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八分音符は鎌に似ている 完結

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僕の前に現れたのは、八分音符をさかさに構えた少女だった

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「おい。お前。まだ死ぬのには早いぞ」

 いよいよもって深夜の歩道橋の上から身を投げようとした僕は、その動きを止めた。

 真っ黒な八分音符をさかさまに持った少女が宙に浮かんで、僕にそう言っているのだ。

 陰はあるが、見た目は可愛らしい少女だった。白いヘアピン五つでまとめたロングヘアに、たくさんのリボンがついたモノトーンのドレス。まるで、アニメの世界から飛び出してきた魔法少女のようだった。

 だが、金目の彼女は大きな八分音符を担いで、僕を睨みつけている。

 

「放っておいてくれないか」

 僕はそっけなく彼女に言う。僕は何てことはない、ただの物書きだ。すでにして天涯孤独。将来も未来も何も見えてこない今、僕は絶望のただなかにいる。

 そして死こそが、僕を救ってくれると信じてやまない。

 それはこの音符の化身のような何かが目の前に現れても、変わらないことだった。

「そうはいかん。お前には、生きてもらわねばならんのだ」

 凛々しい語り口で、少女はなおも僕を引き留める。さかさに持たれた八分音符の切っ先が、僕に向けられる。墨で塗られたような真っ黒な刃が、かすかに月光に反射する。

「なぜだい。僕という人間が一人、世界からいなくなったところで、何か取り立てて変化があるわけでもないだろう」

「死後の世界は受付待ちだ。お前みたいなのが山のように押し寄せて、今はどこもかしこも地獄だ」

「……」

 僕は黙っている。歩道橋の隅っこで、脚をすくませながら彼女のまっすぐな瞳を見据えている。

「僕以外じゃだめなのかい」

「ダメだ」

「なぜだい」

「お前、物書きだろう?」

「それが何かいけないのかい」

 少女は僕の真正面から、横へと浮いて移動する。僕らは歩道橋のぎりぎりのところで、二人ぼっちで立ち並ぶ。

「物書きは死ぬと怪物になる」

「……それは初耳だね。どんな怪物になるんだい」

 少女は八分音符を自分の側に立てかけて、僕を見た。その目は、いつか写真で見た、オパールのルースのように煌めいている。

「紡がれなかった物語が呪いになる。お前、さして売れない物書きだろう」

「そうだね。僕は、登場人物たちを輝かせたかった。世界中に、僕の物語を見せつけたかった」

「だが、お前が自ら死を選べば、それも叶うまい。お前に内包された世界の全てが、造物主(おまえ)を呪うだろう。お前は元の姿を保てない。人知れず、人間の心を喰うようになる。地獄にも、天国にも、当然別の世界にも、お前の居場所はない」

 何ともひどい話だった。黙って、僕は自分の手を見た。

「お前はお前のまま、苦しみ続けることになる」

「物書きってだけで、そんなひどい扱いないじゃないか」

 僕は、ほんとうにほんとうに苦しいのだ。生きるのも苦しい現実の合間合間に、物語を紡ぎ続けてきた僕は、彼らの――登場人物たちの生きる姿が見たかったのだ。

 どこか知らない誰かの中でいい。僕の世界が、ひとかけらでも生き延びるのを見たかった。

 でも、辛いのだ。あまりに生きることが辛いのだ。現実が、理想が、希望が。それら捨ててしまえば何ともないはずの概念が、僕の首を絞め続け、いつしか筆にさえ触れられないようにした。

 ついに『書けなくなった』僕は見えない首吊り縄を求めて、歩道橋に来た。それなのに。

「僕だって救われたい……誰か、僕の物語を救ってくれと思う」

 僕はついに、彼女に弱音を吐いてしまった。苦しさと情けなさから、涙が一筋こぼれる。

「お前の物語は、お前にしか救えない」

 彼女は残酷な現実を僕に告げる。分かっている。僕は、頷く。

「だが、その手伝いをしてやることはできる」

 僕は少女の方を見た。

 彼女は僕を相変わらずじっと見ていたが、やがて懐から小さな革の手帳を取り出した。僕が不思議そうにそれを受け取ると、彼女の八分音符の切っ先が、僕の喉に掛けられる。

 死を覚悟していてなお、僕はその刃に宿った殺気に身を強張らせる。

「お前に怪物になるか、生きるかの猶予を与えてやる」

 少女は僕にそう言って、手帳に視線をやった。

「『物語と共に生きろ』。お前の今まで思い描いて来た世界を、法則を、登場人物を、全て掻き集めるがいい。それがお前に与えられた『軍勢』だ」

「そ、それはどういう……」

 今まで無表情だった少女は初めて笑った。ぞっとするほど凶暴な、しかしそれ以上に美しい笑みだった。僕はその顔に見惚れて、目を見開く。

「自殺し、怪物となり果てた物書きどもを止めるのだ。お前と、私と、お前の軍勢とで」

 八分音符の鎌は僕の首にあてがわれたままだ。

「それとも、このまま死ぬか? 選べ、お前の猶予だ」

「……」

 このまま飛び降りたとして、彼女の言う通りであるなら、僕はどうせ死ねやしない。

 かといって、このまま惰性で現実に戻って、苦しみ続けることも難しい。

 僕は渡された革の手帳を開く。そこにあるのは、からっぽの名簿だ。けれど、僕の世界は僕の中にある。書き出すことは、容易だ。

「――君の名前は?」

 少女の名を問う。すると、少女は僕の首に当てていた八分音符の鎌を離す。

「Quaver(クウェイバー)。お前は?」

「僕は――」

 その日から、僕の同胞狩りは始まった。けれどそれは、きっと別の話。

 ただ一つ言えることは、僕の隣にはいつも、八分音符の彼女が側にいてくれるということと、その日から僕は一人でなくなったということだ。

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おお、いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。淡々と、しかし薄暗い感じが出ていると嬉しいです!

作者:mahipipa

2018/8/7

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ある意味物書きに突きつけられたおぞましく理不尽な法則なんですけど、その逆手を取って物書きの夢でもあることを実現できるのは、とても憧れる物語ですね。
クウェイバーさんみたいな人の相棒に、私もなってみたいです(*´`*)

大久保珠恵

2018/8/9

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感想ありがとうございます。物書きの心境って難しいよなあと思いながら書いておりました。クウェイバーと『僕』と、僕の登場人物たちの話は、きっと始まったばかりです。

作者:mahipipa

2018/8/10

5

【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】設定が面白いです。ここで終わらせたら本当にもったいないと思いました。まだまだ物語は導入部。なのでもっともっと続きが読みたいです。ぜひ!

6

おわあおわあ、ありがとうございます。続き、続きですか!? やってみないことには分かりませんが、また作ってみようと思います。頑張ります!

作者:mahipipa

2018/9/11

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とじる

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