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裏アカアプリ・オギャッター 完結

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『赤ちゃんの裏側、知りたくありませんか?』
興味本位でスマホの広告をタップした私がインストールしたのは、赤ちゃんの気持ちを言語化出来るという不思議なアプリだった。

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『赤ちゃんの裏側、知りたくありませんか?』

 半年ほど前に産んだ赤ちゃんの昼寝中にスマホでネットサーフィンをしていると、画面に見慣れない広告が出てきた。

「いつもはエッチな広告や漫画ばっかりなのにな~」

 興味本位でポチってみると、更に見慣れないサイトへ飛んだ。

「え~となになに、『裏アカアプリ・オギャッター』だって? そもそも何なんだ、赤ちゃんの裏側って……」

 なんでもそのアプリは、赤ちゃんの裏側、つまり赤ちゃんが言葉にする事が出来ない気持ちを言語化してくれるアプリらしい。いくら科学技術が発達しているとはいえ、そんな夢のようなアプリがあるわけがない。

「赤ちゃんの裏側、で『裏アカ』か。しかも月額108円だって? インチキアプリで金取るんかーい」

 と突っ込んだが、私は興味本位でそのアプリをインストールしてみた。初期設定画面で赤ちゃんの個人情報や顔写真を登録すると、画面に設定完了と表示され、一旦アプリが終了する。

待受画面の隅には、可愛らしい赤ちゃんのイラストアイコンが増えていた。

「胡散臭っ! まあいっか、暇潰しにはなった」

 一人でブツブツ呟いていると、昼寝から起きた赤ちゃんが愚図り出した声が聞こえてくる。私はスマホをテーブルに置くと、赤ちゃんを抱っこしにその場を離れたのだった。

「ただいま~」

 夜9時過ぎになると、仕事が終わった夫が帰宅した音が聞こえた。その音で「フガッ」と目覚めた私は、ムクリと起き上がって寝室の襖から顔を出した。

「お帰りなさい……」

「あ、ゴメン。起こしちゃったな」

「ううん、寝かし付けしてたらつい……フワァ……一緒に寝ちゃって」

 途中であくびを挟みつつ、私は後ろ手に襖を閉める。するとネクタイを緩めている夫が散らかった部屋の惨状を眺めている事に気付き、叱られる前の子どものようにソワソワしながら口を開いた。

「ごめん……その、今日もやっちゃんにかかりっきりで……」

「いや、大丈夫だよ。お茶漬けの素あったよな? お茶漬け食べようかな」

「分かった、今用意……」

 と言いかけた所で、寝室から泣き声が聞こえてきた。起きるの……早すぎじゃない? その声で一気にテンションがだだ下がりする。

 結局私はそのまま寝かし付けに戻り、全てが終わった頃にはもう夫は寝る直前だった。勿論使った食器は元通りにしまってある。

「ハァ……」

 私はダイニングチェアに腰かけ、テーブルに突っ伏した。ドが付くほどの深夜。どうせあと一時間もしたら夜泣きし始める。

 ぐっすりなんて言葉からは程遠い毎日の睡眠。散らかり、薄汚れていく部屋。溜まる洗い物や洗濯物。

 うちの子は、よく泣く。泣きやませる為にアレコレしている内に時間が過ぎ去り、一日殆ど何も出来ずに終わってしまう。

 そんな日々が、もう半年も続いている。だから私は、赤ちゃんの泣き声を聞くたびビクビクしている。赤ちゃんが泣いていない時でも耳鳴りのように泣き声が聞こえてくるぐらいだ。

「いつになったら落ち着くのかねぇ……」

 私はため息をついて、そのまま目を閉じた。

 寝不足の為に翌朝は寝坊した。赤ちゃんの泣き声で目覚めた時には、夫は出勤寸前だった。

 それからなんやかんやでお昼になった。ようやく朝ご飯に使った食器を洗っている所で、また赤ちゃんが泣き出した。

「あー、またか! なになになに、やっちゃんどうしたの」

 防音マットを敷いたスペースで遊んでいた赤ちゃんは、顔をくわっとさせて唸るように泣いている。抱き上げてもそっくり返り、まるで「そうじゃねえんだよう」とでも言うかのように泣き続けている。

「ならどうしろって言うんじゃい……」

 母親が赤ちゃんの泣き声で求めている事が分かるという漫画のシーンを見たことがあるが、あれは嘘だ。いや、世の中のお母さん方の中にはそれが出来る人もいるかもしれないが、少なくとも私には無理だ。泣き方の違いくらいはうっすらと分かるが、この子の求めているものが何なのかなんてハッキリ分かった事は一度もなかった。

 現在もおっぱいやおしめ等思い付く限りの事は一通り試したが、全く効果はなかった。

「嗚呼……私も一緒に泣きたい……」

 ぎゃんぎゃん泣きわめく我が子を抱っこしながら、私は途方に暮れていた。もしかして病院に連れていった方がいいのかなと思いスマホに手を伸ばすと、ふと待受画面の赤ちゃんアイコンが目に入った。

「あ、これは昨日の。そういや使ってなかったっけ……」

 かかりつけの小児科へ電話する前に、私は何となく『裏アカアプリ・オギャッター』を起動した。泣いている赤ちゃんの簡単なアニメーションが流れる待機画面の後、いよいよ本画面となった。

「なになに、言語化してほしい部分を動画で撮ればいいのか。動画ねぇ」

 私はアプリ内の動画アイコンを起動し、泣いている我が子の動画を数秒撮った。今こんな事している場合ではないのにな、と馬鹿臭く思いつつも、心のどこかでこんな胡散臭いアプリにもすがりたい気持ちがあったのだ。

 十秒程度動画を撮影すると、私は解析ボタンを押した。すると数十秒後に、画面全体に文字が表示された。

 それがあまりにも意外すぎたので、私は鳩が豆鉄砲をくらったような表情になった。

「歯茎が……痒いだって!?」

 私はすぐ泣いている赤ちゃんの口元を確認した。可愛らしい小さな唇から覗く歯茎。よく観察してみると、下の歯茎にうっすらと白い歯の先端が見えている。

「そういえば聞いた事があるような……」

 この時期の赤ちゃんは歯が生え始める為、歯茎が痒いような感覚があるらしい。よくよだれをダラダラ垂らしながらブーブー唸っている事があるが、それはこの痒みを解消する為とも言われている。

「痒いって……まだ赤ちゃん用の歯ブラシは買ってないし、どうしたらいいかな?」

 私はとりあえずタンスからガーゼを取り出してきた。それを指に巻き、小さな口の中に入れて歯茎を軽く擦ってみる。

 すると、赤ちゃんが少し泣き止んだ。まだ顔はしかめているが、神妙な面持ちで歯茎から伝わる感覚を感じているようだ。

「え? なに、ビンゴ!?」

 その後しばらく続け、表情が元に戻った頃に絨毯へ座らせる。赤ちゃんはそのまま器用に寝返りしておもちゃゾーンへ向かうと、何事もなかったかのように遊びを再開し始めた。

 私は信じられないような気持ちで、手元のアプリを見た。そしてまるで神からの賜り物のように、スマホを天井へ向けて捧げ持った。

「なっ、なっ、なっ、なんじゃこの神アプリは!!!!!」

 まさか現代の科学技術がここまで発展していたとは。私は興奮して鼻息を荒げながら、その場で小躍りした。体が勝手に踊り出してしまったからだ。

 この世にこんな素晴らしいアプリがあったなんて!!!

「と……とりあえず洗い物をしちゃおう! その間にカップ麺と離乳食を作っておこう!」

 私は興奮もさめやらぬまま、キッチンへと走っていった。

 なんとか順調に出来上がった昼食を前に、私は我が子と食卓を囲んでいた。

「ほ~らやっちゃん、美味しいまんまですよ」

 今日の離乳食メニューは、どろっどろにすり潰したお粥とニンジン、そして豆腐だ。それらを一匙ずつ口に運ぶと、赤ちゃんは一息で飲み干した。

「あらら、丸飲みか。ま、いいや。とりあえず食べてくれた」

 だが食べてくれたのはそれっきり。あとは匙を舌で押し出したり、口を硬く閉じたりして、絶対に食べようとしない。

「やっぱり不味いのかなぁ……アプリでは何て言ってるんだろう」

 私は赤ちゃんが嫌がってうーうー言っている場面を撮ると、早速解析してみた。するとやはり、納得の答えが返ってきた。

「『おっぱいの味と違うので気に入らない』だって? そうか、この子おっぱい好きだもんなぁ」

 離乳食を始めて一ヶ月程。やはりまだ慣れないのかもしれない。そう結論付けて、自分の食事に取りかかろうとした時だ。赤ちゃんが手を伸ばして離乳食の器をひっくり返した。

「あっ! しまった、手の届くゾーンだったか……不覚……!」

 赤ちゃんは、うっすらとニヤけながら私の方を見ている。心当たりがあったが一応解析してみて、私は失笑した。

「『反応が面白い』、やっぱりな!!」

 ひっくり返しちゃダメでしょ、と注意して、私はヤレヤレと肩を落とした。

 しかしこのアプリは、本当に素晴らしい。私もは日常のあらゆる場面でアプリを使ってみた。

 例えば、抱っこして一発で泣き止んだ時。

「あらあら、お母さんが恋しかったのかな~……って、違うんかい! 背中が痒かったんかい!」

 例えば、いないいないばあをしても笑わない時。

「『よく分からない』か……。もうちょっと経ったら面白さが分かるのだろうか」

 そして、夜寝る前に愚図る時。個人的にはこれが一番驚いたし、気持ちが分かって嬉しかった。

『意識がどこかに持っていかれそうになる感覚が怖い』

『このまま死にそうで怖い』

「何コレ、こんな事思ってたのか……。大丈夫だよ、死なないよ?」

 私は我が子を抱き上げて、優しく背中を擦った。それでも一向に泣き止む気配は無いが、気持ちが分かっただけで本当にありがたかった。

「全部が初めてだもんなぁ……。『眠る』って感覚も全然分からないよね。そりゃ怖くもなるわ」

 泣くことでしか気持ちを伝えられないこんな小さな子が、孤独に恐怖へ立ち向かっていたかと思うと、胸が締め付けられるような思いがした。

 私はいつもこの時間は、いつ泣き止んでくれるか分からずイライラとしていた。だがこの子の気持ちが分かった事で、イライラは吹き飛んだ。それどころか、少しでもその恐怖を和らげるように色々努力してみようという気になれた。

 そして、そう思えるようになった自分の事が、少しだけ好きになった。

 それから少し経った休日、家族で公園に行った。若葉が萌え出す、新緑の季節。

 ほのかに汗ばんだ体。木陰のベンチに座って涼んでいると、ベビーカーに座っている赤ちゃんが視線をキョロキョロさ迷わせている事に気付いた。

 今、どんな事を考えているのだろう?

 私はアプリを使ってみた。

『キラキラしていて眩しい』

『色んな音が聞こえてくる』

『風が気持ち良い』

『この青くさいにおいは何だろう』

「やあ、遅くなってごめん。ハイ、どうぞ」

「トシ君。ありがとう」

 日なたから、夫がソフトクリームを両手に持って駆けてくる。私はスマホをしまうと、ワクワクしながら真っ白なそれを受け取った。

 夫はそれから私の隣に腰かけ、二人して爽やかな甘味を楽しんだ。

「最近、なんか……変わったね?」

「え?」

 クリームを舐めながら目を夫へ向けると、夫は目尻を下げて優しい顔付きになった。

「なんか、元気になったと言うか。前より調子が良さそうに見えるよ」

「そうかな」

 きっと、あのアプリのお陰だ。嬉しくなった私は、我が子を撫でようとベビーカーの中を覗いた。

「あら、眠ってる」

「ホントだ。疲れたんだな」

 そりゃああんなに感覚をフルに働かせてたら眠くもなるだろうな。私は夫と顔を見合わせると、微笑み合う。

 子育てって、しんどいだけじゃなかったんだ。健やかな気分で私はそう思った。これもあの神アプリのおかげだ。

 だがそんな日々は、ある日突然終わりを告げた。

「えっ、サービス終了!?」

 とある日、いつものようにアプリを開くとこのような画面が出てきた。

『裏アカアプリ・オギャッターは本日を持ちましてサービスを終了致します』

「そんな、事前通知もなくいきなり!? まさか……」

 だが何度画面を見てもサービス終了の文字は消えない。私は愕然として、その場に膝をついた。

 また、前のように泣き声に怯える日々が始まってしまうのか……。

 そして、早速赤ちゃんが泣き出した。

「ウギャーッ」

「ハッ、泣き出した……」

 私はおもちゃに囲まれながらそっくり返って泣いている我が子の元へ歩み寄っていった。おそるおそる手を伸ばして抱き上げるが、当然泣き止みはしない。

「何かな~? 何が言いたいのかな~?」

 ユラユラしてみたり、おしめおっぱい等基本的な事をやってみるが、赤ちゃんが泣き止む気配は無い。

「ど、どうすればいいんだ……」

 高まるフラストレーション。私は泣き叫ぶ我が子を抱いたまま、ウロウロと歩き始めた。無意識のうちにそのスピードは速まり、遂に狭い室内を早歩きで歩き回るまでになった。

 すると、私は我が子の変化に気付いた。

 泣き止んでいる。それどころか、楽しそうに目を輝かせてすらいる。

「えっ、何で? 退屈だったの?」

 しかし、私の頭に以前教育番組で見た知識が蘇った。詳しい理由は忘れたが、赤ちゃんはある一定の速度以上で移動すると泣き止むらしい。これはほ乳類の本能に関連しているとか何とか言ってた気がするが、とにかく我が子は泣き止んだ。

「ウギャーッ」

「おおっと」

 つい足が止まってしまうと、赤ちゃんは再び泣き出してしまった。私が慌ててウロウロを再開すると、赤ちゃんは再び泣き止んだ。そしてキャッキャと声をあげて笑った。

 その楽しげな様子を見て、私は自分の諦めを悟った。

 (まあ、アプリは無くなったけど……こうして試行錯誤して頑張っていくしかないか)

 我が子が、もっともっととせがむように私の顔を見る。ヘイヘイと返事をしつつ、私と赤ちゃんは部屋中を駆け回ったのだった。

 それからアプリの無い生活が始まった。アプリの無い生活はやはり不便で、大変だった。だが以前程辛くは感じなかった。

 アプリを通じて、ほんの少しだけ覗いた赤ちゃんの裏側。赤ちゃんは大人が予想もしないような事を感じている。その中には効果的な対処法の無い、ただ寄り添うしか出来ない時もあると分かったからだ。

「いないいない……ばあっ! あっ、笑った? 笑ったよな今!」

「え~、どうかなぁ?」

「笑ったって! 絶対笑った!」

「う~ん、そろそろ面白さが分かるようになったのかなぁ」

 私達はあーだこーだと言い合いながら、クスクスと笑い合う。すると我が子はそんな私達を見て、ニコッと笑みを浮かべるのだった。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/05)

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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】単なる便利アプリのお話しかと思いきやその後の親としての成長の物語であったり。きっとこのようなアプリを望む人も多いでしょうし、こういう風にわかってくる親たちも多いと思います。やっぱり愛情がコミュニケーションですね。

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とじる

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