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浮遊宝珠聖律伝

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大手ショッピングモールの経理事務で生計を立てている、平凡な社会人女性、石津夏乃(いしつなつの)。
そんな彼女が繰り返し見る夢がある。
「宙宇(ちゅうう)」と呼ばれる、大地が空に浮かんだ奇妙な異世界。
そこには、奇妙な種族と、聖なる伝説と、名残の遺跡と、そして野望と陰謀が満ちていた。
その世界をトレジャーハンターとして駆ける「ターリフィーラ」という、石種(せきしゅ)の女と、自分が夜毎に重なり、どっちが本当の自分かわからなくなったその時に、事態は動き出す!!
世界の破滅を回避するため、「世界を再調律する音楽」を探し出せ!?

1位の表紙

目次

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1-1 どちらが夢

 石津夏乃(いしつなつの)は、夢を見ていた。

 平凡な、高級でもなければ貧乏アパートという訳でもない、コーポの一室だった。

 睡眠モードにして控えめな運転をするエアコンの唸る音の他には、安らかな夏乃の寝息だけが響く。

 デジタルの電波時計が、暗闇にうっすら明かりを投げかける。

 

 木目のドレッサーと、衣装ケースと、控えめな本棚。

 それ以外の家具の見えない簡素な部屋は、闇の中にある。

 そこに呻きが混じった。

 ベッドに寝ているのは、髪の長い女だ。

 三十は超えているだろうか、熟れた色気のある女だろうが、今は寝相の悪い子供のようにベッドでしきりに寝返りを繰り返す。

 その口が、小さく紡いだ。

「テート……」

 と。

 ◇ ◆ ◇

「まだ、かかりそうなの、テート? 今日はなんか手際が悪くない!?」

 きらびやかな胴着でグラマラスな体つきを強調したいで立ちの女が、どこからか飴玉を取り出して、ぽいと口に放り込んだ。

 色鮮やかな、「石種(せきしゅ)」の女。

 美しい女だった。

 白瑪瑙に黄金の粒が入り込んだようなきらめく肌は、鉱物を元にしながら、妙ななまめかしい生命感があった。

 胸元の大きく開いた赤紫の胴着はきらびやかな金の刺繍で飾られている。

 黒の薄物のパンツも刺繍で飾られているが、透ける脚のラインを隠せていない。

 何より目を引くのは、額に三つ、そして胸の谷間と両手の甲に一つずつ備わっている、目を奪う深い青緑の惑麗石(わくれいせき)の宝珠だった。

 石種は、その核となる石の種類が個人ごとに違うが、この女は惑麗石なのだろう。

 希少な石である。

 核と同じ色の長い髪は、いくつもの輪に束ねられて、顔の両脇を飾っている。

 とろけるような色っぽい顔で、その女はテートと呼ばれた目の前の女を見た。

「仕方ねえだろ、ターリフィーラ!! オメーの先祖がこんなややこしい仕掛け作りやがったからっ!! ……って、わあっ!!」

 まるで組木細工をそのまま石にして、垂直に立てたような細工扉の前にいたのは、ふさふさした白い尻尾と、もふもふの手足を持つほっそりした娘……

 獣把(じゅうは)の中でも貂(てん)亜種の、その娘がテートであろう。

 正確には「テーニテート」だが、それはさておき。

 娘の形のいい腰の両脇には、大きくて複雑な細工の、輪形をした手裏剣らしきものが吊り下げられていた。

 動きやすい衣装は、さながらどこかの国の特殊工作員を思わせる。

 だが、くりっとした大きな目の愛らしい顔立ちは一見危険を感じさせない。

 彼女がずっこけたと思いきや、その手裏剣が大きく揺らぎ、テーニテートの頭の上の丸い貂の耳がぴょこぴょこ動いた。

 ごごご、と石の床を揺るがすような音を立てながら、細工扉が開いた。

 いや、開いた、というよりは、仕掛けが解除された、といった方がいいものか。

 豪快に回転し、あちこち折りたたむように空間を巻き込みながら退いていく石扉に自分の体まで巻き込まれそうになって、テーニテートは悲鳴を上げた。

「ふぎゃああああっ!! なにすんじゃコラーーーー!!!」

 もちろん扉に叫んでも答えがあるわけもなく、唯一の反応は、ターリフィーラがけらけら笑い転げたことだった。

「やー。ごめんごめん。それ、解除したらすぐ離れないと巻き込まれるよって言おうとした矢先に解除しちゃうんだもん」

「このクソアマーーーー!! 最初っからわかってんなら、先に言えコノーーーー!!」

 のほほんと悪気なく、口の中で飴をもごもご転がしながらのたまうターリフィーラに、思わずテーニテートが怒鳴った。

 悲痛な怒声は、だだっ広く薄暗い、石の遺跡の壁に反射し、殷々とこだました。

「あー、大丈夫ですか、テーニテートさん? さて、この先みたいですが?」

 そう声をかけたのは、後頭部が白い巻貝の貝殻状になっている、海殻族の若い男性だった。

 ターリフィーラやテーニテートと違って、体の線を露わにしない、豪奢なローブ状の衣装を着けて、長めにしている髪はくすんだ青色だ。

 くっきりした顔立ちに育ちの良さそうな雰囲気が覗き、手にしているのは、貝殻を模したような、風変わりな刀身を持つ魔矛だった。

 いで立ちからして、この男性はそれなりに高位の魔法使いで間違いないようだ。

「ええ、伝説の魔剣はこの先ですよ、シージフォンさん。あなたの得物ではないでしょうが、護衛の方に役立つでしょうねえ」

 のほほんとけっこう凄いことを言って、ターリフィーラが前方を見据えた。

 ふふっと笑う。

 会心の笑みに見えた。

「おお……なんかあるな……」

 その背後を守るように控えていた、大柄な魔人(まじん)の若者が、思わず扉があった奥の空間を覗き込んだ。

 そこに、人の気配はなく、なにやらぼんやり光る球状のものが周囲を照らしているのが、離れた場所からでも見えたのだが。

 と、海殻族のシージフォンが口を開いた。

「やっぱり、ターリフィーラさんの情報は正しかった訳だ。この奥にあるのが、伝説の魔剣だろう。予定通り、君が取るといい、グレマラウ」

 グレマラウと呼ばれた魔人は、顔の両側で湾曲した漆黒のつややかな角を揺らして、ゆったりうなずいた。

 黒に銀縁のつややかで厚みのある鱗が体の要所を覆い、そしてたくましい肉体に帯びているのは絶妙な細工の、なかなかの高級品であろう鎧だ。

 精悍な表情の、黒銀の瞳が、熱っぽい光を帯びて前方を見据える。

 背中には黒い三日月のような翼。

 四人は、ゆっくりとその空間に進んだ。

 伝説通りなら数千年、あるいは数万年、開かれたことのないはずの、その空間に。

「これは……」

 シージフォンが息を呑んだ。

 その城の広間くらいはありそうな空間の、中央に据えられているのは、人間が腰かけられるくらいの、直方体の台座だった。

 そして、その上に、まさに切っ先を下にして突き刺さっているのは、黒銀の禍々しい光をたたえる、風雅とすら言える細工の巨大な剣である。

 何か意味のある文様なのか、複雑な線が刀身を走り回り、暗い虹色の光を投げかける。

 ただ、今は全体が光の障壁に包まれていた。

「魔剣と、それを護る障壁か。数万年、駆動を止めなかったという訳か。一体、止めるにはどうしたら」

 思わず呻いたシージフォンの脇を、ターリフィーラがすりぬけた。

「……台座に、神聖文字で何か書いてありますねえ。やっぱり、『五残覇(ござんは)』と」

 のほほんと、光の薄膜を通して、ターリフィーラはその字を読み取っていた。

「かつて天の神々が人類を罰する時に用いた魔剣……さて。受け入れてもらえますかねえ?」

「受け入れてもらえるか、ではない。受け入れさせる」

 グレマラウが、ずしんと腹に来る声で宣言した。

「受け入れてもらう、などという、覇気のない了見の奴に、どうして古の神々の秘宝が従うだろうな?」

「確かにそうでしょうねえ。その意気ならいけるかも知れません。ま、試してみましょ」

 そう口にすると、ターリフィーラは顔の横に、頭くらいの大きさの、目を奪う青緑の輝きの宝珠を呼び出した。

 周囲を薙ぎ払うような膨大な魔力の波動。

「さって、『天命の宝珠』。これ、取ってちょうだい?」

 まるで人格ある誰かに対して呼びかけるように、ターリフィーラは宝珠に命じた。

 と、いきなり、あれだけ存在感のあった障壁が、瞬き一つの間に消えてなくなった。

 あとは沈黙の広がる広間と、その中央の魔剣のみ。

 思わず、グレマラウが歩み出た。

 興奮できらきらした目を主であるシージフォンと見合わせ、うなずきが返ってくるや、そのまま進んだ。

「よっしゃ、がんばれ、剣士のにーちゃん!!」

 景気よい調子で、テーニテートがはやし立てた。

 彼女に愛想笑いを返す余裕すらなく、グレマラウは唸りを上げる魔剣の前に進み出た。

 漆黒の翼を広げて宙に浮き。

 高雅な細工の五残覇の柄を握った。

 そのまま、ゆっくり引き抜くにつれ、五残覇の唸りは大きくなり。

「魔剣!! 俺に従え!!!」

 叫びの尾を引いてグレマラウが剣を引き抜くと、まるで歓喜の絶唱のように、五残覇は黒い太陽のごとき輝きを周囲に投げかけ、そのままグレナラウの手に収まった。

 ◇ ◆ ◇

 耳につく電子音で、夏乃は目覚めた。

 遮光カーテンのごくわずかな隙間からは、すでに朝の光が漏れている。

 彼女はどきどきする胸を押さえて起き上がった。

 自分があの、宝珠を従えた石の女でないことが、瞬時には納得できない。

「ターリフィーラ……。テーニテート……。シージフォン……。グレマラウ……。五残覇……」

 あの世界では、確かに現実そのものだったそれら。

 いくら周りを見回しても、ごく質素な部屋があるばかりで。

 自分と重なって存在していた、あのターリフィーラという女がここにいないのが、石津夏乃には、どうしても納得できなかった。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/07/20)

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1-2 刺客

「佐々木さーん、数字、送っておきましたので、ご確認お願いしますね」

 石津夏乃は、いつもいい加減な服飾売り場の課長にそう声をかけると、さっさと帰り支度を始めた。

 周囲の評判がなんだろうと、仕事が終わったなら定時に帰るに限る。

 しがない経理事務では、残業したところでそうそう収入が増える訳でもない。

 なら、さっさと帰って自宅でのんびりした方が得だ。

 定時に上がれない役付きがあたふたしているのを尻目に、並んだ机の合間を縫って、制服姿の夏乃は、ロッカールームに引き上げた。

 長い髪をバレッタで留めた、四十絡みの女は、取り立てて美形というほどではないはずなのに、見る者が見ればふらふら吸い寄せられるような色っぽさがある。

 オレンジ系のルージュを引いたぽってりした唇に、やや垂れた大きめの目。

 制服から凛としたグレーのパンツスーツに着替えて、大人の女特有の研ぎ澄まされた仕草で後れ毛をかき上げ、夏乃は夕日の射す路上をパンプスで歩いて行った。

「ふああ。今年は暑いわねえ」

 そんな独り言が口を突く。

 夕方になったら涼しくなったなんて、子供の頃にしかなかったけれど、今年の夏はまたきつい。

 こんなことを考えると年寄りじみるが、もっと涼しい場所で体をいたわりたい。

 ふと。

 夏乃はあの世界のことを思い出した。

 特に、暑いとも涼しいとも思っていなかった、あの世界。

 夢だから体感なんてあやふやなんだろうと思っていたが、ところどころ妙に鮮明に覚えているのだ。

 相棒のテーニテートの耳をもふもふした時の、毛の柔らかさとふんわりしたぬくもり。

 遺跡特有の、湿った石の匂いがどこまでも続いていること。

 古代機械が駆動する、精霊の歌みたいな奇妙な唸り。

 あの夢、見始めてどのくらいになるだろう……と考えて、すぐに夏乃は子細に遡るのをやめた。

 もう一年以上になる。

 全部を詳細には覚えきれない。

 ここまでになると、なんというか、夜と昼の自分は違っていて、夜の間だけ魂が体を抜けて、話に聞く「異世界」とやらで暮しているようだ。

 こういう話が流行っているとかいないとか、職場の若い男性が言っていた記憶があるが、正直、夏乃は読んだことがないし、取り立てて読もうとも思わない。

 読書は嫌いではないが、いわゆる萌え系のイラストがついたキャピキャピしたラノベを読もうという気はなかったし、そういうのが投稿されているサイトにも足を向けたことがない。

 なのに、夏乃が見る夢は「現実と全く性質の異なる異世界に行って、凄い力で冒険する」だった。

 一体、この設定は、どこから夏乃の脳内に入り込んだのだろう?

 ショッピングモールの経理事務なので、職場とバス停は目と鼻の先だ。

 じりじり照り付ける西日から少しでも逃れるように、バス停の大きな屋根の下に立つ。

 平日夕暮れ、主婦や親子連れが暑そうに……

 ふいに、ぞわりとした感覚が、夏乃の背中を撫でた。

 そのまま、凄い勢いで、夏乃は振り返る。

 オレンジ色に塗りつぶされた視界の中で、それを見た時、夏乃は、暑さと急に動いたことによる眩暈におそわれたのかと思い込んだ。

 それは、黒と、何とも言いようがない色彩の、ぐちゃぐちゃに混じった渦だった。

 まるで真昼の亡霊のように、何もない空間に「それ」は屹立していた。

 周囲の買い物帰りの客たちから、ざわめきが湧きあがる。

 なにこれ!? と誰かが頓狂な悲鳴を上げた。

 誰もがその異様な「何か」が何なのか識別も判断もできず、ただぽかんと立ち尽くしていた。

 その「渦」は、幾つにも分裂し始めた。

 よく聞く怪談の人魂かなにかのように、一つが二つ、四つ、八つと。

 原生動物の細胞分裂を人間より大きいくらいに拡大したら、こんな風に見えるのかも知れない。

 夏乃は、ぞくぞくする感覚を味わっていた。

 この感覚は馴染んでいた。

 そう、あの世界で。

 だが、ここはあの世界でなく。

 なにかまずいことだと悟ったのだろう、バス待ちの客たちが、一人、二人と続いて、突如雪崩を打つように、一斉に逃げ出した。

 逃げると言っても、大部分普通の人間、しかも大きな買い物の荷物を持っている者が多く、そう機敏ではない。

 だが、夏乃は逃げなかった。

 確信があった。

 こいつは。

「渦」が凝縮し、そこに奇怪な影があった。

 恐らくゲームに入れ込んでいる者なら、何となく見覚えがあるものであろう。

 あるいは、西洋の歴史、特に軍事史周りに詳しい者なら見慣れたものであるかもしれない。

 それは。

 巨大な甲冑であった。

 西洋風の、板金で作られた甲冑に近い。

 違うのは、どんな金属なのか、赤みを帯びた鮮やかな金色であること、こっちの世界では見たことのない独特の細緻な細工が施されていることだ。

 同時にその両腕は籠手から直接生えた剣のようなものになっており、路上に不気味な長い影を落としている。

 その「甲冑」を着ている者は「なかった」。

 中身が、ない。

 甲冑の隙間、一部顔の皮膚や目が露出しているはずの部分には、なにか、薄黒いもやのような不気味な黒い何かが詰まっていた。

 黒い闇そのもののような存在が輝く甲冑をまとい、十体近くで、夏乃を取り囲んでいた。

 夏乃が感じたのは、恐怖でも驚きでもなかった。

 納得。

 それが、一番彼女の心情に近いものだった。

 だって。

 それは、「あの世界」で見慣れたものだったから。

 一番近くの甲冑が、腕の剣を振るった。

 人間の倍もありそうな巨躯からは信じられないほどの速度だったが、そこに夏乃はいなかった。

 何か奇蹟が起きたのかと自分でも疑うほどに鮮やかに、夏乃はそれを避けていた。

 飛び退いて、きっと目の前を見据える。

「鎧魔(がいま)が八体……厄介ね。硬いんだものこいつら」

 夏乃はひとりごちたが、その彼女に向けて金色の、神々しいといえるほどの光が襲い掛かった。

 もう一体の鎧魔の腕の剣から、光の刃が槍のように伸びた。

 直撃は避けたものの、肩先が削られた。

 夏用のライトグレーのスーツが破れ、露出した白い肌に生々しい傷が見えている。

 食いしばった歯の間から苦痛の吐息を漏らした夏乃に、容赦ない追撃が降り注ぐ。

 咄嗟に飛び退いた彼女を追って、金色の紡錘形の刃が散弾のように降り注ぎ、水平に薙ぎ払われた剣から衝撃波が広がる。

 散弾を間一髪でかわしたところで直撃した水平の衝撃波が、夏乃を吹っ飛ばした。

 車に撥ねられたように夏乃は吹っ飛び、焼け焦げたアスファルトに叩きつけられる。

 痛みと熱さが、朦朧としかけた夏乃の意識を、どうにか現実に繋ぎとめた。

 バレッタがはじけ飛び、長い髪が肩とアスファルトに広がった。

 がしゃり、がしゃりと中身のない鎧魔が、じりじりと近づいてくる。

 大きく振りかぶられた剣が見え……

「来なさい」

 夏乃は、自分の中の制限を、その一瞬で取っ払った。

 彼女の頭上に、夢の中では見慣れた、あの得も言われぬ「碧」があった。

 希少な宝石のように深く輝く碧色は、人間の頭ほどの大きさの球形で、不思議に静かな雰囲気と、同時に周囲を薙ぎ払う圧倒的な魔力めいた波動を放っている。

「『破滅の光』」

 夏乃が、日本語ではないどこかの言葉で口にするより早く。

 白というのか虹色というのか、なんとも形容しがたいまばゆい輝きが、第二の太陽のように周囲を薙ぎ払った。

 夏乃は見た。

 雪が日差しに溶かされるより早く、あれだけ堅固な金属であったはずの鎧魔の肉体が、ほろほろと光に溶けていく。

 その光自体に熱は感じないにも関わらず、鎧魔の金属鎧は、高熱で溶かされたように溶け崩れ、ロウのように地面に滴る前に、更に光に分解されるかのように蒸発して消えていった。

 一瞬。

 沈黙。

 遠くからヒグラシの鳴く声が聞こえた。

 夏乃は、のろのろと立ち上がる。

 そこにあったのは、ただ夏の夕日に塗りつぶされた、オレンジ色の郊外の風景だった。

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1-3 何かの始まり

「つあっ!!」

 絶妙の角度で投擲された、テーニテートの手裏剣が、敵の重武装兵の首を刈り取った。

 凄惨な光景が広がる直前に、前に進んだグレマラウが、手に入れたばかりの魔剣を、最も巨大な「そいつ」に突きつけている。

「それ」は、地球の知識のあるターリフィーラなどから言わせると「巨大なサイと虎の合いの子を金属で作った」ような代物だった。

 天井の高い石造りの遺跡の通路でも圧迫感を感じるほどの巨大さ。

 地球で言うなら戦車のような存在感が、その鋼の獣にはあった。

 鋼獣(こうじゅう)。

 ガルガダ神が、かつて地上の不埒な人類を罰するために差し向けたという伝説のある、鋼の獣。

 人間のあらゆる武器も魔法も寄せ付けぬといわれる鋼獣ではあるが、しかし、今や一人の男、魔神アールイッザルの遺した神宝である「五残覇」を手にした魔人グレマラウに圧されようとしていた。

 鋼獣が、くわっと口を開いた。

 白い輝きが、光の洪水のように、グレマラウを先頭にした四人を呑み込もうと……

 打ち振られた五残覇から、黒く輝く衝撃が飛来した。

 それは輝く光を切り裂き、真正面から巨神の振るった斧のように、鋼獣の顔面を直撃した。

 鋼鉄のパーツの破片が飛び散る。

 そそりたつ金属の角が半ばでへし折れる。

 微細なエネルギー流が鋼獣の全身を走り回り、修復が遅れる間に、グレマラウは前進した。

  漆黒の刀身が振り下ろされる。

 熱したナイフでバターを、という表現があるが、それは刃が触れる直前に、固体としての形状が保てなくなり、そのまま気化していくような、そんな呆気ない崩壊だった。

 まるで生身の獣の丸焼きのように、鋼獣が縦真っ二つに切り裂かれた。

 鋼獣の残骸は大音声と共に遺跡の床に倒れ、地上に降りた天上の存在の常として、見る間に光の粒となって消滅していく。

 これが、魔剣「五残覇」の力。

 あらゆる存在を無に帰す魔神の懲罰の力だ。

「ふうう。やれ、心臓に悪いが……興味深いものが撮れたな」

 手にした水晶級型の記憶機械を掲げたまま、グレマラウの斜め後ろにいたシージフォンがつぶやいた。

「お疲れー。ま、私とシージフォンさんはあんま出番なかったけどね?」

 ターリフィーラが指先で顔の右横に浮かんだ宝珠をくすぐるようにして、のほほんと口にする。本当に暇だったようだ。

「おおい!! オメーの出番はここからだっての!! なぁーーーーんで、こんなところに帝国兵とガルガダ神の組んだのがいやがるんだか、説明しろ!!」

 ぷにぷにした獣把特有の掌で、ターリフィーラの文字通り石頭に突っ込みを入れながら、テーニテートが喚いた。

「や、そんなこと言われたって。私だって、別にフィージンツ帝国にツテがある訳でもなんでもないからねえ。せいぜい、帝国の連中が、この遺跡に眠ってるお宝に興味があるんだろうってことくらいしか、見当がつかないよ」

 ターリフィーラは、その遺跡の湿った石壁を見た。

 その遺跡は、常に水音が聞こえている。

 古の神の一柱、海神モルテクレイテーを祀った神殿であったはずの遺跡は、常に海の水が循環している。

 そもそも、この遺跡のあるこの島自体、広大に広がる海洋の中の孤島にあるのだ。

 壁から小さな海水の噴出があり、それがその下の水盤にいったんは受け止められて、更に石に刻まれた網に覆われた地下へと流れていく。

 潮の匂いと、ぬるりと湿った石。

 時折ある海と繋がった大きな人工池では、もう何世代も前から住んでいるのであろう魚介類が泳ぎまわっている。

 神々の闘争時代、もしくはそれ以前の遺跡の常として、内部はスケール感がおかしくなるくらいに広大で、それでいてどこからともなくもたらされる魔法の明かりによって、平均的人類が不自由ない程度の光量で照らされていた。

「わざわざ帝国が目をつける……すると、ターリフィーラさんが持っておいでだった情報は、今回も外れではない可能性が高いのですな」

 シージフォンが、記録機械を腰に下げた探索者用バッグにしまい込みながら、そう呟いた。

「海神モルテクレイテーは、物理的な海の他に、『世界の記憶の海』をも司る。彼の神智魔法を受け継ぐことができれば、この世のあらゆる知識を得ることができる」

 ぐるりと、彼はどこかにあるのだろう何かを探すような遠い表情で遠くを見回した。

「……そして、その神智魔法を習得できる『記憶結晶』は、この遺跡のどこかにある……はずなのだから」

 記憶結晶というものは、古代文明時代より受け継がれた、特定の情報――画像でも数式でも文字列でも音楽でも――を記録できる鉱物質の結晶である。

 形は様々だが、今現在流通しているものは、透明な硝子質の円盤型、もしくは直方体型が多い。

 ただ、神々の闘争時代以前の遺跡から発掘されるような記憶結晶は、鉱物質であれば形に特に制限はない。

 宗教的意味合いが付加されていた場合が多かったからとも言われるが、中には生物の化石型の記憶結晶などというものがあるのだ。

「さて。そういうことなら急いだ方がいいんじゃないか?」

 魔剣を背中の鞘に収めたグレマラウが近づいてきた。

 すでにこと切れている帝国兵の遺体数体を見回す。

「こいつらは門番として配置されてただけだろう。この少人数だけで来たとも思えないしな。本隊が先に記憶結晶を見つけてしまったら、なにかとまずくないか?」

 その言葉に、ターリフィーラがうなずいた。

 いつもへらへらしている彼女に珍しく、厳しい表情が浮かぶ。

「私の知ってる情報によると、モルテクレイテー神の神智魔法は、あらゆる知識をもたらすだけじゃなくて、他人のおおよその考えや、ほんのちょっと先の未来も見通せるって話さ。どこまで使いこなせるかは、習得した奴の技量次第だって言うけどね、でも」

 一拍置いて、彼女は遺跡の奥に続く通路を眺めやった。

「フィージンツ帝国の奴らに、そんなもんが渡ったら、どうなると思う? 今でさえ、ガルガダ神の教えをこれだけ強硬に世界中に押し付けてるんだ。奴らの言う『不信心者』への風当たりが、どれだけ強くなる? 磔(はりつけ)台に乗せられる奴が、何倍になるんだろうねえ?」

 そして、あんたらや、私は、それを免れると思うかい?

 妙に静かな声音で、ターリフィーラがそう問題提起した時。

 周囲の大気の温度が、一気に雪が降りそうなほどに下がった気がした。

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1-4 胡蝶の夢

 ターリフィーラではなく、石津夏乃の日々であったら、ごく当たり前に回って行った。

 朝起きて身支度して会社に出勤、経理事務の仕事をこなし、なるべく自分の負担にならない時間で上がる。

 子供の夏休みの時期も重なって忙しいけれど、それでももう慣れたものだ。

 パソコンの表計算ソフトとにらめっこする毎日が、熱気と効き過ぎの冷房の間で、飛ぶように過ぎていく。

 しかし。

 常に頭から離れないのは、あの世界。

 石が宙に浮くという性質を持っているため、島や大陸が高い空に浮き、はるか下に無限の海洋が広がっているという、あの世界――「宙宇(ちゅうう)」。

 そこで古の文明の生き残りと言われる「石種(せきしゅ)」の女として生きてきた日々は、まるで背中合わせのように、夏乃の背中にぴったりと貼り付いていた。

 当然だ。

 場合によっては、あの世界から「追手」が姿を現す場合まであるのだから。

 追手と日常生活と、夜の夢の中のあちらの「現実」に向き合いながら、夏乃はこれはどういうことだろう、と考える。

 考えながらも、日常は待ってくれないので、仕事をしながらではあるが、それでも頭が二つあるかのように、それらがごっちゃになることはなかった。

 果たして、宙宇のターリフィーラが、たまたま何かの原因で現世の「石津夏乃」になる夢を見ているのか。

 それとも、今夏乃自身が感じているように、現世の石津夏乃が、たまたま「宙宇」という奇妙な世界、そしてそこに生きるいわばアバターとしての「ターリフィーラ」の夢を見ているのか。

 どっちなのだろう。

 本当の意味での「現実」は、どこにあるのか。

「宙宇」。

 そもそも、それが問題だ。

 多分だが、あの世界は球形をしていない。

 地球というより宇宙のような広大な空間に、呼吸可能な大気の詰まった無限の「空」があり、そして、重力が働く方向、一般的な宙宇の人間の認識では「下」に、これまた無限の塩水をたたえた「海洋」が広がっている。

 その「海底」は現世では及びもつかないほどの深い底――「この世の外側」の「虚空」と接する部分であるというのが、石種に伝わる古の学説だ。

 ターリフィーラたちの暮らす大陸や島は、「現世」と違って海洋を離れ、「空」の只中、雲が浮かぶほどの上空に浮遊している。

 幻想絵画などでよくある、空に浮かぶ島や大陸である。

 無論、更に高く浮かぶ雲から雨が降り、水が循環しているのだが、その水もいずれは大陸や島の端から、はるかかなたの海洋に流れ落ちることになる。

 無限の空間、「空」の上には、「太陽」も「月」も「星」もある。

「星」は「宙宇」世界の外側の「虚空」を巡る天体だが、「太陽」はその中で、宙宇に直接熱と光を伝えられるほど近い天体というだけのものだ。

「太陽」が近くに留まっている明るい時間帯を、宙宇の人間は「昼」と称し、そして太陽が遠ざかり光が届かなくなった時間帯を、「夜」と呼称しているのだ。

 昼も夜も、現世の地球より長い。

 そして、宙宇に暮らす人間各種族は、種族によって多少の差異はあるものの、こっちの地球の人間より長い時を生きる。

 石種、獣把、海殻族、魔人。

 それ以外にも数十の種族が混じり合って暮らしているのがあの「宙宇」の人間社会。

 そして。

 人間社会の目下の問題は、もっぱら「フィージンツ神聖帝国」。

 ガルガダ教と呼ばれる、英雄神ガルガダを唯一最高の神に祭り上げた宗教を国教とし、そしてその信仰を影響下にある他の国々――手っ取り早く言えば属国だ――に押し付けて回っている帝国。

 いや、押し付けどころではない。

 フィージンツ神聖帝国がやっていることは、ガルガダ教による都合のいい歴史の書き換えや、文明の破壊である。

 他の神々の信仰を否定することはもちろん、ガルガダ神が覇権を握る以前――神々の闘争時代以前の文明の否定をも含んでいる。

 それは直接的には、神々の闘争時代以前の旧文明の主な担い手だった、石種への差別と圧迫という形で現れた。

 帝国の影響下に置かれた石種のコミュニティは、その保持する旧時代の記録や文化を捨てさせられ、無理やりガルガダ教への改宗や、帝国への文化的隷属を強いられている。

 旧文明の都合のいいところは、帝国の一部特権階級によって独占され、帝国の国力の増強や維持にだけ振り向けられる。

 石種だけでなく、それ以外の種族の一般人は、むしろ文明から遠ざけられている。

 神々の闘争時代が終焉し、石種が、荒れ果てた宙宇の社会をその保持していた文明で救ったに関わらず、帝国はその各種文明――社会的インフラの後退を強い、文明以前の原始的状態に限りなく近づけようとしているのだ。

 夏乃の知る、この現世の時代や地域の区分では、中世のヨーロッパくらいであろうか。

 唯一絶対の宗教が絶対の権威であり、科学文明は捨てさせられ、宗教の解釈からはみ出る「現実」は、すべからく「悪」と言われた時代や文化。

 そんなものに、大真面目にフィージンツ帝国は近づいている……。

「さて、どうしたらいいのかしらね」

 あの世界でどう振舞うか以前に。

「どちらが」本当の「現実」なのだろう?

 石津夏乃が、ターリフィーラと宙宇の夢を見ているのか。

 ターリフィーラが、石津夏乃と現世の夢を見ているのか。

 わからない。

 現実は、どっちなのだ。

 エアコンの効いたオフィスと。

 湿った石の匂いのする遺跡と。

 自分はどちらに属しているのか。

 そして。

 現実の真の姿が見えたなら、自分はどう振舞うべきなのだろう?

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1-5 神殿の番人

「ひょええ!? まただよ、何だこれ!?」

 テーニテートが頓狂な声を上げた。

 遺跡の石床の上、血まみれで転がるその肉片は、見れば確かに人体の一部の形をしていた。

 恐らく、右脚だ。

 何かに、膝上から食いちぎられた。

「ま、人間の死骸だねえ。やっぱり、なんかヤバイ番人がいるって話は、本当だったみたいさ」

 ターリフィーラは相変らず口の中でキャンディをもごもごしながらしれっと応じた。

 無残なその光景に動揺もしない。

「単純に侵入者を殺害するではなく、食い殺す、ような番人、か……」

 血まみれの光景を見据えるグレマラウの眼光が鋭い。

 背中の鞘から、「五残覇」を抜き放った。

 ずっとそうしていないと危険と判断したようだ。

「ここは海神モルテクレイテーの領域。海に関する魔物なら、なんでも置いておけるでしょうからな」

 モルテクレイテー神の葬儀の作法に則った、死者への礼の仕草を見せながら、シージフォンは静かに呟いた。

 フィージンツ帝国の掲げるガルガダ教が世界を席巻してからというもの、その礼拝は危険なものであるはずだが、彼は気にしないようだった。

 門番を倒し、モルテクレイテー神の神殿遺跡の奥へ進んだターリフィーラたちが目にしたのは、神殿のあちこちに散らばる、人間の死骸だった。

 それも、真新しいもの――つい先刻殺されたようなものばかりだ。

 中には、まだ血が固まっていないものもあった。

死骸の特徴からするに、その大部分は明らかに「輝者(きしゃ)」種族だ。

「輝者」。

 フィージンツ帝国本領の人口の大部分を占める種族だ。

 寒色がかった肌と星空を封じ込めたような目を持ち、肉体の周囲に常に輝点――星と呼ばれる――が旋回する種族。

 古い時代の記録には存在しない。

 神々の闘争時代が終結してから、ガクンと減った人間の数を補填するため、その戦いの勝者を自称するガルガダ神によって、天使を元に創られた種族だとされている。

 海殻族ほどではないが平均して知能が高く、石種ほどではないが魔力も高い。

 器用貧乏と思われていた種族はしかし、次第に勢力を広げていき、「帝国」を建国し、今や宙宇全域に影響力を及ぼすに至った。

 その輝者の特徴、そして帝国の瑠璃色の軍服の残骸が残っているところからすると、彼らは間違いなくフィージンツ帝国軍人であろうと思われた。

 武器の魔導銃も残っているところからするに、十分な武装もしていたようだ。

 それが、恐らく小隊まるごと近い人数、葬られている。

「さっき、この奥から、悲鳴らしきものは聞こえましたよね?」

 シージフォンが祈りを終え、広いがやや薄暗い通路の奥を覗いた。

「なにかいるので……」

 は、と言いかけた彼の言葉はそこで途絶えた。

 大きな影が、ゆらり、と揺れた。

 魚影だ。

 それはもう、人間の何倍か知れぬほど大きな。

 神々の闘争時代の神殿でなかったら、到底収まる訳もない大きさの、それは巨大な肉食魚だった。

 その海の深みのような緑色と、宵のような紫色のまだらのの肉食魚は、流線形の体をうねらせて、空中を泳いできた。

 宙宇の魚には、水中同様、空中も泳げる魚が少なくないが、これも同じようなものらしい。

「何だこれ? ウダ魚?」

 五残覇を構えながら、グレマラウが思わずつぶやいた。

 そのウダ魚というのが、地球で言うなら「サメ」に相当する狂暴な大型肉食魚だということは、ターリフィーラにはわかっていた。

 だが、ひれのあたりから、伝説の天女のような薄い膜状の光が空中にたなびいているのを見ると、それがただのウダ魚でないのは火を見るより明らかだった。

 顔面部分の真珠光沢の殻が、べったりと血で染まっている。

「そらよっ……!!」

 テーニテートが、通路から彼女たちがいる広間に、ウダ魚が出る前に、手裏剣を投げた。

 空を裂く銀色の輝くが、ウダ魚に突き刺さる直前、まるでねっとりしたゲル状の何かに突っ込んだように減速し、ぽたりと床に落ちた。

「んあっ!? どういうこと!?」

 咄嗟に、テーニテートは片方残った手裏剣を引き寄せて自分の身を護った。

 同時に、落下した手裏剣に思念で命令し、自分の手元に戻ってくるように操作する。

 これも遺跡で拾った神々由来の神器「明闇双華(めいあんそうか)」である。

 単に思わせぶりで華麗な細工の手裏剣というだけではない。

「持ち主」の思念を受けて、それは素早く宙を飛んでテーニテートの元に戻った。

「待って!!」

 そのまま前方に踏み込もうとしたグレマラウを、ターリフィーラは止めた。

 いつの間にか出現させた「天命の宝珠」を掲げ、何事か唱える。

 ばん!!

 と、大きな音がした。

 ちょうど前進しかけたグレマラウとウダ魚の間に、見えない壁のようなものが存在しているかのようだった。

 その見えない壁に真正面から激突したウダ魚が、衝撃でのたうちまわる。

「間に合った。多分、そいつ普通の攻撃が効かないはずだよ。だから、魔導銃を装備した帝国軍の兵士たちが一方的に食い散らかされたのさ」

 きっぱり断言するターリフィーラのその言葉を聞いて、グレマラウは青ざめたが、すぐにうなずいた。

「どうすればいい」

「何かの結界だろうから、それを破るか、あるいは攻撃する意思をなくさせるか……」

 しかし、どちらにしても難しいことに変わりはないと、ターリフィーラばかりか他の三人にもわかっていた。

 帝国軍には魔術部隊もいたはずだ。

 彼らまで食い散らかされているということは、武器ばかりか魔法全般――それも古代文明由来の高度な魔法――も通じないということだから。

 本当に野生のウダ魚がそうするように、遺跡の番人は、ターリフィーラたち四人の周囲をぐるぐると泳ぎ回りだした。

 彼女が展開した壁は、おそらくドーム状に四人を覆っているのだろう。

 番人魚は周囲を円形に巡り、場合によっては頭上を泳ぎ越して、殊更威嚇するように巨体を見せつけていた。

 いやに鮮やかな体色やたなびく光の帯が、まるでターリフィーラたちに自分の運命を自覚しろと言わんばかりに目につく。

「もしもーーーーし? ターリフィーラさーーーーーん!? ええと、要するにこの状況、どぉーーーーーしたらいいんでしょうねえ~~~~??? 割とジリ貧コースに思えるんですけどぉお!?」

 殊更おどけた口調だが、明らかに上ずった声で、テーニテートが尋ねてきた。

 そのくりっと大きな目は、ぐるぐると泳ぎ回る番人魚の動きをちらちら追っている。

 彼女にとって、魔法も武器も通じない、しかも人間と違って買収も目くらましもできない相手となれば、もう打つ手なしとしか思えないようだ。

「なに、多分あれが通じるはず。昔の同族の英雄の記録なんてものを読んでおいてよかった」

 シージフォンが、すいっと滑らかな動きで前に進み出た。

 番人魚は宝石で作られた皿のような巨大な目をぎろりと剥いたが、そのまま悠々と周囲を回り続ける。

「シージフォン、危ないから……」

「なに、まあ、腕前を御覧じろ。だてに君の主はやってないよ」

 慌てて止めようとしたグレマラウにいつもと変わらぬ穏やかな表情で笑いかけ、シージフォンは手にした魔矛を掲げた。

 口の中で低い詠唱が紡がれた。

 と、思いきや。

 番人魚が、ぴたり、と止まった。

 ゆったりとヒレを動かし、シージフォンに向かい合うように巨大な顔を据える。

 シージフォンが詠唱と共に魔矛を掲げ、なにかしら仕草で語り掛けるように、じっと自分の数倍の巨大魚を見た。

 詠唱が途切れる。

 その間、どのくらい経ったか。

 数分以上なようにも、三十秒以内なようにも思えた。

 ゆらりと、番人魚が巨大な体を翻し、背というか尾を向けた。

 通路の奥に進み、ふと止まって、促すように頭を動かす。

「……海殻族の魔法で『説得』しましたから、もう大丈夫。あの方、モルテクレイテー神の神宝に元に案内してくれるそうですよ」

 その言葉を聞いた途端、安堵と驚愕と喜悦とわずかの疑いの混じった空気が、残り三人の間で爆発した。

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/07/19)
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