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飢えた記者 完結

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ある新聞社の記者はスクープを持ってくるも、デスクに拒絶され……。

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「何故これを記事にしてはいけないんですか!?」

 記者五年目の彼はデスクに詰め寄った。細い腕を机に叩いて悔しさを表すが、デスクは態度を厳格な態度を改めなかった。

「ハッキリ言おう、読者が望んでいないからだ。そういう声が会社にもたくさん届いている。今はな、それを記事として入れるスペースが無いんだ」

「何言ってるんですか! 大臣の不正融資疑惑は、全国民に知らせなければいけないんですよ! 無知で流しちゃいけない問題ですよ! ほら、決定的な写真もあります!」

「そんな事は分かっている!」

 デスクは負けじと机を叩いた。拳は骨の形がクッキリと見えていた。しかし、彼はひるまなかった。

「分かっているなら、何故なんですか!」

「とにかく、これは上層部の方針だ。私ではどうにもならん」

 デスクは立ち上がり、足早に去った。

「デスク!」

「待て! これ以上は無駄だ」

 後ろから肩を叩かれた。彼の記者の先輩である。頬がこけ、目には活力が失われていた。

「キャップ、どうしてですか!?」

 振り向いて睨みつけるも、先輩は悲し気な表情で返すだけだった。

「お前、どうしたんだここんところ?」

 社内の食堂で、彼と先輩は対面状態で座っていた。彼はコップになみなみと注がれた水を一気に飲みほすと、悔しそうにテーブルに叩きつけた。

「俺の娘が、倒れたんですよ……」

「……そうか。やっぱりアレか?」

「ええ、その為に稼がなきゃいけないんです。今の固定給じゃワリにあいません。スクープを狙って、それで得られる褒賞が! それにたくさんスクープ取れば出世できるし給料上がるし、それで食べ物をたくさん買って……!」

 彼が噛みしめるように悔しがる顔を、キャップはただ悲し気に見た。

「……それはみんな同じだ。それよりも、」キャップは彼の前にある固形の物体を指した。「そのレーション、早く食わないと誰かに盗られるぞ」

「いえ、これは娘に……」

 そう言ってビニール袋を取り出そうとすると、キャップが「やめるんだ」と抑えた。

「気持ちは分かるが、記者は体力が第一だ。まずお前が体力つけろ」

「ですが……!」

「そうしないと、スクープどころか仕事もままならないぞ。それに、このレーションは消費期限が短い。俺の同僚が同じことをして、腹を壊した事がある。それが原因で栄養失調になり、再起不能になったんだ。だから、食べるんだ」

「……くっ」

 彼はビニールをひっこめた後、レーションにがっついた。味がほとんど無く、唾液に混じった途端にドロドロに溶けるそれを、味わいながら食べた。すると、彼の目から涙が流れた。

「こら、涙を流すな」

「すみません、つい……」

「このご時世、豊かな文明や便利な機器がたくさんあるというのに、食べるのだけが困難だからな」

 そう言うと、食堂の受け渡し口にぶら下がる画面を見た。メニューが書かれていた。

《主食用固形レーション(無味)》

《ビタミン補給用固形レーション(レモン味)》

《糖分摂取用ペーストレーション(チョコレート味)》

《本日のおすすめ:レバーペーストレーション》

《天然水》

《オレンジフレグランス天然水》

「おっと、そうだ」画面の右上に表示された時間を見ると、立ち上がった。「俺はもうすぐ農協の取材へいかなきゃならないんだった。すまんが出るぞ」

「はい、ごちそうになりました」

 彼は立ち上がり、深くお辞儀した。

「おい、そんな丁寧にお礼するような事じゃないぞ」

「いえ、そんな事は……」

「いいから、顔を上げてくれ」

 その言葉を聞き、彼は頭を上げた。

「ではキャップ、また明日!」

「そうだな、また明日」キャップが立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まった。「そうだお前、デスクが不正融資疑惑をもみ消すつもりが無い事は理解してるな?」

「……はい、それは分かってます。デスクはかつて政治家や大企業、さらには自社の悪事までも暴いてきた腕利きのキャップだと聞いてますから、そんな事は無いと信じています」

「では、デスクは何の情報を求めているのか、分かるか?」

「……いえ、恥ずかしながら」

「俺の先輩がこんな事を言ったんだ。『人々が求めているのは、〈遠方の無関係な悪事より、身近にあってほしくない不便〉だ』ってな」

「え?」

「みんなが今、困っている事は何だ? そして、みんなが怒りを持つ事はなんだ? それは、お前も、俺も、そしてこの新聞社の誰もが持つ想いと同じはずだ」

「困っている事……」

「もちろん、遠方の無関係な悪事を公(おおやけ)のもとにするのも、俺達の仕事だがな。あ、あと、これも先輩の言葉だが、『まずは速攻が第一』。これは意味わかるな。……じゃあな」

 そう言うと、キャップは立ち去っていった。まるでペンのように細長い身体は頼りなさそうに見えるはずだが、彼には颯爽(さっそう)と感じられた。

「速攻が第一……」

 彼が考えこんでいた時、別の画面から、ニュース番組が流れた。アナウンサーは頭蓋骨の形状がハッキリとわかる程に痩せていた。

『本日のニュースです。厚生労働省の発表によると、昨年、国内の餓死が原因と思われる死者が一万人に達したと発表いたしました。官房長官はこの発表に対し、定例会見で早急な対策を検討するとコメントしました。

 続いてのニュースです。現在、全世界規模で発生している世界飢饉(ききん)が八年経過した事について、WFPは……』

 ◆

 その後、彼は配給食料の不正流出を記事にし、褒賞を得た。

 そのお金で食料を余りある程購入しようとしたが、その直前に記事が虚偽だとバレてしまい、逮捕された。

 彼の証言では、栄養不足で脳が回らず、娘を救うための褒賞欲しさと出世欲しさにやってしまったとの事。

 褒賞は没収され、クビになった。そして娘は栄養失調で亡くなり、彼は自殺した。

 ◆

「ああ、早すぎるよ」彼の墓の前でキャップが立ちすくんでいた。「もうちょっと溜めたかったのに」

 その時、新聞社にはいないはずの男が現れ、キャップに声を掛けてきた。

「あなたが例の新聞社のキャップですか?」

「ええ」

「それで、その新聞社が売り上げを上げる為に、虚偽の記事をたくさん書きまくっているというのは、本当ですか?」

「ええ。スクープになりますよ。写真も映像もあります」

 キャップが笑うと、男も笑った。

「そうですね。でも、あなたに良心は無いんですか?」

「無いですよ、そこまで頭に栄養回ってないですから。それより、このスクープなら、間違いなく一攫千金が狙えますし、あなたも社内の地位のし上がりまくりですよ。食料たくさん買えて、飢えに苦しむ生活はオサラバです」

「そうですね。ですが、スクープは食料と同様、消費期限がありますから、早めに済ませましょう」すると、男の平べったいお腹が鳴った。「腹も空いてしまいましたし」

「ええ、……あなたはいつもお腹を空かせてますね」

「出来るだけお金を貯めたいんですよ、私は」

 二人は彼の墓から去っていった。唐突に雨が降り始めるが、コーティングされた墓石の飢えと渇きを満たす事は出来なかった。

 ◆

 後に新聞社の不正報道スクープは国内で騒ぎとなり、社長及び取締役は全て辞任する騒動となった。

 リークしたキャップはその後行方をくらまし、そのお金で食べ物を買おうとしたが、それに気づいた栄養不足で頭が回らない民衆が我先にと奪い合いになり、撲殺された。

 そしてスクープを報道した男は出世したが、そのお金で食料を買った直後に栄養失調で亡くなってしまった。せっかく買った貴重な食料は衛生の為に廃棄され、亡くなった男を罵る声が後を絶たなかった。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/07/11)

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