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君と奏でる世界最後のソナタを 完結

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終末戦争が終わり、世界には何もなくなった。
僕は一人、ピアノの中に眠る君に会いに行く。
世界が終わりを迎えてしまう前に、もう一度、君と演奏をするために。

1位の表紙

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そこには、もう何もなかった。

終末戦争が終わり、人類は自分たちが毒した世界を見捨て新天地へと旅立っていった。

旅立ったと言っても、ほんの一握りだ。

ユートピアに行くことを許されたのは選ばれた人間のみ。

僕は一人、バイオリンを持ち、ただひたすら続く荒地を歩いていた。

草木は朽ち果て、陥没した地面に溜まった水はきっと飲んだ瞬間、僕の命を奪うだろう。

遠くに骨組みだけになった大きなドームが見える。

「ああ、やっと着いた……」

足はとっくの昔に限界を迎えていた。

きっと一度座ってしまえば、もう二度とそこから立ち上がれず、僕は死を待つだけだろう。

古い友人との約束。

それを果たすために僕はここまで歩いてきた。

彼女は終末戦争の前、自分の記憶をデータにし、ある地に眠らせた。

音楽都市、世界の名立たる音楽家がその舞台に立つことを夢見て死んでいった。

地上の街にはもう誰も住んでいない。残された人類は地下シェルターで来ない救援を祈るように待っている。

僕はどんな音楽家だったって?

冗談を……。

多くても10人程度しか集まらないバーで、しがない音楽家としてその日稼ぎをしていただけの名もない音楽家だったよ。

だけど、ある日、そこで僕は彼女と出会った。

ああ……そうだ。彼女のピアノはそれはもう繊細で、美しく、彼女の隣で弾く瞬間が僕には何より大切な時間だった。

街を抜けた先にある広大なドーム。

セントラル・フィールド。収容人数は10万人を超える。

昔はすごかった。

VR連動システムが実装された初めてのドーム。

世界で最も有名な歌姫のコンサートの日。

人々は歓喜に沸いていた。

なぜなら自宅にいながら観衆はVR機器を使い、歌姫の映像をまるで間近にいるように見れたのだから。100万人を超える聴衆がその日、その場の光景をともに見ていたのだ。

でもドームに入り、思わず笑ってしまった。

その屋根は今や虫食い状態で、雨すら凌げやしない。

瓦礫の山を慎重に進んでいく。

「ゴホッ……」

咳をすると口の中に一気に血の味が広がる。

「はは……年甲斐もなく興奮しちゃったかな」

無理もないと自分でも思った。

だって名もない音楽家である僕がセントラル・フィールドの中心に立っているのだから。

ドームの中心にピアノが見えた。

もう原型すら留めてないけど、鍵盤とペダルでそれがピアノだと分かるから。

「よかった……メモリーボックスは無事だね……」

メモリーボックスに積もった埃を払う。

メモリー・ストック型のピアノ。

このピアノには彼女だけじゃない。たくさんの音楽家の演奏の記憶が残っている。

メモリーボックスのパネルを操作し、彼女の名前を入れる。

ほどなくして、拡張記憶機能が彼女の在りし日の姿かたちを映し出す。

「久しぶりだね」

「ほんとに。随分老けたね、あなたは」

彼女は柔らかな笑みを浮かべる。

「ああ。もうあれから20年だ」

「……あなたが生きた世界はどうだった?」

「たくさん悲しいことが起きたよ。本当に数えきれない悲しみが生まれた。それでも人は、人である限り貪欲だった。この世界も僕ら人間からしたら、使い捨ての遊び場でしかなかったのかもしれない」

「……そう」

「君は美しいまま去っていったね」

「うん、この世界は私にはどうしても馴染めなかったから」

「ずるいな……」

「でも、こうしてもう一度会えたじゃない?」

「……ああ、そうだね」

「始めましょ? 演奏を」

僕は頷き、背負っていたケースからバイオリンを取り出し、丁寧にチューニングを始めた。

彼女は少しのチューニングのズレすらも気付いてしまう。

「曲は?」

彼女が拡張ビジョンの中でピアノの前に座る。

「“世界に捧げる別れのソナタ”なんてどうだい?」

「22世紀初頭、H・Kアーリマンの作品ね。いいわ」

ピアノとバイオリンの旋律はドームを包み込んでいく。

彼女は楽しそうだった。

人の笑顔を見たのは何年ぶりだったろうか。

彼女はいつだってそうだった。

怒っている時は激しい曲調になり、悲しい時は音も沈んだように聞こえ、嬉しい時はそれを全力で表現する。

音楽を作りあげる、まるで音符そのものだ。

僕の音はいつも彼女に負けていた。

だけど、今日だけは負けられない。

なぜって?

観客は“この世界”だ。

空を見上げた。また一つ、隕石がどこかに落ちるようだ。

盛大な演奏しよう。

僕たちを住まわせてくれた世界に対して、感謝と別れを告げる一生で一度の最高の演奏を。

今日、世界が最後を迎えるまで――――――

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/11)

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