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社畜OLさんと新米勇者 完結

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猛暑日。
クーラーが壊れた私は扇風機を探すため、押入れを開けると、三角座りをした金髪碧眼の勇者がいた。
何を言っているのか、意味が分からないと思うが私も分からない。
どうしてこうなった。

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太陽が沈み、月が面倒くさそうに雲から顔を出している。風なんて吹いておらず、むわっとした熱気に背中は汗でぐっしょりだ。目に汗が入り、信号の赤い光が滲む。汗を拭えば拭うほど額から汗が分泌され、追いつかない。もう、いっそのことスポーツタオルで顔を拭きたい気分だ。

熱い、と内心舌打ちしたのはこれで何度目か。十を軽く超えてから数えていない。

心なしか辺りを走る乗用車も疲れているように見える。

七月後半。一般的に夏休みと呼ばれる期間に入ったが、正直私には関係のない話だ。毎日毎日。残業、残業、残業のオンパレード。定時退社?何それ美味しいの?そんなグレーというよりほぼ黒な曇天色な会社に勤めて早六年。辞めたいとぼやきつつも、逃げるに逃げられずここまで来てしまった。

この六年で出来るようになったことと言われれば、タイピングの技能や上司の威圧的な言葉にスルースキルが向上し、近所のコンビニにある女店長とマブダチになったことぐらいか。

マンションの備え付けられた階段を一段上がるたびに、コンビニで買った本日の夕食がガサガサと音をたてる。気紛れで作り置きしたおかずたちはこの暑さにご臨終したため、御飯作る気を根こそぎ奪われた。冷蔵庫の中は調味料だけが生き残った。どうかそのまま生き延び続けてくれ。

階段をすべてあがり、扉を開けた瞬間、むわりとした熱気に襲われる。

ああ、もう。パンプスを脱ぎ捨てる手間も惜しい。

ワンルームの部屋をそのまま進み、上着を脱ぎ捨て、クーラーのリモコンをポチっと押す。

「あ?」

反応がない。押し間違いかと思い、もう一度押すも反応がない。頭の中が真っ白になり、指先が色を失っていく。血の気が引く、とはこのことか。

え、このサウナの方がマシなんじゃね?と言いたくなるぐらいくそ暑い部屋でこのまま過ごせと?

死ぬわ!!

ハッと我に返る。

電気代が勿体ないからという理由で買った扇風機が押入れの中にあったはずだ。涼しさ、快適さはクーラーに劣るが、この場の安全確保が出来るなら使わない手はない。

押入れに近付くと、鉄錆びの匂いが鼻をかすめた。

ん?何だこの匂い。この中、鉄素材の何か入れてたっけ?

正直、押入れはほとんど何も入っていないので、めったに開けないし、何が入っているのかちゃんと把握していない。思いっきり押入れを開けると、二段に分かれている押入れの下に金髪碧眼の少年が三角座りをしていた。

何を言っているのか、意味が分からないと思うが私も分からない。

自分の眉間を指で押さえ、思わず唸る。

ヤバい、この猛暑続きの日々に幻覚を見ているのかもしれない。

早く化粧落として寝よ。

「だれ……?」

不安そうに顔を見上げる少年は鎧装備、腰には剣。ブーツとファンタジーでよく見る勇者の格好をしていて、頬が切れていたり、膝を擦りむいていたりと所々怪我をしている。彼が流した血のせいか、押入れの床が赤く汚れている。

あ、この鉄錆びの匂いこの子からか、と現実逃避していた脳がいきなり現実に引き戻される。

「は?怪我してるじゃない!」

少年はきょとんと目を丸くした。目を何度か瞬かせている。

「この程度、かすり傷ですよ」

「軽傷であろうとも怪我は怪我でしょうが。あーもう」

怪我をしている子どもを放置するのは大人として見過ごせない。

「手当してあげるからそこから出てきて。あ、靴は脱いでよ」

部屋の中を泥だらけにされたらたまったもんじゃない。掃除面倒だし。

机の引き出しの一番下に入れた救急セットを引っ張り出す。所在なさげにキョロキョロと辺りを観察している少年の手当てを始める。ここに住みを始めたころに買った救急セットがこんなところで役に立つことになろうとは。

怪我を手当てしながら、少年と話をする。

どうやらこの子は異世界からこっちに来たらしい。マジかよ。

でもまぁ、そういうことなら彼の服装やら怪我やら、鍵のかかったこの部屋にいる理由やらと納得できることも多い。なんで私の押入れ先が転生先になのか理解不能だが。

少年の世界では十五歳になると成人扱いで、ギルドに登録が義務付けられているらしい。彼も十五歳になり、ギルドに冒険者として登録した。

「冒険者ってことは勇者でも目指しているの?」と私の貧相なファンタジー知識でそう聞けば、はい。と良い返事をされたので今度から彼のことを勇者くんと呼ぶことにする。冒険者くんは言いにくい。

初めての仕事。勇者くんのレベリングも兼ねて魔物の討伐にベテランと参加した。下位クラス(スライムとか鼠)の魔物狩りをしている最中に、上位のクラスに出会い、全員逃げてバラバラになり、空き家の収納倉庫に身を隠れていたら私に会ったという。部屋の広さで違和感は感じなかったのだろうか、という言葉は飲み込む。

「レベル低いってどれだけ低いの?」

「えっと、五です」

思っていたよりも低かった。え、でもこういうもんなの?基本、ゲームは見る専なので初期レベルがいまいち分からない。

「先輩たちは三十ぐらいで、でも、その上位クラスの魔物五十ぐらいで」

「よく、生き残れたね」

思わずしみじみとしてしまう。ゲームなら、ゲームオーバーという文字が浮かんでいただろう。

「俺、運だけはいいので」

頬を掻いて、困ったように笑う勇者くん。

傷の手当てが終わり、さぁ。これからどうするかというところでぎゅるるるるー、とお腹が鳴る音がした。断じて私ではない。

「何か食べる?」

さっき買ったご飯しかないけど。

勇者くんは目をパチパチさせた。

「んん!」

ご飯を一口食べるたびにいちいち大きなリアクションで返してくれる。こんだけ喜ばれたらコンビニ弁当も本望だろう。

向こうの世界に鶏肉ないのかな、ありそうなのに。

「ごちそうさまでした」

ご飯一粒残さず、きれいに完食した勇者くんは手を合わせる。

きっと、育ちが良いのだろう。

さっきよりも顔色が良くなってきている。よしよし。

「手当とご飯ありがとうございました」

どうやって帰れるか分からないけれど、もう一回押入れ入ったら戻れるんじゃない?と我ながら考えているのか、いないのかよく分からない案を採用した勇者くんは頭を下げた。

「あー、ちょっと待ってて」

カロリーなメイトさんやエネルギーゼリー、栄養ドリンクなんかはストックしている。もっと栄養が付きそうな物が出せたらいいが、社畜に出てくるのはこんなもんだ。

それらを大体2~3日分ぐらいをコンビニの袋に詰めて勇者くんに渡す。

「こんなに沢山。ありがとうございます」

ふにゃふにゃとはにかむ勇者くん。

ああー、こんなに素直でいい子に会うの久々すぎて癒される。

「天使かよ」

思わず声に出た。

「あの、また会いに来てもいいですか?」

「運が良ければ」

おずおずと控えめにそう聞いた彼に優しさの欠片もない私の返答に我ながらもうちょっと言い方なかったのか、と思わなくもない。でも、変に期待持たせるわけにもいかないし。

そんな返答でも勇者くんは嬉しそうだ。

ありがとうございました、とお礼をもう一度言って押入れの中に帰って行った。

目覚ましの音で目が醒める。

「遅刻!!」

がバリと身を起こし、「あ、違う。今日休みだ」と安心してベッドにそのまま倒れ込む。

ダラダラとそのまま昼前まで過ごし、十一時を回ってようやく起き上がる。

押入れを開けると、変哲もない押入れだ。血の染みも匂いも何もしない私の押入れ。

でも、それが癒されたいという願望が見せた夢ではないことを勇者くんにあげた弁当のゴミや減ったストックが証明している。

緊張したようにまた来てもいいかと聞いた勇者くんの声が耳に残る。

「あー、また繋がったらいいな」

呟いた声は部屋の中に消えた。

ちなみに、クーラーはただのリモコンの電池切れだったと知り、八つ当たりに近くにあった猫さんのぬいぐるみをベッドに投げつけた。

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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】疲れたOLが仕事帰りにコンビニで弁当を買い帰宅すると、押入れの中に、不安そうな顔をした勇者らしい少年が――。この設定だけでときめきが抑えられないです。レベル5という弱さで、お弁当を喜んで食べて、ふにゃふにゃとはにかむ勇者くん。ぜひ我が家にお越しいただきたい! ではなく、ぜひとも続きを書いて、世の女性を癒してほしいです。今後の展開に期待して◎。 

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とじる

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