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勇者の連鎖 完結

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勇気にあふれる人が勇者ですが、誰かに勇気を与える人も勇者だと思います。

1位の表紙

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「もうだめだ……親に電話してからこの世を旅立とう」

 一人の悩める青年がいた。彼は携帯電話を取り、実家へ電話をかけた。だが何の手違いか、その電話は別の誰かへと繋がってしまった。

「ごめんなさい、間違えました」

『あ、それはいいんだけど……。どうしたの? あなたの声が何だか暗くて気になるわ』

 不思議なことに、電話の向こうの30~40代と思われる女性の声は、青年を気遣った。青年は少し迷ったが、ぽつりぽつりと自分の境遇を語りだした。

「実は……今の仕事が自分に合わなくて……」

『まあ、そうなの……』

「休みが少なすぎるし、かといって有休を取ろうとすれば上司に嫌な顔をされるんです」

『まあ……』

「早く帰ろうにも残業ばかりで、しかもその残業代も出ないんです。申請すれば出るらしいですが、周りが皆申請してないから、出来ないです」

『それはひどいわね……』

「家には寝に帰るだけの生活で、趣味をやろうにもその趣味すら楽しく思えなくなって、もう何の為に生きてるのかが分からなくなって……」

『……グスッ』

 受話器の向こうで女性のすすり泣きが聞こえてきた。女性はしばらく嗚咽を洩らしていたが、やがて涙ながらに言った。

『辛い日々を孤独に耐えて頑張っていたのね。大層辛かったでしょうに……』

「……」

 青年はふと、こうして自分の境遇を人に話したことがなかった事に気付いた。誰かに辛さを理解してもらって、悲しんでもらう。それだけで青年の心は洗われるような気がした。

『その仕事、辞められないの?』

「就職浪人してやっと見付けた仕事でした。ここを辞めて、次の仕事が見付かる保証はありません」

『そんなのやってみなければ分からないわよ。もうちょっと待遇を変えて探してみたらどう?』

「でもここを辞めたとして、次の仕事も合わなくて辞めることになったら辞め癖がつきそうで」

『確かにそうかもしれない。でもそんな仕事は無理してする仕事じゃないだろうから、辞めたとしても正解だと思うわ。それに何よりあなたは今のヒドイ職場でここまで耐えてきたのだから、多少の困難を乗り越えられる力があると思うわ』

「……そうでしょうか?」

『そうよ、きっとそう!』

 受話器の向こうで赤ちゃんが泣く声がした。女性は青年に詫びた後、精一杯の励ましの言葉をかけて電話を切った。

 青年は実家に電話をかけるのをやめ、その足で会社へ行き辞表を提出した。次の仕事はやはりなかなか見付からなかったが、ハローワークへ根気よく通いつめたおかげで何とか次の仕事を見付けたのだった。現在は多少のトラブルを抱えてはいるものの、以前に比べればずっと生き生きとして働いているそうだ。

「こんな筈じゃなかった……なんでこんなに辛いのかしら」

 一人の悩める主婦がいた。彼女はスヤスヤ寝ている赤ちゃんを一人残して家を出ると、フラフラと車道を歩いていた。だが道を歩いていた制服姿の少女に歩道へと連れ戻され、事なきを得た。

「ごめんなさい、うっかりしてて」

「いえ、それはいいんですが……。どうしました? お姉さん、そんな顔して何かあったんですか」

 不思議なことに、制服姿の少女は主婦の事を心配そうに見つめている。主婦は少し迷ったが、ぽつりぽつりと自分の境遇を語りだした。

「実は……苦労して授かった筈なのに、子どもと2人きりで過ごす日々を辛く感じてしまって……」

「そうなんですか……」

「朝も昼も夜中も子どもの面倒ばかりで、家事や自分の事は勿論、睡眠も満足に取れなくて」

「はい……」

「子どもはすごく可愛いのに、日中子どもと二人きりで家にいると自分だけ世の中から取り残されたような気がして、すごく苦しいの」

「そうですか……」

「子どもの為にもなんとか頑張ろうとするんだけど、頑張ろうと思えば思うほど苦しくなって、気付いたらフラフラっと外へ出てしまっていて……」

「……ヒック」

 主婦の話を聞いていた制服姿の少女は、ポロポロと涙を溢していた。彼女はしばらく泣いていたが、やがて顔を上げて言った。

「これまでお辛かったんですね……。私には子育ての苦労は予想もつきませんが、それでもあなたの辛さは伝わってきました」

「……」

 主婦はふと、こうして自分の境遇を人に話したことがなかった事に気付いた。誰かに辛さを理解してもらって、悲しんでもらう。それだけで主婦の心は洗われるような気がした。

「あの、誰か他に赤ちゃんをみてくれる人はいないんですか?」

「主人の転勤に付いてきたから、親兄弟や友達は近くにいないのよ。主人も仕事が忙しくて、家には寝に帰ってくるようなもんだわ」

「公的なサービスを利用して、一度赤ちゃんを誰かに預けてみてはいかがですか?」

「専業主婦の私がサービスを利用するのは気が引けるわ。本当に必要な人のために枠をあけておくべきじゃないのかしら」

「うちの姉も専業主婦で赤ちゃんがいますが、姉も赤ちゃんを預けていました。お母さんのリフレッシュ目的でそういったサービスを利用するのは認められているそうですよ」

「でも……何もしていないのに赤ちゃんを預けて、自分は自由に過ごすだなんて、とても悪い事のように思えて」

「赤ちゃんを産んでから、ゆっくり体を休める時間もないままに、赤ちゃんの世話や家事をするお母さんが、自由に休んじゃダメなわけがありません! お母さんだって人間なんだから、ゆっくりする時間がないと壊れてしまうと思います。姉はよくそう言ってました」

「……そうかしら?」

『そうですよ、きっとそうです! 休んでください!』

 その時、少女の携帯電話が鳴る。彼女はどこかに行かなければならなくなったらしく、主婦に詫びると精一杯の励ましの言葉をかけて去っていった。

 主婦は踵を返すと、急いで自宅へ戻った。ドアを開けるとちょうど赤ちゃんが目を覚ました所だった。こちらへ可愛らしく笑いかける我が子を見ると、主婦は傍へ駆け寄って優しく抱き締めるのであった。

 その後彼女は一度だけサービスを利用して赤ちゃんを預けた。定期的に預ける事はなかったが、逃げ道があると分かっただけでも彼女の心には余裕が生まれたのだった。現在も彼女は度々悩みながら家事育児をしているが、以前に比べればずっと生き生きとしているそうだ。

「辛い……辛いよ。学校行きたくない」

 一人の悩める女子高生がいた。彼女は匿名掲示板に上記の書き込みをした。だが全く別関係の過疎スレッドに書き込んでしまったようで、すぐに指摘された。

「ごめんなさい、間違えました」

『まあそれは仕方がないとして……。どうした? 学校で何かあったのか?』

 不思議なことに、過疎スレッドの管理人は少女を気遣った。少女は少し迷ったが、ぽつりぽつりと自分の境遇を語りだした。

「実は……学校でいじめられてて……」

『それは辛いな……』

「目付きが悪いとかで一部の女子から敵視されてて、その女子グループのカーストが上位だから、クラスから浮いた存在になっちゃって……」

『そうか……』

「身体的な暴力はないんですが、何をするにも悪口を言われて、後ろ指さされて。挙げ句の果てにはバイ菌扱いされて」

『それはひどいな……』

「それでも不登校になったら負けだと思って頑張って学校に行くんですが、ストレスで髪が抜けて眠れなくなってしまって。でも学校に行き続けなくてはいけないのが辛くて辛くて……」

『……(ToT)』

 少女の話を聞いていた管理人は、悲しんでいるようだ。数分後、彼から書き込みがあった。

『ずっとしんどかったんだな……。誰にも打ち明けられず、よく頑張って登校してたな』

「……」

 少女はふと、こうして自分の境遇を人に話したことがなかった事に気付いた。誰かに辛さを理解してもらって、悲しんでもらう。それだけで少女の心は洗われるような気がした。

『いじめる奴らにやめろって言った事はあるのか?』

「言いました。でもその直後にもっといじめがひどくなって、言うのをやめました」

『担任の先生はどんな感じだ?』

「相談したら首謀者達に注意してくれました。でもよくもチクったなって、もっといじめられました」

『親にはどうしても言えなさそうか?』

「なるべく心配をかけたくないのと……あと心のどこかで、これはいじめじゃない、認めたくないって思っている自分がいて、言えません……」

『そうか……』

 書き込みは急に途絶えた。数十分後、管理人から返信があった。

『あのな、これは俺の持論だから絶対に正しくはない。それで良かったら、聞いてくれ』

 少女はパソコンの前で、ごくりと唾を飲んだ。はい、とメッセージを送信する。

『まずな、そういうどうにも出来そうにない嫌な事からは、逃げていいと思う』

「え……でも……」

『これを乗り越えられなかったら、どこへ行ってもやってけないと思ってるか? それは違うぞ。そんなの我慢しても、お前の心が死ぬだけだ』

「じゃあ、どうしたら」

『まずは親に言え。親はきっとお前の味方だ。親と腹割って話せ。好物いっぱい作ってもらえ。一人で眠れなさそうだったら親の隣で寝ろ。悲しかったら親に抱き締めてもらえ。お前はずっと一人で頑張ってきた。でも誰かに頼らなきゃダメだ』

 少女は絶句してモニター画面を見つめていた。矢継ぎ早に管理人からのメッセージが書き込まれていった。

『俺もな、昔お前と似たような状況だった。自分の気持ちに蓋をして、ブラック企業で無理して働いてた。だがある日間違い電話をしてな、そこで見ず知らずの、自分とは別世界に住んでいるような人に、たまたま自分の境遇を打ち明ける事になった』

「……」

『彼女は俺に勇気を出して仕事を辞めろと言った。俺はよく考えてその通りにした。まあその先の道は楽なものじゃなかったが、それまでの社畜人生に比べりゃ月とすっぽんよ。あの時、彼女のおかげで俺は救われた。お前もあの時の俺と同じだ。今救わねぇと、ある日突然死んでしまいそうでな』

「……」

『そんな学校なんか休んだっていい。たっぷりと休んでから、親と一緒にこれからの事を考えろ。今の時代は学校になんか行かなくてもな、充分な勉強だって出来るし必要な資格だって取れる。転校だって選択肢の一つだ』

「逃げても……いいんですか?」

『いい!! 大事なのは一つの物事をやり遂げる事じゃない、お前がずっと生き抜く事だ!!』

 彼女はパソコンを閉じた。うつ伏せになり、声をあげてしばらく泣いた。それから部屋の鍵を開け、階段を降りて両親の待つリビングへ向かった。そこで全てを打ち明け、親はそれを暖かく受け入れた。

「大変だったのね……。でもよく話してくれたわ」

「ある人が背中を押してくれたの。勇気を出せって言ってくれたの」

「そっか」

 少女はその日両親と共に眠りについた。そしてたっぷりと休息を取ってから、自分の未来について話し合ったそうだ。

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なるほど、ドラゴンがいるような「異世界」でなくても、現実の中でも「自分と次元の違う現実」を生きている人、普通なら繋がらないような人は「異世界の勇者」ということですね。
そして「異世界の勇者」が救うのは……
最期まで拝読して見事と唸りました!!( *゚-゚* )

大久保珠恵

2018/7/19

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書ききれなかった部分を代弁してもらってありがとうございます!
具体的な内容はさておき、誰かのちょっとした善意で誰かが救われるという連鎖が知らず知らずのうちにたくさん起きて、過ごしやすい世の中になればいいなと願って書きました。

作者:カンリ

2018/7/20

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【モノコン2018物語部門予選通過のお知らせ】ちょっと大人の童話を読んでいるようでほっこりしました。一つまた一つと小さくても明るい光がともっていくのが安心します。幸せの連鎖をもっと読み続けたいです。

4

モノコン2018予選選考スタッフA様
読んで頂き、どうもありがとうございます。
他の長編を執筆中に、早くモノコンに参加したくてバーっと書き上げた作品でした。
予選通過させて頂き、ありがとうございました。

作者:カンリ

2018/9/14

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とじる

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