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Ms.Noytskaの肖像 完結

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三面記事やカストリ雑誌は物語の宝石箱ですよね。とあるシェアハウスで起こった事件の詳報です。

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彼らがいつからMs.Noytskaを信奉するようになったのか、詳しいところはわかっていない。恐らく始めの頃は彼らの中でも半分冗談のように語られ始めた遊びの道具の一つのようなもののだったのだろう。

しかしいくつかの証言を見ていくと、奇妙な共同生活の後期には、確実なイメージを持って、ある固有の歴史を持つ人物としてMs.Noytskaが彼ら4人のうちで共有されていたということはおそらく疑いようがない。

例えば、ドイツかぶれの鴎外氏が語った彼女の直接の死因となったとされる病名は、手先が器用な漱石氏による病状の報告書の内容と完璧なほどの一致を見せているし、サナトリウムに憧れる辰雄氏が所蔵していた彼女の遺品の様子を、初恋の人を探し続ける賢治氏は事細かに記述することができた。

さて、では一体どうして彼らがMs.Noytskaという架空の人物を創作し、彼女と4人の老人たちが1つ屋根の下でどのような暮らしを送り、そして彼女の最期を何故彼らが看取らなければならなかったのか、事の顛末を詳しく見ていこう。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/17)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/17)

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ニコニコハウスは表向きには6名まで居住なシェアハウス、ということになっているけれど、1998年の10月、すなわち件の4人が揃って以降は新規の住人を募集した形跡は見られない。そして彼らが1つ屋根の下で暮らし始めて10年あまりが経った2008年の暮れ、彼らは四人揃って、蒲田西警察署へ出頭(?)した。いわく、Ms.Noytskaという女性の最期を昨夜たしかに4人揃って看取ったのだが、朝になって遺体がどこかへ行ってしまった。大切な人なので探し出してほしいということだった。

彼らは皆、それぞれが自称するアダ名で呼び合っていたようだ。ドイツかぶれの鴎外氏。手先が器用な漱石氏。サナトリウムに憧れる辰雄氏。初恋の人を探しつづける賢治氏。4名とも存命ということもあるので、実名の掲載は控えさせていただこう。

このアダ名、そしてMs.Noytskaが「ついのすみか」の簡単なアナグラムであることからもうかがえるように、どうやら彼らは言葉遊びを得意としていたらしい。中でも中心人物と見られるのが、現在、東北地方某県の特養ホームに入所している鴎外氏だ。

Ms.Noytskaについての文字資料で唯一残っているのが、鴎外氏が2009年に記した手記である。彼はMs.Noytskaの容姿や出自について、こんな記録を残している。

「美しい髪と瞳の持ち主だった。露西亞人らしく髪も瞳も、栗色の中にどこかグレイッシュな色を隠している。背の丈はしかしそれほど大きくなく、鼻は鷲の嘴のように高い。(ワシの鼻はもちろん、低いのであるが…。)控えめによく笑うのではあるが、聞くとどうやらシベリア抑留兵であった祖父を持つクオーターであるという。Noytskaという性にしても、祖父のものだと話しており、思うに、能井塚などの字があてうるのではないか。」

ちなみにこちらの鴎外氏、他の3人もそうであるが、調べてみると実に面白い。長らく都内で教員をしていたそうで、教え子たち皆が口を揃えて、「ダジャレの得意な先生だった」と言う。それ以外に何か無いかと問いかけても、皆さん首をひねるばかり。普段は口数も少なく印象の薄い現代文教師であったが、時折思いついたように黒板に向かって思いついたダジャレを言い、一人で肩を震わせて笑っていた姿を数人の元教え子たちが覚えていた。人畜無害、生徒たちにも積極的に関わろうとしないキャラクターだったため、珍獣のような愛され方をしていた教員だったようだ。

そしてこの鴎外氏と最も親しかったのが、手先の器用な漱石氏。特筆すべきは彼の類いまれなるクリエイティビティである。

Ms.Noytskaが露西亞から運んだ持ち物である、と4人が主張した、西洋風の意匠を凝らした化粧用具や文房具の数々。驚くべきことにそれらのほとんどすべてが、漱石氏の手による創作物であったのだ。

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/22)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/17)

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漱石氏の出自は現在までのところ、よくわかっていない。近隣の住民の方の話によると、縁側に碁盤を出して鴎外氏といつも囲碁を打っていたようだ。とても愛想の良い老人だったようで、ニコニコと道行く人と挨拶を交わし、小さな子供が通ると必ずと言っていいほど声をかけ、小指の先ほどの小さな折り鶴をプレゼントしていた、という声も聞かれた。実際に漱石氏からもらったという折り鶴を見せてもらうと、わずか1cmほどの折り鶴は驚くほど精巧に折られていて、目を見張るものがあった。

では、Ms.Noytsukaの所有物とされた物がほとんどすべて漱石氏の作である、ということはどうして判明したのか?理由は簡単で、ニコニコハウスから自転車で10分ほど、駅前の100円均一ショップや手芸品店での目撃情報が多く、照らし合わせると多くのパーツがそこで売られているもので構成されていたからだ。

とはいえ、筆者も実物を拝見する機会があったのだが、これらの物品は実に精巧に作られている。 ヘアブラシやコンパクト、香水瓶、チークブラシ。手にとってしげしげと眺めてみても、まるで50年前の舶来アンティークを見ているようで、実に不思議な気持ちになる。

どうやらMs.Noytsukaは左利きであったらしい。ヘアブラシにはしっかりと、左手で長年使い込んだような汚しがかけてあり、まるで彼女の細く長い指が見えるようだ。

しかしただひとつだけ、漱石氏の手によるものかどうかわからないものがある。それが、辰雄氏の親族が見せてくれた、彼女のドレッサーだった。おそらくどこかのアンティークショップで入手したのであろう(実際いくつかの品は近隣のアンティークショップにて購入したと思われるものが使われていた)が、これだけは100円ショップや手芸品店では到底手に入らないしっかりとした黒檀で作られており、細かい意匠の施された見事なものであった。

そしてその辰雄氏には4名のうちで唯一、ごく短い時間ではあったが、実際に話をうかがうことができた。90歳を超えたとは思えぬ聡明な話ぶりには思わず引き込まれてしまう魅力があった。ここからは彼が4人とMs.Noytsukaいについて語ってくれた独白を書き起こしたものを、そのまま、読んでいただこうと思う。

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とじる

「僕たちはみんなね、流れ物なんです。流れ者。でも誰だってそうでしょう?もし農家の長男が俺は縛られているなんて言うなら、そんなのウソッパチだって言ってやりたいね。

まあしかしね、僕たちは何の縁か、4人ともその時は縁者が無かった。そして金はあったんだな。それなら理想の住処を自分たちで作ろうじゃ無いかと、鴎外氏が立ち上がったんだね。理想の住処、それは何か?もちろん、何にも縛られない生き方さ。

では、僕らが目指したのは武者小路実篤よろしく、『新しき村』だったか?むろん、そんなことはない。彼らは独立自尊をモットーとしたけれど、そこに理想はあれど達成はなかったと僕は思うね。

何にも縛られないということはね、あらゆるものを他者に頼りきるということなんだよ。あくまでも持論ではあるんだけどね。犬だってそうだろう?独立しようと引っ張るほどに、首輪は自らを縛めるのさ。しかしこれは単なる服従ではないのか?きっと、そう思うだろう。それはね、あなた、頼るということの本当の意味を知らないのさ。それはね、愛することとよく似ているよ。本当の意味での、愛するということにね。

おっと、Ms.Noytsukaのことを聞きたいんだったね?まず第一にあなたが頭に浮かべているのは、果たして彼女は実在したのか?という問いだろう。それについての答えは、もちろんイエスだ。僕たち4人にとって、本当に大切な人だったよ。誰かを頼るということ、つまり人を愛するということを本当の意味で僕たちに教えてくれたのが彼女だった。

彼女の助けを得て鴎外氏はようやく1人で洗濯物を干すことができるようになったし、漱石氏は煮物だって作れるようになった。僕だって部屋の四隅までピカピカに磨きあげることができるようになったし、賢治氏なんてとうとう、初恋の人を見つけることがでたのさ!彼女はね、口なんて出さない。『やってみて、言って聞かせてさせてみて、誉めてやらねば人は動かじ』だって?こんなのもとんだウソだね!彼女はね、決して手だって出さなかった。彼女が僕たちにくれたのは簡単な助言と笑顔だけさ。

しかしね、運命とは本当に残酷なものだよ。意志の力ではどうしようもないことが、90年も生きていればいくつかある。賢治氏の初恋の人に会うために長崎へ行くことを決めたあの日。僕たちは留守を預かると言った彼女を無理にでも連れ出すべきだったんだ。」

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  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/22)
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とじる

どうだろう。自らを永遠の文学青年と読んだ彼の情熱と知性が少しでも読者へ伝わってくれたらよいと思う。

さて、ここからは簡単に、辰雄氏が話してくれた旅の断片と、実際に筆者が長崎へ行って調べた事柄を総合して、1つの仮説のようなものを提示してみたいと思う。

日本列島の西端、長崎県西海市は賢治氏の出身地である。10代の頃には家を出て、労働者として各地を転々として過ごしていたことがわかっている。朴訥とした人柄は誰からも愛されたようで、熊本県や愛知県など、ホウボウで賢治氏を覚えているという人にも出会うことができた。

気候の良い時期であることと、全国的に有名な『長崎くんち』を見たいという理由から、彼らの旅は10月上旬に決まった。1日目は市内観光をし、2日目、彼らはレンタカーで、賢治氏が10代を過ごした鷹島へと渡る。主要な産業であった炭鉱が閉山して以降、わずかに地の人が残るのみとなった島で彼らが出会ったのは、賢治氏の初恋の人、Kが眠る墓地だった。筆者は幸運にも、親族の方の特別なご好意により墓前に上がることができた。

海食崖の斜面に並ぶ墓地には、この地方特有の金箔が施された文字が美しい墓石が並んでいた。振り返ってみる海は穏やかで、天候も良くはるかに水平線を臨むことができた。西方浄土という言葉があるが、そういった言葉が真実味を持って迫ってくるような風景だ。賢治氏は静かに笑っていたという。

3日目の彼らの動向については辰雄氏もとぼけていて、よくつかめなかった。おそらくこの場で何かしらの協議が持たれたのであろう。僕はおそらくこの空白の1日に、彼らの共同生活に終止符を打つという決断が下されたのであろうと思っている。

きっかけは、彼らをアテンドした賢治氏の親族から、強い帰郷の勧めがあったことだと推測する。幸福とは何か?真の自由とは何か?そのことを議論し始めたときに、彼らの頭に浮かんだのが、Ms.Noytsukaの姿だ。

彼女が彼らに教えてくれたのは、真の自由だった。それはすなわち、お互いがお互いを、頼り切るということだ。

実は彼らの足跡を追う上で大変助けになったのが、ニコニコハウスの周囲に暮らす人々の証言だった。彼らは実に地域の住人たちと、実に多くの交流を持っていた。

鴎外氏が庭で洗濯物と悪戦苦闘する姿をみかねて声をかけたのは、隣家のN氏。主婦なら誰もが知るお洗濯のいろはに、鴎外氏は少年のように驚いていたらしい。

スーパーのベテランパート、Sさんはレシピの相談相手。その日に入った新鮮な野菜を使った料理の方法を、漱石氏は毎日熱心にメモを取りながら聞いた。

辰雄氏の師匠は、蕎麦屋のYさん、22歳。毎朝の店舗のお掃除を食い入るように見つめる辰雄氏に1ヶ月間、みっちり掃除の仕方を仕込んだ。

時に隣人たちはニコニコハウスに招かれ、団欒の時間を過ごしたようだが、不思議なことに、彼ら、彼女らの中にもMs.Noytsukaの名を聞いたことのある方は1人もいなかった。

ここからは既に妄想の域に入るが、恐らく彼ら4人が共同生活に終止符を打つと決断したその日に、彼らの中にMs.Noytsukaは誕生した。そしてその翌日、彼らが東京に戻ると同時に、彼らは自らの手で彼女を葬ったのだ。

それは、密約のようなものだ。流れ者だった彼らの共同生活の思い出をなんらかの形で残したい、という意味合いもあったかもしれない。しかし僕はそうは思わない。僕の仮説はこうだ。

Ms.Noytsukaという存在は、冗談好きな彼らなりの、感謝のメッセージ。

なぜなら、彼らが蒲田西署にて語ったMs.Noytsukaの肖像は、その容姿以外のすべてが、先に語った近隣住民たちのクセや特徴をツギハギしてつなぎ合わせたようなものだったからだ。

実際にN氏、Sさん、Yさんはそれぞれ、その後の警察の捜査で彼女の特徴を警察官から聞いて、思わず笑ってしまったという。警察官にとっては迷惑な話ではあるが、そういった反体制的な表現方法も、実に彼ららしい。

最後に筆者が読者へ投げかけたいのは、『果たして彼女は実在したのか?』という問いである。筆者の仮説は今しがた述べた通りであるが、不在の証明をすることは、如何なる手段をもってしても不可能である。生きるということは、誰かを頼るということ。少々かっこつけて言うならば、その関係性の中にこそ、人間の実在はあるのだということ。彼らとMs.Noytsukaが我々に示してくれたのは、そんな青臭く熱烈なメッセージではないだろうか。

<了>

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