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アリスの歌 完結

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音符が縁側の障子を蹴破って飛び出してきた―。

田舎町へ越してきた絶対音感少年、ハルトと、ピアノが嫌いな女の子、アリス。二人の歌が里山に起こした、小さな奇跡の物語。

1位の表紙

目次

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夏のはじまり

音符が縁側の障子を蹴破って飛び出してきた―。

「なに!なんか用?!」

盆地の向こうまでこだまするような大きな怒鳴り声が、今度は驚いて立ちすくんでいたハルトの両耳を蹴破った。

ハルトの目をじっと見据える黒く大きな瞳は、潤んでいた。日焼けして色が抜けた髪と、こちらも良く日焼けした乾燥した肌。田舎町には珍しくいつもピアノの音色が漏れ聞こえてきた屋敷の前を、ハルトは好んで通るようにしていた。教室に通っていたころはむしろ嫌いだったのに、ここに来てからは不思議と恋しかったピアノの音色。3歳からピアノを習っていたおかげで、ハルトはどんな音でも5線譜の上に乗せて、絵を描くことができた。

屋敷からいつも漏れてきた音は、メロディーになりきれない不格好な音符ばかりで、それがいつもおかしくて、「4歳くらいの子が弾いているのかな?」とハルトは勝手に想像していた。

でも、目の前にいるのは、身長160cmの自分よりも一回り大きな、声のでかい女の子。ずいぶん荒々しい音符だったなあ、とおかしくなってきたところで、また怒号のような大きな声がとんできた。

「あんた、誰?!名前は?!」

「さ、サクライ、ハルトです!」

ビクリと体をふるわせて、小さな声を絞り出すのが精いっぱいだった。音符が突然、女の子になった―。歩道で硬直しているハルトに、彼女は裸足のまま近づいてきた。

「ふーん、転校生?珍しい。私はアリス。久我山アリス。よろしく。」

庭のセミがけたたましく鳴き始めた。ラの音だな、とハルトは思った。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/08/09)

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とじる

山羊とボール

友達を見つけたから、と大声で叫んで、アリスはサンダル片手に再び飛び出してきた。改めて横に並ぶとハルトはアリスを少し見上げる形になる。

「なにぼーっとしてんの、行くよ。」

うながされるまま歩き出すと、行ってきまーす、と、アリスは跳ねるような声を出した。

アリスの声は、きれに転がるボールみたいだ。少しでも地面が傾いていると真っ直ぐに転がっていく。ポーンと空に放り投げると、高い空に吸い込まれて行くみたいに、きれいな放物線を描く。赤、緑、水色、黄色。鮮やかな色をしている。真っ白な砂浜に、色とりどりのボールが奇跡を描いていく。空には彗星の尾を引きながら、遊ぶように絡み合ってたくさんのボールが放物線を描く。

「ちょっと、話聞いてんの?」

まずい、またこれだ。ハルトは1年ほど前から、人の声や音楽を聴くとどうしてか頭の中にたくさんの映像が浮かんで、ぼーっとしてしまうことがあった。始まりは多分、両親の仲が悪くなっていることに気づいたとき。いつもみたいにピアノを鳴らすと、大きな山羊が目の前に現れた。薄汚れたヒゲに、横一文字の瞳がギラギラと光っていた。山羊は前足を鍵盤にかけて立ち上がるようにして、じっとハルトの眼をのぞき込んできた。

ピアノを弾かなくなったのも、その頃からだ。

話を聞いて行くと、アリスはハルトと同じ中学校の、1学年上の先輩だった。と言っても1学期の終わりまではどうしても、と言って夏休みに入ってからこちらに越してきたので、まだ学校でアリスに会ったことはなかった。

「まあね、もとはといえば私がなにを血迷ったか、音楽をやりたいなんて言ったのがまずかったよ。でもね、15歳、もうすぐ15歳だよ。そんな年からピアノなんか始めたってできるわけないよね。当たり前。私は音楽をやりたいって言ったけどさ、歌をやりたいだけなの。ピアノは無理、難しい!」

アリスはそんな調子で、初めて会ったばかりの僕に向かってずーっとボールを放り続けた。気づけばハルトの足元はカラフルなボールがいっぱいで、小さい頃によく行った、ボールプールみたいだった。

「あんたもしかして、ピアノ弾ける?」

さて、なんて答えようか。迷っていると、弾けるんだ!やっぱり!よし、ちょっと後で私の家にきて、ちょっと弾いてよ!お願いしたい曲があるの!とアリスは思いがけず嬉しそうに僕の前に回り込んで話し出した。

「ピアノ、嫌いなんじゃないの?」

「違うの違うの、ピアノは好き。弾くのが嫌いなだけ。だって、これから上手に弾けるようになるのに、後何年かかる?聴くのは大好き。ずっと伴奏をしてくれる子を探してたんだけど、この辺のピアノできる子って正直あんまり気が合わなくてさ。あんたもまだわかんないけど、もしさ、イヤじゃなければ一回、お願い!」

どれくらいぶりだろう。素直にピアノを弾きたいと思ったのは。うなずくとアリスはほとんど泣きそうなほど目を潤ませて、僕の手を両手でガシッと掴んだ。

「ありがとう!」

今日一番、花火みたいに空にボールが弾け飛んだ。ハルトも嬉しくて顔を上げて笑ったけれど、その瞬間、頭からつま先を稲妻が駆け抜けた。

大きな山羊が笑っていた。盆地の北の山並みの向こう、5つの峰に覆いかぶさって、草を食みながら笑っていた。

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とじる

歌を探そう

アリスの歌は美しかった。

低音のややかすれた声は、音程が上がるにつれて驚くほどよく伸びて艶を帯びていった。アリスから次々と渡される動画サイトの曲たちを覚えていくのは簡単ではなかったけれど、30分もあれば簡単な伴奏くらいは作ることができた。

学校に通い始める前から友人を、それも一学年上の女の子を連れてきたことにハルトの母は驚いていたけれど、すぐに嬉しそうに部屋に招き入れて、アレやコレやと聞き出していた。どうやらアリスの家は地元では有名らしく、苗字と家の場所を聞いてハルトの母はとても驚いていたけれど、ハルトにはそれほど関係ないことのように思えた。

「こんなのしかないけれど、まだ使えるかしら」

押入れから巨大なエレクトーンを取り出してきて、では、ごゆっくり、と母はニコニコしながら消えていった。

そしてアリスは、見た目に違わず体力も無尽蔵だ。およそ半日、もうやめよう、と言う頃にはヘトヘトに疲れ切っていたハルトとは対照的に、アリスの目は時が経てば経つほど、爛々と輝いていった。

確かに、アリスの歌は美しかった。けれどハルトは1曲、2曲、と歌い続けるうちに、なんとなく首を傾げたくなることが増えてきた。確かにアリスの歌は美しい。けれど何かがおかしい気がする。リズム感だって申し分ないし、表現力も大したものだ。でも、何かが物足りない。絵が描けないのだ。さっき、家から飛び出してきたアリスの声から一気に湧き上がったようなイメージが、何も浮かんでこないのだ。

そうして部屋に夕日が差し込み始める頃、気づくとそのイメージは窓の外に現れていた。

夕日を背負って窓の外に現れたのは、美女だった。天女のような羽衣と髪飾り、黒く長い髪は腰まで伸びていた。薄桃色の衣装に、瑠璃色の琵琶。片膝を立てて、一階の屋根に座っていた。

弁財天だ、とハルトは思った。東京の家の近くに、七福神をまつる寺があって、見つめるとなんとなく恥ずかしくて、でも見ずにはいられなくて、小さい頃から好きだった。

弁財天は泣いていた。かたく結んだ目隠しの下で、シクシクと泣いていた。僕が手を止めると、気持ちよく歌っていたアリスが不思議そうにどうしたの?と語りかけてきた。すると弁財天は驚いたように僕の方へ向き直り、何かを言いたそうに口を動かした。

「歌を、探して」

「え、なに急に、どうしたの?」

弁財天の姿はもう、消えていた。そうだ。そういうことか。違和感の正体は。ハルトは立ち上がって、アリスの瞳をまっすぐ見つめた。

「アリス、歌を探そう。アリスの声にぴったりの歌は、こんな歌じゃないよ。きっとある。この町のどこかにある。俺、協力するよ。」

「はあ?」

アリスの呆れ顔も、もっともだ。一体俺はなにを言っているんだ。ハルトは恥ずかしくなり

いや、ごめん、と目をそらした。

「でも、いいね、そういうの、嫌いじゃない。部活も引退してヒマだし、付き合ってやるよ!」

付き合ってやるよ、とはえらくひどい言い草だな、とハルトは思った。

それから少しだけ明日からの相談をして、その場はお開きになった。一階に降りて、夕飯を食べて行ったら?というハルトの母の誘いを断る丁寧な言葉遣いが意外だった。

「なんかでも、嬉しいな。お母さん、また来ますね!よろしく!」

玄関を開けて振り返った帰り際のアリスの声は、手毬のような、鮮やかで複雑な色をしていた。

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とじる

鳳凰

まさか、アリスに歌を聞かせるのが、これほど難しいことだとは。

翌日から早速アリスとの歌探しは始まった。9時というと、8時半。10時というと、9時半。12時のときは、11時半。アリスはきっかり30分早くハルトの前に現れる。それからどうぞ、と招き入れてちょっと待ってて、なんて言えるといいのだけれど、黙って座ってハルトが選んだ曲を聞いていたのは、初日の開始15分だけだった。

「ちょっと待って、ハルト。つまんない、これつまんないよ。」

アリスは真剣な顔でつぶやいた。

「そうは言ってもさ、家じゃないとネットも繋がってないし、古い曲ならCDだっていっぱいあるしさ。やっぱり家が一番いいって。」

「そういうことじゃないんだなあ。考えてもみなよ、ハルト君。この世に一体いくつの曲があって、それをすべて聞いて回るのにどれくらい時間がかかると思う?きっと一生あったって足りないよ。大切なのは、どこで、何と、出会うかだよ。それに、スーパー中野のお店でかかっているおでんの歌とか、キムチ鍋の歌が運命の一曲だったらどうする?」

アリスの声には、妙な説得力がある。サーカスの大玉みたいに、僕が進もうとする反対の方向へコロコロと転がって、いつのまにかハルトはその上でバランスをとるのに精一杯。手玉にとるとはこういうことか、とそのあとハルトはずいぶん後悔することになる。

結局二人は翌日から街へ出て、ハルトは毎日精一杯いろんな曲を調べてはスマートフォンに待機させ、時にはCDプレイヤーを押入れから引っ張り出したり、ラジカセを用意したりして、町を歩きまわった。

東京に比べると北にあるとはいえ、山の中の盆地のような町は日が高くなると恐ろしく暑い。東京のような蒸し焼きの暑さではなく、ジリジリと直火で焼かれるような暑さにハルトは当然すぐに参ってしまったけれど、どうやらアリスもそれは同じだったらしく、3日目には自転車で川を渡って、ちょっとした観光地になっている駅の方へと足を伸ばした。そこまでいけば、観光客向けのカフェや休憩所がたくさんある。

「この町はね、お菓子が有名なのだよ。知っておいて損はないよ。」

これを食べずしてこの町の住人を名乗るべからず!とアリスが言ったお菓子は両手では数えきれず、この町の住人になるのも簡単じゃないな、とハルトは思った。どうやらここは栗の町らしく、秋になるともっと美味しいものが食べれる、とアリスはなぜか自慢げだった。雰囲気に合わせてジャズのスタンダードナンバーやシャンソン、それからEDMのちょっとジャズっぽいものまで色々聞かせてみて、また歌って見せたりもしたけれど、どうにもしっくり来ず、僕の頭の中は不思議なはみ出した塗り絵のようなイメージでいっぱいになった。

南北に流れる川を挟んだ両側の山辺は、町中に比べるといくらか涼しかった。2週目からはまず朝の早い内に標高の高い方へ急いでのぼり、山辺をゆっくりと自転車でくだりながら、また新しい歌を探した。山辺には果樹園や寺社が多かった。朝露のブドウ棚の下で並んで聞いたとき、ハルトは生まれてはじめてフォークソングを素晴らしいものだと思ったりした。

「ここはね、ちょっと、すごいよ。」

アリスがそう言って教えてくれたのは、彼女の家からほど近い山辺のお寺だった。

「近いなら先に教えてくれよ。」

「まあまあ、好きな場所はいいときまでとっておきたい方なの。」

8月に入ると外国人の観光客も減って、お盆の頃まで町は少し静かになる。このお寺も七月まではバスツアーの観光客が来たりして、アリスはわざをその時期が過ぎるまで待っていたらしい。門前の土産物売り場で、二人でシソジュースを飲んだ。

「なにこれ、うっま!びっくりした!」

実際、本当にうまかったのだ。暑い中自転車で走ってきた体がすうっと冷えていくような爽やかな味わいは、スポーツドリンクにも炭酸飲料にも無いもので、ハルトは心底驚いた。

「帰りにまた買おう!これまじうまいよ!」

「ふふふ、良かった。思惑どおりだ。」

なんとなくおどけていたけど、アリスはどこか恥ずかしそうだった。ハルトは一週間あまりを一緒に過ごして、いくつかアリスの癖を見つけていた。その1つが。恥ずかしいときの仕草。彼女は特に褒められることを恥ずかしがったけれど、そういうとき、必ずおどけた言葉遣いで目を合わせず、体ごと横を向くのだ。

立派な山門をくぐり、少し階段を登ると、古い本堂が見えた。

「私が合図をするまで、なるべく何も見ない、何も感じないように。」

と言われていたので、ハルトはボーっと何も考えず、アリスに全てを任せることにした。券売機で参拝料を支払って、中学生二人です、と言ったアリスの声はなんだか上ずっていて、冷凍したミカンみたいだった。ハルトもつられて少し緊張しつつ、本堂の中に並べられた椅子に腰掛けた。

「よし、オッケー。では、ゆっくり上を見てください。」

アリスのことばに従って上を見上げて、息を飲んだ。広間の天井に閉じ込められたような、大きな鳳凰だった。極彩色はやや色あせてはいたけれど、波打つような曲線と切れ長の瞳は、縛めを解かれて飛び上がる瞬間を今か今かと待っているようだった。

「すげえ。」

しばらく見惚れてから顔を戻すと、アリスは緊張した面持ちでこちらをじっと見つめていた。

「どう?」

「いや、すごいよ、びびった。生きてるみたいというか、なんというか。でも生きてるわけじゃなくって、なんかわかんないけど、とにかくすごい。」

言葉はつたなかったけれど、感動した様子は伝わったようだった。アリスは頬を赤らめて、泣きそうになって喜んでいた。そう、そうなんだよ、生きてるようで、生きてないんだよね!そうそう、いやー、わかってくれてよかったよ。よかった。アリスはそれから饒舌で、ハルトは前を走るアリスの自転車のカゴに、羽を広げてこちらを威嚇するクジャクの姿を見ていた。そんなにこちらを威嚇するなよ、知らないよ。とハルトはつぶやきたくなったけれど、そう思うとクジャクは一層胸を大きく膨らませ、こちらに何か罵声を浴びせてくる。

「ほうおう、ねえ。」

「そうえいばさ、ハルト、鳳凰って、実は1人じゃないんだよ、知ってた?鳳がオスで、凰がメス。ホントは2つで1つなんだって。」

ハルトは少しドギマギしてしまって、へえ、と言ったきり、何も言えなかった。信号待ちで横に並んでアリスの視線を感じたけれどそちらを向くこともできず、ブツブツと考えごとをしているフリでゴマかした。

「そういえばね、9月にさっきのお寺で、大きなイベントがあるみたいだよ。あの天井画を描いた人の法要なんだって。民謡を歌ったりもするみたい。」

「民謡かあ、そういうのも調べてみるか、一応。」

「うーん、あんまり気乗りはしないけど、それならおばあちゃんにちょっと聞いてみるよ。」

分かれ際にようやく、ハルトはアリスの方を向いて、またね、と声をかけた。クジャクは相変わらずアリスの肩口からじっとこちらを睨んで、アリスの肩を包むように、羽を大きく広げていた。

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とじる

雨、雨、フレ、フレ

翌日は久しぶりに雨になった。

いつも通りのtシャツ短パンで家を出てアリスの家に向かおうとしたところ、ハルトの母は泡を食ったようにハルトを引き留めて、半ば無理やりジーンズとポロシャツに着替えさせた。

「あっついのに、なんでだよ。」

「バカ。久我山さんの家にこんな格好で行ったら何言われるかわかったもんじゃないんだから。」

アリスの家の前に差し掛かると、縁側の襖が1枚だけ新しい木の色をしていた。蹴破られた襖はどうやら修復不可能で、新しいものに差し替えられたらしい。

「なに。その格好。どうしたの?」

玄関に現れたアリスは案の定、怪訝な顔でハルトを迎えた。

「知らないよ。母さんが、着ていけっていうから。」

「ふーん。まあいいや、入って。」

通されたのは立派な応接間。革張りのソファに、重そうなガラスのテーブル、臙脂色の絨毯。昔の映画でしか見たことの無いような部屋に、ハルトは少々気後れした。

お婆ちゃん、という言葉と家のたたずまいから勝手に和服の、腰の曲がったような人を想像していたけれど、アリスが連れてきたのは、きっちりと髪をうしろに束ねた、真っ黒のワンピースが良く似合う背の高いきれいな女性で、それがまたハルトを一層気後れさせた。

「お婆ちゃん。この家での、私の唯一の理解者だよ。」

アリスの言葉にお婆ちゃんは笑っていた。笑顔が案外無邪気で、ハルトはようやく少しだけ安心した。

ことの経緯をざっくり話したところ、お婆ちゃんはこちらも驚くほど僕たちの曖昧な取り組みに賛同してくれた。

「昔からいい声ね、って思ってたのよ。わかってくれる方がいて本当に嬉しいわ。」

お婆ちゃんの声はその垢抜けた外見とは裏腹に、素朴で優しい声だった。お婆ちゃんが一言、二言話すたびに、応接間にはカヤや色々な下草が茂り、洋風の応接間は気づくと山奥の、小さな庵に変わっていた。360度、空間全てが別の風景に変わっていくのは初めてのことで、ハルトは話を聞くたびにワクワクして、アリスも驚くほど饒舌に、音楽について、歌について、アリスの声について、話し出した。

いっそのこと、言ってしまおうかとも思った。音楽や声を聴くと浮かぶイメージのこと。妄想のような、幻覚のようなもの。実はたった一度だけ母に相談したことがあるのだけれど、母は眉をしかめ、一緒に病院に行きましょう、なんて言うもんだから、冗談ということにしてしまった。だからやっぱり今回も、言い出せなかった。何よりアリスに、避けられてしまうのが怖かった。

「そうね、そういう話なら、中山晋平を調べてみるとどうかしら?」

「誰、それ?」

アリスが答える。

「あら、あなたこの辺に住んでて何も知らないのね。作曲家よ。聞いたことあるでしょ。雨、雨、フレ、フレ、の人。」

「えー、その曲作ったひと、この辺の人なの?」

アリスはそれから、雨、雨、フレ、フレ、かあさんが〜、と、立ち上がって歌い出した。途端、風景がまた変わった。大粒の雨の雫の中に、僕たちはいた。レンズで歪む七色の景色の中に、ハルトはフワフワと浮かんでいた。見たことの無いような、どこまでも抜けるように透明な雫だった。

「うん、これだ!調べてみよう!」

勢いよく立ち上がってふらついたハルトをアリスが支えてくれた。恥ずかしさに一気に現実に引き戻され、ハルトはそそくさとまた椅子に座り直したけれど、がしっと掴まれた肩の感触は、夜になっても忘れることができなかった。

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とじる

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