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人を愛する人 完結

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アイドルとバイトの話

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1Kのカーテンを、いつも開けずに過ごしていた。

暑いのが苦手だから。昼の光が煩わしいから。貧乏暮らしのくせに奮発した遮光カーテンを張り巡らせた部屋で、俺は今日もカップ焼きそばを啜る。

「部屋は心」って偉い人が言ってた……気がする。あながち間違いではないだろう。俺の心は剥き出しにできるほど頑丈に出来ていない。狭苦しくて1Kあるかどうかも定かではない。そう、ガラスのハートなんだな。だから遮光カーテンで守らなければならない。

他人の心の闇が手に取るようにわかるようになったのは、いくつの時だったろう。

スピリチュアル的なことに興味ない。それなのに、オーラとかいうやつなのか、人の頭上に色が見えるようになっていた。

灰色だの藍だの、くすんだ色ばっかりで嫌になる。だからといって真っ白ならそれはそれでなんかむかつくし、どす黒い色だと、俺はそいつを軽蔑する。いつしか、軽蔑することに安堵を覚えるようになった。どのみち光は腹がたつから、俺はカーテンにすっぽりくるまる。

まあ、食べてかなきゃいけないのが現実なので、重い腰を上げて今日のバイト先に出かけた。

俺は、近所のショッピングモールへ田んぼを横目に自転車を飛ばした。朝靄に包まれた田舎のそれは、開店前の高い湿度で、ソファや看板を退かす俺たちを苦しめた。

開店が近づき、クーラーがついたら、ホッとした。俺は上半身を支給されたポロシャツに着替える。

今日は、売り出し中のアイドルの握手会の運営のバイトだ。

一応得た前知識では、彼女は読モ出身の女子高生で、まあ、こんなところで握手会やるんなら、それなりなのだろう。

彼女のための控え室を作る。中央広場の片隅に、テントを張って、パイプ椅子を運び込んで水を置く。

肉体労働ぶっ通しの俺を労ってくれた上が、休憩を一番に回してくれた。俺はショッピングモールのバックヤードへ引っ込む。自販機で水を買おうと思ったが、金を投入する穴が見つからなくて首を傾げる。

「あ、これスイカとか、交通系ICカードオンリーみたいです」

通りすがりの少女が教えてくれたので、俺はどうもと会釈する。スマホのカバーに差し込んでいたスイカを探そうと、ポケットに手を突っ込み、はっとした。

もう、少女はいなかった。ただ、歌声が残った。聞いたことない曲をハミングして、足音が遠ざかる。同じフレーズが繰り返される。彼女がそれを練習しているのは明らかだった。

俺は信じられないものを見た。廊下の曲がり角に身を潜めて、彼女を盗み見て、見間違いでないことに息を呑んだ。

彼女には色がなかった。透明だ。俺の共感覚、ああそうだこれはオーラではなくて共感覚、その共感覚で、彼女を認識できていない。

休憩そっちのけで彼女を追った。バックヤードを抜けて、廊下を歩き、一瞬俺の張ったテントに引っ込んで、フリルを纏った姿で衆目の中に飛び出した。観衆が総立ちになった。20人ほどだが、根強いファンに囲まれている。

よかった、と思った。

灰色だの藍だのオレンジだの茶色だのに取り巻かれた世界で、彼女はそれでも透明なのだ。逆色水だ。絵の具がごちゃ混ぜになっているのに、ポンと投入された洗剤みたいな。

持ち歌の少ないライブは一瞬で終わり、すぐに握手会へと移行した。

俺は、休憩をそっちのけで、真正面から彼女の前に立った。彼女は「お疲れ様です」と会釈して、ゆるりと首を回す。

ふわりとスカートが丸くなる。20の男たちを振り返る。

「色々な人がいますね」

俺に向き直って、相好を崩した。彼女が透明で、ああよかったなあ、と思った。

彼女はファンを愛しているのだ。だからこそのイノセントなのだろう。いつまで透明かわからない。それでも彼女には洗剤の水でいて欲しかった。

一人一人、両手で包み込むように手を握る。共感覚がさわさわと教える。

彼女は、人を愛する人なのだと。

その小さな手のひらで、俺のガラスにべっちょりと痕を付けた。

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