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雨上がりには銅の月 完結

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SF&ファンタジーで送る、記憶喪失のアンドロイドの内面探索紀行。
monogatary.comにお引越し!

NEXT >>「宿場町A-3の乱戦」 https://monogatary.com/story_view/5594

1位の表紙

2位

目次

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序文-1

 『アンドロイドが感情を問う時代は終わり、しかし自己を確立するには足りない遠い未来』

 次のニュースです。消息はいまだ知れぬままです。

 研究都市に未曽有の大停電を発生させたとされるアンドロイドの脱走から、三十日が経過しようとしています。

 脱走したのは研究中であった、Mid_Bird-004『Neuromancer』です。この騒動により一人が死亡しています。

 混乱を避けるため、調査団は真相が判明するまでは、情報を伏せる意向を表明しています。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/15)

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記憶喪失のアンドロイドを中心に語られるSF&ファンタジー、ゆったり更新予定です。
しばらくは一日一頁更新ができそうですので、よろしくお願いします。

作者:mahipipa

2018/9/15

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とじる

序文-2

 初めて聞いたニュース音声は灰色のノイズにざらついていた。意識が起動する。霞んでいた木製の天井と灯りが、徐々にかたちをなしていく。嗅覚センサーにほのかに甘く香るものを感じる。知っている。香木の、サンダルウッドを炙った匂いだ。

(――の、好きな匂い)

 名前のところがあいまいにぼやける。かろうじて保たれていた意識が混線する。すべてが雑音を帯びて、今までのログを曇らせていく。

 一瞬の回路の空白の後、今度こそ、『俺』の焦点が合う。

(『俺』は、誰だ?)

 身を起こし、掛けられた薄手の布団をそっと押しのける。髪をかき上げる。頭が重い。がりがりと演算音を立てている。

 俺は。そう、俺は人間ではない。俺は人間に造られた人型機械(アンドロイド)だ。確か、首の右側に識別番号がある。それを確かめたら、少しは思い出すだろうか。

 手を動かすと、乾いた泥のついたワイシャツの袖が見えた。ボロボロになったスラックスを、布団の上で引きずるようにして、脚を床へと向けた。床には真新しい花紺のスニーカーが一足、置いてある。真っ白な靴紐が、丁寧に結ばれている。

 顔を上げると、机の上に置いてある着替えに気が付いた。襟にステッチのついた黒いカッターシャツと、厚地の濃紺のボトム、それと白い靴下。そして書き置きが一つ。

『そのままでは不便でしょうから、この衣服はご自由にどうぞ』

 とても丁寧な文字で記された書き置きを見て、俺は首を捻り、ひとまずはと鏡を探した。外へ出るドアの近くに、姿見がひとつあった。焦りと共に、その真ん前に飛び出した。

 見えた姿に俺は思わず息を呑んだ。

 顔の人工皮膚の右半分が焼けたアンドロイドが立っていた。乾いた泥まみれのワイシャツ、ボロボロのスラックスをまとって、目を見開いている。その右眼は本来の茶色の瞳の左眼と違い、緑の瞳の黒い眼球に付け替えられている。脚部も、元のものとは別のものにすげ変わっているらしい。見覚えのない銀の四角い装置がかかとの後ろにあった。

 調べようとした識別番号の記された皮膚は、ほとんどが焼けて確かめることもできなかった。あとは、右耳を覆う灰色の通信端末と、焦げた細身のアンテナがあるだけだ。

 自分のちぐはぐな姿を見て思い出す。

 脚部からの焼け焦げた匂い。

 ノイズだらけの視界。

 俺を遠巻きに見るいくつもの黒い影。

 崩れてゆくデータ群。

 そして、雨の音と切れる意識。

(俺は壊れたはずだ。死んだ、はずなんだ)

 負荷に耐えかねた頭部の痛覚センサーがずきんと悲鳴を上げる。いきさつは分からなくとも、自分が機能停止をしたことだけは明確に思い出せた。だがアンドロイドの死は、修理して撤回されることもある。となれば、これは誰かが修理をして、俺を蘇らせたということだ。

 俺はドアの方を見た。ニュースの音声はそちらから聞こえてくる。扉の向こうに、蘇らせた誰かがいるのだろうか。

 もう一度、俺は鏡に映る自分のみすぼらしいかっこうを見た。服もぼろぼろとくれば、黒髪も跳ねている。ネクタイだってどこにいったか分からない。仮にここから出て行くとして、こんな姿では満足に出歩くことは難しいだろう。俺は再び、着替えに視線を向ける。

 漠然と、俺は俺のことを知らなければならない気がした。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/10/06)

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とじる

序文-3

 着替えて真鍮のドアノブを捻り、ドアを開く。サンダルウッドの香りはより強くなった。ニュースの音声も、より明瞭に聞こえてくるようになった。先ほどの部屋と同じく、木造の家屋だ。古い窓枠には百合と蝶をあしらったステンドグラスがはめ込まれていて、部屋の一角を七色に染めている。

 ほのかなオレンジを帯びた天井の灯りを頼りに、本の積まれた部屋を見回すと、俺は黒い礼服をまとった人影を一つ見つけることができた。短い黒い髪が、ランプの灯りを照り返して橙に輝いている。右耳を覆う丸い灰色の通信端末と、欠けたアンテナのかたちに見覚えがある。自分のアンテナと同じかたちをしている。

(もしかして、俺の仲間か?)

 それは疑問形ながらほぼ確信だった。ただ、彼の首元に識別番号が見えないのが気がかりなだけで。

 彼は安楽椅子に腰かけて、小型端末から聞こえるニュースに耳を傾けているようだった。

 あんたが俺を起こしたのか?

 俺は意を決して声を掛けた。掛けたはずだった。

 音が喉から出てこない。思わず喉に手を当てる。声が、声帯パーツが壊れている。大声を張り上げようとしても、口からは何も出てこない。戸惑う俺に、影は小型端末を止めて振り返る。

「おはようございます。躯体の調子はいかがですか?」

 抑揚のない若い男性の声だった。見た目はアンテナを除けば、人間とほとんど遜色がない。が、人工皮膚の経年劣化か、そのようにデザインされたのか。眠たげで生気のない青い瞳の下には、隈ができていた。整った顔の彼はやつれた目で、俺を爪先から頭の先まで見ると、小さく頷きの動作を一つした。そして、喋れない俺に、彼は短いコードのついた青く透明な直方体の装置を差し出した。ゆるりとした動作が、ほのかに育ちの良さを伺わせる。

「申し訳ありません、声帯パーツだけは代替品が手に入らなかったので。代わりに通信デバイスをどうぞ」

 見慣れない端末を付けるということには抵抗感があったものの、他に解決策があるのかと言われればない。俺は少しためらってから、右耳の接続端末にそれを装着した。通電した時特有の、ちくりとした痛みが走る。アンテナに感覚が通る。どうすればいいかは知っている。目の前の相手に向けて、ただ『伝える』意思を持てばいい。

「聞こえるか?」

「ええ、聞こえます」

 俺は自分の通信音声を、成人男性を思わせるはっきりとした声として認識した。目の前の彼の声と比較すると、少し低いぐらいだ。

「あんたが、俺を起こしたのか?」

「ええ。家の前で行き倒れていた同型機を、放っておくこともできませんでしたので、パーツの修理だけ行いました。内部におきましては、発声のみならず、筆記能力が損なわれていることをご了承ください」

 どうやら俺は彼の家の前で倒れていたらしい。実際にどこをどうやって歩いてここにたどり着いたのか、俺も見当がつかなかった。俺は直してくれた彼に、頭を下げる。

「ありがとう……。あんた、名前は?」

「略称ですが、Mid(ミッド)とお呼びください」

 Mid。中間を意味したり、古い音楽ファイルを意味するものであったり、俺はミッドの意味をいろいろと考えた。するとミッドはこちらを見たまま、問いかける。

「あなたは名前が思い出せますか?」

「俺? 俺は……わからない」

 じり、と回路にノイズが入った。歯車がかみ合わないような気持ち悪さがこみ上げる。名前はもちろん、識別番号や型番も思い出せない。痛みに俺は顔をしかめて、首を横に振る。ミッドは死んだような目をさまよわせる。

「そうですね。便宜上名前がないと不便です」

 やがて彼は普通の硝子が張られた窓を見た。

「明日は月食です。せっかくですから、今の内に外がどういうところか見て来てはどうですか、ドウツキ」

「ドウツキ?」

「月食の月は銅の色をしている――そうおっしゃった方が、かつていらっしゃったので」

 俺に割り当てられたのは、少し不思議な響きの名前だった。なるほど、銅の月でドウツキというわけだ。

「お嫌ですか」

「いや、いいと思う。その名前、使わせて貰おうかな」

 本当の名前が見つかるまでの話だ。軽い気持ちで俺はその名前を受け取って、外に繋がるドアの方を見た。

「ミッドは外に行かないのか?」

「私は業務がありますので」

 相変わらずそっけない返事だったが、彼には彼の仕事があるのだろう。俺は頷いて、ドアの方へと歩いて行く。

「ああ、そうだ。ドウツキ」

「ん、何?」

「夜に街の外や開発区を出歩かないように。それだけ、お約束ください」

 「わかった」と一つ返事をして、俺は真鍮のドアノブをひねった。

 木製のドアを押すと、ほんの少し錆の混じる空気の匂いと、光が差し込んだ。

 朝を迎えた青い空は、泡一つない強化硝子と金属フレームで覆われていた。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/16)

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とじる

機械の街-1

 小さな家から外に出ると、そこはパイプラインと歯車、赤錆びた金属でできた機械の世界だった。庭に咲いたエンゼルランプの花を踏まないようにしながら、俺は一歩外の世界へ踏み出す。あちこちで室外機が俺を威嚇するようにごうごう唸っている。

 舗装された道を不安になりながら進むと、ところどころの看板が目についた。

 いわく「よりよく正しい文化を広げましょう」「アンドロイドには優しくしましょう」「地球移民産マシンの保護申請は中央区まで」――。

 強化硝子と金属フレームに遮断された空。太陽は昇り、白く輝いている。視線を見通しのいいところでまっすぐ先に向ければ、ドーム状に展開されていることがわかる。外は方角によって、森や草原、荒れ地に繋がっているようだ。

 俺はしばらく迷ってから、中央にそびえたつ建造物に向けて歩き出すことにした。あちこちから様々な角度で鉄塔とケーブルが生えた建物は、まるでこの都市を代表するかのようだ。街のどこからでも見えるほどの大きさだ。

(中央区っていうぐらいだから、そこでいろいろ管理しているのかな)

 勝手な想像を巡らせながら街の大通りを歩くと、様々なものとすれ違った。自分と似たような姿の人型機械はもちろん、四足歩行の大柄な銀の箱や、浮遊する球体。かと思えば、ぼろのマントを羽織った旅人や、杖や剣を持って何か話し合う、羽やら鱗やら生えた人々までいる。

 いまひとつここの文化を掴めないでいる俺に、小さな悲鳴と一緒に何かがぶつかった。

「あっ、すみません」

 自分の声が通信でしかないこともすっかり忘れて、俺はとっさに謝った。視線を少し下にやると、綺麗な長いプラチナの髪が見えた。髪の下にある、大きな青緑のカメラアイにも、すぐ気づく。

「こちらこそ、ごめんなさい!」

 少女の姿をした機械は、俺の横を通り過ぎて、慌てて走り去っていった。ぽかんとしたまま、俺はしばらく、青いエプロンドレスをまとった彼女の後姿を見送った。肩から下げたモノクロの縞猫のポーチが揺れる。何だったか、人間の古典であんな青いエプロンドレスを付けた少女の話があったようなと、あいまいなデータを辿りながら。

 そうしているうちにも雑踏は立ち止まった俺を置き去りにして行き交う。はっとして、俺は再び目的地に向けて歩き出そうとする。だが、スニーカーの爪先にこつんと何かが当たる。何気なく、しゃがんで拾い上げてみる。

 掌に収まるほどの、一枚の四角い硝子の板だった。空にかざしてみるものの、傷一つないように見える。これだけの人が行き交っているのだ。もっと砂で傷だらけになっていてもおかしくはないはずなのに、硝子は驚くほど澄んでいる。

(さっきの子の落とし物かな)

 その方が、まだ道理が通るような気がした。これ以上傷がついてはいけないと、俺は硝子の板をカッターシャツの胸ポケットに入れて、一旦中央にそびえたつ建物に背を向ける。

 が、俺が一歩踏み出す前に、さらに雑踏から飛び出してくる影が視界の隅に映る。とっさに振り返る。さっきの少女よりも大きい。俺よりも大きい。胸筋と赤いネクタイしか見えない。これは、大変だ。

「う、うわあっ!」

(ぎゃあああっ!)

 有無を言わさず俺とその影は衝突する。俺は尻もちをつき、背中をしたたかに打った。その上に重い筋肉の身体が圧し掛かる。重い。痛い。俺は雑踏のど真ん中で、足をばたつかせて何とか覆いかぶさる巨体を退けようと足掻く。

「ご、ごめんよ! 怪我はないかい!」

 そのうちに、俺を押し潰していた巨体の主が声を掛けてきた。思ったよりも爽やかな男性の声だ。ひっくり返ったままの俺は、どうにかその顔を認識する。柔和そうな、空色の目が印象的な男性だ。短い金髪に白髪が少し混じっている。年は三十を超えて、多く見積もっても五十までは行っていないだろうといった顔だ。ほんの少しうだつが上がらない雰囲気が漂う、灰色のビジネススーツの男が俺に手を差し出す。俺はその手を取って、どうにか起き上がる。二人して、よろよろと雑踏の横に移動する。

(あ、ああ。大丈夫)

「君、声が……。ひょ、ひょっとして今ので壊れてしまったのかい、だとしたら大変だ!」

(まずい。通信は人間には通じないよなあ)

「ん? 君は……」

 必死に首を横に振ることで、俺は無事であることを主張した。すると男は、俺の顔をじろじろと眺めはじめる。そうして、自分の右の拳を上に向けた左の掌に打つ。

「君、みっちゃんの家の子だね? 良かった、目を覚ましたんだね。……ああ、みっちゃんというのは、あの小さな家に住む、礼服を着た青い目のアンドロイドだよ。ミッドでみっちゃんね」

 言葉もなく戸惑う俺を見て、彼はすばやく補足を入れた。

「と、それよりもだ。君、女の子を見なかったかい。とてもきれいなプラチナの髪で、青いエプロンドレスを着た女の子さ」

 はっとして、俺はもう一度、少女が走り去った方角を見た。そちらに指を差すものの、さすがに今からは追いつけないだろう。俺はがっくりと肩を落とす。

 男はしばらく、ひげのない顎を親指と人差し指で挟むように撫でていたが、ため息をついた。

「まあいいさ、急ぎの用事じゃない。ところで君、この街を見るのは初めてかい」

 俺は一度、首を縦に振った。このまま硝子板のことを彼に問おうとしたが、どうやら彼女と親しいわけではないらしいと察して、沈黙を守ることにした。俺は、都市の真ん中にある大きな建造物を指差した。男は「ああ」と声を上げる。

「あれはこの街の中枢、鉄塔図書館だよ。なんなら、そこまで案内しようか?」

 右も左も分からない俺にとっては、渡りに船の話だ。でも、素性の分からない彼に本当についていっていいのだろうか。けれど、少女の手がかりはなく、代わりの案も見つからない。俺はさっきよりずっと長い時間考えて、頷いた。

 男は嬉しそうに、人懐こそうな笑みを見せた。

「僕はクラク。機械種の街に住んでいる、しがない地球移民(にんげん)だよ」

 その笑顔というのは、どうにも回路やこころを絆すものであるようだった。

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とじる

機械の街-2

 地球移民という響きに俺が首を捻ると、クラクは片手を腰に手を当て、再び顎を撫でる。

「地球移民というのはね、資源とか新しい世界とかを探して宇宙を漕ぐ船でやってきた、猿の一種を起点とする一族でね……」

 クラクはいろんなことを話してくれた。

 例えば、ここが海の見えない内陸部であること。『この世界』の呼称が未だ定まっていないこと、地球のように月と太陽があり、便宜上そう呼んでいることなどだ。だが、どれもデータの欠損した俺にとっては、ぴんとこない話ばかりだった。それでも彼が今の情報源であることは確かだ。俺はひとつひとつ彼の言うことを覚えながら、隣を歩いていく。

「――というわけで、地球移民と彼らが作った君たちアンドロイド(男性型)とガイノイド(女性型)。あとは、僕らのように別の星から来た、まったく別の機械種族の三種類が、この街の大多数を占めているんだ」

 大通りはまっすぐ続いていた。街の中央に近づくにつれて、浮遊する監視カメラや、巡回するドローンを目にする機会が多くなってくる。ものものしい武装をした見慣れない姿も、同じように増えている。逆に、目に見えて一般人と思しき通行人の姿は少なくなっていく。ぴりぴりと張り詰めた空気が、俺の顔に残った人工皮膚のセンサーを逆なでする。

「この街は、今少し取り込み中でね。なに、暴れたりしなければ問題ないさ。はぐれないようにね」

 クラクは俺が喋れないことを特に気にしていない様子で、横切るドローンを一瞥して肩をすくめた。俺と防災用の斧を持った警備員がすれ違う。

「僕は今、街で起きている事件について追っている者でね。君はNeuromancerという存在を知っているかい?」

(ニューロマンサー?)

 聞きなれない単語に、俺は首を傾げる。

「そっか、知らないか。今、巷を騒がせている地球移民産のアンドロイドさ。遠い街で未曽有の大停電を引き起こした後、行方知れずになったはずの、ね」

 クラクは眉を下げて、うなりながら硝子に遮られた空を見上げた。

「それがこの街に紛れ込んでいる。壊れたアンドロイドやガイノイドの頭部を損壊しては、記憶装置を持ち去っているっていうんだよ。もうどこもかしこもそれで持ち切りだ」

(えっ、何だそれ。物騒だな……)

 フレームの作る細い影が、俺たちの影をよぎる。不穏な話に、俺は眉をひそめる。恐ろしい話だった。人間に例えれば、死体の頭を割って脳を取り出すようなものではないのか。正気で行えることではない。

「Neuromancer本人はもちろん、記憶装置も見つかっていない。というわけで、街はパトロール強化中というわけさ」

(なるほどなあ。俺、まだこの街のこと全然知らないけど、なんだか落ち着かないな)

 返事が来るわけはないが、無言でいることもできなくて、俺は一方通行の通信を投げる。空飛ぶ監視カメラと目が合って、理由もないのに緊張する。

「そうだ。図書館の内部に入ったら、いろいろ電子書籍を読んでみるといいんじゃないかな。ニュースも外も滅入るものばかりだからね。気分転換になると思うよ」

 不安がる俺の内心を見越してか、クラクは人差し指を立てて陽気に言った。

「君がみっちゃんのように、本を読むのが好きなアンドロイドなら、ね」

 素直に俺は彼の助言に従おうと思った。俺のデータはひどく欠損していて、何をしようにも知識不足がつきまとうからだ。俺は頷いて、彼に笑いかけてみる。明るい笑顔が返ってくる。

「うんうん、ガイノイドはもちろんだけど、アンドロイドもやっぱり笑っている方がいいよ。さて、到着!」

 言われて俺はいつの間にか目の前まで迫った、巨大な建造物を見上げた。

 コーティングされた金属のところどころに赤い錆が見える。這いまわるパイプに、つぎはぎのタイル。硝子の向こうまであべこべに伸びた鉄塔と、それを繋ぐケーブルや電線。改めて間近で見たその姿はまるで、歪なサーカスの天幕のようだった。

「じゃあ、僕はこれで。後でみっちゃんの家に寄るって伝えてくれるかな?」

(分かった。遠隔通信はできないけど、本を読み終わったら帰って伝えるよ。ありがとう)

 伝わらないと分かっていても通信を送る。俺は軽く手を挙げて、歩き出すクラクを見送る。

 彼は急ぎの用事でないと言っていたが、やはりあの少女を探しにいくのだろうか。俺は硝子板の入ったポケットに手をやって、遠ざかるスーツの背中を見ていることしかできなかった。

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