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待たせて、ごめん 完結

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僕のいなかった時間は、セピア色に染まっていく。

1位の表紙

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 今年の夏、僕は久しぶりに実家に帰った。

 帰るのは何年ぶりだろう?

 家族での団欒風景は、はるか昔の記憶になってしまっている。

 今回の帰省には理由があった。

 3つ歳の離れた妹が結婚するというのだ。

「お兄ちゃん、彼氏紹介するから!

 今年のお盆は帰ってきてよね!

 絶対……絶っっ対だからね!!」

 久しぶりに電話がかかってきたと思ったらこれだ。

 だが妹の気迫に押され、僕はすぐさま新幹線のチケットを手配してしまった。

 久しぶりの実家は、ずいぶんと様変わりしていた。

 まず、外壁が記憶の中とは違う色に塗られている。

 リビングの家具も違うし、配置にも違和感がある。

 だがこれが時の流れというものなんだろう。

 久しぶりに両親と顔を合わせたら、

「まったくあんたは!

 いきなり家を出てったと思ったら……」

とお叱りを受けた。

 当然と言えば当然である。

 妹の猛攻にも怯えていたが、どうやら明日来るらしい。

 少しだけホッとしたのは内緒だ。

 両親と一通り喋ってから自分の部屋に入ると、懐かしい気分に包まれた。

 家出同然で飛び出したあのころと、何一つ変わっていない。

 きっと母がせっせと掃除してくれているのだろう。

 昔ながらの学習机の上には、ホコリひとつ落ちていない。

 僕はふと、部屋の隅に置いてある本棚に目をやった。

――『星の王子さま』か

  好きだったな、これ

 僕は読書家ではない。

 簡単であろうと、文字を読む本は大嫌いだった。

 だから本棚にあるのは、ほとんどが図鑑や漫画である。

 しかし、なぜかこの本だけは好きだった。

 この本に出会って冒険への憧れを膨らませ、僕は家を飛び出したのだ。

 国内はもちろん、世界中を旅してきた。

 有名な世界遺産も、まだあまり知られていないジャングルの奥地も……色んなところへ行った。

 そんな旅が落ち着いたころ就職し、今に至る。

 あの旅は僕を変えてくれた。

 懐かしい写真を見るたびそう思う。

――出会ってなかったら、僕は何してただろう?

 お気に入りの本をそっと本棚から抜き出し、じっくりと眺めてみる。

 鮮やかだった背表紙の色は薄くなり、天面もすっかり日焼けしていた。

 物語を書いた真っ白な紙は、醤油をこぼしたと思うくらい茶色に侵食されていた。

 

 

 この本棚はあまり日が当たらないはずだが……年月を考えれば当然だ。

 もしかしたらこの本は、僕を待っていたのかもしれない。

 

 僕がいなかった時間、その身をセピア色に染めながら。

 手に取った瞬間、僕の身体はそんな思いに満たされていた。

 色の変わった本の匂いを嗅いでみると、あのころの匂いがする。

 まだ見ぬ世界に胸をときめかせた、あのころの。

 気のせいかもしれないが、そんな気がした。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/08/25)
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1

「日焼け跡を……」というお題からこう繋がりましたか!!
ほうほうほう……。
見捨てるように出てきてしまった家、そしてここで過ごす年月を代わりに過ごしてくれたかのようなその本。
ほろりとしました(´;ω;`)

大久保珠恵

2018/8/23

2

大久保珠恵様
コメントありがとうございます(*´∀`*)
私の部屋、日当たりが物凄く良くて…すぐ本が焼けちゃうんですよ。そこから思いつきました。
「ほろりとしました」そう言っていただけると本当に嬉しいです(´;ω;`)

作者:文月八千代

2018/8/23

3

日焼け→小麦色の肌と思ってたので、『こんな日焼けがあったとは』と思いました。
大好きな本との再会、、、切ない気持ちになりました。素敵です。

さなお

2018/8/28

4

さなお様
コメントありがとうございます(*´∀`*)
「お肌じゃありきたりだよなぁ」とうんうん唸っていたら「そういえば本も焼けるなぁ」と思った次第です。
昔気に入っていた本を久しぶりに読むと、なんとも言えない気持ちになりますよね。

作者:文月八千代

2018/8/28

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とじる

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