないのだが、何かを感じたのか単なる気まぐれなのか、裕之の足は公園の前で止まった。妻はもう寝ているだろう。最近はまともな会話もない。子供には恵まれなかった。どうせ俺を待ってる人はいないんだ。

 裕之は公園のベンチに腰掛けた。

 頼りない街灯の灯りは、裕之自身の投影のようでもあった。

 煙草を咥え、過去の自分と現在の自分の比較検証作業を再開した。大学のテニスサークルで仲良くなったのが今の妻だった。あいつも昔は可愛かったな。昔はな。

 こんなネガティブな堂々巡りの思考に囚われるのは危険だとわかってはいるが、ポジティブな思考法はとうの昔に忘れてしまっていた。

 煙草の火を消し携帯灰皿に入れ、鉛の入ったような疲れた体を立ち上げようとしたときだった。

 閃光と爆発音、そして風圧が裕之を直撃した。

「グゴオォォォォ!」

 得体のしれない獣のような咆哮が耳朶を打った。振り返るとそこには――

 悪魔がいた。

 濡れた闇のような黒々とした硬質の皮膚。膨大な筋肉をまとった体躯はおそらく裕之の二倍はあった。裂けるように赤く拡がった口腔には鋭い牙が並び、双眸は鬼火のように禍々しい光を放っている。

 事態を把握しないまま本能的に恐怖を感じ逃げようとするが脚がもつれ転倒する。地面を這う裕之。悪魔は無様に這う裕之を無視して、そのまま通り過ぎていく。悪魔の長い脚の動きはどこか昆虫を連想させるものだった。

「逃がさないわよ!」

 その女性の声は、地声というよりアニメ声優がよく使うフェイクの発声法だ。緊迫した状況にこれほどミスマッチなものはないだろう。とはいえ、日常世界に突然悪魔が出てきたこと自体がミスマッチであるのだが。

 声の主は、緑色の華やかな衣装をまとったローティーンの女の子だった。

 女の子は異常な跳躍力を発揮して宙に舞い、手にした奇妙な杖のようなものを悪魔に差し向けた。

「ペパーミントフラッシュ!」

 杖の先から緑色の光線が放射され悪魔を直撃する。

 悪魔は耳を聾する咆哮をあげ苦しんだはてにそのまま動かなくなった。

「この世に悪がある限り、マジカルキャンディがおしおきよ!」

 女の子はフリルのついたミニスカートをひらりとさせ、杖のようなものをくるりとまわしウインクした。

 なんだ、これは。

 俺は疲れてるんだ。こんな意味のわからない幻覚を見るなんて。しばらくはサービス残業は控えよう。

 吉田裕之はぶつぶつと呟きながら立ち上がって砂を払った。

「おじさん?」

 女の子に声を掛けられる。

「幻聴に幻覚。ストレスが溜まってるんだ。一度温泉にでも行こう」

「やっぱり。おじさん、わたしの姿が見えるのね!」

 女の子が顔を近づけてきた。異常なほどに可愛い。甘さのなかにミントのような清涼感のある香りが裕之の鼻腔をくすぐる。

「ということはおじさんも選ばれし戦士なのよ。さあ魔法少女マジカルキャンディの一員になって一緒に悪と戦いましょう!」

 裕之の手を握る。

「重症だ、これは」

「いい加減にして! 目を覚まして。これは現実よ!」

 肩を揺さぶられる。裕之はしぶしぶ認めた。

「わかったよ。確かに幻にしては細部までリアルすぎる。で、これが現実だとして、俺が魔法少女になるってどういうことだ。俺は見てのとおりの四十過ぎのおじさんだぜ。こんなのが君みたいな衣装着たら地獄絵図だろ」

 今でこそ貧相なスーツに身を包む安サラリーマンで休日も安い服しか着ないが、ロックバンドをやっていたころは衣装やメイクに凝っていたぶん美意識には敏感だ。だらしない肉体と疲れた顔のおっさんがこんなきらきらした衣装を着る絵面を想像して、裕之は身震いした。

「ってことで残念だけど、お断りするよ。じゃあ帰るね」

「断る理由はあなたがおじさんだから?」

 しつこい。

「そういうことだね。俺が君みたいな美少女だったら魔法少女でも何でもなってやるさ」

「言ったわね。約束よ」

 自称魔法少女はポケットから煙草のような形と大きさの、しかし明らかに煙草ではないものを取り出した。

「いやごめん、俺は変なクスリとかに興味ないから」

 裕之の言葉を無視して、少女は煙草のようなものを指先でくるりと回した。その途端、それは全長八十センチ前後、直径は三センチ程度の杖らしき物体に変化した。先ほど彼女が戦いのときに用いていたものと同じものである。先端にメダルのようなものがきらきらと輝き、ハートマークが刻印されていた。いかにも魔法少女のアイテムという感じの代物だ。

「ラブパワーステッキっていうの。さあ、これをこう握って、私の言うとおりに唱えてね」

 半ば強制的に持たされる。

「愛の精霊よ! しずけき夜の星々よ! 我に力を! シャルマンシャルマンプティフィーユ!」

 いい歳こいたおっさんにそんなことを言わせる気か。ちょっとした変化球のセクハラだろ。

 だが、内心の抵抗と無関係に勝手に口をついて呪文が出てくる。

「愛の精霊よ! しずけき夜の星々よ! 我に力を! シャルマンシャルマンプティフィーユ!」

 自らの意志と無関係に、芝居がかった調子で呪文を唱えたと同時に、裕之の体は眩い色鮮やかな光ときらきらとした音の乱反射に覆われた。

 光が消えると、裕之がいた場所には華やかな衣装を纏った少女の姿があった。

「魔法少女マジカルキャンディソルト参上! 悪い子は塩漬けにするわよ!」

 決め台詞らしきものがすらすらと口から勝手に出てくる。いわゆるアニメ声である。

 決めポーズをしたあとようやく自分の体が自分の意志で制御できるようになった。

「……」

 裕之は公園の汚いトイレに駆け込み鏡で自分の姿をまじまじと見つめた。

 魔法少女の衣装に身を包んだ異常なほどに可愛いローティーンの少女の姿。胸元には塩の結晶をイメージしたと思われる透明なつぶつぶが煌めいている。

 背後から声を掛けられる。

「おじさんの姿じゃないから大丈夫でしょ。約束は守ってね。今日からあなたはマジカルキャンディソルトよ。わたしはキャンディペパーミント。よろしくね」

「キャンディソルトって塩飴ってこと? 可愛くないわね」

「魔法少女を押し付けられた不満じゃなくて、そっち? 適応が早いわね」

 キャンディペパーミントはくすっと笑った。

「可愛い名前のアカウントは既に登録済みなのよ。わたしもキャンディハニーとかキャンディストロベリーになりたかったわ」

 アカウント? 

「変身した状態をログインとするなら、あなたの場合はソルトがID。さっきの呪文がパスワードよ。呪文はシンプルだからアカウント乗っ取りの防止のためにラブパワーステッキには声紋と指紋認証機能が付いてるの」

 ステッキの握りかたに注文をつけたのは指紋認証のためだったのか。

「なんだかネットゲームとかSNSみたいなのね」

「あなたの今の姿は、ネトゲやSNSでいうアバターやアイコンってところね」

 未知の魔法の世界もネットゲームやSNSに置き換えていくとなんとなく理解した気になる。 

「つまり女の子に成りすましてるわたしはネカマってこと?」

 自虐的な冗談として言った言葉が禁句だったようだ。沈黙が流れた。

 しばらくの沈黙のあとキャンディペパーミントは言った。

「そうね。でもあんまりそういうことは言わないほうがいいわよ」

 鈍い裕之もようやく事態を察した。裕之の今の姿がかりそめのアバターであるのと同じように、ペパーミントもそうなのだ。その正体はメタボのおばさんかも知れないし、加齢臭漂うオヤジなのかも知れない。女言葉を強調した感じのいまどきじゃない喋り方もネカマの特徴に似ている。

 世の中には知らないほうがいいこともあるのだ。

「今日みたいに、悪魔とのタイマン勝負もあるけど、基本はチーム戦だからね。今後、一緒に戦うこともあると思うわ。その時はよろしくね。じゃあ、洗い物しなきゃいけないから、そろそろ帰るわね」

「洗い物? 主婦なの?」

「あーーーー! 今のは聞かなかったことにして。わたしは謎の美少女キャンディペパーミントよ。ステッキは魔法ネットにアクセスするための端末だから大切にしてね。それじゃあ、またね」

 キャンディペパーミントはラブパワーステッキを回転させると宙に舞った。

「ペパーミント、待ってよ! 訊きたいことまだまだいっぱいあるのにぃ!」

 空の飛び方もわからないし、攻撃のしかたもわからない。マジカルキャンディや悪魔が何者なのかも把握しきれてない。魔法ネット? アクセス? 「わたしが見えるの?」って、言ってたってことは普通の人には魔法少女の姿は見えないってこと?

 もう一つ肝心なこと。変身の仕方はわかったけど、元にもどる方法は?

「ログアウトの方法教えてよ!」

 しかし、キャンディペパーミントの姿はすでに小さく遠ざかっていた。

 このままログアウトできなかったら、どうしよう。この姿では家にも帰れないし、会社にも行けないわ。

 取り残されたキャンディソルトは立ち尽くし空を見上げた。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/05/20)

修正履歴を見る

  • 2拍手
  • 4笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

1

半ば強引な?展開も無理なく読ませる、引きこまれる地の文とセリフと、素敵です!!面白いですヽ(^o^)丿

湊あむーる

2018/5/16

2

湊あむーるさん、ありがとうございます。
ファンタジーにしては理屈こねすぎですが、よろしければ最後までお付き合いいただければ嬉しいです

作者:宮本摩月

2018/5/16

3

興味本位で 読んでみましたけど とても面白いです

oba

2018/7/25

4

obaさん 感想ありがとうございます

作者:宮本摩月

2018/7/25

コメントを書く

とじる

Strawberry Fields Forever

「吉田君、どうして報告しないんだね。勝手に判断するなと何度言わせるんだ」

 上司、南本芳樹の叱責に頭を下げた姿勢のまま、吉田裕之は昨夜の出来事をどう解釈したらいいのか頭を巡らせていた。

 このまま魔法少女マジカルキャンディソルトの姿から戻れなかったらどうしょうという不安は杞憂に終わった。ラブパワーステッキのいくつかの謎のボタンをいじってみたり、指紋認証センサーと思われる部位に指を付ける握り方をしてもう一度呪文を唱えたりしたが、一向にもとに戻ることはなく、疲れてベンチに座り込みうとうとしたところまでは覚えている。目が覚めると元の姿に戻っていたのだ。こっそり音をたてないように自宅のドアを開け妻に気づかれずにベッドにもぐりこめたのは幸いだった。寝室が別々になって久しいが、そのことをこれほど感謝したことはない。

 ログアウトを試行錯誤したおかげでラブパワーステッキの使い方はかなり把握できた。ボタン操作の組み合わせで、空を飛べたり攻撃魔法を使えるのだ。ステッキを握る力加減で魔法の強弱の調節もできる。ラブパワーステッキは魔力が充填されたバッテリーでもあり、強い魔力を使いすぎると残量表示と思われるバーがぐんぐん短くなるのがわかった。しばらく放置すると少しずつ魔力残量表示バー(?)が伸びてマックスになる。悪魔との対戦では魔力のスタミナ配分も重要な戦略になることだろう。

 現実感のないできごとであるが夢ではなく、その証拠にズボンのポケットには煙草サイズのラブパワーステッキが入っている。うなだれた姿勢のまま、さりげなくステッキをズボン越しに触ってみる。仕事が終わったら、また変身しよう。

 裕之は、スマートフォンのネットゲームに代わる現実逃避の手段を見つけたのだった。

「吉田君、聞いてるのかね」

 南本芳樹の怒声に現実に引き戻される。

「すみません」

 南本は更に、裕之がいかに能力がなくいかに人間としてダメなのかを諄々と説きはじめた。自分を有能だと思っていたバンドマン時代の裕之がまずい演奏のメンバーに容赦なくダメ出しした行為が時間差で自分に帰ってきているとも言えた。

 まったく上司の指摘する通りで反論の余地もない。いつでも正しいのは南本であり、間違っているのは裕之であった。皮肉でもなんでもなく事実そうなのだ。何の価値もない人間であることは自分自身で充分にわかっている。しかし他の社員の前でこの手の存在否定をやられるのは何年たっても慣れることのない苦痛だった。

 正論で無能を追いつめることの罪深さは有能な南本には永遠に理解できないことだろう。    

 苦痛から逃れるために、また昨夜の出来事に思考を巡らせていると、南本は説教を中断し心配そうな顔で言った。

「吉田君、今日はどうも様子が変だが体調でも悪いのかね? 今日は早退してもいいぞ」

「ありがとうございます。大丈夫です」

 裕之は頭を下げた。南本は有能ゆえに知的弱者の気持ちはわからないが決して悪い人間ではなく、心の中で悪態をつく対象にできないのが逆にやっかいだった。昨夜の悪魔のようなわかりやすい悪のほうがどれだけ気が楽なことか。しかし現実はそうはいかない。

 ――いや、昨夜の出来事も現実なのだが。

 南本の心遣いで定時に仕事を終えた裕之は昨夜の公園のベンチに座っていた。まだ午後七時になっていない。子供の姿はないが、ときおり道路を行き交う人がいて変身するのは勇気がいった。

 そうだ、昔のアメリカンコミックのヒーローが電話ボックスで変身したように密室にいけばいいんだ。

 裕之は公園の汚いトイレに入った。

 ポケットから煙草大のラブパワーステッキを取り出しくるりと回す。何度かの失敗の末にステッキは通常サイズになった。

「愛の精霊よ! しずけき夜の星々よ! 我に力を! シャルマンシャルマンプティフィーユ!」

 きらきらとした音と光の中、裕之のシルエットが少女のラインに変化していく。

「魔法少女マジカルキャンディソルト参上。悪い子は塩漬けにするわよ!」 

 ログインに成功したようだ。鏡で確認する。現実離れした美少女が白を基調にした衣装に身を包み立っていた。

「わたしってなんて可愛いのかしら……」

 キャンディソルトは鏡のなかの自分の姿に見惚れ、体中を撫でまわし、ナルキッソスの心境でせつないため息をついた。

 おそるおそるトイレから出る。出てしまうと開き直った。仮に誰かに見られても問題ない。コスプレ趣味の変わった女の子と思われるだけだし、魔力があれば補導される前に逃げられる。誰も正体が裕之とは知らないんだから、社会的生命を失う心配もない。

 魔法を使ってる現場を見られたとしても心配はなさそうだ。子供でもない限りは見たものをそのまま受け止めないだろう。昨夜の裕之がそうだったように幻覚だと判断するはずだ。ビデオ撮影されたとしても何かのトリックと思うのが普通の反応だろう。

 ラブパワーステッキの操作は昨夜の試行錯誤である程度は把握している。

 宙に浮いてみた。通りに人が歩いているのを見つけたが、どうでもよくなった。なんなら、目撃されたいくらいだ。

 ステッキをベンチに向け叫ぶ。

「ソルティアタック!」

 ステッキから白く輝く光線が放射されベンチを直撃する。はじめは弱い魔力で。少しづつ強めていく。光も比例して強くなり、ある強さになると音を立ててベンチが壊れ、さっきまでベンチを構成していた板切れやボルトなどが派手に飛散した。

「凄い……。わたしって凄い」

 高校のころアマチュアバンドでライブを大成功させたときの比ではない万能感に恍惚となる。

 恍惚を妨害するかのように、ステッキがアラームを発した。見ると魔力の残量が大幅に減っている。ソルティアタックは強力なだけに魔力の消費量も大きいのだろう。安易には使えないということだ。

 魔力は自動で充填されていくようだが、もし枯渇するとどうなるのだろう。今の宙に浮いている状態を維持できないかもわからない。それに、この状態で悪魔が襲ってきたらどうする。魔力がある程度充填されるまで逃げ回らなければならない。

 次からは気をつけようと、身を引き締めたとき、ステッキがさっきとは明らかに違う種類のアラーム音を発した。注意喚起というより緊急警報に近いニュアンスのメッセージを感じさせる音だ。

 キャンディソルトは周囲を見回す。

 遠くの夜空に”あれ”の姿があった。

「グゴオオォォォ!」

 聞き覚えのある咆哮とともに黒い翼を広げた悪魔がぐんぐん近づいてくる。

「うそぉ。魔法少女マジカルキャンディソルトは今夜でいきなり最終回なの?」

 もう一度ソルティアタックを試してみるか。一か八かの大勝負。

「ソルティアタック!」

 一瞬弱々しい光線が出たがすぐに途切れ、再びアラームが鳴った。

 地面に着地しキャンディソルトは観念した。つまらない人生だった。どうせ俺は誰からも認められない無能な人間だ。生きることにそこまで執着はない。妻もそれほど悲しむことはないはず。生命保険、もう少し掛けておいてあげればよかったが、なんとか生きていくだろうよ。

 ただ、明日の朝公園に転がる安サラリーマンの変死体を発見する人のトラウマを思うと気の毒ではあった。

 悪魔は数メートル離れた場所に着地した。威嚇するかのような咆哮とともに悪魔のイメージ図によくあるような三又槍を振りまわし、キャンディソルトに差し向けた。

 三つの切っ先から放たれた赤黒く振動する光が合流して一抱えほどの火球に膨れ上がった。

 揺らめきの加減で哄笑する魔物のようにも見える火球はソルトに襲いかかった。

 咄嗟に身を翻す。ソルトの顔の間際に火球の軌道があった。火球はそのまま真後ろの立ち木にぶつかり爆発した。立ち木は二つに裂け燃え上がる。爆風がソルトを地に叩きつける。

 悪魔が勝利を確信したかのように、ゆっくりと近づいてきた。

 倒れているソルトの上にのしかかる。圧迫感に気を失いそうになる。

「ストロベリーフィールズフォーエバー!」

 唐突な女の子の叫び声と同時に鮮やかな赤い光が世界を覆った。耳を塞ぎたくなるような悪魔の断末魔の叫びは永遠に続くかと思うほどだった。

 動かなくなった悪魔の体を軽々とひきはがして助けてくれたのは見知らぬ美少女だった。

「あなたが新人のキャンディソルトね。わたしはキャンディストロベリー。よろしく」

 可愛い名前のアカウントということは、初期メンバーなのだろう。『ストロベリーフィールズフォーエバー』という技の名前から考えてもビートルズ世代の高齢者なのではないだろうか。裕之はロックをやっていたからこの曲を知っているが、裕之と同世代のほとんどの人間はロックオタクでもない限りビートルズといえば代表的な数曲しか知らない。

「ありがとう」

 事情を簡単に説明すると、キャンディストロベリーは叱責口調になった。

「どうして、そんな危険なことをしたの。魔力の無駄遣いは死に繋がるのよ」

「ごめんなさい。自分の力を試したかったの」

「初心者なんだから、魔法を使うときは先輩に相談してね」

「そんなに危険なことだとは思わなかったの」

「危険かどうかは経験を積んではじめてわかることなの。勝手に判断しないで!」

 ストロベリーの叱責に既視感を覚えながらソルトはうなだれた。

 これは現実逃避の楽しい遊びなんかじゃない。責任を背負い、命の危険を伴った”現実”なのだ。

 ストロベリーは更に説教を続けた。この感じ。ものすごく既視感がある。何、この感じ。

「ソルト! 聞いてるの?」

「ごめんなさい」

「ペパーミントもペパーミントよ。どうして、説明しなかったのかしら」

 ストロベリーの怒りの矛先がキャンディペパーミントにまで向かってしまった。ペパーミントが叱られたら、わたしが逆恨みされちゃうわ。魔法少女でいるときくらいは楽しくいたいのに。そんなの嫌。

「ちがうの。ペパーミントは説明しかけたんだけど、わたしが、今度にしてって言ったの。戦いを目撃したショックで気疲れしてたから」

 咄嗟にしては上出来の嘘でペパーミントを庇う。

「そうなの。じゃあ、わたしが基礎事項を説明するわね」 

 キャンディストロベリーは順を追って話しはじめた。

  • 0拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

Octopus's Garden

 同じ対象を撮影しても、モノクロ写真とカラー写真が違うように、そして可視光しか写せない写真とレントゲン写真が違うように、更に言えば写真と動画、立体動画が違うように、観測されたものは対象の正確な反映ではありえない。

 世界は、人間の五感や観測機器で捉えられた事象だけではなく、様々な事象が重なり合って存在している。一般に魔法と言われる事象もその一つである。普通の人間の五感や観測機器では捉えることができないが、ごく一部の人間だけが魔法事象を観測できたり行使できたりする。そういう人間が集まった秘密結社は昔から存在していて、マジカルキャンディもその一つなのだ。

 あれだけの爆音を立てても、叫んでも、通行人が気づかなかったことでもわかるように、魔法少女や悪魔の姿、行使する魔法は一般人には感じ取れない。昨夜の悪魔は、一般人の姿の裕之を完全無視していたが、それは魔法を感じ取れない一般人に攻撃しても通じず無意味だからだ。裕之の場合は感じる能力があるので、あのとき攻撃されていたらただではすまなかったのだが。

 壊れたベンチや燃えた立ち木など、魔法の干渉を受けたように見えるが、もし一般人がそばにいて見ていたとしたらそういう風には見えていない。彼にとってはベンチは壊れていないし、立ち木も燃えていない。観測者の違いによってベンチが壊れているか壊れていないかが異なってくるのである。それぞれが真実であり、世界はさまさまな事象が重なった複合構造なのだ。

「動物は人間よりも私たちの存在を感じる能力が高いの」

 虚空にむかって無意味に吠える犬などがたまにいるが、魔法少女と悪魔の戦いを雰囲気だけでも

感じ取ったケースもあるのかもしれない。

 秘密結社マジカルキャンディーの構成メンバーがどのくらいの人数なのかはキャンディーストロベリーも把握していない。メンバーが新しくなるにつれ可愛い名前やキャンディーとの関連性が高い名前を与えられる可能性が小さくなる。キャンディーソルト(塩飴)という名前は可愛くはないが比較的まともな部類だそうである。

「中にはキャンディーロブスターとか、キャンディーオクトパスとか、可愛いさゼロでキャンディーのイメージとかけ離れた名前のメンバーもいるらしいの」

「キャンディオクトパスじゃなくてよかったわ」

 きっと吸盤がついた衣装でラブパワーステッキには八つの触手が生えていたりするんだろう。脳裏に浮かぶイメージに、ないな、とかぶりを振った。

 キャンディストロベリーの話は秘密結社マジカルキャンディの活動に及んだ。マジカルキャンディは各地に魔法ネットを張りめぐらせ魔法少女の活動範囲を広げている。活動目的は悪魔の根絶。

「ちょっと待って。魔法ネットって何? それと、そもそも悪魔って何なの?」

「どう説明したらいいかしら。インターネットの魔法版とでもいうか……。魔法事象を感受できる人間一人ひとりをつなげる仕組みっていうか。一人ひとりのパワーは微弱でもつながることで強力なものになるわけ」

 ラブパワーステッキは魔法ネットに接続するための端末で、魔法ネットにつながったら強力な魔法を使えるようになるという。

「ちなみにどこでも魔法ネットにつながるわけじゃないのよ。この公園はフリー魔法スポットだから大丈夫だけどね。通常の場所では契約しなきゃつながらないし、魔法波動が圏外の場所ではつながらないの」

 インターネットに似ているどころかそのままなようである。

「契約ってプロバイダかなんかがあるの?」

「秘密結社マジカルキャンディはそのプロバイダでもあるのよ。今、二年契約したら三か月無料で魔法少女サブアカウント付きだからおすすめよ」

 魔法少女の世界もずいぶん世俗的なようだ。で、悪魔とはいったい何?

「悪魔とは何かって、その質問は哲学的、根源的すぎるわ。神とは何か、人生とは何かって訊くようなものよ。悪魔は悪魔。物語とかでおなじみでしょ」

「悪魔は一般の人間に手を出さないんでしょ? だったら根絶する必要ないんじゃないの」

「私たちに襲い掛かってくるのよ。さっきも言ったように、私たちの今の状態も現実なの。悪魔は現実に危害をもたらす存在なのよ」

 論理の遊びのような気もした。

 しかし、たしかに魔法ネットは重要な人類の資源としての可能性を秘めている。今は一部の人間しか利用できないが魔法事象を感受できる人間の特性の研究が進めば人類の普遍的財産になるかもしれない。これを脅かす悪魔は駆除すべき存在なのだろう。

「ラブパワーステッキの基本的な使い方は大体把握してるようだけど、まだ危なっかしいわね。一人のとき警報が鳴ったら戦わずに逃げるかログアウトして。悪魔は一般人に興味ないから」

 キャンディストロベリーは文庫本の半分ほどの大きさのマニュアルを開き、ログアウトのときのステッキの握り方と呪文が記されている箇所を示した。

 黒魔法白魔法問わず魔法は闇属性の力なので夜明けには自動でログアウトする仕様になっているらしいが、多くの魔法少女は自らログアウトするらしい。引きこもりでもないかぎり、”現実”の生活に支障をきたすからだろう。

「魔法ネットに接続してるかどうかは、ステッキのここのバーを見たらわかるの。でもフリー魔法スポットはそんなにないからプロバイダ契約したほうが……」

 きっとソルトが契約するとストロベリーに紹介料が入るんだろう。そういえばペパーミントがやけに熱心に魔法少女になることを勧めてきたのもそういうことか。

 魔法少女のコミュニティは見た目ほど綺麗な夢の世界ではないようだ。

「基本的なことは以上よ。これマジカルキャンディのパンフレット。契約したくなったら連絡してね。じゃあ、また」

「待って。悪魔の死体はこのまま放置してても大丈夫なの?」

「昨日どうだった? 放置してても一般人には見えないし。気にしなくてもいいわ」

 そう言い残してキャンディストロベリーは夜空のかなたに消えていった。

 昨日の悪魔はそういえばどうなったんだろう。一般人には見えないとしても裕之には見えたはずなのに朝気づいた時には悪魔の死体はなかった。消滅するのだろうか。

 それとも……。

 キャンディソルトの脳裏に浮かんだのは、悪魔も魔法少女と同じように正体は普通の人間なのではないかという疑念だった。

「よし、今夜は眠気との闘いね」

 夜明けに悪魔もキャンディソルトと同じように自動ログアウトするのではないか。ソルトは悪魔のそばに座りこんだ。

 夜が深まってくる。

 おそらく終電利用だと思われるサラリーマンが公園の外の道を歩いている。あれは、佐藤さんだわ。

 キャンディソルトこと吉田裕之は近所付き合いのいいほうでもないが、佐藤も裕之も終電利用が多いので、たまたま同じタイミングに改札を出たときは他愛無い会話を交わす程度の浅い交流はある。そこまで親しいわけではないが佐藤忠信というフルネームも知っている。歌舞伎にも登場する武将や有名俳優の本名と同姓同名らしく、佐藤はそれを自虐ネタとしていたからだ。ソルトはどうせ一般人には姿は見えないのだという安心感で近所の住人佐藤の姿を無遠慮に眺めた。

 と、目が合った。二度見するような仕草をして佐藤が歩き去っていった。

 佐藤も見える体質のようだ。案外見える体質の人間は多いのかもしれない。ソルトは勧誘しようかと一瞬思ったがやめることにした。マジカルキャンディの居心地が良いかどうかもまだ未知の状況で安易な勧誘は無責任だろう。

 夜明けまでは時間がある。少しだけ仮眠しよう。壊れていないベンチに躰をよこたえる。

 と、公園に佐藤が入ってきた。

 咄嗟に身を隠す。

「おかしいな、たしかに仲間がいたと思ったんだが……。悪魔の死体がある。もう撤退したのか」

 佐藤はビジネスバックから取り出した小さなステッキを通常サイズに戻し叫んだ。

「ピルピルゲロゲロギトギトガチョーンスコズコバッコンテヘペロアルツハイマー!」

 と同時に佐藤の身体は光に包まれ……。

「佐藤さん、すでに魔法少女やってたのね……。それにしても、何この変な呪文」

 物陰に隠れたソルトは苦笑した。色気づいた女子中学生の書いた安物のポエムみたいな自分の呪文と、下ネタとか泥団子で大喜びする男子小学生の考えたような佐藤の呪文どっちがマシなのか。究極の選択かもしれない。

「魔法少女マジカルキャンディオクトパス、見参。タコ殴りにしてやるわよ!」

 噂のキャンディオクトパスだ。

「佐藤さん……」

 見てはいけないものを見てしまった。

 オクトパスは宙に浮いたり墨状の攻撃魔法をはなったり一通りのことをしたあと、ロウアウトして呟いた。

「キャンディオクトパスの姿とも今日でお別れ。さよならみんな。さよならキャンディオクトパス」

 そういって公園のごみ箱にステッキを投げ込んだ。どういうことだろうか。

 今更、姿を現すわけにもいかないし、改札で顔を合わせたときに訊くわけにもいかない。

 永遠に解決できないであろう疑問を抱えてしまったために、佐藤が去っていったあとも、ソルトは眠れずにいた。

 夜明けになろうとしていた。眠気のピークをすぎた高揚感とこれから起きることへの期待感で

目がさえてきた。

 唐突にしゅうしゅうという音とともに悪魔の死体から激しい湯気が立ちのぼった。悪魔だけではない。キャンディソルトの身体からもだった。

 煙がおさまると、浦島太郎が変貌したようにキャンディソルトは、安サラリーマンの姿に戻っていた。

 悪魔は……。

 悪魔の姿はなかった。煙とともに消えていたのだ。マジカルキャンディと同じように悪魔の正体も人間なのではという裕之の推測は外れた形だ。悪魔は本物であり、魔法事象という将来人類の共有財産になるであろう世界を脅かす存在なのだ。

  • 0拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

Tomorrow Never Knows

「吉田君、そのくらいのことは自分で判断できるだろ。何年この世界で飯食ってるんだ」

 恒例の説教に頭を下げ、今更ながらの眠気と闘う裕之だった。

 不思議なことに、今日は説教されてもそれほどの苦痛ではない。世界が多層的な構造であるように、ここで頭を下げている安サラリーマンも吉田裕之のすべてではないのだ。今まで仕事という一つの物差しだけで自分自身の価値を規定していたが、裕之にとっては、好きでもない生きるための手段に過ぎない仕事にそこまでの重きをおく理由などない。そんな開き直りにも似た心境だった。所詮は現実逃避であり、良い子のみなさんにはおすすめできないことではあるが。

 一度事物を俯瞰した目で見ることができただけでも、怪しげな秘密結社に所属して魔法少女になったことは単なる変態行為や逃避行為というだけではなく有意義な経験だったように思う。

 一種解放状態にある裕之の脳裏には様々なやりたいことが渦巻いていた。

 昔のバンド仲間ともう一度会おう。もしみんなのやる気があるなら再結成するのもいいんじゃないかな。こんどは俺はフロントマンじゃなくてもいい。演奏がまずいメンバーにきつく当たるようなことはもうないだろう。大人子供だった俺も少しは成長したかもしれない。

 魔法少女の活動はどうしよう。悪魔が本当に絶対悪なのか。悪魔にとってみれば魔法事象のネイティブが悪魔であって、人間の侵略と戦っているだけなのではないか。そんな疑問も頭の片隅にあった。

 バンドを再結成するかどうか、魔法少女の活動を続けるかどうか。

 誰も知ることのない明日へと向かう長く曲がりくねった道のさまざまな分岐点に裕之は立っていた。

 裕之はまだ決めかねていた。

 ……これくらい自分で判断しなきゃな。それとも勝手な判断するなってか。

「吉田君、聞いてるのかね」

 南本芳樹の既視感のある叱責に顔を上げて、裕之はふと、もしかしたらという気になっていた。

「課長、ちょっとお伺いしたいんですが」

「何だね」

「あ、いや、休憩時間にします。すみません」

 定年間近の課長はぎりぎりだがビートルズをリアルタイムで知っている世代だ。

 ビートルズの話題を振ってみよう。『ストロベリーフィールズフォーエバー』の話をしたらどういう反応を示すだろう。

 まさかね。

 でも、もしかしたら……。

  • 2拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

オススメポイント 4

つづけて SNS でシェアしてオススメシポイントをゲットしましょう。

とじる

このページの内容について報告する

送信中

送信しました

文字数の上限を超えています。