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三島からの手紙 完結

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放課後の屋上で、彼から手紙をもらった。
それはラブレターではなく、それどころか普通の手紙ですらなかった……。

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目次

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手紙

 昨日、手紙をもらった。

 これまで生きてきた短い人生の中で、同級生の男子から手紙をもらったことなどない。だから手紙を受け取ったとき、舞い上がらなかったかといえば嘘になる。しかも差出人は、友人がご執心の相手である。以来、窓際の席に座る黒髪の少年が気になって仕方がなかった。

 わずか一行、文字にすればたったの六文字。

 一読して、それはあまりに現実味を欠いた内容に思えた。本人同様に素っ気ない手紙には、今までの世界を根底から覆す破壊力が秘められていた。

 いったい彼は、あの短い手紙にどんな意味を込めたのだろうか。その意味をあれこれ考えて、昨夜は一睡もできなかった。一時間足らずの昼休みもそろそろ終わろうかという気怠い午後。カーテンを開け放した教室の窓には眠気を誘う暖かな木漏れ日が差している。

 麗らかな秋めいた陽気とは裏腹に、内田真紀の気分はいつになく沈んでいた。

「てゆーか、シンジ君ってほんとミステリーだよね」

 それを言うなら、ミステリアスだろう。霧島綾は窓際に座る三島シンジのほっそりとした横顔を眺めながら、うっとりとした声で溜息をついた。恋に恋するお年頃が羨ましい。

 たしかに黙して語らないポーカーフェイスはミステリアスな魅力を漂わせている。ただ、今の私にとってはたぶんミステリーの方がしっくりする表現かもしれないなと思う。

「シンジ君、いつもムズかしそうな本を読んでるよね。楽しいのかな、あんな分厚い本」

 三島シンジの読書遍歴は幅が広く、背中に文学性とか教養みたいなものが滲み出ている。話しかけるなオーラを全身に纏いながら、窓辺で村上春樹の『風の歌を聴け』を読み耽り、時折物憂げに外の景色を眺め、涼やかな風の声に耳を澄ます。

 かと思いきやディストピア小説の金字塔であるらしいジョージ・オーウェル著『1984年』を貪るように読み、リチャード・ドーキンスの『盲目の時計職人』を経由し、『ウォール街のランダム・ウォーカー』に到達する乱読ぶり。どう見てもおよそ中学三年生らしからぬ選書である。

 彼の周囲四方だけは空気がやけに澄み切っていて、人里離れた山奥にひっそりと隠れた幽谷の霊廟みたいな雰囲気が満ち満ちている。おいそれと触れてはならない神秘の人。

 三島シンジを直接意識するようになったのは、彼と図書館のカウンター越しに接するようになったからだ。三年に進級してすぐ、半ば押し付けられるように図書委員に選出され、放課後の図書館で本の貸し借りの手伝いをするようになった。

 図書館は数名の教諭と図書委員の尽力によってなんとか運営されている。

 勤続三十余年だという学校専属の司書が退官してからは、半年以上も司書不在のままだ。もともと週に一日だけという約束だったはずなのに、仕事を頼まれると無下に断れない性格が重宝がられたのか、今では図書館の鍵を渡され、戸締りまで任されてしまった。

 放課後のカウンター当番の際、いやでも貸出記録を目にするから、三島シンジの読書歴の大半を把握している。読んでいない本を探す方が難しいぐらいの本の虫だ。

「真紀ちん、あたし見ちゃったんだけどさ」

「なにを?」

「昨日、シンジ君になにかもらってたよね。放課後に、屋上で」

 霧島綾は、こと三島シンジの話題となると相当にしつこい。ミーハー的な好意を隠そうともせず、あたしにも教えてよぉ、と無邪気にまとわりついてくる。

「何もらったの。もしかしてラブレター? どんなこと書いてあったの?」

「残念。手紙を貰っただけよ」

「ぜったいラブレターでしょう。だってシンジ君、毎日図書館に通いつめてるし」

 甘ったるい嬌声が教室内にこだまする。三島シンジがこちらをちらりと振り返った気がしたが、相変わらず目線は分厚い小説に向けられたままだった。

「それで、それで? 手紙にはなにが書いてあったの?」

 尻尾を左右にぴこぴこと振って、興奮を抑えられない調子でまとわりついてくる小犬のように、霧島綾は私の耳元に顔をぬっと近づけてきた。

「あたしにも教えてよう」

 ささやきと共に耳元に息がかかる。育ちつつある豊かな胸が押しつけられる格好となり、女の私でも少しだけドキドキする。ちょっと、いつの間にそんな技覚えたのよ。クラスの男子なら、イチコロの破壊力であることは間違いない。

 じゃれ合う私たち二人を見ながら、クラスの男子連中がにやついていた。遠巻きの男子のズボンの中央が心なしか膨らんでいるように見えたが、おそらく気のせい。見なかったことにする。粗雑で、がさつで、万年発情期の猿みたいな男子連中が教室内を占拠していることを思えば、三島シンジはどう見ても異質な雰囲気を醸し出している。

 特に、およそ中学生らしさの欠片もないという点において。親しくするような友人はなく、だからといって苛められる様子もない。不思議と一目置かれる孤高の存在。それがクラス内での共通認識だ。

 クラスの女子たちの好感度をハート型の赤い矢印にして視覚化したら、きっと両手では足りない数の矢が一カ所に集中することだろう。霧島綾もハートの矢を射るうちのひとり。

「黙ってないで早く教えてよ。ねえ、真紀ちん」

 自分のことを可愛いと信じて疑わない女子特有の甘やかな声が鬱陶しい。いつもはたいして気にならないが、今日はいつになく癇に障った。

 あの手紙の内容は、たとえ中学入学以来の腐れ縁であれ教えるつもりは毛頭ない。

 だって、あれは本当にラブレターじゃなかったのだから。それどころか普通の手紙ですらなかった。手渡された手紙に記された文面は誰にも言えるはずがない。

 そこには几帳面な字で、こう書いてあった。

 君を殺したい……と。

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とじる

返事はいらない

「返事は要らないから」

 図書館から屋上へと続く階段の踊り場で、三島シンジが言った言葉を思い返す。つい昨日のことだが、遥か遠い昔の出来事のようにも思える。私の手に半ば押しつけるようにして手渡された三つ折りの便箋。いったい私に何を伝えたかったのだろう。

 自室の椅子に腰掛け、机の二番目の引き出しの奥底に潜ませていた手紙を取り出した。手紙の内容が内容だけに、慎重を期して自室のドアに鍵もかけてある。

 君を殺したい、などという物騒極まりない言葉が書かれた手紙を隠し持っていたことが家族に知れたら、いったいどんな騒動に発展するだろうか。考えるだけで寒気がする。

 よくよく冷静になって考えてみれば、三島シンジから私へと手渡された手紙ではあるが、実際に書いたのが三島本人であるかどうかも判然としない。仮に本人が書いた物であったとしても何故あんな内容を書き記す必然性があったのか理解し難いし、受取人として私が選ばれた理由もよく分からない。

 俗に言う優等生の抱える心の闇なるものがあったとして無口な少年が心の内で静かなる殺人衝動を育てていたのだとしても、なぜその殺意の向く相手がよりによって私なのだ。

 たしかに図書委員をしている関係で、三島シンジとの接点はクラスの誰よりも多い。だが、それだけだ。本の貸し借りに伴う事務的な会話以外を交わした記憶はない。

 いや、ひとつだけ事務的な会話を逸脱した言葉があった。

 それもつい昨日のことだ。

「話したいことがあるんだ。ちょっと付いてきてくれるかな」

 気恥ずかしそうに私を誘った。

 もしかして、と少しだけ心が弾んだのを鮮明に覚えている。

 無言のまま連れてこられた図書館上の踊り場で、例の手紙を手渡した彼は一度もこちらを振り返らずに早足で去っていった。

 その場で手紙を読むのが惜しくて、鞄に押し込んで、大切に持ち帰った。今日と同じように自室に鍵をかけ、ベットに潜り込んで三つ折りの手紙を丁寧に開いた。

 そして凍りついた。

 君を殺したい? 

 何なのよ、これ。

 何が言いたいの、三島シンジ。

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とじる

ビリーのびりびりテレビ

 さっぱり食欲が湧かなかったが、母の呼ぶ声に仕方なしに応じた。

 何の変哲のないカレーの匂いが漂ってきて、いつもと変わらず母はテレビをつけっぱなしにしながら食事の準備をしていた。父の席にはサラダの準備がされていないところを見ると、今日もまた残業で遅くなるのだろう。変わり映えしない日常の光景に心の底から安堵する自分がいて、肉の少ない水っぽいカレーが最後の晩餐かのようにありがたく思えた。

「あらまあ物騒ね」

 情報番組を見ながら母が呟いた。高校一年生の女子生徒が同級生を殺害した、という事件があったらしい。母の視線はテレビに釘付けで、私の方など一切見ようともしない。

 思春期真っ只中の娘を持つ親なんてたぶんどこもこんな感じだろう。今日は学校でなにがあったのなんてこれっぽっちも聞かれもしないし、今日は学校でこんなことがあったよ、などと喜々として報告していたのは小学校の低学年までだ。

 殺害予告めいた手紙を貰ってしまったことを相談すべきか悩んだが、母さんはスプーンを手に持ったままテレビ画面を見つめっぱなしで、カレーを口元に運ぶ気配がない。どだい相談できるような雰囲気ではない。

「ご馳走さまでした」

 五分と経たずに食べ終え、食器を流しに持っていく。

「もう食べたの。せっかちね」

 のんびり屋の母はやっと一口目を口にした。

 食事が終わるまでは横にいるつもりだけど、亀のようにゆったりとしたペースでは番組が終わるまでは食べ終わらないだろう。話題が話題だから無性にチャンネルを変えたかったが、どうにも母が見入っているらしい。

 大御所のお笑い芸人であるビリーけんじが司会者を務める『ビリーのびりびりテレビ』は、ゲストに政治家や大学教授を迎える社会派な番組であるが、正直どこが面白いのか分からない。

 テレビ画面にフリップを持った宮内アナが大写しになった。朴訥な風貌なのに喋ると意外に毒舌なところが魅力で、主婦人気も高いらしい。

 母もたぶん番組自体には興味がなく、宮内アナが見たいだけなのだろう。

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とじる

ロボ・ト・ミー

「それにしても陰惨な事件でしたね」

 進行役の宮内アナウンサーがフリップを指し、悲痛な面持ちで事件の概要を説明した。

 都内の公立高校に通う女子生徒が後頭部を鈍器で殴られ、紐状のもので首を絞められたという事件である。

 死因は頸部圧迫による窒息死。

 遺体は頭部と右手首が切断されていて、遺体の発見されたマンションに親元を離れて一人暮らしをしていた同級生の女子生徒が緊急逮捕された。

 反省の色もない様子で

「人を殺して解体してみたかった。誰でもよかった」

 と供述しているという。

「中学生の頃から医学書を読み漁り、動物の解剖に熱中していたそうです。頭が良過ぎて、特殊な子だった、という報道もあるようですね」

 ゲスト席の紹介テロップには三島理人、肩書は「東京帝都大学教授・社会病理学者」と書かれている。イタリア製と思しきクラシカルなスーツを一分の隙もなく着こなした教授が、画面に向かって小さく会釈した。

「精神病質(サイコパス)の疑いのある娘を中学卒業と同時に一人暮らしさせたことに対して、親の監視責任を問う声もありますが、いかがお考えでしょうか」

 宮内アナの問いかけに三島教授は無表情で答えた。

「薬物療法にせよカウンセリングにせよ効果は限定的ですし、風邪薬のように飲んだらすく効くというものでもありません。ひとまず隔離し様子を見る、という対応はあながち批判されるものではないと考えます」

 表情を硬くした宮内アナが再び質問する。

「人格というのは人為的に変えられるものなのでしょうか」

「手段を選ばなければ可能です」

 三島教授が指し示したフリップボードには、人間のこめかみに細長い針が突き刺さっている奇妙な図が描かれている。

「これは?」

 宮内アナは図の説明を求めた。

「ロボトミー手術。いわゆる前頭葉切断手術です」

 三島教授は淡々と説明を続ける。

「ロボトミー手術は暴れる精神病患者を鎮静化する目的で発明されました。ロボトミーの開発者であるリスボン医科大学のアントニオ・エガス・モニス博士は一九四九年にノーベル生理学・医学賞も受賞しています」

「ノーベル賞ですか」

 宮内アナが感心したような声を上げる。

「当時としては画期的な手術だ、と評価されたのが受賞の決め手となりましたが」

 三島教授は冷ややかな声を発する。

「後年、悪魔の手術だと糾弾されるに至っています」

 騒がしかったスタジオ内の観覧席は、水を打ったような静寂に包まれた。

「ロボトミーは、こめかみに小さい穴を開け、その中に細い刃を突き刺し、手探りの勘頼みで前頭葉の白室を切断する、という大雑把な手術です。前頭葉は脳の中でも最も人間らしい知性活動を司っていると言われる部分で、正確な機能は未だ完全には把握されていません。それをとにかく切ってしまうという無謀な手術であり、薬物療法の発達と人権意識の高まりから一九六〇年代以降は徐々に下火になっていきました」

「実際に効果はあったのかい?」

 司会のビリーけんじが口を挟んだ。

「手術後、患者は楽天的でおしゃべりになるが、生活意欲が乏しく、外界の出来事に無関心になるケースが多かったと報告されています。この人格変化は当初、症状が改善したと見なされていましたが、後々、実態は人格改造ではないのか、という批判が噴出しました。当時は治療が不可能と目されていた精神的疾病が外科的手術で抑制できるという結果は注目に値するものでしたが、術後にてんかん発作や人格変化、無気力、抑制の欠如、衝動性などの重篤かつ不可逆な副作用が起こりました。術中死も少なくなかった、との報告もあります」

「たしかに悪魔の手術だな」

 痛ましい顔をしたビリーがしみじみと感想を漏らす。

「ロボトミーの発明者であるモニス博士は手術を行った患者に銃撃され、一九五五年に死亡したとされています。日本においても一九七七年にロボトミー患者による執刀医家族の刺殺事件が起こり、本来は暴れる精神病患者を鎮静する目的で発明された手術が何の効果も無かったと自ら証明してしまう、という不幸な結論に至っています。精神疾患を治すために施した外科手術によって狂人を生み出してしまったのです」

 ビリーけんじが三島教授に尋ねた。

「この娘、父親が弁護士だってんだろ。親が優秀だと子は狂うもんなのかい」

「一概にそうとは限りませんが、両親の優秀さと無関係ではないとする説もあります」

 三島教授はビリーの挑発じみた質問を軽く受け流した。

「あんた、子供は?」

 ビリーの不躾な質問に、三島教授は一瞬不愉快そうな表情を浮かべた。

「息子が一人おります」

「だったら、あんたんとこも気をつけた方がいいね。親がまともな方が危ないんだろう。 その点、おいらん家は安心だ」

「名誉棄損でまた訴えられちゃいますよ。余計なことは言わないでください」

 宮内アナがやんわりと窘める。

 ビリーけんじはへいへい、と頭を掻いた。

「これは仮定だが、もしも自分の子供がそうなったらあんたどうするの」

 ビリーけんじが挑発するような視線を差し向けるが、三島教授は動じた素振りひとつ見せなかった。

「ロボトミー手術だけは受けさせません。一九七五年にロボトミー手術の廃止が宣言されていますので、現在では手術自体が禁忌扱いとなっていますがね」

 やや間があってからビリーが大笑いした。親しげに三島教授の背中を叩く。

「あんた面白いね。また番組出てよ」

 宮内アナウンサーがビリーを制止する素振りを見せる。

「気安く叩かないでください。お偉い先生なんですから」

 すみません、と平謝りしながら宮内アナが尋ねた。

「こういう失礼な態度を取りがちな人間に対しては、どういう扱いがいいのでしょうか」

 三島教授はにこりともせずに答える。

「ひとまずは隔離ですね。薬物療法やカウンセリングには本人の協力が欠かせませんので、非協力的な態度が予想される場合は隔離措置が妥当であるでしょう」

「なるほど。そりゃ妥当だな」

 ビリーはからからと笑う。

「ところでバカに付ける薬ってのはないのかい?」

「もし実用化されたらお飲みになりますか」

 ビリーの唐突な問いに三島教授は質問で返した。

「おいらはバカなままで死にてえな。先も長くないだろうしな」

「その方がよろしいでしょう。人格を意のままに改造しようというのは神の領域ですから」

 宮内アナがわざとらしい溜め息をつく。

「つまりビリーさんは死ぬまでこのまんま、ってことですよね」

「うるせえやい」

 ビリーの鼻白む声とともに番組が終了した。

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とじる

誰でもいいから

 番組の収録が終わって、ビリーけんじが宮内に声をかけた。

「おう、ミヤ。この後ちょっと付き合いな」

 珍しい誘いである。

 いつもであれば、ふらりと気配を消すようにして黙って帰るか、行きつけの銀座のバーで一人グラスを傾けていることが多い。

 テレビ局の地下駐車場から、ビリーけんじと宮内はロールスロイスの後部座席に乗り込んだ。ビリークラスの大御所ともなれば当然のように運転手付きである。

 運転席と後部座席の間には可動式の仕切りがあり、ビリーは仕切りをぴしゃりと閉める。運転手にも聞かれたくない内容の会話をこれからするぞ、という合図である。

「最近あれだな。誰でもよかった、ってよく言うな」

 独り言のようなビリーの問いかけに宮内は黙って頷く。

「誰でもいいから殺したいって、どんな心理なんだろうな。ミヤ、お前さん誰か殺したいと思ったことあるかい」

 宮内は少しの躊躇もなく即答した。

「想像しただけで相手が死ぬのであれば、僕は番組中に何度もビリーさんを殺してますよ。ただし毎度毎度、ゾンビのように生き返っていますけどね。不死身なんですかね」

 真顔で答える宮内にビリーは苦笑する。

「ミヤ、お前も口が減らねえな」

「ビリーさんの無駄口を塞がねばならない、という職務に忠実なだけです」

「長え付き合いだ。そういうことにしといてやるよ」

 ビリーは鷹揚に頷いた。

「あの三島って教授についてはどう思ったよ」

「非常に頭が切れる方であると思いますが。人間味はまるでなかったですね」

「子供がいるか聞いたら、いるって言ってたな。ありゃ驚いた。そもそも結婚してたんだな。お前さんはいつまで経っても結婚できねえのにな」

 毎度の冷やかしはいつも通りに無視を決め込むことにする。

「ご子息がいると仰っていましたね」

 ビリーは腕組みをしてなんだか難しそうな顔をしていた。

「弁護士の娘が狂うぐらいなら、帝大教授の息子はもっと危ないと思うんだけどよ」

 宮内はビリーの直球過ぎる意見に思わず眉をひそめた。

「危険な発言を番組中に控えて頂いて心の底から感謝します」

 ビリーが意外そうな顔をした。

「もしかして言った方が良かったか?」

「絶対やめてください」

 ビリーは片頬に笑みを浮かべる。仕切りを開け、運転手に告げた。

「銀座のいつものバーに寄ってよ」

 どうやら今日は一人呑みではないらしい。

 話はだいぶ長くなりそうだ。

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人物の描き方が自然で面白いです!続きが気になります!

2

しるびやんけ様
コメントありがとうございます。ちょくちょく更新していきます。 

作者:神原月人

2018/9/2

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とじる

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