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僕の先生は 完結

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嵐を巻き起こす僕の先生は、生き物の研究者。

1位の表紙

目次

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1話 僕の先生はチョウチョと話す

――蝶々、蝶々、菜の葉にとまれ

菜の葉に飽いたら、桜にとまれ――

「あなたたちは桜より、クヌギの樹液の方が好きよね。心配しないで出ていらっしゃい。私がここにいるから」

 うな重が、冷めてしまう。

「先生、まだ始まりませんよ。今のうちに食べちゃいましょうよ」

「何が起こるか分からないでしょ? そばにいてあげなきゃ。いいわよ、カナイくん先に食べて」

「はい、先生。じゃあ、お先にいただきます」

 先生はエノキの鉢植えの下。透き通って体色の見え始めた蛹に、時折話しかけている。僕はそれを横目で見ながら、夜食を掻っ込む。今夜中にオオムラサキの蛹3個体のうち、2個体が羽化を迎えそうだ。研究室に泊まり込むことになるから、社のカフェテリアから出前を取ったが、大好物に箸も付けずに机上に放ったらかしで、先生は蛹から離れない。

 先生と僕、ふたりだけのこの研究室では主に昆虫を研究し、製品開発等に協力している。だが、オオムラサキを飼育しているのは、依頼があったからではない。

 社に保管してある絶滅種の遺伝子情報の中に、オオムラサキのものがあることを知った先生が、再生に取り組ませてほしいと、部長に頼み込んだのだ。利益にならない研究を部長は快諾したわけではないが、先生の技術と経験が、部長の首を縦に振らせた。

 まずは3個体を順調に蛹まで育てた。羽化が成功すれば、国蝶オオムラサキの生きた飛翔を見ることが出来る。夢の瞬間はもうすぐだが、更に後から生まれた幼虫7個体が、3齢幼虫まで成長し、間もなく脱皮の時期を迎えようとしている。こちらも順調だ。

「始まりましたね。オスの翅だ。きれいですねー」

 蛹の割れた背から、翅の青紫色を覗かせた成虫は、頭を下にした宙吊りの状態で窮屈そうにもがいている。触覚を出してピンとさせると一気に殻を脱ぎ、周囲に掴まりながら枝までよじ登って腰掛けた。あくびだろうか、ひとつ呼吸をして、顔にかかったウェーブヘアを横に流す。

「落ちないのね。いい子。上手に出てきてくれたわ」

「先生、これ……」

「可愛いわね。羽化で反射的に掴まろうとしてくれるか、それが一番心配だったわ。蝶の爪にしてあげて正解ね」

 先生がまた、やってくれた。

 羽化したのはヒトの体型を持つ蝶だった。

「オオムラサキは大好き。蝶の中で一番好きよ。この青い翅、本当にきれいだわ」

「オオムラサキじゃないですよ。先生、何てことを……」

「妖精さん、私の手にいらっしゃい。あなたの名前は、ヒィ。私の声が分かる?」

「ん?」

「ヒィ、幼虫の時にお話していたでしょ? 私はセノワ。覚えてる?」

「覚えてる。セノワ、たくさんお話したね」

「息を吸い込んで、翅を伸ばすのよ。分かるわね?」

「うん!」

 ヒトの言語能力を持っている。先生が『妖精さん』と呼んだ、ヒトとオオムラサキのキメラ生物は、先生の手に乗り、くしゃくしゃの絹のような翅を伸ばして行く。翅は表も裏も、鮮明な濃い青紫の模様。自然界のオオムラサキのものではない。遺伝子操作によって、より美しい翅色を持って生まれて来たのだ。

「セノワは、お口が赤くて、キレイよ」

「あら、ありがとう」

 こんなに優しい表情の先生を見たのは、初めてだった。次の羽化が始まる。蛹の背が割れた3分30秒後、誕生したのはまた、妖精だった。

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1

イメージ的にはとっても美しいのですが、していることはマッドと言いますか、法的にどうなんだそれと言いたくなるような……(;^_^A
しかし、セノワさん、賢者や魔女のイメージですね。
さて、どうするんでしょうね、オオムラサキさんたちのこと……(;´・ω・)

大久保珠恵

2018/9/5

2

大久保珠恵 さま
そんなセノワ先生に度々ハラハラさせられる、助手カナイくんなのです。

作者:花ミズキ重

2018/9/5

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とじる

2話 僕の先生はウナギを国民食に

「ヒィも、フーもメスだけど、オスの翅よ。どうせ妖精を作るなら、きれいな翅のほうがいいでしょ?」

「翅のデザインの問題ではありません。妖精を作ること自体を思いとどまるべきだって、僕は言ってるんです」

「あら、思いとどまる必要があるかしら。私の生み出した生物たちが、人々の暮らしをどれだけ改善したと思うの?」

「貴重なオオムラサキの遺伝子でこんな……」

「3齢幼虫たちはオオムラサキのペアだから、心配しないで」

「心配しますよ! オオムラサキじゃなくて、先生をです。ここまでヒトに近いと、クローン規制法に抵触する可能性があります。少なくとも特定の人物の遺伝子情報をもとに作られたのではないかと監査機関に……」

「確かにオリジナルは存在するわ。縮小コピーなら大問題だけど、この子たちはヒトではないのよ」

「先生!」

「私が作った生物の需要は必ずある。でしょ?」

 冷め切った夜食を指差した先生は、笑顔だ。

「食料事情と妖精は、全く別です」

 僕は、脱線しかけた話を元に戻そうとした。でも『需要は必ずある』という先生の言葉は、きっと間違ってはいない。先生の生み出した新生物は、すぐに人々の暮らしに浸透し、居て当たり前の存在になって行く。今までずっとそうだったことを示す今日の夜食、うな重だ。

 僕がこの研究室でインターンシップを経験した年だった。先生は、体長3m程に成長するクロイシモチを作った。そこらへんの岩場で釣れる、せいぜい10cm足らずの小魚をゲノム編集で巨大化させたのだ。

「先生、クロイシモチをこんなに大きくして、どんな研究をなさるんですか?」

「先生じゃないわ、カナイくん。私は、一社員」

「すみません。つい、癖で……」

「魚類は私の専門じゃないけど、やれば出来るものね。研究棟の人間が環境棟にこれだけの設備投資をさせたんだから、失敗するわけには行かなかったわけだけど…… 養殖よ」

「なるほど。例えば刺身だったら、1個体で何人前ぐらいになりますかね。僕食べたことないんですけど、クロイシモチって、美味しいんですか?」

「カナイくん、単純ね。クロイシモチを食べるんじゃないわ。クロイシモチの子どもを食用にするの。ひとが手間暇かけなくても、クロイシモチが育ててくれるんだもの」

 先生は、巨大クロイシモチを遺伝子的にウナギと融合させていた。この『キメラクロイシモチ』から生まれるのは、1割がキメラクロイシモチの卵、残りの卵はウナギだ。

 クロイシモチは産卵後、卵を咥える性質を持つ。その保育本能を、先生は遺伝子操作で強化した。ハッチアウトした仔魚を口に咥え戻し、ほぼ成魚になるまでの期間マウスブリーディングさせるためだ。

 更に、保育を受ける仔ウナギ側の細胞記憶を確立させるため、海洋生物の繁殖専門チームに引き渡し、キメラクロイシモチの飼育を開始した。成長が早いキメラクロイシモチの仔魚を、親はすぐに咥えようとしなくなり、ウナギだけを熱心に育てる。こうして、親であるキメラクロイシモチに強い執着を持つ仔ウナギが安定的に誕生するまで、ブリードが重ねられた。

 従来の養殖方法は、自然界のウナギの仔魚を捕獲して育てるやり方だったが、生産者は、キメラクロイシモチを養殖するようになり、生産現場は大きく様変わりした。

 現在食用として出回るウナギは、99%以上が国内で養殖されたこの『イシモチウナギ』だ。イシモチウナギの爆発的流通によって、かつてなかなか口にすることの出来なかった高級魚ウナギは、瞬く間に国民食となり、廃れかけた伝統の食文化は守られた。

 イシモチウナギの誕生は、先生にとって誇るべき功績のひとつと言えるが、いまだに賛否が分かれている。

 特に、生物の遺伝子操作反対派や自然食嗜好の強い主婦団体などは、頑なにイシモチウナギを口にするべきでないと、声高らかに不買運動などを続けているのが現状だ。しかし、そういう人間が、レッドデータに名を連ねて久しい自然界のウナギの数を減らしている。

 ウナギとイシモチウナギは遺伝子的には同じ生物だが、区別されている。自然界のウナギが回遊魚であるのに対し、イシモチウナギはその性質を持たず、一生を親元で過ごすためだ。

 ウナギとイシモチウナギの交雑を防ぐため、イシモチウナギの放流及び生体輸出は禁止。これは親であるキメラクロイシモチも同様だ。補足すれば、キメラクロイシモチは、飼料を含む食用としての利用は許されていない。生産者にはトレーサビリティ確保が義務付けられ、キメラクロイシモチは厳しく生産管理されている。また、イシモチウナギ同士の交配も認められていない。イシモチウナギは食用としてのみ生産される、1世代限りの生物なのだ。

 そういう事情があるから、自然界のウナギの絶滅が危惧される状況は1世紀以上も変わっていない。

 人間の欲のために他の生物の生命の情報を操作するなど、あってはならないことだ、と攻撃されれば、研究者・生産者は盾を構える。人間の欲が原因で他の生物を絶滅させることがあってはならないと。

 両者の言い分は相容れないが、先生の研究の成果は世の中に多大な貢献をしているのは確かだ。食料事情の改善だけではない。エネルギー不安の解消や環境浄化、過疎自治体への産業誘致に伴う雇用拡大など、先生の研究成果は多方面に良い影響を与えているんだが……

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/06)

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3話 僕の先生は堂々としている

「先生、懲りないですね。いくら技術があっても、これは神の域です」

「その論法は私には通用しないわね、カナイくん。私は生物が神によって作られたとは思っていないの」

「そうでした…… だけど人間が、これまで存在し得なかった生物をポンポン作り出していいということにはならないでしょう? ウナギの時だけじゃないですよ。今まで何度もバッシングを受けているのに」

「知識と技術を持っていて、設備と予算を与えられ、実績もあるわ。何故人々の夢を叶えてはいけないの? 目新しい物事は叩かれるものよ。私は掟破りの社員かもしれないけれど、法に触れるようなことは何もしていない」

 先生は、くじけることも自重することも知らない。クローン規制法以外、生物の遺伝子操作を縛る法がない現状を、先生は『研究と成果を国が認めている』と解釈し、堂々としているのだ。助手である僕は、先生のブレーキ役でなければならないという思いで、先生に意見する。議論する時は大抵、手遅れなんだが。

 最初の羽化から翌日までに、全ての蛹が羽化し終え、妖精は3頭となった。紫の妖精たちが飛び交う研究室は、何というか、とても、ファンタジックで落ち着かない。肩に止まっては耳元で囁き、飛んで行く妖精たち。悔しいけど、悔しいけど……

「可愛すぎます。先生」

「40女の上司に可愛いだなんて、カナイくん、生意気ね」

「あ、えっと、すみません。主語が欠落していました。『妖精が』可愛すぎます。先生」

「可愛くない妖精を作った覚えはないわ。そうだ、小悪魔っていうのも、ありかしらね」

「いやいやいやいや、なしです! 人懐っこくて可愛い妖精が、やっぱりいいと思います!」

「そうよね」

 先生はニコリとして、脱皮したばかりの幼虫に視線を戻す。危なかった。心ならずも先生を乗せ、小悪魔を作らせるところだった。

 先生は今度こそ、オオムラサキの再生に取り組んでいる。幼虫たちは続々と3度目の脱皮を終え、少し平たい4齢幼虫の姿になって行く。自然界では、この時期に冬を迎えるが、研究室では数日間、幼虫の体内時計や成長を司る器官を騙して、擬似越冬を経験させる。

 昆虫は、胎生の生物と異なり、成長過程の早送りが可能なのは、この越冬の休眠期間に限られている。脱皮を終えた個体を、順に擬似越冬専用ネストに移して1週間ほど飼育したのち、研究室内の温度光周期管理室、通称『冬の部屋』へ移す。

 冬の部屋を出てからの幼虫は食欲が旺盛になり、成長が早い。幼虫たちの起眠に備え、研究室には、オオムラサキの食草であるエノキの鉢植えが追加された。無事羽化すればオオムラサキは7頭。室内の小規模な人工林ではあるが、エノキの林からオオムラサキが飛び立つ時が来る。楽しみだ。

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とじる

4話 僕の先生は結婚出来るのか?

 「こら、ミィ、くすぐったい。耳に掴まっちゃダメ」

 笑いながら僕の肩から飛び立ったミィは、顔の周りを飛んでつきまとう。

 ミィは3番目に羽化した妖精だ。妖精たちの名前は羽化した順に『ヒィ』『フー』『ミィ』と名付けられた。名付け親は、先生。数え方を表す古い言葉だが、国蝶オオムラサキの翅を持つ妖精には、似合う名前かもしれない。

 先生と手分けして、擬似越冬直前の幼虫たちの健康チェックをする。ロッカーから防寒衣を取り出した僕の肩に、またミィが翅を休めに来た。

「ケイくん、寒いお部屋に行くのね? ミィも行ったことあるよ」

「そう。よく覚えてるね。ミィはついて来ちゃいけないよ」

「ケイくんがいないと、つまんない。ミィも一緒に行く!」

「ミィは寒いと死んじゃうんだよ。すぐ戻るから、エノキの林で遊んでおいで。新しいジュースがあるし、お日さまライトが暖かくて、気持ちいいよ」

「うん」

「いい子だね。ミィ」

 冬の部屋に、4齢幼虫7個体をネストごと運び入れ、分厚いドアを閉める。幼虫を更に個室に振り分け、環境管理システムを起動させる。

「下の名前で呼ばせちゃって。随分ミィに気に入られてるじゃない」

「ミィと僕は相思相愛です」

「呆れた。妖精を作るのを思いとどまるべきだった、なんて言っていたくせに」

「ミィは羽化の時、僕の手に落ちた子ですから、特別に可愛いですよ。ドジっ子は、守ってあげたくなっちゃうんです」

「ああいう顔立ちの子が好みなのかしら? カナイくん」

「否定しませんね」

「妖精ばかり可愛がっていると、婚期を逃すわよ」

「先生だって独身じゃないですか」

「結婚するわよ。次世代を作りたいと思わせる特異性と、魅力的なヒト白血球抗原の匂いを放つ男が現れればね」

「ははは。色気の欠片もない表現ですね」

 アラートが突然鳴り響いた。聞き慣れない音。笑う白い息が止まる。

『顔認証中、IDトウドウ・シアン』

『ERROR居所が重複しています』

『あなたは入室を許可されていません』

『室内に異常を感知しました』

『映像照合中……』

 セキュリティーから立て続けに入る緊急通知と音声。慌てたが、擬似越冬環境が安定するまで冬の部屋を出るわけには行かない。

「侵入者?」

「妖精たちは無事? 研究室内を見せて」

 セキュリティーが先生に応え、捉えた映像を手元の端末に割り込ませた。アラートの発信元が、最前面のビューに表示される。エノキの林のエリアだった。

「あ、ミィ! セキュリティーの視界を塞いじゃダメだよ」

「なぁんだ。異常って、ミィのいたずらね。驚いた」

 だが、真のエマージェンシーは、カメラを不思議そうに覗き込むミィの映像を確認した5分後だった。セキュリティーが機能を停止。復旧・システムクラッシュを繰り返した。

「こんなこと初めてね。どうしたのかしら」

「セキュリティーだけのトラブルみたいですね。擬似越冬は続行しますよ?」

「勿論。止められないわ」

 幼虫たちをモニターする。すべての個体が低温と光周期に順応したのを見届けて冬の部屋を出ると、訪問者がいるとの知らせを受けた。が、来客の予定はない。

 セキュリティーは不安定ながらも機能しているらしいが、外部から、アポのない人物の侵入を許してしまった。研究室のドアの外に面会を求めて立っているのは、物々しい武装をした黒ずくめの男。

「身分証明の提示があります。スワ・アイヅナ…… 3等陸佐? 特殊部隊の方が任務でお出でになった、みたいですよ、先生。国からの派遣です」

「国?」

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5話 僕の先生は忍者に守られる

 ミィの姿を捉えたセキュリティーは、翅を映像照合し『国蝶オオムラサキ』と誤認した。ミィの映像はオオムラサキ発見の一報として国や関係機関に拡散、そこから更に流出。その結果、研究棟内各所のセキュリティーカメラに不正アクセスが押し寄せ、システムクラッシュと復旧を繰り返していたらしい。大失態だ。

 でも、不正アクセスぐらいのことで、セキュリティーがクラッシュするかな……

 この黒ずくめの男を信頼していないわけではないが、すっと胸に落ちないものがあった。スワ3等陸佐は状況の説明を続けた。現在、セキュリティーシステムの管理は国に移行され、問題なく機能しているという報告に加え、国蝶の保護と先生の警護にあたるマンパワーとして特殊部隊が動いている、と。

「チョウチョを守れという任を受けたのは、初めてです」

「勿論ご専門ではないでしょうね。守るべきチョウチョの姿をご覧になりますか?」

「映像で拝見しました」

「では、チョウチョでないことはご存知なのですね。ここにいるのは、私が作った妖精です。自然界のオオムラサキではありません」

「国蝶の遺伝子を持つ生物です。盗犯、散失はもとより、自然死以外で死なせてはならないと、命ぜられております」

「なるほど。中隊長殿がこの部屋にいらっしゃるのは、研究者を監視するためですね」

「そういうことにもなりますが、第一はホリノウチ室長の警護のためです」

「私の警護。そうですか。それにしても、その武装。何とかなりませんか? まるで戦争だわ」

「これでも軽装なのですよ。外の警衛の連中は、いつでも大砲を撃てます」

「え、大砲ですか? そんなもの、全然見当たりませんよ? 人の気配もないし。あ、すみません、お話に割り込んで」

「いいえ、よろしいんですよ、カナイさん。我々は簡単に気取られるわけには行きません。姿を現して、こうしておふたりとの接触を許されているのは、私だけです」

「忍者ですね。まるで」

「そう。我々の俗称は『忍者』です」

「ああ、聞いたことあるかも。本物ですか! すごいなぁ」

「大袈裟ですわね。一般企業の一社員にすぎない私に、防衛省のボディーガードなんて」

「ご理解ください。我々はいないものと思って、どうぞ普段通りになさってください。では、私はこれで」

「あ…… ホントに消えちゃうんですね!」

 スワ3等陸佐は、唯一肌の色が見えている目元さえディスプレイで覆っており、迷彩を機能させれば姿が周囲に溶け込んでしまう。接触を許されていると言う割に顔も見せず、目元をニコリともさせない彼は、声と口調から察するに、先生と同世代か少し上、という印象だ。

 先生は、半ば呆れ顔でひとつ溜め息をついた後、エノキの鉢植えに向かった。

「カナイくん、この鉢植えを整備しましょうか。もう少し、見通しも風通しもいい林にしてあげないと」

「はい、先生」

 窓の下を見る。45階の高さからでなくても、透明な彼ら『忍者』を見付けることは困難だろう。いつもと変わらない風景だ。

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