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想いが溶けるその日まで 完結

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好きになった彼にどう話しかけていいかわからずにいた矢先、
雨の中、動揺する彼を見つけて……。
彼のそばにずっといたいと思った、あの日の気持ちは、今。

1位の表紙

目次

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1

 私が彼に出会ったのは、桜並木の美しい通学路。

 足を止め、そっと見上げるその優しい瞳に恋に落ちた。

 一目惚れだった。

 彼はイヤホンで音楽を聴いていて、こちらには気づかずその場を去っていった。

 偶然にも彼は同じクラスで、私はその嬉しさに心躍らせた。

 話しかけたいけれど何を話せばいいかわからなくて。

 時折視線が合うのを心待ちにしていた。

 

 彼は登下校時、いつも音楽を聴いていた。

 ある日私は勇気を振り絞って、何の曲を聴いているか尋ねると、彼は笑顔で教えてくれて「CDを持ってくるよ」と言ってくれた。

 期待に胸膨らませ、借りた曲を聴いてみる。

 少し前の、懐かしい曲。

 心の奥に、そっと語りかけてくれるような優しい歌。

 この歌を好きだという君は、きっと心穏やかな人なのだろう。

 借りたCDを返そうと思っているうちに、タイミングを見失って放課後になってしまった。

 その日は雨が降っていた。

 帰り道。

 赤い傘をさして歩いていると、正面から彼が走ってやってきた。

 こんな雨の中、傘もささず、制服のまま、どこかへ急いでいた。

「どうしたの?」

 思わず声をかける。

「父が、救急車で運ばれたらしくて……」

 それだけ言うと、

「ごめん、急いでるんだ!」

 彼は走り出した。

 走り出す彼に、私は思わず傘を畳んで追いかける。

「どこの病院?」

「--病院」

「わかった」

 私は彼の手をぐいっと引っ張る。

「え」

「タクシーに乗ろう、その方が早いよ!」

 私は半ば強引に彼の手を引っ張って、大通りに飛び出す。

 雨の大通り、交通量は多くて、タクシーは誰かを乗せて走っていた。

 彼が焦っているのがわかる。

 私は祈る思いで、濡れた前髪をかきあげて前を向いた。

 ライトの向こう、私たちの呼びかけにタクシーが一台止まった。

 タクシーに乗ると、私は鞄の中からハンカチを取り出す。

 そして、今にも泣きそうな、その整った顔にそっと当てた。

「大丈夫だよ。ありがとう」

 彼は、手で額についた水滴を拭った。

 病院までの道、雨の中を、私たちを乗せたタクシーは静かに進む。

「今朝、ケンカをしたんだ」

 彼はぽつりと言った。

「まさか、こんな風になるなんて」

 彼は父親とケンカをして。

 それが最後になるんじゃないかと怯えている。

「大丈夫」

 私は彼の手を握った。

「そんな最後になんか、絶対にならないから」

 彼は無言のまま、私の手を握り返した。

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とじる

 彼の父親は、意識を失っていた。

 今晩が峠だろうと、誰かが言っていた。

 私は自宅に連絡を入れて、少しの間病院にいることを許可してもらった。

 彼は父親の横に座ったまま、ずっとその様子を見守っていた。

 聞けば、彼の母は彼が幼い頃に亡くなっていて。

 父と子一人、何とか生きてきたそうだ。

 不安そうな横顔。

 ぽつりぽつりと、語られる言葉。

 彼の言葉には、家族への愛が溢れていた。

「ありがとう」

 彼は、私の目を見て言う。

「気にしないで」

 そばにいたくてそうしているだけだから。

 君を一人にはしないから。

 ふと。

 視線を移すと、父親が目を薄っすらと開けた。

「父さん!」

 彼の顔を確認するなり父親は、

「すまない……」

 と、謝罪の言葉を述べた。

 それは、彼とのケンカのことを、一番に謝っているようだった。

 そしてまた、父親は瞳を閉じた。

「父さん! 父さんってば!」

 彼はまた呼びかける。

 だけど今度は反応がない。

 しばらく呼びかけたが、目を開くことはなかった。

 彼は部屋を飛び出した。

 居ても立っても居られなかったのだろう。

 私はそんな彼を追いかける。

 廊下で、一人下を向く彼がいた。

「父さんもずっと気にしていたんだ……」

 今にも泣きそうな瞳。

 そんな、泣き出しそうな君を見て。

 思わずぎゅっと抱きしめた。

 戸惑う君。どうしていいかわからない私。

「大丈夫だろうか」

 声を絞り出す彼の頭を私はそっと撫でた。

「大丈夫だよ。大丈夫」

 そうしか言えない自分の弱さが歯がゆい。

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とじる

 大好きだった君は、あの後、親戚のもとに引き取られるため転校した。

「CD、ありがとう」

 これを返してしまうと、君との繋がりがなくなってしまうような気がして。

 なかなか返せずにいたのを、ようやくそう言った。

「そのCD、あげるよ」

 彼はそう言って、言葉を続ける。

「君に、持っていて欲しいんだ」

 私たちはしばらくの間、お互いを励ます手紙を送り続けた。

「応援してるよ。頑張ってね」

 だけど「愛してる」と「会いたい」は言えなくて。

 君とのやり取りは少しずつ減っていった。

 

 あの日、君に「大丈夫だよ」としか言えなかった私は。

 その不甲斐なさを乗り越えるため、日々勉強に明け暮れた。

 どうしようもない気持ちになるたびに、君がくれたCDを聴き返した。

 そうして私は、医学部に入った。

 どうにもできなかったあの日の私たちを、助けたくて。

 春が来る。

 美しい桜を見上げる誰かを見ると、君を思い出す。

 また会えるなら君に会いたい。

 この想いが溶ける、その日まで。

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仄かな恋心と、そして悲しみにくれる人を救えない無力さと。
悲しみにある意味背中を押されて人生を決めたけど、恋心は遠くなっていく。
桜の色に彩られた、美しくも物悲しく、そして優しさに満ちた物語でした!!(´;ω;`)

大久保珠恵

2018/9/26

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大久保珠恵様
素敵な感想をいただけて恐縮です、ありがとうございます!
彼らの恋は実らなかったけれど、未来に繋がっている、そんな思いを込めて書きました。
桜はその象徴であり、表紙にしていただけてとても嬉しかったです。

作者:風空

2018/9/26

3

誰もが経験するような、若さ故に感じる歯痒さが、短い文章で良くまとめられていて、素敵でした!

4

中嶋ユキノスタッフ様 
お忙しい中、素敵な感想ありがとうございます!恐縮です。
若さ故の歯痒さ、その一種の焦燥を描きたかったので、そう言っていただけて幸いです。 

作者:風空

2018/10/2

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とじる

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とじる

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