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口なし魔女の鎮魂歌

口は災いの元

更新:2018/9/21

amiy

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今回切りたいとこで切ったので、短めです。宗教的にダメな方がいるかもしれないのでご注意を。

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目次

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はじまり

天におられる私たちの父よ。

願わくば、御名を崇められますように。 

御国が来ますように。

御心が天に行われる通り、地にも行われますように。

私たちの日用の糧を今日もお与えください。

私たちの罪をお許しください。

私たちも人を許します。

私たちをお試しにならず、悪からお救いください。

アメーン

己が主に跪き祈る。これが己に与えられた罰だと知りながらも、それはその者には受け入れられぬことであった。

「どうか、私は許されずとも。」

せめて、あの子だけは…。

重みのある張りのある声は、少しかすれていた。それは彼の悲しみを表していたのか、それとも彼が生きた長い年月を表していたのかは今となってはもう分からない。

その祈りは主には届かない。それを何よりも知っているはずなのに、彼は祈らざるにはいられなかった。地に着くほど頭を下げ何度も何度も許しを乞う。だか、それに応える声はない。

日が登り、聖母マリアを象った色鮮やかな青を基調とした美しいステンドグラスから朝日が差してくる。

「信じる者は、救われるのでしょう…。」

年老いた彼が若き日に嵌めたその首輪は今でも外れやしない。

とある街、帝都から離れてはいたがその街は自然と伝統的な街並みが美しい場所であった。そこに住まう人々は不思議と皆豊かであった。

少年とも青年とも言えぬ年頃の男は霞む目を擦りながら、ぬるいコーヒーに口をつける。ここ数日徹夜続きで至極眠い。だが、納品の期日はもう目の前に迫ってきていたためコーヒーを一気に飲み干し、眠気を覚ます。そして作業台に散らばるパーツを見つめる。

少し前の話、ラビル川のほとりで幼い少年が溺れて流されてしまう事故があった。母親は嘆き悲しみ、目も当てられない状況になった。まだ遺体が見つかっていないため、まだ死んでいないと狂ったように喚き散らし、夜な夜な川に我が子をさがしに行く姿が何度も見られた。

俺は、そんな妻の様子が耐えられないと言う旦那のために、今これを作っている。最近はこういう何かに似せて作るという依頼も増えてきた。なんでも俺の作るお人形さんはまるで生きているかのようだとこの街以外でも評判になってきたらしい。特に、実在の人物を真似たドールに関しては、

「まるで、本人の魂を詰め込んだよう…ね。」

駆け出しのドール職人としては、自分の腕を見込まれているようで嬉しい限りだが、俺個人としたら、その言い方は少し気味が悪いとも思う。

「まぁ、それで飯が食えるならいくらでも作るけどね。」

そう言って、彼はその作業へと戻っていった。

「あ゛ぁー、やっとできた。」

机の上には、つるりとした陶器の肌が美しいドールが完成していた。その少年は柔らかな金髪に青色の瞳をしていて、自分で言うのもなんだがとても可愛いらしい。俺はその少年に会ったことはないが、父親と周りの奴らの話から創造してデッサンした。正式に作る前に父親に確認してもらったが、かなりそっくりに書けていたらしいので、このドールもきっと満足してもらえるだろう。

気づけばもう朝になっていたようで、窓から白い光りが差し込んできていた。本体は出来たから、後は服を着せてやるだけだ。もう型紙は作ってあるから、布屋に行って生地を選んでこよう。気が抜けたのか、急に眠気が襲ってくる。

「布屋が開く時間までまだあるし、一回寝るか。」

そう言って大きなあくびをすると、彼は工房の奥にある小さな寝室に向かった。そのままベッドに倒れこんだ彼は、深い眠りについてしまった。

カタカタと音がしている。

青い美しい目をしたそれは、静かに目を覚ます。

小高い丘の上から、のどかに見えるその街を、物言わぬ彼女は見下ろしていた。

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とじる

とある人形師の1日

寝起き特有の頭に靄がかかったような、気だるさのなか無理やり起き上がる。まだ、体が寝不足を訴えていて、頭が少し痛い。だが、この仕事が終われば少しのんびり出来るはず…多分。

すると、コンコンと控えめなノックの音が聞こえる。裏口の方から戸を叩かれるのは珍しい。客なら表の店の看板がある方から訪ねてくる。なら、客以外か?昼間に訪ねてくるような知り合いは心当たりがない。というか、この家に訪ねてくるやつは客以外だと一人くらいしか心当たりがない。

俺はのそのそと裏口の戸へ向かう。ノックは先程の一回だけだったが、多分まだ扉の前にいるような気配があった。俺は特に怪しむこともなく、扉を開ける。

「あー、どちらさま?」

その問いに答えはなかったが、戸の前に人はいたようだ。扉を開け、目に入ってきた女は紺色の修道服に身を包んでいた。踝まである長い襟つきのワンピースのそれに、そういうデザインなのだろうか口元から首筋を白い布地で覆っている。さらに白い頭巾に黒いレース素材の小さなベールまでつけていて、それらは彼女の肌をすっぽりと隠していた。

「えっと、シスター様か?」

俺の声に反応して女は顔を上げたが、やはり何も言わない。ベールの隙間から見えた長いまつげに縁取られた彼女の目はアメジストのような鮮やかな紫の瞳をしていた。

彼女は手に大きめな鞄を持っていて、その鞄の中から、木の板のようなものと白い石膏か何かで出来た短い棒のようなものを取り出すと、その棒で木の板に何かを書き付けている。書き終わったのか、手を止めるとその板をこちらにつき出してきた。

「えっと、『この辺りに宿はありませんか?』か、あぁ、旅人…巡礼か?それなら知り合いがやってるからそこ紹介してやろうか?」

彼女はコクンと頷き、またあの木の板に『ありがとうございます。』と書いて見せてきた。

どうやら口の聞けないらしい彼女はアリアーヌと名乗った。

「ほら、ここ。部屋は少し狭いかもしれないけど、中はきれいだし、値段も良心的な方だと思うぞ。ここでいいなら、紹介してやる。」

アリアーヌ、面倒くさいから心のなかではアリアと呼ばせてもらうが、彼女は首がちぎれてしまうかと思うほど、勢い良く首を縦に振って、興奮したようにさっきのありがとうございますと書かれた板をこちらに向ける。勢いよすぎて軽くビビった。

中に入ると、木製のテーブルがいくつか並んでいる。あ、そういえば一階は食事兼飲み屋なんだっけ。しばらく来てないから忘れてたわ。軽く見回すと無駄にでかいピアノ。酒は良くわからんが酒瓶がたくさん並んでいる棚、その棚の前にはカウンターがある。そこからぴょこっと顔を出す少年がいた。

「いらっしゃいませー!」

元気な声が聞こえてくる。隣のアリアもその小さい声の主の方に顔を向ける。カウンターの裏側からここの長男であるところのエリクが出てきた。ハニーブラウンのくるくるした髪にアーモンド型の青い目、顔のパーツはあるべきところに揃っている。確かまだ7つになるか、ならないかくらいだったはずだが、将来有望そうな美少年だ。親父に似なくてほんとに良かったな…。

「あれ?テオ兄ちゃんだ!こんにちわー!」

ちょこちょこと走ってこちらに駆け寄ってきて、どーんと俺の腰に飛びついてくる。この子は人懐っこくて、素直ないい子なのだが…元気過ぎてちょっと困る。

「よう、エリク。おじさん達はいるか?客連れてきたんだが、」

「うーんと、パパは午後からの仕こみのためのかい出しで、ママはおいしゃさんに行ってるよ。」

「そうか、もうすぐ産まれるんだもんな。」

「うん!オレもうすぐお兄ちゃんなんだー!」

エヘヘと照れるように笑う彼の頭をぐりぐりと撫でてやると撫でられやすいようにか、少し背伸びをしていた。隣で見ていた彼女も微笑ましそうに見ていた。なんというか、こいつは天然で愛され方を知っているというか、…いつか変態に連れていかれるんじゃないかと少し心配になる。

「じゃあ、客の件はおじさんが帰ってくるまで待ってたほうがいいか?」

「ううん、オレ一人でも大丈夫。お客さまごあんないできるよ、だってお兄ちゃん!だもん。」

エリクはお兄ちゃんを強調して、アリアの前に行くと両手を広げてお荷物お部屋に運びますと彼女の鞄を引ったくるように持つ。アリアはふらふらと覚束ない足取りで階段を上っていくエリクが心配なのか、ちらりとこちらを見る。

「大丈夫って言ってんだからやらせてやれ。」

顎で行けと合図するも、それでも彼女はあわあわと慌てたような様子でこちらを見てくる。物を言わない割りにはとても感情が分かりやすい。…仕方ないか。

ひょいっとエリクの荷物を持ち上げる。

「テオ兄ちゃん!オレ一人でも運べるのに!」

「そうかい。でもな、兄ちゃんは兄弟のために頑張んなくちゃいけないって法律があるの。だからお前が俺を兄ちゃんって呼ぶ限り俺はお前のために頑張んないと悪い人になっちまうんだよ。」

「えぇー!そうなの!?」

「ああ、だから弟が産まれたら今度はお前が頑張ればいいんだよ。」

「わかった、オレすごいがんばる!」

「おー、で、これどこ運べばいいの?」

「こっちー!」

今度は軽快に階段を上がっていく、エリクの背中を見おくった。それについていこうとすれば、控えめに服の裾を引かれる。すると、わたわたと両手を動かして、自分で運ぶというジェスチャーをする。

「いいよ、これであんたに持たせたら、カッコ悪いだろ?俺もエリクもさ。」

早く来いよと声をかけると後ろから三歩くらい離れてついてくる。見なくてもなんとなく申し訳ないなぁという雰囲気が伝わってくる。

「ここがお姉さんのおへや!朝ごはんと晩ごはんはやどだいにはいってるから、言ってくれれば、つくるよ!」

アリアはぺこぺことエリクにお辞儀をしている。

「じゃあ、俺は行くから。」

振り返ったところでまた裾を引かれる。…あんたこれ好きだな。そして、彼女はまたあの板に何かを書き付ける。

「何?」

『何かお礼をさせてください。』

「いや、いいよ。俺ここまで案内してやっただけだし。」

すると、女は首を横に振った。なかなかに頑固らしい。ふと、一階にあったピアノのことを思い出した。

「じゃあ、あんたピアノ弾ける?」

すると彼女はすごく嬉しそうな顔をした…気がする。なにせほとんど顔が隠れているため、表情が分からない。だが、何故か花が舞うような幻覚が見えた。やっぱ、俺疲れてんのかな…。

アリアとついでにエリクと一緒に一階に降りる。エリクに許可をとる間もなく、ききたい!と言っていたので問題ないだろう。一階に着くとエリクと共にピアノから一番近いテーブルに座る。

アリアは、ピアノの前に進むと、そっとピアノに触れる。それは、とても美しかった。

すっと、ピアノの前に座って蓋を開いた。女の体の中で、唯一露出していると言っていいその青白い手を鍵盤の上に置いた。

女は俺の前で直角に頭を下げた。

「いや、あんたは悪くないだろ…。」

「ごめんね。お姉さん。うちのピアノ壊れてたみたい。」

そういえば、ひいてるところ一回も見たことないかもとエリクは首を傾けていた。

所変わって、とある店内

「もしかして、そのシスター様に恋とかしちゃった?意外と可愛いとこあるじゃないの。赤髪職人さん?」

「…その呼び方はやめろ。あと、そういうのじゃないから。」

「あぁ、ごめんなさいね。赤髪職人さんはお父さんの方だものね。」

そう言って、人を食ったような顔で彼女は笑う。俺はどうも彼女に頭が上がらない。ダークブラウンの長い髪を団子にして、ヘーゼルの瞳を持つ彼女、ゾエ。彼女はこの街で仕立て屋兼布屋を営んでいる。俺を幼いときから知っているせいか、その事でよくからかってくる。

「うるせぇ、ババァ。」

「あはは、その生意気な口縫い付けてやろうか?」

どこから取り出したのか、その手には銀色に光る針があった。…歳のことは触れてはいけないらしい。

「…頼んでたやつは?」

「いくつか見繕っておいたわよ。仕立てはしなくていいのよね?」

「型紙はもう作ったからな。」

「昔は針の穴に糸すら通せなかったのにねー。えらいえらい。」

「いつの話してんだよ。」

それこそ、俺が今のエリクより小さかった時のことだ。もう10年近く前になる。

いつの間にやら店の裏から生地を運んできていたようで、作業台にきれいに並べていく。その中のひとつ、シンプルな白い生地でありながら、キラキラと光っているように見えた。

「なにこれ、すげーきれい。」

「あら、お目が高い。この中で一番高いやつよ。」

「いくら?」

「うーん、いつもと同じ長さでこれくらいかな。」

さらさらと手元のメモ書きに値段を書き込んで、こちらに差し出す。

「…高い。」

「どうする?あ、言っとくけど負けたりしないからね。」

「…買う。」

「毎度ありがとうございます。ほーんと職人って融通きかなくて、いいお客だわ。」

この人は、こういうことを平気で言う。一応俺はお客なんだけど。まぁ、いまさら気にもしないが…。

金を払って、切ってもらった布を持って店を出た。空を見上げれば、雲行きが怪しい。雨が降って、布が濡れる前に早く帰ろう。足早に自分の家へと向かった。

雨の粒がぽつりと窓ガラスに付く。

「あら、雨ね。」

たった今、出ていった少年を思い彼女は窓辺に佇む。

「本当に運のない子ね、昔からずっと…。」

彼女は切なげに呟いた。

「ヤベー、降ってきた。」

一応包んでもらっているが濡らしたくはない。そう思い服の中に隠して、自分の家に走った。早く帰って、とっとと仕上げを終わらせてしまおう。

急いで工房に駆け込んだとき、そこにあったはずのあの少年の人形はどこにもなかった。

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アリアーヌさん、口がきけないけど、感情豊かな方らしいですね。
何のかんの親切にしてあげるテオさんも、微笑ましいですが、そう思った矢先に異変ですね(;´・ω・)
これは不気味というか悪い予感というか。
さて、これから何が起こるのでしょうね???

大久保珠恵

2018/9/14

2

大久保珠恵さんコメントありがとうございます。
どうも幸せな話にしたくても波乱を起こしたくなってしまうんですよね。

作者:amiy

2018/9/14

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とじる

最悪の夜明け

あつい、あつい、あかい、あかい

なんで、あついの?

どうして、なんで、うちが燃えてるの?

ふらふらと勝手に足がそちらに向かおうとする。でも、それはできなかった。

『テオ!行っちゃダメだ!』

叔父さんの声、体が前に進まない。叔父さんが俺の体を抱き締めて動かない。首もとが濡れていく、叔父さんが泣いている。

『テオ…やめてくれ。』

『…とうさん!かあさん!』

俺はただ、自分の家が燃えていくのを見ているだけだった。

「…最悪の目覚めだ。」

そして、最悪の夢から覚めれば最悪の現実。昨日、家に帰った時、作業台に置いたままにしてたドールは跡形もなく消えていた。

あと納品日まで三日しかないんだぞ!しかもただのドールじゃなくてビスクドールだぞ。型はまだあるが、粘土乾かすのだって一週間かかるんだぞ。そこから整形して焼いて、何回も手直しして…。

「間に合うわけがない…。」

ちくしょう、なんであれが盗まれるんだよ…。まぁ、店の中じゃあ一番高いだろうけどさ。だったらもっと盗めよ、警備隊に言っても人形ひとつくらいでって信じてくれなかったんだよ。ひとつって言ってもあれいくらすると思ってんだよ!

…ベッドの上で暴れてみても、虚しさしか残らない。

止めよう。正直に客に話して、待って貰えるならまた作り直して、駄目だったら…。

「せっかく、ちゃんと仕事が来るようになってきたのにな。」

両親が死んで、叔父さんに鍛えてもらって、1年前にやっと独り立ち出来るようになって、ここに帰ってきたのに。

父さんの工房をまた昔みたいに…。

…。気分転換だ。

勢いをつけて起き上がり、窓の外を見た。今日の空は晴れているみたいだった。

ぼんやりと街並みを眺めながら歩く。行く宛も特に決めていないので、本当にただ歩くだけだ。金もかからないし、頭の中を整理するには丁度いい。

『いいか?自分の作品は自分の子どもだ。自分の命と同じくらい、いやそれ以上に大切に扱え。』

俺は、自分の作品を守れなかった。

「未熟者…どころか、職人として失格だ。」

そんなとき、教会の鐘が鳴った。もう昼か、今朝からなんも食べてないけど、なんも食べる気がしない。

「…教会。」

教会とか、小さい頃に何回か来たことがあるくらいだな。目の前に、佇む大きな教会。この辺りでも最も歴史があり大きいらしく、たまに昨日の彼女のように巡礼に訪れる者もいる。

…もしかしたら昨日の彼女もここにいるのだろうか?なんとなくあの話せずとも感情豊かな少女にまた会いたいと思ってしまった。

無駄に重厚な扉を開けば、最初に聞こえてきたのはパイプオルガンの音色。音のひとつひとつがはっきり聞こえるのに、それは音同士が手を繋ぐように、紡がれるように流れていく。優しくてどこか暖かい、美しい音色だった。

一歩中に入ると、誰もいなかった。

正面には大層な祭壇に、見事としかいえない十字に吊るされたキリストの彫刻。左右は色鮮やかなステンドグラスに囲まれ、石膏でできた真っ白な天井にはキリストの死に嘆き悲しむ人々が描かれている。

そのまま、きれいに並べられた長椅子の間を進み、祭壇の方へと進む。所々置かれている蝋燭の火が揺らめいて、なんとも幻想的だ。正面のキリストの彫刻をまじまじと見る、なるほど確かにこれは跪きたくもなる。

本当に気まぐれだった。椅子でもない、地べたに跪いて、手を合わせる。祈り方なんて知らない。でもこうしなきゃいけない気がした。

今まで、ずっと響いていた音楽が止まる。なんだ曲が終わったのか?ガタッと後ろから音がした。後ろを振り向いてもないもない。だが、視線を上にスライドさせると後方の二階部分の壁全面が覆われるほどの壮大なパイプオルガンがあった。ああ、そうなってるんだと思うと、先程までそのオルガンを演奏していた人物がこちらを振り向くのが目に入った。

身体中の全てを覆うような修道服、顔は見えないのに驚いていることは伝わってくるその様子。

昨日の彼女、アリアーヌだった。

彼女は、俺に気づいて降りてきてくれたようだ。そして、二人で並んで長椅子に座った。

「えっと、すごく上手だな…。あー悪い。俺あんまり音楽詳しい訳じゃないからどう誉めていいか分からない。」

『無理に誉めて頂かなくて大丈夫ですよ。』

彼女は昨日と同様に板を使って会話をする。書くたびに布切れで拭いて何度も使えるようにしているようだ。

「いや、無理にってことじゃなくて、どう誉めるのが一番なのかが分からない。だから俺が聞いたなかで一番すごいと思ったってことなんだけど、駄目だなそれでも足りない気がする。」

彼女は、びくっと大きく飛び上がったあとに、背中を丸めて何度も書き直してから、結局、ありがとうございます。と書いて見せてきた。あらぬ方向を向いて、…これは照れているのだろうか?

「そういえば、なんでここでオルガン弾いてたんだ?」

『私は、色々な土地を回って楽器を演奏しているんです。それで、色んなものを恵んでもらったりしてます。』

「それで食っていけるのか?」

『お金は故郷を出るときに、私を育ててくれた神父様が使いきれないくらい残してくれました。今は必要な分だけ持って旅をしています。』

「へぇー。」

『あなたはエリク君から人形職人だと聞きました。』

「そうだよ、俺は人形師。でも、俺は人形師失格なんだ。」

どうしてと彼女は尋ねた。黒いベールの奥の紫の瞳がちらりと見えて、俺を見据える。俺は何故か、ぺらぺらと人形が消えてしまったことを喋ってしまった。

そんなときだった、

「あれ?君は…。」

扉を開けて入ってきた人物は、俺にあの人形の依頼をしてきたドクター、…モデュイがいた。

「モデュイさん…。」

「やぁ、赤髪職人君。どうしたんだいそんな真っ青な顔をして…もしかして体調が優れないのかな?」

そして、私のことは親しみを込めてマルス先生と呼んでくれと言ったじゃないか。

そう言って、あのふくよかな顔でふんわりと笑った。

「そうか、人形は盗まれてしまったのか。」

「すみません、ですが同じものを作るにはどうしても時間がかかってしまうんです…。もしも、依頼を取り止めるなら今貰っているお金はお返しします。」

「いや、私は君以外に頼む気はないよ。」

モ…マルス先生はどこまでも穏やかな顔で続けた。少し小太りではあるがきちんと整えられた金髪と服装は清潔感がある。その眼鏡の奥の優しげでありながら意志の強いブルーグレーの瞳は俺ではない誰かを見ていた。

「私は、ライアンさん、いや赤髪職人さんにしか頼みたくないんだ。彼しかいないと思っているが、もう亡くなった方だからね。別に君の腕が悪いと言ってるんじゃないよ。」

在り来たりかもしれんがね。大事なのは、心なんだ。

彼は懐かしそうに、目を瞑る。まるで何かを思い出すかのように。

「私が初めて妻に渡したプレゼントはあの人が作ってくれたドールだった。」

少年だった私は、妻に、彼女に告白する勇気もなくてね。でも彼女がドールが好きだと聞いて、必死で探したんだ。でも、あの頃の私にはドールは高級品だった。お金がなかったから普通の職人は相手にしてくれない。だから、変り者と評判の赤髪職人のもとへ向かった。初めて見て驚いたよ、本当にあんなに真っ赤な髪は見たことがなかったから、街の人間が怖がるはずだ。彼はまだこの街に来たばかりで街の人間からその見た目のせいで煙たがれていた。今じゃ赤髪職人は、彼の愛称ではあるが昔は蔑称みたいなものだったんだ。

私も怖かったが、彼に必死でお願いしたんだ。いつか、立派な医者になるから、金はそのときにきちんと払う。好きな人に気に入ってもらえる素敵なドールがほしいと、そうしたら彼はニヤリと笑って、最高のドールを作ってくれた。

『金は要らねぇ。だが、約束しろ。その女、絶対に口説き落とせ。』

恋が叶うドールなんて最高じゃねぇか!

「私が医者になった後も、一切金を受け取らなかったんだ彼は。お前のおかげで本当に恋が叶うドールになったからって…そう笑ってた。」

だから、彼女の心を癒すためのドールは彼女の心を射止めたドールを作ったあの人の子である君にしか作れないと、私はそう思うんだ。

「すまないね、全て私のわがままなんだ。君をお父さんの代わりにしようとしている。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが私は本気だ。」

「…いえ、とても光栄です。」

「そうか、…そうだ、実はもうひとつ頼みたいことがあったんだ。」

「なんでしょうか。」

「もうひとつ、息子の人形を。…息子の棺にいれるドールを作って欲しい。」

俺は、思わず言葉を失う。確かに息子さんは流されて見つかっていない。そのために随分経った今でも葬儀は執り行われていなかった。だが、それはつまり、

「息子さんの遺体の代わりにドールを使うんですか?」

「…私は、もうあんな妻を見たくない。」

その声は震えていた。彼だって悩み続けた上での決断だったのだろう。そうでなければ、このタイミングで依頼などしない。

…愛する息子の死を受け入れられないのは何も奥さんだけじゃないはずだ。この人だって受け入れたくなんてなかったのだろう。でも、この人は前に進もうとしている。進むために、身を切るような思いをしている。

だったら、俺がするべきことは、

「わかりました。任せてください。」

頼むよ、と彼は顔を両手で覆いながら弱々しく答えた。

ふと隣でアリアが立ち上がる気配があった。そして彼女は、祭壇のすぐ前まで行き、跪く。そして随分と長いこと祈ったかと思うとこちらに振り返り、胸に手を当てる。その手は首からかかっていたロザリオを握りしめていた。

すうっとこんなに離れているのに息を吸う音が聴こえる。

主よ、無窮の安息を彼等に賜わり

永久の光を彼等に輝かしめ給え

主はシオンに於て讃美すべきかな

人はエルザレムに於て其誓を遂げむ

主よ、我祈祷を聴き容れ給え

凡の人は主に到るべし

主よ、無窮の安息を彼等に賜わり

永久の光を彼等に輝かしめ給え

それは、この世のものであるかと疑う程の歌声だった。あのオルガンも素晴らしいと思ったが、これは別格だ。洗練されたソプラノの声は聖堂内に軽やかに響き渡りながらも厳かな重みがあった。鼓膜から入った音が直接、頭を、心臓を震わせる。まるでその魂を奪われてしまうかのような、不思議な感覚に陥った。

そして、歌い終わった彼女はマルス先生の目の前に立って十字を切るような仕草をした。

マルス先生は言葉を失い、ただただ涙を流していた。

『あなたとあなたの大切な命に救いがありますように。』

その板に書かれた文字を見たとき、マルス先生は抑えていた感情が溢れたように、叫んで、涙をながし続けた。

俺と彼女はそれを見ていただけだった。かける言葉など見つからない。ただ、傍にいることしかできなかった。

どれくらい時間が経っただろうか。マルス先生はぐちゃぐちゃだった顔を整えて、またあのふんわりとした笑顔を見せた。いくら涙を鼻水を拭っても真っ赤な目が痛々しかったが、彼はどこかすっきりしたような顔をしていた。

「私は、少なくとも救われたよ。」

ありがとうと言い残して、彼は教会を後にした。

マルス先生が教会を出た後、俺とアリアも揃って教会を出た。随分時間が経っていたようで辺りはオレンジ色に染まっていた

「なぁ、あんたは喋れないのに歌は歌えるのか?」

宿に帰る道すがら、アリアにそう尋ねた。すると彼女はまたあの板になにかを書き付けようとして、手を止めた。

「…言いたくないならいいけど。」

『ごめんなさい。』

この時だけは、それだけ書いて俯いてしまった彼女の真意が分からなかった。

「あ、いた!おーいアリアーヌさーん!」

元気な声にそちらを向くと正面からエリクが走ってきた。

「どうした?エリク、そんなに急いで。」

「あれ?テオ兄ちゃんもいたのか。なに、デート?」

アリアは両手を大袈裟にばたばた動かして、何かを伝えようとしているが、焦っているせいで意味不明だ。目の前のエリクも、面白がって真似をしているせいか謎のボディーランゲージが誕生している。恐らく二人の間で全く意味は伝わっていない。

「ちげーよ。というかなんか用があるんじゃないのか?」

「そうだ。うまれそうなの、オレの兄弟が!だから、アリアーヌさんに今晩はごはん出せないかもってつたえてこいって、パパに言われたの。」

ごめんねと上目遣いで謝ってくるエリクに対し、アリアは、気にしないでくださいと答えた。

「じゃあ、お前はこれから病院か?」

「うん!今日のおとまりは、アリアーヌさんだけだから、それつたえたらオレも来いって!」

だから、オレ行くねと言い残して、エリクは走り去っていく。不思議と隣のアリアは嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。

「なんだよ、飯無しになった割りには、嬉しそうだな。」

『これから新しい命が生まれるかと思うと楽しみです。』

「そうか、多分あの家のことだから、頼んだら赤ん坊抱かせてもらえるんじゃないか。」

その言葉を聞くと、ますますウキウキした様子で、こちらを見つめてくる。するとやはりというか、覗き見た紫の瞳は期待に満ちていた。

「俺朝から何も食ってないんだけど、一緒に飯食いに行くか?」

『はい』

彼女は興奮が覚めないのか、スキップしそうなくらい浮かれた様子だった。それがなんとなく可笑しくて思わず吹き出してしまった。

ミュレル家の赤ん坊は日が明けるのと同時に元気な産声をあげたらしい。そこにいる全員が諸手をあげて喜んだが、その子の母と父だけは浮かない顔をしていた。

そこに兄になることを楽しみにしていたエリクの姿はなかったのだ。

そのすぐ後、ラビル川の畔に子どもの靴が片方だけ流れ着いているのが見つかったらしい。

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言葉が喋れないのに……!?
これは意外な。
そして人の心をこうして救うことができるのですね。
アリアーヌさんて不思議な人です。
そしてテオさんてそういう人の元に生まれたのですな、なるほど。
嬉しいことが……と思いきや、一気に不穏な状態に突き落とされましたね。
人形ってもしかして……(;´・ω・)

大久保珠恵

2018/9/15

2

大久保珠恵さんコメントありがとうございます。
多分人形さんについては、次回くらいに姿を現してくれるかもしれないです…。

作者:amiy

2018/9/15

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とじる

川辺の少年

ドンドンとと扉を叩く音がする。なんだよ、ここんとこ裏口の戸ばっかり叩かれるな。一昨日から寝ずに作業して、今やっと仮眠を取ろうとしたところなのに…。だが、こんなに慌てて誰が、なんの用事だろうか。扉の前に立ち、開けようとすると、切羽詰まった声が聞こえる。この声は、…エルネストさん?エリクの父親である彼の声だ。

「すまない!テオ君いるか!?…エリクは、エリクはここに来てないか!?」

「!…エリクがどうかしたんですか。」

急いで扉を開くと、エルネストさんのいつもの豪快な姿はどこへやら…今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。

「…無事に出産が終わって、家にいると思ったんだ。病院に来なかったから…でも帰っても姿がなくて、慌てて探したんだ。だが、丸一日探してもいないんだ…。そしたら君といるところを見たって人がさっきいて…なぁ、ここにはいないのか?」

エリクは駄々をこねて俺の家に泊まることが何度かあった。俺といるのを見たと聞けば、エルネストさんからするとここに居るという希望があったのだろう。だが、ここにエリクはいない。昨日、会いはしたがすぐに別れたと説明すると、分かりやすく、肩を落とした。

「一体、どこに行っちまったんだあの馬鹿は…。」

「あの、俺も良ければ一緒に探しますよ。」

すると、エルネストさんは絞り出すようによろしく頼むと俺の手を握った。

「おいエリク!どこにいるんだ!」

俺以外にも、エリクを探すと言った街の人間は結構居たらしい。朝っぱらから街中でエリクの名を呼ぶ声がする。だが、それに返事はない。

思い付くところを探し回ったが何処にも彼の姿はなかった。最悪の予感がする。ただ迷子になったのではなく、もしかして浚われてしまったのではないか、もしかして何か事故に巻き込まれているのではないか、

「じこ、…」

昨日のマルス先生の息子である彼の靴の片割れが見つかったらしい。そんなことが頭に浮かんで、そちらに足を向けた。

街から大分離れた場所にある大河、マルス先生の息子が溺れた場所。ここにだけは居ないことを祈りながら川縁を歩く。すると遠くに水のなかに入っていく人影が見えた。明らかに子どもではないが…まさか入水自殺じゃないだろうな…。その影に近づいていくと、だんだんと姿がはっきりと見えてくる。その影の主が分かったとき、気が気じゃなかった…。

「何やってんだよ、あんた…!」

早く上がってこいと声をかけると、彼女は岸の方にゆっくりと歩いてきた。俺の目の前に来たのでてを差し出す。どうするか迷っていたようだが、俺が早くと催促するとおずおずと手を伸ばしてきた。そのままその手を掴み、手を引いてやる。いつもと同じあの修道服を着たままに、水に入ったようで、少し重く感じた。彼女は岸に上がって、膝をついて踞る。

彼女は、アリアは、エリクがよく遊びに使っていた玩具を持っていた。

「ほら、これ使え。」

そう言って、彼女に大きめのタオルを被せた。あのまま踞って動かない彼女を引きずって宿の彼女の部屋にまでたどり着いたが、エルネストさんはいなかった、まだ帰ってきていないらしい。奥さんのニナさんはまだ病院らしいし、申し訳ないが勝手にタオルを借りさせてもらう。

「着替えろよ。俺もう出ていくから。」

出ていくときに、ちらりと彼女を盗み見たが、気が沈んでいるのがありありと伝わってきた。

一階に降りて、なんとなく目についた席に座った。

「…何て言えばいいんだよ。」

最悪なことしか頭に浮かばないのに、それがすごく嫌で、悲しいのに、頭はひどく冷静だった。身近な彼の死に直面しているかもしれないのに、涙ひとつ流せない俺は薄情だろうか?

『人形の子は人形だな。』

悲しくない訳じゃない、でも、どうしてかいつもそれは他人には伝わらない。

アリアーヌはびしょびしょになった修道服を脱いでいく、水を含んだそれはずしりと重かった。体をふき、替えの服に着替えてから彼女は頭の頭巾をとった。彼女の束ねられた銀色の長い髪が重力に従って地面に向かって垂れる。そうすると彼女の鞄がガタガタと揺れる。

それに気づいた彼女は、鞄の中から手鏡を取り出す。その鏡には、彼女の姿が映る。鏡に映ったその人は彼女に笑いかける。

「今更、怖じ気づいたの?貴女自身が決めたことでしょ?」

鈴のような美しい声の主は、彼女に語りかける。彼女は何も言わない、いや何も言えないと言った方が正しい。

「ふふ、そんな顔しないで。綺麗な顔が台無しよ。」

鏡に映る人物は、鏡を覗く彼女と同じ姿をしているのに、その鏡は彼女ではない何者かを映している。鏡の人物は、うっとりとした表情で、声で、彼女に手を伸ばす。

「あぁ、綺麗な私。その体も、心も、魂も、全てが愛おしい…。」

彼女は唇を動かす。それは音にはならなかったがその人物には伝わったようだ。それを口にすると、彼女は鏡をしまい、白い布で口を覆い、頭巾を被っていつもの格好に戻る。ベールの替えはないため着けてはいない。そして、足早にその部屋を出ていった。

「貴女らしいわ。」

鏡の中の魔女は、楽しそうに笑った。

スタスタと歩いていくアリアを俺は追いかける。着替えてきたかと思えば、脇目も振らず歩いていく。俺は嫌な感じがして追いかける。…やはりというかなんというか先程歩いてきた道を引き返している。つまり川の方に向かっている。

「おい、どこに何するつもりだよ。」

『あなたは、エリク君が死んだと思っているのですか?』

足が止まったかと思うとあの板に書き付けてこちらにつき出す。今までちらりとしか見たことがなかった彼女の紫色の瞳は、こちらを睨み付けている。その様子は怒っているようだった。

「…生きているのか?」

彼女は俺の問いに答えることなく、また歩みを進める。その姿が俺には俺の問いを肯定しているように見えた。

彼女に付いて、また川の畔までやって来た。

「なぁ、やっぱりエリクはここにいるのか?」

彼女は俺の問いに答えない。そして、徐に地面に膝をつき祈りを捧げる。そして、ゆっくりと立ち上がる。彼女が息を飲む音がする。あぁ、これは、

怒りの日なる彼の日は、

世界を灰に帰すべし

ダヴィドとシビルとの告げし如く

人々の震慴驚怖は幾何ぞや

何事をも厳しく糺し給はむとて

判官の来り給う時

カタカタ、

『…なに…。…いたいよ。』

か細い声が聞こえてきた。目の前に、金髪に青い瞳、俺が作って盗まれたと思っていたその人形が水面から顔を出していた。呆気に取られているとアリアは俺の袖を引く。あの板に『この通りに言ってください。』と書き、俺に言わせたい言葉を続けて書いていく。よく分からないがとりあえず従ってみた。

「えっと、『あなたはもう死んでいます。』」

『…どうして?』

「『この川で溺れてしまったからです。』」

『しぬってどうなるの?』

「『あなたは神の下へ帰るのです。』」

『おとうさんとおかあさんのところにはかえれないの?』

そう言って、その人形は首を傾げた。その様子はまるで本物の少年のようだった。

「『いいえ、いつかあなたと同じ所にあなたのご両親も来てくれますよ。それまで少しのお別れです。』」

『ひとりはやだな。』

「『だから、エリク君を連れて行こうとしたのですね?』」

『だって、あそんでくれるって、おにいちゃんだからって。』

あいつ、この子にも兄貴ぶってたのか…。確かにエリクより小さい子どもはこの街にはあんまりいなかったけどな。

「『でも、彼はまだ死ぬべき運命にはありません。だから、帰してあげてください。』」

『…いいよ、でも、おねがいがあるの。』

「『なんでしょうか?』」

「本当に、どこに行ったんだあいつは…。」

「大丈夫よ。あの子よく迷子になってたし、今回もひょっこり出てくるわ。」

「だがな、ゾエさん…。」

「うじうじ、うじうじ、しゃんとしなさいよ。あんたの奥さんも娘さんもあんたがそんな様子じゃ不安がっちゃうでしょ。」

でも…。と頭を抱えるこの男はゴツい見た目して意外と打たれ弱い。普段は隠してるみたいだけど、あたしから見れば、…ただの情けない男だ。

でも、確かにここまで不安がる気持ちも分かる。ついこの前、あんな事故があったのだ。うちは大丈夫なんて言ってられない。

「…早く出てこいよ、エリク…。」

「ただいまー!」

元気な声が入り口から聞こえてくる。そこには、他でもないエリクの姿があった。父親であるところのエルネストはよろつきながら駆け寄ると力いっぱい自分の息子を抱き締めていた。

「パパ、どうして泣いてるの?」

「…お前が心配かけさせるからだ!」

そう言うとエリクにげんこつを一つ。めちゃくちゃ痛そうな音がした。案の定、痛い!とエリクは涙目になっている。気づかなかったが、どうやらまだ入り口に人がいたらしい。

「テオドール…あんた、なんて格好してるのよ…。」

「…好きでこうなってんじゃない。」

赤髪の彼は、全身ずぶ濡れになっていて、しかも上半身は肌着しか着ていない。おそらく今まで着ていたシャツは手にある何かを包むのに使われている。

そんな彼の傍らにはシスターらしき少女がいた。顔はほとんど隠れてしまっているが、唯一見えている目元はなかなかに可愛らしい。

「もしかして、その子が例のシスター様?」

『はじめまして。』

そう板に書き付けると彼女は優しげに微笑んだ。その笑顔が、あの子と重なる。お人形みたいに可愛らしかった彼女に。

「…やっぱり、親子って好みが似るのかしら?」

彼女はぽかんとしたような顔をしてこちらを見つめた。隣のテオドールの方はあたしの言わんとしていることが分かったのか、いつもの仏頂面だ。

「…これから行くとこがあるから、あとの事はよろしくな。ゾエさん。」

「あら、どこに行くの?」

「もう一人送ってやらなきゃいけない奴がいる。」

彼はそう言って、その場を後にする。隣の彼女と共に。

アリアが着替えないのかと聞いてきたが俺は早くこの子をあそこに帰してあげたかった。着いたそこはマルス先生の家。俺は両手が塞がっていたからアリアに戸をノックしてもらう。するとすぐに、マルス先生が出てきた。

「おや?どうしたんだい、君たち。というか、君どうしてそんなに濡れて…。」

「マルス先生…。人形は、一つキャンセルでお願いします。」

「とにかく、中に入りなさい。」

マルス先生は、俺たちを迎え入れて、座りなさいと椅子を指差すが少し乾いてきているとはいえ、まだ大分濡れているので遠慮した。いいから、と俺にタオルを差し出してきてもう一度座るように促す。今度は渋々従って、座ると目の前に紅茶が置かれる。マルス先生はどうぞと言って対面の椅子に座った。

「…訳を聞いてもいいかい?」

「もう必要ないから。」

彼は手の中のシャツに包まれたそれを開くと、壊れかけたドールを抱く小さな少年がいた。

彼はマルスは声を失う。その手にいるのが自分の息子であったからだ。

「…ルイ。」

「ルイ…?」

奥から、女性の声が聞こえる。少しやつれてはいるが凛とした雰囲気の人だと思った。その人はふらふらと歩み寄ると、俺の手にある少年に手を伸ばす。

「…オルガ。」

「ルイ、私の子、いとしい私の子、やっと、やっと、帰ってきてくれたのね。」

そうやって、その子を抱き上げる彼女はかの聖母マリアのように清らかで、慈悲深く、美しかった。

隣のアリアはその姿を見るとまるで子守唄のように、口ずさむように歌った。

奇なる箛笛の響 各地の墓に鳴り渡るや

 

人々皆主の寳坐の下に集められん

死と生とは驚愕かん

人類のかく蘇りて

判官に答えんとするとき

かき記るされたる書物持ち出されん

其中に凡て 世の審かるべき事あり

判官の坐し給うや

隠匿れたるもの悉く顕れ

一として報なきものなからむ

嗚呼、爾時我は如何なる不幸と謂わむ

誰をたよりて保護者と頼まむ

義人すら尚心安らかざれば

その響きは、あまりにもきれいで人間離れしていて…どうしてか非情であるとさえ感じた。

「あんたはもしかして、天使様かなんかなのか?」

『いいえ、そんなの比べること自体が烏滸がましいです。どうしてそんなことを?』

「なんか、あんたが人とは思えないんだよな。いや、あんたからしたら、なに言ってんだって感じなんだろうけどさ。」

そうすると、彼女は困ったように笑いながら、書き連ねる。

『私は、そんな清らかなものではないですよ。』

彼女は、そのまま続けた。

『私は、ただの魔女なのですから。』

「なんだそりゃ。いつの時代の話だよ。」

魔女狩りなんていう忌まわしいことをしていた時代はもうとっくに終わってるだろうに。

『私は、明日にはここを立ちます。』

一瞬、時が止まったように思えた。何故かは分からない、ただそんな気がしただけだ。

「そうか、じゃあ、まぁ元気でな。」

『はい、お元気で。』

彼はそう言って、自分の家に帰っていった。そんな彼を彼女はなにも言わず見送った。

「これで終わると思った?残念ここからが本当の物語の始まりよ。さて、喜劇になるか、悲劇になるか、いったいどちらに転ぶのかしらね?」

楽しみねとその人は笑っていた。

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事件が一つ終わったと思ったら……
何だかここからが本番なのですね。
何故、魔女を名乗る彼女が修道女の格好をしているのか、そして歌声以外の声を発することができないのは何故なのか……
深い訳がありそうですね……(;´・ω・)

大久保珠恵

2018/9/19

2

大久保珠恵さんコメントありがとうございます。
彼女のことについてもそのうち書くと思います。

作者:amiy

2018/9/19

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とじる

同族嫌悪

「おかえりー。テオ。」

「…クレモン叔父さん、なんでいるの?」

よっ!と軽く手をあげて、挨拶してくる。俺の叔父、つまり父さんの弟であるクレモンがいた。俺らの家系には赤髪が多いらしいが彼も赤みがかった茶色の髪をしていて、父さんと同じ灰色の瞳をしている。そんな彼は、少し離れた街に住んでいて、そこで父親の工房、俺から見たら爺さんになるのだが、それを引き継いでいる。

「そりゃ、兄の命日くらい墓参りに来るさ。」

「あ、そういえば明日だった。」

「なんて薄情なやつ!自分の両親の命日を忘れるなんて…。」

大袈裟な様子で、反応する叔父さんに冷たい視線を返せば、気にもしていないというふうに、俺のカップで勝手にコーヒーを飲んでいる。この人は俺があの頃のことをよく覚えていないことを知っているくせに。

「そんな顔すんなよー。ほら、お前の分だぞー。」

差し出されたコーヒーを手にとって口をつけると、

「…あっまっ!」

「ブラックばっかじゃ飽きるだろ?」

糖分も大事だよーとけらけらと笑う様は本当に親子ほど年が離れているのかと疑うほど子どもっぽい。いや、見た目も相当若く見えるけど…。

「そういえば、いつまでいる気?」

「うーん、一週間くらいはこっちいるって言ってきたから、それくらいかな。」

「俺への確認は?」

「いいじゃん、かわいい甥っ子と遊びたい叔父さんの気持ちを理解しろよー。」

そう言いながら頭をぐりぐりと撫でる叔父は楽しそうだった。これから墓参りというテンションじゃない。完全にピクニック気分だ。まぁ、行く場所も行く場所だから、仕方ないのかもしれないが…。

小高い丘の上、この街がすべて見渡せる場所。かつて俺の家があった場所に、俺の両親の墓が仲良く二つならんでいる。この墓はこの叔父がここに立てると言い出したのだ。曰く、

「兄さんは高いところが好きだし、シルヴィさんも一緒の方がいいでしょ。」

ということらしい。なんというか…、まぁ父さんがそこに家を建てたのもそういう理由らしいから合ってはいるのだろうけど…二人とも型にはまらないと言うか、いや良いことかもしれないけど…。そんなことを考えていると、彼は二人のために用意した花飾りを置く。するとすぐに立ちあがり、こちらを向く。

「よし、もう行こうか。」

「…早くないか?」

「いいの、早く行こ!」

そう言って、さっさと歩き出してしまう叔父さんを追いかける。彼はいつもこんな感じだ。

帰る途中で、叔父さんが腹が減ったと喚くのでわざわざ表通りの方を歩いてパン屋によった。その後、家に向かって歩いていると、前から歩いて来る人物と目があってしまった。どうやら今日はあの黒いベールはつけていないらしい。思わずお互いに足を止めてしまって、叔父さんが怪訝そうな顔をしている。

「…あー、もう行くのか?」

『はい、お世話になりました。』

彼女はぺこりと頭を下げた。

「じゃあ、今度こそ元気でな。」

『今度こそですね。』

彼女はそう言って目を細めた。多分笑っているのだと思う。

「ねぇねぇ、お嬢さん急いでるの?」

そうやって割り込んできたのは、叔父さんだった。やめろ、その俺はわかってるよみたいな顔をこっちに向けるな。

『いえ、急いでいるわけではありませんが。何かご用ですか?』

いや、そこは急いでるって言ってくれ面倒なことになるから…。

「あははは!こいつそんな態度だったんだ。すっごい笑えるー!」

アリアーヌは床を転げ回わる勢いで笑う目の前の叔父に苦笑いを浮かべた。俺は頭を抱える。この叔父は本当に人の都合というものを考えない。自分が楽しければそれでいいというなんとも自分勝手な人物なのである。

「あーあ、笑ったら甘いもの食べたくなってきちゃった。テオー買ってきてよ。」

「は?嫌だけど。」

「叔父さんめいれーいでーす。早く行ってこーい。」

ぐいぐい背を押されて、外に放り出される。これ以上拒否するよりは、素直に買ってきた方が早い。面倒だとぼやきながら俺は、歩き出した。

家から少し遠い、落ち着いた雰囲気のカフェ。中にはいれば、男にしては長い黒髪を一つに纏めた図体のいいマスターがこちらにいらっしゃいとにこやかに言う。

「いつもの豆?」

「今日は違くて、なんか甘い菓子とかある?」

「あるけど、珍しいわね。甘いもの苦手って言ってなかった?」

このマスターは見た目はダンディーって感じの渋い男なのに、本人曰く心は乙女らしい。そんなマスターがやっているこの店は店内で飲み食いするだけでなく、手作りの菓子やマスターが各地から集めたコーヒー豆なんかも売っている。俺は、だいたい豆くらいしか買わないけど。

「うるさい客が来ててな。」

「あら、そうなの。今ならクッキーとマドレーヌがあるわ。」

「じゃあ両方二人分くらい適当にくれ。」

「はーい。少々お待ちを。」

マスターが小さなかごにそれらを詰めて、布を被せる。それを手渡されると言われた金額分だけ払った。

「おまけもつけといたわ。」

ちらっと、布をめくって確認すると小さなジャム瓶が入っていた。

「なにこれ?」

「アプリコットよ。たまに、常連さんには渡してたんだけどあんまり好きそうじゃないから渡したことなかったけど、そのお客さんにあげればいいわ。」

「なら、ありがたく貰っとく。」

マスターに礼を言って店を出ようとするとまた来てねと手を振られた。俺もまたなと返すとマスターは店を出る直前に、

「あ、噂の彼女さんにもよろしくねー。」

「ちょっと待て、なんだその噂。」

「やっと行ったみたいだな。」

そう言って彼女に笑いかける彼は、少年のように若々しかった。いや、その姿はどう見ても二十代くらいの青年にしか見えない。もう四十近い彼がそう見えるのは異常だと言っていいだろう。

「二人で内緒話したかったんだよね、俺。」

『何ですか?』

「何のためにテオに近づいたの?」

その声はひどく低くて、彼の先程までの柔和な雰囲気は、一瞬で鋭く冷たいものへと変わっていた。顔が笑顔のままなのが、逆に恐ろしい。だが、彼女は特に焦った様子もなく、板に返答を書いていく。

『どういうことでしょうか?』

「俺の甥っ子は天性のお人好しだから気づいてないけど、おかしいでしょ?なんでわざわざ人ん家の戸を叩いて宿を聞く。俺ならその辺歩いてるやつに聞くね。」

『たまたま歩いている人がいなかったんです。』

「へー、この辺は昼間はけっこう人通りがあるはずなんだけどなぁ。」

『直感的にこの家の人なら教えてくれると思っただけです。そういう感覚ってありませんか?』

「おい、いつまでしらを切るつもりだよ。くそアマ。」

『口が悪いですよ。そういう言葉は神様に嫌われてしまいます。』

「言葉を奪われた、お前のようにか?」

その言葉を聞いて、彼女は少しだけ嫌悪感を滲ませた。それを見ると、彼は、クレモンは心底可笑しそうに笑った。

「なんだよ、やっぱり同族だったのか。」

『あなたも彼らと契りを交わしたのですね。』

アリアーヌは、彼を睨み付ける。すると、彼も彼女を睨みまではしなかったが冷ややかな視線で返した。お互いに相容れないものだと直感的に感じ取ったらしい。

「別にさ、俺はお前がどこで何しようが関係ない。だけど、俺のテリトリーのもんに唾つけんじゃねぇよ。」

『被害妄想もいいところです。だいたい、私はあなたが引き止めなければもうこの街を立つところでした。』

「あぁ、俺だってとっとと出てってほしいよ。でも、散々引っ掻き回しておいて、あとは放っておくってのは、ちょっと無責任じゃないか?」

その言葉に彼女は少したじろいだ。その言葉の真意を彼女は理解できていなかったからだ。

『どういう意味ですか?』

「少しは自分で考えろよ。」

彼女は彼の態度が気にくわない様子だったが、分からないという意味を込めて、首を横に振った。それを見ると大きなため息をついて、彼は続ける。

「お前のせいだぞ。下手に干渉するから、あのガキ一人の命で治められたところを…。神様の下なんかに返しちまうから、面倒なことになった。」

彼女は、目の前の男の言ったことが理解できなかった。だが、彼は彼女のことなど気にする様子もなく、彼女に冷たい目で見る。

「今度はもっと死ぬ。」

お前のせいでなと続いた言葉に彼女の心臓が嫌な加速をしていく。

『それは、つまり、私がやったことは間違いだったのですか。』

彼女の手はカタカタと震えていた。それを見た彼は初めて顔を歪めた。哀れに思わない訳ではない。ただ見ていられないのだ、己の傲慢によって正しいと信じたことが否定されていくその様が、吐き気がするほど気色が悪い。

「だから、虫酸が走るほど嫌いな同族に、お前に、こんなしたくもない頼みごとをしようとしている。」

呆然とする彼女に目の前の彼はこの世のすべてを憎んだように言葉を吐き出していく。

「俺は、もう間違えない。」

最後に綴ったその言葉には懺悔の念が強く込められていた。それは己を戒め、自傷するかのようであまりに痛々しい響きが隠れていた。

彼女は思う、目の前の彼は一体どんなことを望んで、そして失ったのだろうか。彼女がかつてその傲慢な願いによって、己の言葉を失ったように。

それが如何に愚かなことかは、その本人にしか分からない。だから、その行為を犯した者は同族を忌み嫌うのだ。

過ぎた欲は、穢れた悪しき魂を呼び寄せ、

契りを交わすもの、望む力を得るだろう。

ただし、その代償に失うものは…。

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そういえば、魔女関連の文献を漁っていた時に、「日本では『魔女』と訳されるが、実際にはそういう存在には男性もいる」といったことが書いてありましたね。
そういうことなんでしょうか。
朗らかで無邪気に見えて……
怖いです。
一体どんな事態になるのか(◎_◎;)

大久保珠恵

2018/9/21

2

大久保珠恵さんコメントありがとうございます。
クレモン叔父さんはずっと出したいキーパーソンだったので、今回登場させられて良かったです(・∀・*)。

作者:amiy

2018/9/21

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