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花咲か少女と怪物の守る庭 完結

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草花と果実の街に、とある占い師が訪れた。「北の大地に花が咲き乱れなければ、この街は災厄の炎に襲われるでしょう。」北の大地は死んだ大地。そのうえ人喰いの怪物が住んでいる。怯える住民たち、一人の少女に白羽の矢が立った。家族はおらず、大した働き手でもない、義足の少女。
「行ってくれるかい、パッペル。」「……この街のためなら、喜んで。」

森の奥の怪物と義足の少女が花を育てる、異類恋愛譚。

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目次

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予言と怪物の庭

草花と果実の街、グラオザーム。平和で何の憂いも持たぬ、開かれた花の街。多くの観光客が集まり、草花や果実の交易で栄えていた。

ある日そこにひとりの占い師が訪れる。国中を旅をする占い師は数日とどまり、そして去って行った。

「北の大地に花が咲き乱れなければ、この街は災厄の炎に襲われるでしょう。」

一つ、不穏な予言を残して。

草木と果実の街、グラオザーム。そこにはいつだって色とりどりの花が咲き乱れていた。春には桜が、夏には紫陽花が、秋には桔梗が、冬には椿が。街中どこだって、花のない所なんてない。ただ一つ、北の森を除いて。

薄暗い、木の根の張り巡らされた悪路の進んで進んでその先に。荒れ果てた黒々とした庭がある。草木と果実の街の一画であるというのに、一つの花さえも、一本の草さえも存在しない、死んだ大地。そこには誰も立ち入らない。人っ子一人いない隔絶された土地。そこにいるのは庭の主、巨大な館の主ただ一人だけ。

「き、北の地は草木の生えない不毛の土地です!花なんて咲くはずが……、」

「私はただ、占いの結果をお伝えしただけですから。」

にべもない占い師の言葉に人々は途方に暮れた。

もしかしたら、北の大地にも花が咲くかもしれない。かつてその地には確かに花が咲いていたのだから。館の主が、怪物に喰われるまでは。

死んだ大地に住むのは、主を喰い殺した恐ろしい怪物だけだ。

誰もが怪物を恐れ、北の森へは近づかない。かつて怜悧な瞳をもった青年が館の主であった。だが十年以上も前、突然青年は姿を消し、怪物が館に住み着いた。ちょうどそのころから、北の地は不毛の土地となったのだ。

今まで避け続けてきた、忌避し続けてきた怪物の領域。あの領域に入り、草木を育て花を咲かせるなど、不可能だ。たとえその地に花を咲かせる力があっても、誰も怪物の住む場所に近づけない。近づく勇気などない。

「どうする、誰が……、」

「あの場所に花を咲かせるなんて、」

「誰が行く。怪物は屋敷の主を喰い殺したんだぞ。」

「近づける人間なんて、」

花を咲かせなくては、災厄の炎とやらに襲われる。

花を咲かせるために怪物の庭に入れば喰い殺される。

どちらを選んでも、死しかなかった。

「私は嫌だ。私には妻と娘がいる。」

「俺だって無理だ!身体の弱った両親がいる。」

「じゃあ誰なら、行くことができる。」

頭を抱えた人々の脳裏に、一人の存在が過った。

街に住み、家族はいない。不自由なその身体ゆえに若いのに少しの仕事しかできない。

パッペルという義足の少女。

「パッペル、頼めるか?君しかいないんだ。」

お願い、という形をとっているが、それはもう決定事項だった。皆家族がいる。皆、死にたくない。家族がおらず、片足を失い木の義足をつけた少女は御誂え向きだった。

「はい、この街のためなら、喜んで。」

少女は諦めたように目を伏せた。

***********

ゴロゴロ、ゴロゴロ、音をたてて手押し車が街の中を進む。手押し車の中には、肥料の混ぜられた土、数種類の小さな苗が入れられている。

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。車輪の音と、地面を蹴る義足の音に、皆何事かと見に来て、そっと目を逸らした。石畳に手押し車が跳ねて土を少しずつ零す。けれど私にそれを拾うだけの余裕はなくて、私の歩いた後に軟らかい土が点々と道を作っていた。

手押し車は、ひどく重かった。土が入っていることももちろんだけど、これから私が向かう場所のことを考えると、一歩進むごとに重くなっているような気がしてた。

街のはずれの森の奥、人喰いの怪物がいるという。

怖がって誰も近づかない。近づけない。それなのに、街を訪れたという占い師が厄介な予言をした。北の大地に花が咲かなければ、災厄に襲われる、と。占いなんて、予言なんて馬鹿馬鹿しい。占い師さえ居なければ、私がこうして手押し車を押すこともなく家で縫物ができたはずなのに。低賃金でも、安全な仕事。

木の義足は、いつもより酷使されているのを訴えるようにギシリと音をたてた。

「パッペル!」

「……ネルケ。」

誰も私に近づこうとしない中、一人の少女が飛び出してきた。ネルケ・ハイドン。町長の一人娘で、数少ない私の友人だった。声を掛けられて、少しだけ安堵する。

「本当に行くの?森の向こうには化け物がいるんだよ?」

「知ってる。でも行かなきゃいけないから。」

「でもパッペルじゃなくても……、」

「私しかいないって。」

私しかいないって、そう言ったのが自分の父親だなんて夢にも思わないんだろうな、と思いながら少しだけ微笑む。箱入り娘のように蝶よ花よと育てられた彼女は、きっと綺麗な場所しか知らないんだろう。そして多分、知る必要はない。

「私には、家族がいないから悲しむ人がいない。私がいなくなっても問題ない。そうでしょう?」

「私がっ、私が悲しむよ!」

瞳を潤ませてそう訴えるネルケの頭を撫でた。私とは比べ物にならないくらい艶のある髪が指に絡む。

「……ネルケが悲しんでくれるなら、それだけでうれしいよ。」

一瞬だけ、「じゃあ代わってくれる?」という言葉がよぎったけれど、口から出ることはなかった。これで彼女と会うのも最後かもしれないのに、わざわざ印象を悪くする必要はない。

心配そうに私を見るネルケを置いて、私は手押し車を押した。

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。

道の先に、薄暗い森が見えた。

森の入り口に立つと、冷たい風が吹き抜けた。腹は括ったつもりなのに、怖くて、足を止める。後ろを見ると目の覚めるような緑と鮮やかな花の色が見えた。

真っ先に斬り捨てられたけど、この街が好きだった。孤児の私を、ここまで育ててくれた。一年中花に溢れ、賑やかで美しい街だった。この街も、鮮やかな花もこれできっと見納めだ。

もう一度、その景色を網膜に焼き付けて私は森の中へと足を踏み入れた。

*********

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。

奥に行けば行くほど木の根が複雑に絡み合っていて歩きづらい。義足の左足は幾度となくその根にとられ、転がし続けていた手押し車は数えきれないほどに跳ねて、中に入っていた土は半分くらいになってしまっていた。小さいころ読んだことのある話に、森に捨てられた兄妹が、帰るときの道しるべに白い石を撒いたものがあったことを思い出した。土を追えば帰れるかな、とも思ったけれど、これから食われるかもしれない私には関係のないものだった。何にせよこんな暗い森の中じゃ、土を辿ることもできない。

昼間森に入ったはずなのに、もう日が落ちたようで前も後ろも真っ暗だった。獣の鳴き声、木々のこすれる音、車輪が回る音、義足が地面を打つ音が、延々続く。肌寒いうえに、お腹が空いてきた。腰に下げた巾着から、申し訳程度のパンを食べる。腰を下ろした木の根が冷たかった。足は痛いし、持ち手を握り続けた掌も真っ赤になっていた。

私の両親は、小さいころに死んだ。火事で家が燃えて、熱くて、苦しくて。燃える柱が倒れ込んできて、私の左足を押しつぶした。お母さんとお父さんは私を助けようと、真っ赤な火の中で柱をどかそうとしていた。それから柱が動いて、お父さんが私を家の外に放り投げた。わけもわからず泣いている私の目の前で、真っ赤な家は音をたてて崩れた。

あの日の赤を、私はきっと忘れることはないだろう。

あのあと、街の人たちの助けによって何とか食い繋いで生きてきた。小さな仕事をもらい、小さなお金をもらう。地面を打つ義足の音は、憐れみを得るのに一役買っていた。慣れ親しんだ木の左足は、嫌いじゃない。

義足のおかげで生きてこれた。けれど義足のせいでこうして生贄のように怪物の庭に遣わされるのは、遣る瀬無い。

日の落ちた夜、暗い森を歩くのは危険だ。けれど私には奥へ行く以外に道はない。のこのこ街に帰ることはできないし、ずっと森の中にいても死ぬのを待つだけ。どうせ死ぬなら、例の怪物の顔を拝んでから。

辛うじて満たされた腹を抱えて立ち上がり、手押し車に手を掛けた。

ゴロゴロ、ゴロゴロ手押し車を押す。土はほとんど落ちてしまって、辛うじて底にバケツ一つ分くらいしか残っていない。

汗まみれ、土まみれ、息も絶え絶えになったころ、地面を這う木の根が減っていることに気が付いた。気が楽になったような、重くなったような。それでも少しだけ足を速めて、前へ前へ、進んでいった。

鬱蒼とした森を何時間歩いただろうか。木々がなくなり視界が開ける。

満月に照らされた死んだ大地がそこにはあった。

「……怪物の、庭、」

広大な庭は、ただ広いだけで何もなかった。本当にグラオザームの街の一画なのかと疑いたくなるほどに。だだっ広い庭の先、大きなさびれた洋館が見えた。

死んだ不毛の黒い土地、と聞いていたが、空にぽっかりと浮かぶ月のせいで庭は一面の白に照らされている。雪の積もった墓場のような寒々しさ。けれどそれは街とは別種の美しさがあった。息を潜めるような、呼吸することすら億劫になる死の美しさ。

一通りあたりを見渡したけれど、怪物らしき姿は見えない。この庭には私一人しかいないように見えた。恐る恐る手押し車を庭の中へと押し進めた。

突如訪れる恐怖があるわけでもなく、拍子抜けしたところで本来の目的を思い出した。

私は街に訪れる災厄を避けるため、この土地に花を植えに来たのだ。

花を植えるために持ってきた土はもうほとんどない。何はともあれ、と肥料の混ぜられた土を適当に撒く。柔らかい土が硬い地面に広がった。ただそれもほんの少しで、果たしてこの庭の何十分の一だろうか、という程度である。本当は庭全体を耕して、それから土を混ぜた方が良いだろうけれど、私は鍬や鋤を持っていないし、それらで作業することも、私の軟弱な身体では無理だろう。

苗を植えようとして手押し車の中を見るけれど、入っているのはパンジーの一つだけだった。きっと森のどこかで落ちてしまったんだろう。代わりに、腰に付けた巾着から種を取り出す。コロコロとした種が何の種か、私は知らない。中身を確認することなくただ渡されたものを持ってきただけ。渡したからにはきっと花の種なのだろう。

膝から下が木の私はしゃがみ込む動作が苦手だ。練習したけれど倒れ込んだ方が早いと学んだのはいつのことだっただろうか。慣れたように、撒かれた土の側で倒れる。白く染められた地面は固く冷たい。身を捩りながら、何とかしゃがみ込んだ体勢に近いそれに変えようとしていると、背後から音がした。

足音だ。

ぶわっと汗が流れ出し、忘れかけていた恐怖が明確なものになって背後に迫る。

さっきまで何もいなかったのに。何の姿も見えなかったのに。焦れば焦るほど身体が上手く動かない。そこでハッとした。森を抜けて庭と館を見たとき、私は真っ白だと思ったのだ。今考えれば不自然さがわかる。夜なのに館の明かりは点いていなかったのだ。つまり最初から、怪物は外にいた。

そんなことに気づいても今更遅い。何かの足音が、怪物の足音だとはっきりしただけだった。

「っ……!」

陸に打ち上げられた魚のように身体をバタバタさせている間も、足音はだんだん近づいて来る。恐怖に引き攣った喉から悲鳴が出ることはない。

死ぬ覚悟はできているつもりだった。街を出た時点で、まさか生きて帰って来られるとは思っていなかったし、帰る場所もないこともわかっていた。しかしいざ、こうして少しずつ確かな死が迫ってくると、早朝に決めた覚悟なんてものはあっという間に吹き飛ぶ。せめて、せめて背後から噛みつかれるのは、と思い首をぐいと伸ばして真後ろに向けた。怪物の姿が、見える。

「化け、もの……、」

ほとんど吐息に隠された言葉が、音になったか私にはわからなかった。

白い大地を踏みしめ背中に月光を受ける男がいた。

二メートルはありそうな背丈、鍔のついた帽子、それから鉄色のペストマスク。

月光を背負う化け物の影は私を丸々飲み込んだ。

呼吸することさえも忘れて怪物を凝視した。恐怖が身体を支配し、思考することをやめた頭はただただ真っ白になる。

どれだけじっと見ていただろうか、化け物が巨体を丸めさせ、ぬぅとマスクの嘴を近づけた。突如縮められた距離、焦点が合わずその嘴が私の視界を占めた。そのため、伸ばされた手にも気づかない。

「っひぃ……!!」

背中に回された手に短い悲鳴をあげる。一瞬手が止まったような気がしたが、私の背中と足に手が手袋越しに触れる。

あ、食べられる。

真っ白になった思考に、その言葉だけが浮かんだ。

しかし恐怖に身を固める私に対し、怪物は私に噛みつくでもなく、引き裂くでもなく、嘴で屠るでもなく、ただ横たわっていた身体を起き上がらせ座らせただけだった。

「は…………、」

吐き出した息が間の抜けた音をたてて落とされた。地面に座り込んだ私に、怪物は膝をついてじっと視線を投げかけた。いや、実際にはマスクの黒い穴の奥の視線がどこに向けられているかなんてわからないけれど、たぶん怪物は目の前の私を凝視していた。

「……ここへ、何しに来た。」

「ここ、へ、」

くぐもった声が嘴から聞こえる。口が利けるんだ、と馬鹿みたいに感心した。うまく咀嚼することもできず、おうむ返しに呟く。

「ここは、化け物の住む場所だ。君のような娘が、来る場所じゃない。」

重ねるように低い声がそう言い、当惑の言葉は飲み込んだ。

貴方こそが怪物なのではないか。

おそらくそれは言ってはいけない。少なくとも、目の前の怪物は人間のふりをしているのだ。バレたら食べる、なんてこともあるかもしれない。ならば怪物の思惑通り、人間だと思っておく。

「……花を、花を植えに来ました。」

「花?」

ようやく出た言葉は掠れて震えているという悲惨なありさまだったが無事に怪物の鼓膜を揺らしたらしい。

「私、は……この庭に花を咲かせるために、グラオザームから遣わされました。」

「なぜ、こんな場所に花を?」

「よく、わかりません……。ただ先日街を訪れた占い師が、北の大地に花を咲かせないと、災厄の炎が街を襲う、と予言したらしいです。」

「占い師……、」

考え込むように、怪物はその嘴を撫でた。仕草がやたらと人間臭い。

怪物ならば、すぐに襲い掛かり喰い殺すものだと思っていた。けれど目の前の怪物は会話ができ、理知的に見える。倒れていた私を抱き起したことも、こうして膝をついて視線を合わせるのも、下手すると街の男たちよりもずっと紳士的に見える。

「それで、花は?」

「花の種が、この巾着に。それと、手押し車の中に園芸用の土をいれてきました。」

ここに、撒きました、と柔らかい土の部分を指さすと、感触を確かめるように手袋で土を撫でた。

「ずいぶんと、少ないようだが。」

「……ほとんど、ここまで来る間の森で零してきてしまいました。」

「……そうか。」

一瞬、黒い穴が私の足へと向けられたが、何を言うでもなく花の種子にそれを移した。

「君、名前は。」

「ぱ、パッペル、です。」

「そうか……パッペル、種を蒔こう。」

「……はい。」

ずりずりと身体を捩り、撒いた土に向き合う。

人差し指をプスリと土にさして穴をあけてから、一つ種をいれ、軽く土をかぶせる。少し横にずれて、また指をさして穴をあける。二、三回繰り返したところで怪物も同じように指を土に突き立てた。しかし手袋越しのせいで穴が大きすぎ深すぎたようだ。何度か穴をあけた後手袋を外す。手袋の中から真っ黒い掌が出てきて、慌てて目を背け、目の前の地面と向き合った。

ぷす、ころん、ぽふ。

荒廃した庭の一画で行われるには穏やか過ぎる作業だった。

怪物に食べられるはずの私が、なぜ怪物と種を蒔いているのだろう。

私を食べるはずの人喰いの怪物が、なぜ私と種を蒔いているのだろう。

わからないことが多すぎた。そしてたぶん、考えても答えは出ない。

月明りの中、私は人間気取りの怪物と共に花の種を蒔いていた。

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約束と怪物の背

空が白み始めたころ、私は帰路についていた。怪物に背負われて。

森に入ったころ、まさか戻れるとは思っていなかった。一晩空けた今私は生きている。しんとした空気の中、怪物の足音と、彼が手に持った手押し車だけが大きな音をたてていた。長い脚は、私がまる一日かけて歩いた道を迷いなくずんずんと歩いて行く。

不思議な心地だった。死を覚悟したはずなのに、私は生きている。私を食べるかと思っていた人食いの怪物は、人の言葉を介し、私を襲うこともなくただ花の種を蒔いた。そして今、街へ帰る私を背負って、こうして森の中を抜けていた。

怪物の背中は酷く硬い。しかし温かかった。出来心で、首を伸ばしてコートとマスクの間を見てみると、人間のものによく似た肌色が見えて目を丸くした。手袋から見えた手は真っ黒だったが、首は獣っぽい毛が生えているわけでも変な色をしているわけでもない。至って普通の首だった。そこから少し視線を上げると、藍色っぽい髪が見えた。おそらく、髪だろう。街で藍色の髪の人間は見たことがないけれど。背中から見ると、存外人間っぽい。最初見たとき、夜だったこと、私がパニックになっていたこと、怪物が逆光になっていたことで、ひどく恐ろしげに見えたが、夜が明ければそうでもない。変わったマスクをつけたただの大男だ。ただ、さらに視線を上げるとマスクから角が出ているのが見える。ペスト医師のマスクに似ているけれど、医師のマスクに角はない。

「どうした?」

突然かけられた声に心臓が止まりそうになる。

「何か変わったことでもあったか?」

なにもないだろう、という言葉が裏にある気がして、角の付け根を見ようとした目線をそろそろと落とした。

「……なにも、ありません。」

「そうか。」

また歩き出す。

少しずつ、眠っていた森が起き出すように動物たちや鳥の声が聞こえてくる。化け物といるというのに、この上なく穏やかな朝だった。

「あなたは、」

「なんだ?」

「あなたはなぜ、あの庭にいたんですか?」

自分の庭だから、と答えられたらそれまでだったけれど、それとは違う理由がある気がした。それだけの理由なら、花の種を蒔く私を手伝ったりはしないだろう。

「……私は、あの場所に花を咲かせなくてはならない。」

「あなたもなんですね。」

「ああ、君と違う理由だが。」

ゴロゴロと空の手押し車が音をたてる。

「私は必ず、あの庭を花で満たさなければいけないんだ。」

信念を感じさせるような声に、なぜ、とは聞けなかった。それは彼にどこまで踏み込んでいいかわからない恐怖からと、聞いてはいけない何かのように思えたからだ。

「しかし、私には花の咲かせ方がわからない。種も苗も、何もない。」

花を咲かせなければいけないと言う割に、何の色もなかったのはそれだったのか、と納得する。けれど、人間のふりをしている割に、随分と簡単にぼろを出すことに、関係のないはずの私が心配になる。街に行けばどこでも花の種も苗も、必要な肥料も手に入る。にも拘わらず何もない、ということは街に行けないようなモノ、と言ってるのも同じだ。

だが、ここまで聞いて嫌な予感がした。

「パッペル、君さえよければ花を咲かせるのを手伝ってくれないか?」

くぐもったマスクの中から予想通りの言葉が出てきて、思考を巡らせる。

彼は花を咲かせなくてはならない。街の人間、私もまた花を咲かせなくてはならない。

目的は一緒、本来であれば断る理由がない。だが彼は怪物だ。たとえ今私のことを食べないとしても、気性が荒くないと言えど、不安は付きまとう。化け物とバレた瞬間、ばくり、なんてこともあるかもしれない。正直なところ、私はもう二度とこんな恐ろしい思いをしたくなかった。

「……しかし、あの場所は危険な場所なのでしょう。化け物が住む、と言われているくらいです。」

ぴくり、と不自然に私を背負う身体が硬くなったのに気づき、息を飲んだ。

怪物自身がどう答えるか。どうか最初に言った時のように、私のような娘の来る場所じゃない、と言ってほしい。

「大丈夫だ。今あの屋敷に怪物がいない。だから、」

手伝ってくれないだろうか。

もう一度怪物は言った。

ひどく嘘が下手な怪物だけれど、私の逃げ道を塞ぐには十分だった。

「わ、たしが一度に運べる土と種は少しだけ、です。」

「それでもいい。少しずつだけでも良い。……占い師、の言った予言に期限はあったのか?」

言われてみれば、そんな話は聞いていない。ぐっと言葉に詰まる。町長も他の町人も、そんなことは言っていなかった。いよいよ予言などという怪しげなものの信憑性が疑われる。そんなもののせいであの地の送られたことが虚しくなる。

「……なかった、と思います。」

「では、」

木々を抜け、視界が開ける。朝日に照らされる鮮やかな町並みが現われた

「また君がこの森に入ったとき、迎えに行こう。」

「わかり、ました。あの、」

暖かい朝日を浴びる化け物の姿に、ひどく奇妙な心地にされた。異形であるのに、ただの人間のようにも見えてしまう。

「名前を、聞いてもいいですか?」

「私の名はカロスィナトス。頼むよ、パッペル。」

それだけいうと、光に背を向けるように化け物カロスィナトスは溶け込むように森の中へと消えていった。

背中が見えなくなるのを確かめてから、再び町のほうを見る。もう二度と見ることはないと思っていた町の景色。もっと感動するかとも思ったのに、そうでもなかった。呆然としたような、突然夢から覚めたような、そんな気分でただただそれを眺めた。つい昨日、死を覚悟した場所に私は生きて立っている。

温かい朝日、かすかに香る花の匂い、色とりどりな花弁がここからでも見えた。日が昇るにつれてじわじわと帰ってきたという喜びがあふれてくる。死んでしまうと思っていたのに、生きて帰ってこられた。殺されることも喰われることもなかった。カロスィナトスが運んだ手押し車を手に、街へと歩き出す。何も問題はなかった。少なくとも私が無事帰ってきたと知れば、ほかの住人が行ってくれるかもしれない。安全だとわかれば私以外の人が行ってもいいはず。むしろ一度に多くの量が運べず、足も遅い私が行くよりも大人が数人係で行って作業したほうが効率だって良い。私はこれでお役ごめんだ。

先ほどのカロスィナトスとの会話なんてなかったことにして、私は意気揚々と明るい街へと帰路についた。

**********

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。手押し車の車輪の音と石畳を打つ義足の音は、街の人たちの目を引く。けれど今日は音だけが原因じゃない。

「パッペル!パッペルが帰ってきたぞ!」

そんな誰かの声にまた一人、また一人と北の土地に行ってきた私が生きて帰ってきたことを知る。どこか誇らしげな気持ちで、町長の家へと向かった。建前としては報告、本音は町長のところへ行けば労いか何かで食べ物がもらえると思ったからだ。一晩中起きていたのと、いつもよりはるかに歩き回ったせいでとても眠い。何か食べ物をもらって、一刻も早く家に帰って寝たかった。

「パッペル!よかった!無事だったんだな!」

町長の家に着くと、ひどく喜ばれて少し困惑した。私は確かに怪物がいる館へ行って花の種を蒔いてきた。だが私はそれを証明するものを持っていない。そうである以上、何もせずに帰ってきたのかと疑われるのではないか、と不安だったのだ。しかし一通り喜ばれ、家の中に招き入れられた。想像通り、お茶とともにスコーンが置かれる。がっついているように見えない程度に、スコーンを手に取った。

「……それで、君は北の館まで行けたのかい?」

「はい、着いたのは夜でしたが、無事にたどり着きました。荒廃していて、本当に何もない庭でしたが、とりあえず、持ってきた土を置いて花の種を蒔いてきました。」

「そうか、それならいいんだ……、ただ、」

相変わらず疑うような言葉は出ないが、町長は落ち着きなく視線を逸らし貧乏揺すりをする。

「パッペル、君は怪物を見なかったのかい?」

ああ、と思い当たる。彼に落ち着きがないのは、他に来客の予定があるとか急ぎの予定があるとかではなく、かの人喰いの怪物がどうであったか聞きあぐね居ていたのだ。小さい黒目には明確な怯えが浮かんでいた。きっと昨晩の私も同じように怯えていただろうに、それを棚に上げて大の男が怖がる様を冷静に観察する。

「……怪物、とはどんな姿をしているんですか?」

「……あの館に住み着いている化け物は、二本の黒い角を持ち、獣のような藍色の毛と金色の眼をしてる。手足は黒く、身体が大きい、それから口には牙が生え揃っている。」

特徴を聞くと、やはりほとんどが私の会ったかのペストマスクの男と一致していた。わからないのはゴーグル越しの眼の色とマスクに隠された口の牙だ。

「見たことがあったんですね。」

「ああ、数年前、館に住む青年が街に来なくなってね……。数人で様子を見に行ったら、その化け物がいた。それは私たちが見えるとすぐに襲い掛かってきた……あの恐ろしさはきっと一生忘れないよ。」

人喰いの怪物カロスィナトス。今朝がた聞いた名を思い出す。理知的に見えたあの怪物と、町長の襲われた怪物像がうまく重ならない。屋敷の青年が消えた、というのが他でもない人喰いである証拠なのだろうが、ピンとこない。

「君は、見なかったのかい?あの化け物を。」

「……私が庭に行った時、夜でした。でも明かりは点いていませんでした。そして私が庭で花の種を蒔いている間も、何かに襲われることはありませんでした。」

化け物は、不在だった。端的にそう言う。嘘ではない。明かりは点いていなかったし、襲われることもなかった。怪物は見たけれど。それでも『怪物はいなかった』と勘違いしてもらう方が良い。そうしたら私以外の人が花を植える仕事につく可能性が高くなるだろうから。

「いなかった、のか……?」

「少なくとも、私は問題なく庭で種を蒔くことができました。」

微かな良心により、明言はしない。小さな目を丸くする町長からスコーンに視線を落とした。

町長は再び落ち着きなくそわそわとしだす。それは先ほどの怯えとは違うもので、どこか喜色さえ感じさせた。

なんとなく理解する。町長が、私が怪物の庭へ行って無事に帰ってきたことを疑わなかったのは、そう信じたかったからなのだ。

自分たちが怖がるものはいない。身体の不自由な少女が問題なく帰ってきたのだ。街のためにも、安全にあの場所に花を咲かせることができる。

要は、信じたいものは信じ、信じたくないものは信じない。それだけなのだろう。

「ありがとうパッペル。危険な仕事を任せてすまなかったね。」

もう私のことよりもこれからあの場所に花を咲かせる方法を考えているのだろう、早口に礼を言い、お金の入った袋を謝礼として渡される。庭に行く前にももらったが、お金は生きていてこそ役に立つものだ、と実感した。

スコーンを一つ、席を立つ前に口の中に入れて、私は町長の家から去った。一日ぶりだというのに、ひどく家が恋しい。空になった手押し車は町長の家の前に置いておく。きっともう私には必要なくて、次に行く人たちが使うだろうから。

普段よりもずっと温まった懐に、珍しく食べることのできた甘味。ほどよく満たされた腹に、歩き続けて疲れ切った身体は一刻も早い睡眠を求めている。義足を外し泥まみれの身体を拭くのもほどほどに、私はベッドに倒れ込んだ。疲弊したスプリングが悲鳴を上げる。

泥のように眠る直前、カロスィナトスのことを思い出した。

嘘が下手で、後ろ姿が普通で、私が手伝いに来ると信じて疑わなかった、人間臭い怪物。

掌に収まりそうな程度の良心が痛むのを感じた。けれど、もう二度と会うことはないだろう。私はもうあの場所へ行かない。私の代わりの人たちがちゃんと花を咲かせる手伝いをしてくれるから。いい大人たちだ。きっと私よりもうまくやる。効率だって桁違いだ。下手なことをしてカロスィナトスに食べられることもないだろう。

「頼むよ、パッペル。」

そんな言葉、聞かなかったことにして、私は気絶するように眠った。

これで自分の仕事は終わったのだと、疑いもしないままに。

再び戻った安寧な生活はあっさりと奪われる。

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起床と町長の信用

疲れた身体のままに眠って、目が覚めたのは月が昇ったころだった。寝すぎてだるくなった身体を起こすと窓から月明かりが入ってきていた。このままでは昼夜逆転の生活習慣になってしまうかもしれない。危険な仕事で臨時収入を得られたけれど、普段の仕事に戻るとなるとそれでは困る。ならばいっそもう一度寝てしまおう、と布団にもぐりこんだとき、外が騒がしいことに気が付いた。草木も眠るこの時間、夜遅くに騒がしいというのはこの街においては珍しい事だった。いつもならきっと気にすることなく寝続けただろうけれど、そう眠くなかったので好奇心に従い外の様子を見に行くことにした。音をたてる義足を極力静かに地面に下ろす。

どうも中央広場に人が集まっているらしい。今夜祭りか何かでもあっただろうか、と首を傾げるが、近づくにつれてそんな楽し気なものではないと気づく。人の声のさざめき、揺れる橙のランタン。そう、と広場の方を伺うと街の男たちが集まっているようだ。何かをまくし立てるように町長に話す数人。橙色の明かりに照らされているのに、顔色の悪さがわかった。

「いた!奴がいたんだ!」

「でもあれは今はいないと……、」

「そんなの知らねえよ!事実あの化け物はいた!」

「そうだ!前に見た時よりずっとおぞましい……、」

「ペスト医のマスクを着けていた!」

そこまで聞いて、あの怪物に、カロスィナトスに会ったのだとわかった。きっと私が帰ってきてすぐに人を庭に送ったのだろう。手際が良い。けれど上手くいかなかったのが見て取れる。

「あいつは俺たちを見たらすぐに襲い掛かってきた!」

「前と全然変わらねえ!あれじゃ花を植えるなんて無理だ!」

やはりわからなかった。一晩共に過ごしたあの怪物はすぐに襲ってくるような話の通じない化け物じゃない。ちゃんと話ができるし、交渉だってする。私もあの人たちも同じだ。花を植えに来た。カロスィナトスも花を植えたい。利害は一致してる。話をすれば効率的な花の育て方ができるはずだ。目的が一緒なら協力すればいい。

「だ、だがパッペルはちゃんと帰ってきた!君たちも見ただろう?大した怪我も無く庭へ行き、それで帰ってきた。」

「そもそもあの餓鬼が嘘ついてるんじゃないか?どっかで逃げ帰ってきたんだろうよ。」

「そうだ!だいたいあの足、あの義足で庭まで行けるもんなのか?」

「悪路で土を運んで、たった一日で帰って来られるか?無理だろう!あれは歩くのが人よりずっと遅い!」

嫌な話だった。

私はちゃんと庭へ行ってきた。こんな足で、人よりも遅くて不自由な足で頑張って言われた通りに花の種を蒔いた。怪物のことは言わなかったけど、指示されたことはちゃんとしたのだ。疑われることも想像はしていたけれど、だったらそもそも私を送り出さなきゃよかったんだ。

でもそこで気づく。どうでもよかったんだ。

私が行って帰ってきたら、怪物の住む場所の現状についてわかる。

私が行って帰って来なければ、厄介払いができる。

帰ってきても、帰って来なくても、都合が良かったんだ。

悲しいわけじゃなかった。でも悔しかった。厄介者であることも、ずっとわかってた。憐れみを得ながら蔑まれてることも知ってた。生きるために方法を選ばなかったし、選べなかった。

もし今も親がいて、私にも生身の足があれば普通に生きられたのだろうか。捨て駒として扱われなかったんだろうか。

「わ、わからない!けれど私は、あの子は嘘を吐いていないと思ってる。」

「町長!あの餓鬼に何かできると思うのか!?」

「それでも、あの子は嘘を吐くような子じゃない!わかるだろう?」

町長の言葉を意外に思いながらも、ぐ、と言葉に詰まる男たちに驚く。私だって嘘を吐くことくらいあるだろう。実際に吐いたことはないけれど。

「パッペルは自分の立場をわかってる子だ。誰のおかげで成長できたのか、誰のおかげで生きていられるのかわかってる。見捨てられたらすぐに死んでしまうことも。そんなあの子が嘘を吐くなんてリスクの高い真似をすると思うかい?」

一瞬だけ何かを期待した自分を殴りたくなった。

「欠けた者を生かすのはこういう時のため、街のためだ。それもわかってるだろう。あの子はちゃんと”街のために”やってくれるよ。」

その言葉を最後に、私は広場から離れた。

昨日の朝以上の諦めが胸に広がっていく。知っていた。まともに働けない欠損者を町や村に置いておくのは神への贄や災害時の警鐘役のためと相場は決まってる。知ってたから見捨てられないように、見限られないように街の人と関わってきた。可哀想な子として、ヒエラルキーの下位にいることで守ってもらってきた。非常時に使われるときまで、と。それは街の人にとっては当然の恩返しだ。

きっと私はまた森の奥のあの庭へと送られるのだろう。土と幾ばくかの花の種をもって。

昨日会った怪物の姿を思い出した。

不気味なペスト医師のマスク、黒く大きな角、真っ黒い掌、大きな身体、くぐもった声。

館に住んでいた青年を喰い殺し、住み着いた。訪れる人々を襲う、人喰いの怪物。

倒れた私を抱き起して、静かに花の種を蒔いた。歩くのが遅い私を背負って町まで送ってくれた人間のふりをした怪物。

「……どっちが、怪物だか。」

確かに恐ろしかったはずなのに、何故か私はあの怪物に、カロスィナトスに会いたいと思っていた。

平然と私を捨て駒に使う街の人々。私を背負って運んでくれたカロスィナトス。どっちが恐ろしいかなんて、明白だ。

人間のふりをした怪物は、どちらだろうか。

**********

「パッペル、今日も頼むよ。君だけが頼みの綱なんだ。」

「はい。わかってます……。」

昨日の夜、あなたが言ったように私はわかってます、という皮肉は何も知らない町長には通じない。ほとんど抵抗にならない精一杯の抵抗だった。

私は一昨日と同じように手押し車を持たされていた。以前と違うのは、手押し車の中の土が、麻袋に詰められているところだろう。私が頼むとあっさりと袋に入れてくれた。

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。音をたてて街の中を進む。その音は人目をひく。皆なんの音だとこちらを見てから見てはいけなかったものを見たように顔を背ける。一昨日とさして変わらないのに、今はそれが不愉快だった。

貴方たちが生贄にしたんだ。その姿をちゃんと見届けろ。

多分私はカロスィナトスに食べられはしない。死なないだろう。それでも街の人間は私を死なせに行かせるのだ。直視することくらい、しろ。

「パッペル!行っちゃうの!」

「……ネルケ。私は行くよ。行かなくちゃいけないから。」

「なんで!せっかく生きて帰って来れたのに!」

また駆け寄ってくるネルケ。引き留めるような視線を向ける。けれど今はその目にも苛立ちが募った。ネルケは何も知らない。何も知らされていない。私がどういう理由で生かされてるかも、誰が私に行くよう言っているかも。

何も知らないことこそが、最上の幸せだ。

「前回生きて帰ってこれたんだから、今回も生きて帰って来れるよ。」

死んでたまるか。厄介払いなんてされてやらない。精々私を死にに行かせる度に、皆罪悪感に苛まれると良い。

「パッペルはすごいね。」

「え……、」

「だってパパたちもみんな、怪物を怖がって森にも近づきたがらないのに、パッペルは全然怖がってない。それに花の種を蒔いて帰ってきたんだもん。すごい。」

尊敬の眼差し、それに違いなかった。その目に思わずたじろぐ。尻の座りが悪いのはもちろんだけど、私は好き好んでいくわけでも、勇気があるから行くわけでもない。行かなくちゃいけないから、義務だから行くだけだ。その実、不満いっぱいで。

これだから、私はネルケのことを嫌いになれない。

環境も、性格も私とは真逆だ。愛されていて、満たされていて、純粋で。その性格に時折苛立つし無知さ加減が鬱陶しいことも、環境を妬むこともある。でもそれ以上に、何も知らない幼子を相手にしているようで、年の離れた妹か何かのようで、嫌いになれない。

何も考えてないから、私も無駄に何かを考えないで済む。

「……ありがと。うん、また頑張って帰ってくるよ。」

「ちゃんと帰ってきてね!いってらっしゃい!」

いってらっしゃい、なんて言われたのはいつが最後だっただろうか。一人でいると、言われることも言うこともない。

「ん、いってきます。」

ゴロゴロ、ガツ、ゴロゴロ、ガツ。

一昨日よりもずっと、手押し車も身体も軽かった。

この街を、災厄の炎とやらに燃えさせたいとは思えない。そう思っている時点で、私はきっといい様に扱われているのだろう。

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花の咲く美しい街に常にある人間の醜さ。
花咲く街が空々しく無慈悲にすら見える、この対比は見事です。
そして、「怪物」カロスィナストの人間性。
これもまた、街の卑小でだらしない悪に身を任せる人間たちと対比される。
パッペルの達観が、ただ悲しいです(´;ω;`)

大久保珠恵

2018/8/28

2

大久保珠恵様コメントありがとうございます!励みになります
枯れた土地と花咲く街、一人の怪物と街の人々、といった対比、お気づきいただきありがとうございます。
擦れざるを得なかったパッペル、頑張る彼女を見守っていただけると嬉しいです。
読了ありがとうございました。これからもどうぞ完結までお付き合いお願いいたします。

作者:秋澤えで

2018/8/29

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とじる

再会と怪物の迎え

森に入ってしばらく、麻袋に入れたおかげで手押し車が跳ねても土は飛び散ることなく鎮座していた。前回よりも余裕があるせいか、森の中をいろいろと見ることができた。木の根は地面の上と下の間を這い回る。木の背はとても高く、枝もほとんど高い所についていた。真上を見上げると枝が広がりぎっちりと密集した葉の裏が見えた。地面に木の根と落ち葉以外の植物がないのは日光が入らないせいだろう。幹は白っぽくてつるりとしていて、触っても皮が手に付くことがない。街にある木は茶色っぽくて何重にも皮が張ってる。この森も、街とは違っていた。

鳥の鳴き声がする。不気味だと思っていた森だけど、慣れれば落ち着きのある静かな森に感じる。色はないけれど、騒がしくないとも言えた。

「パッペル、」

「っ……!」

ぬ、と木々の間から姿を現したカロスィナトスに驚き手押し車が大きく跳ねた。やはり、恐ろしい。金属のマスクとゴーグルは完全に彼の顔を覆っていて、不気味というほかない。大の大人が怯えるのにも仕方がない。ただ、こちらへ近づく彼を見て、なぜ街の人たちが襲われた、と訴えるのかわかった気がした。カロスィナトスは躊躇なく迷いなく接近するのだ。相手が怖がるかもしれない、驚かせるかもしれない、ということを一切考慮しない。無言でずんずんと巨体が迫ってくる様はさぞ恐ろしいだろう。事実、私も怖かった。私と街の人たちの違いは、私は立ち上がって逃げることができなかった、彼らは走って逃げかえることができた、ということだろう。

「……カロスィナトス。」

「来てくれて、ありがとう。助かる。」

そう言って私に背を向けてしゃがみ込んだ。一瞬、何をしているのかわからなかったけれど、すぐに何をしようとしているか思い当たり、その背中にしがみ付いた。ぐわっと上がる視界。上を見上げるとさっきよりも葉っぱたちが近い気がした。

私を安定させるように背負いなおして、それから手押し車を手に歩き出す。やはり、私が歩くよりもずっと早い。

「なんで、私が来たってわかったんですか?」

「鳥たちが教えてくれる。彼らは私にとても友好的だから。」

鳥の鳴き声を聞いたことを思い出す。

「……鳥と喋れるんです?」

「……彼らが僕らの言葉を話せるんだよ。」

「すごい鳥たちですね。」

本当か嘘かは分からない。私を背負っている彼は異形の姿をしている以上、他の動物の言葉がわかってもおかしくないし、逆に人の言葉のわかる鳥がいてもおかしくない気がした。この森は現実とお伽噺の狭間なのだ。街は人間の住む、現実。森から北は怪物や人語を解する動物の住む、おとぎの国。

「昨日、街の人たちがあの庭に来ていたよ。」

「……話は、できましたか?」

「いや、すぐに逃げていったよ。怪物が恐ろしいのだろう。」

他人事のように話す彼が、何を考えているのかわからない。逃げていったことを悲しく思っているのか、愉快に思っているのか。表情はマスクに隠されていて、唯一見える首からでは何もうかがえない。

「でも土や花の種を置いて行ってくれたよ。良かった。」

「それは、良かったですね。」

何と言ったらいいかわからず、ややあって口を開く。

「たぶん、次からはずっと私が庭へ行きます。」

「……そうか、ありがとうパッペル。君とは話ができるし、逃げたりしないから助かるよ。」

とつとつと話しながら背中で揺られていると、森の終わりが見えてきた。木の根のなくなった地面を手押し車が一定の音をたてて進む。

一日ぶりに見た庭は夜と違う姿をしていた。話に聞いた通り、広大な庭は真っ黒い。黒々とした土が広がっている。日が照っていて空が晴れているため、館と庭の不気味さはどこか滑稽さを伴っている。先日来て、花の種を蒔いたところだけ色が違った。まだ芽は出ていない。

カロスィナトスの背中から降りて、庭を歩く。黒い地面は相変わらず固い。植物が根を下ろすには難しいだろう。

「パッペル、こっちに。」

そう呼ばれてそちらへ行くと、足元に倒れた手押し車、鍬、ジョウロ、スコップ、花の種などが散らばっていた。おそらく、彼の言っていた昨日逃げていった男たちがおいていったのだろう。その量を見て、やっぱり私が来て細々と運ぶよりも大人たちが一気に運んだ方が効率がいいだろうに、と思わずにはいられない。

「たくさん置いていったんですね。」

「ああ。ただこれの使い方がわからない。」

そういってひょい、と鍬を手に取った。大きな鍬だったが、カロスィナトスが持つと子供のおもちゃのように見える。

「……鍬を知らないんですか?」

「……園芸に使うことは、わかる。」

言い辛そうにしているのがマスク越しに伝わってきて、普通園芸には使わない、ということは黙っておくことにした。本来畑仕事くらいにしか使わないけれど、硬い地面を耕すために持ってきたのだろう。こちらの土が使えれば、運び込む土の量は減らせるし、肥料だけですむかもしれない。

「こうやって、柄の部分をもって、鉄の部分を地面に突き刺します。」

一つ鍬を手に取り振り上げる、が予想以上に重くふらつき見当違いのところにガッと突き刺さる。

「パッペルは、使ったことが?」

「……見たことは、あります。」

見たことはある。知識はある。でもそれを実践するだけの力がない。もう一度挑戦しようと、地面に刺さった鍬を引き抜こうとするが、深く刺さって抜けなかった。これを使いこなすのはおそらく無理だろう。地面に固定された鍬と格闘していると、大きな手が伸びてきてあっさりと鍬を引き抜いた。

「ありがとうパッペル。でも君がこれを使うのはやめた方がよさそうだ。」

「だと思います。」

「私がやってみるから、どこか間違っていたら言ってくれ。」

少し彼には短すぎるくらいの鍬を振り上げて、地面に突き刺す。そして引き戻すときれいに土が混ぜられた。初めてだという割に、それらしくできていて驚く。経験や練習よりも単純に筋力がものを言っているのだろうけど。ザクザクと耕される地面は、少しずつ色が変わっていく。乾ききった黒色だった地面の下は湿り気があって、色も茶色に近い。思ったより悪い土地ではないのかもしれない。

「大丈夫です。ちゃんと耕されています。」

「そうか、良かった。」

手際よく地面を耕していくカロスィナトスをただ見ているだけなのも居心地が悪く、肥料の混ぜられた土の入った麻袋を引き摺り、彼の耕した後に撒いていく。正しい花の育て方はあまり知らないけど、たぶん、こんな感じでいいはずだ。良い土と、水と、種があれば芽吹くはず。麻袋に小さなスコップを突っ込んで、撒いていく。

黙々と耕す音と土の蒔かれる音だけが穏やかな陽気の下に響く。顔を上げれば黒いコートにペストマスクの怪物がいるけれど、やはり怖さはない。慣れたせいか、昨晩の町長たちの会話のせいか、それともせっせと鍬を振り上げているせいか。この光景はどこか間抜けだ。街の人たちは、今のカロスィナトスの姿を見ても恐ろしいと、おぞましいと逃げ出すのだろうか。

カロスィナトスは人じゃない。

大きな角はあるし、手は黒いし、身体も大きい、そのうえ不気味なマスクをかぶってる。

でも私のことを襲ったりしないし、脅すようなこともしない。背負って運んでくれるし、お礼だって言ってくれる。言葉も通じる、乱暴じゃない。

話ができれば、怖いことなんてないだろうに。

ふかふかに耕された地面では、私が歩いても固い音がしなかった。

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最後の「ふかふかに耕された地面では、私が歩いても固い音がしなかった。」という一言が妙に物悲しいです。
カロスィナトスが何者なのか、本当に街の人を襲った訳ではないのか、それともパッペルにだけ態度が違うのか。
放り出された農具というか園芸道具が、街の大人の浅ましさを象徴するみたいに思えます。
最初から今まで、文章が非常に流麗でため息が出ました(*´`*)

大久保珠恵

2018/8/29

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とじる

二人と怪物の口

 太陽がてっぺんを回ろうとしたころ、ぐぅ、と私のお腹が鳴った。咄嗟にお腹を押さえるが、それで音を抑えられるはずもない。

 「パッペル、」

 「すいません。」

 「謝ることじゃないよ。じゃあ休憩にしようか。」

 黙々と鍬を動かしていたカロスィナトスはそう言って庭の端、森の側の木陰へと向かった。ゆっくりと歩くカロスィナトスの後ろをついていくが、内心は汗をダラダラと流していた。

 時は昼時、私はお腹が空いている。昨日温まった懐のおかげでまともなパンが買うことができ、今日のお昼御飯として花の種と一緒に鞄に入れてきた。もちろん、私はそのパンを今から食べるのだろうが、カロスィナトスはどうなのだろうか。

 長閑さにすっかり忘れていたが、彼は人喰いと恐れられる怪物だ。会話ができても、優しくしてくれても、もしそれが本当なら彼との食事など恐怖以外の何ものでもない。下手したら私が食事になってしまうのではないだろうか。いや、彼は私を種の運び屋として重宝しているはず、流石に食べたりはしないはず、と頭の中でグルグル考えていると、そう遠くない森の近くまで来てしまった。這う木の根に腰を下ろす彼の側に寄ろうと、ふらつくと、何故か大きな手が伸びる。

 「っ……!」

 声にならない悲鳴を揚げる。やはり私が彼のお昼ご飯なのか、と死を覚悟するが、大きな手は私を抱えるとそのまま自身の側へと座らせた。茫然と彼を見ていると、くぐもったマスクの下から声がする。

 「パッペル。座りたいときやしゃがみたいときは一言言ってくれ。危なっかしい。」

 「え……、」

 「怪我する前に、私がちゃんと手を貸すから。」

 茫然としてから、一瞬でもカロスィナトスが私を食べるんじゃないかと思ったことが恥ずかしくなった。彼は心配してくれていたのに。怪物なのに優しすぎる。手を貸してもらうのも、怪我を心配されるのも、久しぶりだった。街にいてももう私を心配するような人はいない。転ぶのもふらつくのもいつものことだからだ。心配してほし訳でも、手を貸してほしいわけでもなかった。それでもされると嬉しいことに変わりはない。

 「ありが、とう。」

 余計なお世話とか、必要ないとか、可愛くないことを言う前にちゃんと礼を言えたことに安心する。

 そのとき、カロスィナトスが笑った気がした。口元が見えてるわけでも、笑い声をあげるわけでもないけれど、たぶん彼は笑っていた。

 私の不安に反して、カロスィナトスは私を食べるわけでもなんでもなかった。コートの中から包みを取り出したけれどその中身は生肉でもなく、普通のパンだった。

 「……花の種は買いに行けないのに、パンは買えるんですか?」

 「いや、このパンは作ったんだ。花の育て方は知らないけど、パンの作り方なら知ってる。それに小麦は長持ちするから、買いに行かなくてもいいんだ。」

 へえ、と相槌を打つ。大きな身体に反し、意外と器用なようだ。パンを作れる、というのも驚きだが、私の興味はそれよりも彼がどうやってそれを食べるのにかに移っていた。顔全体を覆う大きなペストマスク。パンを食べるのだから、そのマスクは外さないわけにはいかないだろう。

 自分のパンを食べつつ、彼の方を盗み見る。マスクに手を掛けたのをドキドキしなら見ていると、ガチャンと音をたてて、大きな嘴部分が外れた。

 「っ!」

 そこ外れるんだ、という驚愕の声は心の中にとどめる。大きな嘴が外され彼の顔を覆うのはマスクの一部だった目元だけ。

 嘴の下から出てきた口元は、いたって普通だった。肌は健康的な白だ。顎の骨格も普通の人間と変わらない。少なくとも、今の彼は怪物にはとても見えない。妙なマスクをかぶったちょっと変な人。

 ただ、口を開けたら人のものじゃない歯並びで、少しだけ怖かった。

 「あの、パッペル、そんなに見られると食べづらいのだが……、」

 「え、あ、すいません。」

 盗み見てたはずなのにいつの間にか凝視していたらしく、慌てて自分のパンに集中した。カロスィナトスはまた笑った。今度はちゃんと緩やかにあげられる口角も見えた。

 彼は、怪物だ。人ではない。でも彼が人喰いの怪物だとは思えない。彼は私を襲わない。街の人たちも襲われたって言ってるけど、たぶん躊躇なく近づいてくる彼を勝手に怖がっただけだと思う。

 でもそれなら、あの館に住んでいたという青年はどこへ行ってしまったのだろう。

 「午後からは、耕したところに花の種を蒔きましょう。今日はジョウロもあるので、水もやって。」

 「そうか。井戸なら近くにあるから私がそこへ汲んでこよう。」

 真実がどうであれ、カロスィナトスが私に優しいのは事実。

 たとえ彼が化け物であってもそれはきっと些細なことだろう。人間のふりをし続けるなら、私は自分からそれを暴こうとは思わない。

 本当に些細で、どうでも良いこと。穏やかなこの庭で過ごす時間に比べたら。

 すぐに帰っては疑われるだろうから、大体の作業が済んでからもしばらく庭で時間を潰していた。日が落ちかけて橙に染まる庭を見る。赤い地面に黒く陰る屋敷。この黄昏時が一番怪物の住む館らしくなる気がする。昨日街の男たちが持ってきた土をすべて撒いてしまってもまだまだそれは広大な庭の一画だけだった。この庭全体を花で溢れさせるには、いったいどれだけの時間がかかるのだろうか。カロスィナトスが玩具のように見えるジョウロで水をやる。赤い空に赤い地面、黒い館に黒い影、花の種に水をやる黒い怪物はまるで絵画か何かのようだった。不思議な美しさがあり、カロスィナトスの作り物じみた姿が加えられるとどこか違う世界に紛れ込んだような気分になる。

 ふと、黒い影がいくつか飛んできた。そして小さな点のような影はカロスィナトスの周りに着地する。

 「鳥……?」

 一瞬、朝彼の言っていた人の言葉を話す鳥のことを思い出す。けれど、私の耳にはチイチイ、と普通の鳴き声にしか聞こえなかった。ハッとして彼に近づく。鳥ならば追い払った方が良いかもしれない。種は蒔いたばかりの上に、土の浅い所にある。鳥たちに食べられてしまうかもしれない。

 「カロスィナトス!」

 「パッペル?」

 「鳥が……、」

 言わんとすることが分かったのか、ああ、と短く返事をした。

 「大丈夫、鳥たちは花の種を食べたりはしない。彼らは賢いし、私たちがここに花を咲かせようとしていることもわかってくれている。」

 またファンタジーな話だ。疑わしく、胡乱げな目で見ていたのだろう、彼はマスクの下で笑った。鳥たちは私の周りには寄ってこない。動物に好かれるような性質ではないのは重々承知なので今更思うところもないが、不気味な姿をした彼には寄ってくるのに私には寄ってこないのが少し腑に落ちなかった。一羽が、カロスィナトスの角の上に止まって囀る。彼はそれを振り払うこともせず、ただその鳴き声を聞いていた。

 「なんて言ってますか?」

 「なに、世間話だよ。」

 ますますわからない。黄昏時に、怪物と小鳥が世間話をする。シュールすぎる光景だが、彼がシュールなのは出会った時からずっとだ。鳥たちが、角に乗っても帽子に乗ってもまるで頓着しない。人喰い、と呼ばれるほどの化け物なのだから、小鳥などペロリと食べてしまいそうなものだが、そんなことはまずないのだろう。世間話のできる程度の友人なのだろうし。すぐに逃げ出す人間たちよりも、気安く声を掛けてくれる鳥たちの方がきっといい。私自身、彼から逃げなかったわけじゃない。義足のせいでうまく逃げられなかった、逃げ遅れただけだったのだから。

 そう思うと途端に情けなくなり、同時に居心地が悪くなる。もう怖くはないけれど、怖がって逃げだそうと恐怖に震えていたのは他でもない事実なのだから。

 「……ここまで来るのに通った森って、全然植物とか木の実とかありませんでしたけど、鳥たちは何を食べているんですか?」

 「ああ、彼らが住んでいるのは、あちらの森じゃないよ。」

 南、街の中心部の方を指さす。私たちが朝歩いた、背の高い木々が茂る森。

 「あちらにも来るけれど、基本的に生活しているのはもっと北の方だ。」

 「北……?」

 大きな手が、北の方、館のもっと向こう側を指さす。

 「北の方には、また違う森が広がっている。そっちには木の実があるし、たくさんの動物たちも住んでいる。豊かな森だ。」

 「……そっちの方に、花はなかったんですか?」

 「あった。でも種を採れたことがない。咲いている花を何度か移動させて植えようとしたが、数日もしないうちに枯れてしまった。」

 土が悪かったのか、種類が悪かったのか、それとも私の植え方がまずかったのか……途方に暮れるように話す彼を見て、私がここに来るまで自分なりに何とか花を咲かせようとしていたのだと気づく。しかし今の現状はまるでその努力が報われていなくて、少し可哀そうになる。何が悪かったか、なんて私にはわからないけれど。

 「今度は大丈夫ですよ。私もいますから。」

 言ってから、自分は何を言っているのかと我に返る。自分いできることなんてきっと彼とさして変わらないだろうに。けれどカロスィナトスは笑うことも、揶揄うこともせずに言った。

 「そうだね。今は私ひとりじゃない。パッペルがいる。」

 森での別れ際、頼むよ、と頼んだ彼の声を思い出した。

 期待に応えられるように、ちゃんと勉強した方が良いのかもしれない。次に来るときは園芸の本を持ってくることを決意した。

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カロスィナトスが少しずつ明らかになっていきますね。
怪物なのか、怪物でないのか。
どっちともつかないというか、もしかして館に住んでいた青年というのは……と。
そしてささやかなパッペルと彼の心の交流らしきものがほっとします(´;ω;`)

大久保珠恵

2018/8/29

2

続きが読みたいっ!!ワクワクする!ありがとう!

脇役

2018/8/30

3

脇役さま表紙に続きコメントありがとうございます!励みになります
展開がややゆるゆるしているのでわくわくするといっていただけると安心します
どうぞ最終話まであと半分お付き合いいただけると幸いです。

作者:秋澤えで

2018/8/31

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とじる

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