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音符の妖精・万華鏡クロチェット 完結

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極彩色ファンタジー。銀色の砂漠を旅する孤独な少年、アローン。彼はある日不思議なアタッシュケースを拾う。中に入っていた笛を吹くと、飛び出してきたのは橙色の妖精だった。

1位の表紙

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 空一面に広がった灰白色の低い曇。銀色の砂嵐が起伏の緩やかな岩石地帯を覆い隠すかのように吹き荒れている。その中をポツンと一台、無限軌道の装甲車がゆっくりと移動していた。

 ふとその装甲車が動きを止めた。しばらくしてから上部のハッチが開き、宇宙服のような防護服を着た人間が側面に取り付けられている梯子を下ってきた。

 人間は数歩歩いた後、とある岩影で歩みを止めた。やがて四角いアタッシュケースのような物を拾い上げると、装甲車へ戻っていくのだった。

「テレッテテーン! って、……ありゃ?」

 小さな電球の光が揺らめく、薄暗く狭い機械的な部屋の中。間抜けな効果音と共に、橙色の可愛らしい服を着た、羽の生えた少女が宙に出現する。だが少女は出現時の両手を広げたポーズのまま静止していた。

 ……誰も、いない。

 と思ったら、呼び出し主はふわふわと浮いている少女の真下でひっくり返っていた。

「マエストロ……大丈夫か?」

「うー……」

 手のひらサイズの小さな少女がその場に着地すると、肩口で内向きに切り揃えられた橙色の髪の毛がふわりと揺れた。薄汚れた少年は強かに打った頭を擦りながら起き上がる。そしてハッと我に返ると、目をキラキラさせて少女を見た。

「あ、君はもしかして!」

「フフフ……聞いて驚くなかれ。我こそは伝説の──」

「うっわぁ、良い物拾っちゃったなあ! 僕、アローン! あ、お茶とか飲む? まあ座って座って!」

 ポーズをとりながら自己紹介をしようとする少女をよそに、少年はダイニングテーブルをせっせと引っ張り出してきた。そしてチョコマカと部屋の中を漁り始める。

「紅茶でいいかな? それともコーヒー? あ、お腹は強い方?」

「我こそは“気まぐれゴールデンオレンジ”……」

「これねぇ、ちょっとドロッとしてるけどまあ大丈夫だから! お腹は空いてるかな? あ、コンビーフはお好き?」

「おいーっ! 少年ー!!」

 少女は空を仰ぎながら力の限り叫んだ。その声で、いそいそとお茶を淹れていたアローンが不思議そうに顔を上げる。少女はうつ向きながら、恨みがましそうに少年を見た。

「あたし、音符の妖精」

「君、ファの担当のプァブァちゃんでしょ! 勿論知ってるよ」 

「……お前、何故そんなに平然としてる? 驚かないのか?」

「え? いや、だって説明書に書いてあったし」

 少年の視線の先には、操作パネルの上に置かれたアタッシュケースがあった。開いたままのアタッシュケースの近くには、古びた説明書のようなものと金色の笛が落ちている。

 アローンは説明書を拾うと、書かれていた文章を楽しそうに読み上げた。

「“音符の妖精・万華鏡クロチェット

『ド』熱血のフィニックスレッド・ドッド

『レ』無邪気なサンシャインイエロー・レーレ

『ミ』癒しのアップルグリーン・ミミ

『ファ』気まぐれゴールデンオレンジ・プァブァ

『ソ』知的なムーンシャインブルー・ソー

『ラ』可愛いパステルピンク・ララ

『シ』お色気スモーキィパープル・シィ

最初に奏でた音符の妖精が現れます”」

「笛を吹いたら音符の妖精が現れるとかさ、本当に信じてんのか? まあいいが。……だがもう一つツッコまずにはいられない」

「えっ、何?」

「このラインナップの中で何故わざわざ“気まぐれ”をチョイスした。明らかにハズレっぽいだろ!」

 プァブァは訝しげに腕を組み、透け感のある橙色の丸い羽をパタパタさせながらアローンの周りをぐるぐると回った。アローンはその動きを目で追いながら、屈託のない笑顔を見せた。

「僕ねぇ、オレンジが一番好きだから! プァブァは、僕に呼び出されたの嫌だった?」

「別に……。指名数最下位だし」

「指名数?」

「呼び出されんのはこれが初めてじゃないってことだよ」

 プァブァはテーブルに置かれたティーカップのハンドルに腰掛けて足を組んだ。カップの中では、どんよりと濁った紅茶が怪しげな湯気をたてている。

 顔中に期待をはり付けたアローンは、向かいの席に勢い良く座って身を乗り出した。

「ねえプァブァ、説明書の裏面に好きな音楽を一つ奏でてくれるって書いてたけど、ホント?」

「あーホントホント」

「じゃあさ、古代の音楽でも大丈夫? ホルストとか!」

 耳をほじりながらアローンの話を聞いていたプァブァは、思わずずっこけそうになった。だがすぐに体勢を立て直し、アローンの額目掛けて頭突きをかました。

「おいおいおい、ホルストが古代だって? ホルストが活躍したのって二十世紀だぞ、どこが古代だ。今何世紀だと思ってんだ?」

「え? 今は三十世紀くらい……かな?」

「はっ?」

 少女は目をぱちくりとさせた。少年は申し訳なさそうに眉を下げる。

「ごめんね、ちょっとよく分からない。もう教えてくれる人がいないもんだから」

「教えてくれる人がいないって……」

「僕が五歳の頃に親が死んでね、それから三年くらい経つかな? ずっと一人で暮らしてるんだ」

「一人って……行政は何やってんだ」

「ぎょうせい……?」

 心底訳が分からないといった表情で首をかしげるアローンを前に、プァブァの胸は虫の知らせでざわついた。大きな音符の髪飾りを揺らしながら、彼女は辺りをキョロキョロと見渡す。

 壁一面に張り巡らされた、謎の計器類。窓一つない閉塞的な空間。

「え、何。ここどこだよ」

「あ、外の景色見る? 暗いもんねぇ」

 アローンは机型の操作パネルの前へ立つと、ポツンと飛び出たボタンのようなものを押した。その下から出てきたレバーを時計回りに押し回していくと、少しずつ外の景色が明らかになっていく。

 窓に張り付いたプァブァは、外の景色に釘付けになった。

「な……何だこれ」

 絶えず吹き荒れる銀色の砂嵐。風が激しすぎて、キラキラと光る小さな砂粒以外は全く見えない。

「ここは“銀砂漠”って言うんだ。三百年程前に初めてこの地に降り立った開拓者がそう名付けた。宇宙船から見たときはキレイに見えたらしいけどね、現実は砂嵐ばっかりさ」

「宇宙船って……。アローン、説明しろ」

 アローンはこくりと頷いた。分厚い窓ガラスに触れると、外をぼんやりと眺めながら語り始めた。

 人類発展計画の事業の一つとして地球外での人類居住が考えられるようになったのは、宇宙開発が随分と進んだ二十五世紀の事だった。火星のテラフォーミングはその一世紀前には完了していた為、手始めに数百人が真新しいコロニーに移住した。

 人類はまた太陽系外への移住にも着手した。アローンの先祖を始めとする三百人の若者が最新鋭の宇宙船に乗り込み、地球を出発して系外惑星への移住を試みたのだ。

 そしておよそ数十年の旅を経てたどり着いたのがこの銀色の砂に覆われた惑星、“とんぼ座GW4321”の第四惑星という訳だった。

「開拓者達は更に百年かけて、この星の大地に幾つかのコロニーを作った。でも、ある日僕らのコロニーで伝染病が流行ってね……」

「……お前一人が生き残ったってのか」

 アローンがうつ向きながら頷くと、ギザギザにカットされた黒髪がサラリと揺れる。

「あ、勿論伝染病の潜伏期間は過ぎたからね。僕は感染していない」

「そうか」

「僕はそれからね、他のコロニーを目指して旅をしているんだ。ただコロニー同士の距離はかなり離れているから、なかなかたどり着かないけどね。ちなみにここは装甲車の中だよ」

 アローンが折り曲げた指で壁面を叩くと、乾いた音が響いた。プァブァは再び窓の外へと視線を向ける。先程よりも砂嵐は幾分和らいだようだ、ゴツゴツとした地面がたまに見え隠れしている。アローンもプァブァの隣に立ち、二人は並んで外を眺めた。

 ザザー、と砂が装甲車の外壁にぶつかる音が響いている。顔は笑っているが、アローンの眼差しは物憂げだ。プァブァはそんなアローンの肩にドカッと腰かけて足を組むと、指で髪の毛をくるくると弄び始めた。

「まさか地球外とはな……。最後に呼び出されたのが二十一世紀のアメリカだったから、油断したぜ」

「え……そ、そんな昔? その前は誰に呼び出されたの?」

「前回は十五世紀のイタリア、その前は二十世紀のニッポンかな」

「えっ、……それって、どういう事?」

 鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をして驚くアローン。その顔を見て、プァブァはようやく得意気な笑みを浮かべた。

「あたし達は呼び出した者──そいつのことをマエストロって呼んでるんだが、マエストロが望む音楽を奏で終わったら、その後は時空をワープしてあらゆる地域や時代に跳ぶんだよ」

 まさか地球外にまで行くとは思わなかったけどな、とプァブァはへの字口で肩をすくませた。アローンは幾度か瞬きを繰り返した後、目をキラキラとさせながら口を開いた。

「ワープって……すごい。SF小説とかで言葉は目にしていたけど、まさか本当にそんな技術があるなんて」

「……」

「ねえねえ、君達を作ったのはいつの時代のどんな人なの?」

 プァブァは髪の毛をかき上げながら、流し目でアローンを見た。そして妖しげに微笑むと彼の鼻先へ飛んでいき、橙色に塗られた爪の先で鼻の頭を小突く。

「さて、お前の願いはホルストの曲だったな。ホルストといえば有名なのは組曲“惑星”か」

 アローンは鼻の頭を押さえながら困ったようにプァブァを見ていたが、彼女から目を逸らすとボソリと言った。

「いや……“金星 平和をもたらす者”だけでいい」

「フーン、人気の高い“木星”じゃなくて“金星”か。意外だな。何故だ?」

「……」

「何意地張ってる。教えろよ」

「……言いたくない」

 プァブァは疑わしげにアローンの周りを飛び回った。頬をつついたり、眉間にヒップアタックをしたりしてみるが、アローンは口を閉ざしたまま、“金星”だけ望む理由について語ろうとはしない。

 しびれを切らしたプァブァは、操縦席の大きなレバーの上へどっかりと腰かけた。

「折角呼び出されたからには、全曲奏でたいんだよな。音符の妖精としては。妖精としての沽券に関わるんだよ」

「……」

「どうしても嫌なのか? ただ聞くだけじゃねえか。退屈はさせないぞ? 世にも珍しいものを体験させてやる」

「……いや、いいよ」

「……決めた」

 プァブァはフンッと鼻息を吐いた。

「お前が全曲聞きたがらない理由を明かすまで、願いは叶えない」

「えっ」

「全曲聞かせてと言うまでここに居座ってやる。それまでしばらく世話になるからな」

 プァブァはニヤリと笑い、テーブルの上に置かれていた毛糸のコースターに寝転がった。嫌がらせでもしているつもりなのだろうか。

 音楽を聞かせてもらえないのは残念だ。しかし長い間一人きりで暮らしてきたアローンにとって、たとえ妖精とはいえ話し相手が出来たことはこの上なく嬉しいことだった。

 こうして二人の奇妙な共同生活は、いきなり幕を開けた。

 白くきらめく砂煙の舞う大地を、古びた装甲車が進んでいく。先頭に設けられた操縦席に見えるのはアローンと、その肩で寝こけているプァブァだ。

「あ!」

 アローンは操縦稈を倒してキャタピラの動きを止めると、側面に表示されたレーダーを見た。停止の衝撃で、プァブァは分厚い窓ガラスに叩き付けられた。

「な、な、何事だよ!」

「レーダーに反応が! この形は……人工物かも」

「え、何だって?」

 寝ぼけ眼でぼんやりと漂うプァブァを尻目に、アローンは急いで外歩き用の防護服を装着した。壁に備え付けられたはしごを上っていき、防塵室に繋がるハッチを開けて中に入り、再びハッチを閉める。

 プァブァは眠そうに欠伸をしながら、操縦席でアローンの様子を眺めていた。アローンは掃除機のような機材を片手にウロウロと歩き回り、とある一点で立ち止まるとシャベルでその地点を掘り始めた。そしてキラキラとした砂に包まれた小包のようなものを掘り当てると、それを小脇に抱えて車内へ戻ってきた。

「……お宝?」

 プシューという音と共にヘルメットを脱いだアローンは、ブンブンと首を振る。丁寧にシートで包まれたそれをテーブルに置き、固く絞ったタオルで顔を拭いた。

「昔はね、コロニーを往復する冒険者がいたらしいんだ。その冒険者がね、道しるべがわりによくこういうのを埋めていってるんだよ」

 アローンは慣れた手つきでシートを剥がすと、きれいにそれを折り畳む。そして中に入っていた小箱を開け、フッと微笑んだ。

「見てよ、プァブァ」

「何これ。ぬいぐるみ?」

 中に入っていたのは、黒い毛並みのテディベアと古びた写真だった。アローンはぬいぐるみを取り出すと、いとおしそうに頬擦りをする。

「これ、知り合い?」

 プァブァがポスターを広げるように両手で写真を持ち上げた。写っているのは、親しげに肩を組んだ壮年の男性二人組だ。外で撮られたものらしく、背景には輝く砂漠が広がっている。

「いや、知らない人だよ。でも彼らがこのぬいぐるみを埋めたのかな? 意外とファンシーな趣味だよね」

「食べ物とかなら良かったのに」

 プァブァは頬を膨らませ、写真をポイッと投げ捨てた。ヒラヒラと宙を舞う写真は、細かな砂が落ちているタイル張りの床へと静かに落ちる。

「なあ、そういえばどうしてこのオッサン達はアローンみたいなヘルメットを被ってないんだ? 外気は有害なんじゃないのか?」

 写真の男性達は防護服を着てはいるが、二人とも素顔のままだ。

 アローンはテディベアをそっと椅子に座らせると、膝を折って写真を拾い上げる。

「外気は有害ではないよ。そこらへんに舞っている砂をたくさん吸うのが良くないだけ」

「へー」

 アローンはしばらく写真を眺めると、再び箱へと戻した。

 それからまた二人は移動を始めたが、次は何も見つからないまま一日が終わった。

 それから何十日か経ったが、二人はそれまでと変わらずに砂漠の中を突き進んでいた。アローンの話ではこの砂漠を抜けた先に円形のコロニーがあるらしいが、いつまで経ってもその姿は見えなかった。

「そりゃそうだよなぁ。アローンが三年かけてもコロニーにたどり着かないんだもんな」

 その夜、アローンは身軽な格好のまま外でシートを敷いて寝転がっていた。夜間は砂嵐が嘘のように止むので、こうして防護服なしで外を出歩けるのだ。

 月の光を浴びて、神々しく輝く銀の大地。アローンの隣で満天の星空を眺めるプァブァが呟くと、アローンが彼女に背を向けるように寝返りをしながら言った。

「まあ、気長にやるよ! いつかたどり着くさ!」

「……」

 妙に言葉尻が元気だ。プァブァはそんなアローンを薄目で見て、やれやれとため息をついた。アローンは先日拾ったテディベアをぎゅっと抱き締めている。

 夜空には煌々と輝く三つの月が浮かんでいた。一つは濃い紫。一つは藍色。そしてもう一つがまばゆい黄色だ。地球とは違う夜空を眺めながら、プァブァが口を開く。

「アローン、まだ寝てないだろ?」

「……なに?」

 プァブァの問いかけに一呼吸おいてから、アローンが目を擦りながら寝返りをした。プァブァは楊枝のようなもので歯をつつき、シーハーとしながら言った。

「鞄、持ってきてくれよ」

「え?」

「今から“金星”、奏でてやる」

 その言葉で、アローンは勢い良く起き上がった。

「ホント!?」

「おー。モチよ、モチ」

「“金星”だけでいいの? まだ理由も教えてないし」

 プァブァはあぐらをかいてシーハーしながら、据わった目付きで遠くを見ている。

「……ま、いいからさっさと持ってこいよ」

「うん!」

 アローンは興奮したように頷くと、バタバタと車内へ戻っていった。後に残されたテディベア。プァブァは横目でそれを見ながら、再び気だるげに寝転がった。

 と、いきなり鳴り響く轟音。同時に大地が激しく震動する。

「な、なんだ!?」

 揺れは一旦おさまった。だが再びとてつもない鳴動に襲われた。装甲車からは防護服を着たアローンが飛び出してくる。

「プァブァ! 逃げて、早く!」

「アローン!」

 アタッシュケースを抱えたアローンが装甲車を蹴りながら離れると、その装甲車がズブズブと砂に沈んでいく。アローンはその砂にのまれかけながらも、何とか走りきって九死に一生を得た。

「……地震が起きたら流砂が起きる」

 流砂が起きた場所から離れた場所で仰向けに寝転がったアローンが、息を弾ませながら呟いた。プァブァは重そうに掴んでいたテディベアを少年の元へ運んでいくと、その隣にそっと置いた。

「砂漠に出ると、パパはいつもそう言ってた。まさか、本当に起きるとはね」

「アローン……」

「大丈夫だよ、プァブァ。きっと何とかなる。きっと」

 そう言いながら笑みを浮かべるアローン。プァブァは何か言いたげに彼を見つめていたが、結局その日は二人の間で言葉が交わされる事はなかった。

 次の日からアローンの過酷な旅が始まった。僅かに残った所持品は、防護服のポケットに入っていた少量の飲料水と、テディベアだけだ。

 流砂の向こうに残っていたキャタピラ痕から方角を推定し、途方もない距離を一歩ずつ進んでいく。だが日の出から間もなくどす黒い雲が空を覆い、風が強まって砂嵐が起こり始めた。

「おいアローン! 大丈夫かよ!」

「くっ……」

 風に吹き飛ばされないようにと、防護服の中に入れられたプァブァ。アローンの胸ポケットから必死に叫ぶが、ひどい風の音に遮られてアローンの耳には届かない。アローンは前のめりになって歩き続ける。

 初日はまだそれで良かった。だが飲料水はあっという間に底をつき、風をやり過ごす障害物すらない環境の中で、アローンの心身はあっという間に衰弱していった。

「プァブァ……」

 流砂が起きてから数日経った夜、仰向けになって大の字で寝転がっていたアローンが久しぶりに口を開いた。アタッシュケースの上で膝を抱えて座っていたプァブァは、一直線にアローンの元へと飛んでいく。

 アローンは手を震わせながら腕を上げた。

「……ねえ、“惑星”、全曲でいいから演奏してよ。もう今を逃したら、落ちついて聞けないかもしれない」

「アローン……」

 アローンの声は細くかすれて、弱りきっている。プァブァはアローンの手の近くに舞い降りると、銀色の砂を踏みしめてその緩く開いた手のひらの上に腰を下ろした。

「アローン……“Alone”ね……。一人ぼっち、か」

「パパとママは……こうなる事、わかってたんだね。一人でも生きていけるようにって、そう願ってたのかな……」

 今にも消えそうなアローンの声が湿っぽくなっていく。彼女には珍しく、悲しそうに眉を下げたプァブァは、アローンの指を力強く握りしめた。

「……本当に全曲でいいのか? アローン。……泣くなよ」

「“惑星”はね、パパとママと聞いた思い出の曲。でも実は怖くって最後まで聞けないんだ」

 落ち窪んだアローンの目から、濁った涙がポロポロと零れていく。アローンはカサカサに乾いた唇を開いて、堰切ったように話し出した。

「“惑星”のね、だんだん太陽の眩しい光から遠ざかっていくあの感じが、たまらなく怖い。冷たい真っ暗な闇に吸い込まれて、そのまま死んでしまいそうで……。恐ろしい。一人じゃ聞けない。だって」

 アローンの涙が、顔のすぐ横に置かれていたテディベアに落ちていく。

「……大丈夫だよって抱き締めてくれるパパとママは、もう死んじゃったから」

 ずっと寂しかった。怖かった。前だけを向いてここまで頑張ってきたけど、もう頑張れない。早くパパとママの所へ行きたい。

 アローンはそこまで一気に言い終えると泣きじゃくった。しばらくその様子を見ていたプァブァは、何かを決意したように表情を引き締めると、地を蹴って空へと舞い上がった。

 右手を高々と上げ、指を鳴らすプァブァ。小気味良い音が、辺りに鳴り響く。

「クロチェット、集合!!」

 プァブァがそう叫ぶと、アタッシュケースの中の笛が勝手に不思議なメロディーを奏で始める。そしてケースが勢い良く開いたかと思うと、間抜けな効果音と共に六人の妖精が飛び出してきた。

「わーい! ようやく狭っ苦しい所から解放されたー!」

「プァブァー! 我々が奏でる曲名は何だ!?」

 元気いっぱいな黄色い妖精と、険しい表情の赤い妖精がアローンの顔の周りをくるくると回り出す。思いがけない事態に、泣くのも忘れて呆けるアローン。そのまま妖精達の動きを目で追っていると、両肩に別の妖精が腰掛けた。

 セクシーなデザインの服を身に纏い、艶かしく足を組む紫色の妖精と、フリフリの服を身に纏ってチョコンと据わる桃色の妖精だ。

 紫色の妖精はアローンと目が合うと、嬉しそうにキャッと笑った。

「あーら、今度のマエストロは可愛い男の子なのねぇ。お姉さん、ワクワクするわぁ」

「お姉さんですって! あたし達の中で一番ババアってだけなのに~」

 紫の妖精の眉間に皺が寄る。両者は互いに近寄ると、額をゴツンと突き合わせて厳つい顔で威嚇し合った。

「お黙りブリッコ」

「ババァこそすっこんでな」

「ブリッコ」

「ババァ」

「ブリッコ」

「ババァ」

「ちょっと、折角シャバに出てきたっていうのに喧嘩はやめようよ」

 両者の間でオロオロと飛び回っているのは、タレ目の緑色の妖精だ。だが彼女はウロウロとするだけで、状況は何一つ改善しない。

 個性の強そうな色とりどりの妖精達がいきなり現れて、アローンはたじろいでいた。咄嗟にプァブァの姿を探すと、彼女は少し離れた所にいた。眼鏡をかけた青い妖精と、親しそうにガッチリ拳をつき合わせている。

「プァブァ、とりあえずは指名オメデト」

「ああ。あと例のやつ、発動させようと思うんだがいいか?」

「プァブァが? ……ん、いいよ。オッケー」

 ソーと呼ばれた青い妖精は軽くウィンクをして、高く舞い上がる。その途中でアローンの視線に気付いたようで、彼にも愛らしく小首を傾げながらウィンクを送った。

「ドッド、レーレ、ミミ、ララ、シィ! 位置について! マエストロご希望の曲目は、グスターヴ・ホルストの組曲“惑星”よ!」

「イエッサー!!!!!」

 ソーの声で、妖精達はアローンの頭上に集まった。そして互いに手を取り合って輪になると、目を閉じてクルクルと回転を始めた。

「な、何なの!?」

──ただ今より、組曲“惑星”の演奏を開始致します。

 そのアナウンスと共に、アローンの周りから一切の光が消えた。驚いてキョロキョロと視線をさ迷わせる彼の視界に、ふと鮮やかな青い光が瞬く。同時に第一曲である“火星”が流れ始めた。あらゆる色の光が音に合わせて瞬き、時には流れ星のように流れ、そして消えていく。

 どうやら特定の音が鳴る際には、特定の色が光るらしい。ファの音で橙色の光が瞬いた時に、その法則がアローンには何となく分かった。

 白鍵盤だけでなく、黒鍵盤にも色が割り振られているようだ。例えばレのシャープであれば黄色と緑で黄緑といったように、近接する二音が組み合わさって出来た色が光るらしい。

 少年はただ、この世のものとは思えない極彩色で彩られた光景を、呆気に取られて眺めていた。確かに寝転がっていた筈なのだが、知らぬ間に浮遊しているようだ。

 まるで戦争の始まりを予感させるような緊迫感に満ちた、“火星”。その“火星”が不穏な空気を残したまま終了すると、少しの間の後懐かしい旋律が耳に入ってきた。

 そう、第二曲の“金星”が始まったのだ。

「あ……」

 “火星”が過ぎた後のざわざわした心をそっと包み込むような、慈愛に満ちた優しいメロディー。アローンの脳裏には、父と母に抱き締められて眠った、幼い頃の日々が蘇った。父の安心感、母の温もり。もう失われてしまったそれをまざまざと思い出したアローンの目から、涙が流れていく。

「パパ……ママ……!」

 記憶の中の二人は、笑顔でアローンを撫でている。心が洗われるような美しい旋律、優しく輝く様々な色の光。まるで万華鏡の中にいるような、夢の世界だ。

 余韻たっぷりに“金星”の演奏が終わると、すぐに剽軽ささえ感じられる軽快な第3曲“水星”が始まった。

「あは……、あはは」

 軽やかなメロディー。何色もの色が瞬く間に光り、きらきらと流れていく。アローンは身体に力がみなぎっていくのを感じた。目には輝きが戻り、今にも踊り出したいくらいだった。

 颯爽と駆け抜ける“水星”が終わると、力強さと雄大さを感じる第四曲“木星”、段々力強くなっていくメロディーの第五曲“土星”、心を掴む奇想天外なメロディーが続く第六曲“天王星”と次々に曲が演奏されていった。

 そして次はいよいよ第七曲、“海王星”だ。

「……」

 アローンはゴクリと唾を飲んだ。神秘さを感じさせるメロディーが始まると、アローンの体は僅かに強張る。

 “海王星”の妖艶で、どこか冷涼ささえ感じるメロディー。だがアローンは恐れる事なく、じっと佇んで緩やかに瞬く光を眺めていた。心惹かれる光景に、瞬きも忘れて見入っていた。

「怖くなんて、なかったんだな……」

 子どもだから、特に感受性が強かったのだろう。“海王星”の中には、幼い頃に恐怖していたようなものは何もなかった。そこにあるのは、ただ静かに光輝く美しさだけであった。

「どうだ、何でもなかったろ」

 演奏が終わり、元の景色に戻るとプァブァがアローンの肩にとまった。アローンは彼女にそっと手を添えると、一筋の涙を流しながら頷いた。

「……夢のような心地だったよ。皆、どうもありがとう」

 そう言いながらプァブァを抱き締めるようにするアローンの周りに、達成感に満ちた表情をした妖精達が集まってくる。抱き寄せられたプァブァは目を丸くして驚いていたが、一瞬優しく微笑んだ。そしてするりとその手の中から抜け、彼の眼前へ飛び出した。

「アローン、まだ感謝するのは早いぜ。まだ追加オプションが残ってるんでな」

「えっ」

「皆、行くぞ! せーのぉ!」

 妖精達はアローンの服を掴むと、懸命に羽ばたき始めた。何とか彼を持ち上げようとするが、その体はピクリともしない。

 アローンは不安げに視線をさ迷わせて、狼狽えた。

「み、皆! 無理だよ、やめて!」

「無理じゃねぇ! おいドッド、もっと力を出しやがれ!!」

「うお、お、ウオォォー!!」

 ドッドの目が赤く燃え上がる。彼女が雄叫びをあげると、大きなアローンの体が少しずつ持ち上がっていった。

 それからはすぐだった。アローンと共にかなり上空まで浮かび上がった妖精達は、とある方向へまっすぐ進みだした。

「シィ! こっちの方向で合ってんだな!?」

「ええ! 風の音の聞こえ方がこちらだけ違うわ!」

「レーレ! 目標物は見えるか!」

「うん! ボクの目でもまだかなりちっちゃいけど、確かに見えるよ!!」

 自分が歩いてきた砂漠が、ミニチュアのように小さい。全身を駆け抜けていく風に目を細めながら、アローンは肩のあたりにいるプァブァを見た。

 プァブァはニイッと口の端で笑みを浮かべると、バチっとウィンクを送った。

「プァブァ様の“気まぐれオプション”発動だ! お前を、目標のコロニーまで送り届けてやる!」

「えっ」

「あっ、見えてきたよ!」

 暗い夜空の丸い地平線の向こうに、光輝く半球が見えてきた。一同はグングンと加速して飛んでいく。だが異変に気付いたララが叫んだ。

「プァブァ! 風が変わった! また嵐がくる!」

「プァブァ、そろそろ下降を始めた方がいいわ! 下降角度三十度がベスト!」

「よし、一気に突っ込むぞ!」

「えっ、突っ込むって、えー!?」

 アローンの体はガクンと角度を変え、ズビュンと下降していく。股の間が縮み上がるような感覚。見る見る間に迫ってくる広大な地面。アローンがギュッと目を瞑ると、強い衝撃の後、その意識を飛んでいった。

「……い、おい! 大丈夫か!」

「……うー……ん」

「! 目を覚ましたぞ! 誰か担架を持ってきてくれ!」

 まばゆい朝日の輝く、地上から遥か離れた上空。プァブァをはじめとするクロチェット達は一列に並び、地面に刺さっているアローンの行く末を見守っていた。

 ミミが鈴で夢遊病のように引き連れてきた寝ぼけ顔の門番達は、アローンの存在に気付くとテキパキと救助を始めている。アローンもそのうち目を覚ましたようで、門番と幾つか言葉を交わすと、そのまま担架に乗せられコロニーの中へと連れていかれた。

「プァブァ、珍しいじゃない。気まぐれオプションを発動するなんて」

 腕を組んで地上を眺めていたプァブァの肩に、ソーが親しげに腕をのせた。プァブァは横目でソーをチラリと見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「まあな。何せあたしは“気まぐれゴールデンオレンジ”だからな」

「へえ」

 ソーはクスリと笑う。そして彼女らは来た道を戻って、アタッシュケースが放り出されたままの地点まで戻ってきた。

「あーあ、また狭い所に缶詰めかぁ。ゆーうつー」

「レーレ、早く入ってくれ。後がつかえてる」

 ドッドが促すと、レーレは笛の中の、下から二番目の穴に手をかけた。そして黄色い光を発しながら、シュンと消えていく。その後に続いたドッドは、赤い光を発して一番下の穴に入っていく。

「またシィの下かー。うんざりだわ」

「うるさいわね、小娘」

「まあまあ二人とも。長い旅になるんだから喧嘩はやめようよ~」

 口喧嘩を始めたシィとララが、それぞれ光りながら一番上の穴とそのすぐ下の穴へ吸い込まれていくと、困り顔のミミも緑色の光に包まれて自分の穴へ帰っていった。

 プァブァはアローンと共に歩んできた道を見渡すと、満足げな顔をして笛に手をかけた。

「プァブァ、大変! このテディベア、アローンに持たせるの忘れてたわ」

 同じく穴に入りかけていたソーが、アタッシュケースの側に落ちていたテディベアを指さした。だがプァブァはフッと笑って、髪をかき上げるのだった。

「なに、アイツはもうこんなもの必要ないさ。これからは、一緒に生きる仲間がいるんだから」

 青い光と橙色の光が黄金の笛の中へ消えていく。するとアタッシュケースが勝手に閉まり、眩い光に包まれながらシュンと姿を消すのだった。

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/08/11)

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2

大久保珠恵さん、読んで下さってありがとうございます!
物語の舞台を、普通の砂漠とか金星に似た環境の星とか色々考えていたのですが、妖精達の色鮮やかさがより映えるようにと考えてこのようになりました。
ありがちなネタだと思うのでどこかで誰かとかぶっていないかヒヤヒヤながら書いたのですが、楽しんで頂けたようでとても嬉しいです。

作者:カンリ

2018/8/12

3

最初はカラーが出てきたので妖精戦隊モノ!?と思いました(∩´∀`)∩
ゴールデンオレンジの妖精は少女なのに男らしいのが好きですヽ(=´▽`=)ノ

犬犬

2018/8/30

4

犬犬さん、返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
コメント頂けてとても嬉しく思います!!
あーでもないこーでもないと頭を抱えながらなんとか書きました。オレンジのキャラは自分でも気に入っていたので、そう言っていただけて嬉しいです!

作者:カンリ

2018/9/5

5

【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】面白かったです。お題の女の子そしてSF冒険と音楽と。下手をすると散らかってしまうような多くの要素がきちんと一本でまとめられていて楽しかったです。これもっと長編で読んでみたいです。

6

モノコン2018予選選考スタッフA様
読んで頂き、どうもありがとうございます。
もし映像化するとしたら、を意識して話を考えたら、色々ごちゃ混ぜのギューギューした話になってしまいました。ですが面白いと言って頂き、嬉しく思います。
続きの構想も1つ2つありますので、いつか続きを書いてみようと思います。

作者:カンリ

2018/9/14

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とじる

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