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完全無欠アイドル NOX伝説 完結

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本物のアイドルになりたいなら、何もかも棄てな。

1位の表紙

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NOXーーそれは生ける伝説と呼ばれるアイドルの名前である。彼女は仮想空間に生きている。

あまりにも完璧なので彼女は人工知能なのではないかという噂もある。

しかしその軽妙なトーク、軽やかなダンス、即興のアドリブを一度でも見たことのあるものは口が裂けてもそのようなことは言わなくなる。

彼女は生きている。生きてこそのアイドルなのだ。

私はwebアイドルニュースの記者を生業としている。

今日はNOXのデビュー10周年記念インタビューだ。

インタビューはもちろんVR空間で行われる。

会場はNOXのVR握手会。

動物、美少女、ロボット、それに屈強な男などの様々な風貌の人間が列を作っていた。

VRなのだから、整理券を配布すれば物理的に並ばないことは可能だ。

しかしアイドル文化が始まって、約250年経ってもVR化が進んでも、この「アイドルの前に列を作る」という文化は払拭されなかった。

これは一種、宗教的な儀礼に近いのだろうと私は思った。

並んでいる間、人々はアイドルへの忠誠心を高めていくのだ。金を払って時間を使って崇拝する誰かのために並ぶ。

その行為さえもアイドルをアイドルたらしめるパーツに他ならない。

取材控え室からは握手をしているNOX が見える。

同行のカメラマンが「あれはヤバい」だの「神」だの「人間を超えたなにか」だの言いながらシャッターを押し続けているがその批評は本当にその通りだ。

どんなに遠くからでもわかる。

3Dアバターにこんなことをいうには変かもしれないが、彼女には圧倒的華がある。

光を反射して透き通る金色の髪、陶器のようでいてしっとりとした白い肌、くるくると回る大きな金の瞳。

衣装はチョコレートケーキをモチーフとした黒いシンプルなドレスながらそのディテールはほかのアバターに比べても群を抜いている。一人だけほかのアバターと根本的に解像度が違うのではないかというくらい輝いている。

「いつもありがとうね!アメリカIP限定フェスの時は来てくれてありがとう。アメリカくるの暑かったでしょう」

一人のファンが彼女に話しかけられて頰を綻ばせている。

驚異的なことに彼女は今まで握手したすべてのファンを覚えているというのだ。

ただの迷信だと思っていたが、さっきから彼女が一人一人に話しかけているのを見ているとあながち嘘ではなさそうだ。

その時、パッと握手したNOXの動きが止まった。

ファンがざわめき始める。NOXのアバターが痙攣をはじめた。

さっきまで突然青空だった空間が真っ黄色に変わった。

「緊急警報です。今すぐVR機器を頭から外し、30秒以内に記憶のバックアップを取ってください。」

機械じみた女性の声が脳内に響き渡る。

ほかのアバターが一斉に空間から消えていくのが見えた。VR空間へのサイバー攻撃だ。私は焦った。早く出ないと、思考回路に致命的な損傷が残ったりすると聞いたことがある。

こんなアイドルの握手会にサイバー攻撃を仕掛けるやつがいるなんて。

VR世界をログアウトしようとする直前、NOXのほうを見やると、ファンの男がNOXの脳天に右手を突っ込み何かを引き出そうとしていた。

「お前が何か人道に反したことをしているのはわかっているんだよ!」

ファンの男はNOXに馬乗りになり、手をNOXの体内でぐちゃぐちゃと動かす。

私は吐き気がして来た。VRアバターとはいえど、これはあんまりだ。だが私はポリゴンが崩れて酷い見た目になっていくNOXを見つめるのをやめられなかった。

公正な記者としての私が目を離すことを許さない。ほかの客は皆強制ログアウトされてこの空間にはいなくなっている。写真を撮らないと。

その時、痙攣を起こしていたNOXが突如男の手をひっつかみ、男のアバターの頭を掴んだ。男のアバターが息を飲む間も無く、NOXのアバターから滲み出た黒いポリゴンが男のアバターを侵食していく。

「人道?バカも休み休み言えこの下賤」

NOXからさっきと全く別の声がした。男だ。いや、男でもない。人工音声のような個性のない声だ。

「私はアイドルだ。人をやめたものだけしか本物のアイドルにはなれない。お前はそこで指をくわえて黙って見ていろ」

男のアバターはNOXアバターの体から滲み出た黒に完全に侵食されもはや真っ黒になってしまっている。

NOXがこちらを見た。

NOXのアバター自体も真っ黒になり、目だけが金色に光っている。

こんな状況でこんなことを思うのは本当におかしいと思うがーーNOXの美しさはこんな時でさえ私の心臓を貫いた。

ーー次の瞬間、私はVR握手会会場から強制ログアウトさせられた。

あの握手会から一日経ち、私は自分の見たものがまだ信じられないままでいた。

記事のクライアントから連絡がメッセージが来続けている。

『先日の握手会の記事はどうです?』

『なんか緊急事態になったとか?』

『NOXが痙攣してる所の写真は無いんですか?』

『記事の締め切りはあと15時間後ですが第一稿はまだですか?』

私は悲しい気持ちになって来た。

私はこんなゴシップ探しのためにウェブ記事ライターになったのでは無い。もっと人に感動を与えるような物事を記録したくてーーでも、そんな素晴らしい物語を抱えた人物は思いの外滅多にいなかったから仕方がなくこの仕事をしているのだ。

NOXの痙攣した姿など、一般の人の目に晒したくはない。

でも私は公正なウェブ記事ライターである限り、嘘の情報を世に流すことはできない。

吐き気がする。自分で自分の抱える、この不安をどうにもできない。この気持ちはなんだろう。

その時、一件のメッセージが目に入った。NOXのオフィシャルアドレスからの連絡だった。

「先日はせっかく握手会の取材に来ていただいたにもかかわらず、お見苦しいところをお見せしてしまい、大変失礼いたしました。

  また、弊社の調査の結果、先日のVR空間攻撃により、最後までVR空間に残られたあなたの思考機能に若干の損傷の可能性があることが判明いたしました。

  もし宜しければ、NOX管理委員会のラボで無償にて修復をさせていただきたく存じます。

  ご連絡をお待ちしております。

  NOX管理委員会」

私はこのメッセージには即座に返信を返した。

NOX。彼女は人の心を一手に集める素晴らしいアイドルだった。私は彼女のような素晴らしい人の取材をもっとしたい。

ラボに取材に行けるだなんて。嬉しい。

ラボは、とてもわかりにくい場所にあった。

都心にある私の家から電車に乗って30分以上かかる。田舎だ。

NOXのVRラボは田舎の大学の中の研究室の一つだった。

ラボについたことを電話すると、ビルの中から一人の女が出て来た。黒い髪、黒い瞳。年齢はまだ10代後半くらいだろうか。

「ようこそNOX管理委員会へ。私はO1128、ラボの管轄をしているアンドロイドです」

アンドロイド。ではこの女の年齢を見た目から考えるのは無意味だ。

私はO1128に連れられてラボに足を踏み入れた。

「このラボでは何をしているのですか?」

「私は主に、NOXを開発した中野教授のお手伝いをしています。NOXのVRライブ会場や、NOX本体のVR空間での見え方の運営も私が行っています」

私は白い廊下を歩きながら非常に感心した。

「ではあの美しいアバターはその中野教授が開発してあなたが運営をしているということですね。素晴らしい。」

O1128はアバターの出来を褒めても眉ひとつ動かさない。アンドロイド特有の端整な顔立ちはまっすぐ廊下を向いたままだ。

研究特化型アンドロイドの中には、感情スペクトルを放棄したものがいると聞く。彼女もその一人なのだろう。

自動ドアが閉まってから気がついたが、ラボの中は不気味なほど静かだった。私たちが歩く音以外、何の音もしない。

しばらく歩くと、小さな研究室のような部屋に通された。

私はそこで脳をスキャンされ軽く修復を施された後、天井を眺めて横になっていた。

「ここにはあなたの他には誰もいないのですか」

私は気になって聞いてしまった。

「もちろん、いますよ。NOXの中の人がいます」

心臓が高鳴る。

「お会いすることはできないですか」

O1128は私をしばらく見つめたのち、「絶対に他言しないと誓っていただけますか」と聞いてきた。

私は無言で頷く。彼女はにっこりして「では、ご案内しましょう」と言った。

「ここです」

O1128は私を妙に厚い扉の前に案内した。

「こんな部屋にいるのですか」

そこは建物の地下だった。昼間なのの全く日の差さない、LEDライトだけの細い廊下。

「今からあなたが見るものはーー然るべき時が来るまで誰にも言わないでください」

私は頷いた。守秘義務は守る。それが公正なウェブ記事ライターだ。

O1128が扉を開けると、そこには大量の配管が繋がる水槽があった。

その中に、なにか黄色いものが浮かんでいる。

「先日のウェブ記事ライターさんですね」

室内のスピーカーから人工的な音声が響いた。

「お見苦しいところをお見せしました」

私は水槽の中身から目が離せなくなった。

「あれは何ですか?」

「あれがNOXの人格を司る中野教授です」

中野教授と呼ばれた人物は水槽の中に入っている有機物だ。

水槽の中には人間の脳が黄色の液体の中に浸かっていた。

「中野教授はーー身体はどうされたのですか」

私は驚いて声が詰まるのを抑えて質問をする。

「中野教授は昨年まで、VR研究の第一人者としてこの大学で教鞭をとっていました」

抑揚のない声でO1128が応える。

「しかし教授は若くしてご病気になられてしまったのです。身体はもう治らないと言われ、教授はVR空間に生きる場所を移されました」

私はまじまじと教授の脳を見た。

ベージュのような、ピンク色のような、豆腐のように柔らかそうな見た目の物体にカラフルで太さもバラバラな管が多数接続されている。

「なぜアイドルをしようと思ったのですか」

「私はVR空間を人間の第二の移住先にしたいのです」

部屋のスピーカーから声が聞こえる。

「そのためにはVR空間が夢を見って人間らしく生きるにふさわしい場所であることを証明する必要がある。そのためにわたしはVRアイドルを設計しました」

水槽の中にNOXの映像が映し出された。

今日のNOXは金色の髪を三つ編みにして青いワンピースを着ている。清楚だ。

やはり中身が脳だけの人間だとわかっていてもNOXのアバターは美しかった。

「NOXのデザインは私が作っているのです。私はアンドロイドなのにこのようなアバターの小さなデザインや空間の雰囲気を異常に気にするので、一般の空間設計事務所からはこのラボに送り返された不良品だったのです。」

O1128は一瞬とても悲しそうな顔をした。

「でも、ここにきて私はVRアイドル設計という仕事に出会い人生が変わりました。私が細部を異常に気にすることはエラーではなく個性だと分からせてくださった。教授が私に天職を与えてくださいました」

O1128は幸せそうにNOXのアバターを見つめている。

O1128は感情スペクトルを切っているわけではないらしい。興味のあることにしか感情を示せないだけなのだ。

「私たちのことを気持ち悪いと言う人もいます。でも、あらゆるパイオニアがそう言われて来ました。私たちはファーストペンギンなのです。現実の肉体を捨てて、VRの世界で神になる。そんなアイドルは今までいなかった。ですから私たちが道を作っていくんです」

中野教授の脳が少し揺れた気がしたが、おそらく気のせいだろう。

脳に自身を動かす筋肉はないのだから。

「私たちはVRアイドルで天下とりますよ」

中川教授は力強く言った。

「人道とか、国家権力とか、そういうものは関係ないんです。私たちが目指すものは宗教ですから」

私は混乱していた。中野教授とO1128はなぜここに私を呼んだのだろう。

私は広報用一般アンドロイドだ。このようなセンセーショナルなことを私に教えれば、記事にされ一瞬で世に広まってしまう。

私はまた吐き気がしてきた。

アンドロイドなのに吐き気。私はバグが出ている個体なのだ。自分でもわかっている。

私は本当のことしか書けないように設計されている。でも私は本当のことは必ずしも人を幸せにしないことがわかってきた。この気持ちはエラーなのだ。私は修復されるべきなのだ。

……でも今のこの人格データが廃棄されるのは怖い。それは私の死を意味する。

「あなたもNOXに入りませんか」

O1128は私に問いかけた。

「なぜ?」

私は胸が高鳴るのを感じた。

「NOXには広報部隊がいないのです。私一人でインターネット広報を行うのには限界が来ています。あなたならそれができる」

O1128はじっと私を見ている。

「しかし私はフリーランスかつ公正なウェブライター」

私は回答した。語尾がうまく出てこなかった。吐き気が収まり始める。

「大丈夫です。私が人間としてあなたを使役しましょう」

その時中野教授が返事をした。脳だけの中野教授。狂気だけがぎっしりと詰まった才能の塊。

「アンドロイドは人間の支配下にない限り公正に振る舞う必要がありますが、人間に使役する限りは目的にための非公正な発言が許容されます。もちろん給与も支給します。あなたにはNOXの広報記事を書いて欲しい。事実を書く必要はありません。あなたが見たいNOXの物語を書いてください」

なるほど。そのために私は呼ばれたのか。

NOX。実在はしないアイドル。脳だけの中の人。バグが起きたかのようなこだわりで細部を設計するO1128。

突き抜けている。この人たちはきっと伝説になるだろう。

私は自分がいつも抱えている不安が何に起因しているものだったかを今理解した。

私はライターだ。何の足跡もこの世に残さず死にたくない。私も伝説の一部になりたい。

私は頷いた。

ウェブ記事作成用フリーアンドロイドである私と人間であるNの雇用契約が成立した。

もう私は公正なウェブ記事ライターではない。雇用主の指示のもと、書きたいものを書ける。

私の求めているものはここにあったのだ。

翌日、私は自らに「X」というペンネームを付け、NOXの美しさをただただ讃える文章をネットの海に流した。緊急速報やサイバー攻撃にまつわる噂はネットからことごとく抹消する。私にはそれができる。

NOXにまつわる情報を精査している間に、NOXの正体がアンドロイドに管理される人間の脳だということに気づいている人々は多いこともわかってきた。

非人道的狂人集団だと主張する団体もいる。

だが、だから何だ?

私たちは人間の魅力に肉体など必要のないことを証明するという使命がある。

そして中野教授にはそれに耐えるだけの強い意志とカリスマがある。

NOXは今日もVR握手会を開催している。

中野教授の脳の後ろでは今日もO1128が魂を削ってグラフィックを作っている。私はその間分析をかけ続け、どうすればもっとたくさんのファンを獲得できるかを考え続けている。

VRの握手には我々の魂の全てが入っている。

我々には人間の肉体がない。

だがそれ以外の全てがあり、伝説になる用意がある。

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VRアイドルというものに、ここまで注力する存在がいることの恐ろしさ。
たかがアイドル、されどアイドル。
研ぎ澄まされた文章と構成から、作中で表現されたことが「お約束の上での絵空事ではないかもしれない」という迫力を感じます。
恐ろしくも惹きつけられるお話でした!!(@_@;)

大久保珠恵

2018/7/27

2

ひじょうに高度な内容ですね。最先端の知識がないアナログな僕には少々難しく、かえってイメージが湧きにくかったです。これこそ文章ではなく、アニメでも映画でもいいので、ビジュアルで見たい内容です!!

湊あむーる

2018/7/27

3

【モノコン2018物語部門予選通過のお知らせ】アイドルをお題にした社会風SF的な切り口が面白かったです。これを導入口とした今後の物語、二人の活躍をぜひ読みたいです

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とじる

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