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【R15】 15歳未満の方は移動してください。この作品には <残酷描写> が含まれています。

そして君と僕に朝が訪れるまで 完結

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合計:15

たくさんの人が死んだ。
日本の首都・新都を襲った未曾有の大震災。
離れた僕と君の手は繋がらないまま2年の月日が経った。

壊れてしまった僕はある日、新興宗教「久遠の会」に勧誘される。
そこで出会ったのは……

1位の表紙

目次

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1 届かない声

時刻は20時過ぎ、煌々と街の灯りが灯る新都の中心部。

クリスマス前で、街には冬の歌がどこからともなく聞こえてくる。

どこまでも続くイルミネーションは、街を冬の間だけ宝石箱に変えるようだった。

彼女は笑っていた。つられて、普段あまり笑わない僕も笑っていたと思う。

現実とは思えないほど、それはあまりに唐突だった。

まるで地面から突き上げられるような衝撃。

その衝撃で立つことも困難だった。

何分ほどの揺れだったのか、あまり覚えていない。

僕はただ無意識に隣にいる彼女の肩を抱きかかえ、その場にしゃがみ込むしかなかった。

揺れが収まり始め、なんとか立ち上がったとき、目の前に広がっていた光景は、およそこの世のものとは思えなかった。

身体が拒絶するような音が全方向から聞こえてきた。

それは車が電信柱に衝突して誤作動したアラームだったり、どこからか遠方の爆発音だったり、でもそれ以上に僕の耳にこびりつくように残っているのは、聞き馴染みのない人間の芯から出るような悲鳴や呻き声だった。

ガラスが全身に突き刺さる女性を見た。

車と車の間に挟まり、絶命する男性を見た。

まるで映画のスタントように背中から火を帯びるように走り回る人を見た。

火が見えた。

渦を巻くようにして夜の空まで伸びる赤い炎を。

倒壊するビルを見た。

煙を立てながら、まるで沈むように崩れていく大きなビルを。

逃げ惑う人を見た。

大きな身体の大人が子供や老人を押し倒し、我先にと逃げる人の波を。

黒煙が地下鉄の出入り口から上がる。

地下にいる人たちはどうなっているのだろう、そんなことを考える余裕すらないのに、なぜかその煙を鮮明に覚えている。

僕も咄嗟に彼女の手を取り、逃げようと思った。

ここは危険だと。

居てはいけない場所だと。

「ママ、ママァアアァーーーー!!!!」

泣き叫ぶ男の子が道路脇にいた。

5~6才くらいだったろうか?

きっとこの人ごみの中で迷子になってしまったんだろうと思った。

その時、彼女が何を考えていたのかは今も分からない。

強く握っていたはずの彼女の手は僕から離れ、気づけば男の子の下に彼女は走っていった。

不思議だった。

人の波があまりに激しく、道路脇の男の子のもとまでは辿りつけないように思えたのに、彼女と男の子の間に見えない道ができるようだった。

彼女は男の子に辿り着き、その身体を抱きしめた。

僕も彼女のところに早く行かなきゃと、人ごみを何とか掻き分けようとした。

だけど、何故だか一向に進めない。

ギィ……。

騒音の中で鈍い音がどこからかした。

空を見上げると、ビルの看板が軋んだ音を立てながら、今にも落ちてしまうのではないかと不安定に揺れていた。

叫んだ、喉が裂けるほど精一杯。

悔しかった、後悔してもしきれないほど。何故って、あの張り裂けるような声が彼女に届かなかったことが。

彼女は男の子を泣き止ますことで手一杯だったのかもしれない。

「……実!!」

届けと、何度も思った。

子供なんてどうでもいいと思ってしまうくらい。

「愛実―――!!!!!!!!!!」

看板は落ち、僕は人ごみに流されていった。

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とじる

2 抜け殻

~二年後~

蛹(さなぎ)が蝶になる。

残った蛹は空っぽで何も残っていない。

今の僕はまるで抜け殻のようだ。

顔のない精神科医が僕に言う。

「薬はちゃんと飲んでますか?」

「少しずつ、ゆっくりでいいから治していきましょうね」

どこを?

僕のどこが悪いのか、自分でも分からないのに、他人であるお前がどうやって治せる。

右から左の耳に顔のない医者の言葉が通り過ぎていく。

病院を出るとまた一段と寒くなったような気がした。

駅前に戻るため、人通りの多い繁華街を抜けていく。

繁華街の古いビルの窓は割れたままで、外にはスーツ姿の大人が数人立っている。

きっと区の人間だ。ここも取り壊しが始まるんだろう。

空は重い雲がかかり、どこからか下水の匂いがした。

きっと嗅覚が過敏になっているんだ。その代わり、目が悪くもないのに視界は不安定にぼやけていた。

駅前には沢山の人が集まっていた。

誰かを待っている若い女性、大きな声で喋っている学生たち、キャッチの若い男、喫煙所で煙草を吸っているサラリーマン、薄汚れた服を着たホームレスの男性。

人々はあの震災を忘れたように今日も変わらない生活をしているが、街を象徴するクジラのオブジェの尾ビレは折れたままだ。

重い足取りで駅の改札口まで向かおうとすると、プラカードを持った数人の男女の姿が目に入った。

「世界に変革を起こしましょう!世界に変革を起こしましょう!私たちは、世界に救済をもたらす神の翼」

男女たちがまるで呪文のように同じ言葉を繰り返していた。

「……久遠の会?」

一人の女性が持ったプラカードにはそう書かれていた。

視線を彼女にそのまま移す。

「興味がおありですか?」

二十代中盤くらいだろうか?……顔立ちは整っているが目は鋭く、鼻の周りにはそばかすが目立つ。メイクをしてないのだろうか?髪はショートヘアーでボーイッシュな雰囲気なのに黒のドレッシーな服を着ているせいでアンバランスな印象だった。

「いえ……そういうことじゃ……」

自分の発した言葉とは裏腹にその場からすぐに離れられなかった、それは何故なんだろう……。

「あなたは大きな悩みを抱えています」

「え?」

「神はあなたに道標与えます。生まれた意味を、そしてあなたがこれからどうやって生きていけばいいのかを」

女性は淡々と話す。もはやその言葉は僕に向けられているのかも曖昧なほどに。

「……神なんていない」

「神はいます。私はこの目でその存在を何度も見てきました」

彼女の目には強い意志が感じられた。

「そんなこと、ありえない……だったらなんであの時……」

喉元まで出かかった言葉を必死で止めると、彼女は僕に一枚のビラを渡した。

「明日、半年ぶりにイブ様が私たちの前に降りてこられます。嘘だと思うなら、その目でどうぞ真実を確かめに来てください」

「イブ様……?」

何度も切りつけた痛々しい傷跡が手を伸ばした彼女の袖口から見える。

「はい、私たちのすべてを見通す、絶対的な神です」

くだらない……

神なんてものに救いを求めるということが、馬鹿馬鹿しいと思った。

そんな弱い人間じゃない、そう認めたくないだけなのかもしれないけど。

僕は会話を終わらすためにビラを受け取り、そこから離れた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

自宅に戻ってベッドに倒れこむ。

大きく息を吸う。やっぱり外は疲れる。

ある朝、僕はこのベッドから起き上がれなくなった。

どこか身体が痛むわけじゃない。ただ、起き上がれなくなったんだ。

何も考えられず、部屋にいるのに逃げたいと思い、テレビの音がすべて雑音に聞こえ、太陽すらも眩しすぎてカーテンを閉めていた。

最近、やっと外に出れるようになった。

薬のおかげなのか?

ベッドに突っ伏しているとズボンに違和感があった。

ポケットを探るとクシャクシャに丸めた久遠の会のビラが入っていることに気付く。

「なんでこんなの受け取ったんだよ……」

寝ころんだまま、ビラに見る。

『あなたの人生に未来と言う道標を』とビラには書かれていた。

ビラには久遠の会の住所も記載されていた。

ただの勧誘だ、こんなもの……。

スマートフォンを出して、愛実に電話をかける。

『おかけになった電話番号は現在、使われておりません』と、何百回も聞いた機械音が流れてくる。

あの震災の後、愛実の行方は分からなくなった。

安否不明者の一人。

警察にも捜索を頼んだが、有力な情報はひとつもない。

あの看板が落ちた場所にも何回も足を運んだ。

だけど、手掛かりなんて何一つ見つからないまま、二年も時が過ぎてしまった。

「愛実……」

目を閉じる。

薬の副作用か、沈むように僕は眠りについた。

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とじる

3 久遠の会

「ねぇ、今度旅行にでも行かない」

長い髪の彼女が柔らかい笑顔をしてベッドで言う。

「旅行?」僕はそう聞き返す。

「うん。近場じゃ駄目だよ。どっか遠くに行きたい」

「遠く?でも、休みがないしなぁ……」

「辞めちゃおうよ、二人で会社なんか」

「何言ってんの……こんな夜遅くに」

「だって……」

―――――――――――――――――――――――――――――

だってと……そのあと、愛実が言った言葉を思い出す前に僕は目を覚ます。

最近、同じような夢を見る。同棲していた時の断片的な記憶なのか?

カーテンから漏れる光は鈍く、それだけで今日の天気は曇りだということが分かった。

頭が少し痛い。

コーヒーを淹れて、ゆっくりと目を覚ます。

医者からカフェインは取るなと言われたが、抜いたほうが身体に悪いと思った。

仕事を辞めて一年が経とうとしていた。

直に貯金も底をつく。

自分がイライラしていることに気が付いた。

この怒りをどこにぶつければいい?

あの顔のない医者に気持ちを吐き出すか?

いや、それはよくない。何より薬を処方し続けてもらわないと困る。

ならどうする?

キッチンのゴミ箱に捨てたビラがふと目に入る。

試しに本当にあのキナ臭い会にでも行って一人ひとりの信者に暴言でも浴びせてみるか?

お前たちは神にしか頼れない弱い人間だと。

――――ああ、最低だな、僕は。

「……道標か」

そんなものがあるなら教えてほしいくらいだ。

この抜け殻のような人間に道標があるっていうんなら……。

僕はビラをゴミ箱から取り出した。

◆◆◆

東都ライン・屑森駅に降りる。

皺のできたビラをもう一度確認する。

「田辺ビル……」

久遠の会へは南口を通っていった方が近道だった。

屑森駅は雑多な街という印象だった。

北口は完全なオフィス街だが、南口は若者向きのショッピングモールもあれば百貨店や飲食店、呑み屋、風俗店、パチンコ屋などの娯楽施設が立ち並んでいる。

繁華街を抜け、大通りに出て歩道橋を渡っていく。

雑居ビルが立ち並ぶ通りに入っていき、ほどなく目的地の田辺ビル着いた。

ビルのエントランスに入り、テナントの看板を見ると4階から7階まで久遠の会の表記があった。

どうやら4階が受付になっているらしい。

エレベーターに乗り込み4階のボタンを押す。エレベーターの中は少し古い匂いがし、昇るスピードも遅かった。

扉が開くと、すぐ目の前に黒いスーツ姿の女性が立っていた。

その女性の後ろの大理石でできたような黒い壁には久遠の会と書かれている。

受付は小奇麗で、まるでベンチャー企業のような造りだった。

「おはようございます。失礼ですが、会の信者様でいらっしゃいますか?」

女性は笑顔で僕にそう聞いてきた。

「いえ……これを駅前でもらって」

「ああ、そうでしたか!初めてのご来場の方ですね。今日は見学という形でよろしいでしょうか?」

「まぁ……はい」

「それでは案内のものを呼んできますので、こちらにお名前だけ書いて少々、お待ちください」

少し予想外だった。接客が随分と常識的で、手厚かったからだ。

受付にあった専用タブレットのようなものに指で名前を書く。勿論、偽名ではあるが。

ほどなくして、先ほどの女性と一緒にオールバックで長身の黒いスーツ姿の男性が受付に歩いてきた。

胸には金のプレートが付けられ、座天使と書かれた横に仙道と表記があった。

「お待たせしました。えー、高木様ですね」

男性がタブレットを確認して言う。

「はい」

「久遠の会の仙道と申します。ではご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

仙道が爽やかな笑顔で、僕を手招く。

白を基調とした広い通路はいくつか個室があり、所々に観葉植物や小さな水槽が置かれていた。

「部屋がたくさんありますね」

僕は前を歩く仙道に単純な感想を言った。

「ええ。個室は基本的には信者の皆様に解放していまして、自由に使って頂いております」

「自由に?」

「はい。信者の皆様が談笑をしたり、あるいは学生の方だと勉強につかって頂いたり、小さなお子様がいる信者もいますので、時には託児所代わりにも使って頂いております」

「……そう、ですか……」

「今日はどうして久遠の会に来て下さったんですか?」

仙道は振り向いて僕に尋ねた。

「いえ……単純な興味というか……」

なぜだか咄嗟に僕はそっぽを向くようにして答えた。

「そうですか。でもタイミングがよかったかもしれませんね」

「?」

「今日はイブ様がお目覚めになる日ですから」

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とじる

4 邂逅・前

仙道の案内で4階から6階に向かう。

6階で久遠の会の全体集会が行われているという話だった。

エレベーターの扉が開き、目の前にあったのは黒いカーテンで仕切られた大きな扉だった。

左右には自動販売機とトイレだけ。

4階とはまるで違う、どこか異様な雰囲気だった。

「集会が始まっておりますので、どうかお静かに」

仙道が目の前の黒いカーテンを少し開けて、僕を誘導する。

入っていいのか?

今なら、まだ引き返せる。

自販機の横にある扉は非常階段だ。あそこから逃げることは可能だろう。

だけど、僕はまるで吸い寄せられるようにそのカーテンの向こう側に足を踏み入れた。

神など、この世にはいない。

でも人はどうしようもない現実にぶつかったとき、何かに救いを求める。

あの未曾有の大震災が起きて、新興宗教が勃興してきたと一部のメディアが報じた。それは人が救いを求める場所が結局、神であることを証明してしまったのではないか?

僕も……すがりたいのか?

絶対的な存在に?

形のないはずのその存在に。

黒いカーテンの先には真っ暗な闇が広がっていた。

頼りになるのは入り口から差し込む、一筋の光と、非常出口と書かれた緑の看板だけだ。

目はゆっくりと慣れていき、その空間の全容が見えてきた。

広い空間に何十……何百もの人間が座っていることにようやく気付く。

椅子はない。彼らは地面に直に座り、ただそこで一言も喋らず前を向いている。

その視線の先には天井から吊るされた白い布が掛かっている。

「まもなくです……」

「!」

僕の横にいつの間にか仙道が立っていた。

そして僕の肩に手を置き、座ってくれとジェスチャーをした。

僕は一番最後尾に周りと同じように座った。

前方の扉が開き、人が歩いてきた。そしてプレゼンテーションでも始めるのか、その人物に光が当たる。

見覚えのある女性だった。

駅前で僕にビラを渡した女性。あの時と同じ黒いドレスのような姿で、その人物は部屋に現れた。

「天使たち、おはようございます」

「おはようございます。智天使・碓井!」

女性の声に信者たちが一斉に礼をする。

智天使……たしか仙道のネームプレートには座天使と表記があった。

この久遠の会での階級のようなものなのだろうか?

「今日は記念すべき、我らが絶対神・イブ様の降臨が果たされる日です。皆様の愛と祈りの一粒が大きな結晶となり、神はふたたびこの大地にお戻りになられます」

信者たちが、両手を合わせ祈りを捧げている。

中には身体を揺らし懇願するような人もいれば、ぶつぶつとよく分からない言葉を発している人もいる。

「権天使・渡辺、こちらに」

先ほどと同じような聞きなれない肩書とともに碓井に呼ばれたのは、集団の中にいた猫背の中年女性だった。

渡辺と呼ばれた中年女性は白い布の前まで歩いてくると膝をつき、祈るように身を屈める。

「権天使・渡辺、この24回目の再臨を迎え、あなたの奉加は100万粒を超えました。よって最初の神託を受ける権利をあなたに与えます」

碓井が身を屈めた渡辺に言う。

「身に余る光栄です。イブ様の神託を聞き、より一層の久遠の会への愛と祈りを捧げます」

「よろしい。イブ様、どうか哀れな我ら天使に救済を、そして神託を……」

碓井の言葉とともに白い布が内側からボンヤリと光り始める。

「おおおおおおぉぉぉぉーーーー!!!」

その光に信者たちが、どよめく。

『久遠の子よ、愛を知り、慈しむ心をもった我が子よ』

白い布が内側から大きな光を発する。

「イブ様―――!!!」

「おお、イブ様!!」

「神が、神が再臨なさった!!!」

「静まりたまえ、久遠の子らよ、神の御前になります」

碓井が信者たちを制する。

『天使よ、家族を引き裂かれた哀れな天使よ、聞け。我は24回目の眠りから醒め、今この地に降り立った。天使よ、汝の悲しみを我は悼もう。そして汝がふたたび歩き出すための言葉をここに告げよう』

「ああ、なんとお優しい、イブ様……」

白い布の前に座する渡辺と言う女性は肩を震わせ、泣いていた。

『天使よ。汝の子らを救済するのだ。お前から愛すべき二人の子を奪った憎き男を断罪し、もう一度、二人の子らをその柔らかな胸に抱きしめるのだ』

「イブ様……私は子供たちには二度と会えないと、会ったら今度こそ、通報するとまで言われました。どうやって取り返せばいいのでしょう……」

『汝の愛の力が法に負けるとでも?』

「いいえ!!いいえ、いいえ!!!私は誰よりも子供たちを愛していました!!それをあの男が!!!私から一方的に奪っていったのです!!!」

『その通り。汝は正しい。我には汝が二人の子らと共に太陽の下を歩く姿が見えます』

「なんと!!私は本当に子供たちを取り戻せるのですね!!!」

『神託に間違いはありません。汝の未来は幸福に満ちているのだから……』

「ありがとうございます!!ありがとうございます!イブ様ぁあああああああ!!」

渡辺という女性はその場で泣き崩れ、ほかの信者たちに引きずられるように部屋から出て行った。

「……なんですか、今のは……」

あまりの光景に、僕は隣りにいた仙道にそう尋ねる。

「イブ様の神託です……未来視ともいえます」

「未来視?あの人の未来が見えるってことですか?」

「ええ。その通りです」

当然のように、そう言い切った仙道に思わず振り向く。

しかしその表情には曇りひとつなく、ただ一点、白い布の向こう側にいるイブという存在を見つめていたように思えた。僕にはそれが酷く恐ろしく思えたのだ。

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1

もうどうしようもなくなった時、こういうものに惹かれる気持ちはわかります。
そして、もしかして「イブ様」って……? と思えてきますね。
まさか、でも、なんでこうなっている、という。
とにかく彼女の正体が気になります。

大久保珠恵

2018/8/27

2

大久保さん、コメントありがとうございます。
重たい空気が漂う物語ですが、最後まで読んで頂けたら嬉しいです!

作者:佐伯春人

2018/8/27

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とじる

5 邂逅・後

次に碓井に呼ばれたのは本間という若い大学生だった。

「僕は20年間、親の言いなりになって大学まで進学しました。その大学も親が入れと言った大学です。僕はこのままでいいのでしょうか?久遠の会に入信して半年が経とうとしています。生きている実感がするのです、イブ様に会っている時だけ」

本間は白い布の前に膝をつき、その裏側にいるイブに悩みを打ち明けるように話しかける。

『汝は我が子です。汝の母よりも慈しみ、汝の心を包み、時に間違っていたら正しましょう。汝が踏み出した道は決して間違ってはいません』

「イブ様……ありがとうございます!!」

『大いなる翼を広げた次世代の旗手よ、汝の後ろには多くの人々の姿が見えます。その活動をさらに前進させなさい』

「はい……!!」

その後も3人目、4人目とイブの神託は続いた。

一時間くらいだろうか?すべての神託が終わったのか白い布から光が消える。

「24回目の再臨はここに果たされました。イブ様の“器”となった熾天使・久遠は力を使い果たしました。これより25回目の再臨の準備に移ります」

碓井がそう言うと、信者たちは急に各々のスマートフォンをバッグやポケットから取り出した。

「天使たちよ、魂のヤドリギに祈りの放出を!!」

碓井が自分のスマートフォンを持った腕を上げる。

「祈りを!祈りを!!!祈りを!!!!」

信者たちはそんな言葉を連呼しながら、自身のスマートフォンをずっとタップしている。

近くいた男性の画面を覗き見ると、1000粒、5000粒、10000粒と3つのボタンがある。男性は10000粒のボタンを何度も押し続ける。

周りも同様だった。

「天使たちよ、本日、500万粒の祈りの欠片がここに集約されました!天使たちの祈り、そして愛に、智天使として心からお礼を申し上げます」

パチパチパチ!!と信者たちから溢れんばかりの大きな拍手が上がる。

「天使たちの小さな粒が結晶となったときイブ様は長い眠りから目覚め、ふたたび我らの前に降臨するでしょう。各々それまでは修練に励みなさい」

碓井の話を聞き、宗教の収入源は何だろうか……そんなことがふと頭によぎった時、この粒という言葉の意味が分かった気がした。

その意味が分かると、この儀式という名の搾取の空間があまりにも異様で、今すぐにでも飛び出したい気分だった。

僕が横にいた仙道に感づかれないように部屋を出ていこうとした時だった。

「わぁあああああああああ!!!!!!」

と信者たちの悲鳴にも似た、大きな声が上がった。

振り返ると白い布が天井から落ちていた。

隣りにいた仙道は駆け足でその白い布が落ちた場所まで走っていく。

白い布の後ろから現れたのは真っ黒なドレスを着た髪の長い女性だった。

イブ様!!!!!イブ様!!!!イブ様ぁああああーーーー!!!!!

あああ神よ!!!なんと美しい!!!

あああああああああ祈りを!!!イブ様に祈りを!!

「うそだ……」

騒ぎが起こる室内。しかし僕の耳にはその騒音がなぜか小さく聞こえた。

五感で言えば、“目”だけだ。僕のすべてのエネルギーはその白い布の下から現れた女性にしか向いていなかったのだから。

違う、こんなところにいるはずがない。

どうして?

じゃあ僕の目の前にいるのは?

イブ様?違うだろ!!

頭の中がグチャグチャだ。これはなんだ?

熾天使?なにそれ?

手を伸ばせば、届くのに。

キモチわるい、吐き気がする。薬のせいだ。

待て、冷静になれ。

でも、でもそうじゃないか!

僕の目の前にはいたんだ。

――――間違いなく愛実が……。

「愛実!!!!!」

あの時、看板が落ちるときに叫んだような声で、彼女の名前を呼ぶ。

その声に、信者たちが一斉に僕の方を向く。

僕は構わず、その信者たちの押しのけるように愛実の元まで走っていく。

途中、誰かに服を引っ張られたが、そんなこと気にもせずに。

「愛実……」

目の前にいた黒い服を着た彼女は間違いなく愛実だった。

艶のある長い黒髪に、右目の涙ボクロ、長いまつげ、薄い唇にコンプレックスだと言っていた童顔。

黒いドレスから見える肌は太陽を浴びてないように白く、高いヒールを履いているけど、身長も同じくらいだ。間違いない……間違いなんて、あるわけがない!!!

頬に手を伸ばそうとした時、パァンと手を叩かれる。

「汚らわしい男め。熾天使・久遠に触れるな!」

僕の手を振り払うように叩いたのは碓井だった。

「久遠だと!?違う!!彼女は松浦愛実だ!!!」

碓井は一瞬、驚いたように細く鋭い目を大きくしたが、すぐに僕をまるで邪魔物のように睨む。

「ふざけるな……天使たちよ!この男は、イブ様の噂を聞きつけ、我らから神を奪おうとする悪魔です!!!」

「ふざけてるのはお前の方だ!!愛実を騙して、こんなところに連れてきたのか!!」

「早く、この悪魔をここから追い出して!」

「うがっ!?」

僕の顔を肉厚な手の平が覆い、身体のあちこちを見ず知らずの人間にベタベタと触られる。

殴られ、引っ掻かれ、それでも彼女の名前を呼ぶ。

まだ近くにいる、彼女に手を伸ばす。

「愛実!僕だ!!分かんないのか?亮汰だよ!!!なぁ、おい!!!なんでこんなとごっ……むぐっ!!」

口にまで、信者の指が入ってくる。

愛実は碓井という女に抱きしめられていた。

怯えるように、僕から目を逸らして。

「……な…ン…で」

――――――――――――――――――――――――――――――――

気付けば、僕は久遠の会が入る雑居ビルの裏のゴミ捨て場に倒れていた。

そして僕を覗き込むように仙道が立っている。

「今日、あなたが見たものは全て忘れてください」

「…………」

「あなたが何もしない限り、私たちはあなたに何もしません。ですが、あなたが私たちから大切な神を奪おうとするなら、あなたの周りに不幸が訪れます。いいですね」

「……あ……いみ」

僕から離れていく仙道の足音だけが聞こえた。

愛実に向けられた信者たちの言葉も視線も、尊敬や畏怖といったものを越えているように僕には思えた。

それは、本当に神の如き存在を見るような視線だった。

「どうしてだよ……愛実……どうして」

見上げる空はまるで落ちてきそうなくらい鈍色に薄く濁っていた。

まるで僕の無力さをあざ笑うかのように。

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ああ、やっぱりそういうことでしたか(´;ω;`)
なんで彼女がこんな風にされてるんだろう?
自分から?
それとも利用されてるだけ?
そもそも未来視の能力なんかどうやって……
とか、色々疑問は尽きませんね……(;´・ω・)

大久保珠恵

2018/8/28

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とじる

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