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食虫彼女ウツボカズラちゃん

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 高校生・桑図木莱(くわずぎらい)が転校して間もなく、クラスメイトの男子に勧誘されて入部した部活動。部室には女子ばかり!! 
 なにやらやたらと元気で馴れ馴れしい桃髪ツインテールの少女は頼んでもいないのに、勝手に部員の紹介を始め……?

 すみません思いついてしまい、モノコン2作目です。でもね長編になるので、連載します。
とりあえず週一連載かな……?

(※あらすじは随時、改稿します(^^♪)

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目次

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1.廊下の奥の怪しげな部室でいきなり部員紹介?

「キリキリイイイーッ……」

 耳をつんざくような甲高い鳴き声が追ってくる。

 ゴロゴロと雷鳴が轟き、堰を切ったような激しい雨が地面を打ちつけている。

「はあはあっ……」

 逃げる。

 息が切れる。

 しかし、逃げなければ、いけない。

 半袖のTシャツも、穿いているジーパンも、雨水を吸った重みで肌に纏わりついてくる。

「キリキリイイイーッ……」

 ブウウウンという羽音が、滝のように打ちつける雨の中に混じって聞こえる。

「はあはあ。この中に……この中に逃げれば……きっと……」

 ぬかるんだ土を踏み付け、腰を撫で生い茂る雑草を掻き分け、切り立った岩の手前まで来てみれば、人間が一人、やっと身を隠せそうな穴が開いている。

「お願いだ。ボクを守って。神様……」

 常日頃、神なんて、信じたことはない。

 でも、思わずそう叫ばずにはいられなかった。

 近づく鳴き声、迫り来る羽音は、人智を超えている。

 何か人間の力を上回る存在に助けを求めなければ、この状況を打開する術はない。

 自身の直感がそう告げるなかで神の名を呟きつつも、暗い闇の中にその身を隠し切ろう。

 少年がそう決意し、ヒトが一人、やっと潜れそうな岩盤の穴にその手を掛けた、その瞬間。

「キリキリイイイーッ……」

 耳をつんざく鳴き声と同時に鋭く尖った鎌が空気を切り裂き、少年の背中の肉を掠めた。

「ひぃぎぃいいいいいっ」

 思わず漏らした悲鳴とともに、鋭い激痛が背中を斜めに走り貫く。

 もう、だめだ。

 もう、お終いだ。

 少年の脳裏に掠める絶望感。

 ヒュッ……。

 もう一度、空気を切る気配が振動となり伝わってきた。

 来る。

 また来る。

 少年が覚悟を決めた、その刹那。

「ダイジョウブ。カズラに任せて」

 優しげな少女の声が岩盤の穴の中から聞こえた。

 その直後、少年は意識を失った。

   ◇

 遡ること数日前。

「はあ。どうしてこんな所に来ちゃったんだろう」

 桑図木莱(くわずぎらい)は、好き嫌いが多かった。

 あいつが嫌い、こいつが嫌い、という人間関係の好き嫌いでは、ない。

 食べ物の好き嫌いのことだ。

 小学生の頃から、両親とも共働きで、家に居ない。

 夕ご飯を独りで食べることが多かった。

 そのせいもあってか、偏食気味な生活が長く続いた。

 肉や炭水化物など、子供にとっても美味しいと感じられる味覚は栄養が不足しがちだ。

 本来は野菜や魚、果物なども併せ、バランスの良い食事を心がけなければならない。

 しかし、食事の時間にそれを促し、注意をしてくれる相手が居なければ、子供にとっては栄養なんて関係ない。

 好きな物だけ選んで食べ、嫌いな物は残せばいい。

 後はスナック菓子やジュースなど間食で空腹を満たす。

 そんな食生活をしていても人間、きちんと成長するものだ。

 おかげで高校生になった莱(らい)は二年生の半ば、両親の仕事の都合で転校することとなった。

「ねえ、桑図木(くわずぎ)君は、僕が思うにさあ、顔色が悪すぎると思うんだよなあ。きっと碌な物を食べていないんじゃないかな。ねえ、僕と同じ部に入らないかい? きっと、君にとって、人生変えちゃう大事件を約束するよ!」

 転校したクラスで馴れ馴れしくも話し掛けてきた男子生徒。

 夏服の白いワイシャツ、ズボンともに、既製のサイズを遥かに超える程の、見る者を圧巻する体型の坊ちゃんヘアーのこの男子生徒は、莱の白く細い腕を嬉しそうに引っ張った。

「福露(ふくろ)君。そ、そんなに引っ張ったら、いっ、痛いじゃないか……」

「ご、ごめんよお、桑図木君。ぼ、僕はただ、新しいクラスメイトの君に、僕と同じ部活動の仲間に、是非、なって欲しくて。つい、力が入ってしまったんだよ……」

 莱が腕を引っ込めれば、福露というその男子生徒は申し訳なさそうに下を向き、自らの後頭部を照れ気味に掻き毟った。

「もう。まったく、そんなに強引に勧誘しなくたってさ、ボクが興味のある部活動なら、自分から進んで入部するさ。ねえ、福露君。君はボクをどんな部に勧誘しようとしているのかい?」

 莱が巨漢の男子生徒に苦笑いして訊ねれば、

「ああ、着いたよ。この部屋が僕たちの部室さ!」

 廊下の突き当たり、寂びれた扉を指差し、ニコリと振り返る福露。

「あれっ? ボクはいつの間に廊下を歩いていたんだ……?」

 莱は福露と教室で話し込んでいたと思っていたが、気が付けば廊下を歩いていたようだ。

「さあ、歓迎するよ、入って入って!」

 ギイイイッ……。

 古い木製の扉をノックすることも無しに福露が開ければ、部屋の中からは何とも言えず香ばしい匂いが漂ってきた。

「なっ? なんだよっ? 部活って、料理部か何かかいっ……?」

 莱が室内を見渡せば、意外にも広々とした部室内はけっこう薄暗く、カーテンがすべて閉められていた。

 部屋の中央には、家庭科室にあるような調理台が据えられ、その周りには木製の角椅子が並べられている。

 一見すれば調理室のようにも思えるのだが、どこか人目を憚るような後ろめたさを感じさせる薄暗い雰囲気が、得体の知れない化学実験を行なっている理科実験室のようにも感じさせている。

 室内には三角巾にエプロン姿の女子生徒が数人。

 皆、一様に調理台での作業に没頭し、まるで実験マニアの集団が、摩訶不思議な毒薬か、はたまたホムンクルスのような人造人間でも作っているのか、もしくは呪いの儀式にでも捧げる生贄を料理しているかのように思えた。

「こ、これは何を茹でているの? もしかして動物の死骸とかっ……?」

 大鍋でグツグツ音を立てて何かが茹でられているようだ。

 莱はその異様な光景を垣間見て、気が気ではなかった。

「あ、これねっ? スパゲッティを茹でているんだよっ!」

 ピンク色の花柄のエプロンがお洒落な、桃髪ツインテールの女子生徒が嬉しそうに答える。

「福露君に勧誘された新入部員さんねっ? 歓迎するわ!」

 ぱっちりと開いた、つぶらな碧眼の瞳を輝かせ、桃髪ツインテールの少女は莱に微笑むと、

「よかったら、あなたも食べて行ってね! あ、そうだ! うちの部員をまず紹介するわね。ええと、あっちに居る頭の良さそうな女の子ね。あの子、この部の副部長さんなの!」

 調理台の端で野菜を刻んでいる女子生徒を指し示した。

「二年生の映都(はえと)です。映都理草(はえとりぐさ)と申します」

 包丁を持つ手をそのままに軽く顔を上げ、莱に会釈する女子生徒。

 ボブの緑髪、釣り目がちな紫眼。

 落ち着いたクールな声のトーンが、部長を補佐する副部長に相応しく、理知的で聡明さを兼ね備えていることを物語っているように思えた。

「それでね! こっちに居るソースを煮込んでいる子は、ちょっと大雑把だけど、大目に見てあげてね……」

 桃髪ツインテールの少女が、調理台のコンロを挟んで正面に向き合う女子生徒を指し示す。

「あは。うちが大雑把とか言われるんは心外やし! そう言ってる自分が一番の大雑把で大食いやと気付かないみたいやね!」

 黄色い髪がやたらと眩しい。

 頭の両端にお団子というのか、角のような突起の付いた「つのヘア」という髪型。

 切れ長の黒い瞳が笑うと崩れる。

「うちは二年の角後磨(つのごま)や。黄葉菜角後磨(きばなつのごま)いうねん。仲良うしたってや」

 少々ハスキーな声が男勝りな気性を感じさせるが、根は優しそうだ。

「ゲーテ曰く『人間の最大の罪は不機嫌である』か……では、私も少しは愛想を良くしたいものだな……」

「あそこで独りでサボってブツブツ言ってる子はねー。一年生の夢想家ちゃんよ!」

 部屋の片隅でブツブツ独り言を呟いている女子生徒が居るかと思えば、すかさず桃髪ツインテールの少女が解説を入れる。

「うん? 死者の国から迎えが来たのか……?」 

 それまで視線を落としていた本のページを閉じ、膝の上に置いたまま、木製の角椅子に腰掛けた女子生徒が会釈する。

「私の名前はだな。そうだな、菫(すみれ)だ。漢字一文字だ。しかし苗字を入れるともっと長くなるぞ。なにせ夢詩鳥(むしとり)だからな。漢字四文字で夢詩鳥菫(むしとりすみれ)。幻想的で信じられないだろうが、これが私の名前の全てだ。よろしく頼む」

 ロングの紫髪。

 つぶらな碧眼。

 見た目にはとても柔和な女性的なタイプなのだが、俗に言うツンデレというやつなのだろうか。

 口調だけ聞いていると妙に男っぽい気がしなくもない。

「夢詩鳥さん。サボっているなら、貴女には退部して貰います。これは副部長権限での命令です」

 淡々と野菜を刻んでいた、映都理草の包丁を持つ手が止まる。

「ふむ? 私にとって夢想とは仕事そのもの。人生そのものなのだが。何か違うだろうか?」

 理草の言葉に夢詩鳥菫が疑問を呈するような問いかけをした時、ギイイイッと部室の扉が開いた。

「だめですー。お二人とも喧嘩をしては良くないのですー。希倶紗(きぐさ)は泣いてしまいますですー」

 両手に買い物袋を下げた小柄な女子生徒。

 青髪のショートヘア。

 真ん丸い紫眼の瞳。

「おや? お客さんが来てるです? なら希倶紗は自己紹介をするですー。ボクは一年生の三美華希倶紗(みみかきぐさ)なのですー。どうぞねんごろによろしくお願いしますですー」

 なんだかほんわかと場の雰囲気を和ませてくれる女子生徒だった。

 おかげで険悪な雰囲気になりかけた理草と菫の間の緊張感も一時的に解けたようだ。

「わあ! 三美華さん、飲み物いっぱい買ってきてくれたんだね! 僕ちょうど喉渇いてたから助かったよう」

 調理台の隅に置かれた買い物袋から、おもむろにペットボトルを取り出し、蓋を開けグビグビとラッパ飲みを始める巨漢の男子生徒・福露。

「そう言えば桑図木君にちゃんと下の名前を言ってなかったね。僕は福露雪乃志太(ふくろゆきのした)! 雪乃志太(ゆきのした)だなんて、なんだか女のような男のような中途半端に長い名前だけど、これでも両親が付けてくれた大事な名前だからさあ。僕は誇りに思ってるんだな!」

 口元から大量に液体をはみ出し零しつつ、巨漢の男子生徒が自己紹介をすれば、

「これで一通りの部員を紹介できたわねーっ。あ、そっか。あとは、あたしねっ!」

 桃髪ツインテールの少女が満面の笑みで莱に言う。

「うふふー。何を隠そう、あたしがこの部の部長さんなのー。あたし葛(かずら)! 雨壷葛(うつぼかずら)よーっ。よろしくねーっ!」

 莱の手を取り、恭しく握手をする桃髪ツインテールの部長・雨壷葛。

「今日から新しい部員さんが増えて、あたしもとっても嬉しいわー」

「ぼ、ボク、入部するなんて、一言も言ってないんだけどな……」

 大歓迎という漢字三文字があたかもマジックインキか何かでその額に書かれているかとでも思える程の笑みを浮かべる雨壷葛に、莱は気の抜けた返答をするのみだ。

「まあーっ? そういう言葉は一度、あたし達の料理を食べてから言ってよねーっ。きっと、やみつきになって止められなくなるんだからあーっ!」

 葛が真剣な眼差しでそう告げた瞬間、莱の目の前には、香ばしい匂いをこれでもかというくらいに漂わせる、出来上がった料理の盛り付けられた皿が並べ置かれたのだった。

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6

はぁいヽ(^o^)丿

作者:湊あむーる

2018/9/1

7

ハイセンスな名前と際立ったキャラクターたち。これから面白くなりそうで、羨ましいです。

舞神 光康

2018/9/2

8

良い意味で頭を空っぽにして楽しく読むことができました。
あむーるさんの描く世界観はとても楽しそうで憧れます。
こんな二次元の世界に転生してみたい‥。

9

 舞神 光康さま。コメントをありがとうございます!!!主人公の高校生男子の名前は、少しふざけてみておりますが、その他のキャラたちは実在するある物から名前がきていますね(^^)キャラの個性を大事に、うまく発揮できるといいのですが笑

作者:湊あむーる

2018/9/2

10

さきまる二等兵さま。コメントを感謝です!!!!!!楽しそうで憧れるとのお言葉、嬉しいです(^_^)でもね、少々残酷な描写をするような事件が起きる世界でもありますが笑……うふふ(^_^)

作者:湊あむーる

2018/9/2

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とじる

2.葛ちゃん思わぬ部則違反

「うわっ? いつの間に料理が出来上がったのっ? は、早くないっ……?」

「あたしが部長なのよっ? 出前迅速っ! 落書き無用っ! どんなもんだいカズラちゃん! 早い! 安い! 美味い! この三拍子をお客様の為を想って常にモットーにしているんだからぁーっ!」

 調理台の一角に並べ置かれた皿を見て驚愕する莱に、葛が人差し指で鼻を擦ってドヤ顔。

「どんなもんだいって、何かすごく昔のアニソン入ってないっ? それに居酒屋の店員さんじゃないんだし、三拍子とか言われてもなあ……」

 ドヤ顔部長に興ざめする莱。

「あは。葛っちやなしに、理草はんがテキパキ無駄の無い動きしてくれてんから、出来上がったんやで。ウスノロな部長はんより、ほんま頼りになる副部長やね!」

 すると、すかさず角後磨が黄髪のツノヘアの突起でもって、はにかむ副部長をツンツンとつつく。

「そんな。私はただ、副部長として部活動の運営を迅速に行ないたいだけです。広い意味では、部活動も貴重な高校生活の一環です。一分一秒たりとも時間を無駄にすることなく、迅速かつ円滑な進行を心掛けるのは、責任ある副部長としての当然の務め……」

 副部長である映都理草は、角後磨のツノヘアに、はにかむその頬を突かれながらも、落ち着いた冷静な口調で言ってのけた。

「……という訳ですから、見学者である貴方には、申し訳ないのですが、ボケっとしていないでさっさと食べて頂きたいですね」

 理草が理知的な紫眼で、きょとんとして聞き入る莱に眼前の料理に手を付けることを勧めれば、

「はいはーい! 飲み物には事欠かないですよーっ! なにしろ希倶紗がこの両手でも抱え切れない程にペットボトルをたくさん買い込んでしまったのですからー」

 ショートの青髪、一年生の三美華希倶紗が満面の笑みで、莱の前に置かれた紙コップにペットボトルの紅茶を注ぐ。

「ありがとう。三美華さん!」

 やおら紙コップを手に取り、莱が注がれた紅茶に軽く唇を濡らしつつ、莱は目の前に並べ置かれた料理の盛られた皿をマジマジと見つめた。

 大小合わせて二種類の皿が莱の目の前には並べられている。

 見たところ、大きな皿には、赤みのかかったソースに包まれたスパゲッティが盛られていた。

 トマトソース仕込みのペペロンチーノのようだ。

 仄かに香るニンニクの匂いが、莱の鼻孔を刺激する。

 そして、小さな方の皿には、ふんだんに使われたレタスに生ハムを添えた、サラダが盛られているようだった。

(これならボクにも食べられそうかな……?)

 紙コップ越しに莱が目を落とした調理台の上の皿に、安堵の笑みを浮かべると、小さい方の皿に盛られたレタスの隙間から、ひょこんと顔を持ち上げた生き物がいた。

 モゾモゾと蠢きながらその頭(こうべ)を莱の方に向けて、まるでお辞儀をするかのような仕草をする一匹の芋虫だ。

「ブ、ブハアッ……」

 口に含んだ紙コップの紅茶を勢いよく吐き出す莱。

「ゲホッ……ゲホッ……なっ? いいいっ、芋虫っ? 芋虫が入ってるっ……?」

「まあーっ? なぁにっ? 急に紅茶を吐き出しちゃって汚いわねーっ……?」

 サラダに混入する異物に驚く莱。

 それに対し、部長の葛は飲み物を吐き出したことを、ただ、咎めるのみだ。

「だ、だ、だ、だって! い、芋虫っ! 生きている芋虫がこのサラダの中に混じっているよっ?」

 莱は震える手で、サラダの盛られた小さい皿を摘まみ上げ、この場における責任者である葛に対し憤る。

「うん? 生きている芋虫ですってー?」

 葛は、つぶらな碧眼の瞳で、莱の指差す皿の上を覗き見る。

「きゃあああああああーっ? 本当っ! 生きてるわねええええーっ……?」

「うわわわわっ! 跳ねたっ? 跳ねたよっ! この芋虫があああっ……?」

 葛が皿に蠢く生き物に驚き、悲鳴を上げれば、ピョンと跳びはねた芋虫が莱の手首に乗った。

 モゾモゾと胴体をくねらせ、手首から莱の腕を這い登る黄色味がかった芋虫。

 幾連にも連なるその体節が左右に揺れる度に、体節の下に生えた疣足が莱の皮膚をくすぐる。

「うわあーっ! き、気持ち悪い芋虫めっ! ボクの腕から離れろよっ……」

 右腕を這う芋虫を振り払おうと、莱が必死に左手でその胴体を撫で落とせば、今度は莱の左指に絡み付き、手の甲を這い登ろうとする黄ばんだ芋虫。

「こ、こいつっ! 今度はボクの左手にいいいっ? しつこい芋虫だな、まったくうっ!」

「ああーん。振り払っちゃ、勿体ないわぁーっ!」

 シビレを切らした莱が、左掌をブンブンと闇雲に振るえば、つぶらな碧眼に焦燥の色を浮かべた桃髪ツインテールの少女が莱の左腕を押さえ込んだ。

「食虫様態(コンポルトゥマン・アンセクティヴォール)!」

 葛がそう一言、叫んだ瞬間。

 桃髪のツインテールの左右の房が、淡いピンクの袋状のヒョウタンのような形の植物に変形。

 その袋の反り返った先端上部には、丸い穴が口を開け、穴の淵には蓋のような物まで付いている。

「なっ? 何だこりゃっ? か、葛ちゃんっ? その髪の毛、どうしたのっ……?」

 葛のツインテールにその視線を奪われ、釘付けにする莱。

 すると、どこからともなく蜜のような甘い匂いが漂ってきた。

「うん? なんか甘ーい匂い……?」

 莱が匂いの正体を葛の吐息と見抜き、その視線を葛の口元へと移した瞬間。

 ヒュッ! と、莱の視界を横切った桃髪の蔓。

 葛の髪の毛のうちの一本が、細長い蔓となって莱の左掌を這う芋虫を狙う。

 クルクルッと芋虫に巻き付き、その黄ばんだ胴体を一瞬にして、莱の左掌から掠め取る桃髪の蔓。

 掠め取られた芋虫に莱が視線を移せば、ヒュンッと瞬く間に引っ込んでいく桃髪の蔓が、葛の口元へと芋虫を運ぶ。

「なっ? 何やってるんだっ? 葛ちゃんっ?」

「ウアアアーン! いただきまふーっ……」

 アーンと大きく開かれた葛の唇。

 淡いピンクの唇にその外周を縁取られ、縦に大きく楕円形に広がった口の中には、透き通る程に澄みきった、濃密なドロドロした液体が、その口内を満たすように蓄えられている。

 ボトッと葛の口内へと投げ落とされる芋虫。

 ピチャピチャと激しく跳ね、透明な液体に飛沫を上げさせながら、抵抗の意を示していた芋虫も、しだいに動かなくなった。

「うーん。デリシャス! とってもトロトロして美味しいわねっ……」

 口中に沈む芋虫を味わいながらも、バクッと口を閉じた葛は、一瞬で通常通りに唇を合わせる。

 赤い舌で唇を舐め回す少女の姿は、甘いスイーツか何かを頬張った直後の余韻に浸る満足感に溢れていた。

「なななっ? 何だよ、今のっ? か、葛ちゃんの口がなんか変な形の洞みたいになってっ? っていうか、虫食べたっ? 生きてる芋虫食べたよねっ? い、今、芋虫食べたよねえええっ……?」

 莱が眼前での突然の光景に衝撃を感じるのも無理もない。

 あっけらかんとした無垢な魅力の桃髪ツインテールの少女が、生きたままの黄ばんだ芋虫を食べたということ。

 それだけでも驚愕する事実であるが、そのことのみならず、突然、異様な姿に変貌した少女が、その髪で莱の掌を這う芋虫を捕らえ、罠のように開いた口で丸呑みした。

 目を疑うような光景に莱の背筋に衝撃が走れば、同じ部室内に居る者達も走る衝撃にその身を貫かれたようだ。

「部長。部室内での様態変化は厳に慎むべしとの御触れを出したのは、貴女自身ではないですか? 新入部員となる可能性のある見学者の前での、思慮を欠いた様態変化、これは重大な部則違反です。即刻、床に頭を擦り付けた上での謝罪と、速やかな退部を貴女に要求します!」

 冷静である筈の副部長・理草が怒りに身を震わせ、部長である葛に詰め寄る。

「ふぇーんっ! あたしが退部とか、キビシ過ぎないっ? 御触れを作ったのは、あたしだけど、破ったら退部とまでは言っていないもん……」

 半ベソ状態で、シュンと、うな垂れる葛。

「まあー、しゃあないんちゃう? うちかて、あんなふうに目の前を這われたら、我を忘れて角剥き出しにするかもしれへん。葛っちだけを責めるのも可哀想やで!」

 すると、角後磨が激昂する副部長を宥め、葛に思わぬ助け船を出した。

「ふふふ。ははは。ふーはははっ! こりゃ傑作だな!」

 突如、木製の角椅子から立ち上がり、意表を突いた高笑いを始める夢詩鳥菫。

 菫は立ったまま、手元の本のページをパラパラと捲り始め、とあるページでその指を止めた。

「……かのニーチェ曰く、『いちばん危険な党員とは、その人間が脱党したら党派全体が瓦解するような人である。だから最良の党員である』と言うぞ。この言葉に従うのであればだな、部長である雨壷葛こそが我が部にとって最も危険な部員にして、もし退部すれば、部それ自体を崩壊せしめる程の最良な部員であるということだ!」 

 夢詩鳥菫が、半ベソの葛に人差し指を向け、一気にまくし立てる。

「菫さんの仰ることは難しすぎて、おバカな希倶紗にはよく分からないのですー。葛さんを危険人物と非難なさっておられるのか、最良の人材とお褒めになっておられるのか、どっちらけー? と、おバカな希倶紗はお目めを丸くして悩んでしまうのですー」

 三美華希倶紗が、丸い紫眼の瞳をより一段と丸め、殊更に丸みを強調しながら、紙コップに注いだ紅茶を菫に手渡す。

「ふむ? 狂気と天才はまさに紙一重のところにあると言うからな。お前も中途半端な凡庸の精神を発揮していないで、もっとブレるがいい。あの雨壷葛のように、創造と破壊、理性と本能、愛と憎悪などの相反する二つの極を、まさに時計の振り子のように行ったり来たりするのだ! そしてディオニュソス的なものとアポロン的なものとの二つの対立する軸を乗り越え、やがては超人の極みへとアウフヘーベンせよ!」

 紅茶を啜りながら、笑っていない碧眼の瞳で希倶紗を睨む、夢詩鳥菫。

「はああー。希倶紗はますます、菫さんの仰る事が難解で、何回聞いても理解できないのですー。南海のサンゴ礁のように、ただフワフワ潮に靡いていることしか希倶紗にはできず、ついにはここが何階なのか分からなくなってしまうのですー」

 菫の言葉に、目を回し、口から泡を吹いてフラフラとよろけ出す希倶紗。

「しかしだね! 僕は思うんだな! 何故、桑図木君のサラダに、生きている芋虫が混入したのか! それが一番の重大な問題じゃないかな!」

 既に三本目のペットボトルを空にした福露雪乃志太が、四本目の蓋を開けつつ、まくし立てる。

「そうだよ! 福露君! キミ、なかなか本質を突いてくれて嬉しいよ! 元はと言えば、ボクの食べる筈のサラダに、生きている芋虫なんかが混じっていたのがいけないんだよ!」

 莱は、福露の的を射た追及の言葉が嬉しかった。

 高校の部活動の部員達が作る手作りの料理とはいえ、衛生管理は重要だ。

 集団食中毒の危険もあるだろう。

 今後の学業に重大な支障を及ぼし兼ねない重篤な病気を引き起こす病原菌が混入でもしていようものなら、部員達の生命の危険のみならず、学園自体の存続も危ぶまれる危険があると、学校側とて目を光らせて当然だ。

「そうよー。どうして、あたしが食べたあの一匹だけ生きていたのかしらー? 他のコたちはちゃんとおとなしく死んでお皿に眠っているじゃないっ?」

 福露の本質を突いた追及に、泣いたカラスが何とやらという言葉ではないが、嬉々として目を輝かせた葛が、ペペロンチーノの盛られた大きな皿と、サラダの盛られた小さな皿を両手にそれぞれ乗せ、視線を落とし強調する。

「そうだ、そうだ! 部長の言う通りだ! ミャンマーからの空輸の過程で、竹筒から採取された芋虫達が、例えまだ生きたまま飛行機に乗せられて、日本へ運ばれて来たとしても、それを火で調理した時点で全部死んでいる筈じゃないかあ! それなのにまだ生きて動いている芋虫が混じっていて、しかもそれを気が付かないでお皿に盛り付けるだなんて、僕達、昆食研にとっては、大きな、大きな失態だよ! これは、昆虫食食品衛生責任者の有資格者である副部長、映都さんの管理責任が問われるんじゃないかなっ?」

 副部長・映都理草を激しく糾弾する福露。

「な? 何を言うんです福露君? 私が悪いって言うんですか? いくら昆虫食食品衛生責任者の資格を持っていたとしても、普段は生きた蠅にしか興味のない私が、こんな芋虫なんかの生き死になんて些末な事柄に、神経を遣うわけないじゃないですか!」 

 対する理草は、突然、大きなビニール袋を取り出し、その縛られた袋の口を、大きく広げて見せた。

「なっ? なんじゃこりゃあああああああああぁぁぁぁーっ……?」

 突然、腹を撃たれた名刑事のような叫び声を上げる莱。

 理草の広げてみせるビニール袋の中には、ウジャウジャと蠢く黄ばんだ芋虫が悍ましい程の数、ひしめき合っていた。

「これですか? ミャンマーから取り寄せた、生きたままの芋虫ですが……」

 衝撃に身を震わせる莱に、淡々と説明する理草の釣り目の紫眼が涼しい。

「いいいいいいっ、芋虫って、どうしてっ? どうしてこんなにもたくさんの芋虫が部室に居るのさっ……?」

「貴方、鈍いですね。貴方の耳の穴はずっと塞がっているとでも言うのですか? 私と福露君との会話の中で何度も申し上げている筈ですよ。昆虫食食品衛生責任者の私は芋虫如きの生き死にには関心なんて皆無です。なにしろ生きた蠅のことしか頭にないのですからね……」

 莱の必死の問いかけに、小馬鹿にしたように鼻で笑い返す理草。

「こ、こ、こ、昆虫食ってっ? こ、この部は一体……?」

 驚きのあまりに床に尻もちを突き、這うようにして理草から離れようとする莱。

「あ、ごめんね、桑図木君! 僕は君にきちんと説明しなかったね。僕達の部活動はね、『昆虫食研究部』、略して昆食研って言うのさ!」

 五本目のペットボトルをグビグビと一気飲みする福露雪乃志太が、床を這う莱に視線を合わせて微笑む。

「そうよーっ! でもねー安心してーっ? うちの部で食べる昆虫食はねーっ、ぜーんぶ死んでる虫さんを食べるのが原則だからーっ! 生きたまま踊り食いなんて、様態変化した時だけなのよーっ!」

 福露と並んで、莱に視線を合わせる雨壷葛。

 揺れる桃髪のツインテールの房の真下に、大小、二つの皿を並べて、莱に微笑む。

「ぎぃやあああああああああああああああぁぁぁぁぁーッ……」

 その二つの皿を凝視した瞬間、莱は断末魔のような金切り声を上げた。

 葛が手にするトマト仕込みのペペロンチーノのパスタの中に、無数の芋虫の死骸が寝そべる。

 そして生きた芋虫が混入していたサラダの中には、よく見れば、黄ばんだ芋虫の無数の死骸が、まるでハンモックにでも包まれるかのように生ハムの中で寛いでいた。

「ここここ、こんなモンが食えるかよーっ! ボ、ボクは帰るよ! 帰る! こんな部になんて怖くて入れないっ! 今すぐ帰らせてもらうよっ!」

 タジタジと後ずさりをしながら、部屋の入り口の扉へと這い寄る莱。

「僕達の部活を目にしておきながら、それはないよ。桑図木君……」

 六本目のペットボトルの蓋をキリキリと回しながら、福露雪乃志太がニヤリと笑う。

「……ようし、こいつを取り押さえろっ! 部室から逃がすなっ! 部屋の外へ一歩たりとも出られないように、縛り上げるんだ!」

 口を付けた六本目のペットボトルから、大量の飛沫を零しながら、福露が莱を指差し、叫ぶ。

 フーンフーン、という部員達の鼻息の音が部室中に鳴り潜むなかで、複数の者達の目が床を這う莱の姿を追いかける。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/17)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/06)
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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】食べ物の好き嫌いが多い少年、桑図木莱(くわずぎらい)が入部勧誘を受けたのは昆虫食研究部、略して「昆食研」だった! ヒロインの驚きの能力はもちろん、キャラクター名にも縁語的工夫の見られる、更新が楽しみな物語です。

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モノコン2018選考スタッフEさま。コメントをいただきましてありがとうございます!予選通過のご連絡をいただきまして嬉しい限りです(^^♪はい、長編として15万字程度で連載を想定しておりますもので、もちろん今後も更新をいたします!ひきつづき、執筆のほう、頑張って参りますので、何卒よろしくおねがいします!!

作者:湊あむーる

2018/9/7

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とじる

3.暴走の爪、諭す眼鏡

「うわあっ……み、皆、押し黙っちゃって気味が悪いよ……は、早く、廊下に出なくちゃ……」

 床を這う莱が廊下に通じる扉のノブを掴み、廻す。

 ギギギギイィッ……。

 軋む音をたて、ゆっくりと回転するドアノブ。

 内側へと開く扉の隙間から、差し挟む落陽の光の筋とともに、廊下の光景が莱の目に映ったその刹那。

「うちがアンタを出さん! 悪いけど、恨まんといて! オンナに背を向けるオトコを追うんは、うちの趣味やないけど、しかたないねん。アンタにはオトコらしゅう最後の一口まで責任持って食べて貰うで!」

 黄葉菜角後磨の黄髪の「つのヘア」の二つの突起が、莱の背中を撫でる。

「つ、角後磨さんっ……?」

 莱が後ろを振り向けば、

「様態変化や! 食虫様態! 出てきいや! 悪魔の爪!」

 威勢よく叫ぶ角後磨のハスキーボイスとともに、黄髪の突起が黒く鋭い爪へと変形。

「ぐぅあ! なっ、何だっ、この角はっ……?」

「狙った獲物は逃がさへん。地獄の果てまで引きずり込んだるわ!」

 先端がクルリと湾曲した二股の鉤爪が莱の背中を挟み込み、部室の扉に押し付ける。

「うががあっ……バ、バケモノっ……?」

 ガツンッ! ガツンッ! と立て続けに、莱の背を押すその頭部。

 見れば、もはや黄髪が眩しかった角後磨の頭部ではない。

 悪魔のような漆黒の頭部には無数の棘が突き出し、一面真っ黒に変化したその顔面には、切れ長の黒目だけがニヤリと笑っている。

「黄葉菜さん、やり過ぎですよ! いくら取り押さえるとはいえ、様態変化をして良いと許可した覚えはありません。即刻、変化を解除してください!」

 映都理草の釣り目の紫眼が怒りに歪む。

「アカン。止まらへんねん。うち一度変化してもうたら、当分の間、勢いが収まらへんのや……」

 ガンガンガン!

 まるで闘牛士に挑みかかっていくスペインの闘牛のように、莱の背中を一目散に押す角後磨。

「なんだよ、その様態変化ってさ……バケモノに変化することかよっ……?」

 喘ぐ莱が渾身の力をもって角後磨に抵抗するも、押し出す力に敵わない。

 バキバキッ!

 木製の扉が音を立て割れていく。

「堪忍してな。うちも制御できへん……」

 ドオンッと一押しした黒い爪が、バキイッと完全に木製の扉を打ち破る。

「ぎぃはあああああっ……」

 亀裂の走る木の扉が廊下へと崩れ落ちるとともに、そのまま倒れ込んでいく莱の体躯。

「アカン。トドメ刺さな気ぃ済まへん……」

 二股の黒い爪が、砕けた扉をくぐり抜ける。

「黄葉菜さん、だめですッ!」

 暴走する角後磨に、映都理草が慌てて穴の開いた扉の中で叫ぶ。

「こうなったら私も! 食虫様態ッ……」

「あらあら。ツノゴマちゃん、今日は随分、積極的なのね? そんなにその男子が気に入っちゃった……?」

 理草がボブの緑髪をグニャリと凹ませ変形させたその瞬間、スーツ姿の女性教師が暴走する角後磨を素手で抑え込んだ。

「なんや? なんでうちがこんなノロマなオトコに熱を上げないかんねん」

「うふふっ。そう言ってホッペが赤くなってるゾ!」

 セミロングの栗色の髪にロイド眼鏡の女性教師が、反発する角後磨の角を片手で押さえながら、もう一方の指で角後磨の黒い顔面を突っつく。

「糖注(とうちゅう)先生!」

 急いで髪を戻した理草が、女性教師に駆け寄る。

「ふん。まあ、ええわ。今日は、花奏(かそう)に免じてこの辺にしといたる……」

 急に拍子抜けしたように落ち着いた角後磨の、黒い顔面が肌色に戻り、二股の黒い爪が黄髪の「つのヘア」の突起へと戻っていく。

「ねえ、キミ、大丈夫? 保健室、連れてってあげようか……?」

 女性教師が、廊下に横たわる莱へ手を差し伸べるも、

「だっ、大丈夫です。ボクは一人で起き上がれる程に元気ですから……」

 自ら立ち上がった莱は、夏服のワイシャツとズボンに付着した埃をそそくさと振り払うと、女性教師に向かって興奮気味に告げた。

「先生! この奥の部室では、とんでもないモノが調理されています! 聞いて驚かないでください! 何と! 東南アジアから輸入した、生きた芋虫……」

「まぁーっ! センセーっ! ミャンマーから届いた活きのいい芋虫さん達をサクッと調理してみたのーっ! ねえ、食べて! 食べてーっ!」

 破れた扉の向こうを莱が指差し、女性教師にまくし立てれば、まるでそれを遮るかのように、桃髪ツインテールの少女が嬉しそうに皿の載ったトレイを持って駆け寄って来る。

「あら、とっても美味しそうね。芋虫のペペロンチーノに、芋虫の生ハムサラダね! 私も単に養分を吸い取るだけじゃなくて、たまにはちゃんと噛んで咀嚼して、芋虫を味わってみないとね……」

「でしょ、でしょーっ? たまには噛んで咀嚼しちゃわないとでしょーっ? はいっ、センセーのフォークもちゃんと用意してるんだからぁーっ!」

 差し出されたトレイに視線を落とし、感心した様子の女性教師に、可愛らしいピンク色のフォークを手渡す雨壷葛。

「うーん! このカラッと揚げられた芋虫のクセの無さ! さっぱりし過ぎて、パスタにも生ハムレタスにも程よく同化して、とっても美味しいのだけど、もっと自己主張が欲しいわね……」

 フォークに絡め取ったパスタと芋虫を同時に口にしたと思えば、生ハムとレタスに絡まる芋虫も矢継ぎ早にその胃袋へと納めていく女性教師。

「やっぱりっ? やっぱり、自己主張というのが、あたしと一緒で、芋虫さん達も苦手なのかしらねーっ?」

 葛が摘まんだ芋虫の死骸を、モグモグとまるでフライドポテトのように口に押し込めば、

「うわあーっ? せ、先生までもが、い、芋虫を嬉しそうに食べるなんて、どうかしているよっ? く、狂ってるっ!」

 この場において、最もマトモで、最も常識的な振る舞いを期待していたスーツ姿の女性教師までもが、黄ばんだ芋虫の死骸を美味しそうに口に運んでいる光景を目の当たりにして、莱は衝撃に身を震わせた。

「あら、狂っているだなんて心外だわ。昆虫食はね、人口が増え過ぎて地球規模での食糧不足に陥るであろうこれからの人類の、希望の光となる究極の食材、なのよ……」

 ロイド眼鏡の縁を押さえ、口からパスタの端をはみ出したまま、女性教師が諭すような口調で莱に言う。

「……自己紹介が遅れちゃったわね。私は昆虫食研究部の顧問、糖注花奏(とうちゅうかそう)よ。生物学が専門なの。よろしくね、桑図木莱君!」

 そう言って、ハンカチで口元を拭き、眼鏡の女性教師はやおら立ち上がると、震える莱に手を差し出し、握手を求めた。

「せ、先生が、ボクの名前を正確に知っているだなんて……ボクは転校して来て、まだ間もないんだよ? どうしてさ? もしかして、この部にボクが招かれたのって偶然じゃないとか……?」

 莱は、糖注花奏と名乗る女性教師の求める握手を拒み、部室の方へと視線を逸らした。

「はあ。どうしてこんな所に来ちゃったんだろう」

 穴の開いた木製の扉に目をやり、そこから垣間見える部室の内部へと想いを馳せる。

 そうだ。

 あいつだ。

 このボクをこの部に誘い出した、あいつを問い詰めなければ……。

 莱の脳裏に巨漢の男子生徒の姿が想い出される。

 思えば、福露雪乃志太と放課後の教室で話し込んでいた筈なのに、ふと気が付いたら、いつの間にか廊下を歩き、この得体の知れない古い木製の扉の前に立たされていたのだ。

「おい! 福露君! ちょっといいか? 君ね、ボクをこの部に連れてきた時……」

 ツカツカと壊れた扉に歩み寄り、強張る声色で福露の名を呼ぶ莱。

「……福露君! 君、ボクをどうやってこの部室の前まで連れ……」

「うわうわうわうーっ! な、なんとか追っ払ってくれよう。誰かあああっ……」

 莱が穴の開いた木製の扉をくぐり抜け、部室内へと戻ってみれば、頭を抱えて部室中を走り回る福露の姿があった。

「なっ? 何だこりゃあっ……?」

 しかし、それだけでは無かった。

 頭を抱える巨漢の男子生徒の頭上には、猛烈な羽音を立てて空中を蠢く、おびただしい数の黒い帯のようなものが浮かんでいた。

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高校の部活がすごいことになってきましたね😨自分が莱くんの立場ならって考えたらゾッとします

Hinaminami

2018/9/14

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 Hinaminamiさま。ありがとうございます(^^♪ゾッとするような体験をするからこその主人公なので笑……うふふ

作者:湊あむーる

2018/9/14

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とじる

4.メドゥーサ副部長の二十秒

 ブウウウンと耳をつんざくような強烈な羽音が、福露雪乃志太の口元から垂れ落ちる、甘いジュースの果汁の匂いに惹きつけられている。

「は、蠅っ? この黒い帯みたいなの、もしかして全部、蠅えええっ……?」

 莱が驚愕しつつも、黒い帯状の物体の正体を冷静に観察すれば、

「希倶紗が先程、窓を開けましたら、外から急に黒い帯の群れが入り込んで、ビックリしたのですーっ! 福露君の口から垂れるジュースはそんなにもお外の虫さん達から見て魅力的なのでしょうかー?」

 困惑気味に溜め息を吐く青髪ショートヘアと、

「やれやれ。部室内での様態変化を禁じるとかいう、ふざけた御触れを真に受けてしまえば、こんな闖入者共さえ気安く退治できんものだな……」

 角椅子に不機嫌に腰掛けて溜め息を吐くロングの紫髪の少女とが、逃げ回る福露を見つめていた。

「三美華さんも、夢詩鳥さんも、僕を助けようとかいう気持ちはこれっぽっちも無いのかようっ?」

 だらしなくも口元から甘いジュースの汁を零しつつも逃げ回る巨漢の福露。

「ううっぷっ! げえっぷ! ぼ、僕はだね、三美華さんが買って来てくれたペットボトルをだね、あまりにもゴクゴク飲み過ぎたんだなっ、ううっぷ! ゲップが止まらないこの状況で僕に様態変化をさせようというのは、げええっぷ! あまりにも酷な話さっ、うっぷ……」

 飲み込んだジュースを苦しそうに口から吐き出す福露が、吐瀉物の撒き散らされた床にそのまま座り込む。

「やれやれ。後先の事も考えず、目の前に差し出された飲料水を怒涛の勢いで消費する輩は、己の生命の危機に際してあまりに無力だな。どれ、私が禁忌を犯して様態変化とやらをしてやればこの場も丸く収まるのだな……?」

 面倒そうにフラフラと角椅子から立ち上がったロングの紫髪の少女。

「様態変化といくか。食虫様態にアウフヘーベン! 即自的状態から対自的に対立する事象を即対自的に止揚することが意識状態のみならず三次元的な物理的状態にも変容をせしめる格好の契機となるだろう!」

 夢詩鳥菫がその股間に角椅子を挟み込むように跨りながら、つぶらな碧眼の瞳をカッと見開く。

 するとロングの紫髪が一瞬にしてグニャリと歪み、その輪郭がザワザワと波打ち始めた。

「うっぷ……調子にのって飲み過ぎたのは良くなかったかなあ……げっぷ」

「お、おいっ! 福露君! キミ、大丈夫かっ……?」

 莱は床で苦しむ福露雪乃志太を介抱しながらも、異様な雰囲気を発しつつ、その肉体の輪郭を変えようとする夢詩鳥菫を驚愕の目で見据えた。

「つ、ツンデレっぽい、夢詩鳥とかいう子まで訳の分からない事を言いつつ、様態変化だって? い、一体、何なんだよ、様態変化ってさあっ……?」

 ブウウウン!

 しかし、福露に近づけば、莱とて頭上に迫り来る、無数の黒い帯の輩からは逃れることはできない。

「うわわわわっ? こ、この蠅の集団、一体何なのっ? 耳元でうるさいんだよっ! あっち行け! しっ! しっ!」

 迫り寄る、おびただしい数の蠅を必死に振り払う莱。

「待ってください! 不要な様態変化は慎んで頂きたいですねッ!」

 その時、突然、穴の開いた扉から部室内に踏み込んだ映都理草が、夢詩鳥菫の腕を掴んだ。

「何だとっ? 既にこんなにも私の身体がメタモルフォーゼしてしまっていると言うのにか? 革命への過渡期的段階での運動の抑圧は、言わばエロスとタナトスが相容れ塗れる中途半端なリビドー固着状態、言ってみれば神経症的コンフリクトを招き起こすのだぞ……」

 紫のロングの髪の毛がもはや人間の毛髪としての体を為しておらず、アメーバのようなネバネバした物体へと変容しつつある途上。

 そして突き出した両腕がグニュグニュと粘土のように柔らかく変形しながら、緑色の色素を充満させ、人間の皮膚の色を失っていきつつある途上。

 そのような、人間でもなく、かと言って、他の生命体としては何と形容してよいのか言語化し難いような悍ましい姿の夢詩鳥菫。

 空想家的な思考を持つその少女は、哲学的と言うのか、はたまた心理学的と言えばいいのか、理解しがたい難解な言葉の羅列をしながら、ザワザワと波打つ粘土状の腕を映都理草に掴まれたまま茫然と立ち尽くしていた。

「ふっ。屁理屈で誤魔化すなど、私を馬鹿にするも同然。この私を誰だと思っているのですかッ!」

 釣り目の紫眼で毅然として夢詩鳥菫を睨み付ける理草。

「下等な蠅の分際で我々の神聖なる部室を侵すなどッ! 副部長のこの私が許しませんッ! 出でよッ! 食虫様態ッ(アパラーンス・アンセクティヴォール)!」

 部室中をブンブンと飛び回る黒い帯に視線を移し、映都理草が叫ぶ。

 刹那、ボブの緑髪がグニャリと凹み変形、ウジャウジャとうねる髪の毛の一本一本のその先端が異様な形状に変化する。

「うわあっ? 葛ちゃんや角後磨さんに続いて、映都さんまでっ? ば、バケモノに変身するのかっ? こ、この部の人達はもしかして皆、バケモノなのかあああーっ……?」

 頭上の蠅の群れを追い払うのに苦戦する莱が、異様な姿に変化した副部長・映都理草に戦慄する。

「ふっ。単なる見学者はおとなしく見ていなさいッ! 喰らいつけッ! 女神のハエ取り罠ッ(ヴィーナス・フライトラップ)!」

 理草の叫びとともに、ウジャウジャとその頭部でうねる一本一本の髪の毛が、無数の蛇のように長く伸び、瞬時に黒い帯の集団へと迫っていく。

「うわっ! な、何かの神話に出てくるような怪物みたいだっ……」

 莱が部室の宙にうねる、蛇のような無数の緑髪に怯える。

 その姿はまるで、ギリシア神話に出てくるメドゥーサのように悍ましい。

「ふんっ! こんな蠅共は、たった二十秒もあれば全滅させてみせますッ!」 

 理草の釣り目の紫眼が、部室中に四方八方へと散る緑髪を視線で追い、あたかもコントロールするかのように自らの頭部を動かす。

 ブウウウンと強烈な羽音を立てて、部室中を縦横無尽に飛び回らんとする無数の蠅の一匹一匹に目がけ、襲いかかっていく十万本もの緑髪。

 その一本一本の先端が、二枚貝のように重ね合わさった、がま口の財布のような形の葉っぱになっている。

 重なる口の先端部分からは鋭いトゲが幾本も突き出し、その開いた口が飛び回る蠅を囲い、瞬時にパクッと咥え込む。

 その瞬間、無数に突き出たトゲが口の内側へと曲がり、強固にその蓋を閉じると、葉の中に捕らえられた蠅がブウウウンと鋭い羽音を立て荒れ狂いながら、閉じた葉に押し潰され、すり潰される。

 そして中の蠅が静かになった頃合いにジュウウウッと音がして葉の中では濃厚な消化液が分泌され、捕らえられた蠅はきれいさっぱり溶けて無くなる。

「うわわわっ! す、すごいっ! 百発百中で蠅が呑み込まれていくっ……?」

 莱の頭上を飛び交う無数の蠅に目がけ、理草の頭部から炸裂する放射状の髪の毛。

 その一本一本が的確に蠅を捕らえ、パシッ! パシッ! と片っ端から容赦なく黒い帯を咥え込んでいく。

「素晴らしい! 圧倒的じゃないか! もはや蠅の軍勢も全滅だな!」

 嬉々として手を叩く、ロングの紫髪の少女が、壊滅状態の黒い帯を鼻で笑いながら見つめる。

 既に人間の少女の姿へと完全に戻っていた夢詩鳥菫が、感心した様子で見つめるその先で、残存勢力の蠅を駆逐し終えた十万本もの緑髪が、元のボブの頭部に戻るべく収縮を始めていた。

「ふっ。二十秒で済ませるつもりが、五秒オーバー。とんだ時間の浪費、でしたね……」

 冷めた紫眼が窓の夕陽に赤く染まる。

 映都理草が完全に元通りになった緑の髪を軽く指で撫でれば、大声で走りよる巨漢の男子が涙ながらにまくし立てる。

「いやねっ、ぼ、僕は今日は完全に有頂天になってしまってね! 桑図木君という新入部員を昆食研に誘うという大役をだね、無事に果たした達成感と開放感かなっ……」

 福露雪乃志太が突き出た腹を擦りながら、だらしなく理草に言い訳をすれば、

「貴方のそういう言い訳じみたところが好きになれませんね、福露君。別に、部室内に大量の蠅が侵入した事は、何も貴方の所為だという訳ではありませんから……」

 理草は冷めた釣り目を向け福露を一瞥すると、カーテンの開かれた窓の側に立つショートの青髪の少女に視線を向けた。

「元はと言えば、三美華さん。貴女が窓を開けたりするからですよ。蠅の輩が部室内に侵入した原因は……」

「はい。悪いのはもちろん希倶紗ですー。存分に罰して頂いて構わないのですー。でもお言葉なのですが、この蠅さん達は理草さんがミャンマーから取り寄せた、大量の芋虫さん達をお目当てに部室に集まり、部屋中を飛び回っていたのではないかと思うのですー」

 冷静に一年生である希倶紗に注意をしようとすれば、満面の笑みを湛えながらも反抗的な言葉を口にするショートの青髪の少女。

「ま、また私ですかッ? 誰も彼もが、どうして私のことばかりを責めるんですかッ……」

 希倶紗の言葉に、理草は動揺の色を隠せず、ただただ生意気にも思える一年生を睨み返すことしかできなかった。

「そうよーっ! 副部長さんは悪くないわーっ!」

 そこへ桃髪ツインテールの少女が、スキップをしながら、あっけらかんとした表情で駆け寄ってくる。

「悪いのはねーっ、えっとぉ……?」

 首を傾げて考え込んだ仕草をし、後ろを振り向く雨壷葛。

「なっ? なんや? うちが悪いとでも言うんかっ?」

 落ち着きを取り戻した角後磨が黄髪の突起を撫でながら、葛と目を合わせギロリと睨み返すと、

「そうね。悪いのは私、かもしれないわね。顧問である私がしっかりしないおかげで、ついに奴らが動き出した、という可能性も排除できないわね」

 ロイド眼鏡の女性教師が、レンズの奥から切れ長の瞳を光らせ、雨壷葛に頷いた。

 

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5.先生!教えてください!

「何ですって? 奴らが? 奴らが動き出したって言うんですか? 糖注先生ッ!」

 映都理草が顧問の女性教師を驚愕の面持ちで見つめれば、

「なんやて? ついに奴らが仰山動き出したと言うんか? ほ、ホンマに? あ、アカンってそれ! かなんわ、ホンマ……」

「希倶紗もびっくりクリクリ栗拾いなのですーっ! 奴らの皆さんが動き出したと聞いては、恐怖のあまり夜もぐっすり眠れなくなるです! こうなったら今から寝だめして夜はパッチリ起きていても大丈夫な時間調整を試みるのですー」

「ふむ! 奴らか! 来ると思っていたぞ! 善と悪、光と闇、生と死、男と女、昼と夜。この世界は相対立する二元論から全てが成り立っているのだ! 我々がいれば、奴らがいる。我々と奴らとの二元論から思考を進めれば、奴らが動くのも時間の問題であると思っていたが、こうも早いとはな。いやはや驚きだ!」

「ぶばばばあっ! ぼ、僕はあまりの驚きに鼻から芋虫がニョッキンとコンニチワしたねっ! 奴らが動いたとなっては、僕もシャキンとしてもっとしっかりしないとね! ま、まずはダイエットから始めようか! 一日二十本飲んでいた甘い果実のジュースを、一日十九本半に減らす! これだけの量のペットボトルを減らせれば、まずはひと安心ってとこかなっ……」

 角後磨、希倶紗、菫、雪乃志太、といった面々も動揺に落ち着きを取り戻すことができない。

「でもーっ? 奴らの人達ってーっ? いつどこに、どうやって、どんなカンジで出てくるのか分からないって言うじゃなーいっ? こんにちはーっ! って向こうから挨拶してくるまではどの人が奴らの人達なのか判断できないのよねーっ?」

 部員達が皆、一様に恐怖に怯えるなか、一人だけ、あっけらかんとして首を傾げたままの雨壷葛。

「うわあああああああああああああーっ!」

 その時、突然、断末魔の叫びにも似た悲鳴を上げ、その場に莱が蹲る。

「なななな、なによおっ? いきなりどーしたのよ? ビックリするじゃないのーっ……」

 葛がツインテールの桃髪をビクつかせ、驚愕の目で莱を見つめれば、

「奴ら、奴らって、何なんだ! よってたかって見学者のボクを置いてけぼりにしてさっ!」

 興奮気味にまくし立てる莱の目が、物憂げに見つめる桃髪ツインテールの少女を睨む。

「キミ達が怖がっている、奴らっていうのがなんだかボクには分からないけど、キミ達が全員マトモな人間じゃなくて、おどろおどろしいバケモノだってこと、よーく分かったよ!」

 恐怖を通り越して、怒りさえ覚える様子の睨み付ける莱の目。

「ここが単なる料理研究部じゃなくて、『気持ちの悪い昆虫を食べる昆虫食研究部でした』って言うだけなら、まだ可愛いさ! それがなんだよっ! 昆虫食を食べるだけじゃなく、『この部の部員は皆、人間ではありませんでした、バケモノでした』っていうオマケ付きかよ! 一体どういう事なんだっ! きちんと説明してくれよっ!」

 同じ部活動の仲間に、と歓迎されながら、部員達の実体は人間ではない異形の存在。

 それは単に怖がるという幼稚な次元を通り越し、莱には一種の疑問であり謎であり、尚且つ、自らへの裏切りの行為としても受け取れるものであった。

「ねえ! 葛ちゃんキミさ、最初にボクがこの部室に入って来た時、『うちの部員を紹介します』とか言って、一人一人をボクに紹介してくれたよねっ? あれさ、全部嘘だったのっ? 名前とか性格とかいちいち紹介してくれたけどさ、あんなの全然、真実じゃないよねっ? だってさ、皆、人間じゃないんだからさ!」

 一気にまくし立て、興奮のあまりに、挙句の果てには葛の腕を掴み上げる莱。

「い、痛いじゃないっ……放してよっ、ねっ……?」

 掴まれた腕を引くこともせず、己の責任を感じた雨壷葛は、興奮する莱を優しげに見つめた。

「ふはははっ。こりゃ、面白くなってきたな。新入部員の少年が、部員達の真実を知りたいと口走るとはな。しかし、少年よ。真実たるイデアの世界はどこにあると思う? 空想上の雲の上の世界か? はたまた我々の脚で立つ、このリアルの現実の世界にこそイデアは存在するのか?」

 本来、一年生である筈の夢詩鳥菫は、二年生の莱に向かい、「少年よ」と上から目線も甚だしい尊大な口調で語りかけつつ、人差し指で部室の天井を指差した。

「物事の本質たるイデアは、天上にあると、かのプラトンは言うが……」

 途中までそう言いかけ、今度は人差し指を部室の床に向け、地面を指し示す夢詩鳥菫。

「……その弟子であるところのアリストテレス曰く、イデアは地上にこそ存在すると言う」

 そしてツカツカと莱の元へと歩み寄り、葛の腕を掴む莱の腕を取り、告げる。

「……しかしだな。実態はその中間にこそあるのだよ。君には分からないだろうな。桑図木莱君とやら!」

 グリグリと莱の腕を捻じり上げる夢詩鳥菫。

「ぎぃやああああっ……い、痛いじゃないかっ! やめろ! やめてくれよっ!」

「か弱き女性を恐怖でもって支配しようなどとは、暴君たる絶対君主のすることだ! しかし歴史は進歩する! 暴力による支配、暴力による服従たるは前時代的過去の遺物。二十一世紀に生きる君の取る態度ではないと思うが、如何か?」

 悲鳴を上げる莱に、腕を捻じるロングの紫髪の少女は至って冷静だ。

 つぶらな碧眼は涼しげで知性的だ。

 暴力を嫌悪するかのような台詞を吐きながらも、自らが暴力でもってそれに抗うことは良心が許さない。

 夢詩鳥菫は、雨壷葛に直接的に及んでいた暴力による脅威が、いとも簡単に逸れていった事実を確認した時点で、莱の腕を捻じるのを止めた。

「菫ちゃん、ありがとうね。ここは顧問である私から、新入部員の桑図木君に、一からきちんと説明をした方が良さそうね……」

 ロイド眼鏡の女性教師、昆虫食研究部顧問である糖注花奏は、夢詩鳥菫に向かって何かを決意したように頷くと、いまだ興奮の冷めやらぬ莱に向かって、静かに微笑んだ。

「ねえ。桑図木君。隠していた訳ではないのよ。ごめんなさいね。顧問の私の方から、一通り説明するとね……」

「センセーは黙っててっ! ここは部長のあたしこそが話さなくちゃならないのーっ!」

 莱に優しく語りかける顧問の口を遮り、桃髪ツインテールの少女が莱の両肘を掴む。

「さっ。あなたは座って。ここに座って、ゆっくりと聞いてね……」

 木製の角椅子に腰掛けるように莱の両肘を促すと、昆虫食研究部部長・雨壷葛は立ったまま、改まったように莱の目を見据え、そして、微笑んだ。

「もう一度、うちの部員を紹介します。驚かないで聞いてね。実はこの部の部員さん達はね。全員が……」

「……食虫植物なんだろ」

 角椅子に座る少年が気分を害さないようにと気を配り、慎重に、慎重にと言葉を選びながら雨壷葛が話をすると、莱はいきなり話を遮り、断言した。

「えっ……どうして分かっ……」

「見てりゃ分かるさ。バカでも分かる。甘い汁の香りで芋虫を罠に誘ったり、蠅をおかしな葉っぱで捕まえたり! どこから見たって、キミ達のやっている事は食虫植物の特徴そのものだよ!」

 拍子抜けしてポカンと口を開ける葛に、莱は不機嫌に続ける。

「部長の葛ちゃんはウツボカズラ、副部長の映都さんはハエトリグサ。こんなの少し植物の知識があれば難なく理解できるさ。でも、闘牛の角みたいなあれだけは分からない……」

 妙に落ち着き一本調子で淡々と話し続ける莱。

 しかし、腑に落ちない点が出たのか、部室の隅で暇そうに黄髪の突起を撫でる少女を見やる。

「あ? ウチな名前の通りやねん! キバナツノゴマ言う、けったいな花がうちの正体やねん。悪魔の爪言う尖った角で獲物をグサーッ! 一発で仕留めんねん。おもろいやろ?」

 視線を投げる莱に、ややも自慢げに答える黄葉菜角後磨。

 つい今しがた、その悪魔の爪で莱に襲いかかったという事実は、どこか遠くへ飛んでいってしまったかのような忘れっぷりだ。

「……ふうん。面白いのは本人だけだろうね。突然襲われた方の身になって考えてみる、っていう想像力は持っていないんだね……」

 莱は、溜め息混じりに角後磨に言うと、すぐに興味を失くしたかのように視線を逸らし、部室内に居る残り三人の部員達を見つめた。

「じゃあ、残りの三人は……」

 莱がロングの紫髪の少女と、ショートの青髪の少女、そして巨漢の男子生徒をと、それぞれに見やる。

「それを今ここで答えるのは野暮だな。求めてすぐに答えが用意される。そんなオートマチックな機械的因果律に支配される程、我々の居る世界は安易には造られていないよ、桑図木莱君」

「ほわあー。菫さんの仰る理屈は希倶紗には難しくてワケワカメとコンブの海藻サラダてんこ盛りなのですー。でもでも、希倶紗もこれに乗じて菫さんと同意見だと、ここに表明いたしますですー」

「ふへへっ。僕から情報を引き出そうとするならねー、ペットボトル何本くらい買ってもらおうかなー。いや、やっぱりお腹に溜まる物をご馳走してもらおうかなあー。昆虫バーガーを毎食一週間分、いや、一か月分かな、それで手を打ってもいいよ、どうだい桑図木君!」

 まるで尋問する刑事のような鋭い目つきの莱に対し、菫、希倶紗、雪乃志太の三人は、のらりくらりと余裕の態度で躱す。

「そう。そっちがその気ならいいさ! さっき先生が言ってた『奴ら』っていうのが、何なのか教えて貰おうかな。食虫植物であるキミらがそんなにまで恐れる存在なら、きっと天敵の動物か何かかな。それとも、もしかしたら毒を持つ昆虫かもしれないしな。いざという時のために、キミ達の弱味を握っておくのも悪くはないしね……」

 莱が躱す三人を意地悪くも見返し、ロイド眼鏡の女性教師におもむろに視線を向けて問いかける。

「先生! 『奴ら』って一体何なんです? 教えてください!」

「あら? 興味本位で足を突っ込むのは危険よ。知らないでいた方が身の為だわ……」

 頼み込む莱に、女性教師は即答で断るも、

「……でもね、桑図木莱君。貴方をこの部に誘い込んだのは、私の意志でもあるのよ。いいわ。君のお利口そうなそのオツムに免じて教えてあげる……」

 ロイド眼鏡の奥から切れ長の瞳を輝かせ、ツカツカと莱へと歩み寄り、その髪の毛を撫でた。

「せ、先生がこの部にボクを? 一体どういう事ですかっ……?」

「質問が多過ぎるのは、向学心の表れかしら? どんな数式でもまずは一つ一つの過程を理解して消化しないとね、桑図木君……」

 訝しむ莱に、優しく微笑むロイド眼鏡の眼光。

「すみません……」

 恥ずかしげに頬を赤らめ、謝る莱。

 そんな健気な謝罪の言葉も意に介せず、ロイド眼鏡の眼差しが告げる。

「『奴ら』というのはね、昆虫の姿をした人間。すなわち『昆虫人間』のことなの……」

 そう言うと糖注花奏は、その口角を上げ、ニヤリと笑った。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/27)

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1

好きです。昆虫人間。
この作品は、全体的に好きすぎる作品です。
昆虫だけに羽を広げてバタバタな展開を物の見事に、ストーリーにしている、湊あむーる様を神と呼ばずには入られません。

2

あふりかのそらさま。
いえいえ、むしろ師匠と僕がお呼びしたいような感じでヽ(^o^)丿
あふりかのそらさまのグロテスクなセンスがむしろ尊敬です!!いい意味で!!!
見習うべきところが、たくさんあり過ぎるヽ(^o^)丿えへへ

作者:湊あむーる

2018/10/2

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