3

突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。 完結

ポイント
103
オススメ度
9
感情ボタン
  • 2
  • 0
  • 0
  • 3
  • 0

合計:5

 高校生の形代光輝(かたしろみつき)は自分の力ではコントロールできない『質問形式の予知能力』を持っていた。
 安居健(あんごたけし)と学校に登校する途中、萌黄(もえぎ)に寄生された氏神由佳理(うじがみゆかり)に襲われ、自称妖精さんにとり憑かれる。
 それがきっかけとなり、千鳥冨士子(ちどりふじこ)が作った超常現象解決部に入ることになった。
 さっそく宇宙人と交信する芙蓉冴香(ふようさやか)を尾行し、超常現象を解決しようとするが・・・。

投稿された表紙はありません

この物語の表紙を投稿する

目次

すべてのコメントを非表示

プロローグ

 私は久しぶりに車の運転をしていた。

 気分は良かった。通院している病院の帰りだ。

 それはちょっとした選択だった。普段は山道を登る、道路を渡って帰らなかった。遠回りになるけど、国道を通って自宅に帰宅していた。

 山道は街灯が少ないし、車のライトだけが頼りだから、夜は危ないのだ。バイクが走っていたら当てそうになる。いつもは避けていたのに、早くあの人に会いたくて、つい近道を選択してしまった。

 大丈夫。きちんと運転してればいい。

 そういう思い上がった気持ちが油断を生んだ。誰もいない、車も通らない道路を走っていると、無性に音楽を聴きたくなった。慣れない運転をしながら、やっと電源を入れると、黒い影が車の前を走った。あわててハンドルをきったけど、ドスンとした音が響く。

 汚いガードレールが見えたあと、エアバッグが飛び出してきて、シートベルトがしめつけてきた。体が上下左右にたたきつけられる。耳鳴りとめまいがしたあと意識を失った。

 意識が戻ると、車のフロントガラスが無残に破壊されていた。赤いボンネットが口を開けている。淡い明かりを出しているのは、ヘッドランプか。

 重力が頭にきて、全身が痛い。イスが真っ赤に染まっている。それが私の血だと知ったとき、再び意識を失いそうになったけど耐える。

 出なければ。震える手でシートベルトを外す。

 ドアガラスが、割れてなくなっていたからはい出した。車はひっくり返っていて、タイヤが空を向いていた。ガラスで太ももが傷ついたけれど、痛みはそんなに感じなかった。

 火がガソリンにつかなかったのか、燃えてはいなかったものの、漏れていて臭いがきつい。揮発した液体は空気より重く、常温でも火種があれば爆発する。木々や茂みに囲まれているから、火が出れば燃え移る。

 早くここから離れなければならない。ほふく前進で車から離れていく。砂利が腕の皮膚に突き刺さる。

 黒い胴体で長く、何本もある足を持つ、黄色い虫が逃げている。ヤスデだ。腐敗臭を好むと聞いたことがあるから、餌が動いたので驚いて逃げたのか。

 目の中が暗くなった。頭を打ったせいだ。方向感覚が失われつつある。最悪だ。こんなときにかぎって。

 涙がにじみ出た。神様はなぜこんなことをしてくるのか。人間を愛しているのなら救ってほしい。

 力尽きてあおむけに転がる。泣いていると、誰かが近づいてきた。暗闇から三つの三日月が見えた。それが男の顔だと認識するのに、時間がかかった。

「ヒハハッ。やってくれたなぁ、ねーちゃん。せっかくの器がだいなしだ。しかもこれじゃぁ使えねぇ」

 なぜだろう。『助けて』と言えなかった。男は私を救ってくれる神様にしては、あまりにも邪悪だったから。

 能面のように曲がった金色の両目。口が端まで裂けたニヤニヤ顔。ライオンみたいなボサボサな黒髪。首には、茶色がこびりついたタオルを巻いて、汚れた黄土色の作業着を着ている。工事現場にいる人みたいだ。

 黒いサンダルから出た足の指を見て、血の気が引いた。指が左右ともに三本しかない。爪はカギヅメのように曲がって、喉をいつでもかき切ることができる。

 逃げたと思ったヤスデは、私を見つめていた。男は動かないヤスデを素手でつかむと、頭からかみちぎって、ムシャムシャ食べ始めた。吐く息から、卵が腐ったような臭いがする。

 恐怖が意識を覚醒させていく。男は両手を広げ、胸を見せた。光景がゆがんで、光る何かが目をふさぐ。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください』

 そろっておらず、上下に飛び出し、光り、回る文字があらわれ問われた。右目に『YES』、左目に『NO』という文字がゆらゆら浮かぶ。何が起こっているのか理解できない。

「ヒハッ。簡単だぜ? YESかNOかで答えてくれればいい。YESなら右目を閉じろ。NOなら左目だ。それでお前の運命が決まる」

 男がほほ笑みながら声を張る。

 いったい私に何をした? 私に何をさせたいんだ?

 質問の内容が異常すぎて答えられない。どちらも目を閉じられるわけがない。だけど人は、いつまでも目を開けてはいられない。まぶたは必ず閉じるように、生理的になっているからだ。

 残酷な運命は、刻一刻と近づいていた。

「選択に迷っているな? なら教えてやるよ。単純な話、人生の選択ってのはなぁ――生きたいか、死にたいかのどっちかだ」

 男はケラケラ、誰もいない森の中で笑い続けていた。

  • 0拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 3怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

件名『予知能力』

 形代光輝は誰もいない道を立っていた。

 黒と黄色の混ざった踏切警標が立っていて、カンカンカンと、警報機が鳴っている。不思議なことに、遮断機は下りていなかった。いつも見る、マウンテンバイクに乗る社会人の姿もない。

 電車がきそうにないので、線路を渡って歩いていく。公園が見えてきた。すべり台にブランコ、鉄棒にベンチがある。

 いつもは、おじいちゃんがベンチに座ってぼけっとしているのに、今日はいない。カバンをせおって、走り回る小学生もだ。ブランコに赤黒いものがついていて、それが血ではないかと思えてくる。不安が増していく。

 学校に向かうため足を速めた。コンクリートの道を登っていく。山の上に学校はあった。ここまで誰とも会わなかった。

 静寂がすべてを支配していた。鳥や犬の鳴き声すら聞こえない。みんなどこに行ったのかわからない。風の音だけが静かに耳をつく。

 寒気が背筋に走っている。圧倒的な不安。それでも学校には行かなきゃと、義務だけは果たそうとしている。生き物がいないのに。

 門をくぐって校内に入る。駐輪場に置かれた自転車は数台。帰ってこない主人はどうしたのかと、カゴが俺のほうを向きたずねてきそうだ。

 げた箱に靴を入れて校内シューズにはき替えた。おはようのあいさつすら聞こえてこない。先生が教室に早く入れと、怒鳴ってこないのは苦痛で、汗がにじみ出る。

 一年のD組にたどりついた。戦争から帰還した気分だった。引き戸を開くと、濃い緑の黒板と並んだ机とイス。座っていたのは真っ赤な肉塊。筋肉のついた人体模型たちが、手を上げて「おはよう」とあいさつする。

「うわぁ!」

 ベッドから飛び起きた。汗が全身を流れている。パジャマの首回りがべとついて気持ち悪い。

 夢か。

 片腕を上げていた。何もない壁に向かって。届かないことがわかっているのに。

 胸に手を当て深呼吸した。お腹がふくらんで、ヘコんでいく。額に手をやるとにゅるりと脂ですべってしまった。

 いちど目を閉じた。開けると、必ずあれがあらわれる。俺にしかない能力。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。今日は不当労働させられるでしょう。それでも学校に行きますか?』

 光る文字が闇に浮かび上がった。整列しておらず、上下に揺れ、一文字一文字歯車のように回っている。これは空中に表示されていないから、他人は見えない。俺の目の中にだけ、文字が存在するからだ。

 長い質問文が消え、右目にYES、左目にNOと表示された。右か左、どちらかを選択してやればいい。目を閉じてやれば、文字は消える。

「はいはい。YESYES」

 右目をパチッと閉じてやる。不安にならないのは、しょっちゅう朝起きるとあらわれるからだ。起きた瞬間、集中力が増すのか、この能力が発動される。

 内容はくだらないものばかりだ。お弁当を忘れた、体育の授業のとき、ボールが顔に当たりますなどなど。命に関わることじゃない。仮に生命が危ういとしたら、『学校に行くと死ぬでしょう』という質問文が出てくる。

 パジャマを脱ぎ捨てて制服に着替える。窓を開けると、六月のしめった風がふいてきた。梅雨はいまだに続いているのか、しとしとと雨が降っていた。これぐらいだったら、学校に行く途中でやむかもしれない。

 教科書の入ったカバンを持って、二階から一階につなぐ階段を下りる。中古住宅なのでぎしぎしきしんだ。家があまっているのか、意外と安く買えたらしい。出張に行ってる親父が自慢していた。

 ダイニングにつくと、電気ケトルが湯気を上げている。母親である形代摩耶は、液晶テレビに食いついていた。映像から察するに、心霊特集。去年も見たから使い回しだろう。ネットにありそうな動画ばかりだ。

 摩耶はショートストレートの隙間から見える耳に手を当て、熱心に拝見中だ。俺に気づいていない。小柄で高校生に間違われるが、年齢は三十四歳。いまだ息子を「ちゃん」づけと呼ぶ。他人からよく似てないと言われるが、背は似なくて本当に良かった。

「おはよう。母さん朝ご飯もらうよ」

「あっ、おはよう。ねえねえ光輝ちゃん。霊って本当にいるのかしら?」

「いるわけないだろ。どうせ作り物だって」

 焼いたパンに黄色いバターを塗って、パリパリ食べる。くし形切りのトマトには、マヨネーズがかけてあった。ブルーベリージャム入りの白いヨーグルトが小皿でとろけている。

「うひゃあああっ!」

 摩耶が座っている、イスがガタリと鳴った。

「うわっ? なんだよ?」

「今ね。車に乗ってきた女の顔が豹変したの。続きは今夜の放送でだって。いやぁねぇ」

 胸を抱いて震える摩耶。小学生かお前は、と言ってやりたい。怖ければ見なきゃいいだけだ。恐怖を求める人間の心理がわからない。

 摩耶はトマトを手づかみで食べて、

「お父さん都会に、出張に行っていないし、寂しいわ。光輝ちゃん。今日は早く帰ってきてね。仕事十七時に終わるから。残業はないと思うけど、あったら携帯にメールするわ」

 パートとして雇われた事務の仕事を口に出す。

「わかったよ。じゃ、学校に行ってくる」

 トマトとヨーグルトを口の中にかきこんで、席を立つ。

「待って。傘持っていきなさいよ」

「折りたたみ傘を持っていくよ」

「はい。いってらっしゃい」

 摩耶はコーヒーを飲みながら手を振った。

 玄関を出てみると、雨は予想より早くやんでいた。住宅街を歩いていく。同じ制服を着た女子が足早に、学校に向かっている。マウンテンバイクに乗った社会人が、ネクタイを流しながら通りすぎていった。

 踏切を渡り、公園を越えると、緑の田んぼが広がっていた。田舎ならではの光景だ。水面に点々と波紋が丸を作っているので、雨がちょっと降っているとわかる。

 半袖の白シャツを着ているけど、雨のせいか肌寒い。これなら長袖のほうがよかったか。体格は細身だから体温維持が難しい。

「よお」

 声をかけられた。目が細い、男子学生が近づいてくる。友達の安居健だ。同じ半袖姿に安心する。十六歳から髪型をオールバックにしたのは、大人っぽさをアピールしたいかららしい。エロの話しか聞かないが。

 格闘漫画の主人公のようなポーズをし、

「出たな。細目妖怪」

「殴るぞ」

 安居と変わらないあいさつを交わす。

「やってみろよ。すべてかわしてやるぜ」

 ニヤリと不敵に笑ってやる。

 安居は俺の能力を知っていた。幼稚園のときからの付き合いなので、ふたりでおもしろがって遊んでいたのだ。今でもそうだが。

 安居はふっと鼻で笑った。

 ――何かやるつもりか?

 集中力を増していく。文字を出す準備だ。普通の人間ごときが、この能力の前では無力であることを教えてやる。

「あっ! 後ろから裸のお前のかーちゃんがダンスを踊りながら、ヒャッハーってやってくる!」

「マジか! ぐはっ?」

 後ろを振り向いた瞬間、後頭部をしばかれた。

 摩耶ならやりかねない。パート先の飲み会で、お酒を飲みすぎて、他人の犬小屋で寝てた人だ。親父と探し回った、あの徒労感ははんぱない。

「油断するとお前の能力も形無しだな。妖怪なめるなよ」

「くっそぉ~」

 安居にしばかれた部分を手でさする。能力は発動しなかった。集中するか、命が危ないときにしか出てこないからだ。

 ――うん?

 前から歩いてくる人物に違和感がした。雨はやんでいるのに、黒いレインコートを着ている。髪の毛が黒のロングストレートなので、女性か。表情が前髪に隠れて見えない。

 おしゃべりをしていた女子たちは、さすがに気になったのか口をとめた。雲から太陽が差し込んでいる。女の人は、レインコートのフードを頭から取ることなく、近づいてくる。

 安居はすっとよけた。俺もそうする。だが、すっとこちらに寄った気がする。

 ――気のせいか?

 念のため安居から離れて端に寄った。田んぼに隠れていたカエルが、人間に驚いて、ぴょんと側溝に落ちていく。

 女は俺のほうに近づいてきて、

「みぃつけたっ」

 すれ違いざまにささやかれた。

 ――えっ?

 聞き間違いかと思って立ち止まり、後ろを向いた。女の背中は遠かった。黒い影が常闇に帰っていくようで、不気味な感じがした。

 安居と坂を登っていく。途中で誘われ、道を外れていった。アスファルトで整備されていない道になっていた。山の肌色の土を踏みしめていくと、木と草むらに囲まれていく。

 山の上に建てられた学校の名前は兜花学院高校。古かった学校を改築したので新しい。私立の高校だが、学費が安いので、地元の人間以外の生徒もたくさんいた。

 登校していた学生がいなくなった。当然だ。この道は近道になるけど、危ないので通ってはいけないことになっていた。たまに生活指導の先生が見張りにくるので、バレると学校周りの草むしりの刑に処される。

 安居はキョロキョロ首を動かし、

「どうだ? 先生はいるか?」

「いそうにないな。もうやめようぜ。この道通るの。メリットないぜ」

「いったん人は『楽』という快楽を得てしまうと、癖になってしまうのさ。俺の目標は高校三年間、この道を先生に見つからず通い続けることだ。卒業後には伝説になっているだろう」

「そんなもので、名を残して何が楽しいのかねぇ」

 三年という期間内で、いかに見つからないか、ゲームをしているみたいなものだ。付き合ってやってると言ったけど、実は伝説を作ってやりたいと思っている。聞いた話では、卒業までに草むしりを経験しなかったやつはいないらしい。

 安居と気配を消しながら、山道に足を踏み入れた。梅雨のせいか、草が道にまで侵入している。太い木の根っこまであった。歩きづらい。本格的な夏になると蚊もくるし、最悪な道になりそうだ。幅も狭い。

「ん?」

 視界に何か入った。誰かいる。学生服にスカートからして、ウチの学校の女子生徒だとわかる。

 白シャツの背中にたれる、黒髪を二つに分けておさげにしている。俺たちに気づいていないのか、振り返らない。体格はきゃしゃだが、異様な威圧感がした。

「おい。あれ」

「氏神さんじゃないか?」

 安居は後ろ姿を見ただけで、名前がわかるらしい。

「氏神って?」

「同学年の生徒だよ。ボヤッとしている癒やし系女子だ。氏神家の長女で、巫女の家系らしい。この学校は氏神家の土地を借りて建ってるんだぞ。ネットで見たけど、巫女衣装はなかなかだった」

「よく知ってんな」

「暇だからクラスメイト、ひとりひとりネットで検索してやったんだ。有名な女子は何人か知ってる。SNSのぞくの楽しいしな」

「さすが妖怪だな」

 安居をほめたつもりだが、ムスッとしていた。すごさを一言で片付けてしまったのが悪かったのか。どうでもいいけど。

 氏神の背中がふらふら揺れている。おかしい。そんなに遠くじゃないので、わかりづらいけど、俺たちの声は聞こえたはずだ。

「声かけてみるか?」

「そうだな。ここでの出会いがのちのランデブーになるかもしれん」

「ランデブーってなんだよ? ったく……」

 安居から氏神に視線を移した瞬間、彼女の姿が消えていた。ぽかんとして、目をパチパチさせる。空気に変化したみたいだ。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。少女が回し蹴りをしてきます。かわしますか?』

 目の中で浮かび上がる光る文字。さっきまでいた氏神のように揺れて、ゆっくり回転している。車酔いのような、気持ちの悪いものが、喉の奥からこみ上げてきた。

 質問文が消失し、右目にYES、左目にNOと表示される。

「なんだって?」

 右目を閉じてYESと答えてしまった。

「うわっ!」

 安居が尻もちをついた。

 氏神が背中を向けて、そばで立っている。彼女の背中がブレた。体を回転させ、回し蹴りが飛ぶ。質問の答えどおり、体がかってにかわす。

「ちょ、ちょっと!」

「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 獣のような叫び声を上げると、氏神が襲いかかってきた。両目が白く濁っている。口から透明な液体が飛び散った。

『右側から拳がきます。かわしますか?』

「いっ、YES!」

 右目を閉じた。氏神の拳が頬をかすめた。質問に答えれば、体が自動的に動いてくれる。ただ力はパワーアップしないので、達人並みなことはできない。

『蹴りが股間を狙ってきます。かわしますか?』

「当然YESだ!」

 右目を閉じて蹴りをジャンプでかわす。格闘家みたいに速い。かわすのがやっとだ。

「ひゅぃぃぃいいっ!」

 氏神がパンチを連打。たまに蹴り。空気が切れていく。右目を閉じていって、攻撃をかわす。

 氏神の拳が木の幹に入った。縦模様の樹皮が削れて飛び散っている。

 ぞっとした。人間の力じゃない。まともに当たれば、骨が砕ける。

「どこが癒やし系女子だ! 巫女さんに恨まれるおぼえはないぞ!」

 道を外れ、草むらの中に飛び上がる。白色の穂がざわめいた。会ったこともない女子に、突然襲われるのが、こんなに怖いと思ったのは初めてだ。端まで追いつめられる。

『投げつけて殺しますか?』

「えっ?」

 文字を見て驚いた。足が重い。浅い段差があって、地面から針のような岩がいくつか飛び出ている。あそこに氏神を落とすか問われていた。

 ――ベアクエスチョンか!

 相手を攻撃するかどうかの質問を、ベアクエスチョンと呼んでいた。トラバサミから取った言葉だ。相手の足に歯をたてるかどうか。

「そんなこと!」左目を閉じ、氏神の腕をつかみ肩にのせ、

「できるかよ!」

 柔らかい草むらに向かって投げつける。

 氏神はいきおいよく背中から落ち、口から息を漏らすと、白目を閉じた。気絶している。体から白い湯気のようなものが出てきて、風にふかれ消えていく。

 息を整え汗をぬぐった。ベアクエスチョンにかぎらず、今までの質問はすべて俺の意思で出していない。何者かに人生を選ばされている。

「おっおい……」

 安居が声をかけてきた。音量が細い。

「こらぁ! お前らそこで何やってる!」

 怒声が響いてきて震え上がった。ごつい体格をした男性体育教師、安井がのっしのっしとお山から下りてくる。太陽に焼けた肌から筋肉が盛り上がっていた。

 あぜんとして先生を見つめた。逃げる気力を失っていた。倒れている氏神をどうしたらいいのかという、葛藤もあった。

「うん? どうした……おい、そこに倒れているのは、氏神か?」

 安井は一目見て、倒れている女子高生が氏神だとわかった。土地が氏神家のものだから、知っているのだろうか。顔つきを見ると、困惑している。

 安居と一緒にコクコクとうなずいた。

「そうか。わかった。彼女は俺が保健室に運んでおく。お前らは早く学校へ行け」

 安井は舌打ちして、氏神を見下ろした。ため息までついている。「ったく。しょうがねぇな」と愚痴までこぼした。

「おい。行こうぜ」

 低い声で、安居に腕をひっぱられた。

 そそくさとその場を離れていく。

「待て」安井はふいに俺たちを呼び止め、

「お前ら、放課後草むしりだ。ちゃんと残っとけよ。本来なら一週間ずっとだが、今回だけは一日だけにしてやる」

 思い出したように罰を与えてきた。

「はい!」

 安居とともに背筋をのばして返事。伝説は早くも崩れ去った。

 放課後。安居と仲良く草むしり。指定された場所は、陸上部が使う運動場近くの、斜面がある場所だった。

 土が、ななめになっているので踏ん張りが難しく、雨をたっぷり吸収した、丈の長い草が前を邪魔する。体操着に着替え、軍手をつけて、三日月のような鎌を持って作業開始。青臭さがすさまじく、草を栄養としていた羽虫が、怒って顔を攻撃してくる。

 太陽が落ちるまで、草を刈り続ける刑に処された。汗でびちょびちょだ。利益にならないボランティアほど苦しいものはない。

 安居は頭にタオルを巻いて、作業を淡々とこなしている。伝説は崩れ去り、クラスメイトの嘲笑の対象となってしまった。逆の意味で名を残してしまい、泣きたくなってきた。知らない先輩から「残念だったな」と、声をかけられるのはつらい。

 安居はため息をつき、

「お前の能力ってさ。安井が近づいてきていることに気づかないのか?」

「前に言ったろう? 俺の能力は命の危機か、集中しないと出てこないって。日常生活で毎度質問文が出てきたら、気が狂っちまう」

「役に立たないな」

「うるせー。ちきしょうめ」

 草の首を切って八つ当たり。さっさと終わらせて帰りたい。

 安居は作業の手を止め、

「俺さ。お前の能力について考えてみたんだけど……」

「あん? 人間の脳は、実はそんなに使われてないから、何かのきっかけで超能力が発動する話か? それテレビでうそだって言ってたぜ。何年前の話だよ」

「違うよ。俺なりの仮説を立ててみたんだ」

 真剣な表情で俺を見る。目の細さが際立つ。最新の情報を持っているのか?

「お前、宇宙人にさらわれたんじゃないか?」

 安居の妄想にがっかりした。

 だめだこいつ。

 失望感がはんぱない。

「俺は小さい頃から、宇宙人なんて見たことないよ。いないって、そんなの」

「どうしてそう言い切れるんだよ? 宇宙人がいないって証拠はあるのか?」

「いや、ないけど……」

 口調を熱くする友に、ちょっと引いた。

 安居は腕を組み、

「宇宙人は存在する。きっとお前は改造手術をされて、その能力を手に入れた……」

「違うわ!」

 くどくなってきそうな説明を、メジロのような甲高い声がとめた。斜面の上の運動場の近くで、腰に手をやった少女が立っている。金髪碧眼、ツインテールで小柄。赤い太陽を背に、黒い影が下界へのびていた。

「ありゃなんだ? 外国人か?」

「小学生が迷い込んだんだろ? おい、道に迷ったのか?」

 安居がタオルで汗をぬぐいながら声をかける。

「誰が小学生か!」

 少女は過剰に反応し、斜面を下りようと足を踏み入れた。土が崩れて、ズルッとすべったのか、ビクッと後ろに跳ね上がる。次にそっと足を斜面にのせるが、やはり落ちるのが怖いのか、足を引っ込めた。

 少女はキョロキョロと下りる場所を探している。左に向かってダッと走っていった。だが、そこに適切な道がなかったのか、息を切らしながら、今度は右に向かって走っていく。

 安居と顔を見合わせ、草刈りの作業に戻った。陸上部が使っているのか、ホイッスルが響いてくる。そういえば、部活してないなと、楽しげに部に向かう友達を思い出す。

 斜面をどうにかして下りられたのか、少女が俺に近づいてきて、

「だっ、誰が小学生か!」

 息を切らしながら話を戻した。

「お嬢ちゃん。ここは男の作業場だ。ウチに帰ってミルクでも飲んでな」

 安居が冷たい言葉で突き放す。

「おいおい」友のイラつきを押さえつつ、

「どうしたんだ? 小学校の帰りか?」

 優しく声をかけてやった。

「だから! 小学生じゃないって! あんたらと同じ学校の生徒で、同級生よ! 私のこと知らないの!」

「へっ? そうだったの?」

 服装を見ると、確かにウチの学校の制服だ。

「私の名前は千鳥冨士子。ウチの部員が世話になったわね」

「部員?」

「氏神由佳理よ。彼女に変わってお礼を言っておくわ。たまに、あんなふうに暴走するから。先生たちから腫れ物扱いされてるの。おとがめなしだったけど」

 千鳥の説明で、体育教師の安井が、嫌な顔をした理由がわかった。氏神はこの土地の所有者の娘だ。特別扱いなのだろう。

 ――なるほど。そういうことか。

 草むしりが今日一日だけになったわけだ。誰にもしゃべるな。暗に脅されてたのだ。

「あっ! 思い出した」安居が拳をぽんっと手のひらにのせ、

「千鳥冨士子。外国人のハーフ。年齢と体格が一致しないロリ系女子だ。姉が三人いて、大学の美少女コンテストで優勝してるらしい」

「へぇ。すごいな」

 言われてみれば。体格と年齢が一致してない。俺と同じ十六歳なら。

「恐怖だわ!」

 千鳥は胸を抱いて、嫌悪感を表情に出している。

 いろいろあったんだろうな。

 そんな感想が浮かんでしまう。

 気を取り直したのか、千鳥は俺のほうを向き、

「由佳理から聞いたわ。あなた、超能力を持っているわね?」

 その言葉を聞いた瞬間、目を丸くした。

 俺の能力を信じる人はいなかった。母さんは笑い飛ばしていたし、父さんには言ってない。友達にも言ったことがあるけど、唯一信じたのは安居だけだ。

 考え込んでしまい唇を閉める。

「疑わなくてもいいわ。宗教の勧誘とかじゃないから」

 千鳥に心の内を言い当てられた。

 まずい。千鳥のペースになりつつある。

「あなたのその能力。由佳理の話から推測するに、『予知能力』ね。相手が何をやってくるのか予知できる。だけど能力を自分で操作できない。発動条件はピンチになったとき。もしくは集中力が増したときでしょ?」

 千鳥は人さし指をピンと立てて言う。

 完璧に正解だ。あぜんとする。なぜ俺のことを知っている?

「ふふん」千鳥は目を細め笑い、

「警戒しなくていいって。あなたの能力は、実はめずらしくないの。過去に超能力を持っていた人間がいたのよ」

「なっ、本当か?」

 彼女につめ寄った。そんな人間がいるのなら、ぜひ知りたい。

「明治時代の超能力者。御船千鶴子よ。『千里眼』を知ってる?」

「遠くまで見渡せる能力のことか?」

 千鳥に向かって、名前から得たイメージをそのまま言う。

「そう。予知じゃないけどね。御船千鶴子は封筒や鉛管の中身を言い当てたそうよ。でも、多くの学者やマスコミが否定的な見解を出したせいで、服毒自殺したの。悲劇のヒロインってわけね」

 両手をにぎりしめ、悲しそうな表情で天を見上げる千鳥。俺と同じ超能力者が歴史に名を残しているとは知らなかった。教科書にはのってないことだ。

 熱くなってきた顔の表面を手であおぎ、

「ちきしょう……かわいそうに」

「そこで悲劇を起こさせないように、私はある部を立ち上げたの。もちろん非公認でね。あなたの能力、私たちに検証させてくれない?」

 千鳥がぐいっと顔を寄せてくる。期待と喜悦が混じった表情。瞳の中で碧い露草が花を咲かせている。

「わかった。いつ千鳥さんの部室に行けばいい?」

 承諾してしまった。

 千鳥はニヤリと笑い、

「いい選択だわ。明日の放課後、学校の裏にある細い山道を登って、フェンスの先にあるコンテナハウスにきて」

「わかった!」

「待ってるわよ。形代光輝君と、安居健君ね」

 クルリとツインテールをはじき、腰に手をやりながら去っていった。

 名前は調査済みのようだ。さすがだ。

 俺の能力の正体がわかるかもしれない。小さな頃は気にしなかったけど、得たいの知れない力だ。共闘できる仲間ができたみたいでうれしい。

「おい。早く草むしりしろ」

 安居は関心なさそうに、淡々と草をむしっている。

「なんだよ。興味なさそうだな?」

「ないな。さっき言っていた御船千鶴子だが、透視のさいちゅうは立会人に背を向けていたらしい。透視能力があるのなら、正面からでもいいはずだ。自殺理由も金銭的トラブルらしかったしな」

 安居の反論にムカッとくる。上がったテンションがだいなしだ。千鳥を信じただけに、詐欺扱いされるのは腹が立つ。

「まっ、行くのなら止めはしない。俺の知識は本からだから、実際その実験に立ち会ったわけじゃないし。それに、お前の能力は認めてるしな」

 タオルで汗をぬぐう安居。

 ――じゃあ言うなよ。

 遠くで弱々しく鳴るホイッスルを聞きながら、わが物顔で立つ草を、おもいっきりむしってやった。

  • 1拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

件名『宇宙人と交信する少女』

 千鳥と会った次の日の放課後、形代は学校の裏にある、整備されていない山道を登っていた。

 茶色の土肌が見え、左右に緑の葉をつけた木が生い茂っている。空気が白っぽく見えるのは、霧が出ているからだろうか。安居とチャレンジした学校の近道よりかは、幅が広い。放射線状の雲が青い空に走る。

 この道は特に通行禁止というわけじゃなかった。先生以外に学生も通ってよさそうだけど、誰も登っていない。知らないのかもしれない。千鳥に言われるまでは、俺も知らなかった。草がボウボウでないところから、業者が定期的に草刈りをしているようだ。

 訳のわからない能力を解明できるのなら、多少危険な橋も渡るつもりだった。覚悟はできている。上に何がいようとも。

「ははっ。こりゃ部室に行くまでが大変だな」

 安居が後ろからついてきていた。のんきに大股で歩いている。

 顔をしかめながら、

「なんでついてくるんだよ?」

「言っただろう。行くなら止めはしない。だけど俺も行く。ひとりだと心細いし、恥ずかしい」

「素直に行きたいって言えばいいじゃないか」

 安居の言い訳に、わざとらしくため息をついてやる。実は、心細かったのは内緒だ。千鳥冨士子を完全に信用したわけじゃない。

 外構フェンスが見えてきた。部分部分に赤いさびがついている。上につけられた有刺鉄線が生々しい。高さは三メートル以上ある。

 片開きの門扉のハンドルに手をやる。上にあげれば鍵が外れるタイプだ。門を外側に向かって開くと、悲鳴を上げながら俺を中に入れてくれた。

 コンテナハウスは出入り口のすぐ前にあった。トラックでも運べそうな長さだ。窓が二つ、ドアが一つあり、細長い穴が横に並んだ、通気口がある。窓はカーテンで閉められていた。

「なんか焦げ臭くないか?」

 安居が鼻をクンクン動かす。変な臭いがする。空に向かって、黒い煙が上がっている。

「おいおい。まさか、燃えてるんじゃ……」

 ぎょっとした。

 コンテナハウスの近くで、木の枝がゴウゴウと燃えている。そばには、おさげの女子が念仏を唱えていた。氏神だ。熱気がここまでやってきて、汗が流れてしまう。

 氏神の格好は巫女衣装だった。白い白衣、緋色の袴、白足袋に草履。木の棒に白い布をつけた、みてぐらを振っている。熱いからか、後ろ髪から汗が飛び散っていた。

 ――なんかすごいものを見てる!

 本格的すぎて逆に引いた。

「おいおい、ちょっとやばいな……引き返すか」

「シェクシィだ」

 安居は腕を組み、鼻の下をのばしていた。細い目だが、変な妄想をしているに違いない。巫女に卑猥な想像をするとは、神罰に等しい行為だ。

「見ほれてる場合か。こっちに気づいてないみたいだし、今のうちに……」

「やっときたわね!」

 甲高い声に、心臓が口から飛び出そうだった。

 千鳥が後ろで両手を腰にやって立っている。驚きすぎて言葉が出てこない。服装は制服だった。

 千鳥は俺を通りすぎ、

「由佳理! 本命の彼がきたわよ!」

 集中している氏神に声をかける。

「えっ? はわぁ。気づきませんでしたぁ」

 氏神の幼くて透き通った声。アニメの声優にいそうな声色だった。とろんとした目つきで、舌足らずな口調で話す。

 ――あっあれ? 初対面と印象が違うぞ?

 襲われたときは、餌を求めるクマのごとしどう喝だった。それが、かわいらしくさえずる小鳥に変わっている。あのときは揺れる巨乳でさえ狂気に思えた。

 氏神はペタペタやってきて、

「こんにちは。氏神由佳理と申します。形代君だよね?」

 ペコリと頭を下げてたずねてくる。

「へっ? あっああ。形代光輝です」

 同じく頭を下げてしまった。

「紳士同盟に所属する安居健です」

 となりにいた友は、聞いたこともない組織人であることをアピール。視線を追うと氏神の胸元に向かっている。汗のせいか、胸が大きすぎるのか、白衣の隙間から純白のブラジャーがチラッと見えた。本物の紳士はこうやって目をそらしてやるものだと、偽物に教えてやりたい。

「何エロい視線向けてんのよ!」

「ぐはっ!」

 千鳥にわき腹をパンチされる。拳は小学生サイズだが、けっこうきいた。

 氏神は笑顔のまま首をかしげる。

「むっ向けてないだろ!」

「向けてました! 向けるのなら、この私に向けなさいよ!」

「なんでだよ!」

 千鳥の訳のわからない誘いにツッコむ。顔が熱くなってきた。

 ひとりだけ犯人扱いされるのはくやしいので、安居を指さし、

「こいつだってエロい視線向けてたんだぞ!」

「マジで? 目が細すぎてわかんないわよ!」

 ぐるるるるっと、千鳥は安居を威嚇する。視線を相手に悟られない能力が生かされたか。目の動きがまぶたに隠れてわからないし。

 安居は気安く俺の肩に手を置き、

「見苦しいぞ。紳士はそんな無礼なことはしない」

 紳士口調で説教。

「うっせ!」置かれた手をビシッとはらいのけた。

「けんかはいけません。仲良くしましょうね」氏神は真剣な顔つきになり、

「形代君。ごめんなさい。私、その……」

「あっ、いいっていいって。俺のほうこそ投げ飛ばしてごめん。おたがいさまだな」

 すぐに昨日の朝のことだとわかった。

「そう言ってもらえると救われます」

 氏神は手を合わせて頭を下げる。清楚で、きちんとしているお嬢さんだ。男の格を上げるため、当然のように許してやる。好感度はアップしたか。

「もういいだろ? 約束どおりきたぞ。俺の能力を検証するんだろ?」

「そうよ。準備はすんだの?」

 千鳥が氏神に顔を向ける。

「はぁい。できましたよ」

 氏神はほがらかに笑う。

 やばい。普通にかわいい。

 プリティーポーズで俺をメロメロにしたあと、氏神は再び炎の前でみてぐらを振った。

「由佳理のことは知ってるわよね?」

「この土地の地主の娘だろ?」

「それだけじゃないわ。氏神家は代々高い霊能力を持った家系なの。由佳理はそれを引き継いだ正当な巫女なのよ」

 千鳥は「ふふん」と自慢気に話す。

 氏神神社は夏祭りの会場として有名だ。鳥居、参道、石灯籠、神門、本殿と敷地は広い。双子山になっていて、神社は学校のとなりの山にある。地元のテレビ局が暇なのか、毎年取材にきていた。

 氏神由佳理自身はおとなしくて、目立ったうわさを聞いたことがない。スタイルがいいせいか男子に人気。地味な性格で、よくしゃべるイケメンは苦手らしい。素行が悪いという評判もない。

 暴走状態とのギャップがすごい。あれはいったいなんだったんだろう? 今の彼女と昨日の彼女は別人のようだ。

「ただ、ちょっと問題があるの」

 千鳥は俺と安居にだけ聞こえるように音量を下げる。

「なんだよ?」

「由佳理は『憑依体質』なのよ。霊にとり憑かれやすいの。あなたたちを襲ったのも、地縛霊か何かに憑かれたと思うわ」

 千鳥に言われて、襲われた状況を分析してみる。さっきあいさつしてくれた彼女とは、比べものにならないぐらい、昨日の彼女は凶暴だった。何かにとり憑かれたと言われれば、逆に納得する。

「悪く思わないで。あの子は優しいの。昔いろいろ問題を起こして、『氏神家の面汚し』って陰口をたたかれてるらしいわ」

「そうか。それで安井は関わりたくなさそうにしてたのか……」

 先生の表情がよみがえる。めんどくさそうな面をしていた。不良でもない中途半端な存在。裏で問題を起こしそうな生徒だからだろう。

 安居が手をアゴにやり、

「そういや。氏神さんって、言いよる男子から逃げてるってうわさを聞いたことあるな?」

「相手を傷つけたくないのね。普段のあの子は本当に親切なの。ふびんでしかたないわ」

 千鳥は同情しているのか、口を一文字に結んでいる。

 想像だけど、最初、千鳥は氏神の能力が目当てで、部活に誘った。付き合っていくうちに、いろいろあって、同情的になっていったってわけか。親友みたいな関係になってるんだな。

「俺たちは気にしてないよ。なっ? 安居」

「当然。美少女の気持ちを理解できない男は、恋愛シミュレーションゲームをやる資格はない」

 安居がわかりにくいたとえを返してきたけど、特別昨日のことは怒ってないらしい。千鳥は柔らかな表情になっていた。

 氏神はみてぐらを置き、手を合わせて俺に近づいてくる。腕を動かしていたせいか、ほっそりとした肩が白衣からチラつく。変な意味でゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 氏神は蕾のような唇を開け、

「……感じます」

「えっ? ほんとなの?」

 千鳥が赤ら顔になっている。興奮しているのか?

「何が?」

「由佳理があんたから霊を感知したわ。つまり、なんらかの霊がとり憑いているってこと」

 千鳥と目を合わす。わき腹を指で突かれた。俺の頬を突いてやりたかったようだけど、背の低さを呪ってくれ。

 ――霊が? 俺に?

 つい背中や後頭部に手をやってまさぐってみる。なんの感触もない。

「安居。俺の後ろに何かいるか?」

「うん。毛虫がいる」

「なんだ、そうか……って早く取ってくれ!」

 別の意味の恐怖で飛び上がった。

「わかった」

 安居が背中を力強くしばく。毛虫は土を転がると、のそのそ森へと帰っていった。この辺は木が多いから、こういうことは日常茶飯事だ。

「そんな毛虫ごときで驚いてんじゃないわよ。これからもっと、オドロオドロしいものを見せてあげるわ」

 俺に慣れてきたのか、千鳥の口調がぞんざいだ。次から千鳥って呼び捨てにしよう。『さん』づけはなんか言いにくい。

「何を見せるんだよ?」

「言ったでしょ。霊よ。これから由佳理があんたに憑いているモノを具現化するわ」

「マジかよ……」

 心臓がトクンと高鳴った。能力の正体がわかる。安居の反応が気になったので、顔を見合わせた。

 安居はニヤリと口元を緩め、

「不安なら手をつないでやろうか?」

「いらん!」

 やはり霊など信じてもいないらしい。何かのトリックだと思っている。超能力を持たない一般人は共感してくれない。

 千鳥は手を腰にやり、瞳をのぞき込んできて、

「覚悟はいい?」

「よし! やってくれ!」

 頬を手でパンッとたたき、気合を入れる。両手を拳にしてかまえた。どんなやつが出てきても耐え続けてやる。

 千鳥は息を吸い込み、

「やって!」

「はぁい。えい」

 猫の頭をなでるように、氏神はぽむっと手のひらを俺の胸に置く。

 着物の匂いがふわっと鼻腔に入る。汗が頬をつたった。蛇が出るか、キツネが出るか。

「…………」

 何も起こらない。体温が上がってくるわけでもなく、異様な気配を感じるわけでもない。白い霧が形作って、魔物があらわれた……なんてこともない。

「おい。どうなって……」

 千鳥の大きな瞳が、パチパチとなんども動いている。

 安居はあとずさっていた。

 氏神は「まあ、かわいい」と、キュンとした表情になっている。

「おっおい。なんだよ……」

「後ろ、後ろだ」

「へっ? 後ろ?」

 安居が後頭部をなんども指でさしている。

 手をやってみた。冷やっとした何かにふれた。腕が震えて声を上げる。

「ハロー。日本の皆さん。センキューベリマッチョ」

 カナリアのような高めでなめらかな声。首を振って後ろを見るが誰もいない。どうなってるのかわからない。

「あっ、お兄さんからは見えないんですね? ちょっとエネルギーを拝借します」

 光る文字が目の中で踊り出す。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。後ろにいる少女を見ますか?』

「えっ? なんだこの質問?」

 ありえない。命の危機か、集中しないと出てこなかったはずだ。こんなのんびりとした状態で、予知文が出てくることは、今までなかった。質問もどこかおかしい。

「YESを押してください」

「こうか?」

 命じられるままに、右目を閉じた。

 急に光景が変わった。幼女がジッと俺を見下ろしている。ブラウンの髪を、大きい黄色のリボンでサイドテールにしていた。服は白いワンピースだ。両目は太陽みたいに神々しい金色だった。

 幼女は何かにしがみついている。背丈から想像するに、年齢は歩きたての赤ちゃんのように小さい。ダッコちゃん人形みたいだ。よく見ると、抱きついているものが黒い髪の毛だとわかる。

 視線をちょっと移動させる。黒髪に黒目、弓なりの眉をした少年の顔。俺だ。

「うわわわわっ!」

 あせって後ろに飛び上がる。

「うおっ! 近寄るな!」

 安居の声がしたあと、足音が遠ざかった。視点が幼女に固定されているので、周りがどうなっているのかわからない。足がクキッとうなった。お尻が痛くなり、幼女が振動で揺れる。

「もうわかりましたね? 転んで死んでもらっては困るので、視界を元に戻します」

 幼女が黒髪の中に手を突っ込み、もぞもぞさせた。視線が唐突に戻った。尻もちをついていたのか、安居と千鳥、氏神が見下ろしている。

「大丈夫ですかぁ?」

 氏神が膝を曲げて座り、視線を合わせてくれた。黒眉は細く、とろんとしたタレ目。心配してくれているのか、首をかしげている。

「あっあんた! 何者なの!」

 千鳥は呼吸を荒くしながら幼女に話しかける。

「私の名前は萌黄です。このお兄さんに寄生してます。無理やりはがそうなどと考えないでください。変なことをしたら、お兄さんを暴走させますよ」

 萌黄は見かけによらず、残酷なことを言い始めた。脅しのつもりだろうか。頭の理解が追いつかない。

「萌黄ちゃんですね。かわいい霊が憑いてて良かったですねぇ」

 氏神は頬を紅色させてほほ笑む。

 ――いや、よくねぇよ!

 ツッコんでやりたかったけど、かわいいので許す。

「そう。そういうことなのね」千鳥はあわれみの視線を俺に向け、

「少女を誘拐して、ヤッてしまったのね?」

「おい。ヤッてねぇよ!」

 ようしゃなくツッコんでやった。俺が幼女を殺して、怨霊にとり憑かれていると疑われている。失礼極まりない。

 こんな子、会ったことも、見たこともないぞ!

 恨まれる要素は何もないはずだ。生まれてこのかた、人殺しなんてしたことない。幼女を欲望の対象にしたことなんて、神様に誓ってない。

 安居は唇を震わせ、

「お前とは長い付き合いだったが、内部に恐ろしい欲望を抱えていたんだな。幼女の霊に憑かれたことが何よりの証拠。――お前を、逮捕する」

「いや、違うって言ってるだろ!」

 刑事ドラマ見すぎの友に、大声でツッコんでやった。

 落ち着くために深呼吸した。

 なぜ霊が俺にとり憑いたのか? 後頭部にくっつくのはなぜなのか? お前は幼女の姿をしたなんなのか?

 くわしく聞かなくては。

「よっよし、整理しよう。まず、お前はいつ俺に憑いたんだ?」

「萌黄は氏神お姉さんに寄生してました」

「私?」氏神は指を頬に当て首をかしげた。

 登校時に襲ってきたあれか? 

「寄生したはいいですけど、特殊な体質をしているようで暴走してしまいました。そこで出会ったお兄さんと、そっちの細い目の人に、寄生主を変えることにしました。細い目の人は、目が細すぎて異様な恐怖を感じたので、お兄さんにしました」

 萌黄は淡々と強襲してきた状況を語る。

「さすが細目妖怪だな。霊ですら恐れるのか……」

「妖怪でよかった」

 安居はほっと胸をなでおろした。

「えっ? ちょっと待て。それなら、俺の予知能力はお前のせいじゃないのか?」

「違います。もっと昔に身についたようですね」

「なんでわかるんだ?」

「寄生主と私は一心同体。なんでもわかります。予知文に答えた瞬間、正体不明の力が発動されるので、それを萌黄が採取し、エネルギーとして変換して与えたのです。予知文を意図的に出せることにも成功しました」

 萌黄の鼻息が荒い。俺の能力を引き出せたことに興奮している。ほめてはやらないが。

「原因わからずかよ……」

 脱力感がする。やっかいな能力な上に、幼女の霊にまでとり憑かれてしまった。しかも予知文を送ってくる主は正体不明ときた。

 千鳥が俺の後頭部をジロジロ見ながら、

「寄生寄生って。霊のくせにやたら昆虫みたいなこと言うのね?」

「萌黄は霊ではありませんよ?」

「じゃあなんなのよ?」

「妖精さんです」

 萌黄が言った瞬間、しんと静まりかえる。

 何言ってんだ、こいつは?

 黒いカラスがコンテナハウスの屋根から、後頭部にいる餌を狙っている、ような気がする。

「あらぁ。妖精さんなんだ。かわいい」

 氏神が空気を察し、なごませようとしたのか、口を開いた。霊がまさか冗談を言うとは。呪いの言葉を振りかけられるよりはマシだが。

「何それ? 笑えないわ! 妖精って言ったら、頭でっかくて、牙があって、長い尻尾で人間を貫いて、人の腹に卵生みつけるやつでしょうが! あんたどう見ても霊よ!」

「いや、それエイリアンだと思うぞ。妖精とは違うだろ」

 マジで言っているであろう千鳥にツッコむ。

 お前の妖精のイメージはどこまでグロいんだ。恐ろしすぎるだろ。

「誰がなんと言おうと、萌黄は妖精さんです」

 霊だとは認めたくないらしい。詐欺を働いているにしても、幼稚すぎてあきれが勝る。種族を妖精にすることで、勇者をだまし討ちにするつもりか。ファンタジーの世界でやってくれ。

「で。お前はいつ俺から離れてくれるんだよ?」

「一生離れません。二十四時間、三百六十五日ずっと一緒です。おふふ」

「『おふふ』って何? 笑ってるの? 怖いんだけど! 離れろ! ちくしょう!」

 かわいらしい幼女の姿をした妖精さんは、やはり邪悪な塊だった。毎日俺と一緒だよと宣言された。恋人だってプライベートな時間は必要だろうに、寝るときやお風呂でさえそばにいられてはストレスで死ぬ。

 手を後頭部にやって、寄生生物を取り除こうとした。冷やっとした感触はするけど、透けていてさわることができない。捕まえようとしたら逃げる蚊を思い出す。

「無駄ですよ。萌黄は透過能力を持っているので、さわることはできません。姿を誰にも見られないように隠すことだってできます。ずっと監視することになるので、お兄さんがどんな変態野郎でも静観します」

「妖精じゃないぞこいつ! 悪霊だ! 氏神さん、今すぐはらってくれ!」

 はぎ取ろうとジタバタする。手は空気をつかんでしまう。熱い息が頭の地肌にふきつけられ、過剰な子供のいたずらにキレそうになる。

「ごめんね。霊じゃないのなら、私の出番はないの」

 氏神は申し訳なさそうに、両手を合わせる。

 ――俺は地蔵さまじゃないぞ!

 手で後頭部をたたく。髪の毛をひっぱる。わしゃわしゃかいてみる。どれも手応えなし。

 疲れてきてげんなりしてきた。

 安居の手が肩に置かれ、

「大丈夫だ」

「安居……」

「トイレの音をその子にたっぷり聞かせてやれ」

「くそぉ、人の不幸を喜ぶ妖怪め」

 親指を立てる細目に向かって、うなり声を上げた。

 萌黄の小さな手が目の前を泳ぎ、

「お兄さん。元気を出してください。萌黄に寄生されるとある特典があるのですよ」

「なんだよ?」

 目の中に文字が飛び込んでくる。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。空を飛びますか?』

 なんじゃそりゃ。さっぱり意味がわからん。

「飛んでみてください」

 萌黄は予知文が見えるようだ。

「飛ぶ? こうか?」

 右目を閉じYESを選択。ぴょんと考えもなしに飛んでみる。いきなり翼を広げたカラスが大暴れしていて、「カアッ!」と怒りながらどこかに去っていく。

 下を向くと、コンテナハウスの平たい屋根が遠くにあった。大きな模型があるなと思ったら学校だ。窓から、男子と女子が人形のようにカタカタ動いている。

 重力がなくなったみたいに、体が軽い。坂道を下っているのは下校途中の生徒か。野球部の監督、体育教師の安井の頭が、大声を張り上げてバットを振っていた。

「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 足に、重い鉛をつけられたように落ちていく。風圧が鼻をかきまわしてくるので、鼻水が漏れてしまった。茶色い地面がせまってくる。

 興奮して叫びながら、両足でしっかりと地面に着地。地震が起きたみたいに世界が揺れる。足元から砂煙が頭を越えて舞い上がった。超重力がのしかかってきたのに、足の骨が折れないのが不思議だ。

 俺は飛行機のように、一瞬だけ空を支配したのだ。

「……はあっ!」

 千鳥が口をアングリと開ける。

「わあ! すごいすごい!」

 氏神は飛び上がってパチパチ拍手。

「あー」

 安居は言葉を出せずにいる。

「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 雄たけびを上げて、興奮を発散。軽く学校の屋上を跳び越えてしまった。空を飛べるのは、映画のヒーローだけにしてもらいたい。

「お兄さんが持つエネルギーを、萌黄が変換し、爆発的な力を出せるよう調整することができるのですよ。これで寄生されることに、喜びを感じることができますよね?」

「なんだこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「お兄さん。聞いてます?」

 萌黄の説明が頭に入らず、両腕をグルングルン回転させ続けた。

 腕の関節が痛くなると冷静になってきた。振り回すのをやめる。大きく息を吸い込んで、静観する千鳥たちの視線を気にし始める。

「こんなの、危ないだろ!」

「平気ですよ。普段はお兄さんの持っている力が使われます。萌黄が操作し、予知文が出ないと、さっきみたいな力は出ません」

 萌黄の淡々とした説明。かってに改造人間にした博士みたいなことを言ってる。悲劇の主人公とは俺か。

 安居が親指を上げニヤリと笑い、

「ようこそ。妖怪の国へ」

「違う! 俺は妖怪になったんじゃない!」

 抵抗するものの、人間であり続けることが難しくなりつつある。

「とにかく。由佳理にあんたを治す力はないわ。私たちの部に入って、解決策を探ることね」

「部、だって?」

「そう! 『超常現象解決部』! 私たちが所属する部活よ!」

 千鳥がたたみかけた。非公認なのはあたりまえだ。そんな怪しげな部、学校が認めるわけがない。

 安居が腕を組み、

「どんな活動をするんだ?」

「あらゆる超常現象を体当たりで解決する部よ!」

 千鳥の説明はわかりやすすぎた。

「そのまんまだな」

 あきれてツッコむ。

「この部に所属する者は、生命に関わる現象にも立ち向かわなければいけないわ! 覚悟がないとやっていけない。そこであんたたちに、部に入るための覚悟を見せてもらうわ!」

 千鳥が俺と安居に向きほえる。

「覚悟ったって、なあ?」

 安居と顔を見合わせた。予知能力の消失と、悪霊の除霊は期待できそうにない。俺の中で、入部する意欲がなくなりつつある。

 千鳥は神妙な顔をし、

「私がこの部を設立した理由を話してやるわ。残酷な運命に翻弄された経緯をね。あなたたちに、この憎しみとつらさがわかるかしら?」

 声が低くなった。

 ゴクリと唾を飲み込んだ。

 千鳥はいったいどんな残酷な運命に踊らされられているのか? 悪霊に両親を殺された? 肉体に呪いの痣があるのか? それとも復讐したい者がいるのか。

 ゲームネタになりそうな発想しかできない。

「私がこの部を作った理由、超常現象を解決していけば、いつか報われる日がくるかもしれないからよ」

「それは?」

「この『幼児体型』が憎たらしいのよ!」

 千鳥はまったくない胸を、腹立たしそうにバンバンたたく。五回たたいて、痛くなったのかやめていた。

 ――なんじゃそりゃぁ!

 口に出せないぐらい、くだらない理由だった。

「母親はロシア系外国人でグラマーでボイン! 姉三人もグラマーでボイン! なんで私だけ幼児体型なのよ! 胸もないし、身長もないし! 何かの超常現象で、突然変異したとしか思えないわ!」

「お前、もしかして別の両親がいるんじゃ……」

「検査で、実の親子だって証明済みよ!」

「うわぁ、残酷」

 前言撤回。つまらない理由じゃなかった。千鳥は親からの遺伝子を、ひとかけらも受け継いでいないのだ。幼児体型に改造されたとしか思えない。

「だからといってこんな部……」

「わかる!」

 安居が同意。オカルトとは折り合わないと思っていただけに驚いた。同情でもしたか?

 安居は高すぎる空を見上げ、

「俺もこの細目の理由を知りたい。親や妹は目がぱっちりしているのに、俺だけ細目だ。いつも先生から寝るなとか、友達からは、お前の目は乳首についているんだろうとか、からかわれてきた。宇宙人にさらわれて、改造されたとしか思えない!」

「おい、まさかお前……」

「もちろん実の子だって証明済みだ!」

「それで宇宙人かよ」

 見上げても、空に未確認飛行物体は確認できなかった。どうやら改造された者同士、気持ちが通じ合ったようだ。安居は興味本位で、俺についてきたわけじゃなかったんだな。

「私は、この憑依体質を治したいです。誰も傷つけたくない。だから千鳥ちゃんに誘われたときはうれしかったです」

 氏神が決意を語る。他人を傷つけたくないから近寄らない。彼女が人見知りする性格はそこから作られたわけか。

 三人から入部理由を聞かされ、なんだか共通の運命を感じる。心がつながりたいと求めている。俺もこのビッグウエーブに乗るしかない!

「俺は予知能力を治したい! プラス! この悪霊を除霊したい!」

「萌黄は妖精さんですよ」

「超常現象解決部、入部してやるぜ!」

 萌黄の邪悪なささやきを無視して、仲間たちに向かって手をのばし甲を見せる。千鳥、安居、氏神が意図を理解し、手を合わせてきた。俺たちは絆を確かめ合って、不条理な世界に向かって咆哮した。

 ――よっしゃ! やってやるぞ!

 具体的な活動はわからないけど、なんでもやれるような気がしてくる。

「じゃあさっそくだけど。今夜とある超常現象を解決しに行くわよ」

 千鳥がクルリと後ろを向き、俺の前に立ちはだかる。見えない巨人に立ち向かっているようだ。小柄なので、小学生のガキ大将にしか見えないのが難点だが。

 千鳥は俺たちのほうに顔だけ向け、

「件名は『宇宙人と交信する少女』よ!」

 いきなりの宇宙人ネタだった。

 安居が驚きの表情をしたあと、両手を拳にして震わせる。「やっときたぜ。こんちくしょう!」みたいな感じなのだろう。異星人はやつの専門分野である。

 なんだろう。一気になえてしまった。

 どんなことでも、ほほ笑みをたやさない氏神を見て癒やされることにした。

 コンテナハウスで夜まで待つことにする。中は机とイスと本棚とロッカーがある。机は折りたたみテーブルを並べていた。ハウスをどこで手に入れたのか聞くと、学校の建設時に業者からもらったものらしい。つまり、氏神家の許可を得て使わせてもらっているようだ。

 室外機が外にあったので、エアコンはちゃんと設置されていた。夏になっても生きていけそうだ。工具をぶつけたのか、壁があちこちヘコみ、すった跡がある。職人さんががんばった証しを残している。

 本棚にはオカルト本がずらりとあった。どうりで千鳥は超常現象にくわしいわけだ。ノートパソコンで鑑賞していたのか、ホラー映画のDVDまである。

 新人なので、俺と安居が近くのコンビニで夜食のお弁当を買って戻ってくると、氏神がお茶を用意して待ってくれていた。おとなしいイメージだったけど、彼女はのんびりと話しかけてくれる。俺のことは小学校のときから知っていたらしい。世界は狭いものだと実感した。

 レンジであたためた、生あたたかいお弁当を食べながら、今回のミッションを千鳥から説明される。ある女子高生が夜の学校に忍び込んで、宇宙人と交信しているようだ。インターネットで開設されている掲示板『おまえら体験した怪奇現象を語れ』に書かれていたらしい。

 掲示板はオカルト好きには有名で、幽霊巡りの元ネタになるのだとか。管理人は謎の人物で、たまにアドバイスをくれたりするらしい。千鳥がチェックしていると、兜花学院高校のことが書かれていて目にとまったようだ。

 書いたのは、ほかの高校の生徒で、誰が夜の学校に忍び込んでいるのかまではわからなかった。そこで千鳥が見張っていると、本当に女子生徒がやってきた。それもいちどではなく二度、三度。

 千鳥が宇宙人と交信していると判断したのは、双眼鏡で窓をのぞいてみると、奇妙な明かりがいくつか見えたからだそうだ。人間の動きではなかったらしい。それだけで宇宙人だと判断するのは強引だと思うのだが。

 交信している女子高生の名前は『芙蓉冴香』。千鳥と同じく外国人のハーフで、巨乳でグラマー、お金持ちのお嬢さまで有名だ。雪のような白い髪に、ブラウンの瞳をしていて、別名『森の聖女』。名前を聞いて驚いた。

 小学生時代の町の夏祭り。そこで彼女と初めて出会った。迷っていそうだったので声をかけてみると、意外と日本語がうまかったという印象が強い。夏祭りが終わったあと、声をかけてみるが、彼女はぶすっとして俺を避けていた。別に失礼なことはしていないと思うのだが、あれ以来話したことがない。

 彼女は夜の学校で何をしているのか?

 超常現象解決部に入って初めての活動だ。首をとんとんと手でたたく。妖精さんの重さは感じないけど、プラシーボ効果なのか首がこる。

 空が薄い明るさとなった十九時。部員たちと指定された場所で、学校の裏口となる扉を見張る。へたに近づくと、センサーにひっかかるらしいので、遠くから見つめるしかない。今の世の中、警備会社は必須なようだ。

「わくわくするな!」

 安居が目を輝かせている。うっとうしいぐらいだ。

 熱い息を手であおぎ、かわしながら、

「宇宙人と会えるかもしれないしな。俺は興味ないんだけど」

「それもあるけど、芙蓉冴香って言ったら、この学校一位の美少女だぞ。さすがにネット検索にはひっかからなかったけど、いったいどんな私生活をしているのか気になっていた。燃えるぜ」

 安居は宇宙人よりも、美少女で興奮していたらしい。言われてみれば、芙蓉は男子、女子ともに隠れ人気だ。なぜ隠れかというと、男子にとっては高嶺の花だし、女子にとっては神秘的で近寄りがたいという印象があるからだ。悪いうわさは聞かないが、良いうわさも耳にしない。

「なあ。芙蓉さんって、友達とかいるのか?」

「うん? いるに決まってるだろ。ぶすっとした顔つきをしてるけど、意外と控えめで自己主張は強くないらしいぞ。逆に友達になりたがる女子が多いようだ。勉強ができてよく知ってるらしいしな」

「ふぅん。そっか」

「なんだよ?」

「別に」

 ニヤっとしてしまったのか、安居がツッコんできたが、うまくかわす。俺は、彼女の眼中には入ってないだろう。夏祭りのときに見た、不安そうな顔つきは、もうなくなっていたようだ。

 千鳥は親指を歯でかじり、

「憎たらしい! 巨乳だからって、宇宙人とお友達になったつもりなの!」

「憎むべき理由がおかしいだろ」

 同じ外国人ハーフゆえの嫉妬が出た。主にスタイルの。

「あっ、芙蓉さんきましたよ」

 氏神が黒い影を指さす。

「しゃがんで!」

 千鳥の合図で、刈り込みされた低木の中にしゃがむ。小柄なお前はしゃがまなくてもいいだろと、言ってやりたい。目が夕闇に慣れてきて、制服姿の女子が浮かんでくる。

 芙蓉冴香だ。ロングのストレートで、前を右に流している。白のカチューシャは純白の証拠か。

 ぶすっとしているというか、釣り目とななめ眉なので、厳しい顔つきをしている。きゃしゃなくせに胸の盛り上がりぐあいは、氏神といい勝負だ。この高級な甘い香りはローズか。風のいたずらで、スカートから薄い黒タイツをかぶせた太ももがのぞく。

「シュテキだ」

 安居は細い目と鼻をのばしている。純愛を求める少年のように。言い方を変えれば、ただのストーカーだが。

 芙蓉は誰もいないことをしつこいぐらい、首をキョロキョロさせて確認している。裏口のドアを開け、中に入った。学校の関係者しか入れないはずなのに。

「おい。おかしいぞ? なんで芙蓉さんはカードキーを持ってるんだよ?」

「あたりまえじゃない。学校を建てたの、あの子のおじいさんよ」

 千鳥がスパイのように腕の翼を広げ、あたりを探っている。

「えっ? マジで?」

「あんな勉強もできて、金持ちで、宇宙人とラブラブできる女子高生が、都会の学校に進学しないのはおかしいと思わなかった?」

「宇宙人はないとしても……そっか……そうなのか。知ってたか、安居?」

 千鳥から、美少女狩りを趣味とする妖怪に話を振る。

「巨乳美人で、どんな下着をはいているのかしか気にならなかった」

「変態だな。お前は」

 妖怪はしょせん妖怪だった。

「あれじゃ、入れないぞ」

「大丈夫。こっちには和風巨乳がいるのよ。こってりとした、洋風巨乳になんて負けるわけないでしょ。和風はヘルシーなのよ」

「どういうたとえだよ。栄養素の違い?」

 洋風貧乳千鳥にツッコむ。

「由佳理。ちゃんと持ってきたわよね?」

「はぁい。これで扉は開きます」

 千鳥に言われて、氏神がセキュリティーカードを取り出す。さすが氏神家の娘。予備のカードがあったわけだな。

 カードにはイチジクのロゴに、『イチジク警備保障株式会社』と書いてある。聞いたこともない警備会社。大手でないことは確かだ。

 千鳥は低木から飛び出し、

「あとは巡回しにくる警備員と、防犯センサーや監視カメラにひっかからなければいけるわ」

「本当か?」

「位置はおぼえているから安心して」

「ステルスゲームみたいだな」

 敵に、見つからないように、隠れて行動するゲームを思い出す。監視カメラや防犯センサーにひっかかれば、警備員という敵がかけつけてくる。警察がくるかもしれない。見つかって怒られてすむだけならありがたい。

 千鳥は懐中電灯を持って、さささっと小走りに、裏口扉に近づいていく。まるで泥棒だ。そのあとに続く、俺も仲間だが。

「いい? ここは監視カメラが設置されていないわ。ただ信号が警備会社にいくから、五秒以内には扉を閉めなければいけないの。誤動作だと思わせるのよ。私が先に入って、あなたたちを別の出入り口から中に誘導するから……」

「おい」

 説明を聞いていると、安居が声を上げた。

 千鳥が反応し、

「何よ?」

「扉、開いてるぞ?」

 安居がドアノブを持って立ち尽くしている。隙間が見えた。向こう側が俺をのぞいている。

「なっなんでよ?」

「知らん。開かないと思ってハンドルを下ろしてみたら、簡単に開いた」

「えっ? どういうこと? オートロック機能が働いてないわ」

 安居からバトンタッチし、千鳥はなんどもハンドルタイプのドアノブを上下させていた。

 おかしな状況だ。オートロックが働いていないということは、電源が落とされたのか。誰が、なんのために?

 少女を飲み込んだ暗い学校を見上げる。二階建ての給食室や調理室の後ろに、一号棟で三階建ての教室が見えた。黒い影たちが、窓辺でざわめいているようで、ブルッと震える。

「芙蓉さんがやったのか?」

「防犯システムは警備会社に委託されているはずよ。個人でできることじゃないわ」

 千鳥がアゴを手でさすり考えている。

 これは宇宙人のしわざよと、言うかと思ったけど、意外に冷静だ。現実問題、宇宙人のせいだったら逆に怖くない。よくわからない状況に不安感が増していく。

「萌黄。何か感じるか?」

 自称妖精さんに聞いてみる。

「…………」

 萌黄は答えない。不穏な空気を感じ取っているのか? もういちど聞いてみようと思った瞬間、文字が目の中に飛び込んできた。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください』

 えっ、ちょっとまっ……。

『子猫があなたのモノを奪おうとしています。行きますか?』

「くっ!」

 両手で目をおおった。光る文字は消えない。答えなければ、予知文は消えない仕組みになっている。左右どちらかの目を閉じるしかない。

 右目にYES、左目にNOの文字があらわれる。閉じれば答えたことになる。不条理だ。まぶたを開け続けることなんてできない。

「形代さん?」

 氏神が心配そうに顔をのぞき込んできた。

「どうしたの? まさか、予知能力が発動したの?」

「ああ、『キラークエスチョン』だ」

「はっ? 何よそれ?」

 千鳥は首をかしげた。

「俺が肉体的、精神的にダメージを受けそうになったら出てくる予知文だよ」

 ベアクエスチョンと違うところは、攻撃する相手がいないことだ。『殴る』『蹴る』などの直接的な行動は出ない。見えない者に対しての予知なので、何をしているのかわからず、しかも、あいまいにボカされてて意味が理解できない。

「何言ってるのかわかんないわよ」

 千鳥が困惑している。氏神もだ。そういえば、俺の予知は文字が目の中にあらわれると、説明していなかった。

「形代の予知能力は、未来の予知文が目の中に出てくるんだよ。たとえば『明日は学校でゼロ点を取ります。それでも行きますか?』みたいな文章だ。出てきたら、右目にYES、左目にNOって文字が出てきて、閉じた方向で未来が決定するんだと」

 安居が簡単に能力説明をしてくれる。さすが小さな頃から遊んでいただけあって、わかりやすい。

「何よそれ? 学校でゼロ点取るとわかってるのなら、勉強するわけない」

「今のは例だ。予知内容は、もっと抽象的でわかりづらいものらしい。どんな予知文が出てきてるんだ?」

 千鳥に説明している安居ですら、俺の能力を完全に把握できているわけじゃない。

「『子猫があなたのモノを奪おうとしています。行きますか?』だ」

「……さっぱりわからないわね」

「ただわかっているのは、こういった突然な質問は解答しだいで、俺に危害が及んじまう」

 千鳥に説明してやると、腕を組んで考え込んでしまった。他人に理解されないのはつらい。選択によっては死ぬこともある。だからこの能力を排除したかった。

 まぶたが限界にきていた。

「どうするんだ?」

「もちろんYESだ。NOと答えると、急に脱力して先に進めなくなるからな」

 安居に答えたあと、右目を閉じてやった。YESが選択された。脱力の反対は勇気だ。全身に力がみなぎってくる。これが正しいのか、間違っているのかは、結果を見ないとわからないが。

「芙蓉さんを追いかけよう。彼女が関わっている可能性が大だからな」

「そうね。宇宙人とコンタクトを取って、世界征服を狙っているかもしれないわね」

 千鳥の妄想話に、それはないだろと、ツッコめなかった。

 芙蓉のあとを追っていく。大きなイチョウの木に囲われた、背もたれが石でできている長イスを通りすぎる。靴箱のある玄関の大扉ではなく、渡り廊下の入り口から入ったようだ。ドアは自動ロックじゃなく、普通の錠前だが、それが開いている。

 監視カメラや防犯センサーは、すべて電源が落とされていた。千鳥が電源の明かりを見て、点灯していないことに気づいたのだ。意図的に誰かがやったのだろうか。まるで芙蓉を導くかのように。

 廊下に入ると、照明がないので暗い。千鳥の懐中電灯だけが頼りだ。だけど彼女は便利な道具を使わなかった。芙蓉を発見したからだ。

 芙蓉は俺たちに気づくことなく、どうどうと歩いていっている。場所が決まっているのか、懐中電灯すらつけてない。暗闇でも平気らしい。キョロキョロと不安そうにすることもなかった。

 ――なんどか夜の学校にきているのか?

 そんなことが頭に浮かんだ。動きに迷いがない。一年生のいるフロアを歩いていき、ある教室に入った。

「おい。俺たちの教室じゃないか?」

 安居が一年D組の教室であることに気づく。

 教室はAからDまで四教室あって、俺と安居はD組。千鳥と氏神はB組。芙蓉はA組だった。

 芙蓉とは接点がないので、授業態度はわからない。仲良く飯を食うことだってない。チラリと見かけることはあるが、彼女は俺に見向きもしない。

 D教室で何をしているのか。開けっ放しの扉から、そっと中をのぞいてみた。懐中電灯の明かりが震えるように揺れている。さすがに教室内部で、夜目はきかないらしい。時間は二十時をすぎていた。

 芙蓉はごそごそと何かやっている。並んでいる机の一つが、ガタガタ動く。誰かの机を探っているようだ。目を細めてみる。

「何をしているのかしら? 盗み?」

「まさか。お金持ちのお嬢さまがそんなことするわけ……うん?」

 千鳥に話しかけられ、答えていると、ふと気づいた。芙蓉が手を突っ込んでいる机。窓際で前から四番目といえば……。

 ――あれ、俺の机じゃないか?

 間違いない。芙蓉はなぜか俺の机をイジッている。中には教科書ぐらいしかないはずだ。貴重品を残すほどバカじゃない。

 目的は、教科書ではないらしい。机の上に邪魔くさそうに置かれてある。懐中電灯を照らして、必死の形相で中を見ている。

 芙蓉の目つきはおかしかった。何かにとり憑かれたように、今度はイスの座っている部分に、目を近づける。大きく開いた両目は、黒目が大きいグレイ型宇宙人をほうふつさせる。

「くちゅん!」

 小さなクシャミのせいで、背筋が凍った。氏神が鼻をすすっている。なんという間の悪さ。バレないように、手で顔をおおってしたみたいだが、廊下が静かすぎた。

「そこにいるのは誰!」

 芙蓉が血走った両目で、俺たちをにらんでいた。

「逃げるわよ!」

 千鳥が即決して走りだす。

 四対一だから俺たちのほうが勝てると思うけど、芙蓉の行動が異様すぎた。いい判断だ。何が闇に潜んでいるのかわからない。

 足元が見えづらい。懐中電灯は消したままだ。敵に位置を知られるし、道具は千鳥しか持っていない。

 千鳥は小柄なのに足が速く、追いつくのがやっとだ。ちょろまか逃げるネズミみたいだ。氏神は巨乳のせいか、息をしながら俺の後ろにいる。

「千鳥ちゃん! 待ってください!」

 氏神が声を張り上げた。息が荒い。

「早くしなさい! いくらあんたでも置いていくわよ!」

「違います! 安居さんが転びました!」

「えっ?」

 千鳥がピタリと止まった。俺もよろけそうになりながら止まる。安居の姿が消えていた。

 氏神は両手を膝にやって、息を整えている。

「あの細目! 何やってるのよ!」

 俺が言いそうになったセリフを、代わりに千鳥がしゃべった。

 安居はトロくさいやつじゃない。理想としていた芙蓉にショックでも受けたか。一言もしゃべらなかったし。夢中で走っていたから、こけていたことに気づかなかった。

 しんと、廊下が静かになる。足音一つしない。廊下の向こう側で、暗い何かが待ちかまえているようだ。

「わあああああああああああああっ!」

 男の悲鳴がこだまして、心臓がビクッと飛び上がった。この声は安居だ。複数の足音が響いている。

 ――芙蓉以外に、誰かいたのか?

 気配はまったくしなかった。キイ、キイと、固い廊下がきしみ始める。人間ではない何かが、鳴き声を上げているようだった。

 ぼうぜんと立ち尽くす。

「行くわよ」

 千鳥が静かに言い、引き返し始めた。

「おい……」

「部員は見捨てておけない。私ひとりでも行く」

 千鳥の決意に唾を飲み込む。

「私も千鳥ちゃんと行きます」

 氏神が胸の真ん中で手をにぎる。敵を呼び寄せた責任を感じているのか。

 女子ふたりが安居を助けようとしている。逃げたいという気持ちを抑え込む。恐怖の対象だった闇が薄れていった。

「俺も行く。安居とは長い付き合いだからな」

 千鳥と氏神に並んだ。返事はなかった。ふたりとも緊張していた。

 廊下の曲がり角まで向かう。曲がればトイレをはさんで、教室が並んでいる。悲鳴は奥から聞こえてきた。

 そっと壁の端から顔を出す。声を上げそうになった。黒い影が懐中電灯を持って、ふたり立っている。こそこそ話し合っていた。

「メン・イン・ブラックだわ」

 千鳥がつぶやくように言う。

「なんだよそれ?」

「知らない? 黒い男のことよ」

 千鳥からそう言われて、目をこらしてみた。

 影の正体は、黒いサングラスに、黒いスーツ、ネクタイをした大人の男だった。太陽の下でサングラスをしているのならわかるけど、今は夜だ。視界を見えづらくしてまでかける理由は、両目を隠しているからか。

「1976年。UFO事件に関わっていたハーバード・ホプキンスという人の元に、全身黒ずくめの男が訪れたらしいわ。彼らはUFOに関わるなとホプキンスを脅したの。まるで葬儀屋の男たちみたいだったらしいわね」

 千鳥が黒い男たちから、目を離さずうんちくを披露。

 氏神が俺の背中の服をにぎりしめてくる。恐怖がつたわってきた。まさか宇宙人が関わってくるとは。

「それからも、黒い男たちはUFO事件を調査している人から、証拠を奪い取ったり、手を引くように脅したりしていたの。政府が隠蔽のために作った秘密組織からのエージェントと言われているわ」

「じゃ、じゃあ、安居はやつらに捕まったのか?」

「たぶんね。これですべてつながったわ」

 アゴを指でさすり、探偵みたいなことを言い始める千鳥。

「胸が絶対に大きくならないことですかぁ?」

「ばっ、違うわよ! 芙蓉と黒ずくめの男たちの関係がよ!」

 千鳥は氏神の天然ボケにツッコむ。

 場の雰囲気がちょっとなごんだな。でも今はいらないよ、氏神さん。

「芙蓉はたぶん、黒ずくめの男たちの仲間ね。防犯システムを停止させたのは、彼女ひとりの力じゃない。闇の組織が関わっているのよ。UFOという都合の悪い情報を消すためにね」

 千鳥の言うことは妙に説得力がある。

 彼女ひとりで学校全体のセキュリティーシステムを、シャットダウンするのは不可能だ。現実的とは思えない。バックに大きな組織が関わっているとするのなら、現実味がある。

 ――うん? でも、なんで俺の机を探る必要があるんだ?

 小さな疑問点が頭の中で回る。俺は宇宙人の情報なんて集めていない。未知の物質だって拾っちゃいない。

 黒ずくめの男たちが廊下の奥へ歩き始めた。早い。あせっているのか?

「もしかして安居君。何かを見つけたんじゃ……」

 氏神が心配そうに弱々しい声を漏らす。

「だとしたらまずいわ。彼、消されるわよ」

「なっ? マジか! ここは日本だぞ?」

「知ってる? 日本の行方不明者は、届け出を出されていないものもふくめて、推定で年間十万人はいるのよ。ひとりぐらい消えたところで、そんなにめずらしくないわ」

「そんなにいるのか……」

「そう。宇宙人に関わり消された数も入れられているかもね」

 千鳥が不安をあおってきた。

 安居とともにすごした日々が、走馬燈のようによみがえる。細目しか印象がない。お前はなんて目が細いんだ。宇宙人説を信じてやればよかった。

「やつらを追いかけよう。安居を助けるんだ」

「そうね。正体を暴きましょう!」

 千鳥は威勢よくガッツポーズし、こそこそと黒ずくめの背中を追っていた。

 一号棟には一年生の教室しかない。ほかにも保健室、職員室など正門に近く、普段は職員が歩いていることが多い。黒スーツに黒サングラスの男が歩いている姿は、異様な光景だ。

 黒ずくめの男たちが、空き教室に入っていく。普段から使わない所だ。

 いちど扉を開けようとしたことがあるけど、空き教室には鍵がかかっていて入れない。先生の許可なしに中を拝めない所だった。それが開いている。

 ドアについたすりガラスから、照明の明かりが照っている。あわてたせいか、ドアに隙間があった。ちゃんと閉めなかったようだ。千鳥、氏神と一緒に中をのぞく。

「ううっ! ううううっ!」

 安居が茶色の縄で両手、両足をしばられ、折りたたみテーブルの上にのせられていた。生き物を解剖しようとしているみたいだ。芙蓉がいて、囲むように屈強な黒スーツの男たちが四人いる。

 芙蓉は、安居の口をふさいでいたガムテープを荒々しくはがした。

 安居は必死で呼吸を繰り返す。汗がテープに吸いついていた。

 芙蓉は腕を組んで細目妖怪を見下ろし、

「あなたの名前を聞こうかしら? うそを言ってもだめよ」

「あっ、安居……安居健です」

 ごまかしても無駄だと判断したのか、安居は正直に話す。

 芙蓉はチラリと、ひとりの黒ずくめに一瞥をくべる。

 男は黒い大型パッドを取り出して、画面を指でタッチし、何かを調べていた。しばらくしてコクリと芙蓉に向かってうなずく。

「どこのクラス?」

「一年のD教室です」

 芙蓉の質問に淡々と答える黒スーツの男。

 芙蓉の顔つきがみるみる変わっていった。目を見開き、喉を引きつらせている。歯をくいしばると、キッと安居をにらみつけた。

 芙蓉は安居の胸ぐらをつかみ、

「あなた! どこまで知ってるの! 正直に吐きなさい!」

「なっなんのこと!」

「目的は何? お金? ずっと私をつけていたのね! 場合によっては、消すわ!」

「改造しないでくれ! せめてこの細目をぱっちりお目々にして!」

「はっ? 何言ってるの?」

 訳のわからないことを言われ動揺している。

 安居は完全に芙蓉を宇宙人の仲間だと思っている。だから会話がかみ合わない。この状況でまだ宇宙人を信じられる友に、尊敬の念を抱く。

「だいたいさっきから何寝てるの! 寝たふりしていいのは、クマに襲われたときだけよ!」

「違うよ! これは単に目が細いだけです! あと、クマに寝たふりとか通用しないと思います!」

「そんな細い目の人間がいるわけないでしょ! どうやって世界を見てるの! 見えているのだとしたら……妖怪だわ!」

「なんか、すんません!」

 芙蓉の厳しい追及に、安居は謝りだした。

 ――なんだかよくわからん方向にいってないか?

 シリアスな展開なのだろうけど、どこかふわっとしていた。

 千鳥は壁に置く、指に力を込め、

「安居を助けないと。このままだと宇宙人に脳を解剖されてしまうわ」

「ええっ? あの会話の流れで、なんでそこに着陸するんだよ! 細目をなじられてるだけのようにしか聞こえんわ!」

 脳内変換がとっぴすぎてツッコんでしまう。

「誰だ!」

 黒スーツの男が俺たちに気づいた。

「くそっ! 誰だよ! 大きな声出したの!」

「形代君ですよぉ」

 氏神が泣きそうになりながらツッコむ。

 うん! 俺が悪いな!

 自覚した。

 扉がバンッと開き、黒い男たちと芙蓉の視線を一斉に集める。

「形代光輝……君」

 芙蓉が俺を見てあとずさる。

 どうしたらいい? この状況を打破するには!

 思考のエンジンをフルにする。

「萌黄を使うのよ! あなたの超能力を見せてあげなさい!」

「そうだ! 萌黄!」

 千鳥に言われて、萌黄の能力を思い出す。俺の中にある何者かのエネルギーを引き出し、常人を超えた力を発揮できるやつだ。格闘経験はないけど、あの力なら乗り切れる!

 萌黄を呼ぶが、返事がない。夜になってから一言も会話していない。妖精さんはどこかに行ってしまったのか? あせりで後頭部をバシバシたたいてしまう。

「おいっ! 萌黄! 萌黄……ぐわっ?」

 皮膚の硬い太い手で、頭から床に押さえつけられた。黒スーツで肌が黒く、頭に髪の毛が一本もない男にだ。抵抗するけど、鍛えぬかれた筋肉に負けてしまう。片腕を背中に回され、頭をグリグリ床になすりつけてくる。

 ――予知能力が出てこない!

 ピンチになると出てくるはずなのに、能力が発動しない。

 命には関わらないのか? 痛くて死にそうだけど!

 千鳥はどうどうと腰に手をやり、

「言っておきますけどね! 私はかよわい小学生なのよ! ジャパンはいつの間に野蛮な国になったの!」

「私は彼女の姉でぇす。散歩の途中で寄りましたぁ」

 氏神は姉妹であることをアピール。

 ――いや、どう見ても血のつながった姉妹じゃねぇよ!

 即興で考えたのか、だますにしても質が悪すぎる。ふたりは窓際までジリジリと追いつめられた。キイキイ言っていた千鳥でさえ、観念したのか黙ってしまう。

「萌黄! どうした! なんで返事しないんだ!」

「……はっ! すいません。寝てました」

「おい! 仕事中だろうが!」

「萌黄は使われないと、スリープモードに入るので」

「携帯みたいなこと言うな! 能力を発動してくれ!」

「了解です」

 萌黄がやっと応答し、光る文字が目の中に浮かび上がる。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。毛むくじゃらのゴリラたちを殲滅しますか?』

 すごい質問が出てきたが、右目を閉じてYES。力があふれ出てくる。

 床に押さえつけられた頭を、腕立て伏せのように持ち上げた。黒ずくめのハゲが腕に力を込めても無駄だ。重さが小石程度になっている。

「このガキっ、がっ!」

 蹴りを腹に一発。黒ずくめの男が廊下の壁までぶっ飛ぶ。黒いサングラスが割れて、男は白目をむいて気絶した。

「こいつ!」

 髪を編み上げたコーンロウの男が腕を振り上げる。

『左から拳がきます、かわしますか?』

「YESだ!」

 発動された予知文に叫ぶ。回避クエスチョンだ。何かから逃げるときに発動する。

 予知どおりコーンロウの男は右拳を下ろして、俺の左頬を狙ってきた。よゆうでかわしてやり、カウンターで右拳を顔面に入れる。巨体が廊下の端まで、床をすべって転がっていった。

「子供に何手間取ってんだ!」

「一発でボビーを飛ばしたぞ! あの小僧!」

 最後のふたりが、千鳥と氏神をあきらめて、俺のほうに襲いかかってきた。

『右から体をつかもうとしてきます。かわしますか?』

「YES!」

『左から蹴りがきます。かわしますか?』

「YES!」

 右目をパチパチっと二回閉じる。

 白人の男が体をつかみかかってきた。つかもうとする腕を逆につかんで、持ち上げて壁にたたきつける。「ごほっ!」と透明な液体を口から飛ばし、男は壁からズリ落ちた。

 最後の黒ずくめは左から蹴り。両手で足を受けとめつかんで、「おらぁ!」芙蓉がいるそばのイスに投げつける。山になっていた木目のイスが、崩れ落ちて男を隠した。

「わぁ! 形代君すごいすごぉい! 超人みたい!」

 氏神から黄色い声援。気分はまさしくそれだ。神ですら殺せそうな気がする。

「ふうぅぅぅぅぅ」

「あっ……あっ……」

 俺の吐息に、芙蓉はおびえて後ろに下がる。壁に背をぶつけ、ガクガク両足を震わせた。彼女の目の前に立ってやる。気の強いお嬢さまを恐怖で支配するのは、一種の快感だった。

「――ほう。まさかここで出会うとはな」

「そこ!」

 気配を感じ回し蹴り。予知は出なかったけど、体が声に反応した。黒い影がすっと消える。当てた感触はなかった。

 ――……あれ?

 誰もいなかった。そういえば、メイ・イン・ブラックは四人だ。全員気絶させたのに、ひとり多い。幻聴か?

 気を取り直し、

「さあ。どうしてこんなことをしたのか、話してもらおうか?」

 芙蓉のほうに向き直り、わざと低い声を出して質問をぶつける。演出だ。彼女に危害を加えるつもりはなかった。

 芙蓉は顔を伏せた。一呼吸し、キッと俺をにらみつける。彼女のほうが、背が低いので、見上げられる形になった。

「わかったわ。私を罰するといいわ! 教祖さま!」

「……はっ?」

 不意打ちすぎてぽかんとなる。

「おっお前……」しばられている安居が、細い目を向けてくる。

 千鳥が俺を指さし、

「まさか、あんたが黒幕だったのね! 教祖形代光輝!」

「いや、なんでそうなるんだよ! 教祖って誰だ!」

 ますます場を混乱させていた。

 時間を置き、芙蓉が落ち着いたので理由を聞いてみる。どうやら黒魔術にはまったらしく、夜な夜な学校で魔術の儀式を行っていたらしい。屋上も無断使用していたようだ。

 黒ずくめの男たちは、お金で雇った秘密組織『サタンと愉快な仲間たち』の会員とのこと。いわゆる黒魔術オタク集団だ。芙蓉をサタンの嫁リリスとあがめ、絶対服従状態だった。『森の聖女』はすでにお亡くなりになっていた。

 謎の組織は、日本人から外国人まで会員は幅広い。なぜ屈強な連中ばかり集まったんだとツッコんでやりたい。学校の中に入れたのは、閉まる前に警備員として中に入り込み、芙蓉を入れていたようだ。わざわざ警備服から黒スーツに着替えるという手の込みよう。

 防犯システムを停止できたのは、警備会社自体、父親が所有する芙蓉グループの子会社だったから。グループの会長である祖父に頼んで、勉強を学校でしたいから防犯システムを止めてくれと言ったら認められたらしい。お金持ちはすごいチートをお持ちだ。

 どんな魔術をやりたかったんだと聞くと、口を閉ざしていっさい話さなかった。俺の机を探っていたのを問いつめても答えない。教祖と呼んだ理由もわからなかった。

 千鳥がイラつき、

「そのでかいおっぱいもんで、ゆがませてやろうか!」

「もめばいいわ! そんなことをしても、私の心は奪えない!」

 芙蓉がマジで返してくる。

 ドラマのような愛憎劇が繰り広げられ、さすがの俺も口を閉ざしてしまった。千鳥は親指を口にくわえてくやしがる。最後まで芙蓉はしゃべらない。なんなんだこれ?

 宇宙人はまったく関係なかった。安居は絶望し、俺はその顔をスマートフォンの写真に写して拡散してやりたかった。目が細すぎて感情が読めないだろうが。

 事件が終わり、次の日、いつものように部室に向かう。安居は熱を出して休んでいた。宇宙人にやられていたのならめでたい話だ。

 足取りは軽かった。氏神をひとり占めできるからだ。勉強疲れを、彼女のほんわかボイスで癒やしてもらおう。千鳥はうるさいが。

 後頭部に吸いついている妖精さんとフェンスを越える。

 コンテナハウスのドアを開け、

「うっす! 今日の部活動は何を……」

 芙蓉が座って待っていた。スカートからはみ出す黒タイツの太ももを組み、腕も組んで、ななめの眉と釣り目がさえる。不敵な笑みを浮かべていた。

「初めまして。形代君。今日から部員となった、芙蓉冴香よ」

『初めまして』に異様な重さを感じる。すべてなかったことにするつもりだ。メイ・イン・ブラックが、ここまでやってくるとは思わなかった。

「今日から新しく入った芙蓉さまよ! 超常現象解決部にたくさんの予算をくれるそうだから、丁重にお迎えしなさい!」

 千鳥が真剣な表情で言い放つ。不正をただそうとした正義の少女が、わざわざイスの上に立って、芙蓉の肩をもんでいた。氏神は湯気の立つお茶を出して、ニコニコと新部員を歓迎している。

 ――買収されてる!

 早くも超巨大組織に屈した、超常現象解決部だった。

「おふふ」

 萌黄が耳元で不気味に笑っていた。

  • 0拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

件名『オーパーツ』

 形代は闇を見つめていた。

 穴は異様にでかかった。人の手によって、成形された石が重なっていて、崩れている。どこかの建物だろうか。

 芙蓉冴香と手をつないでいる。恋人みたいな感じじゃない。彼女は穴に落ちかけていて、手をのばして助けていた。

 芙蓉が何かしゃべっている。右頬についた土をぬぐって、涙を流していた。どうして泣いているのかわからない。

 俺は必死で、彼女を止めようと口を動かしている。

『さようなら、形代君』

 手が離れた。芙蓉が奈落へ落ちていく。唾を飛ばして悲鳴を上げる。

「待ってくれ!」

 ベッドの上で、手をのばして起き上がっていた。両目に光る文字が浮かんでいる。血液循環がいいのか、集中力が増してしまった。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください』

 荒い呼吸で予知文を見つめる。文章が消えて、次の文が表示。毎朝同じ光景を見ているのに、今日は何か違う。

『学校に行っても、家に居ても、死にかけるでしょう。それでも行きますか?』

 ぼうぜんとしていた。目を閉じられなかった。右目にYES、左目にNOが羽虫のようにあらわれる。

 YESを選べば学校に行って死にかける。NOを選べば、家に居て死にかける。生命に関わるから予知文が出てきたのか?

 目を開けておくのが限界にきたとき、すっと予知が消えていった。両目をおもいっきり閉じると熱を感じる。今のはなんだったのか。再び開けてみたけど、予知は出てこなかった。

「おはようございます。お兄さん」

 後頭部にいる妖精さんが耳元でささやく。寝ているときも一緒なので、ベッドをすり抜けているらしい。もう妖精やめて、霊にジョブチェンジすればいいのに。

 萌黄のおかげで気分がちょっと晴れた。朝から暗い予知なんて知りたくもない。家や学校にいてもだめなら、警察に行くしかないが、予知なんて大人は信じないだろう。

「きちんと朝ご飯を食べましょう。萌黄の養分となりますから」

 邪悪なささやきが身にしみる。

 今日は月曜日。芙蓉との騒動があったのは木曜日の夜で、彼女は金曜日に部員となった。土日の休みは妙な疲れがきて、部屋でゴロゴロしてしまった。なぜ黒魔術信者がやってきたのか考えてみたけど、そのうち頭を使うのをやめた。

 憂鬱なので、萌黄に返事はしてやらなかった。耳に息をふきかけてくる。ビクリと恐怖ではなく、ちょっとした快感で震えてしまった。

「わかったよ」

 かまってちゃんの妖精を、毎日相手にしなきゃならないのは最悪だが、徐々に慣れてしまうのが人間である。

 母さんにあいさつして朝食をいただく。土曜日の心霊特集で、死ぬほど叫んでいた人だ。萌黄を紹介すると、心臓発作を起こすかもしれない。後遺症をもたらしているのか、お弁当を忘れたようで、お金を渡された。

 家を出ると、六月末の晴天は暑かった。セミはまだまだ鳴いていない。あと一カ月ほどで夏休みだが、学生は宿題という課題がある。ほぼ遊びについやすけど。

 いつものように安居と学校に行く。教室に入る直前、千鳥に呼び止められた。おもしろいものを見せてやるから、昼休みに、部室に来いと言われる。ウキウキしてB教室に戻っていった。胸が大きくなる通販器具でないことを祈る。

 授業が終わって小休憩時、氏神と出会ったので話しかける。ほんわかボイスは、先生に問題を答えろと言われ、わからなかった羞恥心を癒やしてくれた。雑談していると、周りの男子の視線を感じる。癒やし系は、ストレス社会には貴重な存在だ。

 昼休みになった。安居と相談して、部室で昼飯を食べることにした。クーラーがあるし、教室はごちゃごちゃしているのでちょうどよかった。

「今日も部活がんばろうぜ!」

 気味が悪いぐらい、安居は宇宙人ショックから抜け出ていた。目当てはわかっている。芙蓉だ。これ以上男子部員はいらないので、協力して友達には超常現象解決部のことを話さなかった。

 安居は腕を組み、

「俺さ。芙蓉さんと氏神さんの魅力の違いがわかったんだ」

「外国人の血が混じっているってことか?」

「違う。そんな単純なものじゃない。芙蓉さんの胸は張っているけど、氏神さんの胸はちょっとたれてるんだ」

「単純な話胸じゃないか」

 その細かい注意力を、学業に向けられない友があわれでならない。

「おっ! 彼女だ!」

 安居の声が張った。

 芙蓉が山道を登っていた。木に隠れて見えなかったけど、部室に向かっていたようだ。青紫の花をつけたキキョウソウが、スカートと一緒に揺れている。

 彼女が俺に気づいた。ぶすっとした顔つきをしている。眉がななめに飛び上がり、目が釣って、唇をつむぐ。腕を組んでえらそうにしていても、美少女なので、モデルみたいにカッコいい。

 にらみつけてくる理由はわからんが。

「芙蓉さん! いい天気ですね!」

 安居が片手を上げて気さくに話しかける。彼女に束縛され、拷問された歴史はどうなったんだ。美は暗黒時代を打ち消す力があるのか、男の本能というものなのか。

「……いい天気ね」芙蓉は視線を落とし、

「ごめんなさい。ひどいことをして」

 安居に向かってペコリと頭を下げた。驚いて次の授業の科目を忘れる。無口で無視するか、「近寄らないで! クソ妖怪が!」と、ののしるかと思ったのに。

「あっ、いっ、いいえっ! 俺のほうこそ、目が細くてすんません! 必ず人間になってやるんで!」

 安居は腰をビシッと曲げて謝罪。

 いや、お前は被害者だろ。

 混乱する気持ちはわかる。

「おわびといってはなんだけど。お昼ご飯はこちらで出させてもらうわ」

「えっ? マジで?」

「千鳥から聞いてないの?」

 早くも芙蓉に、呼び捨てにされる部長だった。

「聞いてない」

「しょうがない子ね。お弁当なの?」

「今日は菓子パンだけど……」

「ならちょうどいいじゃない」

 芙蓉のペースに飲み込まれた。

「あっ、ありがとな……」

 指で頬をポリポリかいた。

 芙蓉と出会ったのは初めてじゃない。やりづらい。夏祭りで出会った頃は、こんなに堅物だっただろうか。丸く色めいた水ヨーヨーと、かれんな少女が頭に浮かぶ。

「ありがとうございます!」

 安居は感動したのか、目に涙を浮かべている。まだ恋人関係じゃないだろうに。

「いいのよ」

 芙蓉はバカ丁寧な対応に、クスリと笑った。母性あふれる優しげな表情だ。あまりにも顔つきが変わったので、心臓が一声鳴った。

 感情が伝染したのか、苦笑いを浮かべてしまう。芙蓉の笑顔がすっと消えた。クルリと背中を見せ、部室に向かって歩いていく。

 ――俺、嫌われてないか?

 避けられているような気がする。彼女との思い出は祭りのときしかない。何か悪いことをしただろうか。さっぱりおぼえていない。

 ぽんっと、手が肩に置かれ、

「元気出せよ。女なんていっぱいいるしな」

 安居の勝ち誇った白歯スマイル。その歯をたたき折ってやりたい衝動がやってくる。

 落ち着け俺。芙蓉とはなんの関係もないはずだ。

 心でなんども念仏のように唱えていた。

 フェンスを越えて、コンテナハウスの扉を開けた。室外機が回っていたので、エアコンがぶわっと皮膚をなでる。太陽の熱が窓から入って、こもりやすいようだ。冷蔵庫は自由に使っていいらしいので、買った飲み物を入れておこう。

「いらっしゃい」

 氏神が出迎えてくれた。きれいな白いぞうきんで、机をふいてくれている。芙蓉は遠慮したのか、立って机を見つめていた。

 氏神は俺を見て、特別なスマイルをくれる。芙蓉の事件以降、積極的に話しかけてくれるのだ。ぬれた瞳で見つめられると、変な感情が持ち上がって照れてしまう。

 机を磨き終わると、芙蓉が豪華そうなお弁当箱を置いていった。ここに来るときは何も持っていなかったので、業者に運ばせたのだろう。新しい部員を迎える歓迎会みたいなものなので、部室を掃除したくなる気持ちはわかる。

 弁当のふたを開けてみると、鮮やかな色が重なり合ってあらわれる。厚焼き玉子、鶏つくね焼、エビに銀杏、黒豆ご飯。和風弁当だった。特に肉じゃががうまそうだ。

「お茶を入れますね」

 氏神がウキウキしながら、お茶っ葉の入った急須を持つ。

「手伝うわ」

 芙蓉がすっと氏神に寄った。

 氏神はビクッとおびえの色を出す。高級感あふれるお嬢さまなのだ。遠慮するのはわかる。

 芙蓉は意外なぐらい笑顔を作って、氏神に話しかけていた。打ち解けていったのか、女ならではの会話に発展。湯飲みを置いていく、彼女の白くて長い指先に、目がいった。

 お金持ちだけど、謙虚で人見知りしない。ぶすっとした顔つきと、性格が堅物なのが欠点か。人に嫌われない、心得みたいなものがあるのかもしれない。お嬢さまも大変だ。

「あれ? なんでお前だけ肉じゃがが入ってるんだ?」

 安居が弁当をのぞいて言った。皆のお弁当を見ていくと、確かに俺のだけ肉じゃがが入っている。業者のミスだろうか。ちょっと得した気分になる。

 食べてみると、ほっぺたが落ちそうだった。ほくほくしたジャガイモに、柔らかい肉。だしは甘みがあって、母親でも出せない味だ。

「一つくれよ」

「やらねぇよ。これが一番うまいんだ」

 安居の箸が弁当を荒らす前に、全部ペロリと食べてやった。男に仲良くなろうという概念はない。食うか、食われるかだ。

「こほっ! ごめんなさい」

 芙蓉がせきをして謝った。頬がほんのりと赤みがかっている。風邪でもひいたか?

「おまたせ!」

 部室のドアがいきおいよく開き、うるさい千鳥が入ってきた。ツインテールの毛が数本逆立っている。髪型を整える暇もないぐらい興奮しているようだ。

「おっ、きたな。芙蓉さんからのお弁当、先にいただいてるぞ」

「お弁当? あっ。何それ! 私に内緒でそんな豪勢な弁当を食べてるの! 何さまのつもり!」

 千鳥が歯ぎしりをしている。お弁当の連絡がなかったわけだ。本人が忘れているのだから。

 芙蓉がため息をつき、

「あなた忘れているの? 今日のお昼は、私が出すって言ったじゃない」

「えっ? 言ってたっけ? そんなこと」

「言ったわよ。しょうがない子ね。早く食べなさい。鮮度が落ちてしまうわ」

「わーい! 由佳理、お茶!」

 子供のように喜び、氏神にお茶を出させ、千鳥は箸を持ってガツガツ食べ始めた。お茶はガブ飲みだ。幼児体型という呪いは、女性としての魅力まで奪ってしまった。

「ふぅ。さて、さっそくあなたたちに見せてあげるわ」

 おいしいお弁当の味をかみしめず、千鳥は机に赤い巾着袋を置いた。百円均一でありそうなやつだ。豊乳の通販器具でないことを、とりあえず喜んでおこう。

「おお、なんだよそれ?」

 お茶を飲みながら聞いてやる。

「今日の超常現象解決部の件名は『オーパーツ』よ!」

 千鳥はニヤリと笑い、菜っ葉のついた前歯を見せつけた。

 オーパーツと言われても、それがなんなのか出てこなかった。教科書にあっただろうか。おもちゃの名前か?

 テレビで聞いたことがあるけどわからない。

「なんだよ。オーパーツって?」

「オーパーツというのは、その時代では絶対に作れないはずなのに存在する物の総称よ。たとえば、クリスタルスカルが有名ね」

 千鳥は飲み干した湯飲みをドンッと机に置く。氏神がさっとお弁当の空箱を片付けていた。

「1927年。アンナという女が遺跡の祭壇の下で、水晶で精巧に作られた人間の頭蓋骨を見つけたわ。それは道具をまったく使われず作られていたの。太古のアトランティスによって作られたとしか思えない物体だったのよ」

 千鳥のうんちくが始まった。

 水晶で作られた頭蓋骨を頭の中で想像してみる。なんだかすごい物のような気がしてきた。オーパーツというのは、そういうものなのか。

 手をパチパチたたかれた。芙蓉だ。不敵な笑みを浮かべている。

 千鳥は身構える。芙蓉は優等生だ。オカルトなんて信じていないし、この部に入ったのは、黒魔術儀式の口止めのためだ。反論して、支配欲を満たしてくるに違いない。

「さすがだわ。あなたを認めましょう」

 芙蓉は満足したかのようにうなずいた。

 ――ええっ? どうした優等生!

 驚きすぎて引いてしまう。千鳥でさえ、目をパチクリさせていた。

 まさかオカルトを信じているとは。鋭いツッコみすらこない。想像していたキャラとは、イメージが違いすぎた。

 ――黒魔術信じてるもんな。

 類は友を呼ぶというやつなのか。

 芙蓉はオカルトに寛容のようだ。そういうことなら、びっくりするだろうと思ってやめておいた、萌黄を紹介してもいいような気がする。まだ彼女には、妖精さんの存在を教えていない。見えてないだろうし。

「待て。クリスタルスカルについては反論がある」細目妖怪安居が腕を組み、

「アンナが遺跡にいた証拠はなかったし、水晶ドクロは研究所の電子顕微鏡で検査を受けた結果、ダイヤモンドの研磨剤の跡があったはずだ。つまり近代の工芸品であり、オーパーツじゃない。この話はどうする?」

 オカルト雑誌にありそうな反論をずらずら述べてきた。さすが宇宙人に会おうとしている男。知識はじゅうぶんだ。

 さあ、どうする部長?

 千鳥は安居をキッとにらみ、

「黙れ妖怪! 封印するわよ!」

 負け犬の遠ぼえみたいなことを言い放った。ズッコけそうになる。

 反論が幼稚すぎるだろ!

 安居は口の端をニヤリとさせ、勝ち誇っていた。

「まあ話はわかったわ。とりあえず、その中にあるオーパーツとやらを見せなさい」

 芙蓉が静かな声色で言う。頬がちょっとだけ赤い。全面的に千鳥を認めてしまったので、恥ずかしいんだな。

 千鳥は巾着袋を開け、

「見せてあげるわ! これがオーパーツよ!」

 透明な水晶の玉が出てきた。野球ボールぐらいある。千鳥の碧い瞳が光っていた。

「おおっ! これどこで手に入れたんだ?」

「オーパーツを近所の公園で探していたら、空き缶を集めていたオッサンに三百円でゆずってもらったわ!」

「……それ、偽物じゃないのか?」

「そんなわけないでしょ! オッサンに『これオーパーツなの?』って、しつこく問いつめたら、最後には認めてたわ!」

 千鳥は自信満々に声を張った。

 ――お前が言わせたんだろうが!

 確実にオーパーツじゃなかった。

 氏神は苦笑いしている。こういうことに慣れてるな。

 安居は、水晶に興味をなくしたのか、細い目で異次元をのぞいていた。

 芙蓉だけが興奮し、オーパーツを怪しい目つきでながめていた。誰か、お嬢さまに現実を教えてやれ。

「このオーパーツはとある呪文を唱えると、とんでもないことが起こるらしいの。さすがのオッサンも、何が起こるのかわからないから唱えたことはないらしいわ。尋問したら、ようやく呪文を聞き出せたの」

 鼻高々にしゃべる千鳥。

 ――いや、それ、お前に教えたじてんで何か起こってるだろ!

 ツッコんでやりたいが、あまりにもふびんなので何も言えなかった。悲しい気分だ。あわれな少女を救う方法はないものか。

「呪文を唱えるわよ」千鳥は指をポキポキ鳴らし、

「バカになれ。恥をかけ。裸になったら本当の自分になって、警察に捕まる」

 アゴを突き出して呪文を唱え始める。

 ――えっ? なんでシャクれた?

 謎の言動と、アゴの骨を外したことに、どことなく不安げな空気が流れた。

 芙蓉だけが両目を閉じ、何を納得しているのかわからないが、うんうんとうなずいている。

 なんだこの空間?

「ニートになるなら、ギネスブックにのるぐらいになれ! さあ、俺の人生、かかってこいや!」

 千鳥は両手を振り上げた。プロレスラーがマイクパフォーマンスをしている、絵面が浮かぶ。

 床が「ズンッ!」と揺れた。地震だ。弁当の空箱や湯飲みが転げ回る。

「なっなんだ!」机をつかんで叫ぶ。

「きたわよ! オーパーツが発動されたのよ!」

「絶対違うね! 命かけてもいいわ!」

 はしゃぐ千鳥にマジツッコみ。

 五秒ぐらいで地震はやんだ。みんなのぼうぜんとした表情が目に入る。俺も同じ表情をしていたと思う。

「おっおい! 大変だぞ!」

 安居が地震の衝撃で、ちょうつがいの外れたドアの隙間を指さし叫んだ。黄色く、細かい粒子が部室の中に入ってくる。指でそれをつまんでみた。

「砂だ。乾いた砂が降ってきているのか?」

 窓に大量の砂が当たっている。まるで砂嵐だ。外の光景がまったく見えない。風がコンテナハウスを切り込んでくる。

「そんな。この水晶に、こんな機能があったなんて……」

 千鳥は絶句している。

 絶対に違うと思うけど、タイミングが良すぎる。ツッコむよゆうはなかった。この現象が水晶のせいだと、どうしても思えない。水晶は輝きもしなかったし、割れたり、飛んだりもしなかった。

「学校に戻りましょう。先生たちが緊急通報しているはずよ」

 芙蓉は冷静だ。それがベストな選択だと思った。

 千鳥が部室にあったブルーシートを持ってきた。厚手で丈夫そうなやつだ。五人ぐらいならすっぽり包める。これで目と鼻と口を守るしかない。

「萌黄。起きてるか?」

「はい。大変な状況です」

 妖精さんが寝てないか確認。いつも淡々としているけど、緊張がつたわってくる。さすがの亜人も、砂嵐の脅威は感じているらしい。

 ブルーシートで体をおおって、外に出るぞと宣言する。俺と安居は先頭。千鳥は背が低すぎるので真ん中。後ろは氏神と芙蓉に任せることにした。

 きしむフェンスをすぎて、山道を下っていく。シートが強風によって浮き上がるので、前で押さえるしか方法がなかった。砂が足元を、すごいいきおいで通りすぎる。

 シートに隠れて前は見えないけど、道をおぼえているのでなんとか学校に行ける。迷ってしまったらアウトだ。幸い千鳥がギャーギャー指図してくるので助かってる。

「太陽が満月のようね」

 芙蓉がぼそっとつぶやいた。偶然空が見えたのか。午後の始まりなので、お日さまは頂上で砂嵐を見下ろしている。

 学校の裏口から入ると、近くに第一グラウンドがあり、砂をふせぎきれないと判断する。建物に沿って歩こうと提案した。みんな賛成してくれた。

 風を壁でふせぎながら、正門までたどりつく。ここから北に向かえば玄関だ。鍵をかけられてないようにと祈る。

『突然ですが質問です。砂があなたの体内に入り窒息させようとしています。逃げますか?』

 なんの前触れもなく、予知文が目に飛び込んだ。

 ――はっはあっ?

 逃げるというのは回避クエスチョンだ。だけど質問の意味がわからない。砂が体内に入るとはどういうことだ。巨大な砂嵐が、意志を持っているような言い方だ。

「はうっ? 誰かきます!」

 氏神がビクンと跳ねた。

「えっ? どこから?」

「後ろからです!」

 氏神のほんわかボイスが、リアルモードにチェンジしている。

 砂が一点に集まっていた。それが腕から始まって、足にお腹、胸に首、頭まで作り出した。黄色い砂が集まって、人間の形ができている。顔がのっぺらぼうなのが怖すぎる。

 ゆっくりと向かってくる!

「なんだ! 砂が人間みたいになったぞ!」

 安居がにぎる力を、激しく揺れるシートに込めている。

「早く学校に入りましょ!」

 千鳥が背中をたたいてきた。

「よし! YESだ!」

 解答したとたん、身体が砂嵐にビクともしなくなった。両足が軽くなる。速く歩きたいけど、安居が俺についていけない。

「がんばれ! もうすぐだ!」

「わかってるよ!」

 安居は必死で恐怖に立ち向かう。

 人型の砂は、のろいながらも確実に近寄ってきた。氏神と芙蓉の表情が引きつっている。最初に、犠牲になるのは後ろにいるふたりだ。

 このままじゃだめだ!

「安居! 妖怪の力を見せてみろ!」

「くそぉっ! 人間になりたぁい!」

 安居は細い目と同じぐらい口を閉じ、歯をくいしばって一気に進んだ。学校の玄関は開いていて、中にどうにか入ることができた。砂人間が来る前に、ドアをおもいっきり閉めてやる。

 芙蓉が素早く玄関の鍵をかける。ドアから離れた。砂人間は玄関のガラスの前に立ち、バンバンと扉をたたき始めた。

 氏神がおびえて唾をなんども飲み込んでいる。うるさい千鳥でさえ黙っていた。安居は腰を抜かしたように、尻もちをついて怪異を見守っている。芙蓉だけはキッと砂人間をにらんでいた。

 砂人間は中に入ろうと首を動かした。ガラスを砕くだけの力はないようだ。しばらくして、あきらめたのか、すっと嵐の中に消える。

 皆靴箱の前で、あぜんとしていた。ドッキリにしては凝りすぎている。現代科学に砂嵐を起こさせ、砂人間まで作る技術なんてあったか。

『ぴんぽんぱんぽぉん! 校内放送でぇす!』

 妙にテンションの高い、女の声が耳に響く。校内スピーカーから流れているようだ。天井に設置された、機械を見る。

『突然ですが質問でぇす。YESか、NOかでお答えくださぁい。答えなきゃ死んじゃうわよぉ』

 甘ったるい女の声。

 ゾクリと背筋に冷たいものがはった。質問を投げられたことが怖いんじゃない。俺の能力を知っていることに恐怖を感じた。

『形代君を差し出してくださぁい。そうすればみんなの命を助けてあげる。さあ、YESかNOか!』

 女はケタケタ楽しそうに笑っていた。

 プツッと、音声信号が停止した。静かななか、砂嵐が窓や扉をガタガタ揺らしている。生徒や先生の声は聞こえない。

 ――俺を差し出せば命を助ける……。

 意味を深く考えた。よくわからない敵は、俺を捕まえて連れてこなければ、学校内の人間を殺すと言ってきている。砂嵐や砂人間を見なければ、ホラ話だと笑い飛ばしていた。

 女は放送室にいるに違いない。俺を手に入れて何をしたい? 何をさせたい?

 答えはこの予知能力しかない。俺はただの人間じゃない。希有な超能力者なのだから。

「答えはNOよ!」芙蓉が突然叫び、

「出てきなさい! ひきょうよ! 私たちがそう簡単に差し出すと思ってるの! 形代君のマネして!」

 スピーカーに向かって怒鳴っている。返事はない。放送室まで声が届いているかは不明だ。

「芙蓉さん……」

「安心して。教祖さまは必ず私が守るわ」

「いや、教祖さまじゃねぇって」

 芙蓉にそこはツッコんどいた。いつまで俺は『サタンと愉快な仲間たち』の教祖設定なんだよ。氏神がおかしいのか、クスクス笑い出す。

「そうよ! そう簡単にオカルト現象を証明するサンプルを渡すと思ってるの! ほしいのなら代わりのものをよこしなさいよ!」

「俺はモルモットだったんかい」

 千鳥の淡泊さに泣きそうになる。

「敵は出てこないみたいだな。こっちから形代を放送室まで連れてくると思っているのかもしれない。今のうちに、職員室に行って警察を呼んでもらうのがいい」

 腰を抜かしていた安居が、「よっこいしょ」と立ち上がる。

「そうね。早く行きましょ」

 芙蓉が先頭を取って歩き出した。こんな訳のわからない状況に、おびえもしないし、動揺もしてない。彼女の芯の強さを見た気がする。

「待ってくれ」

 芙蓉を呼び止めた。

「どうしたの?」

「お礼を言わせてくれ。俺はこの状況に動揺ばかりして、頭が真っ白だったのに、芙蓉さんは助けようとしてくれた。ありがとう」

 後頭部に手をやって、照れながら頭を下げる。彼女には誤解していた部分があった。嫌な性格だと思っていたけど、良い部分もあったのだ。

「いいのよ」芙蓉は目に浮かんだ涙を指でぬぐい、

「警察には、一緒に行きましょうね」

「……はっ?」

「あなたが幼女を誘拐して、殺害しているとは思わなかった。でももう大丈夫。覚悟ができたわ」

 視線が後頭部にいっている。

「まさか、これが見えているのか?」

 妖精さんを指さす。

「これじゃありません。萌黄です」悪霊が耳元で名乗る。

 芙蓉は胸元で拳を作り、

「ええ。女の子の霊が見えてるわ。声も聞こえる。――教祖さま、どこまでもついていきます」

「ちょっと待て! これ霊じゃなくて自称妖精さんだからな! 幼女を誘拐してないし、殺害もしてねぇ! かってに寄生しているだけだ! あと教祖さまはやめろ!」

「わかってます。終末が近づいているのね?」

「わかってねぇ! 俺の終末はまだ遠いんだ!」

 聞き耳を立ててくれない。

「死なばもろともですよ」萌黄が耳に息をふきかけてきたので、イラっとした。

「お前、いつから他人に見えるようになったんだよ!」

「いいえ。萌黄はずっと普通の人には見えていません。見えているのは、氏神お姉さんと芙蓉お姉さんふたりだけです」

 萌黄は言い訳を述べる。

「確かに。俺は見えてなかったぞ」

 安居が萌黄をかばっている。そんだけ目が細けりゃ見えないだろうなと、言ってやりたい。

「私も見えてなかったわ。由佳理は霊能力があるから見えるのはわかるけど、なんであんたは見えるのよ?」

 千鳥が芙蓉の前に立つ。

「私が教祖さまを常に崇拝しているからよ」

 芙蓉はぶすっとした顔つきになり、腕を組んでしゃべり出す。早く教祖さまから卒業したい。あと俺に向かって祈るのはやめて。

「もうそのネタやめない? いいかげんあきたわ。はっ! なんてことなの……」

 千鳥は口に手をやり大きな目を見開く。

 何かとんでもないことに気づいたのか?

 芙蓉と氏神を交互に見やっている。

「どうした? 共通点がわかったのか?」

「ふたりとも、巨乳だわ」

「もうお前の幼稚園児的発想には期待しねぇ」

 千鳥に失望したので、足が職員室に向いた。

「幼稚園児言うな!」千鳥が後ろで騒いでいたけど、相手にする気力がない。

 萌黄に小さな声で、

「おい。なんで芙蓉さんはお前が見えるんだよ?」

「わかりません。黒魔術の影響というよりかは、何か怪異にふれたのかもしれません」

「えっ? 何に?」

「萌黄はそこまで知りません」

 妖精さんはそこで口を閉ざしてしまった。

 一号棟二階にある職員室にたどりつく。人にはひとりも会わなかった。扉を開けると、机ごとに区切られたパーティションが並んでいた。デスクトップパソコンがファンを回す。六月の行事予定としてホワイトボードに、『生徒総会』『学力テスト』と書かれている。

 お昼だったためか、誰もいない机の上にお弁当箱が置いてあった。一キログラムの鉄アレイが置いてある机に、目がいく。体育教師安井の席だ。白米にピンクのうさちゃんキャラが描かれていて、別の意味で恐怖を感じた。

 暑かったのか、エアコンが入っていた。ブルッと震える。熱気の感じられない部屋とは、こんなにも寒いものなのか。

「誰もいないぞ? 外に避難したのか?」

「まさか。砂嵐は突然起こったのよ。避難するよゆうなんてなかったはず」

 千鳥が安井のお弁当をジッと見下ろしている。

 まさか、かわいいだなんて思ってないよな?

「氏神さん。誰かいた?」

「こっちにもいません」

 給湯室から出てきた氏神が、ふるふる首を振る。

「おかしいわね。エアコンが動いているから窓を閉めてるのはわかるけど、扉も閉まってたし、あわてて外に出た形跡がないわ」

 芙蓉がエアコンを見上げている。電気はきているということだ。電源は切られてないみたいだ。

「メアリー・セレスト号だわ」

 千鳥がぼそっとつぶやいた。

「メアリー……なんだって?」

「メアリー・セレスト号。1872年。大西洋上を航行していた船の名前よ。とある船がメアリー・セレストを見つけ、中に入ったけど誰もいなかったのよ。船長室にはまだあたたかいコーヒーが残っていたらしいわ」

 千鳥の視線の先を追ってみた。湯気が泳ぐ、コーヒーが置かれている。喉がうなる。

「食べかけのお弁当。飲みかけのコーヒーやお茶。謎の消滅現象と一致するわ。神隠しと言ってもいいわね。争った跡もない。この学校で、超常現象が起こっているわ」

 千鳥が手をアゴにやり考え始めた。食べたいからお弁当を見ていたわけではなかったらしい。格好だけは部長だ。

 砂嵐が起こったじてんで超常現象だ。平凡な田舎の学校で、そんなことが起こるわけがない。それらを総合して、千鳥は考えているのかもしれない。

 安居が廊下まで歩んでいき、

「そのセレスト号には反論があるけど、この現状は確かにオカルトだな。先生だけじゃなく、生徒だって騒いでない」

「まさか……」

「そうだ。この学校にいる先生や生徒全員が一瞬で消滅した。さすがにまずいぞ」

 額から汗が流れている。

 突然あらわれた砂嵐。襲ってきた砂人間。放送室にいる奇妙な女。消滅した学校の生徒と先生。

 現実では説明できない現象が連続している。

「だめだわ。電話が通じない。携帯も圏外になってる。閉じ込められたわね」

 芙蓉がスマホを片手に声を沈ませる。

「放送室に行きましょう。あの女が関わっているのは間違いなさそうだし」

 千鳥が決断を下した。うなずくしかない。すべての元凶が、女ひとりだとは考えられないが。

 職員室を出て、四号棟の放送室に向かった。文化部が使っている棟だ。砂嵐がすごかったけど、ブルーシートをかぶり、渡り廊下を使ってなんとかたどりつく。砂人間は運よく襲ってこなかった。

 砂が制服にこびりついていたので、手ではらう。窓ガラスが強風で割れそうだ。前にあるドアを開ければ、四号棟の内部に入れる。

 放送室は三階にある。エレベーターがあるけど職員専用で、障害者でもなければ学生は使えない。閉じ込められるのは嫌なので、階段を使って上がるつもりだ。

「うわっ……なんだこれ?」

 絶句した。床が黄色い砂で埋まっている。風がふき込んでいるので、窓が開いていたようだ。ちょっとした砂漠ができていた。

「行くか?」

「当然。あんたが先に行きなさいよ」

 千鳥が背中を押してきた。妹が兄貴に「怖いから先行ってよ!」と、言われているようなものだ。萌え気分にならないのが惜しい。

「なんで俺が」

「あんた予知能力があるでしょ? 危険を察知する能力にたけてるんだから、先に行って、危なくなったらつたえてよ。萌黄の力もあるんだし」

「あっ、なるほど」

 言われてみればそうだ。何かあったら予知能力で回避すればいい。常人にはない力だって発揮できる。初めて人に頼られ、心が不思議と躍ってしまった。

「萌黄」

「ラジャーです」

 妖精さんがスリープーモードでないことを確認。

 芙蓉が手を上げて、

「あっ、私がとなりに……」

「いいよ。俺の背中を守ってくれ。教祖さま言うなよ」

「……わかった。形代君」

 ちょっとためらうと、素直に後ろに下がった。教祖さまと言わず、名字で言ったことは、俺の好感度を上げる。だからどうしたという話だが。

「おお。カッコいいぞ形代君」

「任せろ」

 安居がからかってきたが、真に受けてやった。仲間の生死が俺の能力にかかっている。気合を入れなきゃならない。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください』

 砂よりも黄金色に輝き、回転し、整列されていない文字が目の中で舞う。

「きたぞ!」

 言葉をかけると、みんなの表情が引きしまった。

 ――さあ、どんな質問が来るんだ?

 両腕をかまえて立ち向かう。

『仲間を見捨てて逃げ出しますか?』

 想像外の質問。

 ――回避クエスチョンだ! そんなのNOに……!

 風のせいで、砂が目の中に入った。閉じてしまったのは右目。YESを選択してしまった。

「しまっ、うわっ?」

 砂が山のように盛り上がる。踏ん張れない。お尻からすべり落ちる。

「うおおっ?」

「きゃああ!」

「ちょ、何よこれ!」

 安居、氏神、千鳥の悲鳴が上がる。俺とは反対側にすべり落ちていく。流砂だ。敵の目的は分断なのか?

「教祖さま、形代君!」

 芙蓉が砂を蹴って飛び上がった。スカートがふわりとあがる。黒タイツは、デニールが細いので、中身が丸見えだった。白い下着が黒と混ざって目に飛び込む。

「ぶっ!」

 高校生男子の性欲が出てしまい、見とれてかわせず、芙蓉の股が顔面にモロ当たった。柔らかい感触とローズの匂い。後頭部から砂に落ち、熱さと女の花園のおかげで、訳がわからない。

 砂は俺を運んでいた。スカートの中なので暗くて見えず、どこに行くのかわからない。背中の重力がふっとなくなり、すぐに固い地面に落ちた。

 前が開け、芙蓉が俺を見下ろしていた。ぶすっとした顔つきがたくましく見える。窓が壁についていた。

「平気なの?」

「あっ、うん」

 あおむけで、両足が壁を登り、変な格好で倒れていた。砂によって、窓から吐き出されたようだ。砂に、埋もれる前に、外に出られた。

 風がびゅんびゅん耳をついてくる。窓の端から砂がこぼれ落ちていた。床にまかれていたのは、申し訳程度の砂の量だったのに、ここまでふくれあがるとは。

「みんなとはぐれたわ」

 芙蓉は手を壁に置いたまま動かない。巨乳を下からのぞいていた。砂嵐から、俺をかばってくれていることがわかった。

「中に入れそうか?」

「だめね。砂で埋め尽くされてるわ」

「千鳥たちは?」

「わからない。砂嵐がひどすぎて、前もよく見えない」

 芙蓉の言うとおりだ。四号棟の中は砂だらけで入れない。外は砂嵐がふき荒れている。

 芙蓉は視線をさまよわせ、

「どうしたらいいのか……」

「砂のない建物に入ろう」起き上がり、半袖の白シャツを脱ぎ、

「すまん。俺のシャツで砂をふさいで、近くの棟に入ろう」

「なら私も脱ぐわ」

「いいよ。俺のをふたりで使おう。端を持ってくれ」

「……うん」

 芙蓉はシャツを受け取り広げた。これで目と鼻と口をふせぐには心もとないけど、ないよりかはマシだ。ブルーシートは入り口の所に置いてきてしまった。黒シャツ姿になる。

 ふたりでシャツの端を持ち、四号棟を離れていった。建物沿いのほうが、風の影響が少ないけど、敵が中にいるだろうから近づきたくなかった。芙蓉は文句を言わずそばにいてくれる。砂がようしゃなく皮膚に当たり、感覚が麻痺してきた。

 近くの棟まで、遠くはないはずだ。嵐に耐えればいける。

『敵が向かってきています。彼女を見捨てて逃げますか?』

 回避クエスチョンが発動。敵が追いかけてきている。砂と風で周りの状況がつかめない。見捨てることはありえないので、NOと選択。

「敵が近づいてる! 足を速めるぞ!」

「わかった!」

 芙蓉は判断を俺に預けてくれる。

 最悪な質問だ。仲間を見捨てるとか、芙蓉を見殺しにするとか。早くこの能力を解明してやりたい。俺に力を与えたやつは、何を考えているのか。

 敵がどこまできているのかわからないので、

「萌黄! 敵はきてるか?」

「きてます。もうすぐ手が届きます」

「はあっ?」

 肩に固い何かがすった。恐怖が急速に高まっていく。すぐ後ろに、敵がいる!

「窓が見えた!」

「走れ! 敵が近くにいる!」

「わかったわ!」

 シャツを芙蓉にくれてやり、おもいっきり走った。窓が近づいてくる。腕で砂を防御しつつ、ジャンプして、窓の中へ飛び込んだ。

「ぶはっ! ぺっ、ぺっ! 入ったぞ!」口に入った砂を吐き出し、

「芙蓉さん! 無事か……」

 彼女の姿はなかった。

 白シャツが窓から放り投げられた。切りきざまれている。息が一瞬止まった。

「形代……君、がはっ!」

 芙蓉が浮かびながら窓から入ってきた。黄色い砂が胴体に巻きついている。苦しそうにうめいていた。

 砂が竜巻のように集まり始めた。下肢から始まり、腹部、頭部が形作られていく。顔はやっぱりのっぺらぼうだ。砂人間再び登場。

 芙蓉が敵に捕らえられた。

「はっ……あっ……」

 あとずさると、手に何か当たった。モンキーレンチだ。ここは一号棟にある工作室だった。砂嵐のせいで方向感覚がわからず、一号棟まで戻っていた。

「ふっ芙蓉さんを離せ!」

 レンチを持って立ち上がる。ひやりとした金属の感触。灰色の手はどこまで役に立つか。

 砂人間は首を横にかしげ、

「コノオンナト……オマエ……コウカン」

 口がないくせにしゃべった。俺を差し出せということか。放送室にいる女の仲間だ。

『少女を見捨てて逃げま……』

 予知文が完成する前に左目を閉じる。

 ――NOだ! 黙ってろ!

 予知は俺の生命を最優先してしまう。望んだ未来はやってこない。運命だけはどうにもならない。

『砂に強風を送り込み殺しますか?』

 予知文が変化した。攻撃的なベアクエスチョンになっている。

 ――どういう意味だ?

 右目を閉じてYESを選択。映像が脳内に浮かび上がる。ホースがつき、丸いタンクのような機械が床に置いてある。エアコンプレッサーだ。

 工作室だから近くにあった。溝が砂をかぶって黄色くなっていたけど使えそうだ。空気の力を利用して、くぎ打ちをしたことがある。自転車のタイヤの空気入れにも利用できる優れもの。

 圧力計を見ると、基準値まで上昇している。誰かが空気を満タンにしたあと、消滅したんだ。エアホースがつながれていて、エアーガンが先についている。

 ――そういうことか!

 ピンッときた。

「ころ……しなさい……っ!」

 芙蓉が砂人間につかまれたまま暴れている。足をジタバタさせ、手で黄色の砂をたたきつける。敵の注意力がそれていた。

 声をできるだけ小さくし、

「萌黄。聞こえてるか?」

「はいです」

「あの装置の赤いバルブを開けろ。できるか?」指で指示する。

「了解です」

 萌黄が後頭部からのそのそ下りていき、エアコンプレッサーの赤いバルブを開ける。圧力調整器の二次側の圧力計が上昇してきた。空気がエアホースに入っている証拠だ。これでエアーガンを押せば、空気がふき出す。

『ジャマスルナラ、コロス』

「今度こそ……私が代わりにっ!」

『ナンダ?』

 砂人間が芙蓉から俺のほうを向いた。

「おおおおおおおおおおっ!」

 雄たけびを上げて、モンキーレンチを砂人間の顔に投げつける。見事当たり、顔がはじけた。だけどダメージはないようで、再び顔が作られ始める。

 隙ができ、エアーガンのノズルを、砂人間の体内に突っ込む。レバーをにぎって圧縮された空気を注入。砂人間の顔に一つ目があらわれて、驚いたように見開く。

 砂人間の全身がはじけ飛んだ。芙蓉が砂の手から解放されて、お尻から床に落ちる。飛び散った砂は元に戻ることなく、黄色の霧は風にふかれてどこかに運ばれていく。

 外からきつい風がなくなっていた。砂嵐がやんでいる。太陽が窓から差し込んできた。うるさい風がなくなって、静寂がやってきていた。

 エアーガンを手から落とす。床に飛び跳ねた。

 口元がひくひく震えている。

「はっ、はは、やったぞ」

 言葉がさだまらない。エアーガンのハンドルをにぎる瞬間、砂人間が俺のほうを見た。感情があった。それは恐怖。

 ――ちくしょう! ゆらぐな! 俺は正しいことをしたんだ。

 感情が感染したのか、おびただしい量の汗をかいていた。

「ごめんなさい。シャツが……」

 芙蓉は破れた俺の白シャツを胸に抱き、泣いていた。なぜ謝ったのかわからなかった。つい頬をつねってやりたくなり、手をのばす。

「いたっ! 何するのよ!」

 芙蓉が驚いて飛び跳ねる。

 夏祭りの光景が脳裏に浮かんでくる。女の子がひとりで泣いている。俺は声をかけていた。外国人はめずらしかったからだ。

 その子と一緒に歩いていた。途中で水ヨーヨーを買いにいった。ぼけっとしている女の子を見て、驚かせてやろうと思って頬を軽くつねった。

「思い出した」

「えっ?」

「夏祭りだよ」工作で傷だらけになった机に座り、

「芙蓉さん。ひとりだったな。俺が声をかけたんだ。日本語が達者なんで驚いた。一緒に水ヨーヨーで遊んだな」

「……そうね。あの頃は楽しかった」

 芙蓉はなぜか寂しそうだった。切りきざまれた白シャツを胸に押しつける。何かをためらっていて、吐き出せずに苦しそうだ。

「あのとき、俺は芙蓉さんに何かしたかな?」

 声を沈ませた。

「違う! 形代君は何もしてない! ただあのとき! ただ……」

 芙蓉は言いたくても、言えないようだ。しゃっくりを上げている。透明な涙が頬をつたって、シャツを黒く染めていた。

 救われた。嫌われていたわけじゃなかった。何かいろいろあったんだろう。

「無理して言わなくていいよ」

 手を広げて芙蓉に差し出した。白シャツを返してくれという意味だとわかったのか、彼女は渡してくれた。それをゴミ箱に捨てる。

「行こう。千鳥たちに会わないと」

 過去は帰ってこない。きざまれた白シャツは、絶対に元に戻らない。死んだ者が生き返らないように。俺は運命に抵抗し続けるしかない。

「シャツは弁償するわ」

 芙蓉が申し訳なさそうに言う。

「えっ? いいよ。芙蓉さんのせいじゃないし」

「弁償させて。また新しいシャツを着て、学校に登校してきて」

 芙蓉は頬を紅色させ笑う。見とれてしまった。ぶすっとした顔の印象しかなかったから。初めて彼女が美少女であることを認識した。

 芙蓉は白い髪を手でかき上げ、

「行きましょ。あの子たちを探さないと」

「あっああ」

 俺の前を通りすぎて廊下に出ていった。気後れしつつ、後ろをついていく。人がいない上に、砂嵐までなくなったので、静寂が心音を振動させる。

 芙蓉が急に立ち止まり、

「となりにきなさいよ。女の子を前にするつもり?」

「へっ? うっうん。ごめん」

 彼女のとなりについた。

 緊張していて、ぎこちない動きになっていたのか、芙蓉はクスクス笑い出す。めったに見られない笑顔にとり憑かれ、ぽかんと頭の中に隙間ができた。

「お兄さん、待ってください」

 背中から萌黄の声がした。よちよち歩いてくる。赤ちゃんが初めて二本足で歩いた感じだ。寄生主がいないと、移動もままならないらしい。

 ――そうだ。コンプレッサーの弁を開けてもらうために離れたんだ。

 すっかり忘れていた。

「しょうがないな。ほら、早く俺の後頭部に来いよ」

「はい」

 萌黄はぴょんと足に飛びつき、「うんしょ、うんしょ」と後頭部を目指して登り始める。ほほ笑ましい光景だった。ユーカリを求めるコアラを思い出す。

「ねえ、教祖さま」

「なんだよ? あと教祖さまはやめなさい」

「とり憑かれていいの?」

「……はっ!」

 ファンシーな気分がぶっ飛んだ。萌黄の両目がキラリと光る。無表情だけに怖い。

 なんだよその演出! 狙ってやったみたいなことにしたいのか!

 萌黄に向かって手をのばし、

「離れろ! この悪霊が!」

 身体をつかみたいけど、透けてしまう。萌黄は背中までやってきて、のそりのそりと、イモムシみたいに頂上を目指す。ふれることができないので、離れた瞬間逃げ出すべきだった。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「おふふ。惜しかったですね、お兄さん。危うく離れ離れになるところでしたよ。これでまた、ずっと一緒」

 悪霊が耳に息をふきかけてきた。

「むきぃ!」

 猿のように腕を振り回し暴れるが、肩が痛くなってきてやめた。あきらめと焦燥感がただよう。頭からキノコがはえて、元気を吸われているようだった。

「うふふ。いいコンビじゃない」

 芙蓉がいじわるなことを言い始める。

 腹が立ったので、

「よし、教祖命令だ。お前のことを芙蓉って呼び捨てにしてやるからな」

「あら、いいわよ? なんなら冴香って呼びなさいよ」

「いや、すんません。レベルが高すぎました!」

 さすがに恥ずかしくて、頭を下げて謝った。

「じゃあ私は、教祖さまじゃなくって、あなたのことを堕天使サマエルと……」

「形代って呼んであげて! お願い!」

 もはや漢字ですらなくなったので、泣きそうになって頼み込む。天使名なんてつけられたらイタすぎる。キラキラネームじゃなく、ちゃんとした名前をつけてくれた両親に感謝した。

「私のことは萌黄とお呼びください。ちなみに私、妖精さんです」

「黙ってろ悪霊!」

 自己紹介する妖精に、パンチをくれてやるが、透けて当たらない。

 芙蓉は残念そうな顔つきをしていた。本気で呼ぶつもりだったのか。魔女はいったい何を崇拝しているのだろう。

 ――あっ、そういえば……。

 会話のやり取りをしていてよみがえる。芙蓉は妙なことを言った。よゆうがなかったし、違和感がしても言葉にできなかった。

「そういや『形代君のマネ』って、放送室にいた女に向かって言ったよな? どうして俺の予知能力のことを知って……」

「形代くぅん」

 突然響く甘ったるい声。氏神だ。栗色のドアを開けて手を振っている。

 あの部屋は、一号棟一階にある校長室だ。校長先生は五十代の女性で、丸く太っていて優しそうな人だった。立つのがめんどくさいのか、全校朝礼での話は短くて評判がいい。女子から『パンダ校長』と萌えキャラ名を与えられている。

 ――なんであんな所に、氏神が?

 目の中に光る文字が浮かび上がり、

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。校長室という名の牢獄に入りますか?』

 訳のわからない予知文が出てきた。

 キラークエスチョンだ。将来的に何かが起こるけど、何が起こるのかあいまいでわからない。攻撃するわけでもなく、逃げるわけでもない。

 ――そりゃ入るだろ。氏神さんがいるんだし。

 右目のYESをパチッと閉じてやる。

「よかったわ。千鳥と安居君はそこに隠れているの?」

 芙蓉がさっと向かっていく。俺の話は聞いていなかったようだ。

 ――まあ、あとで聞くか。

 みんなと、学校からの脱出が先決だ。砂嵐はやんでいる。学校を出て、警察に行くか、誰かの家に助けを求めればいい。

 スマホをのぞいてみた。圏外になっている。

 砂嵐は関係なかったのか? 

 設置されていたアンテナがやられたのかもしれない。

「はやく、はやく」

 氏神がせかす。芙蓉と一緒に校長室に入った。

 室内では高級そうな木材で作った机が真ん中にあって、校長先生が座るイスと、机が奥にある。学校の制服を着た小さな人形が、本の入った棚の上に並んでいた。予定が書かれたホワイトボードの上には、何かの表彰状が飾ってある。ノートパソコンは開いたままで、省電力モードになっていた。

「千鳥と細目妖怪はどうしたんだ?」

 ちょっとふざけてみた。砂人間を倒した興奮がまだ冷めていない。

「うふふ。少し待っててくださいねぇ」

 氏神の声がはしゃいでいる。校長先生の机の引き出しから、何かごそごそと探していた。他人の物をイジるなんて、彼女らしからぬ行動だった。

「あったあった。これこれ」

 氏神は見つけた物を、顔にかぶる。そして俺のほうに振り向いた。仮面のようなそれは、赤いブルマだった。

「初めまして少年少女。完全変態紳士だよ」

 癒やしのヒーリングボイスは、ダミ声のオッサンに変わっていた。

 ――とり憑かれてるぅぅぅぅぅっ!

 氏神は変な霊に憑依されていた。オッサン臭がただよってくる。冷静な芙蓉でさえ、ビクッと体を震わせた。

「待て待て。お前たちは変態という意味を勘違いしている。完全変態とは幼虫がさなぎの時期を経て成虫になることだ。まだ十八禁ではない」

「じゅうぶん十八禁だろうが! 誰だお前! いや……まてよ……。校長先生なんでブルマなんて持ってんだよ!」

 ツッコむことが多すぎて、頭にウジがわいてきそうだ。この学校のブルマ着用は、かなり昔に廃止されていた。持っている女子はいないはずだ。ブルマという概念は、ゲームやアニメの女の子キャラの中でしか生きていない。

 完全変態紳士は、ブルマの中から突き出た鼻を動かし、

「ふうぅぅぅ~。熟れた女の匂いがする。それが私に活力を与えてくれる」

「熟れすぎて枯れつつあるけどな」

「失礼よ」と、芙蓉にパンッと腕をたたかれた。

 冷静に頭の中を整理しよう。

 校長先生のブルマ問題は置いておいて、氏神が憑依されているかどうかだ。前に襲ってきたときは、白目をむいて攻撃してきた。今回もそうだ。千鳥に聞いたことがあるけど、霊にとり憑かれたときはそうなるらしい。

 声も違うし、氏神がブルマを顔にかぶったりしないだろう。ということは、確実にオッサン霊に憑依されているということか。本人の意思ではなく、強制的に入り込まれた。

「やれやれ。どっこいしょ。おっぱいでかいなこの子は? 日本人も変わったもんだ」

 完全変態紳士は校長先生の机にドンと座り、氏神の巨乳をぽむぽむ手で持ち上げている。いやらしさを感じるのはなぜだろうか。目がどうしてもいってしまう。

 芙蓉が腕の服をひっぱり、

「ねえ? どういうこと?」

「憑依状態だ。氏神は霊に憑かれやすいんだ。両目が白く濁って、暴走状態になる。俺は襲われたことがある」

「なんだか難儀な子ね」

 同情的な視線を向けていた。

「お前の目的はなんだ!」

「まあ落ち着きたまえ。この子に危害を加えようとはしていない。私の目的は君だよ。形代光輝君」

 完全変態紳士は腕と足を組んだ。スカートからはだけた細い太ももに、目がいった。芙蓉にわき腹をパンチされ、あわてて視線を移動。

「俺? なんで俺が必要なんだよ」

「正確に言えば君の能力だ」

「放送室にいた女の仲間か?」

「違うが、目的は一緒だな。さっき君たちが倒した『砂人』も同士だ。まさか人間にやられるとは思わなかったがね」

「なら、ここでお前を倒してから聞かせてもらう!」

 完全変態紳士に、少年漫画みたいなことを言った。砂人間と比べて、敵は氏神の姿なので、場に緊張感があまりない。気絶させれば元に戻せるか。

「芙蓉、下がっててくれ!」

「わかったわ!」状況を察してくれ、おとなしく下がる。

「萌黄! 準備はできてるな!」

 妖精さんに呼びかけるが返事なし。

「萌黄? どうした萌黄!」

「形代……大変よ」

 芙蓉の声が震えていた。どうなっているのか見たいけど、後頭部に寄生しているのでわからない。

「説明してくれ! どうしたんだ?」

「首から上がなくなってるわ……」

「えっ?」

 芙蓉から説明され、おおげさなぐらい声を上げた。

 首から上ということは、頭がないということか? 

 砂人間に初めて会ったときのような、黒い異物が喉をはい上がる。

 完全変態紳士は片手を頬に置き、

「ああ、君の後頭部に憑いていたフェアリーはね、目をふさがせてもらったよ。ここからのプレイは十五禁なのでね」

 ブルマに隠れた口がニヤリとゆがんだ。十五歳未満は観覧禁止のようだが笑えない。

 何かやったのか? 何も見えなかったぞ?

 言葉をつまらせていると、

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。光のハチが体を貫こうとしています。逃げますか?』

 光る予知文が、回避クエスチョンを目の中に送ってくる。嫌な予感がして、即行で右目を押した。

 体がかってに、横に飛んだ。光る玉みたいな物が、数発弾丸のように頬をかする。棚のガラスに穴を開け、ヒビを入れていた。

「おお? やるではないか? よくかわせたな」

 完全変態紳士が感心したのか顔を上げる。

 なんだ今のは?

 ハチの巣にされたガラスを、ぼうぜんとながめてしまう。

「君は『オーブ』というものをご存じかね? オーブとは素粒子よりさらに小さい超素粒子のことだ。動植物に結合し、死ぬと同時に肉体から抜け出し、『魂』と呼ばれる物体となる。それはおたがい結合する性質を持っているのだ」

 完全変態紳士が説明を始める。意味がわからない。

 オーブなら聞いたことがある。白くてふわふわしており、ときおり動画や写真に写るものだ。白いホコリが光に反射しているだけと聞いたけど、違うのか。

「霊があらわれる前兆と言われてるがね。私のような『霊人』は、それを操ってこんなことができる」

 耳にブォンという震動音がしたあと、完全変態紳士の周りに白い塊が浮かび出す。大きさは卓球のボールぐらいあって、いくつも出てきた。それはハチのように飛び回ると、ピタリと動きを制止させる。何かに操られるように。

「さて、君はどこまで逃げられるかね?」

「くそっ!」

 予知文の意味がわかり、完全変態紳士に背中を向ける。

「えっ? まっ!」

 芙蓉を持ち上げて、両腕で抱えた。運のいいことに、萌黄の力が残っていたので、軽く持ち上がる。効力が、どこまで続くかは想像できない。

 耳に入ったのは、ガラスが砕ける音。空気が切り裂き背中に当たる。振動が床に起こって、足が少し浮いてしまった。

 チラリと後ろをのぞく。惨劇が目に入った。窓ガラスが割れ、壁に黒い穴があいている。光のオーブはどんなものでも貫いてくる。

「はっはっはっはっ! 降参するのなら今のうちだぞ!」

 完全変態紳士がわざとなのか、校長室から半分体を出していた。変態性を強調したいようだけど、異様さがにじみ出ている。

『前から光のハチが襲ってきます。逃げますか?』

「YES!」

 右目を閉じると、体がかってに階段を上り始める。一階から二階へ移動。背中にオーブの波動を感じた。

「なかなかやるではないか」

 完全変態紳士の声がクリアに聞こえる。

「芙蓉、しっかりつかまってろよ!」

「うん!」

 芙蓉は手を首に回し、両目を閉じた。命を俺に預けたのだ。責任重大だな。

『光のハチが階段を下りてきます。逃げますか?』

「YES!」

 体が二階の廊下を案内した。すべすべの床に、水を出す蛇口が見える。赤い丸は火災の発信器か。押しても、誰も逃げないだろうが。選択教室と進路指導室のドアが並んでいる。

「よし。退屈だから、私がなぜ完全変態紳士となったのか。誕生秘話を語ってあげよう」

「いらねぇよ!」

「私完全変態紳士は、元は人間で、海近くの小さな村で育った。貧乏だった私は、常に周りに劣等感を抱き、いつか上京してやると勉学にふけていたのだ……」

 かってに語り始める完全変態紳士。あまりにもよくあるパターンなので、自伝を本で出しても売れそうにない。自費出版でやってくれ!

『光のハチが窓を割ってきます。逃げますか?』

「YES!」

 廊下の窓が次々と破壊され、オーブが壁にめり込んでくる。足が速まって、追いつかれる前に先を進めた。萌黄の効力はまだまだある。三階に向かう階段が見えた。

『光のハチが階段を上ってきます。逃げますか?』

「YES!」

 階段に乗り込んで登った。オーブが天井に設置された蛍光灯を破壊している。破片が芙蓉にかからないよう、体を前にして彼女を守った。

「私はお金持ちのお嬢さまを選んだ。しかし間違いだった! 離婚裁判となり、あいつは親の金で優秀な弁護士を雇ったのだ! 私は裁判に負け、しかも婚姻費用を払い続けなければならなかった! 女子高生のブラジャーを頭におおっただけでだ! この国をたださなければならない。そこで私はある活動を行ったが、それは地獄のような……」

 完全変態紳士はまだ語っていた。

『暗たんたる話がこれからも延々と続きます。聞きますか?』

「当然NOだ! うるせぇ! ちきしょうめ!」

 左目を閉じたら、敵の声がすっとなくなる。高校生にとってはいらん話だ。精神的ダメージがすごすぎる。

 三階を登ると屋上のドアがある。鍵はかかっていなかった。いつもかけていると思っていたのに意外だ。

 屋上に到着すると、青い空に肋骨のような雲が広がっていて、太陽が白い玉のように見える。白く塗られた転落防止用の柵に、さらに上に登るタラップがあった。地上では、砂に埋もれた運動場に、緑のガードネットが待ちかまえている。

 追いつめられたように見えるけど、いざとなれば地上に飛び降りればいい。萌黄の力を感じるので、足の骨を折ることはない。この屋上より、もっと高い所を飛んだ経験が生かせた。

 氏神は千鳥たちを見つけてから助けるか。

「なるほど。やはり君には予知の力が発現しているようだ」完全変態紳士が屋上の扉を開け、スカートをなびかせ、

「だが、そこに逃げることは果たして正解かね?」

 妙なことを言い始めた。

「どういう意味だ?」

「違和感がしないかね、と言っているのだ」

「さっぱり意味がわからん」

「しょうがない。説明してあげよう」

 完全変態紳士は両手を後頭部にやり、くいっ、くいっと腰を振り始める。変態ダンスだ。氏神があわれでしかたがなかった。

「たとえば、よく怪談話であることだ。家にいたら無言電話がかかってきた。突然遠くにいるはずのおばあちゃんが会いにやってきた。山奥で遭難していたら、知らない人が道を示してくれたなどだ」

 完全変態紳士の話はわかる。テレビやラジオ、雑誌や本でよく見る話だ。オチだって予想はつく。

「たいがい次の日になってみると、相手が死んでいたり、お礼を言おうと探していると、すでに死んでいたりする話だ。そこでオーブの話に戻るのだが、それは『情報の塊』なのだ」

「また訳のわからん話か」

「まあ聞け。オーブとは、人が死ぬと肉体から情報を持って、飛び出す性質があるのだ。それがほかの人間に乗り移り、脳に映像を見せ、ありえない体験をさせている。一説によると、時空を超えてワープするともいわれている」

 完全変態紳士の話はホラーからSFに飛んでいる。今のうちに逃げるか。何が言いたいのかわからないが。

「君の予知能力は、こう予言したのではないかね? 『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。校長室という牢獄に入りますか?』と」

 逃げる戦略が真っ白になった。完全変態紳士は予知文を言い当てている。頭の中のふたを開けられて、のぞかれているような感覚。

「オーブが出てきたら、霊があらわれる前兆と言われる理由。オーブは肉体から離れた情報、いわゆる『残留思念』が霊を作っているのだ。それは他人の脳に入り込み、幻を見せることだってできる」

 完全変態紳士は頭をコツコツ指で突く。理解したかねと、言ってくる。体がふらついた。

「さて、問おうか少年。君がそこに居る場所は屋上かね?」

 完全変態紳士に問われ、地震が起こった。違う。光景がグニャリと曲がり始めた。汗が大量に額から流れる。

 制服を着た小さな人形が立っていた。棚の上にあった顔のないマネキン。本が入ったガラスの向こう側で、完全変態紳士が校長先生の机に座っている。

 校長室から出ていなかった。変態の音声がはっきり聞こえていたのは、すぐそばにいたからだ。俺は選択を間違えていた。

「君たちは鳥かごの中に自ら入り、踊っていたにすぎん。――監獄にいた気分はどうだったかね?」

 机から飛び降りる完全変態紳士。

 芙蓉がずしりと腕に乗っかってきた。気絶している。腕がダラリとたれていた。

 意識が混濁し始める。吐き気とめまい。そして強烈な睡魔。

 足の力が抜け崩れ落ちた。芙蓉を落とすまいと踏ん張ったが、腕の力が抜け、彼女の頭が胸に落ちる。床にあおむけに倒れていた。顔をブルマでおおった変態が、俺を見下ろしている。

「ほほう。さすが西洋の美少女。前々から狙っていたが、ここまでおっぱいがでかいとは。ブラジャーで目をおおうと危険だな」

 完全変態紳士の最低なつぶやきを聞きながら、意識が闇に吸われていった。

  • 0拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

件名『悪魔』

 芙蓉は浴衣を着てひとり立っていた。

 小さな女の子姿だった。望遠鏡で私の姿をのぞいている気分だ。ああ、ここは夢の世界なんだなとわかる。

 あれは十歳ぐらいの私だろうか。父親と母親に連れられてこの田舎にやってきた。勉強するには環境のいい所だと聞かされた。実際は何も娯楽がない所だったけど、それなりに楽しめていた。

 小学校に入って、友達と夏祭りに参加していた。まだ土地に慣れておらず、友達とはぐれてしまった。山の上にある神社は広く、いちど迷ってしまうと抜け出せない迷路だった。

 氏神家の巫女さんを見ていたせいだ。神社の参道をしゃなり、しゃなりと歩いていた。年は私と同じぐらいだろうか。手に持っていた鈴の音に魅惑されていた。

 女の子は静かに歩いていた。テレビ撮影はだめなようなので、神秘的な姿を目にとどめておきたかった。だから、友達がどこかに、行ってしまったことに気づかなかった。

 ひとり歩きながら急に寂しさをおぼえた。胸の熱さが冷めていく。楽しそうな声や太鼓や笛が鳴るなか、異常な孤独にさいなまれる。

 泣きそうになりかけたとき、

「迷ったのか?」

 男の子に声をかけられた。口をつぐんでいて、芯の強そうな子だ。突然だったので言葉が出なかった。

「日本人じゃないな? 外国の人か? えっと、英語でなんて言うんだっけな? アイ、アイキャンスピークイングリッシュ?」

「……日本語話せます」

「えっ? すげぇな!」

 男の子が興奮している。この髪と瞳だから、しかたがない。何がすごいのかはわからないけど。

「親はどうした?」

「友達ときました。はぐれてしまいました」

 外国にいたせいで、カタコトな日本語になってしまう。

「そっか。俺もそうなんだ。母さん、父さんとはぐれちまった」

「どうしたらいいのでしょう?」

「迷子センターに行こうぜ。放送してくれたら、友達もきてくれるだろ?」

「それ、どこにありますか?」

「それがわからねぇんだよなぁ。本当は行っちゃいけないんだけど、裏道を通るか」

 頭をかいて困っている。

 おかしくて、「ふふっ」笑ってしまった。

 男の子は白い歯を見せて笑い、

「ちょっとそこで待っててくれ」

 どこかに行ってしまった。

 待つことにした。知らない人についていってはだめと言われたけど、彼なら大丈夫だ。石畳の道に乗った小石を蹴る。急に頬をつねられた。

「いたっ!」

「あっ、ごめんごめん。強くするつもりはなかったんだ」

 男の子は謝るけど、むっとした顔をしてやる。怒ってるわけじゃない。ふざけてやったのがわかったから。

「悪かったよ。ほい」

「えっ?」

 ピンク色のボールのようなものを渡される。中に水が入っていた。口にはゴムがついている。柔らかくて、たぷたぷ揺れた。

「水ヨーヨーってやつだな。安いから買ってきた。じゃ、迷子センターに行こうぜ」

 男の子は先に進もうとする足を止めた。

「そういえば、名前聞いてなかったな。俺、形代光輝」

「あっ、芙蓉冴香です」

「おー、きれいな名前だな」

「…………」

 お礼を言うべきなのだけど、照れて下を向いてしまう。

 形代はさっさと先を歩いていく。それがちょっと腹立ったので、となりについていってやる。異国の地にきて、弱いところを見せたくなかった。

 浴衣を着た親子連れが通りすぎ、形代が何をしているのかチラリと見る。水ヨーヨーを器用に操っていた。下に落として、ゴムの力で上げて受けとめることは簡単だけど、空に飛ばして、背中でキャッチしたことには驚いた。水風船がどこで着地するのかわかっているみたいだ。

 負けたくなかったから、水ヨーヨーに集中した。途中で、「使い方教えてやろうか?」と、形代が話しかけてきたけど首を横に振る。彼に認められたい思いが勝る。だけど絶望的な下手くそさで、ヨーヨーを上にあげることすらできない。

 裏道は参道から外れ、土や木の根っこがむき出しの道だった。照明がなく、水風船が満月に反射してキラキラ輝いている。形代は空に向かって飛ばした水ヨーヨーを、指をゴムの輪に突っ込んで受けとめた。見上げてもいないのに、どうして着地ポイントがわかったのか不思議だ。

「石の階段を上って、先に進めば迷子センターだ。ここは明かりもないし、人も通らないから危ないぞ」

「大丈夫」

 固い階段を上りつつ、水ヨーヨーを振り回す。ぜんぜんうまくならなかった。腹が立って、おもいっきり風船を上に投げる。

「あっ!」

 ゴムが切れた。ヨーヨーが飛び上がって、階段の下へ落ちていく。つい手をのばして追いかけてしまった。

「あぶない!」

 形代が腕をひっぱってきた。階段を登り切っていたので、土の地面に尻もちをつく。手のひらに小枝がチクリと刺さった。

「いたぁい。何するの……」

 形代はいなかった。ぽかんとする。闇に飲まれたように消えてしまった。

 血が氷みたいに冷たくなり、階段の下をのぞいてみた。満月の光が差して、倒れた男の子を映し出す。頭から赤い蛇がにゅるりと逃げていた。それが血だと気づくのに、しばらく時間がかかった。

「あっ、ああっ……」

 形代はピクリとも動かない。死んでいるようだった。恐怖が足元からはい上がってくる。

 彼を殺したのは、私だ。

「うっ、うそよ。こんな……こんなの……うそよぉっ!」

「――ヒハッ」

 その声はとても重々しく耳の奥に沈んでいった。誰の気配もしなかったはずなのに。背中に背丈の大きい男が立っていた。

「やってくれたなぁ。まさかその選択をするとは思わなかったぜ」

 大人だ。助けを求めようと口を開きかけた。言葉が出てこなかった。人間にしては、あまりにも邪悪で異様だったから。

 男は汚いタオルを首に巻き、黒いサンダルをはいている。口が裂けるぐらいニヤニヤ笑っていた。無精ヒゲをし、金色の両目は弓のように曲がっている。サンダルから出た足の指が三本しかない。作業着からぷぅんと土の臭いがする。

「さあ、選択のときだ」

 作業着の男は両腕を広げる。突然目の中で光る文字が踊った。

『突然ですが質問です。YESか、NOかでお答えください。自分の命を犠牲にして、少年を助けますか?』

 視覚だけでなく、脳に文字が焼きついた。

 質問が消え、右目にYES、左目にNOがあらわれる。記号の意味は小学生でもわかった。悪魔に命をささげるか、どうか。

「はっあ……ああ……」

 鼻と口から息が漏れる。

 男は鋭い爪を向け、

「選択を迷っているのなら教えてやるよ。ヒハッ。人生の選択ってのはなぁ、生きたいか、死にたいかのどっちかよ」

 けたたましく笑い始めた。

 意味がわかれば決断は早い。右目を閉じていた。

 悪魔が消え、形代がふらりと立ち上がる。けがは治されたのか、血はどこからも出ていなかった。もうろうとする彼を連れて、人を捕まえて道を聞き、迷子センターにたどりつく。

 友達がきてくれて、おとなしく家に帰った。黒魔術にはまりだしたのは、その頃からだ。悪魔を間近で見れば、常識はくつがえる。

 形代は同じ小学校で、違うクラスの子だった。声をかけてくれたけど、悪魔を見たショックのせいで応えられなかった。彼に当時の記憶はないようだ。つらいことを教える必要はないと思ったので、私は何も言わなかった。

 黒魔術を勉強していくうちに、彼を教祖さまとあがめていた。助けてくれた恩人以上に、変な感情に支配されていたから。彼がたまに話しかけてくれても、緊張して応えられない。そのうち話しかけてこなくなり、私の想いは成長のたびに強くなる。

 高校生になって、彼の机を探って、儀式用の髪の毛を採取したりしていた。誰にも知られてはいけない私だけの秘密。気持ち悪いのはわかっている。だけど、私の命は悪魔ににぎられ、あと何年生きられるかわからないのだ。恋をなんとしてでも成就させたい。

 後悔はしていない。私は正しい選択をした。ただ、死ぬ前に、彼に想いをつたえたい。好かれていないことはわかっているけど。黒魔術の効果が期待できないのはわかっているけど。

「うっ……」

 意識が覚醒した。過去の夢をはっきりとおぼえている。現実感がありすぎて、幻と区別がつかなかった。目に浮かんだ涙は本物か。

「やあ。美しい少女よ。起きたかね?」

 オッサンのダミ声が耳をつき、驚いて飛び起きた。

 完全変態紳士が数字の並んだ箱をイスにしている。跳び箱だ。となりで、縄でグルグル巻きにされた形代が床に転がっていた。

 よかった。無事だったのね。

 価値のない私の命よりも、彼が生きていることに安心した。

「芙蓉! 逃げろ!」

 イモムシのように体をくねらせ、彼は逃げろとうながしてくれる。夏祭りの日、命を捨てて私を助けてくれたときと同じだ。逃げるわけがない。

「落ち着きたまえ、少年。前にも言ったが、私の狙いは君だ。彼女は逃がしてあげよう」

「ならっ……」

「だが、どうやら彼女にその気がなさそうだがね」

 片手をアゴにやり、変態紳士は言う。図星だ。変態のくせに、やたらと洞察力がある。

 完全変態紳士は私に指を向け、

「それでは少年に、数秒間だったが、とり憑いたときに知った質問でもしてみようか。君に突然ですが質問です。YESか、NOかで答えたまえ。彼を助けるために、パンティを脱いで私に渡しますか?」

 声が反響する。ここは体育館なのか。バスケットゴールの白いネットが見えた。

 ――最低だわ。

 変態が何を言っているのかわからない。

「今はいている、ほかほかのパンティを脱いで私にくれるのなら、彼を解放してあげよう。嫌ならここから立ち去るといい。私たちのことは黙っていてもらいたい。レディに乱暴なことはしたくないのでね」

「ふざけるなよ変態! 芙蓉、逃げろ!」

「ふざける、だと? 見損なうなよ小僧! この私がもらったパンティの匂いをかぐなどの変態行為をすると思っているのか! ただ、顔に装着するだけだ」

「じゅうぶん変態だろうがっ!」

 形代は完全変態紳士を怒鳴りつけている。彼の思いは一つだけだ。私を逃がすこと。

 ――……うん。

 頬が真っ赤に熱くなる。恥ずかしさを我慢すれば、彼を助けられるかもしれない。すくなくともチャンスは生まれる。

「わかったわ。あなたにあげるわ」

 両手を強くにぎりしめていた。恥ずかしくて死にそうだ。お前の命をもらう代わりに、彼を助けてやると言われたほうが、数倍マシ。

 完全変態紳士は手をたたき、

「おおっ! すばらしい! ではぜひ脱ぎたまえ! 私が完全体となる日は近い」

「やっやめろ! 俺のことはいいから、逃げて助けを呼びに行ってくれ!」

 形代は意地でも逃げろと言う。だけど、ここで逃げたら、恐らく二度と会えない。だからその選択はない。

 タイツに手をかけて下ろしていく。汗が額から落ちていった。顔が沸騰している。

「自分ではいてるパンツをかぶれよ!」

「バカか貴様! 己の下着を装着するやつがこの世にいるわけがなかろう!」

「その体、氏神さんのだからな!」

 形代と完全変態紳士が言い合っている。

 ――……っ。

 やっぱりつらい。好きな人の前でこんなことをさせられるのが耐えられない。これで彼を救えるんだと、必死で言い聞かせる。両目を閉じて、我慢する。

 スカートの中に手を入れた。

 完全変態紳士の鼻の穴が広がり、

「いいぞ。そのまま脱いで私によこしなさい」

「くっそ! 脱ぐな、芙蓉!」

 形代が転がり出した。抵抗しているようだけど、縄が邪魔してどうにもできない。その気持ちだけでうれしかった。

「はっはっはっ。どこに行くのかね? 少年」

 よゆうの笑みを見せつつ、完全変態紳士が立ち上がって、形代を追っていく。

「今だ! 千鳥!」

「はっ?」

 完全変態紳士が首をかしげた。

 大きな縄がこすれ、ふたりの影が落ちてきた。千鳥と安居だ。体育館に設置してある、クライミングロープを使って、ターザンのように降ってきた。

「死ね! ど変態野郎!」

「ぐわっ!」

 千鳥と安居の声がハモり、ダブルキックが完全変態紳士に入った。飛ばされた変態は、あおむけに転がって動かなくなる。ブルマを顔におおったまま寝ている女子高生は異様すぎた。

「よし! 由佳理を助けるわよ! 顔にかぶってる変な物をはがして、体を押さえつけて!」

「わかった! うん? これは、ブルマというレアアイテムか?」

「早く体を押さえろ妖怪!」

 めずらしいブルマを見下ろす安居に向かって怒鳴り、千鳥はポケットから奇妙な文言が書かれたお札を取り出す。氏神の顔に素早く貼った。妙な呪文を唱えると、氏神はビクッと震えたあと、目をぱっちり開閉させる。

「あっ、千鳥ちゃん。おはようございまぁす。ふぁ」

 のんびりとした口調であくびする氏神。上半身を起こすと、手で目をこすっている。変態オッサンにとり憑かれたというのに、この落ち着きっぷり。さすが巫女さん。

「この子に何が起こったの?」

「由佳理は憑依されて暴走したときのために、『憑き落としのお札』を私に預けているの。これで中に入っていた変態野郎は強制成仏したはずよ」

 千鳥は何枚かお札を見せてくれた。暴走したときのために、親友に命綱を預けているわけか。

 ――あっ、お礼を言わなきゃ。

 助けてくれたのだ。仲間としての絆を感じた。彼も助けてくれたし、醜態をさらすことを避けられた。

 よかった。嫌われたくないもの。

「あのっ、まっまあ、ありが……」

 お礼を言おうとすると、慣れていないのか口が震える。突然壁がバンッとたたかれた。言葉がつまった。

「お前ら遅いぞ!」形代が体をくねらせ、

「予知能力であそこに隠れてたのはわかったけど、なんですぐ出てこないんだよ!」

 不満を訴える。子供みたいでクスリと笑えた。ぜひ理由を聞きたいので、千鳥と安居に向かって耳を傾ける。

「バカか貴様!」安居が腕を組んで形代を見下ろし、

「芙蓉さんの下着が拝めるんだぞ! どんなものか興味があったからに決まってるだろうが!」

「そうよ! 脱いだ下着を、手に持っているところをスマホの写真に収めて、一生頭が上がらないようにしてやろうと思ったのに!  邪魔しくさって!」

 千鳥は動けないことをいいことに、形代をポスポス踏んでいた。

「最低だなお前ら!」形代は必死で抵抗していたけど、縄が体に食い込んでバテていた。

 ――絶対お礼なんて言わないわ!

 にぎった拳がプルプル震えた。一瞬でも仲間だと思った自分が情けない。次からはお昼おごってあげない!

「まあまあ、みんな仲良く」

 氏神がニコニコと、場の雰囲気をなごませていた。

 黒タイツをいそいそと、はいているところは、見られてないようで助かった。

  • 1拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

オススメポイント 9

つづけて SNS でシェアしてオススメシポイントをゲットしましょう。

とじる

このページの内容について報告する

送信中

送信しました

文字数の上限を超えています。