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精霊庭園

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自分のアバターは、様々な姿の「精霊」。
3Dのアバターで、自在に「精霊」を作成して遊べるブラウザゲーム「精霊庭園」(せいれいていえん)。
見慣れないこんなブラウザゲームにアクセスした諏訪園三千世(すわぞのみちよ)は、自分がゲームアバター通りの「精霊」に変身していることを知る?
いや、実際に変身できなくても、こういうゲームあったらいいなって。

1位の表紙

目次

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1 アバターと私

「ん~~~、なんだこりゃ? 『精霊庭園』(せいれいていえん)?」

 諏訪園三千世(すわぞのみちよ)は、いつも訪れるニュースサイトの下方に見える、派手なバナーに首を傾げた。

 土曜日の午前中である。

 三千世は、ちょっと奮発したパールグレーのノートパソコンを、窓の脇のパソコンデスクで開いている。

 朝風呂上がりの、力の抜けた休日の午前中。

 三千世から向かって右手には、タブの開いたビールの500ml缶が汗をかいているという自堕落さ。

 左前の鏡に映るのは、洗い髪をポニーテールにしたきりり眉の女性だ。

 天然パーマ気味なのと、やや肌が浅黒いせいで、エキゾチックに見える。

 パイル地の部屋着のまま、いつものようにパソコンを立ち上げた……のだが。

「……『君だけの精霊を作って冒険しよう!! 精霊作成のバリエーションは無限大!! 自在のキャラメイクで世界を冒険!!』……へえ、こんなゲームあるんだ」

 バナーには、不思議で美しい生き物が何種類も描かれていた。

 鮮やかな龍神みたいな生き物、悪魔みたいな角のあるグラマー美女、きらめきに彩られた白銀の狼みたいな生き物。

 精霊と珍しいフォントのロゴが踊っているが、精霊というより幻獣とか、幻想動物とか、人外とかいうようなものだろう。

 基本的に人間のアバターを作って物語に送り込めるゲームなら、自分のスマホに入っているが、これはどうもPC対応のブラウザゲームというやつらしい。

 三千世は気安い気分で、そのバナーをクリックした。

 飛んだサイトには、

「基本無料」

「3Dで自在に精霊作成!!」

「精霊のテンプレも充実、すぐプレイできます!!」

「凝り倒したカスタマイズドキャラメイクで、自分だけの完全オリジナル精霊も作成可能!!」

 などの説明文が踊っている。

 三千世はとりあえずアカウントを登録する。

 やはりというか一アカウントに精霊は一体しか作成できないらしい。

 これは、慎重を期する必要がある、と三千世は判断した。

「よし……テンプレ作成じゃなくて、カスタマイズド作成だ!!!」

 いい加減ぬるくなったビールを飲み干し、三千世はキンキンに冷えたビールを新しく持ってくる。

 気合を入れて「カスタマイズド作成」をクリックする。

 3Dアバター作成画面に入る。

 どうも、精霊と呼ばれる生き物のパーツを一つ一つ選んで細かく調整し、最終的に完成形を登録してキャラメイク完了、ということらしい。

 このゲームでレベルアップしていくと、精霊の身体パーツや能力が増やせる……ということらしい。

 だが、それはあくまで最初に作成した基本形態から大きくはみ出ることはできないのだそうだ。

 そうなると、なおさら慎重にならざるを得ない、ゲーマー女子三千世であった。

「SP……精霊(スピリチュアル)ポイントってのを使って作成や成長をするシステムか。いきなり10000もある。使いきれるかな。よし……」

 腕が鳴るとはこのこと。

 三千世はぐいっとビールをあおると、早速アバター作成にとりかかった。

 こういうのはわくわくする。

 人間型アバターだと、目や髪や肌の色を決め、衣装だの防具、武器だのを着替えるくらいしか好みを出す方法がないが、精霊となるとなんでもござれだ。

 よく化粧だの衣装を着替えることを「変身願望を満たす」と表現しているいい加減な文章を見かけるが、三千世はいつだってそういう論調に納得しない。

 所詮生臭い人間の枠から一歩も飛び出していないのに、「変身」もないだろうと思う。

 変身というからには、全く違う生き物になることではないのか。

 多少表面の色調が変わったり、あちこちのサイズを所詮ありうる範囲内で変えたりすることを、変身と表現するはおかしな感じがするのだった。

 実際に特定の部位のボックスをクリックすると、「人型」「獣型」「龍型」「虫型」など、何種類もの選択肢が表示され、それらを選択することで基本の肉体パーツが作成ボックス内に表示される。

 三千世は、まず基本形として西洋竜型を選んだ。

 大振りの鱗に包まれたがっちりした肉体。

 体型を小気味良いバランスに整え、鱗の色彩を選ぶ。

 パレットから瑠璃色を選び、金の文様を入れていく。

 なんだか古代の美術品みたいだ。

 前脚を大きな猛禽の肢に変える。

 爪を剣のように伸ばす。

 これで肉弾戦の攻撃力はばっちりだ。

 おっと、口吻も長めにして、牙も大きく。

 なかなか禍々しい見た目になった。

 角は金色の螺旋角を選ぶ。

 優雅な王冠の威厳を醸し出させる。

 多分、魔力の源だったりするんだろう。

 いいぞ、うん。

 下半身は思い切った。

「龍蛇型」にしたのだ。

 山羊座の絵のあの山羊みたいに、下半身がひれの付いた龍みたいになる。

 足ではなく、胴体ほども太い尾で、後方の敵を攻撃するわけだ。

 かっこいい。

 いよいよ翼だ。

 基本形のコウモリ型の翼から、羽毛の翼に変更。

 胴体の鱗とは逆に、黄金に瑠璃色の文様の翼にする。

 刺し色に浅葱色、いいんじゃないかな。

 そして最後の仕上げ。

 翼と体の各所に、雲をまとわりつかせる。

 これで神秘感倍増だ。

 霊獣という感じがする。

「やた……!!」

 完全に満足して三千世が顔を上げた時には、時計の針は、ちょうど真上で重なろうとしていた。

 後は、スキル取得だ。

 肉弾戦スキルをいくつか。

 そして飛び道具としてのブレスは、フォトンブレス。

 そして龍なので、イメージと、敵の足止め方法を確保するため「邪眼」を入手して。

 ちょうど9997ポイントで、三千世はアバター作成を終えた。

 その、瞬間だった。

 目の前の、パソコンの画面が光った。

 爆発でもしたのかと思う光の洪水に、三千世が目を閉じて。

 次に開けた時、目の前にあったのは。

 光に満ちた、都会の空。

 ぎらつく光を跳ね返すビルを縫うように、三千世は飛んでいた。

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とじる

2 ゲームスタート!!

「ううっわ!? なんだこれ!?」

 思わず珍妙な声が出る。

 三千世は、ぐんぐんと体が前にかっ飛んでいくのを感じながら、慌てて自分の体を確かめた。

 気付いた時に妙だとおもっていたのだが、その疑惑は的中していた。

 体が。

 自分の体が。

 人間では、ない。

 ふと目を落として入ってきたのは、鱗に包まれたがっちりした何か猛獣だか恐竜だかの肢のようなもの。

 先端は、一般的な猛獣というより、猛禽類の爪を思いっきり誇張したような、長大な爪に彩られている。

 鱗は吸い込まれるような瑠璃色、そして、端は太陽のような黄金の縁取り。

 鳥の肢と、恐竜のような前脚の境目には、金色の羽毛が飾りのように輝いている。

 見覚えがある。

 これは……

 三千世は、そろそろと、空中に置かれた体がバランスを崩さないようにしながら、背後を振り返った。

 全身を確認するためだ。

 案の定というか……

 黄金に瑠璃色の翼。

 戦闘的な雰囲気を感じさせる、がっちりとした竜の肉体。

 ちらりとだけ見えた下半身は、大蛇の尻尾状に長く伸び、先端に魚のような輝くひれがあって、飛翔中の舵の役目をしているように見えた。

 ところどころ見える白く輝く彩りは、雲……なのだろうか。

 相変わらずびゅんびゅんと空中を翼の推進力のままに進めながら、三千世は、体が人間のままだったら、真っ青になるような気分を味わっていた。

「……アバターに、なってる!?」

 それは確かにさっきまでせっせと作っていた、あの精霊のアバターそのままの姿だった。

 あれだけ凝り倒したのだ。

 細部まで覚えている。

 どういうことだと、三千世は混乱した頭で考えた。

 あのゲームはいわゆるVR対応だったのだろうか。

 いや、そんな説明はなかったし、そもそも三千世はVR装備など持っていない。

 正直、あの見た目がサイボーグみたいになるヘッドセットなど、あまり興味があるとも言えなかった。

 なら、これはどういうことだろう。

 三千世は、がんがん鳴りそうな頭で考え続ける。

 一番考えられるのは、夢だ、ということ。

 あまりにアバター作成に集中していたので、完成と同時に寝落ちしてしまい、夢の中にまでアバターが登場しているということだ。

 ああ、なんだ、そうか。

 夢か。

 そう判断を下した途端、三千世は妙にほっとする気分を味わった。

 夢ならどんな理不尽も仕方がない。

 それに、気の利いた夢だと言えた。

 本物のゲームなら、第三者視点でしかアバターを見られないが、夢の中なら、それこそVRゲームみたいに、本当にアバター(化身)となり替わることができる。

 素晴らしいではないか。

「ははは。いいなあ、この夢。でも、この後どうなるんだろ。まさかモンスターが出てきて戦うとか!?」

 ふと、この夢がゲームの世界なら、理の当然のようにそうなるだろうと予想する、三千世であった。

 む、まずいかも知れない。

 見た目はともかく、戦闘に極振りした能力値とスキルは使えるのだろうか?

『三千世界(さんぜんせかい)さん』

 不意に、女の耳に快い声が聞こえた。

 聞こえたというより、頭の中に響いたというような、奇妙な「聞こえ方」。

「えっ……なんだよ、誰だ!?」

 三千世はぎくりとした。

「三千世界」というのは、三千世がこのゲーム、「精霊庭園」に登録したニックネームだ。

 本名の「三千世」をもじっただけなのだが、古めかしい仏教用語だけあって、誰も本名だと見抜く者はいないだろうという理由で付けたニックネームだ。

 三千世はきょろきょろと、周囲を見回した。

 相変わらず風景がびゅんびゅん後方に飛んでいくだけで、恐らく地上数百m以上のここに、他の生き物の影はない。

 なのに、その女の聞き取りやすい声は、はっきり聞えた。

「なんだよ……どこにいるんだ!?」

 と言ってから、三千世は気付いた。

 あ、これ、夢だった。

『私はこのゲームの管理者の一人です。今はGM(ゲームマスター)と呼んでください。さて、あなたに最初のミッションがあります』

「ふーん。そうかあ。で、どこにモンスターがいるんだい、GMさん?」

 にわかに落ち着きを取り戻した三千世は、いつもの砕けた口調で応答した。

『モンスターといえば、モンスターかも知れませんね。この先、あの駅前で、妊婦さんと赤ちゃんに危害を加えている不埒な男がいます。そいつを粛清してください。あ、殺さない程度でお願いしますね』

「ふうん?」

 口から火を噴くモンスターではないのか。

 地味ではあるが、これはイヤな「モンスター」だ。

 随分ひねった夢だな、というのが、三千世の感想であった。

 そのまま、三千世は下を見下ろした。

 地上から見れば見覚えのあったのであろう、大きな駅舎が見える。

 三千世は、どうした訳か自在に操れるようになっていたアバターの肉体に命じて、スピードと高度を下げた。

 にわかに、地上を歩いている人間が大きくなってくる。

 三千世の目に、「それ」がはっきり映った。

 ベージュに青の模様のベビーカー。

 そこに赤ん坊を座らせた若い母親。

 お腹の大きなその母親に絡んでいるのであろう、サラリーマン風のスーツの男。

 吠えるような怒鳴り声が聞こえ、革靴の足がベビーカーを蹴り飛ばした時。

 威嚇の声を上げ、巨大な翼で、三千世は舞い降りた。

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とじる

3 公開処刑!!

 一瞬の出来事だった。

 大鷲のように舞い降りた三千世は、ぎょっとしたようにこちらを見上げたその暴漢の両肩を、爪で掴み上げた。

 さながらウサギが猛禽に狩られるように、その男はやすやすと空中に引き上げられる。

 三千世は今や体長が尾まで含めれば5mあまり、翼長は10m近い巨体だ。

 並みのサイズのその男は、あっさりとひっ掴むことができた。

 絶叫が尾を引いた。

 悲鳴を上げる暴漢を、ぐんぐんと上空に運びながら、三千世は口を開いた。

「なんだ、さっきまでの威勢はどうした、クズ野郎? 荒事に対応できない妊婦さんと赤ちゃんにあれだけでかい態度だったのに、たかが吊り上げられたくらいで泣き言か?」

 まるで首根っこを掴まれた猫の子のように、男は恐怖に身をすくませ、悲鳴を上げていた。

 さきほどまでは鬼神のように荒れ狂っていたのに、今や泣きわめく幼児だ。

 見れば、取り立てて大柄という訳でなく、小綺麗というわけではない、その辺に転がっている社畜風の男だ。

 赤子連れの妊婦という極めて弱い立場の人間相手にしか粋がれなかった下劣漢は、今やその悪行を数倍にして返されようとしていた。

「やめてぇ……やめてくれぇ……!!」

 元暴漢が、引き裂くような声で懇願し始めた。

 ようやく喋れるようになったらしい。

「すいません……ごめんなさい……!! つい、イライラしちまってたんだよぉ……!!」

「ざけんなよカス。イライラしてましたで、妊婦さんと赤ちゃんを危険にさらすことが許されるとでも思ってんのか。弱い者いじめのゲス野郎。死んで詫びろ!!」

 ぐん、と、三千世は更に高度を上げた。

 意図を察したのか、男が更に大きく悲鳴を上げた。

「許してくれえ!! すみません!! もう二度とああいうことはしません!!」

 見たこともない巨大な怪物に自分がさらわれていることよりも、その怪物が喋ることよりも、まず、自分の命が助かるにはどうするか考えざるを得ない状況だ。

 男の謝罪と懇願は、必死だった。

「すんませんで済むような真似か、あれが? てめえみたいなのは、謝ったところで、どうせ喉元過ぎれば熱さを忘れるだろう。物理的に、二度とああいうことをしないで済むようにしてやるから、ありがたく思え!!」

 三千世は、ぐるりと地上を見下ろした。

「さあて。てめえを叩きつける場所は、どこがいいかな?」

 ぎゃあ、とも、ああ、とも聞こえる動物的な絶叫を、男が上げた。

「やめてくれよう……本当に傷つけるつもりなんかなかったんだよう……ちょっとベビーカーの車輪蹴っただけだよぅ……」

 滂沱と泣きながら、男は言い訳を並べ立てた。

 三千世は牙のはみ出した口元を歪めた。

 あの妊婦も赤ん坊も泣いていた。

 いきなり見ず知らずの男が烈火のように荒れ狂いながら絡んできたのだ、どれだけ怖かっただろう。

 自分でそんなことをやっておきながら、立場が逆転したら泣きながら命乞いと下らない弁解をするこの卑小な男に、三千世は心底からの嫌悪を感じた。

「おう、そうか。私も、ちょっとてめえをこっから落っことすだけだ。些細なことだ、そうだろ? さあ、心おきなく、真っ赤なトマトにでもなっちまえ!!!」

 とはいえ、叩きつける場所を選ばないと、下を歩いていた無辜の人間を巻き込むことになる。

 三千世は場所を探した。

 男は相変わらず悲痛な声で泣き続けているが、三千世はまるで同情心が湧いてこなかった。

 元々、嫌いな人間がどうなろうと興味も関心も抱かないタイプだ。

 よく友人に「嫌いな人間には冷酷」と指摘される。

 まして、こんなクズ一匹をどんな風にしようと、まるで良心の呵責を覚えない。

 気にするのは無関係の人間を巻き込まないようにしなければということ。

「あ、そうだ。海に行って、海面に叩きつけるか。知ってるか? このくらいの高度になれば、水に叩きつけてもコンクリに叩きつけても、衝撃は大して変わらないんだよ」

 男が、喉も裂けんばかりの悲鳴を上げた。

 すでに高層ビルがかなり下に見える高度。

 実際に実行されたらどんなことになるか、日本で義務教育を修了している程度の学力があれば見当が付くはずだ。

 男は泣きながら、とにかく思いつく限りの同情を引きような媚態を繰り返した。

 おそらく口から出まかせであろう病歴だの、謝罪だの、辛い社畜生活の不満などを並べ立て、言外に自分は許されるべきであると喚き立てる。

 その間に、三千世は東京湾に出ていた。

 青黒い海面が、時折白い波頭を見せて、ゆったりとうねっている。

 吊り下げている元暴漢からすれば、それがアスファルトであってもあまり変わりはないだろうが。

「さあーーーーお待ちかね!! 海だぜ、クズ野郎!! てめえの汚い肉は、お魚ちゃんが始末してくれるぜ!! 家族に借金負わせるとか、余計なことは心配するな!!」

「やめてくれぇええええ!! 二度としないって誓ったのに、なんで許してくれないんだよぉ!!!」

 手前勝手な屁理屈を並べ立て、絶叫する元暴漢に、三千世は凶暴な竜の顔でにやりと笑いかけた。

「短い付き合いだったな、あばよ!!!」

 三千世が爪を離すと、元暴漢は、絶叫の尾を引いて、死の海面に向けて落下していった。

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/05/31)

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とじる

4 パーティ編成

 絶叫が途絶えた。

 真っ逆さまに海面に向けて落下していった元暴漢の、落下がガクン、と止まった。

「うへえ。くさっ!!」

 落下途中で気絶した男の体を、急降下で追って再度吊り上げた三千世が、辟易した声を上げる。

 完全に気絶した元暴漢は、恐怖のあまり失禁したらしく、鼠色のスラックスに大きな染みができていた。

「やれやれ。殺すなって言われてたからな。しゃーないな」

 無造作に男の体をひっ掴んだまま、三千世は旋回して都内に引き返した。

 沿岸にそそり立つ、富裕層向けの高層マンションの屋上に男を置き去ってそのまま飛び去る。

 気付いたらさぞ恥をかくだろうが、いい薬だ。

 屋上にはフェンスがあったし、ショックで自殺したりはしないと思う……多分。

 まあ、そうなったところで、自分が直接手を下したのではないから「殺した」ことにはならないだろうと、三千世は解釈した。

『ミッションコンプリートです、三千世界さん。おめでとうございます』

 頭の中に、再び、あのGMの声が響いた。

「ああ、こんなもんで良かったの? 経験値入る?」

 三千世はわくわくした調子で空中を流しながら、GMだというその声に応えた。

『ええ、レベルアップはまだですが。さて、これから、仲間の方々と合流していただきます』

「仲間?」

 いきなり言われたその言葉に、三千世はきょとんとした。

 仲間。

 まあ、これがネトゲを元にした夢なら、当然他のプレイヤーのアバターもいるだろう。

『指示に従って飛んでください。仲間の方々のところまで案内いたします』

 言われて、三千世は素直に従った。

 正直、好奇心がある。

 何とストーリー性と設定に富んだ夢だろう。

 飛んだ距離はわずかだった。

「およ。あの人ら、かな? 人ってのも変か」

 三千世がとあるビルの屋上に見つけた二つの影。

「人影」ではないのは、彼らもまた「人間」ではなかったからだ。

 一人は、大きな馬に乗っていて、肩に鎌を担いだ骸骨だった。

 豪奢なローブのような衣装には、ヨーロッパの高位司祭みたいなぎらぎらしい刺繍がしてあって、身の丈より長そうな鎌の刃は、子供の身長くらいの長さがある。

 やはりぎらぎらした刺繍のフードの下は髑髏で、目の中に陰火が燃えていた。

 並みのサラブレットよりだいぶ大きそうな馬は、青灰色というのか、どことなく死骸を連想させる不気味な色合いだ。

 死神というべきそんな存在が、舞い降りてくる三千世を見上げる。

 もう一人は、鮮やかな牡丹色のコウモリ型翼と同じ色の長い巻き毛、そして曲がりくねった優雅な角、なにより豊満な肢体を持った、美しい女悪魔だった。

 磨き上げた貴金属で補強された、レオタードのようなきわどい衣装。

 やや垂れ目でぷっくりした唇の、妖艶な美貌。

 淫猥というには気品がありすぎ、高貴というには淫りがましい美しさ。

 金色の目の、幻惑されるような力が、彼女の最大の鎧かもしれないと、三千世は思った。

 舞い降りてくる三千世を、女悪魔は嬉しそうな笑顔で迎えた。

「三千世界さん?」

 三千世が舞い降りると、女悪魔の方が話しかけてきた。

 意外と幼い感じの声だ。

 彼女や死神と、周囲の打ちっぱなしのコンクリートや排気塔が、妙にちぐはぐに思える。

「どうも。あんたらも『精霊』か?」

 多分この一言でわかるだろうと、三千世はそう尋ねた。

「ああ。やっぱりそうか。あのゲームに登録すると、みんなこんな風になるんだな……」

 低いが若々しさも感じる声で応じたのは、馬上の死神風の精霊だった。

 若い男性の声。

 これでは性別も分からないなと思ったのだが、中身は男性で間違いないようだ。

「あの、こうしてお会いできたことですし。改めて、自己紹介しませんか?」

 女悪魔の方が、見た目によらず素直で真面目そうな調子で提案した。

「ああ、そうだな。でも、あんたら、もしかして、私の名前を知ってるのか?」

 このゲームの中では、三千世の名前は「三千世界」。

 確かに、目の前の女悪魔は、その名前を呼んでいた。

「ええ。GMが、そういう名前の人が来るからと……」

「あんたらもGMと話せるのか」

 すると、この夢の中では……とまで考えて、三千世は思い直した。

 これは夢なんだから、どんなにご都合主義で理不尽でも当たり前だ。

「どういう仕組みなんだか知らないが……GMを名乗る奴は、俺たちの頭の中に直接言葉や情報を送り込めるらしいな」

 馬上の死神が何か考え込む様子でそう告げた。

「……っと、すまない。俺は、このゲームでは、ラ・モールと名乗っている。フランス語で『死』って意味だ。こういう見た目なんでな。まあ、よろしくな」

 割と物事を深く考え込むタイプらしいその死神、「ラ・モール」は、そう挨拶しつつ、手にした鎌を軽く掲げた。

「私は妖蓮(ようれん)。どうせゲームのアバターだからって思いきってこういう見た目のにしたら、自分がこうなっちゃって。あ、別に変態って訳じゃ、ない、です!!」

 妙に強く言いきる妖蓮に、三千世は苦笑して見せた。

「まあ、悪魔なんだからそれでいいんじゃね? 知ってるみたいだが、私はこのゲームじゃ三千世界って名乗ってる。見ての通り、脳筋精霊にしたら、まんまになっちまったい。とりあえずよろしく、だ、が……」

 三千世はラ・モール、妖蓮と順繰りに見回して、そして周囲の風景に目を走らせた。

 高層ビルの屋上、人気はなく、周囲の同じくらいの高さのビルの上部が見えるだけだ。

「さあって。どうすりゃいいんだろうな、これ」

 妙な夢だなと訝しんだ時、再び頭の中に声が聞こえてきた。

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5 悪夢の化け物と、夢じゃない出来事

「おら、入れ!!」

 後ろから蹴りこまれて、彼女はその部屋の中に押し込まれた。

 暗い部屋だった。

 換気されないまま多人数の人いきれが立ち込める、むっとする匂いがした。

 一瞬の光の中で見えたのは、大学生の自分とさほど違わないくらいの年齢の若い女性や、もっと下の、子供といってもいいくらいの少女たち。

 そればかりか、中には小学生くらいの男の子も混じっている。

 彼女たちは、身を寄せ合うようにしながら――狭い部屋に二十人以上押し込まれているのでそうする他ないのだが――膝を抱えてうつむいていた。

「あの子が連れていかれたから、新しい人が来たのね」

 すすり泣きのような声が、そう囁くのが聞こえた。

「次は誰が連れていかれるの――」

 彼女は、悟った。

 死ぬ以外に、ここから出る方法はないのだと。

 ◇ ◆ ◇

 三千世が鋭い咆哮を上げて、急に頭上に舞い上がった。

 金色の翼が鮮やかにはためく。

「これで全員!! くたばっちまえーーー!! です!!」

 妖蓮がなよやかな両腕を突き出した。

 目の前の廃墟の門前に、数体固まっていた、不気味な人影に向け、青白い炎に似た奔流が襲い掛かった。

 いや、人ではない。

 爬虫類と人を掛け合わせたような不気味な生き物だ。

 何となくヨーロッパの古い教会に飾られた化け物にも、日本の古い説話集に描かれるような鬼にも似ているが、そのどちらともつかぬ奇怪さ。

 そいつらは超高温のプラズマジェット流に呑まれて、瞬時に蒸発した。

 一瞬青白い凄まじい輝きが通り過ぎた後は、えぐられたコンクリートの地面が残るだけで、その怪物どもは灰も残っていなかった。

「ふう。妖蓮、お疲れ」

 彼女の背後から、馬に乗ったままのラ・モールが進み出た。

「やっぱり、まとめて倒せる魔法があると、だいぶラクだな……」

 妖蓮が振り返る。

「いえ。ラ・モールの精神操作魔法でおびき寄せてくれたのも助かりました。最初のやつの尋問も上手くいったし」

「さあて。いよいよアジトに乗り込むか。早くしねえと、ヤバイだろうしな……」

 わずかに焦りの感じられる声で、舞い降りてきた三千世がつぶやいた。

「バケモノを使って人間をさらって監禁、非合法ポルノを撮影して活動資金に。八割くらいの犠牲者は、その撮影で死ぬことになるとか、いくら何でもマズ過ぎる……」

 それが、「GM」を名乗る存在から伝えられた、恐るべき内容だった。

 三千世たちに伝えられたミッションは、街中で犠牲者を漁っているバケモノどもを退治、そして、さらわれた犠牲者が監禁されている建物を急襲、彼女らを救出すること。

「でも……気持ち悪いですよね」

 妖蓮が強張った表情でこう続けた。

「悪辣な人間を、バケモノに作り替える奴がいる、なんて」

「ああ。信じられなかったが、目の前で人間からバケモノに変身する様子を見せつけられちゃあな……」

 ラ・モールはぞろりと歯列のむき出しになった口から、重い溜息を押し出した。

 三千世、妖蓮、ラ・モールが、GMの指示のまま追い詰めた、一見人間に見える一団は、人気がない廃墟に追い詰められるやいなや、バケモノの姿を露わにした。

 GMによると、彼らはバケモノが人間に化けている、というよりも、元々は人間だったのだという。

 ある恐るべき術師が、人間の枠を外れるほど邪悪な欲望を抱く人間を、実際にバケモノに作り替えて使役しているのだと。

「邪悪な魔法使いって奴がラスボスかあ。よくできた夢、だよなあ」

 三千世は、今までバケモノと戦っていた、えぐれたコンクリートの地面を見やった。

 そこにはもはや何の痕跡も残っていない。

 この「夢」の設定通りだとするなら、彼らは毎年数万人もいる「行方不明者」のリストに突っ込まれ、そのうち忘れ去られるのだろう。

「え?」

 妖蓮が、振り向いて驚いた顔を見せた。

 ラ・モールも、表情がわかりにくいながら、怪訝そうな気配と共に、髑髏の顔を三千世に向ける。

「えっ、三千世界。夢だって、思ってたんですか?」

「いやだって。こんなことが現実にある訳ないだろ。あんたらも、夢の割には妙に生き生きしてるのが、妙っちゃ妙だが……」

「三千世界。酷い怪我をしない程度に、自分の腕を噛んでみてくれないか?」

 妙に緊迫した声で、ラ・モールが進言した。

「失礼だが、あなたは勘違いをしている。現実逃避と言ってもいいかも知れない。なら、手っ取り早く確認してもらうに限る」

 三千世は、不思議そうな顔を、自分の夢の中にしか存在しないはずのラ・モールに向け、続いて同じく夢の住人であるはずの妖蓮に向けた。

 考えてみれば、今まで妙な夢は多々見てきたが、こういう登場人物はいなかったような気がする。

 ここまで生き生きと、きちんと「他者」であるはずの登場人物など。

 三千世は、黄金の猛禽の肢と、瑠璃色の鱗、金色の羽毛に目を落とした。

 じっと、ラ・モールと妖蓮の目が自分に注がれているのを感じる。

 思い切って、三千世は前脚に噛みついた。

 牙が食い込んだところから、鋭い痛みが走りぬける。

「いってぇ!!!」

 ぎょっとした声を上げ、三千世は思わず顔を上げた。

 噛み痕のある前脚と、仲間たちとを交互に見る。

「ちょっと待て……これは……夢じゃない!? 現実なのか!?」

 自分が精霊になっているのも現実なら、現実の世界にバケモノが跋扈しているのも現実。

 三千世は、頭から血の気の引く思いがした。

 妖蓮が何か呼びかけたが、言葉を識別することが、一瞬できなくなっていた。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/06/05)

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