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勇者くんが迎えにやってきた 完結

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合計:28

田辺 耕平(たなべ こうへい)
32歳 独身。
身長171センチ 体重69キロ 最近腹の肉が気になりだした。健やかに中年変化中。
顔は可もなく不可もなく。しかし、人付き合いが苦手からか、女性に対して心を開く事がなし。
それが災いし、彼女居ない歴32年。つまりは――素人童貞。

唯一の趣味らしい趣味は。
物語創作。
しかし、それも今の職場に就いてからは手も付けていない。
時間がない訳ではない。ただ、挑戦し続ける事により『選ばれない痛み』を味わう事が苦痛になり、気が付けば止めていた。


仕事をして――飯を食って――アニメを流し見して――寝て――また仕事に行く。
それを毎日毎日繰り返すだけの経過。

そんなある日の帰り道、彼の目の前に奇想天外、浮世離れした格好の少年が立ち塞がった。
そして、その少年は。

耕平が中学生の頃書いた小説の主人公『勇者くん』だった。

1位の表紙

目次

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勇者くんはやってきた

「田辺‼ 田辺ぇ‼ 」

 その声を聴くと、眼輪筋がぴくぴくと波打った。まるでパブロフの犬だな。

「御呼びですか? 部長」

 俺の返事がさぞかし気に入らなかったのだろう。部長は禿げた頭頂部に雷の様な血管を浮かばせ、眼球が零れ落ちそうなくらい見開き、止めに喧しいほど強くデスクを叩いた。

「御呼びですか? じゃ、ねぇだろ~~~~‼ お前が作ったエクセルの表‼ ミスがあったぞぉぉ‼ 」

 そう言うと、印刷したそれを俺の目の前に突き出す。インクの臭いが鼻を突く。

「申し訳ございません」

 失敗があればすぐに謝る。それは社会の常識だ。しかし――常識が通用する社会かどうかはまた別の話なのだ。

「ふざけるな。やり直せ。ただし、今日の勤務時間中には一切手を付けるな。

 いいな、今日中に直して、明日朝一番に私の所に持って来い‼ 」

 そこまで言うと、禿げは女性社員の方へと行ってしまった。

「またサー残ですか。部長、流石にパワハラっすね。田辺さん。社内の相談所行った方がいいんじゃないすか? 」

 デスクに戻った俺に、他人事の様に隣の高橋くんが声を掛けてくる。まるで軽いそのノリには苛立ちを覚える程だ。

「いや、僕のミスだからね。仕方がないよ」

 なるべく、声のトーンを抑えてそう返す。

 彼は人に取り入るのが同じ人とは思えない程上手い。ここで俺が部長への不満でも漏らそうものなら、きっと部署中に瞬く間に広がってしまうだろう。

「そっすか。じゃあ俺、田辺さんの為にも部長のご機嫌とってきますよ」

 そう言うと「何話してんすか~」と軽いノリで彼は部長と女子社員の和に飛び込んでいった。

 何が「田辺さんの為」だ。いけしゃあしゃあとよく言う。

 ――結局、その日作業は深夜まで続いた。

 帰路に着きながらも、俺は何とか終電に間に合った事に喜びを感じる。

 考えてみれば、それはあまりにおかしな思考だったと思うが。すっかりとその習慣に慣れていたらしい。

 大学を卒業し、職を幾つ転々とまわり行き着いたここでも、俺は誰かに足蹴にされ続けている。

「ははは」と乾いた笑いがこぼれる。

 最初に格差というものを味わったのは中学生の時だった。クラスを振り回す男女グループに目を付けられた俺は、唯一の趣味だった小説を書いている所を見られ、クラス会でそれを発表させられるという仕打ちを受けた。

「なんか、よくわかんないね」と、外見も中身もアホだったくそビッチのその言葉を皮切りに俺はクラスを越え学年中から「リアル厨二患者」という不本意なあだ名を付けられた。

 それでも、いつかはデビューして奴らを見返そうと……俺は書くのを止めなかった。

 だけど、それはいずれ気付くものなんだ。

 高校生三年間、至る所の公募に応募したが、反応が返ってくるものなど、1つもなかった。

『期待の高校生現役作家‼ 』公募雑誌の表紙を、そんなどでかいフォントが飾る度。胸の中の柱がボリボリと音をたてて欠けていく。

 結局、夢を叶えられる者ってのも、はじめから決まっていて、それは人を踏み台に出来る奴なんだ。俺は……その踏み台にしかなれない人間。

 やがて、執筆の時間はテレビゲームや惰眠の時間へと変わり。

 大学在学時には10万文字の作品は、一作も脱稿せず。それどころか、書いている。と自分には言い聞かせながらも、書いた自分自身が「物書き」としてそれを否定する。自尊心と矛盾の間で、不安定な精神を泳がせるだけだ。

 俺は、書けば世間を騒がせるような傑作が書けるんだ。

 本当はこんな仕事をしているような人間じゃないんだ。

 時々、今でもそんな妄想が広がる。

「あ~~~~~~‼ 」

 しまった――と、思ったが終電という事もあり、大分離れた席に酔っぱらった客が一人居ただけだ。

 危なかった。最近寝る前などで同じ様な妄想が頭をいっぱいにした時。それをかき消す為に叫ぶ事が癖になっていた。

 外で、出てしまうと他者に迷惑を掛けかねない癖だったので、出ない様に抑えていたが、昼間の事と深夜までの勤務で精神的にも参っている様だ。

 

 駅を出た時に腹の虫が鳴った。

 そう言えば、昼休憩も作業に付きっきりで、何も口にしてなかった。

 24時間のスーパーに行ってもいいが、家に帰って一人になりたくない気分だった。俺は駅から少し離れた牛丼屋に向かおうと踵を返した。

 その時だった。

 

 駅の灯りがぼんやりと先を照らす先に。

 明らかに浮世離れした景色がそこにあった。

 最初、夜中の暗黒もあってそれを見過ごす所だった。むしろ、気付いた時に身体が飛び上がるかのように激しく硬直した。

 子ども――中学生くらいの少年がこちらをじっと見つめている。

 それだけでも、少し不気味だが、その少年がその夜道を非日常な景色に変えた一番の要因は、その格好だ。

 コスプレ? と俺の脳裏は必死でそれを現実の範疇で捉えようとしていた。

「おい。えっと――たなべ‼ 」

 …………は?

 俺は、固まった様に、その名前を言い放ったその世にも奇妙な格好をした少年を見つめていた。

「君は……誰だ? 」

 震える声が情けない。俺は、中学生くらいのその子どもに心底恐怖してた。人というのは予想していない状況に陥った時、ここまで混乱するものなのか。いや、まさかとは思うが……その少年は背中に剣の様な物を背負っているのだ。通り魔――その考えが頭をよぎった時。腰が抜けた。

「おいおい。誰だ? はねえだろ? 」

 尻餅をつき、脚を震わせる俺に、少年は兜を外してゆっくりと近づいてきた。その美しい銀髪が月光を伝らせる。

 そんな絶体絶命な状況だが、俺の身体は震え続ける。臆病すぎだと勘違いしないでほしい俺の震えが止まらないのは『別の恐怖』に気付いたからだ。

 遠い記憶の中から俺のシナプスが何かを引き出してきた。先に見た時から何か引っかかる面影がその少年にはあった。

 その視線の意味に気付いたのか、少年は歯を見せて大きな口で笑った。

「そうだ‼ 我が名は、アレクサンダー・レオンハートエンドルフィン‼ 

 あんたが17年前に書いたファンタジー小説『魔剣物語』の絶対無敵の主人公‼

 そして……」

 少年はスッと息を吸った。さぞかしその夜風は美味かった事だろう。

「勇者――だ‼ 」

 ビッと己の顔に親指を立てたそのポーズは。紛れもなく俺の記憶にあるアレクサンダー・レオンハートエンドルフィンの姿だった。

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1

すごいなあ!最後の最後に出て来たのが意外な人物(^^♪

湊あむーる

2018/7/22

2

本当ですか⁉ んじゃあ、次はもっと先が読めない様な副題にしておきます。『部長死す』

作者:ジョセフ武園

2018/7/23

3

好きです!
アレクサンダー・レオンハートエンドルフィンという中二心くすぐるような名前、思わず口に出してニヤニヤしました(笑)

カンリ

2018/7/23

4

アンダーハートなんたらやら、ロマネコンティ何某やら。ラノベには響きだけで採用される名前って絶対ありますよね。本当はもっとマニアックな医療用語をいれようかと思ったんですけど、カクヨムであんまウケなかったので、ちょっと漫画とかで聞き慣れたものにしました。
 カンリさんとあむーるさんの応援で、引く位ポイントが上がって戸惑ってます。コメディよりもどちらかといえば感動系が私のカラーなので(これがもうコメディ

作者:ジョセフ武園

2018/7/23

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とじる

部長死す

 本当に、今日は疲れた。

 慣れた事とはいえ、部長の仕打ちにして今回のは体力的にもしんどい部類だったし。

 ――いや、違う。

 最も疲労を感じたのはそっちじゃないし、それを俺自身が考えない様、思考を巡らせているが。

 俺は、冷蔵庫から大きなペットボトルを出すとコップにその中に入ったウーロン茶を注いだ。今まで使った事のない二つ目のコップは一度水でゆすがなければいけない程汚れている物だ。

「お待たせ」

 襖を開けると、6帖の小さな畳部屋。その中央にあるちゃぶ台に並ぶコンビニ弁当と総菜。

「うめぇけど、量がすくねぇなぁ……」

 その少年は、部屋の片隅に鎧を乱暴に脱ぎ散らかし、手で獣の様にそれを貪っていた。

 驚きはしない――引くが。そういう人間に設定したのは俺自身だからだ。

 俺は、普段使っていない方のコップを奴……アレクサンダー・レオンハートエンドルフィンの近くへ置く。

「おう、おめぇもくえくえ」

 そう言うと、ぐちゃぐちゃにまみれた弁当の残りを手渡してきた。

「どうも……」それを受け取ると、傍にそっと置く。

「なぁ……」

 そう、俺が口を開いた時には奴はもう次のカツ丼のふたを「ぱきゃっ」と乱暴に割っていた。

「なんだ? 」奴は訊きながら右手でカツ丼を掻っ込む。

「お前が本当に俺が中坊の時に書いた話の主人公だって……まだ信じられんのだけど……」

 俺がそう言うと「あ~?」と、カツ丼の油で汚れた指をちゅぱちゅぱ舐め始める。

「だから、そうだって言ってんだろ? 大体、お前の方が俺の事は解ってんだろうし。見たらわかんじゃね? だから、家にもあげたんだろ? 」

 くっ――ガキのくせに生意気に正論まで付けてきやがる。そうだ。普段は傍若無人なガキに見えてやる時はやる。そんな奴に書いたのは確かに俺だ。その記憶も一寸忘れず残ってるよ。

「……で、なんでそのアレクサンダーくんが次元の壁を超えて、俺の世界にやってきたのかな? 」

 そう――俺は彼を知っている。確かに。

 だけど、彼がこうして目の前に実在して現れるなんて――俺は仕事のストレスで頭がどうかしてしまったのだろうか?

「お前が、願ったからだろう」

 くちゃくちゃと、口を動かしながら彼はそう返した。

「願う? 」思わずノータイムで聞き返した。

「そうだ。俺達を創っている間も――いや。

 つい最近まで。

 お前はずっと俺達を呼んでいたよ。勇者くん。勇者くん。ぼくを、この世界でない、どこかに連れて行って下さいってな」

 思わず、開口したまま俺は呆然としていた。

 今、彼が言った『勇者くん』とは、俺が中学生の頃、このアレクサンダー・レオンハートエンドルフィンに対して呼んでいた愛称だ。

 だが、その愛称は自分以外誰も知らない。知る筈がない。

「だから、迎えに来た。お前を……たなべ、俺達の世界に迎えに来たんだ」

 俺は、震える手でテーブルにのったウーロン茶を一口煽る。

 それを、彼は真顔のままじっと見つめている。視線は外さない。俺の反応を窺っている様だ。

「はははは。俺が創った君達が、君達の世界に俺を迎えに来たって? どういう理屈だよ。

 ……えっと……たしか、剣と魔法の国、え……え……」

「エルダナード・フィナーレキングダムガ王国だ」

 そう……それだ。英語がカッコいいと思っていた当時の俺が創りだした夢の世界。

 因みに、当時の俺の無知故にキングダムと王国が一緒に名前に入っているのは、いつかのクラスで発表された時に「え? 王国の意味が二つ入ってね? 」と、当時から英語を詳しく習っていた奴らに笑われてから俺のトラウマなっている。

「ありえない……」ついにはその言葉が口をついた。

「ありえなくないさ。それがお前の能力(チカラ)であり、お前の祈り――願いなんだ。お前……この世界が嫌なんだろ? いっつもいっつも……子どもの頃から、俺達に語り掛けてたじゃねぇか。

 俺達のセカイにはないぜ? そういうの『シャカイノシガラミ』? 『メンドウナヒトトノツナガリ』つったっけ?

 まぁ、それはお前自身の方が知ってるだろ? たなべ」

 はっきり言うと……

 俺はもう考える体力が残ってなかった。目の前の今まで対峙した事のない『非現実』に。

 時計を見るともう3時。明日も勤務だから寝る時間は4時間といったところか。

「そうか『シゴト』ってのが心配なんだな? 」

 彼……勇者くんはそう言うと、何度か頷いた。

「よし、解った。じゃあまずはそれからお前を解放してやるよ」

 そう言うと、部屋の隅に行き、鎧を枕にまるで電源を落した様に彼は眠りだした。

「な、何だよ。それ、どういう意味だ? 」

 だが、もう俺の質問に返事は返ってこない。一度眠ると、魔物に襲われても起きない。そうだ、それも俺が創った設定だったな。

 だが、そこで俺も限界だった。ベッドに入ると、色々な思考が巡ったが、間もなくそれは夢の世界に呑み込まれていき、考える事を否定する。

 翌朝。疲労が全く落ちない清々しいだけの朝。部屋には、俺以外の生物の気配は全くなくなっていた。一瞬昨夜の事は夢幻の出来事かと思ったが。

 ちゃぶ台には、はっきりと遅い夕飯の残骸が散らかったままだった。

「……勇者くん? 」思わず口に出してから、それをかき消す様に首を振るった。羞恥心に顔を焼き尽くされるかと思った。三十過ぎの男が自分の創ったキャラクターに『勇者くん』だなんて呼び掛けるのは、最早痛すぎて痛すぎて震える。

 だが、風呂場からもトイレからも返事はなかった。そうこうしている間に時間はあっという間に過ぎる。俺は仕方なく、部屋に鍵を掛けると会社に向かった。

 通勤中もふと考える。彼が、俺の妄想、幻覚でなく本当に実在するとして。

 あんな格好の奴が街中をうろつけば、あっという間に警察に職質されるだろう。幾ら都心でコスプレが珍しくないと言えども、確か武器類はかなりマズい筈だ。

 武器……そう言えば、勇者くんが装備していたアレは、天空人の鎧と、サイゴの剣だった。これは所謂彼の最終装備として俺がデザインから考案したもので、とてもよく憶えている。

 となれば、彼は最終決戦前の状態か……

 そこまで、妄想して、思わず叫びそうになったので両手で口を押えた。

 周囲の人が少しざわついている。二日酔いのサラリーマンが吐き気をもよおしたとでも思ったのか。

 丁度、会社前の駅に着いたので、俺は足早に電車を降りた。

 部署に着き、自分のデスクに着いた時、ようやっと俺はその不自然さに気付いた。

 周囲に誰も居ないのだ。時計を見る。出勤時間を過ぎようとしているその長針は、間違いなくデスクのパソコンのそれと一致している。でも、いつもの騒がしいくらいのその光景はない。

 部長のデスクも、もぬけの空だ。いったいどうしたというのか。

「あ~~~‼ 田辺さん‼ 田辺さん‼ 」

 思わず、身体が揺れた。アホみたいに大声で俺を呼んだ高橋君は、裁判に勝訴でもしたのかというくらい気分の高揚を隠さずに、入り口から俺の隣に駆け込んできた。

「おはよう。ねぇ、今日ってなんか朝のミーティングでもあったけ? 俺、やっちゃった? 」

 だが、高橋君の返事に俺はそんな事など比較にならない戦慄を覚えた。

「何言ってんすか‼ 今朝早くに‼ 」

 そこから、高橋君の言葉を含む、世界のそれが全て時の流れを忘れたかのように、俺にはゆっくりに見えた。

「部長が、誰かに殺されたらしいんすよ‼ 」

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とじる

え、ちゃうんかい

 その言葉が俺の脳髄に届き、その意味を解読するまで要した時間は、彼の興奮状態では待ちきれなかったらしい。

「なんか、牛刀って言うんすか? あんなどでかい刃物で滅多切りにされてて、もう遺体の跡形もひでぇもんだって! んで、今警察が社長室行ってて、皆見に行ってて居ねぇんすよ! ほら‼ 田辺さんも行きましょ‼ 」ひどいものだ。こちらの状態など気にも留めていない。

 なんだろう?

 俺は、不思議な感覚を確かに覚えた。

 知っている。

 俺は、この状況を知っている。

 他者にとてつもない不幸が降りかかったのに。

 他の人達は、それを救おうともせず、ただただ野次馬と化し剰えそれを嘲り笑う。

 吐き気がする。

 だが、彼の言葉に俺の中で何かが引っかかった。

「牛刀の様な刃物? 」

 呟く様にそれを繰り返していた。

 その後、業務は中止となり、社員達は全員警察に事情聴取を取られる事になった。特に部長のチームだった俺達は、根掘り葉掘り部長の人間関係や最近の部長の様子を聞かれた。

 その中で、誰かが言ったらしい。

 部長が俺を執拗にイジメていた――と。

「それでねぇ……田辺さん……」

 再度事情聴取を受けた俺は、見慣れた会議室に見慣れぬ2人の男と向かい合っていた。

 ごくり……と喉が鳴る。何も思い当たる節が無くとも、この凄みは身体を強張らせるだけの迫力がある。そして、最も気がかりなのは――。

 俺の中に、部長を殺したかもしれない刃物の持ち主に心当たりがある事だ。

「ひどい人だったみたいですねぇ……部長さん……」

 こちらが上司であろうか? 初老の男が顔を近づけてくる。

「あなた……随分理不尽な仕打ちを受けてたんでしょ? 部署の皆さんが口を揃えて言われるんですよ。部長さんの人間関係はよく解らないけど……間違いなく貴方は部長さんを憎んでいるだろう……と」

 疑われているのか――それはそうか。日々のやり取りを見ていれば、確かに傍から見れば俺が部長を殺しても不思議じゃないだろう。

 だが、それはそれとして……

 確かに、俺には凶器が思い当たる節があるとしても。

 俺自身は全く関わっていない事だ。それだけは間違いない。

 ここで、変に動揺すれば、それこそおかしな事だろう。

「ひ……ひえ……しりません……」

 だが、声は面白い程上ずっていた。

 そのまま、刑事と思われる初老の男と、後ろに控えている若いスーツの男が目を光らせて俺の目の中を覗こうとする。

「し、知りません! 部長によくお叱りを受けていたのは事実ですが‼ そ、それで……こ、殺すな、なんて……」

 窮地に立ち、振り切った様に見えて『殺す』という単語を口にした瞬間、背筋に寒気が走った。

 俺のその言葉を聞いても、2人は暫くその瞳を離さない。だが、やがて。

「そうですか」

 初老の男のその言葉で、まるで空気中に張られていたのではないかという緊張の鎖が解けた感じがした。

 にっこりと、2人は微笑むと、初老の男は俺の肩を二度三度叩く。

「失礼しました。色々訊かれて疲れたでしょう? 今日はこの辺にしましょう」

 その言葉を聞いて、俺にも安堵の気持ちが芽吹いた。

「失礼します」

 その部屋を出て行って部署に戻ると、社長直々に今日の勤務が中止となり、マスコミなどに何かを訊かれても何も話さない様にと、顧問弁護士からの忠告を受けて。

「……! 」

 家に帰って玄関のノブを捻って違和感を感じた。

 ――鍵が開いている……

 今朝、出て行く時は、間違いなく掛けた。ハッキリと記憶に残っている。

 ――だとしたら。

 ゆっくりドアを開いた。

「よう、遅かったな」

 さも、当たり前の様に勇者くんは台所向こうの和室で胡坐をかいて、呑気に右手を挙げた。

 それが余りにも自然過ぎたのと、俺の中の謎の追求心が滾っていたからか。面白い程冷静に俺はドアの鍵を掛けた。

「勇者くん……」

 そのままネクタイを外しながら、ゆっくりと彼に近付いた。

「おお? ようやっと、そう呼んでくれるか。嬉しいねぇ」

 鎧と剣を昨夜の様に脱いだ彼は、無邪気に笑顔でそう返答する。

「部長を……殺したの? 」

 とても、あっさりと、そしてハッキリと尋ねられたのは――俺の中に予感があったから。

 彼が俺の幻覚でも妄想でもなく――実在して、そして……俺の為に……

「いやぁ? 俺じゃないぞ」

 彼のその言葉は、余りにも無邪気で。余りにも俺の理想を裏切った。

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となると部長は誰に殺されたのか??
続きが気になります。
そして使ってない方のコップを勇者くんに渡した田辺さん……お気持ちよく分かります爆笑でした(笑)

カンリ

2018/7/28

2

そっちが気になってもらったら、完全に僕の手の内です。
ミスリードに完全に誘いましたね。
カンリさん。たかが小説でよかったです。
現実だったらもう財産は完全に僕に奪われ、あなたが女性だったらもう手籠めです。
…………ごめんなさい。冗談が過ぎました。

ただ、その視点で読むと、この展開の矛盾が見えてこないのは事実です。
おかしな箇所が既にそこにあります。是非僕より先にそこを突いて頂きたいです。

作者:ジョセフ武園

2018/8/3

3

うわ~!手籠めにされてしまいました。
私単純なので……そこまで気付けなかったです。
もう一度最初から読み直さねば。

カンリ

2018/8/3

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とじる

あなたは、せかいのかみさまです

「えぇえ? 」

 とても、素っ頓狂な声だったろう。

 そして、それに反応もせずに勇者くんは台所に向かい、準備していたカップ麺を手に戻ってきた。

「だったら、誰が……」

 背広を脱ぎもせずに立ち尽くす俺の横を通り過ぎると蓋を投げ捨て畳にドカッと座ると、フォークでそれを乱雑にかき混ぜる。

「で? 」

「え? 」

 ガフガフと咳き込みながらも乱暴に麺を啜る勇者くんは続けた。

「で? そのブチョーってのが死んで……お前は……かなしいのか? 」

 どんっ――。

 その言葉を受けて、俺は胸を何かに叩かれた様な衝撃を受けた。

 その言葉の意味を必死で追いかける思考が追い付かない。

「そ、そりゃ。お前、知っている人が死んだら……」

「嘘だな」

 どんっ――どんっ。

「な、あ、にを……」

 目の前から光が消えて、部屋の輪郭すら見失う程の暗黒が包む。

 だが、自分の腕と目の前の彼――勇者くんの姿だけははっきりと見える。

「だってよ、お前。いつから俺が実在するって思ったんだよ? 」

 どんっどんっどんっ。

「は、あ? だって、今、現に……こうして……」

 そう言って手を伸ばした瞬間。

「⁉ ――ひぃいいいい‼ 」

 その指が触れた瞬間、勇者くんの顔がサラサラと砂の様に崩れていく。

「何を、驚いている? だってお前は思っていたろ? 自分の書いた作品の登場人物が現実に現れるなんて……と」

 半分崩れたその顔はまだしゃべり続ける。まるで脳内に直接話しかけてくるようだ。

「だのに、起きた事によってお前はその『常識』の範囲をあっさりと広げる」

 目の前から消えたその気配が、今度は彼の背後で蠢いている。

「俺が、昨日お前を俺達のセカイに迎えに来たって言った時。明らかに俺の存在を虚無だと思っていただろう」

 彼は耳を押えて膝から崩れ落ちる。

「だ、だ、だって……だって……」

 勇者くんが、俺の右肩に顎を乗せて悪魔の様な微笑みを浮かべている。

「だいじょぉおぉぶだよ、たなべぇ、いや。せんせぇええ。

 いっただろぉおぉ? お。ま、え。は、セカイを創るチカラを持っているんだよぉおぉ……

 お前が、望めば世界は変わる。

 お前が望めば、すべてがかわる」

 少年の表情に、何も読めない暗黒がぐるぐると渦巻いている。

「ぶちょーをころしたのは、おまえだろ? 」

 どふっどふっどふっどふ。

「ちがうちがう。ぶちょうをころしたのがおまえなんだ」

 どふどふどふどふどふどふ。

「そもそも、    が    を怒  が   。」

 この職場に来てから俺は、小説を書いた覚えがない。

 

 中学生の頃――たくさん書いてた。

 ある日、休憩時間にクラスのDQN共に見つかって。

 晒されて。

 それでも、高校時代も書いて。

 ――ん?

 高校時代、俺は何を書いた?

 大学時代、何を書いた?

 徐々に徐々に、俺は、小説を書いていた時間は減っていった。

 でも――でも。

 書いていた記憶が残っていない。

 あんなに、中学生の頃の作品は憶えているのに。

 クラスの前で晒されて。

 酷い扱いを受けた――勇者くんの物語も、忘れてないのに。

「さあ、一緒に行こうぜ」

 勇者くんが俺の肩をぐいぐいと押す。

 目の前の暗闇がぐにゃぐにゃとゆがむ。

「もう、お前が心配だった仕事もなくなったろ? 

 お前が望んだんだぜ? こっちのセカイに連れて行ってくれって」

 その言葉に何か引っかかった。

 部長が死んだとして、俺の仕事は楽になるのだろうか?

 精神的にはそうだろう。

 だが、会社は無くならない。明日も仕事はあるのだ。

 世界は廻る。

 そう。そう願った子どもの時も――もう、流れた時の中の事だ。

 

 俺は後ろを振り向いた。

 誰だったろう?

 誰かが言っていた。

「仕事、休めないから」

 懐かしい。

 とても、聞きたくて堪らない声だ。

「俺、いけないよ」

 その声を思い出すと同時に、反射的に出た言葉だった。

 そして勇者くんがその言葉を聞き、驚いた様に目を見開いた瞬間。その姿が塵と変わる。

「そうか。こっちのセカイなら。お前は苦しまずに済むのにな」

 その闇を持った瞳が、静かに洗われていく。真っ黒に染まった部屋が、眩い光に包まれていく。

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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】「夢を見失って日々を無為に過ごす成人男性が、かつての夢の象徴と対峙する」という対比が印象深く、読者として興味を惹き付けられました。また「勇者くん」が持つ特有の危なっかしさが物語の展開を読めなくさせる点も、続きを読ませるという意味で◎。

2

はい、通過出しありがとうございま~す。
なるほど、ん~D様は、これ白審査員あるのかな~、通過出し少ないから、僕としては白目で見たい。狂人人狼は、とにかく数出しすると思うんですよ。
だ、から~ん~困りましたねえ。これ、僕今日吊られちゃうのかな?

はい、真面目にコメントします。
ありがとうございます。Twitterで複数審査員からプッシュ? マジかよ。って感じです。
最期まで頑張って書き切ります。

作者:ジョセフ武園

2018/8/3

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とじる

平成14年

「きゃはははは、マジウケる~」

 がりがりがりがり。

「ねぇねぇ……」

 がりがりがり。

「ね~、田辺クン」

 ビクッと肩が揺れる。恐る恐る顔を見上げると、瞼をこれでもかと真っ青に彩った女子の顔があった。

 彼女は、クラスの女子グループを引っ提げている女子で、嫌いな相手なら教師だろうと盾突く、いわゆる不良格のクラスメートだ。

「いっつもさ、休憩時間なんか書いてるじゃん? 田辺クン、言っちゃ悪いけど勉強あんまできない人なのに、なにやってんのかって、前前からうちらで話題になっててさ、何なのかちょっとそれ、見せてよ」

 あまりの失礼な言葉に「ひっ」と変な吐息が漏れた。

「ちょ~、アリサ~そんな事言ったら、かわいそ~だって。ドリョクしてんのかもしんないじゃ~ん」

 気が付くと、そのグループが数人席に近付いて来ていて、彼は慌てて書いていたノートを机に隠した。

「え~、ちょっと~隠した~あやしい~だんし~だんし~、ちょっと手伝ってよ~」

「おう、どしたどした」

 そう言って、にやにやとガタイのデカい男子生徒が後ろからぞろぞろとやって来る。

「なんかね~、田辺クンが書いてるノート見してって、頼んだのに見せてくんないの~あやしくな~い? 」

 男子生徒は、顔を見合わせるとこちらを見る。皆、吐気のする様ないやらしい笑みを浮かべていた。

「それはあかんな~、たなべくん。ちょっと見せてみなさい」

 そう言うと、男子生徒が数人がかりで彼を羽交い絞めにする。その隙にと言わんばかりに女子生徒達が机の中から先のノートを取り出した。

「や、やめっっ‼ 」

「なにこれぇ……」

「え? マジウケる。これ、小説じゃない? 」

「うげっ、マジキモ。勇者くんの冒険? キングダムガ王国? なんで王国二つ名前に入ってんの? 」

 蹂躙されている。

 彼が時間を掛けて創り出したそれは。他者から見れば何の事のない文字の羅列にしか過ぎないのだ。

 その意味や想いが通じるには――彼らは余りに幼過ぎる。

「ちょいちょい。おもれそうやん‼ 代われよ。こっちにも読ませろ」

 背後の男子生徒がとても嬉しそうに声を挙げている。

 今度は、こちらに蹂躙させろと、ケダモノの様に咆哮している。

「やめろ……」

 ボソッと漏れたその声は「ギャハハハハハハ」と嘲笑の海の中では色すら変えられない。

「止めろおおおおおおおおおおおおォぉォおおおおおお‼ 」

 教室の空気がシンと静まり返った。

 次の瞬間――彼の頬に強い衝撃が走った。

「あ? おめぇ、なに調子コイてんだ? おいこら。誰に向かって上等くれてんだよ? 」

「マジしらける~。これ、晒しちゃおうよ。キモ小説家デビュー、本望じゃない? 」

 ボタボタと流れる鼻血を見て痛みだけの理由ではなく、涙が零れた。

「うわあああぁあああああああああ‼ 」

 叫ぶと、彼はノートを女子生徒から乱暴に奪い、廊下へ駆けだしていた。

「きゃあああ、ちょっ‼ マジムカつく‼ うちに襲って来たヨ‼ ちょっと男子‼ 」

「しゃあねぇなぁ」

 男子生徒が歪んだ笑顔で追いかけてくる。

 あまりにも、その脚力には差がある。間もなく彼は捕まり再び作品が蹂躙を受ける事だろう。

 彼は横を見た。

 学校の廊下はベランダとして使われてもおり、そこには胸くらいまでの柵しか施されていない。

 彼は迷わなかった。

「おい……あいつ、何してんの? 」

 作品が、あんな奴らに汚されるくらいなら――次の瞬間、まるで玄関を出るように、彼はそこから飛び降りた。

 ※※※※

「コーちゃんの創るお話は、本当とってもおもしろいわね~」

 そう言うと、幼い耕平の頭をその女性は撫でた。

「ほんと? おかーさん、ぼくのおはなし、おもしろい⁉ 」

 にっこりと微笑むと、耕平に落書き帳を返し、深く頷いた。

「勇者くんが、とってもイキイキしてる。おかーさんも元気になっちゃったもん」

 その言葉に耕平はパーっと背景に花を咲かせた。

「じゃあ、つづきかくから。おかーさん、まってて‼ 」

 その言葉に、女性は眉を落した。

「駄目よ。お母さんこれから仕事だから。だから、帰ってきたらまた読ませて? ね? 」

 その言葉に全身で耕平は抗議を示した。

「おしごと、やすめばいいよ。おかーさん、しごとしすぎだよ」

 泣きそうな彼を優しく抱き締めると、女性は言い聞かせるように言った。

「だめよ、お仕事は休めないわ。お母さんを必要としてくれてるし、お金がないとコーちゃんのご飯も買ってあげれないもの」

「いかないで~~~おか~~~~さ~~~ん」

 そうやって、夜遅くに家を出る母親を見送ったのは幾度目か。

「勇者くん、勇者くん」

 がりがりがり。

「ぼくと、おかーさんをむかえにきてください」

 がりがりがりがり。

「おかーさんがおしごとにいかなくてもいい、たのしくくらせるせかいに」

 がりがりがりがり。

「ぼくたちをつれていってください」

 小さな四畳半のアパートで、少年は何度も何度も懇願した。まるで赦しを請う様に。

※※※※

 瞳を開くと、そこには白だけが広がる、広いのかそれとも狭いのか。それすらも解らない場所だった。

「全部、思い出したかよ? 」

 その声の方を向くと、鎧を着け己の身体より大きな剣を背負っている少年が居た。

「うん……」

 俺の返事を聞くと、少年はニコリと微笑んだ。

「俺は、お母さんを喜ばせたくて小説を書き始めてたんだな……」

 だけど、その気持ちはいつしか自分の想いへと姿を変え、ただただ「こうなればいい」という理想と夢幻の欲望を書きなぐるだけになっていた。そして、孤独が嫌で。でも現実で友人をつくる事もせず、小説のキャラクター達に囲まれる幻想を創り出し続けていた。

 その自分の内側をクラスの奴らに見透かされ、そして蹂躙されそうになって俺は死を選んだ。

 人とのふれあいから逃げた人間の、ただの情けない話だ。

「それは、違うぞたなべ」

 口に出してもいないそれに、彼は返答した。

「確かに俺達は現実世界では何もできない存在だ。だが、お前が居なければ俺達は存在すら出来なかったんだ。

 お前が俺達を忘れ――物語を紡ぐ事すらしなくなってしまったら。

 俺達は消えてしまうだけなんだ。

 それは、幻想ではない。正に真実であり現実だ。

 俺達を書くという事は、他者の生き方を考え、寄り添う事と同じだと俺は信じている。

 お前は、人との繋がりから逃げてなんていない。

 自分の想いを表に出す事が苦手な。

 普通(ただ)の人間だ」

 それは。

 その言葉は。

 俺が、一番掛けてもらいたかった。言ってほしかった……

「さあ、もうこっちには行かないって、決めたんだろ?

 目を覚ますって決めたんだろ?

 だったら、進めよ。

 お前の目に映る『異世界』に――

 そして、忘れないでくれ。幼いお前が見つけてくれた。生み出してくれた。その恥ずかしいくらいの俺達のお話を――」

 ああ……

 光の先で誰かが呼んでいる。

 僕を……呼んでいる。

 知っている。

 この声は。

 知っている。

 帰るんだ。

 僕のセカイへ。

 向き合うんだ。

 今の僕と。

※※※※

「コーちゃん⁉ 」

 目の前に、ひどくやつれた老婆が、涙を浮かべている。

 その女性の面影を、僕は知っていた。

 綺麗だった黒髪は白髪が混じり、灰色になり。

 細く綺麗だった腕は、まるで枯れ木の様だ。

 傍で、白衣の男性が看護婦さん達に何か言い聞かせている。

「ただいま、母さん……」

 それだけ呟くと、僕は再び瞳を閉じた。

 どこかで、鐘が鳴っている。まるで、始まりを告げてくれている様に。

 目が覚めたら、一番にお母さんに謝ろう。いっぱいいっぱい謝ろう。

 そう考えながら、僕は睡魔に身を任せ意識を深くへ沈めていった。

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