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俺はアイドル語りのできる友が欲しい

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堅物男子×真面目女子のラブコメ。隠れアイドルファンの青葉司狼は、ひょんなきっかけから同じクラスの地味な女子の裏アカを知った。そんな彼女の意外な正体を知った司狼は、彼女と友達になるべく奮闘する。

1位の表紙

目次

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1

46@blueleaf

夏TV歌謡祭視聴中。茶猫、今日も最高だった。

 青葉 司狼(あおば しろう)はSNSサイト・ボヤキッターにそう書き込むと、布団の上に大の字で寝転がった。リモコンを手に取り再生ボタンを押すと、床に直置きされたテレビで先程見たばかりの番組が再び流れ出す。

 画面の中では、猫耳カチューシャを付けた十代の少女達がきらびやかな衣装を身に纏い、一糸乱れぬダンスを披露しながら歌声を響かせていた。

 司狼は横目でその様子を見ると、片腕で目元を隠しながらため息をつく。そして呟いた。

「……尊い」

 青葉司狼、十七歳。好きな言葉は質実剛健。

 趣味は、アイドル観賞である。

「なぁ、昨日の夏TV歌謡祭見た?」

「見た見た!」

 翌日、司狼のクラスでは昨日放送された夏TV歌謡祭が話題に上がっていた。スマホをいじっていた司狼は、近くの席で繰り広げられている会話にこっそりと耳を傾けていた。

「アイドルの出番が充実してて良かったよな~! お前一番誰が好きだった?」

 (そんなもの言うまでもない。チャーミング猫猫に決まっている)

「そうだなぁ……」

 (チャーミング猫猫!)

「放課後☆歌劇団かな!」

 (……)

「だよな!? やっぱりアイドルと言えば放課後☆歌劇団だよなー!」

 司狼はガックリと肩を落とした。そしてその傷心を癒すべく、スマホを手に取ってボヤキッターを表示する。表示したのは、チャーミング猫猫・通称茶猫の人気ファンアカウント、椿猫のページである。

椿猫@chanekolove

歌謡祭の茶猫がチャーミングすぎたので、衝動的に描いた落書き。《添付画像》

 (か……可愛らしい)

 添付されていた絵は、鉛筆画だった。歌謡祭でのチャーミング猫猫の場面を見ながら描いたもののようで、横顔や全身画などのラフ画が多数描かれている。だがそれはどれも上手く、また本当に可愛らしい。正直、落書きと言うには勿体無いレベルだ。

 司狼は手で口元を押さえつつ、『お気に入り』ボタンを押した。すると、お気に入りを表すハートマークに色が付き、カウント数が『5638』に更新される。

 椿猫のアカウントは、このようなイラストのボヤキが主だ。そのイラストの上手さから、椿猫はチャーミング猫猫のファンアカウントでは異例の一万近いフォロワーを従えている。

 司狼は今見たばかりの椿猫のイラストをダウンロードすると、スマホの待受画面に設定した。そして画面の電源をオフにすると、先程のクラスメイトの会話など忘れたかのように、スッキリとした表情で教科書を開くのだった。

 チャーミング猫猫とは、十五年前に結成し大ブレイクしたアイドルグループだ。ただそのブレイクは数年で終了し、一昨年くらいまでは落ち目アイドルと囁かれていた存在だった。だが近年、大幅なメンバーの入れ替えと方向性の転換を行い、再ブレイクを果たしたのだった。

 だが再ブレイクと言っても、現在のアイドル界人気ナンバーワンを誇る、放課後☆歌劇団には到底敵わないのだが。  

「では今日の練習は以上で終了だッ! 解散ッ!」

「押忍ッ!」

 放課後、柔道着に身を包んだ司狼は武道場にいた。部長の号令で部員達が引き上げていく中、司狼だけは別の方向へ向かっていく。

「青葉、帰らんのか?」

「ハイ。自分は少しランニングしてから帰ります」

「そうか、気を付けろよ」

「押忍!」

 司狼は折り目正しくお辞儀をすると、踵を返して走り出した。帰り支度を済ませた部員達は、そんな司狼の後ろ姿を見て雑談を始めた。

「相変わらずクソ真面目だよな、青葉」

「筋トレにランニング、毎日欠かさずやってるらしいぜ。アイツ見た目はそうでもないけど、脱いだらすげえよな」

「その努力が報われねえのが辛いよな。アイツ、一度もレギュラーになったことないじゃん」

 部員達がその背中を見送る中、司狼は薄暗くなってきた校舎の外をひた走る。額に汗をきらめかせ、軽く息を荒げながら走るその横顔は真剣そのものだ。

 だがその心中では、周りが一切予想もつかないような事を考えていた。

 (茶猫の新曲MV……良かった。帰ったらまた観なければ)

 司狼の脳内では、昨日公開になったばかりのミュージックビデオのシーンが蘇っていた。日差しが眩しい波打ち際でのダンスシーン、海を背景にしたソロショット、海の家でメンバー達が戯れるイメージシーン。衣装も水着を意識したデザインになっており、短いフリルスカートからのぞく健康的な足が非常に魅力的だった。

 (……ってイカンイカン! なんて不埒な! 彼女達をそんな目で見るなんて)

 司狼は己を戒めるように、全速力で駆け出した。すると校舎の角を曲がった所で、花壇の前にうずくまる人影が目に入った。服装からして、女子生徒だ。

「おい。こんな暗い中で何をやっているんだ」

 司狼が咄嗟に声をかけると、振り向いた女子がかけていた眼鏡が、街灯の光を反射してキラリと光った。

「あなたは……青葉君? あなたこそこんな時間までどうしたの?」

 質問を質問で返されてしまった。そして彼女はどうやら知り合いらしい。

  部活後の自主トレ中だと司狼が答えると、女子生徒はとある探し物をしているのだと教えてくれた。

「何を探しているんだ」

「校章よ。制服に付けているバッジがあるでしょう。それをこの辺りで無くしたらしいのよ」

 たまたま街灯の下に立っている司狼からは、女子生徒の姿は影になって見えない。『らしい』という言い回しが気になったが、彼女が再び辺りを探しだしたのが何となく分かったので、司狼も何となく探し物を手伝う事にした。

 幸いにもすぐバッジは見付かった。花壇のすぐ近くの植え込みの中に落ちていたのである。蜘蛛の巣らしきものに引っ掛かりながら女子生徒に声をかけると、彼女はすぐにこちらへ駆け寄ってきた。

「見付かったのね、ああ良かった。わざわざ手伝ってくれて、本当にありがとう」

 近くに来た事で、彼女の顔が街灯に照らされてよく見えるようになる。分厚い眼鏡、両耳の下で束にまとめられた髪の毛。

「ああ、なんだ。桃崎だったのか」

 彼女の名は桃崎小夜。司狼と同じクラスで、席は一つ前だ。生徒会に属している地味な女子で、特に司狼とは親しくない。というか、誰かと親しくしているところを見た事がない。

 桃崎は俯きがちにバッジを受け取ると、眼鏡のズレを直した。

「助かったわ、青葉君。じゃあ私はこれで」

「帰るのか? 暗いから気を付けるんだぞ」

「ええ、ありがとう」

 桃崎は近くに置いてあった鞄を拾い上げると、小走り気味にこの場を離れていく。司狼はその姿をなんとなく目で追っていたのだが、ふと桃崎が途中で振り返った。

「そういえば、明日は数学の小テストがあるそうよ。急に決まったとかで、もうすぐボヤキッターでボヤかれるみたい」

「そうなのか! わざわざ教えてくれてありがとう!」

 桃崎は軽く手を振ると、今度こそ本当に帰っていった。司狼はそれから急いで外周を走り終えると、武道場に置いていた荷物を回収して家へと急いだのだった。

 帰宅してからスマホを確認すると、桃崎の言った通りボヤキッターの二年B組アカウントに新たなボヤキが追加されていた。

二年B組連絡用@2brenraku

明日の数学は小テストを行う。電卓の持ち込み可。

 司狼がお気に入りボタンを押すと、総カウント数が二十九に更新される。四十名いるクラスの半数以上がこのボヤキを目にしたらしい。

 司狼は自分のプロフィール画面に進む。

 プロフィール画面には、『青葉@aobaoba』との文字。ボヤキ数はゼロ。そう、これは入学当初に取得した『本アカ』──つまり本アカウントである。

 司狼の通う丙盆高校は少し変わっている。メディア教育の一環として、連絡手段にボヤキッターが使用されるのだ。勿論重要な連絡事項は口頭伝達もするが、教師─生徒間のやりとりはこうしたボヤキやアカウント間で交わされるダイレクトメッセージで行われていた。

 生徒達は最初にメディアリテラシーに関する教育を受けた後、ボヤキッターのアカウントを取得する。クラス全員のアカウントと、クラスのアカウントをフォローするのが条件で、後は比較的自由に使用して良い事になっていた。勿論公序良俗に反する行いをした時はアカウントは停止され、徹底的な再教育が行われるのだが。

 司狼はタイムラインを眺めた。

 アカマ、えみこ☆、黒川太一郎、Mio、ジョニー等アカウント名は様々だ。こういったアカウント名や載せる個人情報も、当然個人の判断に委ねられている。ボヤキも自由に行って良い。ただクラス全員がそのボヤキを眺める事になるので、ボヤキを行う人物はかなり限られていた。

──ミユとドーナツ食べてきたよ☆

──夏だし海行きてえなあ

──水着新調完了! いっしょに遊んでくれるヒト、もしいたらお気に入りお願いします♪

 司狼はフォロー欄をタップし、桃崎の名前を探し出すと再びタップした。

SayoMomosaki@sayomomosaki

 ボヤキ数ゼロ。アイコンもヘッダー画像も、初期設定のままである。何というか冷静沈着で地味な、本人の人柄そのままを表すようなトップページだ。娯楽や浮ついたものには一切興味のなさそうな印象。

 勿論それは司狼とてそうだ。アイドルに関してのボヤキなんて絶対にクラスの人々には見せられないので、ボヤキは専ら裏アカの『46@blueleaf』で行っている。

 司狼は本アカをログアウトすると、裏アカへログインした。すると、タイムラインの話題はチャーミング猫猫で持ちきりになる。

──明日の茶猫イベント、タニさんと一緒に行くよー

──握手会レポ更新。今回はたまたま滋郎@jiroooさんと遭遇し、サ店で小一時間茶猫について語り合った。

──学校の友達に茶猫を布教してきた。今度一緒にライブ行く!

 司狼は画面をオフにすると、畳にゴロリと転がった。天井に貼ったポスターの中のメンバーと目が合い、何となく目を閉じる。そして、ボソリと呟いた。

「茶猫について語り合える友達……羨ましい」

 しかしアイドル好きを公言するなんて、司狼には天地がひっくり返っても無理だ。何故なら司狼はアイドル好きである事にかなりの後ろめたさを感じているからである。

 だがチャーミング猫猫には、一度ハマったら抜け出せないような底知れない魅力があった。他のアイドルにはない中毒性のある楽曲。一度地に落ちたからこその、ガツガツとした雑草魂。口パク無しの全力パフォーマンス。それはこれまでアイドルに興味のなかった司狼を惹き付けるには、十分すぎる魅力だった。

 ファンのボヤキを見るだけでは物足りない。もっと誰かと直接、彼女達の魅力について語り合いたい。一緒にイベントやライブなんかに行って、感動を共有してみたい。

 司狼は常々そう願っているが、それは到底叶いそうにない願いだ。

「……。こんな時は、椿猫さんのボヤキを眺めるか」

 司狼はため息をつきながら、椿猫のページを表示した。だが意外なことに、毎日一枚は載っている筈の新しい絵は更新されていない。

椿猫@chanekolove

今日は学校の事で帰宅が遅くなったので、お絵かき中止。

 (学校の事……。彼女も学生なのだろうか)

 椿猫のプロフィール欄には、『茶猫大好き女。』としか書かれていない。また日々のボヤキにもプライベートを感じさせるような内容はあまり載せられていないので、その素性は殆ど謎に包まれている。

 だがこのプロフィールページから唯一うかがい知れる事柄があった。

 (フォロワー数が万なのに、フォロー数は一桁か……)

 おそらく彼女はかなりの人見知りなのだろう。だとすればきっと彼女も、現実世界ではアイドルについて語れる友がいないのではなかろうか。

 (なら俺と同じだな)

 司狼はスマホを机の上に置くと、テキパキと布団を敷いて電気を消した。明日のテストに備えて早寝しようと、布団に寝転がって目を閉じたが、むくりと起き上がる。そして机の引き出しから電卓を取り出すと、鞄に突っ込み、再び布団へと戻るのだった。

「テストだりー。電卓忘れた」

「マジ? 電卓無いとキツイんじゃね?」

 翌日の教室。ガヤガヤと騒がしい中でチャイムが鳴り響き、教師の訪れと共に小テストが始まった。事前の予告通り、電卓が無ければかなり面倒臭そうな問題ばかりだ。

 教室内には電卓のボタンを弾く音と、シャープペンシルと紙が擦れ合う音が響く。すると突然教師が待ったをかけた。

「おい、電卓は許可したがスマホは使って良いとは言っていないぞ!」

「スマホの電卓機能はダメなんすか? 電卓忘れちゃって」

「駄目に決まってるだろ! 全員スマホ回収ー!」

 教師のその言葉で、教室全体が「えー」の大合唱に包まれる。だが教師の命令は絶対で、司狼達はテスト中スマホを没収される事になったのだった。

 (指摘された奴は後で大目玉を喰らうな。自業自得だが、可哀想に)

 テスト終了の時間帯になり、プリントが後ろから前へ送られていく。司狼が後ろの席から回ってきた答案に己の答案を重ねていると、前の席に座る桃崎小夜が上半身を捻って自分の手元を見ている事に気付いた。司狼は慌ててプリントを整える。

「スマン、桃崎」

「いいえ」

 桃崎は司狼からプリントを受けとると、司狼に背を向けた。司狼は何となくその後ろ姿を眺める。

 真っ直ぐピッチリとした髪の分け目。飾り気のない黒ゴム。後れ毛一つない細いうなじ。汗ジミのないワイシャツの真っ白い襟。フケ一つ落ちていないブレザーの襟。

「じゃあさっき回収したスマホを回すぞー」

 教師がそう言うと、先程回収されたスマホが列ごとにカゴにまとめられて回ってきた。司狼は桃崎からカゴを受け取ると、自分の黒いスマホを手に取り、カゴを後ろに回す。

 (まさか教師に中身を確認されたなんて事はないだろうな)

 まさか、と思いつつ司狼は画面ロック解除のパスコードを入力した。パスコードは勿論、チャーミング猫猫の曲名の一つ、『8808』だ。

 ロック解除すると、画面に表示されたのはボヤキッターの画面だ。たまたま椿猫の画面を見たまま、画面をオフしていたらしい。もしパスコードを解除されていたら、教師に自分の趣味がバレてしまうところだった。

 (危ない危ない、画面をオフする時はちゃんとホーム画面に戻らねば……)

 司狼は少しヒヤヒヤしながらホームボタンを押した。すると、意外な事が起こった。

 ホーム画面が、見慣れぬ待受画面なのだ。しかもアイコンの配置も、内容も違う。待受画面に至っては、チャーミング猫猫のシングルのジャケット写真だ。司狼の待受画面は椿猫のイラスト画像なのに。

 (どういう事だ? おかしいぞ?)

 もう一度ボヤキッターの画面を確認する。見慣れた椿猫のトップページ。だが一つだけあり得ない表示があった。

『プロフィールを編集する』

 (え? これは本人にしか表示されないモノではないのか? ボヤキッターにバグでも起きたのか?)

「青葉君」

 その時、桃崎から声をかけられた。驚いた司狼は大きく体を揺らして反応しながら、咄嗟にスマホの画面をオフにした。

「な、なんだ?」

「ごめんなさい、私間違って青葉君のスマホを取ってたみたい。それ、私のだと思う」

「何っ?」

 司狼は慌てて手元のスマホと桃崎の持つスマホを見比べた。すると成る程、どちらも同じ種類の機種でストラップ等も付いていないので、そっくりだ。

 司狼は言われるままにスマホを返した。桃崎は少し引ったくるようにそれを受け取ると、自身の持っていたスマホを司狼に返した。

「す、スマンな。桃崎」

「ううん。私こそ」

 お互いに謝りあったが、桃崎はまだ少しソワソワとしていた。そして何か言いたそうにチラチラと司狼を見ると、かなり迷ったように口を開いた。

「……中、見てないよね?」

「え!? あ、いや……ああ」

「……そうよね」

 桃崎はややホッとしたかのように表情を緩めると、再び背を向ける。司狼はしばらく瞬きを繰り返していたが、ハッと思い立ってスマホを操作した。

 パスコード『8808』。ボヤキッターアイコンをタップ。すると表示される、裏アカのプロフィール画面。バグのお知らせは、どこにも見付からない。

 司狼は慌てて椿猫のトップページを表示した。血眼になって『プロフィールを編集する』を探したが、やはり見当たらない。

 (ど、ど、ど。どういう事だ)

 司狼は頭を抱えて俯いた。異常な冷や汗。壊れたように鳴り響く心臓の音。頭に浮かんだのは、『プロフィールを編集する』という表示のあった椿猫のトップページだ。

 (あのスマホは椿猫さんのスマホ……? ということはつまり……桃崎と椿猫さんは同一人物!?)

 間の抜けたチャイムが鳴り響く。司狼は周りの生徒達に合わせて慌てて立ち上がると、机にゴンと頭をぶつけながら頭を下げるのだった。

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1

チャーミング猫猫が好きだという真剣な想いに反して、質実剛健な武道男子という青葉くんのキャラクター造形に興味を引かれました。
そして地味で大人しめで娯楽に興味なさそうな堅物、桃崎さんが裏アカでカリスマファンだという設定も面白いです。
果たしてこの二人は友達になれるのかなあ……と見守りたいと思います(´∀`*)ウフフ

大久保珠恵

2018/8/1

2

大久保さん、読んで下さってありがとうございます!!
今回もなんとか最後まで書ききれるよう頑張ります!

作者:カンリ

2018/8/2

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とじる

2

 (桃崎と椿猫さんが同一人物!? ……と思ったが、世の中そう上手く出来ているわけがない)

 昼休みを終えた司狼は、あろうことか疑心暗鬼に陥っていた。ボヤキッターの画面を見たのはほんの一瞬であったし、何よりあのお堅そうな桃崎小夜が、チャラチャラとしたアイドルなんぞに興味があるようにはとても思えない。

 というわけであのスマホの画面は、オタク友達を熱望したが故にたまたま見た、蜃気楼のようなものに違いない。とてもあり得はしない蜃気楼だが、混乱のあまり司狼はそう信じてしまったのである。

 だが幸運にも、その妄想はすぐに打ち砕かれる事となった。

 午後の授業でプリントが配布された時の事だ。桃崎小夜から回ってきたプリントに、なんとイラストが描いてあったのだ。椿猫ファンの司狼には、ほんの小さな落書きでもすぐ彼女のタッチだと分かった。

 勿論、そのプリントはすぐに桃崎によって回収された。

「青葉君ごめんなさい、また間違っちゃった」

「あ……ああ」

「ホントにごめん。……見た内容は忘れて」

 その日の放課後に更新されたボヤキは、以下のようなものだった。それを見た司狼は、とうとう彼女が椿猫であると納得せざるを得なかった。

椿猫@chanekolove

今日はスマホ取り違えたり落書き描いたプリント回しちゃったり……散々な日。《画像添付》

 勿論載っていたのは、プリントに描いてあったあの落書きだ。

 司狼の自室。司狼は部屋の中央で座禅を組んで目を閉じている。

 (さて、いよいよ桃崎が椿猫さんだと確定したわけだが……)

 本心は勿論、彼女と友達になりたい。だが実際は、とても友達にはなれそうもない。

 (何故ならばアレは桃崎の裏アカだからだ。茶猫ファンを隠したいからこそ裏アカでボヤいてるのだろう)

 自分と相手の利害は一致していなさそうだ。それにチャーミング猫猫好きを知った理由が、正々堂々としたものではないのが駄目だ。

 (俺はあの時見ていないと嘘をついてしまった。万が一俺が真実を暴露して友達になろう等と迫ったら──)

 きっと桃崎小夜はショックを受ける。必ず傷付く。それだけは絶対駄目だ。誰かの心が傷付くぐらいなら、オタ友なんていらない。

 ……いらない。

 (……いやでも欲しいぞ……っ! 友達になりたい! 茶猫について夜通し語り合いたい! 一緒にライブに行ってコールとか推しジャンとやらをやってみたい……っ!)

 己の欲望に耐えきれなくなった司狼は、ズンズン歩いて壁際まで行くと、そこに頭を打ち付け始めた。

 (いやだから駄目なんだ! 俺のバカタレがっ!! 彼女とは友達になれない、なれない、なれないが……ぁぁあやっぱり友達になりたいぃぃ!!!)

 司狼は動きを止め、クワッと刮目した。血走った目をギョロギョロとさ迷わせながら、壁から手を離す。

 (駄目だ、このもどかしさをどうにかせねば。どうにか……)

 十分後、部屋の外にある階段を上る足音が徐々に大きく響き渡ってくる。その足音が司狼の部屋の前で止み、襖がスパーンと勢い良く開いた。

「ちょっと司狼! さっきからうるさいよ! 壁をゴンゴンしていたかと思えば、今はフンフンフンフン何やってんだ!」

「フンッ、フンッ……。すまんッ、千鶴姉さん」

 司狼の部屋に入ってきたパステル調モコモコパジャマ姿の千鶴は、持ってきた美容パックを顔面に貼りながら折り畳まれた布団に腰を下ろした。

「このクソ暑い真夏の夜に腕立て!? めっちゃ汗かいてんじゃん、暑苦しい!」

「……こうでもしなければ煩悩を抑えられんのだ……ッ、フンッ!」

「めんどくさいなぁ、さっさとアイドル好きを打ち明けて友達になっちゃえばいいじゃん」

「!? なっ、何故姉さんがその事を」

「お前の心の声は口から駄々もれなんだよ司狼!」

 千鶴はスマホを操作して録音データを再生した。すると司狼が心の中でぼやいていた葛藤が、音声となって再生され始める。司狼は顔を真っ赤にしながら、プイッとそっぽを向いた。

「俺の身勝手な思いはおそらく彼女を傷付ける……。男たるもの、女性をむやみやたらに傷付ける事があってはいけない」

「そんなのさー、やってみなきゃ分かんないじゃん。それにマイナーアイドルのファンがさ、しかもクラスメイトとして見付かるなんてそうそう無いよ? これを逃したら次は無いかもよ?」

「ぐっ……!」

 図星と見るや、千鶴はニヤニヤしながら司狼をつつき始めた。

「ホレホレ~、さっさと友達になっちまえよ」

「駄目だ! 俺は悪魔の囁きには耳を貸さん!!」

 司狼はパック顔の千鶴を部屋から押し出すと、再び腕立て伏せを始めた。そして桃崎小夜とオタク友達になりたいという煩悩を振り払うべく、夜を徹して鍛練に励むのだった。

 夜更かししたせいで、翌朝は寝覚めが物凄く悪かった。氷のように冷たい水シャワーを浴びることでなんとか意識をハッキリとさせ、司狼は学校へ向かった。

 おはようが交わされる教室へ足を踏み入れると、桃崎小夜は既に彼女の席に座っていた。ピシッと背を伸ばし、長めのスカートから伸びる足を机の下できちんと揃え、教室の喧騒などまるで聞こえないかのように読書をしている。

 司狼はその後ろにある自分の席に座ると、自分のスマホの待受画面を確認した。待受画面は、何の変哲もない砂漠の写真に変更されている。

 (万が一茶猫さんの絵が見られてしまったら、正体がバレるからな……くわばらくわばら)

「なあなあ、夏TV歌謡祭だけどさー、チャーミングなんちゃらってお前見た?」

 突如聞こえてきた二人の近くに座る男子達の雑談。チャーミング猫猫らしきワードを耳にした司狼は、密かに聞き耳を立てた。

「あー知ってる。チャーミングニャンニャンだっけ?」

「あそこのグループのショートカットの子が可愛かったんだよな。名前何て言うんだろ」

「知らねえなあ」

 (猫島ハルカ! 猫島ハルカ!)

 司狼は心の中で声を大にして叫んでいた。そして胸をかきむしるようなもどかしい思いにとらわれていた。

 (こういう時茶猫ファンを公言していれば……! ハルにゃんの魅力を端的にまとめてプレゼン出来たものを……ッ! そうしたらファンが二人増え、やがてはCD売り上げに貢献できるというのに!)

 いてもたってもいられなくなって、司狼は立ち上がった。このような場面に立ち会うのは、精神衛生上よろしくない。

 そうして教室から離れようと一歩踏み出すと、ふと桃崎小夜のスマホ画面が目に入った。表示されていたのはなんと、椿猫の猫島ハルカイラストフォルダだ。桃崎が指先でスワイプすると、何度も目にした事のある絵がズラリと表示されていく。

 (かっ、彼らの会話に触発されてこれまでのハルにゃんイラストを見ているのか! うう……は、話したい!! だが俺はオタクとして彼女とは関わらないと決めたんだ)

 男に二言はない。司狼は目を固く瞑って駆け出し、その場を後にした。

 その後悶々とした気分のまま授業を受け、下校時刻となった。司狼は珍しく、自宅付近のCDショップへ足を運んでいた。今日は先日発売になった新曲の、特別限定版CD発売日なのである。

 心を踊らせながら陳列棚へ向かった司狼は、チャーミング猫猫が特集された一角を前にして嬉しさにうち震えた。

 (茶猫がピックアップされている! 早速写真をとらねば……!!)

 店員が丹精こめて作り上げたらしいPOPをスマホにおさめると、司狼は早速棚に並んでいる数枚のうちの一枚を手にして、弾む足取りでレジへと向かった。

 無事購入を済ませると、早速ボヤキッターを開いた。CDゲットの喜びをボヤこうと思ったのだ。

 しかしいの一番に目に飛び込んできたボヤキを見て、止まった。

椿猫@chanekolove

特別限定版、どこも取り扱ってないって。

凹む。

 どうやら桃崎も早々に下校して限定版を買いに行ったらしい。彼女の住まう地域がどこら辺なのかは知らないが、CDショップを渡り歩いているのだろうか。電話確認でもしているのだろうか。

 それにしても、不憫だ。 

 (ここだとあと何枚か在庫がある。小さなCDショップだから見逃しているんだろうか)

 返信ボタンをタップする司狼の指。だが慌ててキャンセルボタンを押し、目をギュッと瞑って顔を背ける。

 (駄目だ。彼女には関わらないと決めた筈だ)

 だが限定版は店頭販売しか行っていない。今この機を逃せば、いつどこで手に入る事やら。ファンとして、限定版が欲しい気持ちはよく分かる。よく分かるのだが。

 (俺は、俺は……)

 すると、椿猫のボヤキが更新される。

椿猫@chanekolove

残念だけど諦めよう。

 司狼は拳を強く握りしめた。唇を噛み締めると返信ボタンをタップし、素早い操作で文字を入力すると、送信する。

46@blueleaf

返信先:@chanekolove

tetsuya丙盆店に、あと数枚残ってます。

 それから数十分程すると、桃崎小夜は現れた。CDが売り切れてしまわないか密かに見張っていた司狼は、彼女の姿を発見すると慌てて物陰へ隠れた。

 ゼーハーと息を切らした桃崎は、売り場までヨタヨタと近付いていく。そして残り二枚となった限定版CDを手に取ると、この上なく嬉しそうに目をキラキラとさせた。司狼は今まで見た事もない彼女の表情の変化に、思わず目を奪われた。

「や……やったぁ……!」

 (……これで良かったんだ)

 桃崎がレジへと向かうのを見届けて、司狼は店を後にした。歩きながら先程見た光景を思い返して、柄にもなく口元に笑みを浮かべた。

 普段は感情なんて表に出さない桃崎が、あそこまで喜ぶとは。同志の助けになったのも嬉しいが、何より自分のした事で人の喜ぶ顔が見られたのがとても嬉しいと思った。

 (さあ、後はアカウントを削除して、彼女との繋がりを切ろう)

 司狼はポケットからスマホを取り出し、ボヤキッターを表示する。設定画面を操作し、アカウント削除のボタンを押そうとしたその時、メッセージの受信を表すランプがチカチカと瞬いている事に気付いた。

椿猫@chanekolove

初めまして、椿猫と申します。

先程はありがとうございました。おかげで限定版を無事購入出来ました。

 (もう返事をくれたのか。随分早い。律儀なんだな)

 司狼は桃崎の姿勢に感心しつつ、指先をアカウント削除ボタンへ移動させる。

 だがその途中で気になる文言が目に入り、コキンと固まった。

椿猫@chanekolove

フォロー返しさせて頂きました。

もしよろしければ、私と友達になってもらえませんでしょうか?

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もう天然記念物並みに硬派な司狼さんがなんだか可愛い……(*´`*)
そして、ふとしたことから、ちょっと桃崎さんとの距離が縮まるところがもう嬉しくて!!
頑張れって応援したくなりますヽ(*´∇`)ノ

大久保珠恵

2018/8/3

2

大久保さん、いつもありがとうございます!
メッセージ頂けてとても嬉しいです。
活力にして頑張ります!

作者:カンリ

2018/8/3

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とじる

3

椿猫@chanekolove

茶猫の中の推しは誰ですか? 私は皆好きで、いわゆるDDってやつです。

椿猫@chanekolove

46さんもDDなんですか?? じゃあ一緒ですね! もしかして、一番好きな曲も同じかも……。

椿猫@chanekolove

そう! 私も『ラッキー大戦略』です。カップリングですけど名曲ですよね! 私達、共通点多過ぎですね! ひょっとして、46さんも高校二年生ですか??

椿猫@chanekolove

やっぱりー!! 住んでる所も近所っぽいですし、これからも是非仲良くして下さい!

椿猫@chanekolove

あ、そういえばもうすぐ丙盆ショッピングモールで新曲発売イベントやるのご存知ですか? 私初めてなんですけど……良かったら一緒に行きません??

「ッアーーー!!!!!」

 我慢出来なくなって司狼がそう叫ぶと、ドタドタドタ、と階段を駆け上がる足音が大きくなり、襖がスパーンと勢い良く開いた。

「司狼!! いい加減にしろ!! うるっさいんだよさっきから!!」

「……うう……」

 キュウリパック中の司狼の姉・千鶴はすかさずスマホの録音データを再生する。するとドタバタゴロゴロと床をのたうち回る音の後に、発狂したような司狼の雄叫びが響き渡った。

 だが当の司狼はそんな事に構う様子も無く、頭を抱えてうずくまっている。千鶴はズンズンと司狼に詰め寄ると、胸ぐらを掴んで起き上がらせた。

「気になってた子と友達になれたんだろ? じゃあ毎日ハッピーだろ。何アーウーやってんだ」

「俺は……つい誘惑に負けて彼女と友達になってしまった……あああ」

「……お前な。あんなにメッセージのやり取りして今更それか? 本当は違うだろ」

 千鶴は司狼の眉間に人差し指を捩じ込んだ。司狼は顔を覆った手の隙間から、チラリと千鶴を見る。

「……そうだ、姉さんの言う通りだ。誘惑に負けたのは誠に情けないが、俺は後悔なんて一ミリもしていない。念願叶ってオタク友達が出来たんだ。折角なら思いっきり楽しんでやれと舞い上がっていたら……困った事に思わぬ方向に話が飛躍してしまった」

「どうせ直接会おうってんだろ」

「!! 姉さん、何故知っているんだ」

「お前の姉を何年やってると思ってんだ。お前が困りそうな事ぐらい予測がつくっちゅーの」

「千鶴姉さん……」

 初めてのデートで一泊二日温泉旅行はドン引かれるからな。姉弟の絆に感動していた司狼の耳元で囁かれたのは、まさかの斜め上アドバイスである。火が噴き出そうなほど顔を赤くした司狼は、唾を飛ばしながら声を張り上げた。

「な……っ、何て不埒な!! そんな不純異性交遊など死んでもするものかーッ!!」

「えー違うの? じゃあ何なのさ」

「鼻をほじるな鼻を!! ……ったく」

 司狼が困っているのは、勿論桃崎からの誘いに乗るか乗らないかである。

 イベントは司狼も初めてだ。行きたい。しかもオタ友と一緒になんて夢のようだ。

 だが当然自分の正体は明かせない。そして更に誤解されているだろうと思われる事項が一つ。

「桃崎は、俺の事を女と勘違いしているのではなかろうか? 同じ趣味を持つ者同士とはいえ、ネット上で知り合ったばかりの奴だぞ。こんなに早く遊びに誘われるものだろうか?」

「あー、そりゃ十中八九女と思われてるね」

「だろう!? だとしたらもし正体がバレた時に、桃崎に与えるショックがより大きくなってしまうのでは……」

「そんなの簡単だよ。バレなきゃいい」

「え?」

 千鶴はそう言うと、司狼の襟首を掴む。自分よりも遥かに背の高い弟の体を引き摺って自室にある鏡台の前まで行くと、メイク道具をズラリと並べ始めた。

「美容系専門学校へ進学した私の腕前、とくとご覧あれ」

 千鶴は鏡の中で司狼と目を合わせてニヤリと笑うと、パパパ~と司狼の顔にメイクを施し始めた。少し彫りの深い男顔が、見る見るうちにメリハリのある美女顔へと変わっていく。

 仕上げに唇に紅を差すと、千鶴は司狼のガッシリとした肩をたたいてみせた。

「ホ~ラどうだ、美女の出来上がりぃ!」

「おお……!」

「アンタはソコソコ顔が整ってるし、細マッチョだから体型を隠すような服着て胸に詰め物すりゃあ、概ね女に見えるっしょ。まあ女で百八十センチってちょっと目立つけど、カツラ被って喋らなきゃ絶対バレないって」

「姉さんありが……って、違ーーう!!!」

 司狼は頭を抱えてのけ反った。

「これじゃあ桃崎をもっと騙す事になるじゃないか! 違う、俺が求めていたのはこういう事じゃなくて……」

「違う? いーや違わない。道はこれしかない」

 千鶴はキッパリと言い切った。司狼は思わずキュウリにまみれた千鶴の顔を見た。腕を組んだ千鶴は、鋭い眼差しを司狼へと向ける。

「アンタはね、一度足を突っ込んだら抜け出せない沼にハマってんだよ。正体をバラしたくない。なら女になるか、スッパリ縁を切るかのどちらかしかないんだよ。そしてもし女になると決めたのなら、その嘘は生涯突き通す事。男なら、中途半端な事はすんな」

 お前、覚悟が足りないんじゃないの? 千鶴はそう言って司狼に背を向けると、部屋を後にした。残された司狼は撞木で頭を突かれたようなショックを受けたまま、その場に佇んでいる。

 (そうだ、姉さんの言う通り俺は覚悟が足りなかった。冷静に考えれば話がこうなる事は予測がついた筈。一々動じたりして、覚悟が足らなかった)

──男なら、中途半端な事はすんな。

 (絶対に正体がバレては駄目だ。桃崎を必要以上に傷付けてしまう。ここでスッパリ諦めるか、女を演じきってオタク人生を楽しむか──)

 

 司狼は鏡にそっと手を当て、女人のようになった己の顔を見据えた。そして拳をギュッと握りしめると、瞳に強い光を宿すのだった。

 (……遂に、この日が来た)

 十日後、鬼気迫る表情の司狼は丙盆ショッピングモール一階のイベントスペースにいた。既に茶猫ファンらしき人々がうようよとしている中、柱の一つに寄りかかってしきりにスマホを確認している。

 (どこからどう見ても女……だよな!?)

 カメラ機能を自撮りモードにして司狼は全身を確認した。黒いロングスカートに同じく黒の七分袖パフスリーブブラウス。ロングヘアーのカツラに、耳にはシンプルなイヤリングを装着している。勿論主要部分の毛は剃刀によりツルッツルになっている。

 (肌はヒリヒリするし顔は粉だらけで気持ち悪いし……女ってのは大変なんだな)

「……あの」

 軽く詰め物をした胸元を揉んでいると、背後から声をかけられた。全身震え上がりながら直立姿勢になると、声をかけてきた子が後ろから覗くように顔を出してくる。

 その顔を見て、司狼はぎょっとした。

 桃崎小夜だ。ただし、教室で見る姿とはとてもかけ離れている。眼鏡がない。髪の毛も下ろしている。

「えっと……ひょっとして、46さんですか?」

「あ……え……っ!!!」

 声を出しかけて、司狼は慌てて口元を押さえた。変声期の過ぎたこの声は出してはいけないと姉からキツくアドバイスを受けていたのだ。

 司狼は急いでスマホを操作すると、『そうです』と表示して桃崎へと見せた。桃崎へは既に、自分は極度の人見知りでスマホを介さないと話せない、という事は伝えてある。

 彼女は特に不審に思うでもなく頷くと、ふんわりと微笑んでみせた。

「私、椿猫です。初めまして。今日は会えるのを楽しみにしてました」

「……っ!」

 

 緩く巻いた髪の毛を耳にかけながらはにかむ桃崎を前に、司狼の心臓はおかしな鼓動を刻み始めていた。

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まさかの、こういうことに!!(゚Д゚;)
ええ、これは無理ありすぎなのでは……。
司狼くんの漢気は見事ですが、もうギャグ展開しか浮かばない……(;^ω^)
ありましたね、昔、こういう映画……。

大久保珠恵

2018/8/4

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とじる

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「あ、これ46さんにプレゼントです。私パソコンで絵描けないからアナログ画なんですけど……。茶猫のメンバー絵です」

「!!」

 周囲の視線がチラチラと司狼へと投げかけられる中、オフショルダーのワンピースを纏った桃崎小夜は、淡いピンク色のショルダーバッグから花柄の封筒を取り出し、司狼へと手渡した。司狼はプルプルと震えながらそれを受け取る。そして心の中で喜びに舞い踊った。

 (ま、まさか憧れの椿猫さんから絵を送られる日が来ようとは……!! この絵は額に入れて部屋に飾らねばッ!!)

『ありがとうございます。一生大切にします』

「一生……。そう言ってもらえて、なんか嬉しいです」

 桃崎小夜はそう言いながら、天使のように微笑んでいる。可憐。まさにその言葉がピッタリだ。

 (今の所普通だ。彼女は俺が男だと言うことに微塵も気付いていない……)

 司狼は彼女の姿を上からじっと見下ろした。オフショルダーからのぞく細い肩が眩しい。目のやり場に困って顔をそらすと、司狼の視線に気付いた桃崎が自分の格好を気にしながら言った。

「私の格好、変ですかね?」

 司狼がブンブン首を振ると、桃崎は照れたようにはにかんだ。

「大好きなハルにゃんやくーニャンに会えると思うと、少しでも可愛く見られたくってついこんな格好をしてきちゃいました。本当はコンタクトも出来れば良かったんですけど、上手く出来なくって」

 女の子ってこういうもんなのか、と司狼はドギマギした。あんなに地味な桃崎が、好きなアイドルの為に鏡の前でああでもないこうでもないと着飾る様子を想像すると、柄にもなく胸がキュンとしてしまった。しかもそれがよく似合っていて、図らずも可愛らしいとさえ感じてしまう。

 だが注目すべきはそこではない。司狼は急いでメッセージを入力した。

『椿猫さんは目が悪いのですか?』

「ええ。眼鏡をかけているんですが、あまり好きじゃなくて学校以外ではあまりかけないんです。すぐ耳が痛くなるし。あ、勿論イベントが始まったらかけますけどね」

 その後桃崎と司狼はCD即売所で握手券の付いたCDを購入し、一旦その場を離れた。用足しに行った桃崎の背中を見送ると、司狼は広い通路の中程で背中合わせになって設置されているベンチにどっかりと腰を下ろした。勿論その足はスカートの許す限りまで開かれているので、通行人が物珍しそうに彼を眺めている。

 (桃崎が俺を不審に思わなかった理由は視力か)

 通行人の視線に気付いた司狼は、足を閉じて女性っぽく姿勢を正した。静かにため息をついて、所狭しと立ち並ぶテナントの様子をぼんやりと眺める。向かいの店ではもうすぐタイムセールが行われるようで、店員が看板やメガホンを用意して待機していた。

 (女装はやはりキツイものがあるな……。周囲の視線もあるし、一々バレやしないかとヒヤヒヤする。いやしかしオタ友として桃崎に会えるのはこの姿しかないし……うーむ本当にこれしか案はなかったのだろうか)

 その時、テナントに挟まれたトイレへと繋がる道から急に人の塊が現れ始めた。タイムセール目当ての人々だろうか。司狼は特に気にせずぼんやりと眺めていたが、その集団の中心に少し背の高い、明らかに周りの人間とは違う服装をしている女性がいる事に気付いた。驚きに目を見開き、あんぐりと口を開く司狼。

 オーガンジーの重なった、きらびやかなステージ衣装。高いヒール靴。今しがた司狼の目の前を通りすぎていったのは、なんとハルにゃんだった。その後ろにはチャーミング猫猫のメンバーが連なり、その周囲をスタッフパスを首から下げた人々が彼女達を守るかのように取り巻いている。

 後々調べた所、あのトイレの隣には控え室に繋がる扉があるらしい。ここは知る人ぞ知る出待ちポイントだったようで、彼女達が通り過ぎてすぐに、路上にいた通行人の殆どがその後を追いかけていった。

「な、な、な」

 

 一体今の光景は何なんだ。司狼は混乱したまま、イベントスペースへと移動していく集団に引き寄せられていく。だが数歩進んだところで、ハッと桃崎の存在を思い出した。

「そうだ桃崎! 大変だ、すぐに知らせねば」

「お待たせしてすいません、46さん」

「!?」

 スマホを取り出しながら振り向くと、トイレを済ませたらしい桃崎がテテテとこちらへ駆けてきた。司狼はその肩を掴むと、混乱しながら口を開いた。

「い、今」

「え?」

「っ!!!」

 しまった、つい喋ってしまった。司狼は慌てて口元を押さえる。早く伝えなければという思いに急き立てられたために、とんでもない事をしてしまった。

 が、その時。マイク音声が辺りに響き渡った。

『私達、チャーミング猫猫です! 一曲だけリハーサルさせて下さい』

「えっ!」

「……!」

 その音声で、周りの人間が一斉に移動し出した。二人も半ば走るようにしながら、黒山の人だかりとなったイベントスペースへと辿り着く。

 その頃にはもうイントロが流れ出していた。ただの通行人だった人々が皆歓喜の表情で、声を合わせてオイオイと叫んでいる。何重にも重なった人の列の最後部で、司狼は長めの定規程の大きさになったチャーミング猫猫を呆然と見ていた。

 ただし、目に涙をいっぱいに溜めながら。

 (本物……俺は今本物のチャーミング猫猫を見ている……!!)

 画面越しに見るだけだった憧れのメンバー達が、今自分の目の前で歌って踊っている。同じ空気を吸って動いている。笑っている。生きている。

 たったそれだけの事でも、司狼の胸には込み上げる何かがあった。感動の涙が溢れ、ギリギリの所で零れずにいる。

 (俺は今まで何故イベントに行く事を躊躇していたのだろう。女装してでもここに来て良かった。素晴らしい、素晴らしすぎる!! この感動を表すには俺の事に語彙力がまるで足りないが、それでも俺は今日の日の事を一生忘れないだろう……!!)

 動画では気付かない、メンバー同士のアイコンタクト。ステージが狭くて後列の方がゴタついている場面を見るのも司狼にとっては新鮮である。

 そうだ、この感動を桃崎とも共有せねば。そう思って隣を見ようとした司狼の心臓が、驚きで高鳴る。

 桃崎もまた、司狼の方を見ていたのだ。ただし表情を歪ませて、ボロボロと涙を流しながら。

 (だ、大丈夫か)

 色が変わるほど噛みしめられた唇がぶるぶると揺れる度に、眼鏡の奥で輝く眼から涙がポロポロと溢れていく。鼻水だって殆ど垂れ流し状態である。

 桃崎はやがて、手で顔を覆い隠しうつむき気味になる。司狼は思わずその背をそっと支えた。

 (分かる、分かるぞその気持ち。嬉しいよな、分かるぞ……!)

 背を少し擦ると、桃崎は何度も頷きながらようやく顔を上げた。相変わらず涙に濡れた眼。少し化粧でもしていたのだろうか、目の下には黒い痕が残っている。

 それでも健気に前を向く桃崎が、司狼には何故だかとてもいとおしかった。そして自分達は同じ者を愛する同志なのだと知って、司狼はこの上なく嬉しかった。

 (今日、桃崎とイベントに来る事が出来て本当に良かった。少しでも長くこの時間が続いてほしい……)

 そう感じながら前を向こうとすると、ふと桃崎が自分の方を見ている事に気付いた。目が合うと、嬉しそうに桃崎が微笑む。指の間から垣間見える、笑みを浮かべた口元。

 その時、どうしてなのかは分からないが司狼の胸が高鳴った。すぐ近くでは憧れの人達が歌い踊っているというのに、何故かこの瞬間だけは桃崎の笑顔に目が吸い寄せられた。

 そうこうしている内に、リハーサルは終了した。楽しそうに拍手をする桃崎の横で、司狼はどこか落ち着かなげに手を叩くのだった。

 およそ三十分後には、イベントの本番が始まった。リハーサル時と比べれば場の雰囲気には少しだけ慣れはしたが、それでも好きなアイドルのパフォーマンスを間近で見られる感激は変わりはしないのだった。

「生ハルにゃん、顔がちっちゃくて指が細くて……っ! もう、もう!」

 握手会を終え、チャーミング猫猫が控え室へ捌けていった所で、二人はその場に留まり今日のイベントの感動を語り合っていた。握手した手を大事そうに擦りながら鼻息荒く感想を述べる桃崎を前に、司狼はどこか上の空でそれを聞いている。

 桃崎が去っていった後も、司狼はその場を立ち去れずにいた。聞き飽きたBGMの流れている、人もまばらなイベントスペース。

「……あ、イヤリング」

 司狼は右耳のイヤリングが消えている事に気付いた。千鶴から借りたイヤリング。無くしたら大層どやされるに違いない。

 いつもの司狼なら、真っ青になって急いで探しただろう。しかし今の司狼は、それほど危機感を感じなかった。

 圧倒的な幸福感。充足感。非常にホヤホヤふわふわと浮わついたもので、司狼の中が満たされている。

 (最高だった……)

 目を瞑れば蘇る感動。メンバー達の笑顔。生の歌声。そして、隣で共に涙し共に笑った桃崎の存在。

 (もっとイベントに参加したり、コンサートに行ったりしてみたい。勿論、桃崎と一緒に。……だが、もう無理だ)

 司狼は顔を押さえてずるずるとしゃがみこんだ。うっすらと赤く染まった司狼の頬や耳。頭の中では、女の子らしい服を着て可憐に微笑む桃崎の姿がこびりついている。

 知ってはいけない、桃崎の裏側を知ってしまった。

 (桃崎の事がとてつもなくいとおしい。何なんだこの気持ちは)

 顔を覆ったまま盛大にため息をつく司狼のポケットで、スマホのランプがチカチカと瞬いている。どうやら今届いたばかりの通知らしく、画面にはそのメッセージが表示されていた。

『二年B組連絡用@2brenraku

休学中だったシラミネ@kaitoshiramineがクラスに加わる事になった。皆上記アカウントをフォローするように』 

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/08/07)

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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】隠れアイドルファンの高校生・司狼はスマホの取り違えからクラスの地味系女子・桃崎が同じアイドルのファンだと知る。桃崎と友達になりたい!でもスマホを見たと知られれば嫌われてしまうかも。悩んだ司狼がとった行動は? 主人公司狼とヒロイン桃崎のキャラクターが魅力的。二人の関係は新たな人物の登場で嵐の予感。先の気になる展開で続きが楽しみな作品。

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モノコン2018予選選考スタッフC様

ここまで読んで下さり、また予選通過とのことで、本当にありがとうございます。
楽しみながら書いたものを評価して頂き、とても嬉しく思います。
思うところあって更新を停止しておりましたが、もう一度奮起して頑張ってみようと思います。また読んで頂けましたら幸いです。

作者:カンリ

2018/9/14

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