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モノコン2018の存在を9月1日に知り、急いで登録し書き上げました。初投稿です。
タイトル「notes」は「音符」と「彼女、彼らの記録」いう意味でつけました。
第1話では、ヴァイオリニストを目指す少年を、ある日悲劇が襲います。
このあと、彼女とその友達の話、その友達と祖父の話など、計6話で完結する予定です。

※ 9/29 第4話を投稿しました。

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目次

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第1話 初恋の人

 みんな一日の大半を、何を見つめて過ごしているのだろう。僕が毎日一番目にしていたものは、音符だった。

 母はヴァイオリニストで、父は指揮者をしている。僕は北海道で生まれた。小さい頃から音楽の英才教育を受けていたが、それを特に苦痛に感じたことはなかった。正式な訓練を受ける前から、おもちゃで遊ぶように母のヴァイオリンに触れ、「これはおもちゃじゃないし、すごく高いのよ」と母にたしなめられたが、肩が揺れ、髪は動き、そして唇の端がわずかにあがって、それが母の隠しきれない喜びを表していたと、当時の様子を父は語る。そんな家庭だ。

 僕は3歳からピアノを、4歳からヴァイオリンを習い始めた。大学の先生が教えに来てくれる音楽教室に通ったのだ。6歳のときに、1つ年下の少女が、そこに通い始めてきた。通い始めのその日から、僕は彼女のことを覚えている。

 なぜ覚えているのかというと、あまりにも怯えていたように見えたからだ。月日が経つにつれて、さすがに怯えは見られなくなっていったが、教室内で彼女の表情が柔らかくなることは、その後もあまりなかった。特に僕が演奏中は、緊張した面持ちを保っていた。自分が演奏しているとき以上に。

 僕の両親の教育方針は、音楽家である前に、まず人としてきちんとあれ、というものだった。そのおかげで、技術的な巧拙で人を判断するようなことはなかったし、自分の才能についても、努力は惜しまないが、他人をうらやむようなことはなく、自分の天分を発揮できれば、それでいいと考えるようになったいた。音楽は楽しむものだ。苦しんだり、人を苦しめたりするものではない。

 しかし、その教育の代償なのだろうか、僕は枠を超えた自由で個性的な演奏というものを、苦手としていた。きちんとしていること、良識を持つこと、それを無意識に考えてしまうようだった。感情を爆発させるような演奏ができなかった。僕の演奏はいつも丁寧で、それをとても褒められもしたが、自由な感情のほとばしりというものからは遠く、どこか堅かった。まるで彼女の表情のようだ。彼女の緊張した表情は、そのまま僕の演奏の評価のような気がした。

 それで僕は彼女を笑わせてみたいと思った。僕の演奏で、リラックスした、微笑んだような、やわらいだ表情になってくれたらいいと思うようになっていた。

 彼女の11歳の誕生日に、僕は自分に目隠しをして、足首には鈴を巻きつけて、ヴァイオリンでハッピバースデーを演奏した。普段の僕とは違う奇妙な格好だ。そして演奏も、いつものお手本のような演奏とは違って、思いがけなく調子の外れた音がして、自分でもおかしくなってしまい、演奏中に僕は笑ってしまった。演奏が終わって急いで目隠しを外すと、彼女も拍手をしながら笑っていた。鈴を鳴らそうと足を振っている姿がおかしかったのか、調子っ外れな音がしたのがおかしかったのか、僕が笑ってしまったのでつられて笑ったのか、理由はわからないが、とにかく笑ってくれたのが、とても嬉しかった。

 彼女はその後、中学受験に専念するということで音楽教室を辞め、合格後は東京に引っ越していった。でも、それまでの間、ときどき一緒に演奏をしたり、僕のヴァイオリンを聞いてもらったり、いずれにしても、もう彼女は緊張した表情をしていなかったので、少しユーモラスだったり、哀しかったりするような、丁寧さだけではない、そのときにしか出せない、そういう繊細な柔らかい音を奏でることができたと思っている。

 15歳のとき、僕はニューヨークにあるジュリアード音楽院プレカレッジに通う権利を得た。それはすごいことのように聞こえるかもしれないが、ジュリアードにはそんな生徒がたくさんいる。9歳とか、なかには6歳で入ってくる者もいる。そこは才能の塊が集うところだ。その中で僕は、一流のヴァイオリニストになれるかもしれないし、なれないかもしれない。どちらだって構わなかった。挑戦することが重要で、努力を怠らず、何よりも音楽を楽しんでいることが大切なんだと思ったからだ。しかしそれは、正論が言えなくなるほど、追い込まれたことがなかった、ということだけなのかもしれない。僕が幸運であり、まだ心にゆとりがあった、ということなのかもしれない。

 17歳の初夏、僕は一時的に帰国した。日本での久しぶりの生活を楽しみにしていた。東京で高校に進学した彼女も、夏休みには北海道に帰ってくるという。今の彼女はどんな表情をしているだろうか。僕の演奏を、どう感じてくれるだろうか。

 世界には音符があった。それは僕の運命であるようにも感じていた。だが、運命は良いことだけを運んでくるわけではない。この当たり前のことにようやく気がついたとき、しかし、気がついたからといって、それを受け入れられるようになるとは、限らないんだ。

 市販の風邪薬なんかで、なぜこんなことになるのだろう。スティーブンス・ジョンソン症候群。100万人に数人程度にしか起こらない皮膚や粘膜の過敏症。詳しい発症の機序はまだ不明だが、薬の副作用で起きると言われている。重症化すると命を落とす危険もある。一般用医薬品ではめったに起こらないらしいが、僕がたまたま飲んだ風邪薬は、僕の身にそれを引き起こした。

 3ヶ月の入院生活を送った。幸い、なのだろうか、一命を取り留めたが、そのかわり大切なものを失ってしまった。両眼の視力。回復の見込みはない。

 もちろん命が助かったときには、純粋にただ嬉しくて、何度も何度も感謝した。だが、少しずつ体力が回復していくにつれて、そして、両眼の視力はもう戻らないと告げられたとき、あれほど感謝した命なのに、なぜ奪ってくれなかったのかと、今度は何度も呪った。そして何夜も泣いた。泣いたといっても、後遺症で涙腺が破壊されている。涙は出ない。嗚咽を続けることしかできなかった。涙が出てくれれば、少しは楽になれたかもしれないのに、尽きることのない苦しみだけが心を支配していった。退院を許され、北海道の実家に戻ってからも、もう二度と楽譜を見ることができないと考えると、混乱した頭を鎮めることができなかった。冷静にこれからを考えることができなかった。正論を吐いて自分を奮い立たせることができない自分を、僕はどうすることもできなかった。

 自宅の庭には出られるくらいになったとき、母から来客があると告げられた。彼女だった。10月の祝日のことだった。僕は断る理由を考えることもできず、だけど、理由なく断ってはいけないと直感的に思ったのか、返事をできずにいた。こんな状態の人間。かける言葉が誰にだってわからない状態の人間。そんな僕を見舞いに来る勇気を、彼女が示している。音楽教室に来ることさえ怯えていたような彼女が奮い立ち、きっとあのときの緊張した表情で突っ立っている。こういうことは、全部あとになって考えたことだ。そのときの僕は、ただ茫然と立ち尽くしていただけだった。

 彼女は庭に入ってくると、公園に行こうと言った。そこには心地よい風が吹いているとも言った。その公園は、家から10分程度のところにあり、音楽教室の帰りに立ち寄って、ときどきヴァイオリンを弾いたりもしたところだ。僕は彼女の方に向き直ることもせず、立ち尽くしたままでいた。すると突然、彼女は僕の左肘をつかんだ。いや、触れた程度だろうか、だけど僕は驚いて、反射的に身を少し反らしてしまった。そのまま何もできずにじっとしていると、僕の意思を確認するかのように、彼女も左肘をつかんだまま、じっとしていた。そうして僕が少し俯くと、彼女はゆっくりと、とてもゆっくりと歩き出した。

 外の世界は怖い。ああ、あのときの緊張と怯え、5歳の彼女が初めて音楽教室に入ってきたときの表情、きっと僕は、あのときの彼女と同じ表情をしていたはずだ。彼女は何に怯えていたのだろう。彼女に聞いてみようか。いや、僕だって今、何を恐れているのかよくわかっていない。説明できるのなら、怖さは半分に、さらに半分にと減っていくことだろう。彼女はひたすら実況をしていた。ガードレールがある。前から3人の人が来る。10メートルくらい先には交差点がある。ただ目の前の事実を、淡々と教えてくれていた。とてもゆっくりと歩きながら。

 公園へ向かう坂道の途中までくると、彼女は少し休憩しようと言った。普通なら家からこの坂道まで5分程度なのに、3倍以上の時間をかけて歩いてきた。確かに少し疲れていた。彼女は鞄から四角い小さな紙パック入りの飲み物を取り出すと、僕にそれを手渡した。よく触ると、ストローを挿す位置はわかる。これはねと、彼女が何味か言おうとしたようなので、なぜか僕はそれを手で制して、黙ったままストローに口をつけた。「りんごだ」僕は彼女がいるであろう方向に顔を向けて言った。彼女が微笑んだような気がした。

 坂道に吹く風は、坂の途中ではあったけれど、心地よかった。季節はすっかり秋で、僕はジュリアードには戻っていない。そろそろ出発するのかと思ったとき、彼女が再び鞄から、何かを取り出す音が聞こえた。

「本当は公園で渡そうと思ったんだけど」

僕は、よくわからないままにそれを受け取ると、ノートのようなそれを開いてみた。指先でなぞって確認すると、小さな凹凸がある、点字だ。

「点字楽譜。もともと協会でパイプオルガンを演奏していたルイ・ブライユが、文字としての点字よりも先に、楽譜としての点字をつくったんだって。調べたの、余計なことかもしれないけど」彼女は、だんだんと消え入りそうな声でそう言って、それきり黙ってしまった。

 長い沈黙が続いた。僕はゆっくりと息を吸い、そして吐き出すと、点字楽譜を彼女に返しながら言った。

「まだ、駄目なんだ。音楽のことを、これからのことを考えようとすると、頭が混乱するんだ」そう言いながら、一方でそうじゃないという強い思いが、どこか奥の方から湧いてきた。

 僕は恐れているんだ。技術の巧拙は関係ないと言いながら、下手になってしまう自分を。音楽は楽しめばいいと言いながら、模範的な演奏ができなくなってしまう自分を。そして、目が見えないことで人から哀れみの目を向けれてしまうと思っている自分を。尊敬を集められなかったり、賞賛されなかったり、馬鹿だと思われたり、弱者だとみなされたり、そういうふうに自分を思いたくないし、思われたくもない。だからこの姿を、素直にそのまま世間に、目の前にいる人ひとりひとりに、さらけ出すことができないんだ。

「何も見えない、何も見えないんだ。田畑も、青空も、君の顔も、音符も、ヴァイオリンも、父も、母も、自分の姿形さえも、何も見えないんだ」僕は唇を震わせ、奥歯を噛み締め、俯いて、手で顔を覆おうとするが、どうせ涙は出ない、ただ無様に「何も見えない」と繰り返して、震えていることしかできなかった。

 すると、急にヴァイオリンの音が聞こえた。下手くそなヴァイオリンだ。鈴の音まで聞こえてくる。誰の誕生日でもないのにハッピバースデーだ。

 はは、冗談だろ、ここは坂道の途中だ、通行人だっているかもしれないし、車に乗ってる人にだって見られているぞ、と次々と思い浮かぶ中で、とにかくその下手くそなヴァイオリンが聞いていられない、そう思うと次の瞬間には、僕は彼女の手からヴァイオリンを奪い取って、鈴だけをやたらと一生懸命に鳴らしている彼女に合わせて、ヴァイオリンを弾いた。弓と弦と、そして共鳴する音とを、感情のままに解放するように。

「目隠しをしているだけだから」彼女が何かを言っていたが、よく聞き取れなかった。

「わたしがいつかその目隠しを取ってあげる」今度ははっきりと聞こえた。彼女は鈴を鳴らすのをやめて、大きな声でそう言った。

「いや、これは回復の見込みがないんだよ」僕もヴァイオリンを弾くのをやめ、真面目な顔で答えた。悲しそうに聞こえてしまったかもしれない。

「わたし、本気で勉強しているの。研究者になろうと思っているの」彼女は僕の真面目な顔に呼応するように、一層真面目な口調で言った。そうだったのか。知らなかった。

「ヴァイオリンはやめて、もう4年になるから、下手くそになっちゃったけど、闘志がみなぎってるの」闘志という似合わない言葉に、ちょっと笑いそうになってしまったけど、どうも本気だということは、とても伝わってきた。

「そうか、凄いな」これは素直な感想だった。

「でも大丈夫、さっき見えたんだ。音符や、街の風景や、君の顔が。笑って拍手をしている君の顔が」これも本当のことだ。

「鈴が鳴ると、たまに混ざっちゃって、よくわからなくもなるけど、君が音符になって、音符が君になって、君と音符が重なって」そう言い終わらないうちに、彼女はあの点字楽譜を、もう一度差し出し、僕の手に取らせた。

 表紙の点字に指を這わせると、まだ点字を学んでいないので、何が書いてあるかはわからないけど、少し濡れているような気がした。雨だろうか。それとも泣いていたのだろうか。

 

 雨粒なのか、涙なのかはわからないが、小さな水滴はまるで音符の玉のようで、これから音符に触れるたびに、いつでも彼女の姿が立ち昇り、微笑んでくれるのだと思うと、僕はたまらなく嬉しくなった。初恋の人が、いつも微笑んでくれるのだから。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/03)

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とじる

第2話 おたまじゃくし

 D。高校二年最初の模試も、D判定でした。言い訳はしようと思ったら、いくらでもできるかもしれないけど、ダメのDに思えてきて、結構つらい。それなりに一生懸命やっているつもりなんだけどな。どうしたら、もっと成績があがるんだろう。やっぱり無理なのかな。頭、悪いのかな…。だめだめ。模試くらいで、すぐネガティブになっちゃ、ダメ。上川君はもっと大変なんだから。私なんて大変なんかじゃない。家族と離れて、たった一人でニューヨークに行って、ジュリアードに入って、音楽の天才ばかりが集まる、あんなすごいところで世界と闘っている。私なら、絶対やっていけないだろうなあ。びくびくしっぱなしだし、その割に強情なところもあるし、取り柄もないし、面白くもないし、人見知りだし、ひとりとか、さみしいだろうな、こわいだろうな。でも、上川君は、いい人で、強い人で、負けない人だと思います。私はそう信じています。

 上川君の演奏を初めて聞いたときは、衝撃でした。全く隙のない音。文句のつけようのない演奏。私が幼すぎて、聴き分けられてないってこともあるかもしれないけど、CMとかで、職人さんが丹精込めて作り上げましたって言うような、日本の伝統芸能みたいな、そんな感じがしました。私、たとえ下手だな。

 私が音楽教室に通い始めたのは、5歳の頃です。正直に言うと、はじめは嫌、というか、こわくて、だって大学の先生が来るすごいところだって聞かされて、ピアノもヴァイオリンも好きだったけど、自分が一番下手なんじゃないかって思って、怒られるところしか想像できなくて、でも上川君の演奏が聞けたことは、本当によかったです。なんでこんなに上手いんだろうって、技術がすごいっていうのもあるけれど、なんていうのかな、丁寧な音、ものを丁寧に扱う人からこぼれてくる何か、人柄?考え方?気持ち?どうしたら、あんなふうに弾けるんだろう、どういう練習をしたら、あんなふうになれるんだろうって思いました。

 はじめは上手さに対する衝撃だったんですけど、だんだんと上川君の演奏に惹かれていって、そのうちに上川君に惹かれていって、つまり、こうやって好きになっていくんだなあと思って、そうしたら嫌われたくないし、丁寧に奏でるひとつひとつの音を、少しも聞き漏らしたくないと思うようになって、それで、上川君が演奏しているときは、一生懸命に聴きました。背筋をまっすぐにして、全神経を集中して。

 でも、意外な一面を見たこともあります。私が誕生日のとき、彼がヴァイオリンでハッピバースデーを演奏してくれたんです。目隠しに鈴っていうよくわからない格好だったんですけど、鈴が足首に巻かれていて、でも靴下が、靴下が左右で違ってるんです!それを見つけてしまって、あんなに完璧に見える人が、左右で違う靴下を履いてるって思うとおかしくて、今でも思い出すと笑ってしまいます!でも、それは私だけの秘密です。演奏はもちろん、目隠しをしていても、鈴をならしていても上手で、上川君も楽しそうで、私も嬉しくて、とてもいい思い出です。

 上川君の名前は「そう」っていいます。「奏でる」の「奏」、音楽をするために生まれてきたような名前で、うらやましいなあ。素敵な名前です。私は、たまき。環境の環で、たまき。女の子なのか男の子なのかわからないし、下手したら苗字みたいだし、「たま」「たま」言われてからかわれるし、猫みたいとか、サザエさん家はそっちじゃないぞとか、ちびまる子ちゃんネタとか、下ネタとか、男子は何でこんなことでからかうのが好きなんだろう。さすがに高校生にもなって、そんなことを言う男子はいなくなったけど、自分の名前は、正直何とも言えない、すごく嫌というわけではないけれど、気に入ってもいない。お母さんは「珠緒」だし、おばあちゃんなんか「玉」だし、家系だから、しょうがないのかな。

 ああ、でもひとつだけ、いいことがあります。それは何かというと、笑わないでほしいけど、それは、おたまじゃくしに愛着が湧いたことです。ええ何それって、思わないで下さい!私もちょっと思ってるけど。名前に「たま」が入っていると、勝手に親近感がわいちゃうんです。

 たまたまニュースを見ました。あああ、たまって自分で繰り返してる、気をつけなきゃ。iPS細胞。人工多能性幹細胞。人間の皮膚などの体細胞に、少数の因子を導入して培養することで、様々な組織や臓器を作り出すことができる。簡単に言うと、ほとんど何にでもなれる「万能性」をもつ細胞のことです。これを人工的に作り出すことができるようになって、それにノーベル生理学・医学賞が与えられたっていうニュースでした。もともと、始めのきっかけとなった研究は、おたまじゃくしを使った実験だったらしくて、私は小学3年生のときに、そのニュースの解説を聞いて、難しい部分はよくわかりませんでしたけど、「おたまじゃくし」「万能」という言葉に、単純にも「私」「夢」「魔法」の響きを感じてとってしまいました。医療に応用されれば、たくさんの人を救うことができるとも言っていて、前の年には東北で大きな地震があったんです。多くの人が亡くなって、そのときから私は、iPS細胞の研究者になりたいと思うようになりました。

 動機は単純でしたけど、この夢は割と長く続いていて、一回だけ、別の夢に浮気しそうになったこともあったけど、今でも、今はより一層かな、その道に進もうと思っています。中学受験のために、お父さんを一人北海道に残して、東京にも出てきて、合格もできて、専門的な本を読んでみたり、実現に向けて頑張ってはいるつもりなんですけど、第一希望の合格判定、D以外見たことがないんです!高校一年の始めから、今までずっと同じ大学を書き続けているんですけど、DDDDD。音楽だったら、メロディーにすらなっていない、ヴァイオリンなら、AでもBでも出せるのに!あれ、今でも出せるのかな?ずっと弾いてないから危ない気が…、うううん、さすがに出せる、きっと、出せる!と思う…

 それで、友達に相談しました。相談というか、愚痴をこぼしただけかな。愚痴って、改めて漢字で書くとすごいですね。それで、調べてみました。へえ、そうなんだ、もともとは仏教用語みたいです。愚痴 — 無知によって惑わされ,すべての事象に関して、その真理をみない心の状態をいう。心の迷い。莫迦の語源とされている — …的確すぎて、へこむ。でも、いい勉強になります。調べるのは好きです。新しいことを発見している感じがします。これは研究者に必要な資質だ、前向きにとらえておこう。

 友達の名前は花連。花が連なると書いて「かれん」、美しい名前の通り、バレエをしている同級生です。名が体を表す族の人です。でも、そんな花連に言われたのが、名前に似つかわしくかない言葉です。

「環はさあ、闘志がたりないんだよ」

 と、と、とうし??いや、私も闘志って言葉くらい、もちろん知っています。けど、花連の口から「闘志」なんて言葉を聞いたの初めてだし、人から「闘志がたりない」と言われたのも初めてだし、やる気がないとか、気合いがたりないとかなら、人生のお説教で一度くらいは言われるかもしれないけど、私、闘志が、たりないの?

 闘志と言われたときの私は、顔全体にあるものが、点々2つの目に、すごいちっちゃい丸の口、というだけの何とも描きやすい顔だったに違いないです。

「うちのおじいちゃんがさあ、よく言うんだよね。人生で一番大切なのは闘志じゃって、闘う意志じゃって。あたしは小さいときから、何回も言われてるからさあ、さすがにイヤじゃない?だから、この言葉、あんまり好きじゃないんだよねえ。言いたいことはわかるけど」

「けど、勉強について、あたしが環にアドバイスできるような気がしないからさ、思いついたのが、これだったのよねえ、ごめんね」

 

 花連は、私の点々の目をのぞき込んで、発言を待ってるみたいだけれど、私は何も思いつかないままで。ちょっと待って、早く、私の顔、戻ってきて!

「うーん、環はさあ、きっと一生懸命やってると思うから、闘志がたりないってことはないと思うんだけど、なんだろう、試験のとき、緊張するとか?おなか空いてるとか、痛いとか、ああ、疲れて眠いとか、あたしはよくある!長文読んでるとさあ、どこまで読んだかわからなくっちゃう、そんで何度も同じとこ読んでる、ここさっき読んだじゃん、みたいな」

「まだ2年生になったばかりだし、大丈夫だよきっと」

 とりあえずここまで、私は一言も発することができなくて、最後に「う、うん、そうだね、ありがとう」としか言えなかった。それくらい「闘志」という言葉は、私の頭の中にない言葉だった。

 そんなに手を抜いているつもりはないけれど、闘志がたりないのかなあ、闘志があったら、模試の成績、良くなるのかなあって、花連が冗談で言った言葉が、その日はずっと頭から離れなくて、闘志を獲得する冒険にでなければならないような気までしたくらいで、で、でも、私、闘ったら弱そう…。

 そういえば花連には、いいときも悪いときも生命力を感じる。見た目が華やかっていうこともあるけど、溢れる何か、やっぱり気合いなのかなあ、あれが闘志なのかなあ、よくわからないけど、力強さを感じる。体は細くて華奢なのに、力強い感じ、どういうことだろう?模試の成績をあげたいっていうのも忘れてはないけど、だんだんそれも気になってきた。

 花連の秘密をめぐる冒険。私は、花連の通うバレエ教室に見学のお願いをしました。花連が「見に来る?」って気軽に言ってくれて、習いたいわけではないので、迷惑がかかるかもしれないって思ったけど、教室の人がいいと言ってくれるなら、一度見て見たいと思いました。

 実際、見学に行ってよかったです。気がついたこととか、メモしてきました。そのうちのいくつかをあげてみたいと思います。

 1つ目は、

「基本の練習の徹底」

何日も見ていると、あ、1日だけじゃなくって、何度もお邪魔しちゃったんですけど、飽きるほど、退屈なほど、同じ動作を繰り返している。失礼な言い方になっちゃったかもしれないけど。覚えるということは、体に染み込ませて、それが日常に現れるくらい、自然に無意識にできるようになること、だから何となくいつもの振る舞いも綺麗なんだなあ、頑張って思い出しているうちは、まだまだなんだなあ。

 2つ目は、

「すべてを体の動きだけで表現すること」

バレエは喋っちゃいけないから、喜びも悲しみも苦悩も恋心も、伝えたいことを全部、体の動きだけで表さないといけない。それって無理なんじゃあ…って思ったけど、不思議ななことに、体の動きの方が、より印象に残ったりして、伝わってきたりすることもある。言葉も大事だけど、口先だけじゃだめで、行動で示すことの重みは、体を動かすことのエネルギーから生まれているのかも。

 3つ目は、

「手を伸ばしてはいけない、足を上げてはいけない、回転してはいけない」

これは矛盾してそうな言葉だけど、そうではなくて、こんなに回転できますよとか、こんなに足が上がりますよとか、それを見せるためにバレエの動きがあるわけではないということ。必要以上の動きは、自分のテクニックを見せびらかしている感じがして、見ている人に伝わってしまうと、肝心な伝えたい気持ちや物語とかが、受け取ってもらえなくなってしまうということ。

 そしてやっぱり、

「闘志」

確かに練習中、生徒さんたちからも先生からも、「やってやるんだ」っていう気概を感じた。あれはどこからくるのかと思ったけど、たぶんきっと、自分と闘ってる葛藤から生まれてるんだと思う。「こんなことができなくて悔しくないのか」「今あきらめたら、そういうふうに、あきらめるような自分でいいのか」とか「自分の弱気な心に負けない」とか、そういうことだ。そのためには気合いも必要で、でも気合いは、その一瞬の集中にかけるためのもので、闘志はもっと、続けて持つ心のあり方のような気がする。体調管理や食事制限や、バレリーナの人たちは、常に負けそうな心と闘っている。でも闘いは長いんだ。苦しんでばかりじゃだめで、上手なやり方を見つけないと。自分との闘いは、長期戦だから。

 最後におまけ。これはバレエを見ていて、私がちょっと思ったこと。恥ずかしいけど、自分の将来について、視野が狭くならないようにって意味を込めて。

「広い夢を持とう」

よく「夢は大きいほうがいい」って言うけど、この「大きい」というのは、「広い」ってニュアンスの方が近いかなって思いました。理想は高くっていうのもその通りだと思うけど、バレエの人なら、衣装やシューズを作る人、音楽を作る人、同じバレリーナでもソロで踊る人だけがバレリーナじゃないし、バレエという世界は本当に広い世界なんだと思いました。たとえ途中で怪我をしても、バレエ国にはいろいろな役割があるから、広い夢を持っていれば、バレエ国の住人として、バレエに貢献できる! 

 見学では、花連や他の生徒さんたちと一緒に、練習じゃなくて、バレエの鑑賞もさせてもらいました。舞台じゃなくて動画だったけど、それでもすごかった!「ボレロ」を見ました。素晴らしかったです。人間の、生きているものが放つ、まだ形にもなっていない根源的な、魂の震えのようなものを感じました。ジョルジュ・ドン、シルヴィ・ギエム、何人かのバレリーナのボレロを見せてもらって、同じ動き、同じ音楽のボレロなのに、でもやっぱり違うボレロ。ああ、これがその人らしさ、その人にしか出せないもの、個性なんだなあって、人間ってすごいなあって思いました。

 私も負けてはいられません。自分に負けてはいられない。だって、おたまじゃくしの研究は1962年、iPS細胞で作った網膜の、女性患者への初の移植手術は2014年、50年以上もかかっている。私はまだまだ、全然まだまだだ。闘いは長期戦なんだぞ。闘うんだ、闘うんだ私、闘え環!世界は、発見されても、もうわかったつもりでも、知り尽くせないほど、とても広いんだ。そんな広い世界なんだから、私だって何にでもなれる。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/06)

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【モノコン2018物語部門 予選通過のお知らせ】読ませていただいたものはまだ途中ですがが、今後もきっと素晴らしいはずと、しっかりと期待を抱かされてしまいました。それぞれの登場人物がどう交差しどう成長していくのか。楽しみにしています。

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コメントありがとうございます。書いたものを評価して頂けて、ただただ嬉しいです!なるべく早く続きを書いて、そして何より最後までしっかりと書き切りたいと思います。

作者:文彦

2018/9/11

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とじる

第3話 人体動作のアルファベット

 抹茶味のパルムは神の食べ物である。しかし、それゆえに近づきがたい。学生にとってはそういう存在だ。ああ、その香りだけで、あたしの記憶はくすぐられ、その深緑と交わる紅は、官能ならぬ甘脳の喜びに、おお、禁断の果実はこのような味であったかと、そのときまさに、イヴとあたしは一体になるのである —

「花連すごいねえ。アイスクリームの食べたさを、こんなすてきに表現する人いないよ」

環は普通に感心している。おどける方はその甲斐がないが、花連も、環がそういう人だということは知っている。目的はそこではないのだ。

「じゃあ、あそこのコンビニにパルムがあったら、買おう」

 バレエ教室の見学のお礼に、環は花連にアイスをおごってあげる約束をしていた。

「うぉお、やったあ」

 花連、人生の目的、達成である。

 高校2年の一学期が終わった。幼なじみのヴァイオリニストに会う。環はそれを夏休みの楽しみにしていた。しかし、少し前から風邪をこじらせたとかで、入院しているらしい。病気がうつってはいけないからと、彼の両親に面会を断られている。何か変だなという気もした。しかし、あまり詮索してはいけないという思いもあった。人に言ったりもしない方がいいのだろうか。付き合っているわけではない、幼なじみという立場。環は思案していた。ニューヨークから東京へ、一時的とはいえ、一時的だからだろうか、現実の距離が急速に縮まると、なおさら距離感がつかみにくい。

 それでも友達の花連のひとことをきっかけに「闘志」という新しい言葉を発見した。この熱苦しさが、逆に新鮮で、環はその感じを割と気に入っていた。夏休み中に勉強も頑張ろうという気持ちになっていて、花連と並んで歩いていると、怖気づくことなく、颯爽と歩こうという気にもなって、陽射しの強さに、汗がにじむ。

 抹茶パルムを手に入れた花連は、コンビニから出るとすぐに、喜びを回転で表現した。軸はぶれない。「すごい」と環はまた素直に感心する。

「それにしても、暑いねえ」アイスの実を一つ口に入れ、環は言った。

「ほんと、早く食べないとパル」ムよりも食べる方が優先順位は高い。

 花連はいろいろなものの優先順位が、はっきりしている。おとなしそうとか、お嬢様っぽいとか、見た目で判断されがちだが、「バレエの激しさわかる?おしとやかだったら絶対に続けられないよ」と言っている。「バレエの淑やかさは、自制による静謐な美しさである。有るものを隠そうとする美しさだ」花連の先輩が、大学の美学の講義で聞いた言葉らしい。花連はときどき先輩と会って、そういった話を聞いていた。

「でも、本当に、見学させてくれてありがとうね。お祖父さんにもよろしく言っておいて」環はきっかけをくれた花連のお祖父さんにも、アイスを買ってあげた方がいいかなと思った。

「うん、でもおじいちゃん、最近、記憶がちょっと、あぶないんだよねえ」食べながらだからか、この話題だからか、途切れ途切れに花連は話した。足取りは変わっていないから、きっと大丈夫だろうと思い、環は続けた。

「もしかして、ちょっと認知症的な感じなの?」

「もうすぐ、90だからね、仕方がないよ。今まで、元気にしてた方だよ」

 花連の祖父は元警察官だ。退職してからも剣道の稽古をかかさなかったが、8年ほど前に一度倒れてから、運動は控えめになり、それから少しずつ言葉がおぼつかなくなって、今では施設にいて、寝たきりと言ってもいい状態だろうか。

 花連は元気な祖父の姿を思い出していた。バレエを習いだして間もない頃のことだ。あの頃は、自宅の庭で、祖父は剣道、花連はバレエという謎の合同練習をしていた。「バレエは好きか?」祖父が唐突に尋ねたことがある。「うん」一瞬のためらいもなく、そう答えた。今日と同じように、暑かったその日の祖父の笑顔を、花連は思い出していた。

 花連は優柔不断な性格ではないが、進路については迷いが生まれ始めていた。バレエを続けてそれを仕事にしたいのか、違った道を選択した方が良いのか。最近、バレエが好きかどうか、はっきりとは言えなくなっていた。バレエが嫌いになったということではない。踊ることが、もしかすると、単に体を動かすことが好きなだけで、バレエでなくてもいいのではないかという疑問。その小さな疑問で、揺れてしまう自分がいた。苦しくなったときに耐える自信が、揺らいでしまうのではないか。けれども、悩むことは好きではない。そういうことはなかったことにしておくのが、自分らしいと花連は思っている。

 上空ではヘリコプターが、高速で羽を回転させて、青い空の向こうへと二人を追い抜いていった。ヘリコプターのように、トンボはホバリングをして留まったり、宙返りをしたり、頑張れば少しくらいバックもできるって言っていたなあ、二人は同じように空を見上げながら、この前の生物の授業の話をぼんやりと思った。

 6月を過ぎた頃から、札幌にある湖の周辺には、青色の蜻蛉が姿をあらわす。誰が言い出したのだろうか、それは幸せを運ぶともいわれている。大きな湖から足元に目を移したとき、草の上に小さな瑠璃色の蜻蛉を見つければ、幸福を見つけたのだと思っても、それは確かに真実のような気がする。動きたい。動けるようになりたい。動きたくない。動けない。翅をもぎ取られた蜻蛉の方がましだと思えるほど、何もできない体がひとつ、病室にはあった。衣服やシーツが皮膚と癒着してしまうと、それを剥がすたびに激痛が走る。命さえ取り留めれば、皮膚は自然に元の状態に戻るらしいが、今は、この苦しみから解放されるような気がしない。このまま永遠に、何も動かない暗闇の中で、留まったままなのではないだろうか。奏は、北海道の病室で、入り口も出口もわからなくなってしまったトンネルの中にいた。

 上空では、雲の上に虹が見えていた。雲をスクリーンとして、そこに虹色の輪が映る。大気現象のひとつだ。条件が整わないと見えないが、奏は飛行機の中から、それを見たことがあった。地上からは見えないので、今、環と花連はそれに気づきようもなく、「おなかヘリコプター」「あたしもおなかヘリコプター」と言って、それを合図にふたたび歩き始めていた。

 その同じ週の土曜日、花連は、大学に通っているバレエ教室の先輩に会うことになっていた。三歳年上の大学二年生。今日は先輩の彼氏も一緒に来る。彼氏といっても、花連もよく知っている同じバレエ教室出身の人だ。先輩たちは、ちょうど今の花連の歳くらいのときに付き合い始めて、二人一緒に関西の大学でバレエを専攻している。

 先に喫茶店に着いていた花連は、店内の音楽に耳を傾けていた。ドン・キホーテのグラン・パ・ド・ドゥで使われる曲だ。パ・ド・ドゥは二人のステップという意味で、男女二人による踊りを意味する。バレエのドン・キホーテでは、主役はドン・キホーテではなく、このパ・ド・ドゥを踊る二人だ。

 やがて、先輩たちが店内に入ってきたが、二人そろっているとやはり目立つ。BGMまでぴったりだ。二人の足の運び、つながれた手、大きさの違うふたつの腕時計、そして曲に気がついて、花連を見ながら小さくポーズをとる、うらやましいと感じる自分を隠したくて、花連は椅子から立ち上がり、現実に立ち戻って、公平な笑顔であいさつをした。

「茉莉香、今日は食べる?」悠希が尋ねた。「食べる!」二人は今日は食べてもいい日らしい。楽しそうに相談しながら、パンケーキやクリームソーダなど、いつものイメージとは違う可愛らしいものを注文した。花連はフルーツと野菜のスムージーを頼んだ。パンケーキは少し分けてもらうことになった。

 運ばれてきたクリームソーダは、仕切りのあるひとつのグラスに、赤と緑の二種類のソーダが入っていて、上にはホイップクリームとアイスクリームがのっている。とても綺麗で、茉莉香はそれを見てはしゃいでいた。ずっとあこがれの存在である美しい人が、クリームソーダにはしゃぐさまを見て、それに、ひとつの器にふたつの色があって、泡が浮かんでは消えていく様子が、何か幻想的な感じもして、花連にも自然と笑みが浮かんだ。

 ひとしきり近況の報告や、たわいのない話をした後、花連は自分からはあまりしないタイプの質問をした。

「大学、楽しいですか」

 

 二人は顔を見合わせた後、悠希の方が答えた。

「楽しいよ。ずっとバレエをしていられるし、もちろん身体的にはきついと言えばきついけど、親元離れて暮らすっていうのもさ、自由にできて楽しいよ」

 カップやスプーンから手を離し、悠希は花連を真っ直ぐ見据えている。何となく違うと感じたのか、悠希はバレエ以外の話題に変えてみた。

「日舞とか、コンテンポラリー・ダンスとか、演劇、舞台芸術全般、いろいろなことが学べるよ」花連が上げた視線を悠希がとらえると、微笑み返し、それから茉莉香の方に顔を向けた。

 茉莉香は息を深く吸って、ゆっくりと、緊張が解けたあとのためいきのように語り出した。

「バレエはさ、やっぱり大変だよね、好きなものも食べられないし。生活がそれに支配されちゃう感じもあるしね」

「私は辞めようかなって思ったことは何回かあって」

「でもさ、嫌いじゃないんだよね、何となく、つらくなったりするの」

「そんなとき、これはバレエだけじゃないんだけど、あることをしていると、それ以外のことをしなくちゃいけない場面がでてくるでしょ、そのとき、思いもよらない発見があって、ああ、こういうの好きだなってものに出会ったりもするのね」

「このあいだも必修科目で取らなきゃいけない授業があって、結構好きだなって話に出会ったの。楽譜の話」

 ああ、と悠希が声をあげたので、夏休み明けの試験に出るから悠希が話してみて、チェックしてあげると茉莉香はからかうように悠希に振った。悠希は、お、おれ?という顔をしながらも、これが出くわした、やらなくちゃいけないことだなと思って苦笑した。

「花連ちゃん、バレエにも楽譜みたいなものがあるって知ってた?」知らなかった。そして、何の話を始めるのだろうと、花連はきょとんとした。

「そうだよね、実際踊るとき、僕たち使ってないもんね」

「舞踏譜っていうんだ。昔は今みたいに動画とかないでしょ。だから基本的には口頭で伝えて、体で覚えていくしかない。でも、それでは踊り手の頭にあるものを、特定の人にしか伝えられないし、残せない」

「それで、体の動きを記号化して、楽譜のように残すことを考えた人たちがいたんだ」

「いろいろな人たちが、さまざまな記法を考えたらしいよ。有名なところでは、19世紀にステパノフが『人体動作のアルファベット』を書いた。これによって『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』が記録されて、他の国で公演するするときに役立ったそうだよ」

「20世紀には、ラバンが考案した記法『ラバノテーション』が生まれた。これが今一番有名で、ロイヤルバレエ団も採用していて、その付属学校の必修科目にもなっているらしい」

「それでも、音楽の楽譜ほど記法が統一されたわけではないから、すごく広く使われているってわけじゃない。やっぱり体の動きを記号化して分類するっていうのは、難しいんだね」

「もちろん音楽も、音符になっている音だけが、すべてではないけどね」悠希はそう言い終わると、神妙な顔で花連の様子を確認し、今度は試験の出来が満足な学生の顔をして、左隣の茉莉香に視線を送った。

 分類されない微妙な音。作曲者の頭の中では鳴っていたかもしれない、拾われなかった音。それらは当然、楽譜には残っていない。

 楽譜は、彼らが作りたかった音楽を残してはくれている。けれど、その曲にまつわるすべてを伝えてはくれない。音楽のようにすごく整備された記法があっても、それだけでは伝えらない。残せない。

 そこにあったはずのもの。時間とともに消えてしまうもの。記号にならなかった存在。それは記録を頼りに想像して補うしかない。

「そういうもやもやしたものを含めて、バレエ全体、好き全体ってことで、いいんじゃないかな」茉莉香は、半分は花連のために、半分は自分のために、そう結んだ。

 先輩と別れたあと、花連は祖父のいる施設を訪れた。もう夕方になろうとしていたので、短い時間だけ顔を見せて帰ろうと思っていた。部屋にはじっと動かない祖父がいた。寝ているのかな?まさか死んでいるの?不謹慎にも小さな断片が頭をよぎってしまった。動かない体と死体と、何が違うのだろう。わかっている。違うことは、十分にわかっている。でも一瞬だけ、小さな疑問のかけらが宙に浮かび、とまどいを生じさせ、消えていった。

あたしだって、一緒なのではないか。

動作するものと、動作しないもの。

記録されるものと、記録されないもの。

存在するものと、存在しなくなるもの。

「か、れん、バ、レエは、すき、か?」

 唐突に祖父が尋ねた。眠っていると思っていたので、ふいをつかれて驚いた。黙ったまましばらく返事ができなかった。しかしそれは、驚きのせいだけではなかった。自分の中に生じた一瞬のためらい。

「うん」沈黙のあと、ようやくそう答えた。

「おと、な、に、なった、なあ、か、れん」

祖父は、ぽつり、ぽつりと、空白の時間をともないながら呟いた。あるいは夢の中の独り言だったのかもしれない。

 今はわからない。何が好きなのか。誰が、好きなのか。その感情の種類の多さやあいまいさに、とまどっている。この形にならないもやもやしたものを消し去って、動き出そうと考えることもできる。でも、ためらいやとまどいを捨ててしまってはいけない気もする。表されなかった何かが、そこにあるんじゃないの?音符にならなかった音。記号にならなかった動作。宙に消える泡。

 花連は部屋を出たあと、廊下を足早に歩いていった。窓ガラスをすり抜けてくる夕日の粒子が、花連の頬に、廊下の壁にあたっていた。すり抜けてこなかったものは? すり抜けてこなかったものたちは、どこへ行くのだろう。消えていくものたちの行方を追うように、花連は立ち止まって窓の外へ目を向けた。どうか、ためらいよ、わたしになれ。

 ふたたび歩き出した花連は、ためらい入りの抹茶パルムの味を想像して、今度環に会ったら話してみようと思った。

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第4話 — プロローグ — 行進

太鼓の音が聞こえてくるよ。どんどん、だんだん、聞こえてくるよ。

フルート、ピッコロ、クラリネット、トランペットにユーフォにチューバ。なかよく、こちらに近づいて来るよ。

手を振る人がたくさんいるよ。旗振る人が行進するよ。くるくる回って、ぽんぽん跳ねて、右や左や前や後ろに、きれいな衣装が揺れているよ。

心おどらす曲が響くよ。風船、シャボン玉、ゆらゆら揺れて、赤や黄色や青や緑や、いろんな色が飛んでいくんだ。

たくさんの人が通っていくよ。歌って、踊って、通っていくよ。前へ前へと、進んでいくんだ。

ぼくたち、みんな変わっていくよ。色とりどりに変わっていくんだ。

変わっていくけど、忘れないよ。

今日は楽しいパレードなんだ。

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第4話 役に立つ

「パレードって、何もかも楽しいはずなのに、どうして哀しいんだろう?」

昨夜、環は勉強中のBGMを探していて、パレードの動画に行き着いた。流れてきた音楽と映像に、どういうわけか涙を誘われた。

「あああ、たしかに!あたしもそう」花連は続けた。「0.5 哀しい」

「0.5 ?」環は、急に数字が出てきたことに驚いている。

「そう。1 じゃなくて、0.5 の哀しさ」

なるほど、確率の授業を終えたばかりだったからか。降水確率 50 % のくもり空、そんな哀しさということなのだろうか。100 % の秋晴れにふと感じる哀しさも、パレードに近いかもしれない。

「花連もそうかあ」と環は安堵しながら、「私が病んでいるのかと思った」と冗談めかして言った。

 

 結局、哀しさの正体は何なんだろう。パレードが終わったあとの虚無感?華やかな行列のすぐ横に存在する日常とのギャップ?感じた瞬間、感じられなくなってしまう脆い一体感?もう戻ることができない幼いころへの郷愁?

 いずれにしても、行進が一度始まってしまえば、立ち止まってはくれない。戻ってきてはくれない。行ってほしくないとどれだけ願っても、パレードは行ってしまう。

 * *

 軍靴の音を聞いた。英一は、幼いころに軍事行進を見た。規律のとれた端正な美しさと力強さ、同時に身震いする恐怖を感じた。国を守るために戦う人々であると教えられ、一本気な性格の少年は、時が来れば自分も戦うのだと心に誓った。

 花連の祖父・英一が生まれたのは1929年、世界恐慌の年である。すでに電車や地下鉄は開通し、ラジオ放送は開始され、家庭には電気、ガス、水道が引かれていた。デパートができ、デコレーションケーキの販売も始まって、生活は便利に、彩り豊かになっていた。

 しかしその後に続く、昭和恐慌、満州事変、国際連盟脱退と、時代のうねりは大きくなっていき、否も応もなく人々を飲み込んでいった。

 そして、第二次世界大戦が始まった。

 徴兵制による兵役義務は20歳からであったが、戦況が困難を極めると、1944年には17歳からになり、それにともなって、志願兵の年齢制限も14歳に引き下げられた。

 1944年、英一は15歳になり、少年飛行兵となった。

 * *

 

 9月の始めのある夜、東京の環のもとに、ひとつの知らせが入った。北海道で入院している奏の母親からである。病気のこと、退院のめどがたったこと、目が見えなくなったこと、本当のことを言えなくて申し訳なかったというようなことが書かれていた。

 環はすぐに北海道に行きたいと思った。行かなければいけないと思った。でも、どうやって。東京と北海道。夏休みも終わってしまった。学校が始まり、行事や定期テストも控えている。そして、北海道に行ったって、私に何ができるというのか。何を言ったらいいのか。環はいてもたってもいられない焦りと、自分の無力さを自覚しろという声が入り混じって、その動揺を抑えようと部屋の中を歩き回り、階段を降りて、冷蔵庫を開け、お茶を一杯グラスに注ぐと、居間にいた母に相談しようかと思った。

 まだだ、もう少し心を整理しないと、私が何を言い出すかわからない。考えて、調べて、いつもの私に戻るんだ。呼吸が浅くなっていることに気がつくと、ひとくち冷たいお茶を飲み込んで、息を整えた。

 * *

 第二次世界大戦末期、陸軍少年飛行兵学校では、わずか1年の訓練期間ののち、少年兵たちを戦地へ送り出していた。そうせざるを得ないほど、戦力が不足していたのだ。

 操縦、通信、整備などの訓練があった。国を守るため、家族を守るために、命を捨てる気概を持ち、生きて恥をさらすより、潔く散ることが名誉であると教えられた。純粋な正義感にあふれる少年たちは、国家のために命をかける先輩兵たちの姿をみて、自らの精神の純度を高め、出撃の命令を授かれば、死をもって戦果をあげることが、当然の務めであり、栄誉であると考えるようになっていた。

 

 学校の宿舎には、厳しい訓練をともに耐え、励ましあい、笑いあう友や先輩兵がいた。その中に、とりわけ英一が兄と慕った先輩・修治がいた。彼には母、姉、兄、妹がいた。父はすでに戦死しており、兄は兵役検査で不合格となっていた。

 修治は明るかった。冗談をいい、歌を歌い、10代半ばの少年たちの中心であり、支えとなっていた。「自分が一番機となって、真っ先に行く」死の覚悟と明るさとの共存が、そのときの少年兵たちに見られた不思議さの一つであった。

 1945年、前線に送られた。実戦を何度か経験した。そのとき英一は負傷したが、修治も英一も生きながらえていた。

 * *

 

 人間は何にでも慣れてしまうものだ。朝、目が覚めて、何も見えないという状況にも、当たり前を感じてしまう。それ以前がどうであったか、そちらの方がはっきりと思い出せない。慣れが、理屈よりも事実を受け入れさせる。北海道の病室で、奏の父は花瓶の水を取り替えた後、陽が当たらないようにカーテンを半分だけ引き、ベットの横に座った。

「そろそろ退院もできそうで、ひとまず安心だ」父は低い穏やかな声で言った。

 最近の奏は思考ができないかのように、ぼうっとしている。笑顔も時折見せるが、快活さが失われているのは自分でもわかる。

「退院をすれば、日常の生活に少しずつ戻ることになるな」

「でも、父さんはあせる必要はないと思っているよ」父は淡々と続けた。

「奏は今まで忙しすぎた」

「普通の十代がするようなことも、音楽のために犠牲、とまでは言わないが、他のことをする時間が取れなかったのは事実だ」

「音楽以外の話を、こうしてゆっくりすることも、あまりなかったしな」

 そんなものなのかな、という思いが奏はして、自分のことのようには感じられなかったが、確かに父と音楽以外の話をしたことがあまりなかった。

「父さんは奏の演奏を美しいと思っている」

「結局、音楽の話になってしまっているが」父は苦笑いした。

「親馬鹿だと思われても、私は癒され、美しさを感じている」

父はこれまでにも演奏を褒めてきたが、音楽以外の話をしようとして、出てきたのがこの言葉だ。奏は父なりの思いを感じていた。

「演奏家の道に戻れと言っているのではないよ。別の道に進んだとしても、奏の力を信じている、そのときにも、私は同じように感じ入るだろうということを伝えたいんだ」

「音楽は、芸術は、本来文脈の外では、本当の理解ができないものだ思っている」少し、唐突過ぎたろうかと父は思った。

「生きることもそうじゃないだろうか。奏は今、自分の物語を紡いでいる最中だ。私だってそうだ」

 最後に何か言い足そうしたが、的確な言葉は肉親にだってわからない。何か必要なものはないかと聞いたあと、父は立ち上がり、また明後日来るよと言って、病室を出ていった。

 * *

 環は花連の部屋に来ていた。考えてきたこと、悩んでいることを誰かに話したいと思った。環はこれまで奏のことを、花連にあまり話してこなかった。何となく、自慢げに話していると思われたくなかったから、そういう幼馴染がいると、数回語ったことがある程度だった。でも今は、打ち明けないと胸を締めつける感じが広がっていきそうで、話したいと思った。

「私が行ったって、何もできないと思う」

環が行って何ができるのか。今、何て言ってあげればよいのか、花連にもわからない。思いつく言葉はただ一つ。

「行こうよ!」花連はそれ以外の言葉は、どうしても違うと思った。

「何もできなくたって、何も言わなくたっていいじゃん」

「今日ここに来たのと、同じでいいじゃない」

 

 花連の言う通り、環はまとまりのつかないままで、ここに来ていた。でもそれは花連が友達だから。奏は幼馴染で、よく知ってはいるけれど、過ごした時間と同じくらい、離れて住んでいる時間も長くて、かける言葉を間違ってしまったら、あれ?私、格好をつけようとしている?いいことを言って、よく思われようとしている?環がそう思っていると、花連は急に立ち上がり、「よし、準備しよう!」と言った。

「い、いまから?まだ、行くとしても、まだ —」環はあわてている。

「わかってる。環は、前もってしっかり準備する派、でしょ」と言って、「だから準備をするの」花連は少し楽しそうに、大丈夫というふうに首をかしげて微笑むが、意を決したときの彼女の行動はすばやかった。

 * *

 前線での負傷から1ヶ月後、英一は修治とともに特攻作戦を行う部隊の隊員となった。「特攻隊員」だ。機体ごと敵機や艦隊に突撃する訓練を繰り返した。生きて還れないことは知っていた。それでも、これまでに見聞きした先輩兵たちの勇猛な最後に、祖国のために早く自分も役に立ちたいという思いが、英一にはあった。

 1945年5月、特攻のときが近づく。しかし、英一は悔しさを抱いていた。特攻機に乗り込む修治たちを護衛する役目を任されたからだ。護衛機に乗り、特攻機を守り、最後を見届け、状況を報告しなければならない。次の特攻に活かすためだ。いい役目についたものだと言うものもいた。だが、特攻機に乗るものが死んでいく中、自分だけが生き残って還るのは、屈辱であった。実際、特攻を目の当たりにし感極まって、爆弾も搭載していない護衛機で、突撃するものもあったという。

 出撃の6日前、修治は急に「死にたくない」と言い出した。これまで一度も彼の口から聞いたことのない言葉だった。それまでの彼とは一転して、ふさぎ込み、ある晩は泣いて取り乱した。「お国のために死ぬことはできない。家族も守れない。おれは役立たずな駄目な人間だ」修治はそう言って、泣いていた。あれほど明るく勇ましかった修治が、突撃の命を誉れだと言っていたものが、確実な死を間近にすると、このようになるのかと英一は驚いた。

 英一は、負傷した箇所の悪化を理由に、護衛の任からも外された。機体整備を命じられた。整備兵も圧倒的に不足していたのだ。これで確実に死なずにすむなと言われ、いっそう屈辱感を強めた。自分も早く栄誉ある命令を頂きたい、修治に代わって、自分が特攻の任につきたいとすら思った。

 出撃前日、修治の取り乱しは一転して、静かな諦観へと変わっていた。英一は修治から遺書と懐中時計を受け取った。「これを金に換えて、妹に何か買ってやってほしい」

 出撃当日、妹をよろしく頼むと言って、修治は飛び立っていった。特攻機で飛び立ち、生還したものを英一は見たことがなかった。

 * *

 軍機の音が近づいてくる。どんどんこっちへ近づいてくる。轟音と閃光と爆発音と熱風と飛び散る破片、吹き飛んだ。あらゆるものが吹き飛んだかに思われた。

 視界に入るもので動いているものは、燃える炎と崩れる家屋。少女は我慢できずに泣き叫んだ。

「おにいちゃあん!たすけてええ!!」

 頭が真っ白になった。絶叫した。世界が壊れれば、こんな世界、壊れてしまえばいいと思った。爆撃を受けたあとの街は、破壊されている。それでも、もっと粉々に、何一つ思い出せなくなるほど、自分ごと粉々になって、消えてしまえばいいと思った。

  * *

 

 英一は修治の遺書を読んだ。 

 

 特攻1週間前に、修治は一通の手紙を受け取っていた。手紙には残してきた修治の家族の知らせが書いてあった。母、姉、兄が空襲で死んだことが伝えられた。妹だけがひとり生き残った。父はすでに戦死している。修治は自分が死ねば、まだ5歳の妹はどうなるかと考えた。生きて妹を守らなければならない。死ぬわけにはいかない。しかし、自分だけがそういった境遇だったわけではない。特攻の命令は下りている。国を守らなければならない。しかし…。遺書には修治の1週間の苦しみと、最後の決意と、これまでの感謝とが綴られていた。妹への手紙も同封されていた。

 * *

 修治が死んだ特攻作戦から3ヶ月後、戦争は終結した。

 * *

 敗戦から1年ほどが経過したころ、英一は修治の妹を連れて、街の市場に来ていた。物資はまだ不足していたが、それでも食料や生活必需品だけでなく、レコードや雑誌などを買い求める人々の姿もかなり見られた。

「あれ、なあに?」

少女が指をさす先には、かがみ込んで何やら熱心に選んでいる女性がいた。女性は化粧品を手に取っていた。

 戦前には、婦人雑誌だけでなく、少女雑誌にも化粧品の広告が載っていた。女学校に通うような、それなりに裕福な人々に向けてではあったが、クリームや口紅の宣伝文句には、美しさや可愛らしさへの欲求が見て取れた。戦争が始まると、物資の不足から化粧品自体の製造量が減り、戦時の気風に合わないという理由もあって、広告は掲載されなくなった。しかし人々が求めるものは変わらない。戦争が終わると、化粧品の販売もやがて再開され、華やかなものも、徐々に市場に出回るようになっていた。

 英一は、女の人をじっと見ている少女の手を引いて、その場を立ち去ろうしながら言った。

「ああ、あれは、お化粧品だ。きれいになるために、顔につけたりするんだよ」

「おまえには、まだ —」

 そこまで言ったとき、はたと気がついた。この子は、母親の化粧をする姿を見て、白粉をつけてみるなんてこともできない。

— 妹をよろしく頼む

 英一は化粧品の売り場に近づいていった。自分も初めて見るような、いろいろな形をした容器が並んでいる。その中のいくつかを手に取ってみて、大人の手のひらくらいの大きさの、淡い黄色の丸い缶を見つめていた。上蓋には、木春菊だろうか、白や赤や金色の細長い花弁が、幾重にも描かれていた。

— 今、役に立たなくたって、そんなものを一つくらい手に入れたって、いいじゃないか

 だってそうじゃないか、今しかないのなら、今だけしかなくて、明日がないというのなら、いったい何のために彼らは死に、自分は生き残ったのか。

「大きくなったら使うんだ。今は持っているだけできれいになるよ」

「今は大事に持っているだけ。約束できるかい?」

「うん、いまは、だいじにもっているだけ!」少女ははずみながら、そう答えた。

 少し大きかったろうか。まるで誰かと固く手を結ぶように、離れないように、丸い缶を一生懸命に握っている。この少女が、思いのままに、大人になれるように。

 英一は足元を確めた。帰り道の方向に目をやると、混沌とした賑やかさが続いている。だれもが必死に生きる時代だ。自分にも新しい務めがあるはずだ、そう強く思った。だが、生き残ってしまったという思いは、今もなお消えない。

 * *

 

「できた!」花連はリップを、環の唇から離した。

 

 何の準備をするのかと思ったら、環は、鏡の前に座らされていた。「メイクをしても、め、目は見えないんだよ」環はおずおずと主張したが、「見えるか見えないかは問題じゃないんだって!」と花連は言って、舞台の化粧を自分でしているので、慣れた手つきでどんどん進めていった。

 最後の仕上げに、もう一度リップを塗り直した。オレンジをベースにしたピンクベージュが、優しさと知的さを感じさせて、環にはよく似合うと花連は思った。普段メイクをしない環は、見慣れない顔が照れくさくて、でも、何かに後押しされたような気がして、背筋を伸ばすと、鏡の向こうに微笑みかけた。

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