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朽葉色の音 完結

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お題がネタバレになってしまった。そもそもこれお題に添っているのだろうか。
タイトルネタ?は朽葉四十八色から。微細な色の違いで朽葉色は四十八に分けられていたそうです。昔の人はどんな景色が見えていたのでしょう。今、皆さんはどんな世界が見えますか?

あかねさす 日影零るる 対の玻璃に 朽葉の色の けしきぞ宿らむ

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 笹山葉月(はづき)は音楽が嫌いである。

 嫌い、と聞けば大概の人間は「どのジャンルが?」と聞く。そういう意味じゃないと葉月はその度に思うのだ。

 まず、身体が受け付けられない。突然頭が痛くなる。痙攣したり、堪えられず叫んだり、時には過呼吸もどきを引き起こしたり。それらが学校、通学路化した商店街や寄り道するスーパー等から止めどなく流れる多彩な殺人音源によって、いつどこで起こるか分からないという恐怖。

 いつからこのような身体になったのか分からない。音楽のジャンル云々ではなく、音楽、というより音そのものが駄目なのだ。

「はーちゃんってさ、絶対音感ある系?」

 いつものようにイヤホンを耳にぶっ指して下校している葉月に、傍らの友人、伊神鈴(りん)が話しかけた。

「なんで?」

「耳スゴくいいし、リコーダーとか初見でもすらすら吹けてたじゃん。そーゆーの絶対音感持ってなきゃ無理くない? ピアノ習ってたから身に付いてんじゃないの?」

「訓練で身に付くのはたいてい相対音感。絶対音感は先天的に大体みんな持ってる。六歳くらいまでに音楽に触れずに不要と判断されたら消えていくんだよ」

 淡々と返す友人に、鈴はふうんと頷く。絹糸のようなポニーテールがそれに合わせて跳ねた。

「絶対音感って憧れるけどな」

「あんなんあっても邪魔だって」

「なんだ、やっぱあるじゃん。じゃあ――」

「そう言うと絶対“これ何の音”って聞いてくるでしょ」

「おおう、バレた」

 まさに今スクールバックを叩いて音を立てようとしていた鈴が舌を出せば、隣で背の低い友人は肩をすくめた。

「分かる人には分かるんだろうけど、私は分からないよ。多分この音かなって思うだけだし」

「それが絶対音感じゃん。いいなー」

 羨望の眼差しを惜し気もなく向けてくる鈴に、葉月は小さくため息を吐いた。

「あのさ、毎日毎日世界は何らかの音に溢れているわけね。それが“全て”音階っていう……ああえっと音符ね、あれで聞こえるって音楽のプロでも無い限り気が狂いそうになるわけ」

「そーなの? 楽譜読めないから分かんないけど」

「……よくフィクションとかで霊感ある人とか出てくるけど、霊媒師でもやってなければ“こんなんいらない”って言う人多いでしょ。“見えすぎる”ことが苦痛になる人がいるんだから、“聞こえすぎる”ことも苦痛にならないはずはない」

「んー言われてみればそうかな」

 納得がいったようなそうでもなさそうな鈴の隣を、葉月は黙って歩いていた。

 音の洪水を物理的に耳栓で遮断していても、それらは僅かな振動を放ち、しぶとく鼓膜を攻撃する。

 こうして蓄積された疲労が、やがて意識の表層に浮かび上がるのだろう。

「ストレスから来る聴覚過敏もあるんだろうけどね」

 医師は目の前の患者にただ事実を述べる。

「音楽を聞いて体調が悪化するっていうの、先天的なものかもしれないし。あとはほら、音楽を昔やってたんだよね。それが後天的にトラウマになって身体の不調として現れているのかも」

「そうですか」

「原因が分からないし、あんまり聞かないケースだから。ゆっくり体質と付き合っていく方法を考えるのもありかもよ」

「そうですか」

 駆け込んだ医院ではどこでもこうだ。葉月にとっては解決にもならない解決法の提示をされるので、ただ相づちを打つだけで終わる。

 街中で流れる音楽すら雑多な言語に変換される葉月は、無音を愛でる。ただ哀しきかな、現実にそんな場所はほとんど無い。

 だから、休日は出来るだけ静かな場所へ足を運ぶ。自宅近くに市立美術館があったことは、彼女にとって救いだった。

 基本BGMの無い館内の常設展は無料である。ロビーや資料閲覧室も無料解放されていて、一日を過ごすには充分な空間だ。

 ただただ静かさで満たされた画廊。その白く円やかな空気を楽しんでいると、イヤホンから解放された耳は唐突に前方の集団の声を拾う。

「この優秀賞、枸橘(からたち)高校の子ね」

 枸橘高校。葉月の通う全日制公立高校だ。

 何となく興味を持ち、彼女は数メートル先に存在するボリュームを絞った井戸端会議を始めそうなおばさま方に近づいた。

「一般の部で入賞なんて大人に負けず劣らず。すごいわね、美術部の子?」

「確かに上手いけど、不思議な絵よね」

 足を踏み入れた本日の第二展示室には、市民美術展での入賞作品が展示されていた。

 これは市民ならばプロアマ問わず誰でも応募可能。学生の部は市内の中学生以下を対象としている。よってこの場合、一般の部は高校生以上の、それこそプロも交えた大人達との競技であった。

「この子、うちの子と同級生なんだけど、どうも写生の授業で描いたものらしいのよ。みんなで市民展に出そうって。でもこれどう見ても写生画じゃなくて自由画よね。学校ではボロクソ言われていたらしいわよ」

「へえーそうだったの。まあ絵画部門だし、選考に写生も何も関係無かったのね」

 白い壁に掛けられた絵画。優秀賞と壁にラベルが貼られたそこには、長く続く葉月の高校の木目調廊下が描かれていた。均等に並ぶベージュの教室のドアや窓、そこに透けた先の景色も詳細に緻密に描かれている。

 まさに、とある日の事実を切り取ったような写真のような絵。

 その写生と呼ぶに相応しいものを異次元化させている要因がいくつか存在していた。

 それは廊下に描かれた十名程の人間。学校という場所である。生徒が描かれていたらなんの違和感もないはずだった。

 画用紙を隔てた先の世界には、老若の女性が廊下を笑いながら駆けていた。彼女達はそれぞれ白を、緑を、赤を、ピンクを、黄を、パステルカラーを全体に纏う。それらは幼女や少女、貴婦人に老婦人を象り、色とりどりのセーラー服やブレザー、スーツ、ドレスなどを着て、朗らかに笑っていた。

 更に『授業参観』や『文化祭』ならともかく、『放課後』というタイトルに似つかわしくないその絵画。そこには、確かに様々な姿の女性が生きていた。学校の廊下を“異質”極まりない場に変えて。

 美術鑑賞会を終えたマダム達が去った後に絵画に近づけば、作者名に“枸橘高校二年・足達有希”とある。

 葉月がまじまじと絵画とその下に書かれたタイトルを眺めること、しばらく。

「……これ、まさか」

 思わず転げ落ちた呟きは、誰の耳にも拾われず、ひっそりと砕けた。

 二年C組。放課後、部活動に勤しむクラスメイトの立ち去ったがらんどうな教室には、西へ首を傾けた太陽の日差しが注がれている。その光を蛍光灯で打ち消した室内の、廊下寄り右二列目。前から二番目の席で本日の課題なのだろうか、一人で楽しく数学の問題を解いている少年がいた。中学生に少々毛が生えたような、そんな印象である。

 入口から覗いていた葉月は周りを見渡してから、その偽装中学生に声を掛けてみた。

「えーと、C組の足達有希(ゆうき)君だっけ」

 投げられた声に意識をノートから拾い上げ、少年は緩慢に反応する。

「そうだけど。どっかで会った?」

「初対面」

 無駄な人脈のある葉月の友人は、他クラスの男子の情報まで網羅していた。「まさかあのはーちゃんが男子に興味を持つなんて!」だの「応援するわ!」だのと少女漫画の女の子みたいなお目々をしてきた鈴には、彼女のお気に入りである購買で二番目に高いクリームメロンパンを与えて黙らせた。女子だと思ったから尋ねたなど、お花畑な女子高生の耳には入らなかったらしい。

 それにしても、教えられた席にいたのがちゃんと本人で良かったと葉月は胸を撫で下ろす。

「ちょっと聞きたい。君は、“見える”人間なんだね」

「……生憎ここは理系クラスだ。オカルト好きもいるにはいるが、俺は数理情報科志望でな。幽霊の構成要素を証明出来たら聞いてやる」

「悪いけど、オカルトじゃなくて心理学とか脳科学とか、なんかそのへんだから。あと私も隣の理系クラスで、ユーレイはフィクションの世界にのみ存在するから、信じていない」

「……」

 有希の沈黙を葉月は許可を得たと判断し、口を開いた。

「市民展の絵を見た」

「あ、そう」

 短く吐き捨てるや、何かの数式を再び紡ぎ出した彼を無視して、葉月は続ける。

「写生の授業で描いたって聞いた」

「ああー。ふーん、あんたも俺の頭はおかしいと笑いに来たか。それとも下らん嫉妬か何かか?」

 ふんと鼻で嗤う少年に、葉月は首を横に振る。

「違う。あの絵はちゃんと写生画じゃん」

「え?」

 少年の手が止まった。

「あれは紛れもなく、ありのままを描いた“写生”だよ」

 時が停まったように硬直したまま、有希はまじまじと眺めてくる。少年の瞳の問いに、葉月は自らの解答をつきだした。

「あれは、下校時刻に流れる音楽。そうでしょ」

「……理由は?」

「絵の奥から手前にかけて順番に見ていったの。そしたら全員違う人間じゃなくて、所々同じ人物が繰り返し描かれていた」

「変えるのがめんどくさくてそのまま同じ人物描いたパターンもあるだろ」

「あれだけ背景を緻密に正確に描いておいて、それはないでしょ。しかも遠近法に従い人物間の距離も計算されてるし。あんな風に同一人物を繰り返し登場させているには、訳があるはず。それでその法則性を探していたら、あることに気づいた」

 少女の言葉が一度途切れ、すう、と息を吸う音の後。

「ドーー–シーラシドーソーファーソーファーミーレードー」

 葉月が音階と共に歌う。数秒に満たない唐突な歌声は、少年の瞳へ次第に驚愕を生み出していく。

「あれに描かれていたのは、この部分(メロディ)。違う?」

「……」

「タイトルが『放課後』だったから、もしかしてと思って照らし合わせてみたらその通りだったんだけど」

「――おいおい、マジかよ、絶対音感持ちか。それとも精度の良い相対音感か?」

 自然とホールドアップをとった有希の質問に、葉月は一瞬だけ眉間にしわを寄せた。

「認めたくはないけど、多分絶対音感」

「じゃあ、あんたはさしずめ“聞こえる”人間か」

 少年は再び鼻で嗤う。だがそこに葉月への侮蔑や諦念は見られなかった。

「目や耳の使い方なんて人に教えてもらう訳じゃねえ。自分で勝手に覚えていくだろ。だから当然見え方も聞こえ方も、みんな違うはずだ」

「そうだね。私の耳も聞こえるっていってもなかなか信じてもらえなかった」

「だろうな。俺も本当ならあんたみたいに信じてもらえなかったはずだ」

「本当なら?」

「ああ。俺の死んだじーちゃんが、その、俺と多分同じだったらしい。共感覚かもって、ばあちゃんが言ってた」

 何だか長話になりそうだな、とどちらも思ったらしい。葉月はつかつかと近寄ると、よそのクラスである有希の前の席に勝手に座り、彼もそれを許した。

「俺のじーちゃんは数学者の端くれだったんだが、数字が色付きの花に見える人だったんだ。その様子は数字の組み合わせで変わるらしくて、色も花の具合も素晴らしいものは確かに美しい数式だって言ってたらしい。だから見えるものは違うけど、じーちゃんと同じ“目”を持ってるんだって家族は受け入れてくれたんだ」

「じゃあ、足達君は」

「あんたの予想通り。俺は音楽、さっきあんたの歌った音符だかオタマジャクシとかだな。あれが何故か女の子に見える」

「ずっと前から?」

「昔っつうか、いつからだったか覚えてねえよ。あんまりにも当たり前過ぎたから、これは音符なんだと突然知らされた時は信じられなかった。中学入ってすぐだったと思う。家族に話したのもその頃だ。それまではクラスの奴らから笑われていた」

 なるほどね、と葉月は呟いた。予想通り、自分と似たようなものだなと。

「私も。常に頭の中に五線譜と音符がうごめくのが普通だと思っていたから、学校の音楽の授業でたまたま周りから指摘されてようやくおかしいって気づいたよ。親も全く気づいてなかった」

「ふうん、そうか。あんたは音で“聞こえる”し、何の音か判別出来るから上手いこと隠せるが、俺は視覚情報として“見える”から、どれがみんなにも見えている女でどれが音符なのか未だによく分からないんだ。あんたみたいに音符が“聞こえる”人が周りにいないし、誰も教えてくれないから見えたままを受け入れるしかない」

 ゆっくり椅子にもたれ腕を組んだ有希は、ふう、と短く息を吐いた。

「だから写生画を描くと識別出来なくて、あんなことになる」

「学校って大体何かの音が流れているからね」

 今の時代、音楽の無い生活を送るのは難しいだろう。それくらい世間では音楽に溢れており、それらが人々に与える影響は長所ばかりが取り上げられがちだ。それもあってか、学校という教育現場では何かと音楽が使用される。

「そういやさ、絶対音感持ちって何かの和音で気分悪くなるって聞くけど、ほんとか?」

「んーどうなんだろ。音聞いて苦しくなることはあるけど。音楽は嫌いだし、耳栓やノイズキャンセルイヤホンで関わらなければ何とか」

「音楽嫌いなのか、珍しい」

「よく言われる」

 そういえば音で体調悪くなり始めたのっていつ頃だったかなと葉月は思い巡らす。少なくとも小学生の頃は大丈夫だった。

「私さ、音楽聞くと体調悪くなる人間なの。場所によりけりでいつも悪くなる訳じゃないんだけど」

「ふーんー……。それさ、もしかしたらなんだが」

 有希が組んでいた腕を解き、言葉を拾い集めるように話し出した。

「さっき話したじーちゃんの数字の組み合わせで色や花が変わるってやつ、音も当てはまると思うんだ」

「じゃあ単音と和音じゃ見える女性の姿が変わってるの?」

「いや分からん。俺はそもそも音符が読めねえから、仮に姿が変化していても元の音符の姿がどんなか分かんねえ以上気づけねえ。でもあんたは音の変化に気づける。無意識の内に日常音も“音符”として拾ってて、楽曲とその組み合わせが変な化学反応を起こして苦しくなるんじゃないか?」

 すとん。

 突然何かが収まる音がした。

 ああそうかと、葉月はようやく合点がいった。

 小学校から中学へ、高校へ。進学すればその都度場所が変わる。場所が変われば通学路も。山の中の小学校から都会へ出れば、溢れる音は当然増えるはずだ。

 専門家でも首を傾げることはまだまだ世の中に多い。だが、知識が無いはずの子供が不意に心理を突くことがある。

 無知は時に偏見を生み出すと言われるが、だからといって知識があることだけが、人を救う訳ではない。

「ところで、何で人間とか男じゃなくて女性で見えるの?」

「知るか。ばあちゃんの言葉を借りると視覚と感覚共に美しく感じるものが融合してそうなってんだろって」

「その理論だと、足達君は常日頃から女性は芸術的に美しいものと判断しているんだよね。つまり……女好きの……変態だということに……!」

「変態だと!? おいこら、なんでそうなる!?」

 ガタンと音を立てて少年が立ち上がった。

「というか男子が女の子を愛でて何が悪い!? こちらは思春期なんだよ、普通だ普通!」

「昔からそうなんでしょ? 思春期関係無いじゃん。何さ女の子って。あの絵に婆さんもいたじゃない。まさか年増好き?」

「女性はいくつになっても女の子ってばあちゃんにしこたま言い聞かされて育ってきてんだよ! あと、ばあちゃんっ子なのは認めるが、射程範囲は十代だ!」

「あれれー幼女もいたわよね……」

「見たままを描いたんだよ! ああもう、あんたうるさい女子だな!」

「笹山葉月」

「はあ?」

 椅子から立ち上がり、見下ろす形になった有希の目の前の少女が、無表情な笑みを浮かべた。

「“あんた”じゃない。笹山葉月、私の名前」

 臆することなく彼女が見上げた先には、見えない世界が見える少年の瞳。

「その目が音符を識別出来ないって言うなら――私の耳が役立つかもしれない」

 ほんの、お礼だから。

 差し出がましいように見えた申し出を、やがて少年は受け入れた。

<了>

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/08/16)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/08/11)

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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】絶対音感を持った女の子・葉月が出会った1枚の絵から、自分に備わった能力を分かちあえる男の子と出会う。お互いマイナスとも思っていたそれぞれの能力をわかり合うことで始まる新しい生活。そんな心地より物語でした。ファンタジーに寄りすぎずに展開され、これからの二人も見守りたい気にさせてくれました。

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>モノコン2018予選選考スタッフB様
コメントありがとうございます!この話で予選通過するとは思わず、驚きました。感想も頂き、とても嬉しいです。ありがとうございました!

作者:助丸

2018/9/1

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とじる

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