3

【R15】 15歳未満の方は移動してください。この作品には <残酷描写> が含まれています。

さよなら世界、また明日死ぬまでは。 完結

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合計:14

「ここはあの世とこの世の境目。一日をリセットする場所だから」
ビルの屋上の縁に立って上条沙夜は俺にそう言った。

フワリと飛んだ彼女は世界から離れる。
眠らないネオンの街に彼女の長い金色の髪が煌めく。
スマホの画面の時刻はちょうど23時59分から24時00分に変わった。
たった数秒、でもそのたった数秒で彼女は今日いた世界と決別する。

これは俺の、いや俺と彼女の大きな世界で起こった小さな物語。

1位の表紙

2位

目次

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1 大きな世界の小さな物語

彼女は23時過ぎになると、決まってその雑居ビルの屋上に来ていた。

13階建ての古いビル。屋上への扉に鍵はかかっておらず、誰でも入ることができてしまう。

冬が本格的に訪れた屋上には冷えた夜風が吹く。

屋上を囲うフェンスは錆びて、ちょうど人ひとりが通れるような穴が開いていた。

その穴を俺は潜って、ビルの20センチほどしかない縁に立つ。

彼女がいつも立っていた場所に。

なりたくなかった大人になって俺は今、初めて彼女が見ていた風景を見渡す。

夜空の星々の下に神屋町のネオン街の光が散りばめられている。

遠くには相楽川に架かる高架線が見えて、場所によっては月が反射した川を見ることができた。

あの時と何も変わらない小さな町の風景。

彼女はこの場所を、あの世とこの世の境目だと言っていた。

何を想って彼女がこの場所に立っていたのかは分からない。

でもあの時の俺にとって紛れもなく、彼女は小さな世界の中心だった。

高校卒業して、俺はすぐにこの町を離れた。

あまりにも辛かったから。

ここには彼女との思い出が積もりすぎていて、弱かった俺はその思い出に押し潰されそうになってしまうから。

いや……今でも弱いままなのかもしれない。

彼女との出会いは10年前、俺が大怪我をして3か月ぶりに学校に登校したとき。

あの時の出来事は何年経っても忘れないくらい鮮明に覚えている。

◆◆◆

~10年前~

学校に行く俺の足取りは重かった。

周りの同じ制服を着た奴らは俺の歩くスピードなんかすぐ追い越して、前に行ってしまう。

右足が鉛になったような感覚。

左足を一歩出して、その後、置いてきた右足を地面にズルズルと擦りながら歩いていく。

たった3か月前までは学校の最寄駅から10分もかからなかった通学路が、今はその倍はかかる。

大怪我をして初めての登校日。

親は車で学校近くまで送ると言っていたけど、そんなのは絶対に嫌だと突っぱねた。

ただ、歩くのがこんなに苦痛だなんて思わなかった。

学校の正門近くまで来て、たくさんの生徒たちの目に触れる。

みんな俺なんか見てないはず、そう自分に言い聞かせて正門に入る。

自意識過剰すぎると自分でも思う。

でも、と。

“足に障害が残る”、その言葉を医者から聞いた時、見えていた世界は一変した。

その日から……その言葉を聞いた日からなのかは分からない。

いつの間にか、どこか俯きがちに歩く自分がいた。

ローファーから上履きに履き替えるのだって一苦労だ。

どうやって履いたらいいのか分からなくて、下駄箱の前でいつまでも悪戦苦闘しているうちに周りの奴らの視線が気になって結局、自分の動かない右足を両手で宙に浮かせて上履きに押し込む。

当たり前にできることが出来なくなる。それがこんなにも辛いなんて……。

「一樹っ!」

階段を上る時、ふと後ろから声をかけられた。

振り向くと、そこには大城達矢(おおき・たつや)がいた。

「達矢……おはよ」

「肩貸すよ、それかおぶる?」

「おぶるとか恥ずいって……」

「あ、そうだよな、わりぃ」

申し訳なさそうに達矢は頭を掻く。

「謝るなよ……」

達矢の肩を掴むようにして階段を一段一段上っていく。

数週間前に見舞いに来てくれて達矢は俺の足のことをすでに知っていた。

「あれ……お前、今日、朝練は?」

「寝坊したから休んだ」

「ちゃんと練習しろし……俺は……」

もうできねぇんだぞ、と言葉を漏らしそうになってグッと堪える。

馬鹿か、俺は。

冗談でも達矢の前でそんなこと言ったら、こいつがどんなに辛い顔をするか分かりきっているはずなのに……。

―――――キーンコーンカーンコーン。

階段を上がっている最中にホームルームの鐘が鳴った。

「達矢、先行けよ。遅れるぞ」

「馬鹿、いいんだよ、少しぐらい」

「……サンキュ」

クラスの違う達矢とは階段を上がって別れ、教室の扉の前に立つ。

一呼吸おいて教室の扉を開けると、クラスメイトが俺のほうを見た。

事前に担任の井上から話は聞かされていたとは思うけれど、ほぼ全員が同情するような顔をしていたように見えた。

それが、あまりにも嫌で……。

「おはよう、新谷。久しぶりだな」

井上が柔らかい表情で言う。30代中盤くらいだけど白髪が目立つ男性だった。

「……はい」

「じゃあみんな、ホームルームの続き!」

パンと手を叩き、クラスメイトたちの視線は徐々に井上の方を向く。

席に着いた時、目の前の席に一人だけつまらなそうに窓から空を見上げている女の子がいた。

上条沙夜(かみじょう・さや)。

クラスの中で一際浮くような長い金髪と着崩した制服、童顔のはずなのになぜか少し大人びた印象を受けるのが不思議だった。

その彼女の横顔は、この教室という小さな世界で起こっている出来事に一抹の興味すら持ってないようにも思えたんだ。

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1

どんな展開が待っているのか楽しみです(^^♪

K.Nishiyama

2018/10/5

2

Kさん、ありがとうございます(^^)頑張ります!

作者:佐伯春人

2018/10/6

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とじる

2 耳障りな騒音

同じ日の昼休み。

俺を取り囲むようにサッカー部の皆や心配するクラスメイトたちが集まってきた。

投げかけられる言葉は全部似たようなものだった。

大丈夫?とか、心配してたよ、とか。

善意だってのは分かっていた。勿論、本当に心配してくれている奴もいることも知っていた。

だけど……ほっといてくれよって、叫びたかった。

すべての言葉が耳障りで。

一人一人にそういう言葉をかけられる度に、まざまざと自分が普通じゃないということを思い知らされるような気がして。

5限の授業は化学の授業で教室の移動をしなければならなかった。

俺が席を立つとクラスメイトの女子2人が近くに来た。

たしか佐野莉華と山下アカネ。

2人とはほとんど話したことがなかったけれど、目立ちたがりで、デカい声で喋っては自分たちの存在をアピールしているようであまり得意なタイプではなかった。

「新谷くん、教科書とか荷物持つよ」

「そうそう、階段とか大変じゃん?」

「あ、いや……」

「バッカみたい」

そんなあまりにも空気を読まない暴力的な言葉は俺の目の前の席から聞こえた

「言えばいいじゃん。触れるなって」

金髪を揺らしながら上条は俺に振り返りキッパリとそう言った。

「え?」

「足が動かなくなったくらいで死ぬわけじゃあるまいし、何、アンタもみんなに優しくされて居心地いいわとか思っちゃってる系の人?」

「そんなこと……」

「じゃあハッキリいいなよ。お前たちの媚びた助けなんて必要ないって」

「上条さん、そんな言い方ないじゃん!! 少しは新谷くんの気持ち考えて喋りなよ!」

佐野が上条の言葉に反論する。

「気持ち?は?本人、必要としてないみたいだけど?それを無理やり、あんたの価値観で助けてやろうってそれはただの押し付けって言うんじゃない?」

「押し付け? ねぇ見てみなよ、新谷くんだって辛いんだよ、こんなふうになって!!」

「こんなふうに?アンタさ、結局、弱者を助ける自分に酔ってるだけでしょ?気持ちワル……」

まるでそれを煽るように上条が佐野の方を睨む。

「はぁ?」

「…………」

最悪の空気だった。

周りのクラスメイトたちの視線が一気にこの渦に向けられていた。

「……悪い、俺、一人で行けるから」

早足で教室を出ようと思っても、それもできなかった。

~放課後~

上条たちの一件があったおかげかと言ったらあれだけど、クラスメイトたちは帰る俺に声をかけてこなかった。

校庭に出ると、夕焼け空の下、たくさんの運動部が練習を始めていた。

何故だか、俺は校舎の近くでしばらくボッーとその光景を見ていた。

部員たちの大きな声、ボールを蹴る音、グラウンドを走って靴が地面の土を踏みしめる音。

たった3か月、その音を聞いていなかっただけなのに、もの凄く懐かしく感じた。

サッカーボールが誤って俺のいる校舎近くに飛んできた。

転がったサッカーボールはちょうど俺の足元で止まる。

「すいませ~~ん!!」

走ってきたのは見たことのない1年のサッカー部員だった。俺が事故った後に入部したのかもしれない。相手も俺のことを知らないようだった。

「…………」

少し躊躇ったけど、俺は屈んでサッカーボールを両手で取った。

ボールを3か月ぶりに触った。

もう二度と触りたくなかったから家にあったボールもすべて捨てた。

「あの~……」

「……あ、ごめん」

ボールを投げ返すと一年はそれを上手く胸でトラップして、足に納めようとしたが失敗した。

「へへ、失敗しちゃった……」

「練習、がんばれ……きっとすぐ上手くなるよ」

「ありがとうございますっ!!」

1年はそう言って、ドリブルしながらグラウンドに走っていった。

その後ろ姿を見ていたら、どうしようもなく涙が溢れた。

「……くそ……なんで泣いてんだよ、俺……」

この行き場のない想いはどこにぶつけたらいいのか、分からなかった。

明日起きても、明後日、目が覚めても、1年後だって俺の足は動かないままなんだから。

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  • 誤字、脱字の修正をおこないました。(2018/10/06)

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とじる

3 強引なミチシルベ

―――――――――キィィィィィイイ――――ズガン!!!

擦れるタイヤの音、巻き込まれた足が捻じれる音。

浮いた身体が、世界から投げ出される音。

まるで、その瞬間、時間が止まった感覚だった。

悪夢は脳にインプットされるように今も時々、寝ている俺を襲った。

3か月ぶりの登校。その翌日から俺は学校に行かなくなった。

ただ起きて、テレビを見て、出された飯を食って、気が向いたら少し散歩して眠るだけの日々。

何もない、空白の連続。

だけどその空白はたった一週間ほどで破られた。

ある日の夜、ピコンとベッドの横のスマホが音を立てた。

画面のタイムラインを見ると、上条沙夜からのメールが届いていた。

「……俺、あいつにメアド教えてないんだけど……」

メールには一文。

『よっ』とだけ。

「よっ、ってなんだよ……」

あまりにも下らないメールにベッドにスマホを投げるとピコンとふたたび音が鳴る。

『よし、既読ついた。生存確認!』

『おちょくってんのか』と、感情そのまま俺は即、返信した。

『いーえ、ただ最近学校こないから何してんのかなーって思って』

『何にもしてないよ』

つーか返信早いな、上条……。

『ふ~ん、ならさ、今から出かけない?』

は?と思い、部屋の時計を見ると23時を過ぎていた。

『こんな時間にどこ行くんだよ?』

『とっておきの場所』

なんだよこいつ、と思った。

言ってることは一方的だし、勝手に人のメールアドレスに連絡してくるし。

でも、メールだったけど不思議と上条とのやり取りは苦じゃなかった。

なんていうか気を使う必要がないというか。

そもそも気をつかうなんて概念があいつにあるか不明だけど。

―――――――――――――――――――――

自宅から電車で二駅ほど、この時点で終電は逃したも同然だった。

でも別によかった。

家にずっと居るのも飽き飽きしていたし、自堕落すぎる生活は元運動部にはキツイのかもしれない。

とりあえず補導されないことだけを願って改札を出る。

神屋町(かみやちょう)の駅前は23時過ぎにもかかわらず多くの人で溢れていた。

大きな歓楽街、それも金曜の夜だし、賑わっているのは当たり前かとも思っていた。

改札を出るとすぐに上条がいた。

グレーのパーカーにフードを被り、黒のスキニーを履いている。

「よっ、元気してた?新谷くん」

「ああ、まぁ」

「じゃ、行こっか」

「こんな繁華街で何すんだよ?ボーリングとかできねぇぞ?」

「いや、違うから。いいから付いてきて」

「おいっ!!」

上条は俺の足のことなんかお構いなしで、スタスタと雑多な歓楽街を歩いていく。

「ほら早くー!」

「ったく……」

俺は必死で上条を見失わないように追いかけていく。

ギラギラと光る風俗街や居酒屋が軒を連ねる賑やかな神屋通りを抜け、錆びれた雑居ビルが多く立ち並ぶに通りに上条は歩いていった。

「なんだよ、ここ?」

通りは街灯が少なく、人通りもほとんどなかった。たった数十メートル前の神屋通りとは大違いだった。

「ほら、こっち」

上条は錆びれた通りの一角、それもほとんど店が入っていないような雑居ビルの入り口に入っていく。

「はぁ……はぁ」

「なに、息切れしてんの?ダッサ」

雑居ビルの中のエレベーターの前で待っていた上条が俺を見て言う。

「お前がどんどん進むからな……」

上条がエレベーターのボタンを押すと、扉はすぐ開き、俺も一緒に乗り込む。

少し古い匂いがするエレベーター内に入り、上条は迷わず13階のボタンを押す。

「マジでここ、なに?」

「あの世とこの世の境目」

「は?」

意味がわからない。そんなことを思っているとエレベーターが13階に到着する。

13階は薄暗く、人がいるのかどうかも怪しいほど閑散としていた。

タイルの床には空き缶やスナック菓子の袋が散乱し、誰かが荒らしたような痕跡もある。

「大丈夫なのかよ、ここ……」

俺の心配を余所に上条は13階の非常階段に通じる扉を開けた。

「ほら、こっち!」

非常階段からは風が吹き込んできていて、ここが屋上に通じていることが分かった。

カンカンと音が鳴る階段を上っていき、屋上に到着する。

見えたのは夜空とその下に煌々と光る神屋町のネオン街。

そしてそれを背にするように俺に微笑みかける上条沙夜の姿だった。

「どう?なかなか綺麗でしょ?」

「まぁ……綺麗だけど」

「なに、不満?」

「別に不満とかじゃないけど……疲れた……」

久しぶりに結構な距離を歩いたからか、息が上がって、思わず近くの太い水道管に腰を落とす。

「ここはね、全部をリセットする場所だから」

「え?」

首だけ上条に向けると、彼女はフェンスのほうに歩いていく。

そのまま彼女は慣れた様子で穴の開いたフェンスを潜り抜ける。

「お、おいっ……」

慌てて立ち上がって上条の下まで必死に歩いていく。

フェンス近くまで行くと、彼女は屋上の縁に立っていた。

「何してんだよ!あぶねぇって!!」

「大丈夫。慣れてるから」

「慣れてるってなんだし!!早く戻ってこいって!」

「ねぇ新谷くん、今、辛い?」

上条は俺に背を向けたまま、そう言う。

「は?」

「だから、生きるのが辛いかって聞いてるの」

「……いや、今、聞く質問?それ」

「うん、いま」

「……辛いよ。そりゃ……」

「どうして?」

「だって、足は動かねェし、サッカーもできねぇし。ていうか歩くのも大変だし」

「それで?」

「は?……えと、いやクラスの奴等は同情した目で見てくるし、道歩いてるだけで誰かに見られているような気がするし……なんか俺、普通じゃないのかなって……それが堪らなく嫌なんだよ……俺って少し前までこんな風じゃなかったはずなのにって……!!」

言葉を吐きだす内に熱くなっている自分に気付いた。

ネガティブな心の内側をさらけ出していることに。

でもなんでそれが、たいして話したこともない上条の前でなのかが不思議だった。

「じゃあ死んじゃえばいい。こうやって」

被っていたパーカーのフードを外し、露わになった彼女の金色の髪が夜風に揺れる。

「え?」

トン、と音を立てて、上条の身体が夜空に浮かぶ。

彼女の身体をネオンの光が包み、金色の髪が一際強く輝きを放っているようだった。

その時間は一瞬で、でも一瞬だからこそ、その映像は瞳から直接、脳に焼きつくように鮮明に記憶される。

なぜだろう?

それはあまりにも危険な行為なのに、俺には堪らなく綺麗に思えたんだ。

彼女の足が地面に戻ってきたとき、それが合図になったかのように意識が引き戻されるようだった。

「……ふぅ……」

「…………」

「これで昨日の私が死んだ。そして今日、また新しい私の人生が始まる」

錯覚かもしれない。でも振り返った彼女の顔はとても幼くて、無垢な少女のように見えたんだ。

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とじる

4 緊張と弛緩、そして日常へ

緊張して強張った身体が一気に解放されるように汗が噴き出す。

「ビックリさせんなよ、マジで……」

フェンスに寄り掛かるように座り込む。

「ごめん、ごめん。でも、これ毎日やってるから」

「はぁ?」

「なんでそんな引いた顔するかなぁー。いいじゃん、私が何しようが勝手でしょ?」

パーカーのポケットに手を突っ込みながら上条は座った俺にそう言う。

「そりゃそうだけど……あんなもん見せられたらふつう驚くだろ……」

「新谷くんにもオススメしようと思って。人生リセットジャンプ」

「人生リセットって……なんでこんなことやってんだよ」

「え?腹立つから」

さも当然のように上条は言い放つ。

「腹立つ?何に?」

「この世界、ぜーんぶ。新谷くんも一緒だと思って。だから連れてきたの」

夜風が汗のかいた身体を冷やす。

彼女の顔を見上げる。その表情は一切の曇りなく、嘘なんて簡単に見破られてしまいそうで。

「自分の価値観を押し付けるなって、教室で言ってなかったっけ?」

「うん言った、でもこれは押し付けじゃないよ。確信ってやつ。同類だって思った、新谷くんが3か月ぶりにクラスに戻ってきたときに」

「……同類、か」

夜風が汗のかいた身体を冷やす。

空を見上げると憎たらしいくらい満天の星々が輝いていた。

夜空くらいは曇っていてほしかった。

だって綺麗すぎて今の俺には耐えられないと思ったから。

―――――――――――――――――――――――

翌日、目が覚めた時、妙に身体が軽かった。

足の重みは変わらないけど、少しだけ楽になったというか。

母さんのつくる朝食の目玉焼きとウィンナーが美味しく感じた。

「学校いくわ」っていうと母さんは一瞬、驚いた顔をしたあと普段の表情に戻って、何一つ変わらない日常のように「いってらっしゃい」と言った。

通学路を歩いているとき、やっぱり視線は気になった。

だけど、それはこれから慣れていくしかないんだと思った。

俺が仮に近い立場の人を見かけたら、どうするだろう。

視界には入ってしまうんだ。それは普段見慣れない光景ではあるから。

だから同情することも、されることも人間である以上、仕方がないことで。

教室に入っても、やっぱりその目は変わらなかった。

むしろ引きこもっていた分、クラスメイトたちとの距離はずっと離れてしまっただろうと思う。

でも慣れれば平気だ。

この距離も自分のペースでいいから埋めていけばいい。

窓側にゆっくりと歩いていき席につく。

キーンコーンカーンコーンと始まりの鐘が鳴る。

今日も一日が始まった。

上条が登校してきたのは2限の終わりで、気だるそうな感じで席に着いた。

「あ、引きこもり、今日は来たんだ」

「うっせ。お前こそ、なんでいつも10時登校なんだよ」

「私の中では10時が登校時間なの」

「なんだそれ」

上条と雑談をしていると、ガララと教室の扉が開き担任の井上が俺のもとに歩いてきた。

「新谷とあと上条、ちょい来てくれ」

俺と上条は顔を見合わせ、お互いに「来たか……」という表情をした。

2年D組の教室から少し離れた教育相談室という所に俺たちは連れてこられた。

机と椅子が数セット並べられただけで、狭い部屋だった。

その机の上に紙の束が置かれていた。

「えっと、まずは上条だな」

俺の正面に座った井上は首に額に手を当てるようにして言った。

「はーい」

「お前、遅刻多すぎ。特に1、2限ね。もー、取り返すのに大熊先生と根本先生に頼み込んだんだから……二人とも怖いんだよ、また」

首をカクンと落とすようにして課題の束を上条に渡す。

大熊は歴史の科目を担当していて、根本は数学担当だった。

「これやればいいんですよね」

「そうだけど、そもそもマジで遅刻すんな。これ以上庇いきれんから」

井上は釘をさすように指をさして言う。

「はーい、努力しまーす」

「頼むぜ、マジで。じゃあ上条、行っていいよ」

そう言われると、そそくさと上条は教室に戻っていった。

「はぁ……大丈夫かな、あいつ。心配だ」

独り言のように井上は言う。1年のときから現文の担任ではあったから馴染みはあった。

なんというか基本は何も言ってこないで放任主義だけど、ここぞって時は必ず言ってくれる人という印象だった。

「じゃあ、次、新谷ね」

「はい」

「んと、まー、一応、3か月休んでたからさ、その欠席分の課題をやってもらわなきゃダメなのよ。で、ここに置いてあるのが、その課題ね」

「はい」

「うん。分からないところは授業の終わりに教えてもらえるように各科目別の先生に頼んであるからさ。頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

「……新谷、大丈夫か?」

要件を話し終って解放されるかなと思ったら、井上はそんなことを聞いてきた。

「はい、大丈夫す」

「そうか。まぁ、なんだ……色々面倒なこともあるだろうけど、何かあったら言ってくれ。お前の担任、俺だからさ」

「……はいっす」

教室に戻ると机に突っ伏すように上条が寝ていた。

「や~だ~わ~。やだやだやだぁ~」

席につくなり上条は呻くような声でそう言った。

「なんの呪文だよ」

「なんでこんな課題やらなきゃいけないの……」

「仕方ないじゃん。休んでたんだし」

「私、遅刻しただけだから」

「だから、お前はその遅刻で欠席した授業分だろ」

「はぁー、死にたい」

「……そういうこと簡単に言うなし」

「いいもん、私、また死ぬから」

「あぶねーことすんなって」

「じゃあ来てよ」

机に突っ伏しながらポツリと上条は言った。

「え?」

「私が落ちないように見守っててよ」

そう言って以降、俺が話しかけても上条は返事をしなかった。

気分屋なのか、たまたま渡された課題で虫の居所が悪かったのか、それは分からない。

でも、あの場所に行くのは別に嫌ではなかった。

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5 夜空の月が映る頃

23時ごろ、忍び足で家から出る。

部活をやっている時はこんな時間に出歩くことなんてなかった。

親に気付かれでもしたら、大目玉をくらう。

というか、それ以上に心配するか……。

空席の多い電車に揺られて、神屋町に向かう。

町は週末ほどではないけど、相変わらず人で賑わっていた。

眠らない町、都心と比べてしまえば、それは大袈裟な表現かもしれないけど、このネオンの光は夜をずっと照らし続けているのではないかと思った。

神屋大通りを歩いていると不思議なことに気が付いた。

人は多いのに、誰も俺を見ていない。

それは心の持ちようなのかは分からない。

でも、黒いスーツの男も、化粧の濃い女も、オカマも、サラリーマンも、居酒屋のキャッチも誰一人、俺を見ていないような気がした。

この学校から出た大きな社会では俺のことなんて誰も気には留めない。

それが今の俺には心地よかった。

神屋大通りを抜け、あの雑居ビルのエレベーターに乗る。

13階から非常階段を上ると、変わらず彼女はそこにいた。

「よっ」

俺はそう声をかけた。

「よっ!」

上条の服装は花柄のロングのワンピースの上に革ジャンを羽織っていた。

「なに、それ部屋着?」

目を凝らすように上条は俺のことをじっと見つめる。

「いや、部屋着っていうかジャージ?」

「くっそダサい」

「うっせ……」

「もう高2でしょ。少しは服装とか気を使えばいいのに。顔はまずまずなのに、モテないよ?」

「ファッションとかあんま興味ないんだよ。ずっとサッカーやってたから」

「あのさ、新谷くん、もしかして童貞?」

若干引いたように上条が言う。

「……わ……わりぃかよ」

自分で目が泳いでいるのが分かった。女子にそんなストレートに聞かれたことなんてなかったから。

「マジ?うける!!」

心底面白いのか、上条は口元に手を当て目を吊り上げる。

「うけんなっ!!!」

「へー……でも意外。てっきり新谷くんはそっちも卒業してると思ってた」

「ふん……こちとら3か月前までサッカーが恋人だったんだよ」

「ボール喋んないよ?」

「真面目に返すなっ!!!」

「……でも必要なことだと思うけどな。新谷くんがもっと男らしくなるためにはさ」

「は?」

急に真面目になった口調で上条は言う。

「人は経験を積んで、どんどん大きくなってくものでしょ?」

「なんだよ、タメのくせに。大人びたこと言って」

「ふふん」

含んだように笑いながら、軽い足取りで上条はまたフェンスを越えていく。

「おい、またやるのかよ……」

「だから毎日やってるって言ったじゃん」

「なんで……」

「今日を清算するため。そうしないといつか壊れちゃうから」

「え?」

壊れる、彼女がふわりと地面から飛んだあとも、その理由を教えてもらえなかった。

冗談を言い合える関係になってきたと勝手に思ってたから、それがなんだか歯がゆくて。

雑居ビルを出て神屋町駅まで無言のまま二人で歩いていく。

「ねぇ、終電ないけど、昨日どうやって帰ったの?」

上条が不思議そうに俺に尋ねる。

「歩いてだけど……」

「え!新谷くんの家って何駅?」

「相楽一丁目駅だけど」

「マジ!!歩いたら1時間くらいかかんない?」

「まぁ、かかったけど別にいいよ。夜の散歩、嫌いじゃないし」

「分かった、送ってく」

「はい?」

「原付で来てるから。ごめん、私、なにも考えてなかった」

駅近くの駐輪場に黒い原付が止めてあった。

「はい、後ろ乗って。これヘルメット」

「これお前のヘルメットだろ?」

「いいよ。はい」

と二人乗り自体が違反だろと思いながらも俺は彼女の後ろに座る。

「事故んなよ?」

「新谷くんが言うと不吉に聞こえるからやめて」

「ははっ!」

二人して笑った。

なんでこいつはこんなにも遠慮しないんだろう。

でも、上条の言葉に嘘はない。それが……心地よかったんだ。

警察に見つからないように大通りを通らずに遠回りして、土手沿いを走っていく。

大きな相楽川(さがらがわ)に夜空の月が反射していた。

見慣れた風景のはずなのに、この時間に見ると全く別のものに感じる。

もう走っていない電車の高架下を通り、10分ほどで隣町の相楽町(さがらちょう)に着く。

一丁目の駅付近には交番があるから、少し離れたところで原付を降りる。

「サンキュな。送ってくれて」

被っていたヘルメットをそのまま、上条にかぶせる。

「どーいたしまして」

「じゃな、また明日。遅刻すんなよ?」

「先生みたいなこと言うな」

「へいへい」

背を向けて手を振る。

「ねぇ、新谷くん、今週の土曜、デートしよ?」

俺が歩き出すと後ろからそんな言葉をかけられた。

「へ?」

「服、見にいこ。ジャージはなしだから」

振り返ると涼しい顔のまま、上条はそんなことを言う。

「お……おぅ」

「じゃあね」

そのまま原付を走らせて、上条は俺の視界から消えて行った。

「なんだよ、あいつ……」

そういいながら口元がニヤついている自分を気持ち悪いと思った。

男らしくか。

「なんだよ、それ。難しすぎるって……」

独り言のように呟いて、俺は家に戻った。

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