1

静かに死す 完結

才能に嫉妬

更新:2018/11/8

山羊文学

ポイント
140
オススメ度
15
感情ボタン
  • 11
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0

合計:11

一度書いてみたかった題材です。名前とか時系列とか、いろんなのをまぜこぜで使っています。歴史ものではありますが、あくまでフィクションということで!藤堂高虎、大河ドラマにならないかなー。

1位の表紙

目次

すべてのコメントを非表示

第一章

 二条城。

 大広間には誰もいなかった。将軍の位を得てからは、初めてのことだ。今までなら護衛が常に傍にいた。

 ここは、徳川の時代が始まった場所。そして、徳川の時代が終わる場所。

 天井を見上げる。家康公もこうして一人、天井を見上げることがあっただろうか。

 自分の死を思う。もはや静かな死は望めないだろう。斬首、銃殺、暗殺・・・。家康公は家臣に見守られながら息を引き取ったという。もしその願いが叶うとすれば、自分は誰を傍に置くだろうか。

 藤堂高虎。

 家康公の最期を見守った一人。この二条城を築城した城作りの名手でもある。足軽から身を立て、敗北し、放浪し、出家し、それでも功を上げ続け、家臣からの信頼も厚かった武将。八人もの主君に仕え、激動の時代を、その身一つで生き延びた。

 自分にも、彼のような柔軟さがあれば、と思う。

 藤堂高虎は裏切り者。そう言う者は多い。違う。彼は現状を見る力と、先を見通す目を兼ね備えていた。彼の武功がそう語る。真の実力がなければ出来ないことだ。

 城内がざわつき始めた。じきにここも人で埋まるだろう。

 藤堂高虎。お前はいかなる人物だったのか。一度会って見たかった。

 「藤堂高虎、参る!」

 支給された槍を持った足軽にも関わらず、高虎は堂々と名乗りを上げた。身の丈六尺二寸(190㎝)。その巨躯から発せられた声は、味方をも震え上がらせた。実践らしい実践はこの戦が初めて。しかし高虎は感じていた。ここが自らの桶狭間と。小領主から没落し、農民に身を落としていた藤堂家。父は、ことあるごとに先祖の栄光を語り、武勇に優れた高虎に立身出世の夢を託していた。しかし戦場に躍り出て気づいた。立身出世のため、そんなもののために進めば死ぬ。

 「でやぁぁぁぁ!」

 織田の槍部隊に突っ込む。織田軍の槍部隊と言えば統率のとれた一斉攻撃が要。そこに単騎で突っ込んだ。

 「おや、あれは何事」

 木下隊軍師、竹中半兵衛。

 「浅井の足軽が、一人で突っ込んできたようです」

 楽観的な部下を竹中半兵衛は扇子で叩いた。

 (不味い)

 姉川の戦い。撤退したと見せかけた浅井軍が、横山城を包囲するために反転した織田徳川両軍の背後を奇襲した戦。ただでさえ準備は整っていない。

 「槍での一斉攻撃は、一度攻撃した後に隙が生まれます。単騎相手への攻撃はリスクが高すぎる」

 足軽の後ろからは浅井軍が迫っている。

 このとき高虎十四歳。槍衾(やりぶすま)などという言葉も知らぬ少年は、槍を持って密集する部隊を見て、一瞬でその弱点を見抜いた。

 高虎の槍に、織田軍の数人が反応する。

 「いけない!」

 竹中半兵衛が叫ぶ。

 槍部隊は攻撃力が高い反面、自由が利かない。全員で同じ動きをしなければ部隊は途端に崩れる。数人が反応するというのは最も避けねばならない事態だった。

 事実、高虎に崩された槍部隊は、後続の浅井軍に蹴散らされた。

 「でやぁ!でやぁ!」

 高虎の大声が響く。高虎は自分が首級の武功を上げたのにも気づかず、奮闘した。生き馬の目を抜く勢いであった織田軍が崩れてゆく。

「あれは、誰だ」

「槍から見るに、足軽のようですな」

「ほほぅ」

 浅井長政。妻に織田信長の妹お市の方。名前にも信長から「長」の字を貰い受けた。その固い結束は織田の朝倉攻めで崩れた。浅井と朝倉は同盟関係。長政は突如として、織田につくか朝倉につくかを突き付けられた。金ヶ崎の戦い。長政は朝倉を選んだ。

 (兄者は、自分が朝倉を選ぶとは思ってもみなかったようだな)

 それは戦況を見ると明らかだった。長政の裏切りを少しでも疑っていればありえない行軍。長政が裏切ったことで信長は退路を断たれ、朝倉軍と挟み撃ちされる形となり、織田軍は多くの死者を出した。しかし信長は生き延びた。

 (なぜあそこで死んでくれなかった、兄者)

 生き延びた信長はすぐさま出陣し、再び浅井の前に姿を現したのである。

 ヒュウウウウウウウウウウウウ

 鏑矢の音と共に赤い狼煙が上がった。

 「兄者はあそこか」

 (大殿が、見つかった!)

 織田徳川両軍に動揺が広がる。

 「半兵衛、どうする?!」

 木下藤吉郎。

 「今は作戦どうこう言っている場合ではありません。敵は浅井、朝倉。奇襲かつ挟み撃ち。まずは大殿の元へ!」

 退路が無い。打って出る他はないが、大殿までの壁が薄すぎる。そして最も危惧すべきは戦意の差。今、浅井軍は勢いの中にいる。

 (戦は、勢いじゃ)

 長政は信長の言葉を思い出していた。一人の失態で負ける戦もあれば、一人の勢いで勝つ戦もある。

 「藤堂高虎と名乗ったか。ああいう勢いのある者が生き延びる姿というのは、美しいな」

 しかし藤堂高虎の奮戦も空しく、姉川の戦いは浅井朝倉軍の敗走に終わった。奇襲での動揺は、柴田勝家を始めとする猛将たちの怒号で吹き飛び、佐久間信盛ら智将たちの素早い判断が、勝利を織田徳川に引き寄せた。作戦がことごとく成功しながらも敗走を余儀なくされた浅井軍の傷は大きかった。ただ、長政は生き延びた。

 「藤堂高虎、そなたに感状を与える」

 高虎は泣いていた。

 「受け取れません」

 「ならん」

 「受け取れません!」

 敗走して受け取る感状になんの意味があろうか。

 「勝つだけが戦ではない。生きることもまた戦。兄者は誰よりも負けたが生きた。生きたからまた立ちはだかった。敗北より生まれた武将は強い。不足と思うなら打って出よ」

 高虎は深く頭を下げた。主君に仕えるとはこういうことか、そう感じた。

 「この感状こそ我が命なり!」

 武将藤堂高虎はここに誕生した。

 その後織田軍は、長政を追撃するため、山本山城攻めを開始した。そこでも高虎は奮闘する。しかし山本山城城主、阿閉貞征が織田方に調略され寝返ってしまう。高虎は大いに失望するが、ここで高虎は大きな出会いを経験する。

 「あなたには腕もあれば頭もある。そんな感状に縛られない生き方もあるのではないですか?」

 軍師、竹中半兵衛。

 意外だった。竹中半兵衛と言えば軍神と恐れられる武将である。それがこんなにも柔和な空気を纏う人間だったとは。それに竹中半兵衛は元々浅井方の人間である。それが今は木下藤吉郎の軍師として、こうも自由に振る舞っている。浅井長政、竹中半兵衛、そして木下藤吉郎。高虎は真反対とも言える主従の在り方に触れ、自分の小ささを感じた。

 山本山城が織田方に寝返ったことで、浅井軍の本拠地小谷城は孤立し、やがて陥落した。浅井長政は自害。享年二十九歳。

 主君を失った高虎は、放浪とも言える生活に入る。二人の主君に仕えるがいずれも長続きしなかった。戦に参加し、武功も上げている。しかし高虎は、いずれもここは自分の居るべき場所ではないと見限り、自ら主君と離れた。

 

 その高虎が流浪の果てに辿り着いた場所。そこに座していたのは羽柴秀吉の弟、羽柴秀長であった。

 「仕官せよ」

 「御意に」

 たったこれだけのやり取りで用は済んだ。かつて敵同士だった二人は固い絆で結ばれ、間もなく高虎は、秀長の右腕と称されるようになる。

 時は移り変わっていた。軍神竹中半兵衛は病死。本能寺の変で織田信長が明智光秀に討ち取られ、織田家ではその後継者争いを火種とした羽柴秀吉と柴田勝家の対立が、今にも烈火となる勢いであった。後に言う賤ヶ岳の戦いである。

 「かかれ柴田に退き佐久間、米五郎左に木綿藤吉」

 そんな歌があった。

 「かかれぃ!」

 大地を震わすような柴田勝家の掛け声。高虎はその掛け声が姉川の戦いをひっくり返すのを見た。

 「かかれ柴田、か」

 柴田本隊が弱いはずがなかった。対するは木綿のようにしなやかで丈夫な藤吉と唄われた男。半兵衛殿の横でヘラヘラしている子男だったのを覚えている。しかし頭は回った。そして何故か半兵衛殿を始め、家臣が皆秀吉を尊敬しているのが伝わってきた。謎の子男。しかし今は主君の兄にあたる。羽柴秀吉と名を変え、柴田佐久間を相手に渡り合える男となっているのだろうか。

 「藤堂高虎。山本山城にいたな。城主は阿閉貞征だったか。半兵衛が姉川で浅井とやりあったときからお前には注目していたぞ。病床でもちらっとこぼしていた。そうか、今は秀長のところにいるのか。分からないものだな」

 全身が総毛立った。山本山城の時とはまるで別人ではないか。この男は知っている。秀吉殿は知っているのだ、深い悲しみを。

 「この世は賑やかになったが、随分と寂しくなった。お前の才で、一花咲かせておくれ」

 「はっ!」

 立ち去る時、足が震えた。主君や半兵衛殿を失っただけではない。秀吉殿は、数え切れない悲しみをたたえた目をしていた。

 「震えていたな、上等」

 舌打ちを打つ。見られていたか。

 「褒めてるんだよ。秀吉様の恐ろしさに気づけるものは少ない。皆、それにやられたんだ」

 軍師、黒田官兵衛。病死した竹中半兵衛に変わり秀吉殿の軍師になった。「秀吉に二兵衛」といえば竹中半兵衛と黒田官兵衛を指す。どちらが欠けても羽柴秀吉は生まれなかったと高虎は見ていた。

 「この戦い、勢い付いた佐久間が次々と進軍してきている。心してかかれよ」

 佐久間盛政。別名鬼玄蕃。前線に出て本物の鬼となったか。

 (戦は、勢い)

 「佐久間の勢い。どう見る」

 「鋭いじゃないか、高虎とやら」

 高虎は肌で感じていた。勢いには本物と偽物の二つあるのだ。本物の勢いと正面からぶつかっては勝ち目はない。しかし偽物の勢いは、ほんの些細なことで失速する。

 「佐久間は柴田の命に背いて進軍を続けている。そのうちボロが出るだろうな」

 官兵衛殿も、そう見るか。

 「こちらへ」

 官兵衛を呼んだつもりだったが、後ろからぬっと秀吉殿が出てきた。

 「聞かせてくれ」

 「はい」

 高虎は地図を広げた。

 「柴田勝家の本陣はここ、佐久間隊はここ。そして現在地がここです」

 地図には支城や砦が所狭しと書かれている。

 「秀吉様なら、お気づきになりませんか」

 秀吉は顎をつかみ目を細めた。

 「なるほど、金ヶ崎か」

 官兵衛も深く頷いた。

 「はい。佐久間隊の動きを見る限り、落とした支城や味方の裏切りが想定されていません。何が起きても、佐久間隊は孤立無援となります」

 「それが勢いを削ぐ鍵となるか」

 秀吉が呟く。

 「秀長にも聞かせてやれ。喜ぶぞ。どんな部隊でもいくらでも出す。なんでも言ってこい」

 (話が早い)

 高虎は単純にそう感じた。これが羽柴軍の強さか。

 高虎は秀吉に前田利家への調略を進言。自らも打って出て佐久間隊と激突した。丹羽長秀の活躍によって賤ヶ岳砦の占領に失敗した佐久間隊は一気に失速。救援に柴田本隊が出て全軍が激突するが、調略に応じた前田利家が戦線を離脱。佐久間隊は戦意を失い、結果柴田本隊が集中砲火を受け、賤ヶ岳の戦いは幕を閉じた。

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/29)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/27)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/27)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/26)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/26)

修正履歴を見る

  • 2拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

1

物凄く雰囲気出てますよ。
歴史に詳しくないとここまではかけないなぁって、今、嫉妬してます。

2

めっちゃwikiです!
藤堂高虎好きなんですよねー。なぜか取り上げられることの少ない名将です。monogataryで歴史物をあまり見ないので挑戦してみました。

作者:山羊文学

2018/9/26

コメントを書く

とじる

第二章

 「よい部下をもったな」

 そう言った秀吉に、秀長が深々と頭を下げる。

 「天の導き、と言う以外に言葉がありません」

 それほどに高虎の働きは素晴らしかった。

 高虎が軍議の場に座していると、二本刺しの鞘がこめかみを掠めた。

 「失礼」

 賤ヶ岳の戦いで同じく活躍した大谷吉継であった。長浜城への調略を成功させ、合戦では先駆け衆として活躍した。

 「くくっ」

 黒田官兵衛の乾いた笑いが響く。

 「どうした」

 「秀吉様の元ではな、実力があるものはそれに見合った出世ができてしまうんだよ。家臣としてこれ以上の誉はないが、今みたいなことには気をつけろよ」

 嫉妬?大谷吉継と言えば、かの石田三成殿とも肩を並べる名将と聞く。そのような人物が自分に嫌がらせをした?

 不思議と嫌な気分はしなかった。どうやら実力が正しく認められるというのは本当らしい。そうでなければ嫌がらせなど、する意味がない。

 (大谷吉継、か・・・)

 認められた、そう考えても良さそうだ。

 「して、高虎」

 主君、羽柴秀長。

 「かの戦いでは砦作りに尽力したそうだな」

 「はっ」

 「城作りに興味はないか」

 築城。それは即ち戦国における最先端の技術を任されることを意味する。

 高虎は既に、鉄砲大将という肩書きがある。足軽から出世した高虎が、鉄砲という最先端技術に触れられる機会はほとんどなかった。しかし銃火器の重要性を見抜いた高虎は、持ち前の勤勉さと柔軟さをもって、僅か一ヶ月の間で、右に出るものが居ないほどの知識を習得していた。その知識は賤ヶ岳の戦いという実践で発揮され、佐久間隊を敗走させるに至った。

 秀長はその才に注目し、高虎に築城の技術を身に付けさせようとしたのである。

 「しばし時間を。築城の目をもって、見られる限りの城を全て見させて頂きたい」

 築城の知識を猛烈な勢いで吸収した高虎は、賤ヶ岳の戦いよりわずか二年後の天正十三年、和歌山城を築城する。高虎の城の特徴は高石垣と堀。地盤の弱い水堀からの石垣作りは本来至難の業だが、高虎はそれを可能にし、その高さは他の城の群を抜いていた。

 「見事じゃ」

 秀長にはその一言しかなかった。

 天正十四年には、関白となった秀吉により、徳川家康を招くための屋敷の建造を任されている。

 屋敷の設計図を見た高虎、

 「ここは戦場ぞ!」

 と叫んだ。

 「警備が薄すぎる。家康殿を殺す気か!」

 領内、しかも聚楽第の中とはいえ世は乱世。数々の戦略を立て成功と失敗を繰り返した高虎は、油断の恐ろしさを知っていた。高虎は独断で設計を変更。本来より増加した建築費については、高虎自らが負担した。

 高虎は、後に家康から設計図との違いを指摘されたとき、

 「礼儀だけが作法ではありません。屋敷作りは我が戦でございました。不義があれば、容赦なく御手討ち下さい」

 と答えた。

 「見事ぞ、高虎」

 家康の意は、その一言に集約されていたといえよう。

 天正十九年、そして文禄四年。この二つの年が、高虎の運命を大きく変えた。天正十九年に秀長が亡くなり、文禄四年にはその後継である豊臣秀保が十七歳で早世したのである。

 秀保は幼少の頃より出世を重ね、高虎はその後見役であった。文禄の役では秀保に代わり出陣し、朝鮮半島南岸で水軍として戦っている。秀吉は関白職に秀保か秀家のどちらを充てるか考えていたと言われるが、秀保は病に倒れた。

 秀保の人柄については悪評も含め諸説ある。しかしながら高虎は、秀保の死を期に、出世し続けて掴んだ地位を全て捨て、言葉無く高野山に上り出家する道を選んだ。このとき高虎三十九歳。足軽だった十四歳は、二万石の大名となっていた。

 「高虎が出家したか」

 秀吉は聚楽第の中から、遠く高野山を見上げた。

 (良き家臣に恵まれたのだな、秀保)

 秀吉もまた、足軽から大名に上り詰めた男である。猿と言われ馬鹿にされても、頭とおべっかで生き延びた。しかし戦を重ねる中で全てが変わった。家臣にも恵まれた。その秀吉にとって、最初からその腕一本で世を駆け上がった高虎は、自分と重ねる相手でもあり、また、憧れの対象でもあった。その高虎が自らの地位を捨てた。その意味を、その重大さを、秀吉は心の臓で感じ取っていた。

 「生駒親正を呼べ」

 これは戦になる、そう直感した。天下統一を果たしてなお、立ちはだかるか藤堂高虎!

修正履歴

  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/29)

修正履歴を見る

  • 0拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

第三章

 「これは戦じゃ」

 秀吉の前には生駒親正。織田信長の元、斎藤氏攻めから仕えた武将である。金ヶ崎の退き口では殿(しんがり)となった秀吉と死線をを共にし、その後の戦でも常に秀吉と共にあった。

 「お主を、藤堂高虎にぶつける」

 「藤堂高虎・・・」

 その武勇は賤ヶ岳の戦いで目にしていた。出家したと聞いたときは驚いたものである。

 「これは、豊臣軍と高野山の戦。それも豊臣家の存亡をかけた戦じゃ。それをお主に任せたい」

 「はっ!」

 同じ豊臣とはいえ、高虎は秀長、秀保の配下。賤ヶ岳の戦いまで直接の関わりはなかった。知将にして猛将。優れた武将だとは思ったが、果たして出家した人間を自分が還俗出来るのだろうか。戦だと言われたからには、死を覚悟して挑まねばなるまい。

 (戦るか)

 「出家した私に、なんの用でしょうか」

 二人きり、親正は高虎と向き合っていた。

 「戦場へ戻れ」

 「なりません。私は主君を失った身。ここ以外に居場所などありませぬ」

 その言葉とは裏腹、その眼光鋭く、巨躯をさらに巨躯に見せる覇気。出家したとはいえ、目の前の男の姿は豊臣の誰よりも戦国武将のそれであった。なるほど、秀吉様が欲しがる訳も分かる。

 「戦っておるのか?自分と」

 「・・・」

 「自分と戦うのは、初めてか?」

 高虎の拳に力が入る。

 「秀保様の死の責任は、私にもあります」

 秀保は無茶なことをするので有名だった。止められなかったことを悔いているのだろう。

 「過去を見るな、今を生きよ」

 「その答えが、今の自分です」

 「秀吉様が、その力を欲しておられる」

 高虎の瞳が動いた。

 「豊臣による、高野山攻め・・・」

 「と、言いますと」

 「秀吉様が仰ったのだ。これは戦だと。それも豊臣の存亡をかけた戦だと」

 「今の私にそんな力はございません」

 「それはお主の決めることではない。秀吉様の力量も、もはや当人の理解を超えている。名将というのはそういうものだ」

 沈黙があった。

 「二万石の大名だったそうだな」

 「はい」

 「こんなことでお前が動かないのは分かっているが一応伝えておこう。お前のために秀吉様は五万石の加増を考えておられる」

 「なっ・・・」

 「合わせて七万石。禄高の話ではないと分かっている。しかし秀吉様は今、そういう形でしか期待を表すことが出来ないんじゃ。内政にも長けたお主なら、この意味、分かるだろう」

 二万石から七万石への加増など聞いたことも無い。高虎も同様だろうと親正は読んだ。

 「しかし私の主君はあくまで秀保様。二万石も秀保様のものでした」

 「なぜ、主君を変えてまで生きてきたお主が、秀保様の死に固執する」

 「分かりません」

 なるほど、と親正は思った。分からない感情と、人は戦えないのだ。

 「教えてやろう。それが、本当の悲しみだ」

 高虎が唇を固く結ぶ。

 「秀吉様の目を見たであろう。高虎、今のお前は、秀吉様と同じ目をしているぞ」

 「決してそのような・・・」

 「強くなることを恐れるな!」

 親正、高虎の前にバンと右手をついた。

 「自分でも分かっているのだろう?主君を失った悲しみを知り、強くなった自分を!今のお主から見れば、賤ヶ岳の猛将もひよっこよ。秀吉様は会わずともそれを見抜いたのだ」

 静かな空間に歯を食いしばる音が響く。

 「信長様も、秀吉様も、敗北と死、別れを乗り越えて強くなった。今お前の中にたぎっているのは秀長様と秀保様がくれた強さだ。それを無駄にするな!」

 高虎は目を閉じている。

 「また明日来る。考えてみてくれ」

 立ち上がり、振り返る。扉へ一歩踏み出し、振りかぶった腕を高虎が掴んだ。親正は当然驚いたが、高虎も驚いた様子であった。思わず身体が反応したというところだろう。

 「いや、これは・・・」

 高虎の目が泳ぐ。

 「往生際が悪いぞ高虎。大砲を撃たれた心地だったよ。この手を離すな」

 藤堂高虎、還俗。秀吉は約束通り五万石を加増し、自分の直臣とした。

 「勝ったか」

 と秀吉。

 「いや、負けました」

 と親正。 

 「生きろよ親正。此度の武功がどれほど大きなものか見届けよ。そして、自分のした事に恐れおののけ」

 「御意に」

 生駒親正は関ヶ原合戦の折、剃髪し高野山に入った。合戦の後は、讃岐に戻っている。彼は藤堂高虎の活躍をどう見たであろうか。戦の裏で歴史を大きく変えた男は、慶長八年、高松城で静かに息を引き取った。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/10/12)
  • 内容に影響のない範囲で、一部表現の変更や追記をおこないました。(2018/09/29)

修正履歴を見る

  • 1拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

第四章

 聚楽第。

 「なぜ死ななんだ、高虎」

 豊臣秀吉。

 「はっ」

 「秀長が死に、秀保も死んだ。なぜ殉死を選ばなかった」

 高虎は答えに窮した。主君の死により殉死を選ぶというのは、当時珍しいことではなかった。

 「殉死するに、秀保では不足だったか?」

 「いえ決してそのようなことは!」

 「ならば何故生きている。なぜ生き恥を晒し、逃亡もせず、出家するなどという中途半端な道を選んだ」

 全身に、槍を受けるような言葉だった。

 「お主がなぜ、易々と高野山に上れたか分かるか?」

 (深覚坊応其殿・・・)

 通称木食応其。元は六角氏に仕える武将で天正元年に出家している。元々高野山は、比叡山を焼き討ちした信長と対立関係にあった。しかし信長の死後、高野山は応其の仲介で秀吉と接触。その結果、高野山は存続した。

 「出家というのは、迷うておる奴がするもんよ。んで、迷うてる奴に迷うておると言うのが僧の仕事じゃ」

 そう言うと秀吉はニカッと笑った。

 「ここに!」

 秀吉が叫ぶ。家来が寄ってきて紙を広げた。高虎が目を見開く。

 「ほれ、血が踊っておる」

 (高野山の地形図!よくここまで詳細に・・・)

 「此度の成果を報告せよ」

 「はっ!高野山は広大な敷地を持つ山城にございます。高野山の入口は七つ。いわゆる高野七口。ここから大門口、黒河口、不動坂口、大滝口、大峰口、龍神口、相ノ浦口、いずれも参道ですので、要塞のそれではありません。しかし高野山は数によって高野七口を守っています。入り組んだ虎口こそありませんが高野七口から登れば兵は丸裸。全ての矢を受ける格好になります。敵の兵は機動力重視。入口に布陣する部隊は弓か火縄銃。国友、根来、日野、堺。新旧多くの銃が集まっており、それを操るは雑賀衆に訓練を受けた僧兵。いずれも高野山へ逃亡した者から集められています。高野山は銃の生産地を近くに抱えているので比叡山の戦と同様に考えてはなりません。高野七口を進むには防御と犠牲のご覚悟を。他の侵入路ですが、七口に布陣した兵が散らばっているため、侵入しても直ぐに発見される可能性が高いです。相手は俗世を捨てた者たち。入れ替わり制で朝、昼、夕、夜と、常に全力で戦ができます。あと、金剛峯寺の下に位置する曲輪の数ですが、一つではなく二つ。間に大きな溝があります。その溝を避け、横と上からの銃撃を避けるには・・・」

 (嬉しそうな顔をしよって。ワシと同じでガキなんじゃなぁ)

 「攻めるに難し、か」

 「恐れながら」

 「お主ならどうする」

 「高野山の目的はその教えを守ること。戦ではありません。しかし現状の高野山の武力は巨大すぎます。禄、武器を削いだ上での和睦。不戦の確約。それに尽きるかと」

 (信長様の元にこいつがおったら、高野山もどうなっておったかのう)

 信長は本能寺の変の直前に高野山を攻めている。

 「よしわかった!手柄とせよ!」

 「はっ!」

 「山の空気はどった?」

 黒田官兵衛。

 「そういえば、荒木村重の家臣とかいう奴に出会ったぞ」

 荒木村重。毛利方の武将で官兵衛の元主君。織田方に寝返るも再度毛利方に寝返って、織田軍を窮地に追い詰めた。その折には官兵衛を幽閉し、官兵衛も同様に裏切ったと見せかける工作をしている。荒木軍は敗れるが村重は生き延び、その家臣の一部は高野山へ逃亡していた。

 「おー、元気にしていたか?」

 「荒木村重は今、道の糞と書いて道糞(どうふん)、と名乗っているらしい」

 「はーはっはっ!道の糞かー!あの人らしい。まだまだ生きるつもりだなーあの人は!はーはっはっはー!」

 播州男の豪胆な笑いに胸が軽くなる思いがした。

 (帰ってきたのだ)

 高虎は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/29)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/29)

修正履歴を見る

  • 1拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

第五章

 慶長三年七月四日。

 病に伏せた秀吉は、居城伏見城に諸大名を集めた。

 「家康。秀頼の後見役を頼む」

 八月十八日、豊臣秀吉死去。六十一歳、数々の遺言を残しての最期だった。

 「どうなる。これから」

 再び主君を失った高虎。

 「秀頼様の後見役は家康様。実質的に後を継いだのは家康様だ。だが、ここへ来て、秀吉様の力が余分な所で働いている」

 黒田官兵衛は、目線を送ってきた。

 「適材適所、か」

 「秀吉様は各人の能力を見抜く力に優れ過ぎていた。だからこその豊臣。家臣たちは最も力を発揮できる場で仕事をしてきた」

 「それが、文治派と、武断派、か」

 出来すぎた適材適所が軍を二分し、主を失ったことで対立の構図を作り出していた。

 「もしこれが戦になるようなことがあれば・・・」

 高虎は背中に何かが取り憑いたような心地を覚えた。

 「天下分け目の大戦となるな」

 今は皆豊臣。五奉行五大老の集団運営体制。体制としては磐石。

 「家康様が、どう出るか」

 「家康様が、どう出ざるをえなくなるか、だな」

 五大老の中に家康様がいる状況で、果たして集団運営は可能なのか。秀頼様の後見役、権力として一段高い位置になる。家康様に追従する者も続出するだろう。自然、家康様が担がれる格好になる。それに対する反発。反乱分子。それらが一斉に爆発したとしたら。いや、既にその一端が幕を開けているとすれば。

 「石田三成殿、か」

 「俺はそう見る」

 戦、政治、謀。戦国を生きる技術で右に出るものなし。金勘定や法にも明るい。時代が生み出した完成された戦人であり統治者。次期天下人として石田三成を挙げるものは多かった。

 「三成殿かぁ」

 ため息のような声が出てしまう。

 「多分俺もお前と同感だ」

 「三成殿の何がいけないんだ?」

 高虎は思い切って尋ねてみた。

 「あの声と、喋り方だな。あとは酒の飲み方。播州育ちだからかもしらんが、ああいうのは苦手だね。お前は?」

 「蕎麦の食べ方と、草履の脱ぎ方」

 品がないというか、卑しいというか。どうも天下人にそぐわない雰囲気を持っている。

 「そういうの以外は完璧だ。家康様よりな」

 危険な発言ばかりだが、二人は周りにはばからず話し続けていた。

 「普通に考えるなら、三成様だろうな」

 「普通に考えるなら、な」

 時代の流れが、次の世を統べるに足る人物として、石田三成を選ぼうとしていた。石田三成は図らずも天下人への道を踏み出すことになる。

修正履歴

  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/10/01)
  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/09/30)

修正履歴を見る

  • 1拍手
  • 0笑い
  • 0
  • 0怖い
  • 0惚れた

コメントはありません

コメントを書く

とじる

オススメポイント 15

つづけて SNS でシェアしてオススメシポイントをゲットしましょう。

とじる

このページの内容について報告する

送信中

送信しました

文字数の上限を超えています。