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〈裏アカ コロシアム〉

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負けを認めるか、戦闘不能になった方が負け――ルールはそれだけ。

SNS活用型無秩序格闘バトルッ!!

1位の表紙

2位

目次

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EntryNo.1 女子高生 天音

「裏アカ見つけたよ」

 ドヤァ、とした表情でそう言ったパンツスーツ姿の女の軽薄なにやけ顔は、そのきっちりした身なりからはかけ離れたチャラい内面を隠せていなかった。

 突然そんなことを言われた天音は戸惑いながら言った。

「いや、わたしSNSやってないし」

 2人がいたのはあるレストランのひと席。

 テーブルを挟んで向かい合うセーラー服姿の女子高生とスーツ姿の女性は、一見すれば生徒と講師か、もしくは姉妹のようだった。しかし、2人はそのどちらでもない。

 スマホ画面を女子高生に見せながら、女は言った。

「これ、大企業〝レッドブレイン〟のツイッターの裏アカウント」

 彼女の名は冴木。

 天音はメロンジュースをストローで吸いながら、冴木が見せてきたスマホに映るツイッターの画面を見た。

「〝レッドブレイン〟の名前くらいは知ってるでしょ? 世界をまたにかける多国籍企業。もとは製薬会社だけど、いまは色んな事業に手を出している。世界のトップ企業5つには入る超大物」

「それはくらいは知ってるけど」

 そんな企業の裏アカウントを見つけたからなんだと。

 そもそもそんな企業が裏アカを持つ理由がわからないし、信憑性薄そう。

「SNSとかわかんないし、どうでもいい話ならわたし帰るけど? 明日小テストあんだよね」

「SNS使ったことない女子高生とか、絶滅危惧種か! あと、真面目か!」

「喧嘩売ってんのか?」

 校門前で天音を待っていた冴木を見た時には、何事かと思ったが……まさかこんなミーハー話のために呼び出されたのか?

「まあまあ、とにかく聞いてよ。天音もとっても興味持つ話だからさ」

 天音はピクッと眉を上げた。にやにやしながら、冴木はツイッター画面を指さした。

「〝レッドブレイン〟の裏アカウント、これがツイートを始めたのが1カ月前。このアカはツイートである催しものの参加者を募ってる」

  

 画面をスクロールし、この1カ月間の〝レッドブレイン〟の裏アカなるもののスイートを冴木は見せてきた。

「で、この裏アカのツイートに、色んな人たちが参加を希望して返信を送ってる。問題はこの参加希望者たち。この人たちも、みんな裏アカ使って返信メッセージ送ってるんだよね」

 話長くなりそうだな、と天音はうんざりしながらジュースを啜った。この話ホントにわたしに関係あるんだろうか。

「この参加者たちが誰なのか……どいつもこいつも世界に名だたるイカレた奴らばかり。リングを出禁になった格闘家から、指名手配犯。逃亡犯。なかには現役軍人もいる。元アイドルなんてやつもいたね。みんなこのクレイジーな連中の裏アカを名乗って、大企業の裏アカを名乗ってるツイートに返事をしている。一般人がこんなの見ても、ただの『ごっこ遊び』にしか思わないだろうね」

 冴木が次々と切り替えていく画面に映るアカウント画像には、天音も見たことのある格闘家の写真や、海外の犯罪者の画像があった。

「でも、本質は違う。このアカウントは本当に〝レッドブレイン〟の裏アカで、募集も本物。そして返信を送ってる裏アカたちも、本人たちによる正真正銘の本物。――そして、〝レッドブレイン〟の裏アカは、本人であることと、『実績』と『実力』のある者に限り、正式なエントリー通知を送っている」

 冴木はしばしスマホを操作し、ある画面を天音に見せた。

「これが、エントリーが決定した裏アカの一覧。2300人が参加を希望し、正式にエントリーが認められているのは現在35人」

 それを見た天音の表情が、変わった。

「どいつも1度は見たことあるワルから、伝説の猛者。本物の戦場にいた傭兵から、ストリートの無法者まで」

 ストローを咥えながら、天音は冴木を睨んだ。

 冴木は器用にスマホを指でつまんだまま、頬杖をついて手の甲に顎を乗せた。

「ねえ――〝コロシアム〟って知ってる?」

 冴木は少しだけ声を小さくして言った。

「10年に1度開催される、武器を使おうが何をしようが自由の決闘。ルールは3つだけ。リングの上から出ないことと、一方が負けを認めるか、戦闘不能となった場合のみ決着する」

 天音は目を鋭く細め、カップをコースターにドンと置いた。

「結論を早く言えよ、冴木」

 満足げににんまり笑うと、冴木は大手を広げて言った。

「何を隠そう大企業〝レッドブレイン〟の裏の顔は、〝コロシアム〟を主催する裏社会の支配者(マスター)! 時流に見事に合わせ、今回は参加者を裏アカを使って募集するという大胆さ! そして、なんでこんな話を天音にしたかっていうと、これが最っ高のニュース!」

 冴木が身を乗り出して、天音にぐいっと顔を近づけた。

「今回の〝コロシアム〟の開催地は、この日本なんだよ!」

 早口で喋りまくり、冴木はふぅと一息ついた。

 OLを気取って優雅にコーヒーを啜り、一旦落ち着いたかと思うと、冴木は突然スマホを振りかざし

、高らかに言った。

「というわけでっ、天音も裏アカを作ろう!」

「いや、本アカすら持ってないんだけど」

「いいからっ。レッツ裏アカメイクっ!」

「だから本アカ持ってないのに裏アカ作るってなんだよ」

 冴木はやれやれと肩をすくめた。

「まったくぅ。やる気がないなあ~。参加したくないの? 天音」

「どうせその〝コロシアム〟ってやつも、賭け事になってるんだろ?」

 冴木はけろっと言った。

「そりゃあね。じゃなきゃ参加する意味無いし」

 このテのギャンブルは実に単純だ。予想される勝利者にベッドし、オッズによって儲けが変わる。ベッドの根拠を明確にするために、自然とエントリーされる者には名の知れた猛者ばかりが集う。

 冴木は人差し指を振りながら言った。

「この〝コロシアム〟は世界最大のイカレた大会だ。島でやるサバイバルとかあんな低コストの遊びとはわけが違う。まあ、もちろん『島』の優勝者もエントリーしてるけどね。今回も、びっくりするような金持ちたちがこぞってこの狂ったギャンブルに参加する。1つの試合でどれだけの金が動くのが、想像しただけでゾクゾクしちゃうよね」

 冴木と天音の関係性はこうだ――スポンサーと、契約した選手。

 冴木の目がキラッと光った。

「いつもの通り、わたしの元本で天音が稼いだ金を、山分けする。わたしは全額天音に賭ける。天音は勝利する。それだけでわたしたちは大儲けだよ」

 天音はため息を吐き、背もたれに寄りかかった。

「結局、あんたは金儲けより、ギャンブルしたいだけだろ」

「天音は喧嘩したいだけのくせに」

 冴木は重度のギャンブラーだった。その若さにして、賭け事だけで莫大な資金を稼ぎ、その全てを1つのギャンブルにつぎ込むという、本物のクレイジーだった。

 しかし冴木にとっては、自身の稼ぎのもとである天音もまた、立派なクレイジーだった。

「わたしは確かにギャンブルが好きだけど、勝つことだって楽しいんだよ。天音だってただボコボコにされるのは好きじゃないでしょ?」

 じとっとした目で冴木を睨みながら、天音はジュースを飲んだ。

 ――その時、ある男が店内に入った。

 開けられたドアからカランカランと音が鳴り、店員が「いらっしゃいませー」と声をかけた。

「――――ッ」

 天音はストローを口から離し、カップをコースターの上に置いた。

「天音?」

 冴木は訝し気に天音を見た。

 天音の背後数メートルでは、入店した客に店員が案内をしていた。

「1名様ですね。お好きな席へどうぞー」

 冴木がその客の方をちらっと見て、口笛を吹いた。

「背ぇ高っ。けっこういいガタイしてるね、あの外国人」

 天音は神妙な顔でテーブルに目を落とし、声を抑えて言った。

「冴木――そいつを見るな。黙って、何も喋るな」

 冴木は眉を寄せた。

「天音? どうしたの?」

「いいから言う通りにしろ」

 男の姿を1度も見ていなかったが――天音には、その男が〝何なのか〟が、わかった。だから決して目を合わせなかった。

 入店した外国人の男は、店内をきょろきょろと見回すと、天音たちの方へ歩き出した。店員は首を傾げた。何故なら、彼が足を向けた先にある席は、全て埋まっていたからだ。

「お客様?」

 外国人はずかずかと店内を歩いて行き、天音と冴木のいるテーブルの前で足を止めた。

 2人に、その外国人は声をかけた。

「あの、ちょっといいかい?」

 流暢な日本語だった。店員が後ろから声をかけようとしていたが、天音たちを男の知り合いだと思ったらしく、注意するのを躊躇っていた。

 天音は息を呑み、決して顔を上げなかった。冴木も、天音の様子と男の迫力に、微かに気圧された。

「ねえ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 思わず、冴木は男の顔を見上げた。天音は内心で舌打ちをした。

 目が合った冴木に、男は尋ねた。

「さっき、裏アカって言っていたよね? 外を歩いているときに、ちょうど聞こえたんだ。裏アカのことを、話していたよね、君たち」

 冴木は(は?)と思った。

 外から聞いただって?

 店内で冴木と天音がしていた会話を、外から聞いていただと? そんなことありえるのか?

 男は紳士的な態度で、冴木に言った。

「俺も、実は裏アカを作りたいんだ。とあるパーティに参加したくてね、そのために必要なんだけど、作り方がわからないんだよ」

 冴木はちらっと天音を見た。天音は目で必死にかぶりを振った。

「さっき裏アカの話をしていただろ? 作り方を知っているんじゃないかと思ってね? 是非とも、俺に裏アカの作り方を教えて欲しいんだよ」

 男を見上げ、冴木は目をぱちぱちさせながら、もう1度天音を見た。天音は汗をかきながら、眉間にしわを寄せていた。

「ああ、そうだ、申し遅れたね」

 男は自分の胸に手を当てて、浅く一礼した。

「俺の名前はデイズ・ウッド」

 そう名乗った外国人は困ったような声で冴木に言った。

「日本に来るのは、というか、外出したのすら、久しぶりでね。知らないことが多いんだよ。ねえ、お願いできないかな? 裏アカの作り方、教えてくれない?」

 天音は目で「無難に済ませろ」と冴木に合図した。天音と男の間で目をきょろきょろさせ、冴木は自分のスマホを指さして言った。

「えっと……スマホ、持ってますか?」

 デイズは首を振った。

「いや、持ってないな。それ、スマホっていうのかい?」

「ええ、そうです」

 冴木はちらちらと天音に目をやりながらデイズに言った。

「これを持ってないと、裏アカは作れません」

「なんと、そうなのかい。困ったな」

 デイズは愛嬌のある笑みをした。

「どこに売っているんだい?」

 冴木はまた、天音のことを見た。天音は顔を伏せたまま、早く会話を終わらせるように冴木にアイコンタクトした。

 すると――急に、デイズの声が、低くなった。

「なあ、さっきから」

 突然凄んだ声にビクッとして、冴木は長身のデイズの顔を見上げた。

 更に冴木は驚いた。

 あれだけ愛嬌のあったデイズがまったくの無表情になり、そして――冴木ではなく天音のことを、見下ろしていたのだ。

「さっきから、君は俺との話に集中してくれていないな。この子のことばかり気にしていて」

 デイズの視線が向けられていることを、天音は感じていた。天音は絶対にデイズのことを見なかった。

「君が話しているのは俺だろ? なんでこの子のことばかり気にするんだよ? ん? 質問しているのは俺だろ? なあ?」

 冴木が両手を振って取り繕った。

「あ、ご、ごめんなさ――」

「この子がいなければ、俺の話を聞いてくれるのかい?」

 次の瞬間、デイズが天音の頭を掴み、思い切りテーブルに叩きつけた。

 テーブルが陥没し、天音の顔が深くめり込んだ。

 店内から悲鳴が上がった。

「きゃああ!」

「おい! なんだ!?」

「なに? 喧嘩?」

「警察呼べ!」

 天音の頭から手を放し、デイズは冴木に向き直った。天音の顔は、へし折れたテーブルに完全に埋まっていた。

「それで、そのスマホとやらはどこに売っているのかな?」

 冴木は震えながら、外を指さした。

「け……ケータイ屋さんか、電気屋さん、かな……すぐそこに、あると思いますよ……」

 デイズはにっこりとほほ笑んだ。

「ありがとう。じゃあ買ってくるから、あとでやり方を教えてくれ」

 裏アカの作り方を習う約束を取り付けたことに満足したのか、デイズは踵を返して出口に向かって行った。

 背後にいた店員が後退り、店じゅうの客がソファに深く座ったり逃げたりして、少しでもデイズから離れようとした。

「邪魔したね」

 デイズがドアに手をかけ、店から出ようとした、その時だった。

「オイ、待てよコラ」

 デイズがくるっと振り返り、声のした方を向いた

 テーブルに顔がめり込んでいた天音が――ゆっくりと、立ち上がっていた。

 声の主は、その女子高生だった。

 デイズは首を傾げた。

(おかしいな。顔の骨がぺしゃんこになると思ったのに)

 ゆらりと起き上がった天音は、ふらつきながらデイズのことを振り向いた。

 鼻血を流しながら、天音は言った。その声には、苛立ちが混ざっていた。

「おかしな気配が入店したから、気づかないフリして大人しくしてたってのによぉ……」

 冴木が椅子から立ち、天音に言った。

「天音! 抑えて! こんな喧嘩、金にならないよ!」

 天音はデイズの方へ歩き出した。冴木はその天音を止めようとした。

「天音、待ってって。さっきの口振りからして、アイツも〝コロシアム〟に出場するつもりみたい。本当にアレが『デイズ・ウッド』なら、間違いなく参加は認められるはずだよ。腹が立つのはわかるけど、それなら試合でやり返すことにしよう? ねえ、天音っ」

 目の前まで歩いてきた天音を見ろ押して、デイズは鼻で笑った。

「〝コロシアム〟に、この子が? お姉さん、それは冗談でしょう? ねえお嬢ちゃん? フラフラしてるよ、大丈夫かい?」

 焦った口調で、冴木は叫んだ。

「天音! こんなの金儲けにならないよ!」

 天音は低い声で言った。

「関係ねえよ」

 次の瞬間、天音はデイズを思いっきり蹴り飛ばした。

 ドアを突き破って店の外に飛び出たデイズは、そこへ通りかかった乗用車に撥ね飛ばされた。

 店内にいた冴木を除いた全員が、ぽかんとして天音のことを見た。

 天音は首をゴキッと鳴らした。

「フラついてるって? ああ、腹立ってクラクラして仕方ねえんだよ」

 冴木は頭を押さえ、深くため息を吐いた。

「ああ、こりゃもうダメだ」

 店の外では、車に撥ね飛ばされたデイズが、車道で起き上がろうとしていた。折れた手足がゴキゴキともとに戻り、デイズは何事もなかったかのように立ち上がった。

 デイズは再び店に向かって歩き出した。天音もまた、壊れたドアをくぐって外に出た。

「〝コロシアム〟に出る予定だって? ならちょうどいいな」

 髪を掻き上げ、天音は言った。

「じゃあ、前哨戦といこうじゃねぇか。デイズ・ウッドッ!!」

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OLさんとかツイッターの方で仰るのでワクワクしていたら……
た、確かにOLさんではありますが、問題はその後!!
アナタですか!!Σ( ̄□ ̄|||)
日本に来てたんかい!!!
そして街が破壊されそうな予感です…… _(:З」 ∠)_

大久保珠恵

2018/7/29

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とじる

EntryNo.2 刑事 氷室

「裏アカ見つけたよ」

 警視庁捜査一課所属、女刑事の氷室捜査官がそういうと、後輩の同じく女刑事の前崎は呆けた声を出した。

「はえ?」

 2人は隣り合ったデスクで、昼食をとっていた。

 氷室はスマホを操作しながら、もう1度言った。

「だから、裏アカ見つけたよ。大企業〝レッドブレイン〟の」

 横から氷室のスマホを覗き込み、前崎は笑った。

「それ、ガセっすよ。なりすましのごっこ遊び。触発されたんだか共犯なんだかわからないですけど、色んな有名人の裏アカ名乗った連中が反応返して遊んでるっつう……あっ、ちょっ、先輩ッ」

 氷室は前崎が持っていたパックのジュースを奪い取って飲んだ。前崎は口寂しそうに餡パンを頬張った。

「ほんはほはひふへふはんへへんぱいもはわひひほほはひはふへ」

「食べ終わってから喋りなさい」

 なら飲み物を返せと言わんばかりに氷室をじとっと見ながら、なんとかパンを呑み込み、前崎は言った。

「そんななりすましを信じるなんて先輩も可愛いところありますね」

「まあ、なりすましだったならホントに可愛いで済んだ話だったんだけどね……」

 氷室がため息を吐く姿に、前崎は首を傾げた。

「先輩?」

「よりによって日本でやるとは……忙しくなりそうだわ」

「なんの話ですか?」

 廊下が何やら騒がしくなっていることに、氷室は気がついた。氷室はパックのジュースを飲みほした。

「せ・ん・ぱ・い~」

 前崎がぴとっと肩をくっつけてきた。

「それよりもぉ~。先輩~さっきからわたしたち間接キスしてるの気づいてますぅ~、ねえ、せんぱーい」

 氷室はガタッと立ち上がった。氷室に寄りかかっていた前崎は、床に勢いよくぶっ倒れた。

 氷室は廊下へ駆けだした。

「痛いっ! すごく痛いっ! 先輩!? ちょっ、先輩!? すっごい痛いんですけど!?」

 氷室は廊下を忙しそうに行き来していた婦警の1人を捕まえて、事情を尋ねた。

「ちょっと! 一体何事?」

「あっ♡ 氷室さん。今夜お食事どうですか?」

「それは後で聞くから、何かあったの?」

「今夜お食事……」

「わかったから! ディナー奢るから何があったか聞かせて!」

「やったあ♡」

 男の刑事捕まえればよかった!

「で、何事?」

「なんか新宿の方で、大男と女子高生が派手に喧嘩してるそうですよ」

「は? 喧嘩?」

 女子高生、というあたりに氷室はものすごくイヤな予感がした。激しく心当たりがあったからだ。

「はい。なんか自動車巻き込んで大変なことになってるって」

「ただの喧嘩でこんな騒ぎになってるの?」

「いえいえ」

 婦警は手を横に振った。

「ただの喧嘩ならこんな騒ぎにならないんですけど、その大男の方が、なんかこの前、死刑執行されたはずのデイズ・ウッドに似てるって大騒ぎになってて……」

 氷室は顔をしかめた。

「はあ? デイズ・ウッド?」

「はい。ロシアの死刑囚です」

「似てるだけでしょ?」

「それが、マジでほぼ本人なんですよ」

 後ろから、前崎の声が聞こえてきた。

「せんぱ~い。急にどうしたんですか?」

 氷室の隣に走って来た前崎に、婦警が微笑みかけた。

「あら、前崎巡査部長。氷室さんの相棒変わってくれませんかブチ殺しますよ」

「は? アンタはそこらの尻軽女でも相手にしてなよブチ転がすよ」

「やめなよあんたら」

 氷室は前崎と婦警を交互に見て言った。

「前崎は車準備して。君、現場どこかわかる?」

「どうするんですか先輩?」

 氷室はネクタイを緩め、ため息とともに言った。

「その喧嘩現場に急行する」

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社会人百合(しかも警察ものだ!!)と喜んだのも束の間、やっぱり、こうなりますよねえ。
車巻き込んで殴り合いの女子高生&死刑囚も凄いですが……
氷室さんもタダモノでない予感!?(◎_◎;)

大久保珠恵

2018/7/29

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とじる

EntryNo.3 女子高生 天音 その2

 ソファの背凭れに隠れ、半壊したレストランの中から、冴木は外の様子を恐る恐る覗いていた。

「うわ~。マっジか……」

 金儲けにならない喧嘩は、本当に無意味だ。何一つ得しない。だから賭ける人のいないストリートファイトは控えるように言っていたのに……天音ときたら!

(1回キレたら歯止めきかないんだから、もう……)

 レストランとその周辺は、酷い有り様になっていた。

 レストランの入り口側のドアは全て崩壊し、カウンターが向かいの家屋の屋根に乗っている。なんでああなったのかマジで謎だ。

 駐車場のアスファルトが捲れ上がり、というか停めてあった車が、これもまた明後日の方向にぶっ飛んで横転していた。

 街灯は折れ曲がり、ガードレールは車道に転がっている。

 およそ人と人が喧嘩したとは思えない凄惨な景色。

 その景色の異様さを更に引き立たせているのは、1人の女子高生の姿だった。

 セーラー服姿の女子高生――天音がボロボロになりながらも、その破壊し尽くされた現場の中心に立っていた。

 そして相手の外国人の大男――デイズ・ウッドは、なんと向かいの建物の壁に頭から突っ込んで倒れていた。

 デイズに動く気配はなく、気を失っているものと思われた。

 天音は血の塊をペッと吐き捨てて、唇の血を手で拭った。

「ケッ。大したことねえな。デイズ・ウッド」

 冴木は息を呑んだ。

 天音の実力を誰よりも信じていたのは冴木だったが……まさか、本当にあのデイズ・ウッドに勝利してしまうだなんて。

 こんなにあっさりと。

 たしかに2人の死闘は鬼気迫るものだった。

 不死身と呼ぶにふさわしいデイズと、容赦ない天音の猛攻。

 自動車を投げるわ壁をぶっ壊すわやりたい放題の大喧嘩――いや、あれはもはや立派な殺し合いだった。

 その壮絶な殺し合いの末、最後まで立っていたのは天音だった。

 建物に突っ込んだデイズはぴくりとも動かなかった。死んではいないだろうけど、まさかあの大男を失神させるとは……。

「あ~あ。最っ悪だよ。制服汚れた」

 皮のめくれた血まみれの拳をパッパッと払いながら、天音はレストラン内にいる冴木の方を振り向いた。

「冴木―。帰ろうぜ。シャワー浴びたい」

 店内から飛び出して、冴木はブンブン首を振った。

「いや……いやいやいやいやいやいや……!」

 冴木は天音の両肩を掴んで揺さぶった。

「何してんの!? ねえ何してんの天音ぇ!? 参加候補者を本番前にボコボコにするとか何考えてんの!?」

「いや、最初に喧嘩売って来たのアイツだし」

「〝レッドブレイン〟くらいデカいとこだったら、デイズ・ウッドがホントは生きてることくらい掴んでるでしょ! それなら〝コロシアム〟に参加させるつもりでいるに決まってるじゃん!」

「ライバル減ってラッキーじゃん」

「違うんだよ! アンタ主催者側にも若干ちょっと遠まわしに少しだけ! ごく僅かに喧嘩売ったってことだよ!」

「え、マジで?」

「主催者側は本番までは選手には大人しくしてて欲しいに決まってんじゃん! ただのスポーツと違うんだよ!」

「そうなの?」

「そうだよ! 素人かあんたは!?」

 天音は鼻血を流し、頭部からも流血、数えきれない打撲と擦り傷……そんなボロボロの姿にもかかわらず、ケロっとしていた。

 相変わらず化け物かよ、この娘は。

「それに! あんたがアイツに勝てるんだったら! 試合であんたがアイツに勝って稼いだ分のお金損したことになるじゃん! わかる!? 確実に儲けてたんだよ! デイズ・ウッドに勝利する分! なんて勿体ないことすんの!?」

 壁に空いた穴から手を伸ばして、店内に取り残したスクールバックを拾い、天音は言った。

「あーもう、うるさいな。あんたお金欲しいんじゃなくてギャンブルしたいだけなんだから別にいいでしょー。少し儲けが減るくらいさ。だいたい、喧嘩売って来たアイツが悪いんだし」

「わかってないなあ、天音は」

 冴木は肩をすくめた。

「お金儲けるってことは、次に賭けるお金も増えるっていうこと。賭ける額は増えるだけリスクが高まるし、損も得も大きくなるから、それだけでギャンブルのゾクゾク感とかコーフンが高まるんじゃん? それが大事なのよ」

「変っ態」

 天音はスクールバッグを肩に提げた。

「それに、アイツ大して強くなかったしね。あのエントリーメンバーのなかじゃ、デイズ・ウッドなんて雑魚だよ。オッズもたぶん大したことない」

「あんたがオッズを語るな。天音の強さの基準はおかしいから。あんた基準にしたらライオンもマンチカンレベルになるでしょうが」

 血がついて破けた制服をつまみあげ、天音は肩を落とした。

「明日小テストなのに……はぁ」

「だからあんたが勉強とか合わな過ぎ……」

 天音はパッと顔を上げた。

「あっ、そうだ」

 スマホを取り出すと、天音は気絶しているデイズのもとに駆け寄って行った。

「ちょっと? 何してんの天音?」

 天音のスマホからシャッター音が聞こえてきた。

「裏アカで参加の応募、するんでしょ?」

 スマホを振りながら、天音はにっと笑った。

「『実績』と『実力』だっけ? 参加資格? これでエントリー確実だね」

 帰り道、本アカを作らずに作成した裏アカで天音が〝レッドブレイン〟の裏アカに参加応募したメッセージを見て、冴木は愕然とした。

「ちょっと天音ぇ! 何してんのぉ!?」

「なにって、応募しろって言ったの冴木じゃん」

「言ったけども! 言ったけどもこれはやり過ぎでしょ!?」

 天音が主催の裏アカに送信したメッセージには、倒れたデイズを天音が踏みつけている写真が添付されていた。

「これでエントリーは決定したも同然でしょう」

 ドヤ顔をする天音に、冴木は怒鳴った。

「ここまでするバカみたことないわ! ちょっと軽めのグロ画像だからねこれ!? しかも自分のことも映すとか! なに映えだよ!?」

「いいじゃん、わたしは足しか映ってないんだからさ」

 スマホをちらっと見て、天音は笑みを浮かべた。

「それに、早速来たよ」

「え?」

 天音は冴木にスマホを見せた。

 〝レッドブレイン〟の裏アカからの返信メッセージが、そこには映されていた。

〈【あまのじゃく】選手のエントリーが完了いたしました。当日会場にて、お待ちしております〉

 冴木は息を呑んだ。

「アカウント名……ダッサ……っ」

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天音ちゃん、やっちゃったかあ!!!
それにしても相変わらず人間業とは思えぬ強さの女の子の描写が、やけに説得力あるのは、どういうこと……(;^ω^)
そして裏アカの使い方……ww
名前……wwww

大久保珠恵

2018/7/29

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とじる

EntryNo.4 刑事 氷室 その2

 氷室が喧嘩現場に急行したときには、女子高生の姿は無く、喧嘩相手の外国人男性は完全にのびていた。

「うわあ……なんですかこれ」

 めちゃくちゃな現場を目にし、前崎は口を押えた。現場は駆けつけた警官たちによって既に規制線が張られ、現場検証が行われていた。

「ほんとに喧嘩しただけでこんなになったんですか? マンモスでも通ったんじゃないですか?」

「マンモスが通っただけならこんなにならないで済むんだけどね……」

 氷室はため息を吐き、レストランの向かいの建物を見た。

 壁にめり込んだ大男を、救急隊員たちが担架に乗せようとしていた。

 男を指さして、前崎が言った。

「あれ、本当にあのデイズ・ウッドなんですかね?」

 デイズ・ウッドと思しき外国人は、筋骨隆々でアメコミみたいな体格をしていた。気絶している彼の顔は血まみれで、衣服もボロボロだった。しかし、救急隊員の話によれば、目立った怪我はないとのことだった。

「喧嘩相手の女子高生? にやられたんですかね? どっちかっていうとそのJKの方が怖いんですけど……」

 救急隊員たちは数人がかりでデイズを持ち上げようとして、苦戦していた。

「重いな!」

「おい! 手を貸してくれ!」

「びくともしないな」

 壊れた車に、陥没したアスファルト……壁にめり込んだデイズ。

 氷室は顎に手をあて、鼻を鳴らした。

「フン。あれが本当にデイズ・ウッドだとしたら、ヤツには『超再生』がある。単純な物理的ダメージで倒すことはできない」

 前崎は疑問符を浮かべた。氷室は独り言のように言った。

「どうやらあの大男をぶっ飛ばした女子高生は、上手く脳震とうをさせて気を失わせたみたいだね……そんな凄技ができる女子高生、わたしは1人しか知らないけど……」

「いや、1人もいるんですか、そんなJK?」

 前崎は半笑いした。

 救急隊員たちに警察官も参戦して、力を合わせて大男を担架に移そうとしていた。

「せーのっ!」

 その時だった。

 ピリッとした感触を、氷室は肌に感じた。

 氷室は突然、前崎をアスファルトの上に押し倒した。

「伏せろ前崎!」

「えっ! ちょっ……先輩!? ダメですよこんなところで……仕事中ですよ♡」

 伏せた2人の頭上を、救急隊員たちがびゅうっと飛んで通過していった。

 前崎は目を見張った。

「えっ!?」

 前崎に乗っかったまま、顔を上げて大男の方を向き、氷室は舌打ちした。

「チッ。アイツ、本当にデイズ・ウッドみたいだな……」

 見ると、そこでは気絶していた大男が覚醒し、傍にいた救急隊員を掴み上げていた。先ほどと同じように救急隊員を片手で放り投げ、大男は叫んだ。

「あの女子高生はどこだあ? あの女子高生はどこだ!? おい! あの女子高生はどこに行った!?」

 警官が、たまらず拳銃を構えた。

「う、動くな! その手を離せ!」

 デイズは顔を掴んで持ち上げた救急隊員を、まるでバットか何かのように、警官に振り下ろした。

「あの女子高生はどこに行ったかと訊いてるんだ!! あの小娘と戦わせろッッ!」

 頭上から救急隊員を叩きつけられた警官は、一発発砲してその場に崩れた。

 警官が発砲した弾はデイズの腹部に命中したが、見る見るうちに潰れた弾丸が皮膚に飛び出てきて、足下にコロンと落ちた。気づけば皮膚に空いた穴は塞がっていた。

 その光景を目にした氷室は眉を寄せていた。

(あれが超回復……正直引くわぁ)

 前崎の上から立ち上がり、氷室はスーツの埃を払いながら、デイズの方へ歩き出した。

「先輩……?」

 逃げそびれた救急隊員の最後の1人を持ち上げ、デイズは軽々とぶん投げた。

 投げられた救急隊員を肩手でキャッチし、氷室は地面に下ろしてやった。

「大丈夫か? 早く逃げなよ」

 救急隊員は半べそをかいて規制線の外へ走って行った。

 周囲に集まっていた野次馬たちも、悲鳴を上げながら逃げ去っていた。

 完全にお目覚めした様子のデイズは、野獣のような眼光を氷室に向けた。

「あの女子高生はどこへ行った? 答えろ……ッ!」

 氷室は呆れたように言った。

「それはわたしも訊きたいくらいなんだけど……」

 氷室は外した腕時計を、背後にいる前崎に投げ渡した。「おっとっと」と、前崎は時計をキャッチした。

 手首をぐるぐる回してストレッチし、氷室はデイズに言った。

「こっちも一応警察なんでね。未成年に付きまとおうとしてる輩を放っておくわけにはいかないんだ」

 デイズは指を鳴らし、額に血管を浮かび上がらせた。

「俺はいま戦いたくてウズウズしてるんだよ。不完全燃焼なんだ。気づいたら気絶しちまっててよぉ……!」

「いい歳して欲求不満か」

 氷室は前崎に指示をした。

「前崎。この一帯を封鎖、同時に民間人を避難させろ。警官もこいつには近づけさせるな。機動隊も意味ない」

 前崎は焦った声で言った。

「りょ、了解っ!」

 前崎が離れて行く足音を聞きながら、氷室はデイズをじろっと睨んだ。

 デイズがズンズンと氷室の眼前まで歩いてきた。

 間近まで迫ったデイズの迫力は物凄かった。視界を覆うほどの胸板、太腿と見紛う上腕筋……これだけ派手に暴れて殴り倒されておきながら。破けた服の下の肉体は、一切の傷を負っていない。

「あの女子高生がどこにいるか、知っているか?」

「知らないね」

「なら、どけ」

「断る」

 デイズの拳が氷室に飛んできた。

 しかし、デイズが猛烈な勢いで放ったパンチを、氷室は片手で受け止めた。パチィンと空気が破裂する音が鳴り響き、2人の間で強風が吹き荒れた。

 デイズが目を丸くし、まじまじと氷室を見た。

「ああ、それと……」

 万力のような凄まじい握力で拳を掴んだまま、氷室はデイズの顔面にハイキックを浴びせた。デイズは後ろにぶっ飛んだ。

 手をパンパンと払い、氷室は尻もちをついたデイズを見下ろした。

「器物損壊、公務執行妨害の現行犯だ。あと、不法入国も後で加わるだろう」

 デイズの口から、折れた歯が数本こぼれ出た。口から血を垂らし、デイズはギロリと氷室を睨みつけた。

 氷室はにっと笑った。

「まさか歯まで生えてきたりしないよな?」

 立ち上がろうとしたデイズに、氷室は再びキックを放った。デイズは壁に再びめり込んだ。

 氷室は小声で呟いた。

「やべっ。建物壊しちゃった」

 コホンと咳払いして、氷室は再びキリッとした。

「お前、色んなインタビューで言ってるけど、強い奴と戦いたいんだって? 自分と同じ世界を共有できる人間に会いたいって?」

 壁から体を剥がしながら、デイズは血まみれの笑みを浮かべた。

「日本に来て良かったぜ……こんな短いあいだに、2人も俺を蹴り飛ばすヤツに会えるとはな……ッ!」

 氷室は眼鏡をはずし、胸ポケットに入れた。

「喜べ犯罪者。目の前にいるのがその〝強い相手〟だ。ついさっきまで戦ってた女子高生には劣るかもしれないが、お前を充分楽しませてやる」

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天音とデイズの闘いはカットしましたが、次回氷室とデイズのタイマンはしっかり描写します。是非続きも読んで頂ければ!(;'∀')

作者:水月

2018/7/30

2

氷室さんもファイター!!
そして眼鏡!!
それでも天音ちゃんの方が強いのか。
多分サイコパス氏は「日本てどうなってるんだ」と思っていることでしょうね……(;´・ω・)
しかし超再生って、狼男みたいな出鱈目さです……(;^ω^)

大久保珠恵

2018/7/30

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とじる

EntryNo.5 大量殺人鬼 デイズ・ウッド

 デイズは嬉しそうに笑みをうかべ、氷室をじろりと見た。

 次の瞬間、デイズは氷室に殴りかかっていた。

 大男が放った拳を紙一重で躱しながら、氷室はデイズの腹筋にパンチを叩き込んだ。

 バシンと乾いた音が鳴った。デイズはびくともせず、むしろ氷室の拳に衝撃が跳ね返っていた。

(ホントにかったいな……)

 デイズが握った両手拳を、氷室に振り下ろした。氷室が後退って回避すると、デイズの手がアスファルトを深く抉り取った。

 デイズが長年超再生によって鍛え続けた筋肉の鎧は、伊達ではない。常に破壊と修復を繰り返し、頑健さを増し続けるデイズの肉体はまさしく鋼そのもの。

 とても単純な打撃で対抗できる相手ではなかった。

(とはいっても、所詮は人間……打つ手がないわけじゃない)

 デイズが拳を構え、軽快にステップしながら殴りかかって来た。

 デイズの戦闘スタイルは、彼が今まで出会ってきた格闘家たちの戦術を見様見真似して混ぜ合わせた、奇怪な戦法だった。主軸はボクシングスタイル。しかし突然回し蹴りを繰り出してきたり、肘打ちをしたりと、相手を翻弄する自由奔放な戦術だった。

 びゅうっと強風を吹かせながら、猛烈な勢いでデイズのパンチが顔のすぐ横を通り過ぎたにもかかわらず、氷室は一切怯まなかった。

 氷室は容赦ない上段蹴りをデイズの側頭部に叩き込んだ。

「……っ!!」

 デイズが蹴りを受けた側頭部を抑え、一歩引き下がった。デイズは目を見開いて氷室を見た。

 スタッと着地した氷室は、靴のつま先についた血を見下ろして言った。

「お前の筋肉は完璧な防御を誇り、決して他の攻撃を寄せ付けない。だが、全身に鎧を纏ったその肉体にも、隙はある」

 ゆっくりと目を上げ、氷室はデイズを見た。

「どれだけ鍛えても筋肉を纏うことのできない部位。例えば眼球。例えば口。そして……耳だ」

 デイズが手で押さえる側頭部――正確には左耳から、大量の血が流れ出ていた。氷室の上段蹴りをもろに食らったのは、デイズの耳だった。鼓膜が破れ、出血を起こしていた。

「まだ片方は聴こえるだろう? わたしの言っていることがわかるな? 何も聴こえなくなるか、何も見えなくなるか喋れなくなるかする前に、大人しく投降した方がいいぞ?」

 デイズが肩を震わせた。彼は笑っていた。

「クック、フフフフフフフ………イイ。イイぞ、面白いぞお前。強い、強いぞ。もっとだ。もっと俺を、楽しませろッ!」

 デイズが高く跳び上がった。脚の筋力とバネを全開に使ったとてつもない跳躍だった。

「ほぉらァッ! 行くぞッ!」

 頭上から、全体重を乗せたデイズの拳が振り下ろされた。後方に跳んで躱した氷室が立っていたアスファルトに、デイズの腕が深々と突き刺さった。

(デタラメな筋力だな……)

 アスファルトをまるで粘土のように変形させやがる。戦車の履帯を指でちぎったっていう話も、あながち嘘じゃないかもしれないな――

 そんなことを氷室が思っているあいだに、デイズはアスファルトに深く突き刺さっていた腕を引き抜いていた。

「ッ!?」

 氷室は目を見開いた。デイズがにいぃっと笑った。

 引き抜かれたデイズの手には、アスファルトの破片や大量の石が握られていた。

(まずい!)

 デイズが石を握った手を大きく振りかぶった。

「ほぉらよッ!」

 デイズが大量のアスファルトの破片や石を、氷室に投げつけた。

 石粒がまるで散弾銃のごとく氷室に襲いかかった。

 氷室は腕で頭と喉の急所をガードした。弾丸のようなスピードで投げられた石や破片が何発も体にぶち当たり、氷室は小さく悲鳴を上げた。

「くっ……!」

 尖った石の一つが、氷室の頬に切り裂いた。石の投擲を防ぎきり、腕の隙間からデイズを見た氷室は、再び驚いた。

 間髪入れずにデイズが飛び込んできていた。デイズの自動車のような強烈なタックルを受け、氷室は背後のレストラン内に突っ込んで行った。

 氷室は店内の壁を突き破り、厨房までぶっ飛ばされた。背中をぶつけたキッチンから落ちた鍋が、氷室の頭にカァンと直撃した。

 チッ、と氷室は舌打ちした。

 忘れていたわけではなかったのだけれど……本当の命のやり取りをしていたサイコパスが相手となると、実感が深々と湧いてくる。

(これは試合や競技ではなく、〝殺し合い〟だ。デイズにはルールなんてない。石を投げようがなんでもありってわけだ)

 立ち上がると、氷室は厨房の壁に空いた穴から、こちらを見つめるデイズを見据えた。

 ルール無用、なんでもあり――それは、こっちも同じことだ。

「死刑囚なら、間違ってつい殺しちゃってもいいよね」

 頬から垂れた血を、氷室は指でピッと拭った。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/07/31)

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あのデイズさんをここまで追いつめてるとなると、氷室さんも何者なんだろうかって疑問が浮かびます。
……というか、氷室さん、殺しに来ますか。
というか、デイズさんて殺せるのかな……(;´・ω・)
死刑になっても復活したのに……(◎_◎;)

大久保珠恵

2018/7/30

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