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吸血娘ちゃんと死剣士ちゃん 完結

あやかしたん

更新:2018/8/14

大久保珠恵

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合計:3

夜の暗がりには、あやかしが潜む――
ごく普通の青年の命を狙っていた、おぞましくも美しい死剣士。
彼女の前に、異国からやって来た吸血娘が降り立った時に、物語は始まった!!

1位の表紙

目次

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1 追う死剣士、立ちはだかる吸血娘

  引き攣るような悲鳴が、都会のぼんやりした夜闇を裂いた。

 まだ若者と言えそうな年ごろの男性が、狂犬病のネズミのような痙攣的な動きで路地に転がり込み、何歩か進んだところで盛大に転んだ。

 すっかり色の褪せたプラスチックのゴミ箱が転がる。

 まだ三日月にもなっておらぬ細い月の下、路地裏には表通りからの街灯の明かりがスポットライトのように差し込む。

 それが、いきなり陰った。

 路地の入口に、すらりとした不思議なシルエットがどこからともなく現れたからだ。

 まるで大河ドラマの中から抜け出て来たバサラ者のような、金糸銀糸の鮮やかな刺繍で蝶と瑞雲を縫い取った、派手なことこの上ない若衆小袖(わかしゅこそで)を身に着けている。

 ゆったりした衣装の上からでもうかがえる女の体つきだったが、なぜかその顔、白い磁気のような顔の下半分を、髑髏を模した不気味な面頬で覆っている。

 垂れ気味の色気ある目元が余計に強調されているが、のんびり鑑賞する気分には到底なれないのは言うまでもない。

 なにせ、その同じく白い手には、身の丈に余るような、長大な太刀が握られているのだから。

 太刀が、差し込む人工の光を跳ね返して禍々しく輝いた。

「お前に神がいるなら、祈るがいい。何か言い残す相手がいるなら、ここでその言葉を告げるがいい。伝えてやるくらいの慈悲はある」

 滑らかでひんやりした声が、髑髏の面頬の奥から聞こえた。

 死神じみた女が、ゆっくりと転んだ青年に近付く。

 取り立てて鍛えているようにも見えない、平凡な青年は、振り上げられる太刀を呆然と見上げ……

 突如、激しい光と爆発音が轟いた。

 光に目を焼かれて思わず固く目を閉じた青年が再び目を開けると、そこには見慣れぬ影がもう一つ、増えていた。

 いや、その存在を「人影」と表現して良いものか。

 確かに、大まかには人間だ。

 それも、かなりの美少女の部類に入る、金髪のコーカソイド系の美少女。

 だが、その背中には緋色に輝く大きなコウモリの翼が、マントのように広がっており。

 更には、頭部には優雅な曲線を描いた同じく緋色の角が王冠のように伸びている。

 衣装は背中を露出するベアーバックのキャミソールに、短いミリタリー風味のミニスカート。

 あまりにとんでもないことが連続しすぎて、もはや麻痺した青年の耳に、悪魔めいた娘の、流暢な日本語が響いた。

「あなた、逃げなさい。今のうちよ、早く!!」

 見ると、あの死神女は、光と熱で目をやられていたのか、ゆっくりと顔をかばった袖を下ろすところだった。

 青年は、もつれる脚を叱咤して立ち上がった。

 そのまま悲痛なうめき声の尾を引いて、弾丸のような速度で、路地の反対側に逃げ去る。

「さて。これで邪魔ものはないわね、死剣士(しけんし)さん!?」

 悪魔めいた娘は、死神めいた女をそう呼んで、にっこり笑いかけた。

「吸血鬼か」

 死剣士の答えは、そんな言葉となって、夜の風に乗った。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/08/08)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/08/08)

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1

死剣士ちゃんも吸血娘ちゃんもヴィジュアルがいいですね! 特に髑髏っぽい面頬がいいですね!
続きに期待しちゃいますっ!(`・ω・´)

水月

2018/8/8

2

>水月様
コメントありがとうございます~(*´艸`*)
ビジュアル、禍々しく、かつ萌える人外女子を目指したので、お褒めいただいて嬉しいですヽ(*´∇`)ノ
続き、是非お楽しみになさってくださいませ!!

作者:大久保珠恵

2018/8/8

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とじる

2 死剣士vs.吸血娘

「……去(い)ね。私が用があるのはお前ではない」

 攻撃されたことも意に介していないかのように、死剣士は肩に太刀を担いで、そのまま前に進もうとした。

 黒々とした黒曜石のような目は、闖入者の吸血鬼を映してもいない。

「まあ、お待ちなさいな。あんなフツーの子に構うよりも、もっと面白いことがあるのよ」

 吸血鬼と呼ばれた娘は、緋色のコウモリの翼をマントのように広げ、まるで誰かと踊っているかのように、くるくると路地の上で嬉し気に回り始めた。

「あなたにいい話を持ってきたの。あなたのことは聞いてるわ。従兄弟や伯母からね」

 訊かれてもいないのに、悪魔めいた吸血娘は、そんな事情を説明し始める。

 一方、死剣士はまさに聞いていないらしく、そのまま前に進もうとした。

 が。

 その体が、何かに押し返された。

 死剣士の大きい目が、すうっと細まる。

 まるで見えない壁がそこにあるかのように、なんらかの妖力で、彼女の歩みが押し留められたのだ。

 いや、「まるで見えない壁があるように」ではなく、本当に「妖力でできた見えない壁」がそこにある。

「まず、あたしのことを聞いて。あたしは、フランスの吸血鬼の一族に連なる者よ。ただし、母は旧き精霊のヴィーヴルなの。だから、こういう見た目なのよ、割と気に入っているわ」

 そう言って、吸血娘は、自分の悪魔めいた角に触れ、コウモリの翼を軽く開いて見せた。

 額の中央の、輝く緋色の宝石が見える。

 路地に差し込む薄い光で、鮮やかな金髪が王冠のように輝いた。

「名前はリュシエンヌ。そう呼んでほしいわ」

 そこで、ようやく死剣士は吸血娘リュシエンヌに対して向き直った。

 静かな目を、彼女に注ぐ。

「……そのリュシエンヌが、私になんの用だ?」

「あなたのことは聞いてるわ。陵(みさざき)。黄泉の女神に仕えるヨモツシコメ。でもね、ちょっとそのあたりのことについて考えてみて欲しいのよ」

 どうも、吸血娘のリュシエンヌは、死剣士の陵のことについて、かなりの情報を得ているようだ。

「あなたは、あんな弱い一般人を追い回す人生で、本当に……」

 満足しているの、とリュシエンヌは言いたかったのだろう。

 だが、その前に太刀が一閃していた。

 見えない妖力の壁が、硝子が砕けるようにばらばらと崩れ去る。

 さしものリュシエンヌも一瞬言葉を失った。

「弱い一般人、か。それが厄介なことも多々あるのだ。お前には、わからぬだろうが」

 消え去った障壁を悠々踏み越えて、陵はそのまま路地を抜けようとした。

「待ってってば!!」

 リュシエンヌが小さく何事か唱えた。

 ふと、陵が自分の動かなくなった足を見る。

 どういう訳か、華美な袴に包まれた陵の両足が、袴ごと石に変化しつつあった。

 毛細管効果で吸い上げられる水のように、石化はあっという間に進み……

 短い気合と共に、陵は太刀を振るった。

 いくら長大な太刀でも、無理な姿勢、それにこの距離ではリュシエンヌに届かないはずだったが。

「きゃあ!? ちょっと酷いじゃない!?」

 どういう訳だか、空間そのものを切り裂いて、陵の斬撃はリュシエンヌに到達していた。

 マントのような翼が切り裂かれて、血がしぶく。

 いつの間にか、陵を襲っていた石化効果は消えうせている。

 

 ひゅん、と、陵が再び太刀を振るった。

 咄嗟に魔法で上空に逃れたリュシエンヌの下で、雑居ビルの壁に嘘みたいに綺麗な亀裂が入った。

「出鱈目ね。正面からやり合ったら無理かも」

 リュシエンヌは、吸血鬼の父から受け継いだ、昏睡に誘う危険な眠りの魔法を浴びせようとしたが、陵の太刀の方が速かった。

 真っ二つに切り裂かれそうになるのを、魔法でどうにかいなす。

「そう、残念ね。やり方を変えるわ!!」

 リュシエンヌはそのまま、空気に溶け込むように消えうせた。

 気配をうかがい、彼女が完全にこの場から去ったと確信してから。

 陵は、悠然と、以前の歩みを再開したのだった。

 獲物に忍び寄る、死神の歩みを。

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とじる

3 平凡な青年と吸血娘

 坂下大吾(さかしただいご)は、自分の部屋の居間で、着替える気力もないまま、座り込んでいた。

 さっきのあれはなんだったんだろう。

 生々しく記憶に蘇るのは、怪物としか思えない異様ないでたちの、太刀を持った女と、なぜか助けてくれた形になった、あの緋色の悪魔みたいな娘だ。

 助かった、という安心感はあまりない。

 いや、確かに形だけ見れば助けられたのだが、到底、大吾のような普通の人間が安心できる状態にない。

 なにせ、一日だけで化け物二体に出くわしたのだ。

 常識が根本から覆ったし、正直、今現在、何が夢で何が現実なのか、全く確信が持てない。

 あの死神みたいな女に追いかけられて転んだ時は痛かったし、さっき部屋に帰ってから自分の顔を叩いてみても痛かった。

 感覚も細部まで生々しいし、到底夢だとは思えない。

 だが、さっきのあれはなんだ。

 不気味な化け物のような女。

 自分を殺して「黄泉」とやらに連れていくと宣言し、太刀を振りかざして追いかけてきた。

 周囲の人間に、助けてくれ、警察を呼んでくれと叫んでも、彼らにはその女の姿が見えないらしく、明らかに狂人を見る目で見られただけだった。

 そして、いきなり助けてくれたあの少女。

 コウモリの翼に、角があった。

 額に何か宝石みたいなのが光っていた気もする。

 どう考えてもこの世の生き物ではない。

 一体、あれは何で、自分は何に巻き込まれたのだ。

 誰かに説明してほしいが、そんな者はアクセスできる環境に存在しないと、自分が誰より理解できている。

 例えようもない心細さと恐怖で、大吾は今や何もできない。

 今しもあの死神女が来るかと思うと、無防備になる一切のこと――入浴したり食事したり、ましてや眠るなんてこと――が、全くできなくなっている。

 時間を見ると、思ったより経過していない。

 逃げ切って自宅アパートの部屋に駆け込んで鍵を閉めて閉じこもる。

 恐怖のせいで、時間が極端に遅いのだろうと、大吾は見当をつけた。

 遮光のカーテンを締め切ってはいるが、一体いつ、あの死神女が窓を破って現れるかと思うと、全く安心感はない。

 一体、自分が何をしたというのか。

 今日日うっすら灰色程度の企業に就職し、なんとかやってきた。

 特に幸運でも不運でもなかった。

 なのに。

「ようやく見つけたわ。もう大丈夫よ」

 その声は、いきなり背後から聞こえた。

 凄い勢いで振り返る。

 ぽかんと、大吾は口を開けた。

 さっきの女が、いた。

 死神女の方ではなく、緋色の悪魔娘の方だ。

 全ての表情を失って固まっている大吾に構わず、その悪魔娘は、手にコンビニ袋らしきものを下げたまま、大吾の寄りかかっている座卓の向かいに座った。

「びっくりしてご飯もたべていないでしょう? ちょっとお腹に何か入れた方がいいわよ? そこのコンビニで、食べ物と飲み物を買ってきたから」

 そう口にすると、悪魔娘は、温めてあるらしいからあげ弁当を大吾の前に置いた。

 もう一つの小さな袋からは、500mlの缶ビール。

 自分用にも買ってきたのか、缶ビールもう一本と一緒に、とんかつサンドを目の前に置く。

「あ、あ、あの……」

 自分の部屋、目の前に、どう見ても人外がいることに驚けばいいのか。

 それとも、いきなりその人外に思いがけない親切心を発揮されたことに驚けばいいのか。

 どちらにも着けず、混乱しきった頭のまま、大吾は目を白黒させるばかりだ。

「大丈夫よ。安心して。私はあなたの味方。名前はリュシエンヌっていうの。吸血鬼よ」

「は、はあ……」

 大吾は、思わず目の前の吸血娘をしげしげと眺めた。

 今こうして見ると、目も覚めんばかりの美少女だ。

 美少女吸血鬼が自分を助けてくれて、そして面倒を見に部屋に押しかけてきたなど、ファンタジー小説を愛読していた学生時代だったら大興奮していたところである。

 が、今はあいにくそれなりの大人になり、そんなことを単純に信じない程度の理性は身に着いている、

「あの、さっきの、刀を振り回していた死神みたいなの……」

 そういえば、あのあとどうなったのだろう。

 こうしてここにいるからには、このリュシエンヌという娘は無事なのだろうか。

 まさか、あの化け物を、この娘が倒したとか?

 そんな展開だったら有難いのだが。

「あの人は、当分、この部屋に近付けないわ。結界を張っているから。しばらくの間は安心していいわよ。それより、あんな酷い目に遭ったのだもの。落ち着くためにも、何か食べて。さあ」

 リュシエンヌが、弁当のラッピングを外してくれた。

 ふわりと上がった湯気と香ばしい肉の匂いに、大吾は今更空腹を思い出した。

 とりあえず空けてもらったビールを手に取り、一気にあおる。

 すきっ腹に、冷えたビールが流れ落ち、大吾はようやく人心地ついた。

「さ、食べて食べて。食べながらお話しましょう?」

 安心したら、食欲も湧く。

 大吾は唐揚げをほおばった。

 じゅわりとした肉汁に安堵感が湧きあがる。

「ねえ、あなた、あの死剣士さんに狙われる身に覚えでもあるの?」

 大吾があらかた弁当を片付けたくらいになってから、リュシエンヌが切り出した。

 彼女は、とんかつサンドを半分食べ終えたところだ。

 死剣士、というのが、あの死神女のことだろうと見当がついたので、大吾はぶるぶると首を横に振った。

「いえ……特にこれといったことは……。あんな人、初めて見ましたし、特にああいう人を怒らせそうなことは何も……」

 困惑と共に、大吾は正直なところを吐露した。

 本当に全く思い当たらない。

 怪談や都市伝説では、古い祠のご神体をどうこうしたら祟られた、などという話があるが、この近辺に、そんな気の利いた「祠」は存在しない。

「あの、リュシエンヌさんは、あの死剣士って人については何か知らないんですか? なんで狙われてるのか、俺も訊きたいんですけど……」

 大吾が逆に質問するとリュシエンヌは腕組みをして考え込んだ。

「あの人は、この国の死の女神に仕えている死神の一人なのよ。普通、ああいう戦闘的な形で現世に現れるのは、死の女神の特命を帯びているからだわ」

 大吾はひゅっと喉が鳴った。

「え、じゃあ、俺、死の女神に狙われているってことなんですか?」

 全くの初耳というか、スケールが大きすぎてにわかに信じられない。

 自分はごく平凡な人生を歩んできた凡人だ。

 そんな大層な神様に命を狙われる覚えなどない。

 一体、どうしてそんなことになっているのだろう。

 ふと。

 リュシエンヌが怖いくらいに真剣な顔になった。

「さっきから、術を使っているんだけど。あなた……」

 そう言われ、大吾はぶんぶんと首を振った。

 まるで震えなのか否定の仕草なのかわからぬほどに、その激しい動作は一体化し、彼の拒絶を端的に表していた。

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とじる

4 「凡人」の罪

 目の前に、血を流した人間が倒れている。

 男女三人。

 区切りでいうと、女性一人と、男女のカップルが一組。

 人間、死骸になると、顔の特徴がなくなるものだが、坂下大吾には、その男女の顔をはっきり見分けることができた。

 一人は、大学時代に付き合っていた彼女。

 半年ばかり付き合っていただろうか。

 そしてもう二人が、職場の飲み会で知り合った同期とその彼氏だったはずだ。

 彼女の方はモデルばりの美人だったが、彼氏の方は「イノシシ武者」という感じ、体育会系がそのままユニフォームをスーツに着替えたという雰囲気のいかつい男性だ。

 三人とも血を流していたが、流す場所が違う。

 彼女だった女の方は、胸の下、腹との境目あたりから、蛍光緑だったであろう柄物Tシャツが、べったり血に濡れていた。

 腹部を刺されたのであろうことは明らかだ。

 そして、男女の方。

 血を流しているのは、首からだ。

 見たくないような傷が、それぞれの首筋にある。

 大吾は額に手を当てた。

 そうだ、身に覚えがある。

 彼女を、殺そうと思ったのはいつか、思い出せない。

 思い出せないくらいに、咄嗟の殺意だったのだ。

 些細な喧嘩だった。

 彼女の束縛が鬱陶しかったが、彼女は大吾は自分が注文が多いくせして、自分のほうでは彼女の頼みを何一つ聞こうとしない、勝手だ、うんざりだ、と断言した。

『アホらし。あんたと付き合ったのなんて壮大な時間の無駄だったわ』

 吐き捨てるように言われた一言が、大吾の中の何かを壊した。

 足音荒く大吾の部屋から出ようとする彼女を、台所から包丁をひっつかんで追った。

 玄関で、刺した。

 ほぼ、即死に近かったはずだ。

 とにかく死骸をなんとかしないとと思い、免許を取り立て、親に買ってもらったワンボックスカーに死骸を積み込んで、奥多摩の山中に向かった。

 幸い、まだ、死骸は発見されていない。

 男女の方は、これより込み入っていた。

 突如彼女が蒸発した――周囲は、彼女の方が精神異常だったらしいという、大吾の流した噂を信じた――気の毒な大学生という時期を経て、晴れて就職した企業の、気が進まない同期の飲み会で、女の方と出会った。

 同期にこんな美人がいるとは知らなかったが、大吾が話しかけると、にこやかに対応してくれた。

 ――合コンではなく、同期の親睦を深めるための飲み会だということを忘れていた。

 常に用意している、ネットで不法に手に入れた睡眠導入剤を彼女のグラスにいれ、いわゆる「お持ち帰り」した。

 面倒なのはここからだ。

 彼女が強姦されたと朝になって騒ぎ出した。

 他の企業に勤めている、筋肉の塊みたいな彼氏を呼ばれた時には、一気に血の気が引いた。

 女性一人なら、なんならもう一人くらいこっそり殺してもと思ったが、猛獣みたいな彼氏を呼ばれた時は、自分が死を覚悟した。

 それでも、結局生身の人間には違いなかった。

 こっそり残りの睡眠導入剤を出した茶に混ぜた。

 最初に女が、間もなく男も昏倒した。

 首の下にビニールのゴミ袋とタオルを敷いて、二人の喉笛をかっさばいた。

 昏倒したまま、声を上げることもなく、二人とも絶命した。

 周囲に見とがめられないように、二人の死骸を車に積み込めたのは、奇蹟に思えた。

 最初の彼女の死骸とそんなに離れていない場所に、二人の死骸も埋めた。

 ……仕方ないじゃないか。

 好きで、こんなことをした訳じゃない。

 状況がそうなったんだ。

 人間は本能に逆らえない弱い動物だ。

 欲に流されたって、仕方ないじゃないか。

 ◇ ◆ ◇

「呆れたわね。ナチュラルに狂ってるわ、この人」

 自分の術で、昏倒させた大吾を見下ろしながら、リュシエンヌは心底げんなりした目で彼を見下ろした。

 坂口大吾の部屋では、しんしんと時間だけが過ぎていく。

 リュシエンヌの術で、映画みたいに彼の記憶を確認した陵(みさざき)は、じろりとリュシエンヌを振り返った。

「……だから言ったであろう。『平凡な奴に見えても始末に負えないことがある』とな」

「あー、ごめん。だって、そんなことだなんて思わなかったんだもの」

 自分の見る目のなさにがっかりしたのか、リュシエンヌは天井を仰いだ。

 安アパートの白っぽい天井。

「で、どうするの?」

 リュシエンヌは、なんとなく答えを予想しながらも、そう尋ねた。

「こうする」

 陵は、白い手を、うつぶせに倒れた「凡人の顔をした連続殺人犯」の首の下あたりに突き込んだ。

 まるで水に手を突っ込むように、ごく自然に繊手が大吾の肉体に潜り込み。

 次に引き上げられた時は、その手に、もやもやと薄黒い、人影のようなものがひっつかまれていた。

 ……坂下大吾の魂だ。

 水から引き揚げられた魚のように、びちびちと跳ねている。

「ねえ、この後、話があるの」

 リュシエンヌは、そう切り出した。

 黄泉に続く巨大な空間の穴――奇怪な色彩の詰まった特大の花みたいに見える――に入り込もうとした陵が振り返る。

「時間ができたら、Kホテルの1202号室に来てくれない? 十日まではいるわ」

「……お前の用向きというのはわかっている。主が教えてくれた」

「あら」

 リュシエンヌの美貌が、更に華やかに輝いた。

「……一応返事はしに来るつもりだ」

 その一言を最後に、陵は黄泉の穴に入り込んで姿を消した。

 ばいばいと手を振りながら、ふと、リュシエンヌは足元に転がっている、たった今スイッチが切れたように生命活動を停止した、坂下大吾の死骸を見下ろした。

「……そういえば、コレどうしようかしら? 通報するわけにはいかないわよねえ?」

 もし警察がすぐに見つけて検死しても、原因不明の突然死、すなわち「変死」で片づけられるだけであろう。

「ま、どーでもいいわね。なーんか連続殺人犯にオゴッちゃったのはヤバイ気がするけど、そういう罪ってないわよね……」

 ごく大まかな日本の刑法の知識と、伯母や伯父、従兄弟をはじめとする日本の人外の倫理規定をひっくり返し、多分この程度は問題なかろうと判断する。

「……一応、伯母様には連絡しましょうっと」

 ふわりと一陣のいい匂いの風を残し、吸血娘リュシエンヌは、幾度となく惨劇の現場となったその部屋から姿を消した。

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5 吸血娘と死剣士の契約

「つくづく、お前は変わった奴だ」

 リュシエンヌの滞在しているスイートルームに、虚空から忽然と姿を現すなり、陵(みさざき)はそう言い切った。

「吸血鬼として人外の社交界にデビューするに当たって、専任の護衛が欲しい。できれば、どんな人外にも負けぬ腕前の、強力、かつ、格の髙い人外でなければ嫌だ。性別は、私室にまで付いてきて欲しいから女。できれば、日本の侍みたいなのがいい……と」

 満面の笑みのリュシエンヌに促されるまま、ソファセットに座った陵は、呆れたような目を、面頬の向こうから注いだ。

「そうよ。サムライの人外を紹介してほしい、ダメ元で、なるべく強くて格が高い人、って、伯母にお願いしたの。そしたら、受けてくれるとは思えないけど、女性で侍で腕っぷしの強くて高貴な人なら知ってるわよって」

 あなたを紹介されたのよ。

 リュシエンヌは、しれっと受け答えた。

「お前の言う伯母君というのは、セレスト殿か。ヴィーヴルの」

「そう。私の母もヴィーヴルで、あの方の実の妹なの」

 にこにこしながら、リュシエンヌは質問に答えた。

「最近追ってる奴がいるみたいだからって伯母から教えられて、急いで日本まで来たのよ。あなたに会うためにね?」

 無邪気に殺しに来る一言を、リュシエンヌは放った。

「あなたのことは大体聞いているわ。元々、人間だったんですってね。生まれたのは五百年前。日本が泥沼の内戦の只中にあった頃だって」

 滅多に自分の人間だった頃のことなど、他人に話すものではないな。

 陵はそう考えつつ、目の前の輝くような美少女吸血鬼と、けっこう親しくしている、龍神の妻であるヴィーヴルとの共通した面影を探そうとした。

 陵は、五百年前、ある武将の配下の家の娘として、この世に生を受けた。

 女性ながら、とんでもない戦闘の才覚を持ち、武芸では兄弟を打ち負かし、実際に戦場にも出た。

 数々の武功を上げた。

 お前が男であったなら、一家を持たせてやるに、と主君に惜しまれ、敵方からは「死神」「ヨモツシコメ」というあだ名を奉られた。

 彼女もその呼び名が気に入っていて、ことさら恐怖を強調するような、髑髏の面頬を身に着けて戦場に立った。

 終わりは、あっけなくやってきた。

 流れ矢だった。

 こめかみに突き刺さり、嘘のように、万の敵を屠った「死神」は倒れた。

 気が付いたら「黄泉」にいた。

 そこの主である、おぞましくも美しい女神に会った。

 女神は言った。

 お前を単なる死者の列に加えるのは惜しい、生前、何度となく私の名を呼んだのを知っている、我が配下として、本物のヨモツシコメとして働かないか。

 かくして、「死神というあだ名の人間の女」は、死後に「本物の死神」になった。

 彼女は「陵(みさざき)」という個別名を与えられ、その凄まじい剣の腕前から「死剣士」と人外たちに呼ばれるようになった。

 彼女の死の剣にかけられた者は、少なくない。

「我が主は、お前の意思をご存知であられた。多分、お前の義理の伯父である、あの龍神殿から、根回しがされたのであろう」

 陵は、再び呆れたように、しみじみとリュシエンヌを眺めた。

「うふふ、持つべきものは頼りになる親戚と、頼りになる護衛だわ。私はね、並みの護衛では嫌なの」

 リュシエンヌは立ち上がって、陵の顔を覗き込んだ。

「誰よりも強く美しいサムライでないと嫌。あなたなら、私の条件に合致しているわ」

 息がかかるほど近くで、リュシエンヌは、陵の黄泉の底のように暗く深い目を覗き込んだ。

 彼女の吐息は甘い香りがする。

「……主の命だ。吸血鬼リュシエンヌの従者となってフランスに渡り、定期的にそこに関する報告をせよ。今日日、海外の情報で後れを取ることは致命的だ、とな」

 リュシエンヌは、ぱっと顔を輝かせた。

「あらまあ。あなたの主様って、もっと気難しいって覚悟してたのよ?」

 うふふと笑って、リュシエンヌは、陵の膝に座って腕を彼女の首に回した。

「これで決まりね? 今後、あなたは私のものなんだからね?」

 フランスに帰る前にキョウトに寄って、新しいキモノを作らせないとね?

「私のサムライ、私だけのサムライよ、あなたは。わかってる?」

 楽し気に笑うリュシエンヌに、陵はどうしても、私の第一の主は黄泉の女神イザナミだというのは揺るがないと、真実を告げることができなかった。

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